朝霧 裕ブログ~生きるほうへ~

本ブログは、障害を持つ一人の女性が、自分の「心を解放し、肯定し、自由に話し、行動をする」ことで何が起こるか、実験をするブログです。一緒にやってみようかな、という方のプラットホームになれば幸せです。

最新刊エッセイ「バリアフリーのその先へ!-車いすの3.11-」(岩波書店)好評発売中!

オフィシャルHP http://yuhasagiri.jimdo.com/

出演、取材のご依頼は、yuhasagiri@gmail.com  までお願いいたします☆


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みなさまこんにちは。

さっきのブログでね

介護や福祉のことを書いていたら

書きたくなっちゃった。

 

きのう、偶然にワイドショーのミヤネ屋を見ていて

そうしたら、テレビの画面に

この上なく美しい車いすの女性が映りました。

 

「仮面女子」というアイドルグループの猪狩ともかさんというかたでした。

 

ともかさん、道を歩いているときに突発的な強風で路肩の立て看板が倒れて

下敷きになり、脊椎損傷になってしまったのだそうです。

 

仮面女子 のことをそのテレビまで知らなかったけれど

まだまだ痛いだろうに リハビリ中も笑顔で取り組む姿が鮮烈で美しく

目がくぎづけになり

 

気になって、ブログを読んでみました。

 

車いすにはなってしまったけど

作詞や司会のお仕事がしていきたい と 書いてありました。

 

でも ミヤネ屋のコメンテーターのみなさんもおっしゃっていたけど

これからパラリンピックもあったり

 

第一番のやりたいことを

 

「車いすになったからあきらめる」 っていう時代はきっと終わる。

 

事故や病気で車いすになったら 一生涯病院から外へ出られないような時代が過去にあって

 

それから 障害をもっていても、車いすでも、介助さんがいて一人暮らしができたり、

エレベーターやリフトバスがあって

外にもたくさん出られるよ と 親元以外でも

 自立した生活ができるようになったのが今で

 

きっと 猪狩さんの時代 もっと年下の10代のみなさんの時代で

 

社会福祉の特集だけではない 

 

一般の テレビの音楽番組や、音楽のFESTIVALに

 

<車いすのアイドル>が

 

立っていい時代

 

それこそが

 

今一番にカッコイイことだよね!!!

 

って 障害の有無を越えて 共感を産む時代が 来るよ。

 

来てるよ。

 

猪狩ともかさんが共に立つ

仮面女子のステージがもしあったら

車いすのわたしは 杖や車いすの友達と 応援に 見に行きたいなあと思いました。

 

猪狩さんの姿をテレビで見て 

 

ひとつとても思い出したことがあって

 

わたしが8年前

 

もうこれは昔話だけど

「車いすの歌姫」という本を書いたとき

 

そのときは「人の税金で生きてるやつらが何言ってるの?ムカつく。」という感じで

 

物凄く叩かれて 

出版社にへんな脅しの電話みたいなのがきたりして 困ったし

 

当時 バッシングに自分が負けてしまって 

 

「『車いすの』って 書いちゃいけない言葉だったのかな・・・ ・・・?」

 

って ものすごく悩んだときがあった。

 

でね いろんな意見の中のひとつに

 

「あなたが車いすの歌姫ではなく

ただの歌姫になる日を待っています」

 

というのがあったんだ。

 

今にして思えば

そのくらい、車いすのって特別言わなくっても、

日本中のだれでもが、名前を知っているくらい

認知される日を待っています

っていうポジティブな応援だったのか わからないんだけど

 

著者のわたしからすれば

本の題名そのものを

「いやそうじゃなくって。」

って上から目線で否定された気持ちになって

 

『存在を全否定されたような気持ち』になったんだよね。

 

でも

 

「障害を売りにして出てこようとしやがって」って

 

どこかの誰かが思ったとしても

 

これが私の体だから

 

違う身体にはなりえない。

 

自分を作る すべての要素がそのままわたし。

 

わたしにとって

 

障害のあるこの身体はネガティブな要素どころか 誇りだから

 

「車いすの」歌い人だからこそ

 

他のだれでもない あなただから 身に寄せて心に響くんです という人がいる限りは

 

自分の姿を 隠すまい と

 

「車いすの歌姫じゃなくてね・・・ ・・・」という

その言葉を見た時に

 

誓ったんだ。

 

それに 障害があってもなくても

 

「その人が、どんな人間か」という精神性は ぜったいに

 

どんな事故や病気にも奪えない。

 

「車いす 『で』 歌ったっていい。」

 

それが ごく限られた 障害福祉分野に詳しい人たちだけの

サブカルチャーとしてだけ 受け入れられるような声ではなくて

 

テレビをつけたとき チャンネルをまわしたとき

 

車いすのアイドルや音楽家の人が

 

ひとりならず

 

あの番組にも

 

この番組にも

 

幾人もいる時代になったね!!

