スイングしなけりゃ意味がない!

東京っ子の独身フォティ。
マイケル・ジャクソンとクインシー・ジョーンズを
こよなく愛しております。
海外物流街道にずっと携われている幸せ者です。
映画と絵本も好き。
週末ランナーでもあります。


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ここ数日、こつこつとブログを書いている。

なまじ間があきがちだったから、

「やればできるじゃん」と自分に突っ込み。


その間、ずっとスピについてつらつらもやもや

していたので、書きたいことが深いところから

浅いところに浮かび上がってきているんだろう。


前回まで3回、きっかけを作ってくれた同級生に

ついて書いた。

かなり遠まわしに、100のうち1くらいしか書けないから

逆にもどかしくもある。

読んでくださっている方も、もやもやされていることだろう。

すみませんね(汗)


どんなに遠まわしでも、しょせん悪口なんだろうなあ、

トホホ、と思う。


難しいよね、悪口をエンターテイメントにするって。


時々いるのが、無茶苦茶ひどいこと言って、

それは決して、

毒蝮三太夫さん的「この死にぞこないババア」ではない。

毒蝮さんのは愛がある。

そうでなく、別に愛なんてないし、ただ単に思ったままを

ばあっとついつい、馬鹿っ正直に吐き出しちゃう人が

いるけど、

で、ひでえ~、きっつー!とは思っているけど、

ついつい笑って聞いちゃう悪口が言える人。


思ったままをばあ・・・って、要するに子供って説も

あるんですけど。

ああいうのも、ある種の才能だわなあ・・・


あと、瀬戸内寂聴師匠なんかは、

「人の悪口って楽しゅうございますわね。

さんざん人の悪口言いながら晩御飯なんて食べてると、

胸がすうっといたします」なんて言っちゃって、

ついつい笑ってしまう(^^)


ここまでいくと、悪口も芸ですね。


難しいっ!

ので、ちょっと次回以降は別の切り口で書こう・・・。


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おお、ありえん。

月曜日の晩、週初めの晩に何やっとるんだ!

ブログの更新なんて・・・


ゆるゆると書いていく所存のスピリチュアル問題について。


結末にもならないはしょりっぷりで、そもそものスピとの

出会いを作ってくれた同級生について書いてました。


書けないことのほうが圧倒的に多いんだけど、

別に彼女を誹謗中傷するためのものではない、

それだけは確か。


今こうして、スピについてもやもやしたものを書くことで

明確にしたいもののひとつが、彼女との問題について、

なのかもしれません。


そろそろお互いを許して手放したら?という時期に

来たのだと思います。


かなり彼女のことを引きずっていたことは確かです。

ここ数年、ようやく、必要ならごくごくまれにですが、長時間

電話をすることもできるようになりました。

が、それまでは、要件だけで切っていた。

5分以上電話していると、なんか体がだるくなったくらいです。



そう、実はずっとずっと、心の中では攻め続けていたのです。


彼女について、そして、気づかないふりをしていた自分にも。


なんでなんで?と。

そして、あんたバカじゃないの?と。


大変な努力なのか、無意識の抑圧なのかはわからないけど、

本来とても勝気なところがあった人。

でも、小学生時代の記憶には「優しい、いい人。でも印象が弱い人」

だった。

そのイメージでいてほしかった、という私自身の甘えもあったのだと。


あれ?ということはあったけど、数えるほどもなかったような。

いや、本当は、自分の深いところでは気づいていたことはある。

それが、本当に好きな人、本当に、完全に自分を受け止めてくれる人に

出会えたことで、彼女は抑圧をはずすことができちゃったんだと思う。

まるで、眠れる森の美女が、王子様のキスで目覚めたかのように。


ちくしょうー結婚もすげえ!とも思ってたのかしら?

私が婚活を始めたのはそれから間もなくだったから。


ちょっとー書いてて本当に当時の自分に会って叱り飛ばしたくなった。

 神社すげースピすげえー結婚すげーって、アンタ。

 あまりにも短絡すぎないかい?

