朝霧 裕ブログ~生きるほうへ~

本ブログは、障害を持つ一人の女性が、自分の「心を解放し、肯定し、自由に話し、行動をする」ことで何が起こるか、実験をするブログです。一緒にやってみようかな、という方のプラットホームになれば幸せです。

最新刊エッセイ「バリアフリーのその先へ!-車いすの3.11-」(岩波書店)好評発売中!

オフィシャルHP http://yuhasagiri.jimdo.com/

出演、取材のご依頼は、yuhasagiri@gmail.com  までお願いいたします☆


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地元の駅から電車に乗ったら、
スロープ版を持ってきて
乗せてくださった駅員さんが、
「失礼ですが、お客様は、行田市のNPO法人ひこうせんで、歌のコンサートをなさったことがございますか」
わたし「はい、4年くらい前です」
「僕は、ひこうせんに入所しているMくんの友だちで、いっしょにいろいろなライブに行くんです。学生時代にボランティアサークルでかかわったときからずっと友だちなんです。彼も音楽が大好きで、車いすでどこにでもいきますよね!」
わたし「なんと!あなたのような駅員さんがいてくだされば、わたしも出かけるのに心強いです」

だれもが住んでいる街から、バリアフリーのたねまきをしている。

バリアフリーなんて当たり前じゃん、
と、言葉では言っても、実は地域差や、
個々人の生活の質の格差は現代だからこそ激しかったりする。

でも、だれもができることをやっていて、
ふとしたところで、人の縁としてつながっている。

うれしいなあ。
うれしいなあ。

わたし講演でもコンサートでも、だれもが生き生き生きられること、について、たくさんお話をするけど、結局のところ、リクツじゃない。

子どものころ、
昭和の養護学校は、
重度障害者のお前たちには
社会は厳しい、社会は厳しい、と教えたけれど

今はぜんぜん違う。

だいじょうぶ。

社会とはわたしたちのこと。

外に出れば、社会は、自分ひとりの頭で思うより、ずっと優しいところだよ?


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本音を言ったら、全部解決。

わたしはわたしのことが大切。

だから、自分を、最大級に大切にしてあげる。

だから、人からも大切にされたい。

大切ってね、

言葉じゃなくて、行動なのよ?
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色々あって。

っていうかわたしもしつこいね書いてて。

とにかく、
いい節目です。

わたしは人に
愛されたいし
人を愛したいし
なにより
わたしを愛しているし

だから、わたしをキライな人のことは
切り捨てて

ほんとうにカンだけで生きてるの。

人とのお付き合いもさ⭐︎

わたしが誰かは
わたしが知ってるんだよ。

好き、キライの
本能や直感を無視して
権威に媚び売るみたいな
うそで笑えないんだよ。

いやなこと我慢してやってそこにいれば
私情を殺せば出世すると思っている人もいるけど
生き生きと楽しく自分の望んだ結果を出しているひとをたくさん見てると、
どうやら旧時代のやりかたっていろいろ違うんじゃない?

いまの世の中へんだね?
まだ気付いていない人がたくさんいるね?

でもね、いつでもだいじなことは。

わたしが今何したいかだけなんじゃない?

わたしを疑うんだったら
まずわたしに会いにくればいいのに。

ほんともう、相思相愛の人しか、ほんともうライブとかも来てほしくない。


日ごとにファンの方々の大事さが増していますよ、自分の中で。
ほんとに。大事すぎるね。

自分で自分への大事さが増しているから。
だから、大事にしてくれる人のことが
特別に大事なの。

お互いに「いてもいなくてもどっちでもいい存在」だったらそれはお互いの世界の中には要らない存在なんだもん。
また別のだれかには必要とされていてもね。

いて欲しいと思ってくれる人にだけいてほしい。
だって、わたし自身が、朝霧裕にいてほしいと思っているから。

いっしょに、見たい世界作り続けようね。

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さっきのこれ↓

「やっぱり、好きな人といることがすき☆」

http://ameblo.jp/cafedudacco/entry-12171785534.html


の追記☆


さっきに書いた 仕事内容に近いことをもしやるときが

近未来に来るとしたら(くる。)


「ふつうのエッセイ」

とか

「ふつうのリサーチ型の論文」

みたいには しないかもしれない。(事例100人に聞きました、というようなかたちには。)


すごく 今の自分にできることの中では

やりたかったことのひとつで

肝になる内容のことだったから


時間をかけていいし


「わたしにしかできない表しよう」ができたとに出せばいいんだなと。


ちょっと


いえ けっこうはっきりと


絵が見えてきました。


だからこの話は終わり。


でも今日の日記は、


「ああ、あの日のあれは最終的にこれになって世の中に出たのね


と、ある本ができたときに、ここを読んだ人に感じていただける未来が


来ると思います。


待っていてくださいね。


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みなさんこんにちは☆

おげんきですか(・v・)


わたしは、今日は元気。


なのですが、


ある仕事で(ものを書くほうの)

それは、障害をもつ人の介護者不足とか虐待事例とかに

かかわることだったんだけど


これって今までだと完全に書くことをタブー視されてきたことだし

書いた人まだいないな

と 思うことに

取り組むか、どうか?で、


ここ数日

少しのあいだ、深く悩んでいました。


その内容について

応援してくれる人もいれば


「お前もうそれ以上書くなよな?」

というようなニュアンスのことば、、、これ、今、ちょっと脅し入ってる、、、??