 

そんなふうな景色を 本当に本当に見たいな。

 

人を見て

 

『応援します。』

 

って ブログに大きく書いたことって あんまりないけど

 

猪狩ともかさん きのうのミヤネ屋を見たところから

 

大好きになりました。

 

8年前「車いすの歌姫」の本を書いただっこさんは 

もう今はいいトシのおばさんですが

 

歌が好きです。

 

やりたいことがある限り

 

障害は それをやめる理由にはなりません。

 

ともかさんのライブ、車いすで、見に行きたいな。

 


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このうしろのふたりをご紹介(>v<)黒い美女と白い美女!

さあきました だっこ公式ファンクラブ陽の下会@地元支部。

 

ちなみに前列右の白い美女はゆめコンでも共演のソウマヒカリちゃんでございます。

 

 

だいすきだいすきだいすきな友達。

一応、全国なんとか福祉協会っていうほどでっかくないし

だっこファンクラブ、とはしたんですけど

わたしが会いたい人と

どちらかと言えば人見知り?!(・v・)?の個人と個人が集まった会でございますよ❤

 

 

さてこちらのかた↓は・・・・・・(わたしの角は気にしないでくれ)

<魂の介護士☆Miyuさん>。

2児の母で、介護士で、趣味のバレーボールが大好きで(!!!監督でしたっけ?(・v・))

「引き寄せの法則」とか「量子力学」とか「ツインソウル」とかにすごい熱くて詳しくて

めっちゃ勉強してて

映画の「君の名は。」の世界観に熱いの。

 

変化を楽しむ☆みゆのブログ
https://ameblo.jp/miikatsumiraihappy

 

 

会ったのは2016年の11月。

”会いたい人なら会いにいけ。”車椅子の歌姫・朝霧裕さんのリブログ☆
当時を思い出すとですね

わたしの私生活がSOSだったのです、うちの夜勤の介助さんを募集してたの!

それでFBに書いた

「夜勤の介助さん急募です!」
という記事を、トップブロガーで作家の子宮委員長はるちゃん

(それ以前に、わたしも、はるちゃんのブログや本の大ファンです、と公言していたため)

『だっこさんちの夜勤募集中とのことです!』

と、シェアしてくださって。

(現在は、はるちゃんは

筆名を八木さやさんとして公式ブログ「誰でもできる楽園レシピ」で更なる楽園創造中)

 

わたし、Miyuさん、亜希子さんともが、

子宮委員長はるちゃんや、Happyさんのブログや本の愛読者。

それで、FB介して写真は見たことがある、という感じだった距離が、

ふたりがふたりとも

「わたし、さいたま市に住んでいるから、介助さんが足りないときに、できるかも!」

と 速攻でご連絡をくださったのでした❤

 

その後、シフトに入れる曜日などの都合で、

介護事業所の介助職員さんとしてはお世話になることは

なかったんだけど(まだ今のところね(・v・))

 

「わたしたちだったら介助ができるから、はるちゃんのイベントとか、

おいしいごはん食べにいくとか、音楽のライブ行くとか、

遠出が難しいときなんか、いっしょに行こうよ!!」

と声をかけ続けてくださいました。

 

はるちゃんが、夜勤さん募集を広めてくださったいのちの恩人

それを見たこのさいたま市のふたりが福の神という感じで

その後 介助さんも 途絶えることなく、良縁がめぐるめぐる。

 

「わたしもだっこさんのトイレ介助くらいできるよ!」

という友達が、増える増える。

 

おまけにまさかの ファンクラブできて 出会えただけでもうれしいのに

ふたりが本気で応援してくださるという展開に・・・ ・・・。

 

わたしこんなに幸せでいいのかな?と思います。

 