 まあでも、年齢から出産・離乳を逆算したら、ぎりぎりだったという

 現実的理由もあったんですけどね。


ところが、なぜか私の場合、自分の好みじゃない人、

自分が苦手なタイプ、好きになれないタイプの人に

好かれる傾向があった。

その辺を、彼女に聞いてみていたのです。

なんで?って。

これって前世の因縁ってやつ?って。

エドガーケイシーの読みすぎか?と。

前世で女を散々泣かせたから、今泣いているんですか?と。


彼女なりに真剣に見てくれて、言葉をくれた。

その時にはそれなりに納得したようにも思えたけど、

もちろん、問題解決には至らず、なわけです。


本当に・・・なんてバカだったんだろう!

今なら言えるよ。


それはね、少なくとも当時の自分に対して、

あんたは自分が嫌いなのさ。

自分を好きになれないから、それを投影した人が

近寄ってくるんだよ、

どーん!

(ここも、もぐろふくぞうっぽくお願いします・・・って通じるのか?

サントリー黒ウーロン茶の怖いおじさんキャラだよ)


なんと言いますか・・・

ヒーリングとか、チャネリング、彼女のようなリーディングでも

いいんですけど。

依存の仕組みって、やはり半分は自分が作っていると思うのです。


誰かに・・・完全に遠くを見通せる力を持つ人に、

こうなんですよ、だからこうしなさい、と御託宣を授かったとしますよ。

でも、そこで本当に自分の心が、深く深く納得しているのか。


深く納得していないから、あくまで表面上のものだから、

もやもやが消えずに、問題の本質も片付かずに、

しばらく経つと、また御託宣を聞きたくなるのではなかろうか。

そうしているうちに、悪いのにとっ捕まっちゃうと、

細かく細かく言葉をかけてほしくなるのでは?と。


何かで深く、子供時代などに心が傷ついて、どっか心の部分を

凍結させていたとしますよ。

そういう、いわば怪我した人に対して、すぐに自力で起き上がれ、

とは酷なもの。

まずは怪我を治し、起き上がる体力と栄養をつけてから、

少しづつリハビリをしますよね。

心も同じことだと思うのです。

治療をする人、最低限の怪我を治す人が必要な場合も

あるかとは思います。

が、ある程度の段階に来たら、患者は自分の力で立ち上がる

必要があるわけです。


ある程度の段階までを請け負うのは、臨床心理士だったり、

場合によってはヒーリングとかのスピだったりすることも

あろうけど。

占いでもいい。


けれど、どこかの段階を過ぎたら、自分で自問自答をしていく。

ちょっと辛い時もあるけど、一人になってじっくりと自分に

問いをかけてゆくことが必要なのではないかな?

そうして、こつこつと掘っていくと、やがて思いがけないことを

思いだしたりします。


ああ、自分はこういうことで傷ついていたんだった・・・とか。

そういえば、こんなことがあったけれど、心にふたをして

しまっていたんだった・・・と。

それは、事実もあれば、誤解もあるかもしれない。


そうして、問題点や傷を見つけ、自分で自分の心を受け入れてゆく。

そこで生まれるのが、深い、本質的な癒しだと思う。


じんわりと、やっと受け入れてもらった、気づいてもらった、

という深い深い安堵。

この安堵は、誰かの御託宣ではとても味わうことができない。

…少なくとも私はそうです。


誰一人代わることができない、大事な自分の心を、

自分が見つめて受け入れること。


スピリチュアルって、そういうことなんではないかねえ?

(まだまだ続く・・・)






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やれやれ。

日曜日の晩、早く寝なくちゃと思いつつ、ちょっと中途半端

だったので、一区切りなところまで書こうと思います。


私の場合、ある程度スピに走る分にはいいんですけど、

深入りしそうになると、

「ちょっと待った!」ということがなぜか起こるのです。

だから、あまりはまらないで済んだ、ともいえますが。


この、ちょっと待った!がなかったら、どうなっていたの?

