朝霧 裕ブログ~生きるほうへ~

本ブログは、障害を持つ一人の女性が、自分の「心を解放し、肯定し、自由に話し、行動をする」ことで何が起こるか、実験をするブログです。一緒にやってみようかな、という方のプラットホームになれば幸せです。

最新刊エッセイ「バリアフリーのその先へ!-車いすの3.11-」(岩波書店)好評発売中!

オフィシャルHP http://yuhasagiri.jimdo.com/

出演、取材のご依頼は、yuhasagiri@gmail.com  までお願いいたします☆


テーマ:

みなさんこんにちは☆彡

おげんきですか。


このごろね、いろんな友達と、メールとか、電話とか、会ったり、

いろんな話をしていました。


いろんな話をする、ということに、時間をかけていました。

ただ、そうしたかったから。

ただのおしゃべり。


いろんなこと。

ふつ~うの、日常のこと。

くだらないけど楽しい日々のこと。

やっていきたい活動のことや、やってきたことで効果はこうだったね、という、おさらい的なこと。

政治のこと。

スピリチュアル的なこと。

食生活とか健康とか障害とか病気ついて、みたなこと。

障害のある人もない人も、みんなが幸せになるような、人権について、のようなこと。


でね、わたしあんまり ふだんから

相談をしながらものを決める とか あんまりなくて

「自分の考えやしたいこと 好きなだけ向き合ってから自分で決める」

というタチで。

だいたいこういうことがやりたい という 方向性を、

決めてからは、自分の知恵では足らないところは、じゃんじゃん相談するけどさ(・v・)

ライブや講演のとき、だいすきな人にいっきょにいっぱい会えるから、

ふだんはひとりで本読んだり映画みたりしてるほうが実は好きだし(ーvー)

でもなんで 「人と話す」にすっごく時間をかけたかというと、


いくらひとりで考えていることのほうがすきなわたしでも

ひとーりだけで腕組みをして考えることにちょっとだけ疲れちゃったわ。(ーvー)

という、波が来たのよ。


心が疲れちゃったの。

だから、FBやブログとか一回ぱっと離れて、

「今、この人とこのことをしゃべってみたい」

と、カンで思った人とだけ、一対一でいろいろしゃべってた。


でね、日々についてでも、食生活についてでも政治についてでもスピリチュアルについてでも、

テーマはなんでもいいんだけどさ


関わるのが「純粋に楽しいから」やっている人と、

「そのグループに所属して排他的になりたいから」やっている人とが、いるよね?


ということについて


わたしは心が疲れたんだな、と、いう、波が来たのよね、2,3日(・v・)


現代って、「自分の考えと同じ価値観以外の人を小バカにしたり見下したい」っていう心理から

なにがしかのグループに属してる人が、ほんとうに多いなあ、と。

間違えてる意識高い系。


常に、「自分は意識高い、相手はレベル低い」、

自分は上、相手は下、っていうふうに

マウンティングしたり、見下す対象を探している人。


「自分より意識低い」とか

「自分より不幸せそう」とか

勝手に決めつけた他者と

自分とを比べることでしか

自分の立つ瀬を(自分の立つ足場)を認識できていない人が、


こどものいじめとかでなくって

もうじゅうぶん生きてる大人のトシの人で、ホントに多いなあ~~~と思い始めたら

そっちばかりに目がいっちゃって。


そういう人こそ可哀想 って ほんとはわたしも冷めつつ思うんだけど


間違った意識高い系

間違った正義の人(いきなり上から目線みたいな。「助けてあげる」系??なんていえばいいのよ?)


そういう人にとって、「障害」とか「病気」とかってさ。

恰好の「悪」なんだろうな、って。


ホント、

先週、今週がこの話の大山場で。

だれに会っても、話してた。

「障害や病気」に対する価値観について、とかね。

こう考える人もいるけど、こう考える人もいるよね、とか。


でもそれはね、特定の属性の人を叩きたいとか、誰かを悪く言いたいとかでなくって、

私自身だって、誰かを差別したり、石頭の偏見の目で見たり、

自分が、単に「知らなかったから」、先入観をもって、誰かや、何かのものごとをとらえてしまうことは、

日常の中に、いくらでもあるでしょう。


だから、「私自身が」、偏見を持ったり差別する側に立つことも、あるよね?