という圧を感じることをわたしに言ってきた人もいました。


で、悩みましたが

ふと、

ほんとうにふと


4月の、心身調律セラピストの岡田哲也さん×性愛セラピストマスタートレーナー田中みっちさんの

セミナーで(「魔法使いになるセミナー」)で聞いた

「力に力で対抗しない」

を 思い出し、、、


ここでこの圧力に対抗することがやりたいことじゃないな、、、、 、、、

いて、楽しくないと思う世界に

いることが、わたしのやることじゃないな、と思って


ひとときの怒りとか

傷ついたなあ という気持ちとか

「わたしは どうしたい?」

という問とかを 全部感じた上で


「自分のことしよう。」

と 答えは明快に出たから

ぱっと その 大きな仕事になるかもしれなかったことそのものから

一切 手を離して捨ててしまいました。


このごろね、

「朝霧裕をこのような思惑を持って、ウチの団体にうまく利用したい」という

意図を持って わたしにアクセスしてきたり ものを言ってくる人に前よりも会います。

相対的に出会う人の人数が増えたからだと思います。


もちろん、私を媒体にしていただいて、この人の存在が

どんどん世に広まりますように

世界中に知られますようにと応援している個人

(一例として、たとえばそれは、画家の辻友紀子さんです。)


この人たちの活動が もっとどんどん世の中に知られますように と心ひそかに全力で応援している団体様

NPOも企業も、介護福祉の関連、貧困支援の関連、障害当事者団体、

複数あるよ。


でも、

「個人より会社や団体組織のほうが頭数が多くって強いんだから

個人のお前は組織や団体に迎合しろよな?」

という ていで

最初から

「それが常識だろ。うちが否定されるはずがない。だってこっちは人数が多いんだから」

という アクセスのしかたを わたしにしてくる人に対してだけは


福祉団体でも 障害当事者団体でも

わたしけっこう

ほんとうに バサっと切るよ?


だってわたし

「人」

しか 見てないからね?


「悪いけど、わたしだってもう味方がいるよ?」


と思ったり。


今より前には、もう徹底的に頼れる相手は自分だけだったという時の感覚を思い出したり。


ちょいと、そんな日々を過ごしておりました。


※ 注)音楽のこととは全然関係ありません。


やっぱり、好きな人といることが好き☆


それから、これからは、

表現活動がよりできるために、わたしのことを、

「ちゃんとまわりの人に守ってもらうこと」を ちょっと今までよりは真剣に 考えたほうがいいな、と、

シュミレーションしたりしていました。(←人生ではじめて思いましたこれ。)


いろんな人生の時期のね、今、もう一段階、越えどころ。


ものすごく本当に ざわざわしますが、


ますます みんなに頼りながら


朝霧裕をすすみます。


わたしは、わたしを好きな人のことが好き☆


ではまたね。




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みなさまこんばんわ☆

きのうの記事、

「わたし、がんば「る」がすきです(・v・)」↓
http://ameblo.jp/cafedudacco/entry-12169240731.html

に、関連してもう一話。

去年夏、わたしが、「がんばれ教の呪い」に憑りつかれ、

「早く売れなきゃ」

「早くもっと有名にならなきゃ」

「早く印税生活にならなきゃ」

「早く憧れのあの人みたいにならなきゃ」

「そうなれない、今の自分には、価値がない。」

と、凹み切って、藤沢あゆみ先生のメディアコンサルティングに

駆け込んだとき。

あゆみ先生は、

「今のだっこちゃんに、ものすごくおすすめの本があるよ」

と、数冊の本をご紹介くださいました。

そして、そのうちの一冊。


心理カウンセラー心屋仁之助さんの本。

「「好きなこと」だけして生きていく。」(PHP研究所)わたしにとって、時期によっては、本当に大きな心の苦しみの原因だった、

『仕事って、なに?』という問いへのこれまでの答えを、

もう確信として、真反対にした本でした。





あなたは、仕事をしていない、何かを生産していないかもしれない

とりたてて大きな夢や希望を胸に抱いているわけでもないかもしれない

もしかして無職で ニートで 引きこもりかもしれない(←これ今のわたしか?)

人さまに自慢できるほどの、得意なこととか好きなこととか特に別にないかもしれない
もしかして障害とか病気とかもあるかもしれなくて
とにかく

「いるだけ」。

「いるだけの、なんにもしてない」と思われる状態。


その「なにもしていない、今 ただ ここにいる ただ いるだけ」の自分の


<存在価値>に対して給与を払う。


金額は 自分で決めていい。


それを<存在給>と 呼ぶとしたら


あなたは自分に いくらのお給料を あげますか?


この本は、こんな「問い」から、はじまります。


でも、わたし、これ、一番最初に、あゆみ先生から、この本をご紹介いただいて、問われたときには、

「うーん、、、、」と言ったまま 固まってしまい、

即答ができませんでした。

それで、すごく考えて

「うちにきている、介助さんと同じくらい。」

介助さんもお給料は全員一律でありませんが、

その、アルバイトさんくらい、というイメージで、言いました。


アルバイトさんくらいかな、と言ったのは、

「もしかして、それ以上の、ボーナスなんかももらえるような、

価値が私には、あるかもしれない」

とは、まだ、そのときには、

自分にそこまで言い切れる自信がなくて、

思い至らなかったからです。


それで、どうして

「介助さんと同じくらい。」

と、言ったかというと、

「障害をもつ人の介助のしかた」の一例を

この身をもって

教えている役をしているのは、わたしだから、と、思ったからです。


教えているのもわたし、支えてもらっているのもわたしだけどね(-▽ー)!!

でも、二人の人がいて

「歩ける介助さんで、人を支え、助ける役」

「一人は、歩けない障害をもつ人で、人に支えられ、助けられる役」

を やってください、と、かみさまに言われて、


「どっちの役でも、好きなほう、選んでいいよ?」って言われたら

大抵の人は

「支える側の、役のほうがいいです。」


と、言うんじゃないかな、と、ふと。

本当に、ふと、思ったんです。


そこで、、、なにか 今までにあまり感じたことのないような

ワクワクする気持ち ザワザワする気持ちになって


あれ?(・v・)

、、、もしかして?


って 思いました。


わたしって、「みんなから支えられる役」、、、1年365日、がんばってない?

いるだけで?


あれ?

もしかして

「人様にお世話になってばっかりで

なのに 税金を納めるどころか 年金とかも貰ってて

申し訳ない 申し訳ない

わたしって 歩ける人より 価値が半分だ」


って、思ったこともあったけど


「人に助けられ、支えられる役の人」がいなければ

「人を助け、人を支える仕事がしたい人」の存在が

この世から、要らなくなってしまうのだから


支えられる人と 支える人とは 対等、、、っていうか


支える役の人に

支えられる役の人が

支えさせてあげてるんだよ って言ったって

もしかして バチもあたらないくらいの


大役を 「支えて貰う側」だって、日々、やっているんじゃないの?