と思うと…背筋が寒くなります。


というのも、たとえアマチュアであったとしても、絵やら文、

舞踏や音楽など、表現をする人、ゼロから何かを作る人なら

あるはず。

思いがけないものが仕上がってしまった、とか、

いきなり「降りてくる」というか、インスピレーションが

湧いてくる、というようなことが。

だから、表現をする人はわりとスピには走りやすいと

思うのです。

そう、文化芸術芸能枠の人。

オカルト枠、超自然主義枠、宗教枠などもスピなのかも

しれないですけどね。

自分はどの程度の割合で、どの辺を認識しているのかを、

自分で理解していないと。


で、その結果が出たってことです。


神社すげえ、スピリチュアルすげえ!ということで、

その頃からいろいろ本を読み漁ってみました。

シャーリーマクレーンの一連の本やら、エドガーケーシーやら・・・

パワースポットやら神社やら、神道などなど。


また、霊視できる同級生とは、前にもまして頻繁に長電話をし合い、

過去生とやらを見てもらったりしました。


なんというか・・・バカですよねえ。


霊視できるんなら、そもそも自分の婚期だってわかるだろうから

神社なんて行かないだろうに。

ただ、そういう人って、案外自分のことは見れなかったりする

みたいです。

それと、過去生やらオーラは見えるみたいだけれど、今、とか、

直近の未来のことは見えないみたい。


後年、きちんとした臨床心理士のもと、退行催眠で子供時代のほかに

前世を見たことがありました。

そこで自分が見て感じたことは、同級生の彼女が言った内容に

近かった。

だから、その点ではうそじゃなかったんだろうとは思います。


ただ。そのあたりで「ちょっと待った!」がかかった。


その、穏やかで優しげな同級生。

結婚が決まったとたんに、キャラが激変した。


女王様のようになってしまった。

それだけではなく、平気でうそをつくようにもなってしまった。


私は、キャラが変わるのなら、まだ適当にあしらえたんだけど、

うそをつくようになったことがとても悲しかった。


けれど、人間関係はどちらかだけが一方的に悪いわけじゃない。

いろんなことを霊視してもらう経過で、私も彼女に依存し始めて

増長させてしまったかもしれない。


あと、スピとは関係なく、これは女の子特有のものなんだろうけど、

「私は選ばれたの。一生共に人生を過ごす男に。

どうよ、いいでしょう?」という気持ちもあったのかもしれない。

とすると、本質的には、女王様気質を持っていたのかもしれない。

自分を全面的に受け入れてくれる人に出会えたことで、

何か、解放されたのかもしれない。


だんながとにかく甘えん坊で、そこもまた女王様キャラを増長

されることになった。

どこに行くにも、私と同級生に、だんなが

金魚のフンみたくついてくるようになってしまった。

詳細は避けますが、私が彼女とガールズトークできるのは、

女子トイレの洗面所だけ、ということが何度となく続くようになった。


「私と同じように、私の旦那も受け入れてほしい、付き合ってほしい」

と言われた時、

無理です・・・となった。

が、無理です、がスルーされてしまい、まったく状況は変化するどころか

悪化していったので、私は一切の連絡を絶つことにした。


決定打は打たない。

いつか、また関わることができるかもしれないから、少しほとぼりを

置くことにした。


私に、スピリチュアルの扉を開いたのは、紛れもなく彼女だった。


見えないものなんて知らなーい。

神社?辛気臭ーい。

そんな私が、少しは目に見えないものも

「あるのかもしれないから、まあ、ある程度良しとしましょう」とは

思えるようになった。


そして、たとえ霊視能力などがあったとしても。

それを見るのは、完全ではなく欠点だらけのシャバの人間

なんだよ、だからはまりすぎちゃいけないよ、ということを

教えてくれたのも、彼女だった。


彼女は地方に行き、子供を産んだ。

今どうしているだろう?元気でいてくれるといいな、と思う。


私は、あれから電話が大嫌いになった。

あんなに長電話して、お互いの何を見ていたんだろう?って。


いい薬でした。

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