みゆさんのブログを見るとね

「子宮メソッド」「龍使い」「量子力学」「自己啓発」・・・・「介護」。

 

・・・ ・・・と並んでるわけ。(^▽^)

 

『心と身体はぜったいにつながっている。』

ということに 関心の無い人から見れば ザワザワしない?この目次。(-▽ー)

 

子宮メソッド、龍使い、介護。

 

でもね<いのちの満足>って

 

メシ・フロ・ネル だけじゃないんだよね。

「体調管理」

は、身体の、健康。

 

もちろんその体の健康あってこその精神という視点からの考え方もあるけれど

 

じゃあ治療が必要な病気になったり、高齢になったら、

 

「心」は無くなっちゃうのかな?

 

身体と心は両者一対。

 

しかも究極、最優先されるべきはさ、

わたしは「心」のほうだと思う。

 

「もしも今日が最後の晩餐だとしたら何が食べたい?」

っていう質問とかあるじゃない。

 

わたしはまだ 障害の最末期ではないけど、

 

最後に好きな食べ物を言って

「あんたはそれ病気だからムリです」

 

「病気になったから

あれもできなくなった

これもできなくなった

好きなものも食べられない

塩分も体に悪い

糖分も体に悪い

寿司もダメ

焼肉もダメ

散歩も行けない

玄関にも出れない

制限

制限

ああつらい。」

 

・・・ ・・・こんなことばばっかり出てくるのが人生の最後のあと幾日かだったら、やじゃん?

もしそれが自分だったら。

 

Miyuさんは、高齢介護の現場で、さまざまな人生を生きてきた人の

最後の最後の看取りを含む、

介護の仕事を、誇りを持ってやっている人。

 

誇りと、葛藤を持って。

 

その人のいのちが 満足すること。

その人のたましいが 最後の最後に

よかった ありがとうね といって 次の旅へいくこと。

 

そのために 自分は何ができるのか

「もし、自分だったら?」

と 常に考えて 姉御肌だけど繊細で 

「良い介助・・・ ・・・良い介助・・・ ・・・良い介助・・・ ・・・」っていつも考えている向学家。

 

わたしがまだ

友達にトイレを頼んだりするのを

「申し訳ない」

「ごめんね」

と つい 意識にも無意識にも 繰り返して言っていたとき

 

「手伝うほうだってね、人のために役に立てるのってうれしいんだよ。」

「介助の仕事をしていても、自分の現場にいないいろんな障害のかたに

仕事以外で出会って、はじめてわかることっていっぱいあるよ。

わたしが、教えられているんだよ。」

と 何度でも言葉に出して言ってくれた人。

 

そんな人だからこそ、人のためにとがんばりすぎず、

自らを何より一番に楽しんで、と、わたしはいつも与野本町から

テレパシーを送っていまするが・・・ ・・・(・v・)♡

 

介護・介助・福祉・社会づくりを 語り合いたい 

それとただ口だけで語るだけじゃなくって

生み出し合いたい、

だいすきで大切な人です。

 

このブログや、たとえば今在宅で、高齢介護を、自分一人で背負いこんでやっているような

方がいたら、男女問わず、Miyuさんとつながってほしいです。

”認知症のかたが本当に困っているのは?”

 

Miyuさんのような、介護や看護を

「もし、自分だったら?

どう扱われたい?

 

どんな場所に暮らしたい?

 

人生最後の一週間。なにがしたい?なにを食べたい?

 

何が不快?

 

何をしてほしくて

 

何を ぜったいにされたくない?

 

もしも自分だったら、

 

どんな 介護を受けたい?」

 

そんなふうに単に

「人のためにやってあげたい」

じゃなくて

「もし、介助を受けるのが、わたしだったら?」

と 考えて 実践してゆくプロの介助さんに、時代の中に、増えてほしいです。

 

わたしも、介護を要する車いすユーザーの立場から、いっしょに、今を作る仲間です。

 

さてお二人目(>v<)!!!

こちらのかたは亜希子さん。

 

 

このかたは、めっちゃ楽しいブログを書くかた。

で、なにかの記事で炎上しちゃったらしいんですけれども(-▽ー)

 

もうたまに炎上の火柱になっていいから

 

だって読者が知りたいことは

 

「キレイゴト」より「ほんとうのこと」よね?