という、前提で、話していたわけ。


だって「自分は常に絶対に正しくて、相手が常に絶対に間違ってるから」って、

そんな怖いしむなしいことってないじゃん。

「じゃあ、あなたには、他者が要らないんですね?(人と話す必要がないんですから。)」

ってなって。


でも、そんな「自分が絶対に正義」と思い込んでいる人がさ。

障害や病気は「悪」なんだから

治すべきだ

治さないとだめだ

闘うべきだ

闘わなければだめだ

治すように努力をすべきだ

でもそこまでやっても治らない人は可哀想だ

治らなくて可哀想な人が生きていたって可哀想だ

生きていたって可哀想な人のことは殺してあげるのが思いやりだ


、、、 、、、って、なったら最低最悪の上から目線の人権侵害だよなあ、、、、と。


そんなことをぐるぐる考えていたのが本当に先週で。


それで、きのう、津久井やまゆり園の殺人事件をニュースで知って。


わたし思うんだけどね。


「健康」とか「幸福」とか「人から愛を受けること」とかに


「こうであるべきだ(こうでなければ健康でない)」

「こうでなければだめだ(こうでなければ愛されない)」

って <条件>を付けて考えている人って


身体的に五体満足でも一生不幸だよ?


だって


<条件付け>でまず自分の心をがんじがらめにしてるんだもん。

自分自身が「こうあるべきだ(たとえば、「人の幸せとはこうあるべきだ」)」

と べきべき星人 がんじがらめになっているから、

その 自分が自分に課した条件に沿って

がんばっているのに 評価されなかったら 上司でも会社でも逆恨みするだろうし


「自分より努力してもいないのに なんでこいつが」

と 自分が勝手に見下した相手が

自分より幸せになっていることは許せない。


俺のほうが、わたしのほうが、

こいつなんかより価値がある立派な人間なのに!!って。


その価値観て。


常に「上」「下」で人を見るでしょ?

だから、人を「上下」で見ている限り、ぜったいに

またどこかから<比べる対象となる他者>を探してきては、

何度でも繰り返し、

「こいつより、俺のほうが価値がある人間なのに!!」って、

やるんだよ。


「他人との比較」でしか、

「自分が幸せかどうか」が自分でももう感じられなくなっちゃっている人は、

今、世の中に今回の犯人だけじゃない、きっといっぱいいる。


でも、その極論が、今回。


きっと、「本当の自信」が、ない人だったんだよね?


本当に自分に本物の自信がある人。

自分が自分を信じてあげられる人は、

「自分を大きく強く見せよう」と、しないから。


むしろ、「弱さを肯定すること」が、本当の本物の強さであると、わたしは思うよ?


タイムマシンはないし。

すでに起きてしまったことに「もしも」はないけどさ。


事件の犯人が、こうなるずっとずっとずっと前の段階で、

「自分の心」の問題に向き合う場を提供してくれるプロの、

カウンセラーやセラピストに出会っていたら、、、。


事態は、変わったんじゃないかと思う。


「はいはい、よしよし、いいこいいこ、君は障害者より価値がある人間だよ?」って

他者から言われたかった(けど言われなかった)人の最低の犯行、と思うんだ。


でもさ、

「うちらのほうが、あのグループより意識高いよね?」

「この価値観がわかんない人はバカなんじゃない?」

「あたしのほうが、あの人より価値がある人間!

、、、殺人事件はないまでも。

こういう、日常にある<マウンティング(優劣のつけあいっこ)>って、

今、どこにでもあるでしょう?


