2012-10-23 19:42:13

旧日本軍細菌部隊【七三一部隊】の歴史

テーマ:キララの医学的神秘と恐怖
七三一部隊とは、旧日本軍が満洲のハルビン近郊の平房に置いた
生物(細菌)兵器を扱う機関で、主に赤痢菌やペストからの防御を研究しながら、
兵器としての細菌を扱っていた謎の多い秘密部隊です。

正式名称は『関東軍防疫給水部』

七三一部隊の悪名は人体実験により有名になり、1936年から1945年の間に、
実に3000人もの人体実験による死者が出たと言われています。

七三一部隊の前衛になったのは京都大医学部を卒業した石井四郎という人物で、
彼は中国やソ連に対する細菌兵器の必要性を軍部に訴え、
1932年に満州国に『東郷部隊』を設立しました。
もうこの時にはすでに人体実験は行われていて、新薬開発や細菌分離のため、
多くの人命が失われていたということです。

やがて1940年。
『東郷部隊』は満州国平房に移転され、『関東軍防疫給水部』と名前が変えられました。
ソ連の国境沿いに4ヶ所の支部が設けられた他、南満洲鉄道付近にある研究所と、
安達にある細菌兵器実験場も傘下に加えられ、
旧日本軍の一大勢力として名を馳せるようになったのです。

そして遂に1941年。『満洲第七三一部隊』と命名されたのでした。

この後七三一部隊の人体実験は、日本がポツダム宣言を受け入れる1945年まで続きます。
そして終戦後。遂に七三一部隊は解体されるのですが・・・。

実は七三一部隊が行なっていた細菌兵器の研究は大変優れたもので、
その内容にアメリカ政府は大きな関心を示しました。
そこで石井四郎を初めとする主要メンバーは、研究の成果をアメリカに引き渡すことを条件に、
戦犯から免れるという裏取引を行なったと言われています。

実際七三一部隊にいた研究者の多くは戦犯になること無く、
大学の研究機関に戻ったり、大手企業に就職しているということです。

ちなみに1941年1月。帝国銀行椎名町支店の銀行員16名が、
平沢貞通に毒をのまされ12名が死亡するという、有名な『帝銀事件』というのがありました。
この事件は未だに謎が多く、特に動機などがはっきりしていません。

しかし犯人が口にした「赤痢の予防薬」というフレーズ。
そして使われた毒物が青酸カリでは無く
「アセトンシアンヒドリン」とも考えられていることから
どこか七三一部隊につながっているのではという見方もあるそうです。


$君のポケットに届いた手紙・神酒のブログ♪おもしろかったらクリックしてね♪ダウンダウン
ブログランキング・にほんブログ村へ





君のポケットに届いた手紙 (クトゥルー神話外伝)/小夜

¥1,050
Amazon.co.jp
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

小夜さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

コメント

[コメントをする]

コメント投稿

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。