 

障害をもつちょーーーーーーー最高にかわいすぎる娘さん

そしてこれまた障害のないちょーーーーー最高にかわいすぎる娘さん

の 二児の母。

 

この記事↓大好きよ♡

障害児ママブロガー亜希子のブログ

”【障害児育児】税金の恩恵受けまくってます♡”


 

あとこの記事も大好き♡

”障害を代わってあげたいと一度も思わない。”

 

障害をもつ子どもを育てるお母さんも

障害をもつ本人も

漠然としたイメージで、聖人君子を求められることは本当に多い。

 

でもさ 人間だもの(-▽ー)

 

でも 障害の有無にかかわらず

「子育てが辛い」とか

「自分の心がいま辛い」

とか なっちゃうときって

 

『言えない』

 

ときなんじゃないかと思うの。

 

気持ちを、言えないとき。

 

「お母さん」だからって、365日子どもの前で笑って、聖母やってる必要はない。

亜希子さんは亜希子さん。

この世でたったひとりしかいない。すてきな女性であり、自分流子育てを貫いているお母さん。

 

辛いとき辛いって言っていい。

眠い時眠いって言っていい(-v-)

家事したくないとき家事したくなーーーいって 言っていい。

 

だって 障害があろうがなかろうが 

『こどもの本人』の 生きるチカラは

親御さんが思っているより 強いから。

 

だれかひとりが過度のムリをすると 家族って 自分を縛る牢屋になるんだよ。

 

でも、子育てに関しては 特にお母さんが

 

自分も 自分を「犠牲にする子育て」じゃなくて

 

自分の心を護りながらできる子育てにできれば

 

障害児を産むこと=不幸、苦労、大変そう という漠然とした、偏ったイメージは減っていく。

 

どんな子育てだって たいへんな事がゼロってことなんかないよ。

 

わたしは子育てしたことがないけど どんな大人も 子供から育ってきたんだから

育ってきた自らの体験でわかるでしょ?

 

生きてんだもん。親も子も、完璧ロボットじゃないもん、心ある限り、何もないことないよ。

 

そんな中で、亜希子さんは、

 

障害を持つ子供のお母さんであり、ひとりの女性としての今を

 

大きく盛らないで、等身大に、楽しく ときどきはっとする 読ませる文章で綴り続けるお母さん。

 

『障害を代わってあげたいとは一度も思わない』って 最高だよね。

亜希子さんの自らの人生への、宣誓だよね。

なかなか言えないよね。

 

でも 

「代わってあげたい→こんなにもかわいそうなら(;;)」

「代わってあげたい→あなたを障害者に産んだお母さんが悪かった(;;)」

ってことでしょう?

超極端に言えばね。

 

もちろん、激烈な痛みをともなう障害とか

目の前で大変な闘病をしている我が子に対して

肉体の痛みや苦しみを 代われるものなら代わりたい っていう状況下に

闘っているお母さんも、こども本人もいるかもしれない。

 

でも それは、その人の、体験談。

その人「が」、書けばいいことなんだ。

 

亜希子さんは、わたしの母親(60代)世代の時代より、20年くらい下った わたしと同世代の

現代の、めっちゃくちゃすてきなお母さん。そして、すてきな、個人。

 

「こんな子育てもあるよー」

「自分だけで背負いこまなくってもいいんだよー」

 

親が子にできる最大のことは、子ども自身の生きる力を信じることよ って 

気取らない日常の中から

愛をもって発信を続ける人。

 

障害のある娘さんのことも、障害のない娘さんのことも、どちらもを等しく

もうね めちゃくちゃあいしてるお母さんですから。

 

わたしの親はね わたしがしょっちゅう死にかけだったから(-▽ー)(こどものときね)

「お母さんが代われるものなら代わってあげたい。」

って 子供の頃は 口に出してわたしに言っていた姿もよく覚えてる。

(まあそれもいち愛(-v-)♡)

でも わたしも

「私の体を親や兄弟や友達に代わってほしいわ」って思ったことは一度もないな。

 

・・・ ・・・障害をもつ子を虐待する人の事件や、(いろんな事件の)凶悪犯みたいな人をテレビの報道とかで見て

「あ。あの人が車いすで

わたしが歩けたら・・・ ・・・

・・・ ・・・いいなあ(-▽ー)♡」

って 毒吐いてることはあるけど。

 