「他人との比較」ではなく、「ただ、自分を生きる」。


それができる人が世の中に増えることが、未来への鍵だなあと思います。


いろんなね、心の問題に寄り添って研究をしているプロの人

いろいろな分野の表現者といわれる人が


これからは どんどん幸せや希望のほうを見て幸せになる人と

絶望や怒り悲しみのほうを見て(自分自身も心を囚われすぎてしまい)、

心の地獄のような、負の連鎖から抜け出られなくなってしまう人とが

もう止めるすべがないかもしれないくらい、極端に二極化する

ということを、特に数年前から言い続けていました。


あれは、こういうことなのかな?、と、考えざるを得ないことが明らかに増えているように思います。


でも、この今だからこそ、たとえば、わたしはこうして

言いたいことがあればその瞬間に書けるわけだけど


どうしても自力では書いたり言葉で伝えることができない当事者のこと。

そこをね、自分が何を言うにしても書くにしても、

とりこぼさいでいくぞ、

という気持ちで、表現をし続けたいなあと思うんだ。


「自分を生きる」が、最大限のできることだって思っています。


「今」という日々に対して。






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みなさまこんばんわ☆


おげんきでいらっしゃいますか(・v・)


参院選があってさ。

都知事選でさ。

選挙続きで。


で、思うところはあるわけなんだけど、

「もっと自分の考えと向き合って

自分の言葉で話したい。そしたらブログ書こう。」

って思って、何にも書きませんでした。


なんかね、思うんだけど。

「国が何にもやってくれない」

「行政はなんにもわかってない」

「政治家なんかみんなダメ」

「現政権が許せない」

「誰々だったらなんとかしてくれる(はずだ)」


、、、 、、、そうかなあ?


って。


わたしの、言いたい、ことばは、なんだろう?って

(主に参院選の期間中。)ずっと考えてたんだよね。


わたしにはいつもふたっつの思いがあって。


① 人で何とかできるような人生じゃなかったんだよ。(ウエルドニッヒ・ホフマン症を「○○のせい」にできる要素がどこにもなかったんだよ。)

② でも、この人生を、数えきれないたくさんの人が助けてくれた。

15年。200名を超えるであろう介助さん。

国も行政も民間人もみんな助けてくれたよ?

わたしが生きていることが、その証拠でしょ?


って、思ってて。


いろんな人が 「応援したい人を応援する」でなくてさ

「応援したくない人をdisる」っていうのをネットで見たりして


思うんだけど


「じゃあ、あなたは、どうしたいの?」


が、ないと、先へ いかない この ものどかしさが

わたしは好きではないんだ と いうことに 気づいたの。


今、いろんな人が

「この国の現状と未来のことを考えている」って言う。


でも、国という言葉で外を見る前に 自分の内側と向き合ってみて。


だって わたしたちが国なんだから。


あなたはどうですか?


自分をどう思いますか。


不幸な国の 不幸な国民。


不幸な国の 幸せな国民。


幸せな国の 不幸な国民。


幸せな国の 幸せな国民。


わたしはさ、こんな重度障害者の自分が、やりたいことをどんどんやって生きられる、

それから、人工呼吸器を使っている人たちがどこの国より手厚い介護や医療制度のもとに、

アクティブに生きていると、ほかの先進諸国から言われている、

幸せな国の 幸せな国民だと思っている。


今の、自分のことを。


でも、数年前は、生活の中でいじめに遭っていた時期があって

そのころは、自分は最悪最低に不幸、なんでわたしがこんな目にって思ってた。


でもそれって

国のせい?

行政のせい?

住環境のせい?

介護制度の現状のせい、、、は、多少あったな、でもね、人生で一番つらかった時期も

自分の生きている、生活圏の範囲で、さまざまな助けを得て、解決したよ。


何を言っても

国に対して(市民が、とか)

政治に対して

会社に対して(個人が)

たとえばね

お金持ちの人に対して(低所得の人が、とか)

世間に対して(なんじゃろ、世間て)

さっきやってたテレビ番組に対して

怒りたい人は怒ってる

悲しみたい人は悲しんでいる、だって感情があるから。


でも、じゃあ いつ 自分自身が幸せになるの?って 思うことがある。


(ずっと怒ってる人はずっと怒ってることが幸せなのかな。)


「個人の幸福度」について、ずっと考えていたくって、このごろ。


同じ一日を、幸と思う人と 不幸 と思う人とがいるのは


何が悪いの?


政府の政策が悪いの?

そういう、場合もあるでしょう、だけど だけど

自分が 自分で 自分から

一歩

よし もう幸せになっちゃえ!

と、決めて

幸せになれるように動きだした人から幸せになれるものじゃない?