と、、、「支える」とか「支えられる」とか

「頑張る」とか、「仕事」とか、そんなキーワードを、


思えば思うほど


思えてきました。


これは、どっちが上よ とか どっちがエライの とか 

どっちのほうに より価値があるの じゃなくって


ただ「役割」があるだけなんだ、と。


どっちも大役

どっちにも 価値があるのよ。


この世から、すべての病気の患者さんがいなくなったら、

すべての医者と薬屋さんが、この世から要らなくなるよね?


この世から、すべての障害をもつ人がいなくなったら

すべての介護・福祉職がこの世からいなくなるよね?


この世から、すべての「困っている人」がいなくなったら

すべての支援職が、この世から 本当に要らなくなるよね?


あなたが、一見、

悲壮にくれているようなけっこうな困難な状況下に生きていたとしても

無職でも、たとえば、「モノを早く多く生産する」ような能力がなくても

「わたしは今、後ろ向きだし、

人様の役に立てるようなことをなにひとつできていないし、

がんばってもいない」

と、自分について感じているような状況でも、

そのことと、

そんなあなたこそが今ここに存在している、

存在していることそのものですでに生み出せるものがたくさんある、

「あなたがいるということの価値」とは

その、「自分で自分に作り上げたプレッシャー」

とは、

まるで、関係がない。


「いま私は、人生が困難な状況だ」

と、認識していたことの一部の要素は、

「誰かとの比較」とか

「もっともっと頑張らなきゃ!という気負い」とか

「休みや遊びをいけないことのように思う恐れ」とか

そんな自分の心が、自分の中に作り出した「妄想のモンスター」かもしれない。


何度も読むうち、そう、気付いたんです。


この本で仁さんはおっしゃいます。


「がんばらない自分には価値がない」と決めたのは誰ですか?


わたしが、

「頑張らなきゃ、もっと頑張らなきゃ、

早く売れなきゃ

早く結果出さなきゃ

ああもっと頑張らなきゃ

ああどうしよう

本当に苦しいな」

と なったとき。


その時期の「がんばる」は、常にどこか<打算>であり、<駆け引き>でした。

いつも人に支えてもらっているから がんばらなきゃ

わたしは障害者で人よりもできることが少ないんだから せめてがんばらなきゃ

助けてもらったから 御礼しなきゃ

そんな感じ。

〇〇してもらったから 〇〇しなきゃ。

、、、、、、やだよねえ?そんなことばっかりを考えながらお付き合いするような関係性?

それをね、

「自分と他者との関係性」

「自分と社会との関係性」

ぜんぶに、「しなきゃいけないんだ」って、思ってました。

自分の企画コンサート、たくさん応援いただいている、彩の国ゆめコンサートのページでも、

「いつも人に助けてもらっているわたしだからこそ、住む街に恩返しをしたい」

という一文を毎年書いていました。 そんな自分も、OK!とは思います。

それが「悪い」んじゃない。

むしろ自画自賛だけどいいこころがけだったって自分でも思うよ?でも、


この頃ね、発想を変えています。


〇〇してもらったから、〇〇しなきゃ。

は、全部なし!!!

それが基準になると、行動が、「他者との駆け引き」になるから。

〇〇してもらったから、〇〇しなきゃいけないから、そのために〇〇しなきゃ。

ね?

変でしょ?


読んでいて

なんだか

呼吸が、息苦しくなってきませんか?

そうじゃなくって、

誰かになにかしてもらってもしてもらわなくっても、どうでも

一人称の「あなた」は、何がしたいの?

あなたは、今、

休みたいの?

よく眠りたいの?

どこかへ出かけたいの?

ブログ書きたいの?

だれかのために、とか、

助けていただいたから、とかを

ぜんぶ いったん横においといて。

あなたは 何がしたいの?

そこまで。

そこまでを、本当に、一人で、好きなだけ、考えて考えて、

わたしは 例に挙げたコンサートは

「自分自身の生きる場を自分で作りたい!!」

だったの、本当の本当の 心の底の底から湧きだしてきた答えって。

で、それを、言えたら、

本当に、

応援者100人増えた。

「街のため、社会のためにがんばります」って言ってた時は、

集客とかも、すっごい大変だったのに、だよ?

「たったひとりの、あなたが、ここに、いるだけの価値」は、

自分できっと漠然とイメージしてる以上に

本当は はるかに 偉大なんだよ?

だって

「人を支えていない人」も「人を助けていない人」も

本当は、誰一人として、いないから。

人に支えられることが多い人ほど

支えらることで

人を支えているの。

たとえるなら、

患者は医者を助けているの(^▽^)

みたいな感じ。

だってお医者さんはお医者さんであることが飯の糧でしょ?(^▽^)

でも、お医者さんも患者さんの命を助けてくれるから、

患者さんとお医者さんとは、対等だよね。

むしろ、すごい症例を、患者さんはお医者さんに

「勉強させてあげてる」のかもよ、

いるだけで。

医師と患者。

「どっちの役がやりたい?ただし、役名の途中交代は無理。」

って神さまに言われて

「患者」って、自分からすすんで言える人生なんて、たぶん、ない。

でも、その、だれもが嫌がるかもしれない役を、自分が引き受けた人の人生なんて、いるだけで、究極の価値だよ。

いるだけで、稀有な体験の、体験者。

(、、、患者の側は、かかってるものが、

命だからね、実際には、救急車で運ばれて

まな板の上のコイになったときには、

きっとこのブログの冷静さはぶっとんで、

お医者さんに、神様仏様ー助けてくれろーー、ってわたしも、叫んですがっちゃうけどね(^▽^))

自分では、世の隅に追い込まれたように思える状況ですらも、それですら、

「価値がない人」なんて、

この世の、どこにもいない。

『「がんばらない自分には価値がない」と決めたのは誰ですか?』

心屋仁之助さんの本。

「自分の存在価値」とか「仕事」ということについて

考えてみたい人へ

絶賛!!おすすめです。



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みなさまこんにちは!