うまく言えないんだけど わたしは 最近

なにがあってもなくても

「自分を生きる。」と 決めてから

許せないものや人や キライなものや人や

怒りを感じるものや人や が

これなんて言えばいいんだろうね その 怒りとかへの執着が、成仏したように、

一個ずつ消えて 減ってきました。


もちろん、喜怒哀楽、あるけどね(・v・)


でも、減った、「嫌い」や「許せない」のかわりの、

減ってあいたスペースのところに

「好き」「楽しい」が、増えてきました。


なにか、考えを、語るとき、「嫌悪」「怒り」「恨み、憎しみ」とかよりも

「好き」「楽しい」「開放的」「願い」なんかにフォーカスをして

語るほうが

より多くの人の、心に届くんじゃないかなあと、思います。


でね、わたしが うにうに うにうに ずっと考えていてうまくことばにならなったことを

セラピストの岡田哲也さんが だれにでもわかることばでスパッと書いていらっしゃいました。


「幸/不幸」の多くは、どこの国に生まれつくとか、

どんな家に生まれ落ちるとか、

外側では、決まらないんじゃないかなと、思うんだ。


自分がもし、「今わたしは幸せじゃない」と感じるとしたら

それはなんで?で

ほんとはどうしたいのか?

何度でも 聞いてあげたらいいよ。

そうしたら、きっと、最後に、

「じゃあ、ほんとうはどうしたいのかを、叶えるためには、どうするか?」

それが、具体的に心の中に輪郭を持って浮かんでくるはずだから。


おすすめです↓

心身調律セラピスト、岡田哲也さんのブログ↓


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みなさまこんにちは!!
先週のかぐやライブ「手から手へ」本当にありがとうございました。
FacebookにUPしたままこちらに遅くなってしまいごめんなさい。

⭐︎齋藤陽道さんに撮影いただいた、集合写真ができました!!
真っ暗闇の中で撮ったひみつの写真は、もうしばし、お待ちくださいませとのことです。

⭐︎今回は会場にて販売をさせていただきました齋藤さんのご著書の売り上げもすべて、熊本への寄付とするとご連絡をいただきました。

⭐︎会場にて、齋藤さんを撮影していらしたお方は、ドキュメンタリーの映画監督の河合宏樹さんです。
「手から手へ」、この続報は、齋藤陽道さんの写真と、河合監督の動画などを、ワクワクと、お待ちくださいませ。

受付を手伝ってくださった準備チームの仲間が、Facebookのコメントに、
「わたしたちはみんな、ひとりずつがなんでもできるスーパーマンじゃないけど、みんなでやればできるよ!また集まろう!」
と書いてくださったのを読みました。
わたしも同じきもちです。

できることをできるひとができるときにムリをしないやりかたでやる。
この循環の中に自分も生きていたいという思いをあらためて感じました。

手前味噌ですが、みんなの力が重なり合って、
思いがきらきらひかりになって
小さなひかりのつぶつぶが目に見えるような、、、 、、、
わたしがぼけていて歌の出だしなどがふわっとしてしまい、
齋藤殿と奥野殿が大変だった箇所はきっとものすごくありますが、、、、(≧∇≦)
たのしくてかっこいいライブだったと思っています。

災害時であれ常時であれ、障害のある人もない人も、地域にだれでもが生き生きと生きることを当たり前にしたい。
この気持ちを、このブログもそうだし、ライブもそうだし、いろんな場所から、どこからでも伝えます。

いつもありがとう。

がまだせ全国!!
いまいるここ。
この足場。
この足元からできること。

いつもありがとう。
{631DE50D-7095-4311-BA2D-EDD4F7A9F550}

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みなさまへ★

9日は、熊本被災地緊急応援ライブ
「手から手へ」
古民家ギャラリーかぐや
ご来場 本当にありがとうございました!!

当日は、雨が心配されましたが
なんとかもって
理想的 涼やかな天気。
こどもさんもたくさん来てくださり
満席御礼 想いの きゅっとつまった
素敵な場を作ることができました。

写真家の齋藤陽道さんと、ぶっつけ本番初コラボ(>▽<)!!

口話、筆談、手話、できること、まさに手から繰り出せるものを持ち寄って
深度ある、ライブになりました。

きっとかかる全員が どきどき!
見守るお客様も どっきどき!(・▽・)!!
の、わたくしのヘロヘロな進行具合の箇所多々あったかと存じますが
一期一会の スペシャルな日に
できたのではないかと 思います。

とても 楽しかった。
夢みたいに 幸せな時間でした。

「みんなで楽しくできることを持ち寄る」
ライブ。
生。
生きている空間。
この面白さを また 磨いて

また共演ができたらいいなと思います。

以下にご報告です。

本当に本当にありがとうございました!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

熊本被災地緊急応援ライブ
『手から手へ』
古民家ギャラリーかぐや

写真 齋藤陽道
うた 朝霧 裕
ギターとうた 奥野 裕介
笛と即興演奏 相馬 光
手話と筆談の助っ人 遊馬あゆみ
筆談の助っ人と受付 益井 美由紀
音響補佐 みくにじゅん
受付 小林史恵 いなばりな
料理番 だっこさんのお母さんとお友達のみなさん
かぐやいなり 井上 芙沙子
主催 だっこファンクラブ有志
共催 古民家ギャラリーかぐや

本日のチャリティー寄付、当日来場者大人63名 
そしてご寄付のみ応援いただいたかた7名 
1000円✖70名 7万円を
齋藤陽道さんが、被災地熊本で、
音楽から障害を持つ人の社会参加に取り組むNPO法人オハイエくまもとへ、

ほんとうに現地へ行って、届けます!!
続報を、お楽しみに!

ほんとうにありがとうございました!

さあ次は!彩の国ゆめコンサートに向けて、ぶっちぎります!

筆談トーク。今回は、MCも内容を書いて
わたしはでっかい画用紙
齋藤陽道さんはことばをスライドに直接かいてくださいました(・v・)



大好きな1枚。
『歌って、なんだろう。』



オープニングもプレミアムな、陽道さんの手書きです(・v・)



写真と歌コラボは、こんな感じ。
古民家かぐやの雰囲気と、不思議に和合し
わたしたちが、古民家の妖精のような雰囲気に☆彡



だいすきな人たちにたくさん会えて
新しいチャレンジができて
とってもとってもうれしかった。

だれもが今を
旅する仲間です。

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皆様へ☆


お元気でおすごしですか。

2016年も、あと半年だー!

半年ー!!

ほんとに暑い日がふえてきましたねー☆(^▽^)


さて、みなさまにお知らせです。

過日、告知をさせていただきました、


告知☆彡熊本被災地緊急応援ライブー手から手へー
http://ameblo.jp/cafedudacco/entry-12168300551.html


全席80席 満席となりました。


当日券につきましては、若干名ご用意できる予定です。

受付メールまで、お問い合わせくださいませ。


障害のある人もない人も、距離も世代も関係なく、

「できる人ができるときにできることをやる」

「人と人、助け合うのは当たり前」

「困ったときはお互い様」


そんな、人材・モノ・想い・お金・場所などのすべての<循環>によって、

生かし生かされ、誰もが生きる。

人の想いの巡りの中に、生きていることに感謝です。


これからも、ライブやお話し会は、共鳴しあえる方々の力をいただきながら、

「そのときその場、その1回」しか 同じものの無い、

すてきなものを作っていきたい。


当日、大好きな皆様に、お会いできますことを、心より、楽しみにしています。


古民家ギャラリーかぐや 
熊本地震被災地 応援緊急ライブ
ー手から手へー


2016年7月9日土曜日 
開場 午後17:00 開演17:30 終演19:00
以降 19:00~21:00 持ちより歓迎 交流会
(交流会は おいしいごはん おいしいお菓子 おいしい
お酒大歓迎)
場所 古民家ギャラリーかぐや
(埼玉県比企郡滑川町福田1560)


チケット 大人1500円(代金内1000円を被災地へ)
寄付) 全席 80席 車いす席あり
小学生500円(全額被災地へ寄付)
障害をお持ちの方の介助者1名無料。
未就学児無料


ご予約 090-4830-4026(井上)
メール
fh6t-hsnm@asahi-net.or.jp (菱沼)