夏ですね!

まだ梅雨の内だけども今日は暑いね!!!


わたしは、手足が縮こまる冬から

のびのびと いのちがのびてゆくようで

春夏が、だいすきです。


ところでとってもシェアしたい記事を読んで。

だっこブログからもご紹介します!


だいすきなだいすきな藤沢あゆみ先生のブログ記事。

”頑張るを顔晴ると書いたらやる気になるの?「がんばるってダメですか」”




わたしは、身体に障害があったから、

「障害に負けないように、がんばって!!」

「頑張っていて、えらいわねえ。」


番外編として

「健常者だってみんな必死で頑張っているんだから、

あなただって遊んでないでもっともっと頑張りなよ!!」

そういうふうなのもありました。

(※これ↑は、また、書く。)


そんなふうに、「頑張る」ということばがいつも身近にあって、

「頑張る」、「頑張れ」、「頑張って」、、、


「頑張る」と、縁の深い人生でした。


そのことばを言われて

すごく励みになることもあれば

「わたし、今、こんなに頑張ってるのに、なんで、まだ頑張ってて言われるの?!」

と 思うこともありました。


あゆみ先生のブログのように

「こんなに頑張っているのに、なんで、

まわりの人はどんどん成功しているのに、

わたしは、結果が出ないの?!」

そんなふうに、音楽のことでも、執筆のことでも、

とことん落ち込んだり、

人に狂うほど嫉妬したこともあります。


もうほんと、眩しい人が眩しすぎて見えないよ

嫉妬で目が見えないよ

みたいな状態です。


その渦中には、自分への失望や嫉妬で

わからないのだけど、(自分が見えていないのだけど)

まさに、頑張り方が違う(-▽-)です。


もうすぐに、約1年くらいになるのですが、

「わたしは障害者なんだから、がんばらなくちゃ」

「人様にお世話になって、生かしてもらっているんだから、がんばらなくちゃ」

そんな焦りが、ほんとうに呪いみたいになって


書きたい

でも書けない

何を書きたいかもまったくわからない

もう自分がわかんない(;▽;)


そんなふうになって、藤沢あゆみ先生のビジネスコンサルティングに駆け込んだことがあります。

現代の駆け込み寺です(・v・)

それは、ビジネスコンサルティングというよりは、心のカウンセリングのような時間で、

わたしはあゆみ先生の前で


「私、もっと売れたい。

私、がんばっているのに。

早く、次の本が出したい。

なんでわたしだけできないんだろう。

このまま終わりたくない。

でも、何を書いていいかわからない。」


と、号泣するばかりでしたが

あゆみ先生は

「だっこちゃん、大丈夫だよ。その壁は、やりたいことがある人、

ものを書きたい人には、必ず何度でも来る。でも必ず抜けるから。

その今感じている感情がぜんぶ、

今日のことがぜんぶ、必ず、宝物になる日は、来るんだからね。」

と、繰り返し、励ましてくださいました。


今思えば

そのとき、一番わたしががんばるべきことは


「心が疲れているんだから、休め。」


だった。

それからね


パソコンの前にばっかり座ってないで

たまには

違うことをして、あそべば?ってこと。

違うことも、「試せば?」ってことだったと思う。


SNS見過ぎドキドキ


ってこと。

「がんばる」が、自分の中で、漠然とした呪いだったときは、

もうまったく心も身体も 動けない!!

仮面うつ病?ってこれかなあ?

という状態だったけど


休むことをこわがらないようにして↓


気が済むまでなんにもしないようにして↓



去年の秋ぐらいから、自分の好きな作家さんの講演とかに

パソコン画面からブログを読むだけじゃなく、

出かけたりして↓


「今日の今、これがしたい!!、って、思う、今日のしたいこと」から、

やってみよ!!

と、だんだん、なって。↓


楽しいことを心が楽しいと思うと、

「このことを、今日はブログにも書いてみよう。」

と思うようにまたなって↓


気付いたら、

「頑張らないと、書けない!!」

「書くために、頑張らなくちゃ!!」

じゃなくて、

「書くことが、楽しいから、書きたい。」

になってた。


去年の一番苦しかったときの私にとっては、

「がんばる」が、

「気負い」で「呪い」だったの。


でも、今は、

「自分が楽しいから、書くことも、生きることも、楽しい。」になったの。


公に

「わたしがんばってないよ」っていう人も

いろんな時期があって

「今ここが、人生の踏ん張りどころ」っていうのは絶対にあって、


でも、たとえば、ブログだったら、

「いいことを書かなきゃ。」とか

「立派なことを書かなきゃ。」とか

「アクセス数をあげなきゃ。」とか、


反響を気にする気持ちが先にあっての、

「苦しく、がんばる。」から


「自分が楽しいから、書く」に変わると

自分ではその姿が人に「がんばってると映るかどうか?」は、ぜんぜんわかんないけど、

自分は、楽しい。


それが、結果で、だれかの勇気になったりしたら、


「わたし、頑張らなきゃ!!」って

先に思いすぎなくっても


「頑張ってるね」って

まわりから、「先」に、言われるようになってくるし、


そもそも

「人からなんて言われるか」

が、もう、気にならなくなってくるんです。


わたしは、今。


去年だったら、キライ、って言ったかもだけど、

今はね、

「がんばる」ってことば、すきです。(・v・)


たぶんそれは、「苦しく、がんばる」を、抜けたから。


あなたは、

「がんばる」ってことば。

「がんばれ」ってことばでも。


すき?

きらい?