FBイベントページ 
https://www.facebook.com/events/919830824780847/
※ご予約は、お電話もしくはメールにて完了になります。


出演
写真 齋藤陽道(さいとうはるみち)
うた 朝霧 裕(あさぎり ゆう)
ギターとうた 奥野裕介(おくのゆうすけ)
横笛と即興演奏 ソウマヒカリ


※本ライブチケット料金の内500円を会場費用等、運営費。

内1000円を、熊本地震被災地への寄付とし、
写真家の齋藤陽道さんが、被災地に、届けに行きます。


主催 facebookファンクラブ有志 
共催 古民家ギャラリーかぐや 


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地元の駅から電車に乗ったら、
スロープ版を持ってきて
乗せてくださった駅員さんが、
「失礼ですが、お客様は、行田市のNPO法人ひこうせんで、歌のコンサートをなさったことがございますか」
わたし「はい、4年くらい前です」
「僕は、ひこうせんに入所しているMくんの友だちで、いっしょにいろいろなライブに行くんです。学生時代にボランティアサークルでかかわったときからずっと友だちなんです。彼も音楽が大好きで、車いすでどこにでもいきますよね!」
わたし「なんと!あなたのような駅員さんがいてくだされば、わたしも出かけるのに心強いです」

だれもが住んでいる街から、バリアフリーのたねまきをしている。

バリアフリーなんて当たり前じゃん、
と、言葉では言っても、実は地域差や、
個々人の生活の質の格差は現代だからこそ激しかったりする。

でも、だれもができることをやっていて、
ふとしたところで、人の縁としてつながっている。

うれしいなあ。
うれしいなあ。

わたし講演でもコンサートでも、だれもが生き生き生きられること、について、たくさんお話をするけど、結局のところ、リクツじゃない。

子どものころ、
昭和の養護学校は、
重度障害者のお前たちには
社会は厳しい、社会は厳しい、と教えたけれど

今はぜんぜん違う。

だいじょうぶ。

社会とはわたしたちのこと。

外に出れば、社会は、自分ひとりの頭で思うより、ずっと優しいところだよ?


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本音を言ったら、全部解決。

わたしはわたしのことが大切。

だから、自分を、最大級に大切にしてあげる。

だから、人からも大切にされたい。

大切ってね、

言葉じゃなくて、行動なのよ?
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色々あって。

っていうかわたしもしつこいね書いてて。

とにかく、
いい節目です。

わたしは人に
愛されたいし
人を愛したいし
なにより
わたしを愛しているし

だから、わたしをキライな人のことは
切り捨てて

ほんとうにカンだけで生きてるの。

人とのお付き合いもさ⭐︎

わたしが誰かは
わたしが知ってるんだよ。

好き、キライの
本能や直感を無視して
権威に媚び売るみたいな
うそで笑えないんだよ。

いやなこと我慢してやってそこにいれば
私情を殺せば出世すると思っている人もいるけど
生き生きと楽しく自分の望んだ結果を出しているひとをたくさん見てると、
どうやら旧時代のやりかたっていろいろ違うんじゃない?

いまの世の中へんだね?
まだ気付いていない人がたくさんいるね?

でもね、いつでもだいじなことは。

わたしが今何したいかだけなんじゃない?

わたしを疑うんだったら
まずわたしに会いにくればいいのに。

ほんともう、相思相愛の人しか、ほんともうライブとかも来てほしくない。


日ごとにファンの方々の大事さが増していますよ、自分の中で。
ほんとに。大事すぎるね。

自分で自分への大事さが増しているから。
だから、大事にしてくれる人のことが
特別に大事なの。

お互いに「いてもいなくてもどっちでもいい存在」だったらそれはお互いの世界の中には要らない存在なんだもん。
また別のだれかには必要とされていてもね。

いて欲しいと思ってくれる人にだけいてほしい。
だって、わたし自身が、朝霧裕にいてほしいと思っているから。

いっしょに、見たい世界作り続けようね。

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さっきのこれ↓

「やっぱり、好きな人といることがすき☆」

http://ameblo.jp/cafedudacco/entry-12171785534.html


の追記☆


さっきに書いた 仕事内容に近いことをもしやるときが

近未来に来るとしたら(くる。)