キライ!!!もう聞きたくもない!!!、って、思う時は、

ものすごくものっすごくもうがんばってきたことがあったから、

「もう、ほんとうに、休め。」っていう、サインかも。


ごく自然に、すきd(・v・)bって思うときは、

そのまま、こころの伸びゆくままに、GO~!!のとき。


わたしは、とってもとってもたくさん「がんばれ」を言われてきて、

それが言われる側の心の重圧になることもあるっていうことを

体験してきて

だから 自分から 人には あんまり言わないけど


今にして、

がんば『る』


は、すきなことばです。(・v・)


そのことばと相対したときに、

<自分の心の調子のバロメーターになることば>

と、思っています。


あゆみ先生が、アンパンマンを思い浮かべるように、

わたしも、

自分の人生を生きることで大活躍してる人、


それから、作家とか、アーティストとかでなくっても、

一日を、丁寧に生きていて、素敵だなあと思う人、

家族との生活を だいじにすることを がんばっている人 


今日一日を 息をして ご飯を食べて 生きる そのこと自体に

「がんばる」という ことばの魔法が必要で

「一日、生きる」を、がんばっている人


いろんな、好きな人の姿が浮かぶ。


ほんとうのほんとうは、

がんば「る」も、がんばれ、も、

優しさも内包した言葉なんじゃないかなあ、と、思っています。










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みなさまへ☆彡告知でございます。(・v・)

写真寡の齋藤陽道さんと、今回、不思議なご縁があって、
<写真と音楽>のコラボライブを行うことになりました。
テーマは「手から手へ」。

今回のライブは、企画ライブ<古民家かぐやの星祭り>でも
たびたびお世話になってまいりました、
わたしのパワーチャージスポット。
古民家ギャラリーかぐやでございます。

思いおこせば、2011年7月。

東日本大震災のすぐあとで、
「人前で、何を語り、何を語るべきではないのか」
「こんなに大きな悲しいことが起きたのに、
歌なんぞ歌うべきではないんじゃないか」
個々、揺れに揺れる気持ちの中で

「歌を出せる人は歌を出せばいいよ。
音を出せる人は音を出せばいいよ。
お金を出せる人はお金を出して
それで、職人さんとか、技を出せる人は技を出せばいいよ。
被災地にいって、何かができる人は、やればいいよ。
被災地に行けなくても、心でたくさん、想っているんだ、という人は
身ひとつで、今いる街の
『ここ』から、やればいいよ。」

そんなふうに、
「あしたのたねーエネルギーシフトへの願いをこめてー」
という、歌、音、ことば、そして踊り(創作舞踊)を
この同じ、古民家ギャラリーかぐやという場所から、企画しました。

それから、今いる今日は、約5年後になります。

東日本大震災のとき、私自身が東京で帰宅難民になってしまったり、
「人工呼吸器をつけている友達は、
停電のとき、どうやって生き延びたんだろう?」と、知りたかったり、
「障害をもつわたしのことは、
本人のわたしが語らなきゃ、代弁者はいない」
と知った。体験を、情熱のままに書いたエッセイは、
「バリアフリーのその先へ!-車いすの3.11」(岩波書店)
という本になりました。

出版の日が、2014年6月14日のことです。

さらにそこからに、約2年後、
2016年4月のごと。

熊本地震で大変大きな揺れのあった4月16日に、
まったくの偶然で
このエッセイが、写真寡の齋藤陽道さんの目に留まったことを
Twitterを通じ、知りました。

ご自身にも、熊本に、障害をもつご友人がいらっしゃり、その方の身を案じながら
わたしのエッセイを読んでくださった陽道さんは、
「だっこさんのライブのとき、写真を撮らせていただけませんか」
と、連絡をくださいました。

実は私も、2011年10月に
齋藤陽道さんが発売なさっている写真詩集「感動」(赤々舎)を
その年、その月のうちに やっぱり、偶然に、本屋さんで見て、存じていたのですが
私自身が「障害をもつ人達をめぐる震災のこと」をエッセイにたくさん書いたにもかかわらず
「波間の中に車いす」
という構図の一枚の写真を
当時、直視することができませんでした。

でも、時がめぐったんだね。

2011年の夏 古民家かぐやから 撒きはじめた歌やお話の種が
わたしの世界の中で すこしずつ 芽を出し 枝葉を伸ばし

陽道さんは写真で種を撒き続けながら
お花を咲かせ
2016年の4月25日に
ふと 出会うことができました。

「それなら、ライブの写真を撮っていただけるなら、
チケットのお金を熊本地震の被災地へ届けようよ」
と、決めた次の瞬間には
ギタリストの奥野裕介殿と
かぐやの管理人である井上ご夫妻に電話。
いつもとってもとってもすてきなチラシを
魔法を込めて作ってくださり、実は笛吹きのソウマヒカリちゃんも
来て下さることに、なりました。(・v・)

ちいさくて
かわいくて
でも想いのでかい
ライブをしようと思います。

かぐやはね、一言でいうと
日本昔話しの世界。


場所も、とってもすてきだから
よろしかったら
遊びにきてね。





古民家ギャラリーかぐや 
熊本地震被災地 応援緊急ライ
ー手から手へー

2016年7月9日土曜日 
開場 午後17:00 開演17:30 終演19:00
以降 19:00~21:00 持ちより歓迎 交流
(交流会は おいしいごはん おいしいお菓子 おいしい
お酒大歓迎)

場所 古民家ギャラリーかぐや
(埼玉県比企郡滑川町福田1560)

チケット 大人1500円(代金内1000円を被災地へ
寄付) 全席80席 車いす席あり
小学生500円(全額被災地へ寄付)
障害をお持ちの方の介助者1名無料。
未就学児無料

ご予約 090-4830-4026(井上)
メール fh6t-hsnm@asahi-net.or.jp (菱沼)
FBイベントページ 
https://www.facebook.com/events/919830824780847/
※ご予約は、お電話もしくはメールにて完了になります。

出演
写真 齋藤陽道(さいとうはるみち)
うた 朝霧 裕(あさぎり ゆう)
ギターとうた 奥野裕介(おくのゆうすけ)
横笛と即興演奏 ソウマヒカリ

※本ライブチケット料金の内500円を会場費用等、運営費。
内1000円を、熊本地震被災地への寄付とし、
写真家の齋藤陽道さんが、被災地に、届けに行きます。

主催 facebookファンクラブ有志 
共催 古民家ギャラリーかぐや 


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テーマ:

皆様こんばんわ☆


さっきの記事、

「議論の先にある世界」

http://ameblo.jp/cafedudacco/entry-12167594858.html


で、


自分を大事にする→人を大事にする→お金を大事にする→社会がめぐる

「自分を」の位置以外は入れ替わっても成り立つのかもだけど

ぜんぶその巡りの中には、

には、自分発信からの そこに共鳴した誰かの、「人の想い」が乗っていて


「想い」って目に見えないけど

要するにすべて「循環」


その目には見えない「想いの流れ」のほうを見るのよ と書きました。


結果はついてくる。


だって、モノも、お金も、人が作り、人が生み出しているものなんだから。

でね、その「目には見えないもの」に、感覚をあわせておくの。


念じておくの。


誰々さんへ向けてうらめしやー みたいなんじゃなくて


好きなこと 叶えたいこと あれが欲しいな あそこに行きたいな 

あんな風に活躍したいな あ!あれ食べたい! でも なんでも。


楽しいこと 好きなことを ただ 心に思っておくの。


そうすると すっごい 具現化のしかたするよ?!


たぶん、やってみた自分が一番びっくりするよ?


心に思ったことが、目の前に、ぱっと、来るから。

ほんとだよ?!


でね、具現化しはじめるとほんとうに立て続けてそういうことばっかりあるの。

こないだはこれ↓(・v・)



いきなり、facebookからチャットがきたの!きのうの朝。

「はるちゃんの本、もらっちゃった!!」
って。

ぱっと、送られてきた写真は、

わたしが、「わたし、このかたのブログやエッセイが、大好き!」と、繰り返しこのブログでも

書いてきた、カリスマトップブロガー、恋愛アドバイザー

子宮委員長はるちゃんの本!!

「願いはすべて、子宮が叶える~引き寄せ体質をつくる子宮メソッド~」(河出書房新社)

※はるちゃんのオフィシャルブログ「子宮委員長はるの子宮委員会」はこちら↓

http://ameblo.jp/jj-haru/


去年の秋から、たくさん共演をしている、笛吹きソウマヒカリちゃんがね、

お友達から、

「はい!プレゼント!!」

って、舞台の共演者さん(かな?)から、いただいたんだって!


うわー 巡ってるー!!! と思ったよ。


ヒカリちゃんは、古今東西の笛や鈴など、世界の国々の民族楽器の演奏者。

はるちゃんや、ご主人でセラピストの岡田哲也さんのお知り合いである

斎藤麻生さん(踊り手。舞台創作者)の、お友達でもあった。


で、ひかりちゃんのイメージといえば、、、

笛吹き。

土やハーブや畑が大好きで、農園もやっている人。

っていうか、

もともとは、ミュージシャンだけの活動だったのに、はじめちゃったの、ある日突然。


「だっこちゃん、畑を借りたわー!」って。すっげー(すごい、では表現が足りん。)広い土地なの。


それで、わたしが音楽のこととか、何かの企画のことで悩んでて

「わたし悩んでいるのよー」って言うと

ひかりちゃんも

「わたしも今、ビジネスのことで、悩んでいるのよー」って言うの。

で、

「なぁに?なにのことで?」って言うと

「畑にモグラが出たのよー。」って言うの。(^▽^)


そんな、あの、映画の、ラピュタの、

『土に根を下ろし、風とともに生きよう』
っていう セリフを、畑とともに、地でいっている、笛吹き農園デザイナー(本業はなんだ?!)の


ヒカリちゃん、、、、が、、、、


愛とお金と人脈のつくりかたとSE●と子宮の声のことが書いてある本


を 読んでいるのでございます。


想念は めぐるよ?!(・▽・)そして、なんだか、もうことばでは説明がつかないけれども、

つながっている。


時代は今 だれかが

「あの人ってすてきだよ!」とか

「あの場所に行ってみたいね!」って 思ったり 

ワクワクを送ったり 願うと


近しい人達の輪の中を介し 必ず 想いもかけない だれかに届いて


もう、魔法?!


レベルで、自分の目の中にまた 確実に 返ってくるように

できているのでござます。(・v・)


それからね、わたし、願掛けをしてたの、先月ね。

それは、「奇跡は自分で起こせる!-3日後引き寄せ日記ー」(大和出版)の著者で、

「自分が気持ちよくいることで、様々な願いが具現化すること」を実証し続けている

happyさんのオフィシャルブログ↓

「世界は自分で創る」

http://ameblo.jp/ses-happy/


とか


はるちゃんの旦那様で、先月セミナーにわたしも参加した

心身調律セラピストの岡田哲也さん↓

「【母の呪いを解放し、自分らしく楽に生きる】心身調律セラピスト岡田哲也のブログ

~アダルトチルドレンからの脱却法~」

http://ameblo.jp/iyashiya1848/


の ブログを見て


「歌や講演の活動が拡がっていきますように・・・ ・・・」って

ブログに上がっていた 日本武道館に、満席満員のお客様がいて、

全員がペンライトを持っている写真

だから ライトだけが 満点の蛍みたいに映っている綺麗な写真ね


それを 自分の携帯に保存して

「こういう場所に行きたい、

この景色が見たい、

行けますように、、、、」って 願っていたの、

それこそ、小さい子供みたいに、お願いしたの。

これぞ願掛け って感じで。


そしたらね!(・▽・)講演で武道館にはまだ呼ばれていないんだけどね!


「友達の友達」が→

小田和正さんのコンサートに自分が行けなくなったからと、私の友達に、チケットを譲ってくれて→

「だっこさん、小田和正さんのコンサートに一緒に行かない?!」

って 第一番にわたしを誘ってくれたの!!(15日に行ってきますよ!)


(さだまさしさん、小田和正さん、ドリカム・・・ ・・・と、このお友達とわたしのコンビで

行きたいコンサート、、、密かに、念じていたのだ☆)


しかも埼玉スーパーアリーナだから車いすでも最高にうちからは行きやすくって、

その友達は、大事な大事な介助さんとしてもわたしを助けてくれたことがある人だから

「コンサート会場にいるあいだに、トイレに行きたくなったら、わたしがやるよ!」

とも言ってくれて。


気持ちも、一点の不安も無く、行ける。


、、、 、、、でね、「だっこさん、行かない?!」っていう、第一報がきたときに、

「あの写真」を、思い出したわけです。


「武道館やアリーナーのような大きな会場に満員御礼の人がいて

全員が暗闇の中でペンライトをふっているところが見たい、行きたい」


、、、 、、、って そういえば わたし 念じたわ。

って。ふるえたの。


でも 自分がそこに立って歌う っていう願掛けよりも


まずなによりも そこに 行ってみたい!! っていう 願掛けの力のほうが


力が強かったんだろうね!(^▽^)まだ一回目ですもの。


それからね、ゆうべのこと。

わたし、7月9日に、ふるさとにある古民家で小さなコンサートを、

緊急企画で、やるんだけどね

(これも、規模は小さいけど、すてきなコラボの内容となっております。

すみません、ここに告知が 間に合っておりません、また書くね!)

「あと10人、お客様が来るといいなー」って

主催チームと、ゆうべ、チャットで話していたら


今日の昼。


一人の応援者のかたが、10名お客様を呼び集めてくださって。

きっかり、10名、で、ご予約がきたの!


自分でも 嘘嘘すごい 嘘みたい って 思う!!


でもね ほんとなんだよ?!


ねえちょっと、今まさにここを読んでる、そこのあなた!

騙されたと思って、いっしょに「想い(想念)」の実験、しよう?!


わたしは超弦理論とか、素粒子論とか、学問としてはわからないけど


何かはあるよ。


願えば叶う。


だって、本当にそうなんだもん。


はい。


見えないけれども たしかにある、

一番好きな、「想念」の世界のお話でした。


この実験は、まだまだ続きます!


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皆様こんにちは!!


昨日本ブログにて、モーションギャラリーサイトさまからお振込みのありましたことを、ご報告をさせて

いただきました(↓記事についてはこちら)


彩の国ゆめコンサートクラウドファンティングにかかるご報告
http://ameblo.jp/cafedudacco/entry-12167447496.html


クラウドファンティングサイトモーションギャラリーのページはこちら↓

彩の国ゆめコンサートクラウドファンティングチャレンジ

https://motion-gallery.net/projects/sainokuniyumecon


もう少し書きたいことがあるので、

全力で書き出しておきます。

今回のクラウドファンティングチャレンジで感じ得たこと。

あらためて、確かめることができたこと。


「お金の話し」。


お金と、人の想いと、その循環の話です。


実は、本年のコンサートゲストのお二人、

松本佳奈さんと、小澤綾子さんも、

ご自身の、アルバム制作や、企画コンサート開催などのために、

松本佳奈さんが、172万円

小澤綾子ちゃんが、130万円

という、凄い金額の製作費用を、

「それぞれのファンの方からの応援だけ!」で達成している

インディーズアーティストなんです。


松本佳奈さんが達成したクラウドファンティングチャレンジ
アルバム5th mini Album「魔法の手のひら」制作プロジェクト
https://motion-gallery.net/projects/matsukana_5thalbam_project


小澤綾子さんが達成したクラウドファンティングチャレンジ

亡き友に託された詩を歌うーシングルCD

「嬉し涙が止まらない」&発売記念コンサートクラウドファンティング
https://readyfor.jp/projects/challenged_ayako


これは、わたしもそうですが、

上記の二人ともが、大きな芸能事務所に所属をしているわけでもなく、

現在の二人の、その活動は、ほぼ完全なるセルフプロデュースの個人活動。


なんの後ろ盾もない、大きな会社や団体に所属のない、

たった一人の、個人の女性が、その存在そのもの、

その発信力だけで、やっていることなんです。


これって、自分自身もその中に入れたら自画自賛だけど

でも、凄いことだと思う。


自分の身体から持てる力を本気で全部出して→

結果、その「出したものを本気で全部受け取る人」を得ている。


そして、それができる人って、

「そこに至るまでの、すべての日々への感謝」を、きっと、

純粋に、胸の中に、糧として持ってる。


佳奈ちゃんも、

綾ちゃんも、

その「実践者」なんです。


「わたし、歌を歌いたいんです!!」


「へぇ そうなんですか それはいいご趣味ですね(^^)」


と きっと そんなリアクションのほうが 多かったであろう 

一日目の一歩目


「わたし、歌います!」


と声を出したその瞬間から


歩いて 歩いて 歩いてきて

(というか 歌って 歌って 歌ってきて)