「ふつうのエッセイ」

とか

「ふつうのリサーチ型の論文」

みたいには しないかもしれない。(事例100人に聞きました、というようなかたちには。)


すごく 今の自分にできることの中では

やりたかったことのひとつで

肝になる内容のことだったから


時間をかけていいし


「わたしにしかできない表しよう」ができたとに出せばいいんだなと。


ちょっと


いえ けっこうはっきりと


絵が見えてきました。


だからこの話は終わり。


でも今日の日記は、


「ああ、あの日のあれは最終的にこれになって世の中に出たのね


と、ある本ができたときに、ここを読んだ人に感じていただける未来が


来ると思います。


待っていてくださいね。


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みなさんこんにちは☆

おげんきですか(・v・)


わたしは、今日は元気。


なのですが、


ある仕事で(ものを書くほうの)

それは、障害をもつ人の介護者不足とか虐待事例とかに

かかわることだったんだけど


これって今までだと完全に書くことをタブー視されてきたことだし

書いた人まだいないな

と 思うことに

取り組むか、どうか?で、


ここ数日

少しのあいだ、深く悩んでいました。


その内容について

応援してくれる人もいれば


「お前もうそれ以上書くなよな?」

というようなニュアンスのことば、、、これ、今、ちょっと脅し入ってる、、、??

という圧を感じることをわたしに言ってきた人もいました。


で、悩みましたが

ふと、

ほんとうにふと


4月の、心身調律セラピストの岡田哲也さん×性愛セラピストマスタートレーナー田中みっちさんの

セミナーで(「魔法使いになるセミナー」)で聞いた

「力に力で対抗しない」

を 思い出し、、、


ここでこの圧力に対抗することがやりたいことじゃないな、、、、 、、、

いて、楽しくないと思う世界に

いることが、わたしのやることじゃないな、と思って


ひとときの怒りとか

傷ついたなあ という気持ちとか

「わたしは どうしたい?」

という問とかを 全部感じた上で


「自分のことしよう。」

と 答えは明快に出たから

ぱっと その 大きな仕事になるかもしれなかったことそのものから

一切 手を離して捨ててしまいました。


このごろね、

「朝霧裕をこのような思惑を持って、ウチの団体にうまく利用したい」という

意図を持って わたしにアクセスしてきたり ものを言ってくる人に前よりも会います。

相対的に出会う人の人数が増えたからだと思います。


もちろん、私を媒体にしていただいて、この人の存在が

どんどん世に広まりますように

世界中に知られますようにと応援している個人

(一例として、たとえばそれは、画家の辻友紀子さんです。)


この人たちの活動が もっとどんどん世の中に知られますように と心ひそかに全力で応援している団体様

NPOも企業も、介護福祉の関連、貧困支援の関連、障害当事者団体、

複数あるよ。


でも、

「個人より会社や団体組織のほうが頭数が多くって強いんだから

個人のお前は組織や団体に迎合しろよな?」

という ていで

最初から

「それが常識だろ。うちが否定されるはずがない。だってこっちは人数が多いんだから」

という アクセスのしかたを わたしにしてくる人に対してだけは


福祉団体でも 障害当事者団体でも

わたしけっこう

ほんとうに バサっと切るよ?


だってわたし

「人」

しか 見てないからね?


「悪いけど、わたしだってもう味方がいるよ?」


と思ったり。


今より前には、もう徹底的に頼れる相手は自分だけだったという時の感覚を思い出したり。


ちょいと、そんな日々を過ごしておりました。


※ 注)音楽のこととは全然関係ありません。


やっぱり、好きな人といることが好き☆


それから、これからは、

表現活動がよりできるために、わたしのことを、

「ちゃんとまわりの人に守ってもらうこと」を ちょっと今までよりは真剣に 考えたほうがいいな、と、

シュミレーションしたりしていました。(←人生ではじめて思いましたこれ。)


いろんな人生の時期のね、今、もう一段階、越えどころ。


ものすごく本当に ざわざわしますが、


ますます みんなに頼りながら


朝霧裕をすすみます。


わたしは、わたしを好きな人のことが好き☆


ではまたね。




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