その存在を だれかが 目に止めて

その数が増えて 今があるの。


これを、「描いて、描いて、描いてきて」と書き換えると、ゆめコンに、絵のほうで出てくださる

パステル画家の辻友紀子さんにも当てはまるでしょう。


凄いことでもあるけれど 本人たちにしてみたら

「好きなことを全力でやっただけ」であり

「自分を生きてきただけ」

の結果が 重なって 広がったとき こう 出てくるんだよね。


これを読んでくださっている、あなたにもし、

「お金ってなんですか?」

と聞いたら

なんて答えますか。


「お金って、、、うーん、、、大切なものです」って 言うんじゃないかな


ものすごくお金持ちの人は違うのかな でも


「お金なんて どうだっていいです」って 言える人は 少ないと思う。


「大切じゃないです」って 言える人も 少ないと思う。


うん、「大切にしない人」には 「大切にしない」なりの 結果にもなって、出ると思う、

それは、今お金がある(と自分で思っている)人も ない(と自分で思っている)人も。

絶対。


じゃあ

「何のために、大切か?」


まず、物理的に飢えて死なないためね、


でも、そこを越えたら、電気 ガス 水道止まっています 飢餓です という状態では ない場合、

「最低限の生活」は、ある場合ね、

そこがあったら


あとは もう

「わたしは、このただ一回の今生を、今日のひと日を

思い切り、生きたい!!」


っていう 夢や憧れへの なりたい自分への 

自己実現のために 大切なんじゃない?と思うの。


かき集めて使わないで両手に抱えて

「だれにもあげない、だれにもあげない、だれにもあげない、この紙を」

って、溜めとくためじゃないのよ。


ゆめコン開催費を今回、クラウドファンティングチャレンジに出したことの理由は、

ひとつではないけど、たくさんあるうちの一つは、


お金は、想い。

想いは、循環。

自分のところでとめないで、滞らせずに、社会に出すと、

自分と、まわりに、また何が起きるか。


それの「人の想いを川として、めぐっている、流れ(循環)」を、またみんなで見よう、

ということを、やってみたかったから。


自分のしたいことを、クラウドファンティングに出すことは 

いいのか/悪いのか

チャリティーコンサートをしている人って 

個人の売名行為じゃないか/いや、違うのか


寄付行為や、ボランティア活動について、

イギリスやアメリカなんかでは、

著名人や芸能人なら、稼いだら、やることが当たり前。

一般の人でも、「生活のできる範囲で、できることをやる」

ということは、日本よりも、すでに、価値観を背景にしたその国の「文化」の域になっていて、


日本は「まだまだ周回遅れ」とさえ言われてる。


だから、私自身が

「チャリティー企画をしている本人が、人に世話をしてもらっている障害者で、

生活保護で生きているくせに」って言われることが、たまにはあっても、

むしろそういう声がある限りは、

「だからこそ、やるのよ。」

と思うし、


一つのチャレンジに対しての、「賛/否の議論」の先に、はじめて、

「あなたは、どうしたいの?」

という、自分の胸の中だけにある問いに答えている自分が、


『のびやかに、自分の命を生きている世界』が、

広がっているわけ。


それに、「支えてほしい人」に対して「支えたい人」というのは、必ず、いるよ?


実践したら、これが言いたかったの。


もう一回言う。


「支えてほしい人」に対して「支えたい人」は、

必ず、いるの。


「あなたのそのチャレンジ、乗った!!」

「あなたの歌が好き」

「あなたの人生が好き」

っていう人が。


だから、「自分も支えられている」ということを、信じられる、知っている状態になったら、

今度は、誰かを。

これって、「ただの、流れ」なの。

「流れにのっていく」だけなの。

自然なことで。

リラックスしながらやっていることで。


社会全体の不条理と御旗を振って戦っている、「力んでやっている」、ではないの。


目には見えない、「人の心の、想いの力」。

人の想いの、流れや、渦巻きのほうだけを見てるの。

人の心には、「流れ」があるの。

止まっていない。

想いって、流動してるの。

そこに、願いを持って、乗るの。


でも、そのクラウドファンティングのページ『だけ』を見るとね、

この人の後ろにいきなり100人味方がいた、みたいな、

「なんだかよくわからないけどもすごい人だ」とか

「あの人だからできたけどわたしにはムリ」とか

「わたしたちの活動にもこの人を利用したい」とか


いろんな イメージが そのページの印象から「だけ」でバッと浮かぶ人もいるかもしれない。


でも、クラウドファンティングで成功をできた人のサイトをもし見るのだったら


それまでの その人達の 人生の歩みを


ちゃんと(あえて、「ちゃんと」って、言う。ふだん息苦しいからあんま言わないけれど)


見ると、いいと思う。


よく、読んだり、ライブとか講演とかに行ったり、知ろうとすれば、わかるから。


お金を大切にする→人を大切にする→場を大切にする→自分を大切にする

自分を大切にてくれる人を大切にする→、、、、、、

どんなにぐるぐる、ぐるぐる、どこから考えて、循環しても、結局、


そのすべての循環にはお金も付随しているんだけどね

(霞を食っては生きていけないからね)


・自分を大切にする

・自分を(自分の願ったように)大切にしてくれる人を大切にする

「それだけ」で


人も、ものごとも、お金も、自分の身の丈にあったところから、

「流れ」はじめて、

「動き」が出てきて、

「滞ならなく」なってきて、

それが、ほんとに、5人、10人の、

歌だったら 小さい小さーいライブのところから

その「わたしは、あなたが、大切」という想念が まわりはじめていくんだ、と、

実践してる人を、よく見たり、会うと、解るよ?


それから、この「わたしは、あなたが、大切」っていう言葉。

まず、だれよりも、

「自分が、自分に」、言うんだよ?!


「自分が食うに困っている状態で、毎日が、苦しくてツライと思っている」のに、

「自己犠牲で、チャリティーコンサートをやるのがいいことだ」という、意味ではないよ?

間違えないでね?


<自分の毎日が、苦しくてツライ>を、脱するために、まず手を尽くす。


自分が、のびのびと

「今日一日の自分の命」を、しあわせに、生きられるようになったと感じたら、


その次に、はじめて、自分の外に、目を向けるんだよ(・v・)


このごろね、ここを見て、

「わたしもだっこさんみたいにやってみたい!!!」と言って、


「金、金、金。」ってなりそうな若い方々とか

「自分の生活が、今、苦しくてツライのに、人助け」をはじめそうだなー というかたとか


ちらほら いるから 書いてみました。

私自身にも(!)
よく聞かせてあげるようにね(-v-)


自分→人→お金→社会のめぐり


です。順番を、真逆にやると、すべてがうまくいかない。(←経験者。)


「自分は、どうしたいの?」って、常に、心の中で、聞いてね。


自分、人、お金、ものごと。

あなたにとっての「大切にすること」ってなんなのか?

「何のために、何を、どう、大切にするのか?」が、

すとん、と、腑に落ちた人は、たぶん、何度、何をやっても成功するんだと思う。


わたしは、今回で、

「これまで漠然としたイメージとしてはわかっていたけど、

言語化できなかったこと」が、


「お金(循環)の話し」について、すごく、言葉で、語れるようになったよ、

ほんと、これは、いきなりなった。

クラウドファンティングを、やってみて、多くの人と、自分の気持ちを、

わかちあって、感じ切ったら、

「漠然としたイメージ」から、「語れる体験」に、変わったの。


議論の先にある世界。


自分の感じていることを、信じて、一歩、踏み出してね。


でも、「賭けている想い」を、何よりも、だいじに、だいじにね。


まずは、そこから。


いつもありがとう☆



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