でも

 

わたし車いすだけど、生きるのに介助が必要だけど、めっちゃ人生が楽しい♡

 

「障害者なのに毎日が楽しいなんて嘘じゃん?無理しちゃって。」

って 遠目に見てる人がいたら 

そこから黙って見てればいいと思うよ。

 

「こんな生き方・ありかたがあるよ」

というひとつの提示として

障害をもつ子を育てていらっしゃるお父さんやお母さん

障害をもつ本人たちが

全国のどこからでも書いたり語ったりしていくことが

 

「障害をもつこと・障害児を産むこと=不幸である。」

という決めつけを

少しずつでも確実に変えていくんだ。

そしていつか

自分たち自身すら

「あ、これが多様性の時代ってことなんだ。」

って 新しい景色を見て 感動できるような未来が

 

今のわたしたちが種を蒔いて

亜希子さんの娘さん二人の時代に 絶対に来る。

 

もうこれは 大勢の人が感覚的に腹の底でわかっている確信なんじゃないかな。

 

亜希子さん「これからは、バリアフリーの時代だよ!」と言われて久しい現代の、

障害をもつ子の子育ての新しいパイオニアです。

お母さんが、子のために自分を殺さない時代のね。

 

LINEでの、子育ての相談やおしゃべりの聞き役を、全国から受け付けているようです、

ブログやホームページ、ぜひ見てみて下されな。(・v・)

 

朝霧裕公式ファンクラブのメンバー紹介シリーズでした。

(「わたしのことも書いてー!!」というかたが、増えましたので、不定期でまだまだ続きます!)

 

さあ 介護や福祉のことをたくさん書いたから、私自身のこともいっこだけ書きます。

本年9月、コンサートをやります!!

わたくし発起人です。

 

★ふれあい福祉基金チャリティーコンサート 最終回 彩の国ゆめコンサート★

 

 

わたし Miyuさん 亜希子さんもいるさいたま市 彩の国さいたま芸術劇場小ホール にて

9月8日に開催します。(・v・)ぜひ わたしにも会いにきてもらえたらうれしいです。

 

そんなこんなで

♡朝霧 裕オフィシャルファンクラブ 陽の下会はこちらから♡

 

 

 


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はい。みなさまこんにちは!(・v・)/~~~じゃんじゃんいきますよ。

朝霧 裕公式ファンクラブ 陽の下会のご紹介!

主に ゆめコンや 車いすの仲間たちを日頃から主力で助けてくれている仲間をご紹介。

 

このかたはとらさん(中村平八さん)。わたしのライブで、見たことがあるかたも多いですよね☆

 

 

とらさんはね、

ある日、わたしのふるさと 埼玉県比企郡滑川町というところにある

築200年の古民家かぐやでコンサートを開催した際に、

「ここの山や庭もちょっと見てみたかったんだよね。」

と ふらっと来てくださいまして。

「どこからお越しくださったんですか?」

と申しましたら

「千葉」!!

 

とらさんの本業は大大大ベテランの造園業です、 庭師さん。

銀髪と作務衣がこんなに似合う人もなかなかいらっしゃいませんよね、

時代劇から抜け出てきたような!!

 

なんか剣術道場の先生か何かかな、っていう オーラなのですが

ブログとかFacebookは

花いっぱい!(・▽・)

 

お花とか お庭づくりのことで 知りたいことがあるかたはぜひとらさんへ。

本名でFBにいらっしゃるから、

「だっこさんのライブのときいらっしゃいましたよね?」とご記憶にあるかたは、

とらさんの本名で検索してみてね。

 

あ、あと、「全国のすごい良い温泉どこですか」って聞いたら

日本全国きっと教えてもらえるよ。

登山におすすめの山とか(^▽^)

 

先月23日の秩父のライブの日は、朝6時に、もう千葉からきて秩父にいて、

温泉入ってから、車いすの友達を近くまで迎えに行ってくれたの☆。・・・すごい(笑)

たぶんほんとは車で動いたんじゃなくて 羽で移動してるんじゃないかな。

別にとらさんトシじゃないけど、

「年齢が上がってきたから トシだからもうできない」って
恐れから 出かけたい場所を 諦めてたり

やりたいことが あるのにやらない人がいたら
この人の温泉への愛・・・ ・・・温泉から温泉の 移動距離を 見たほうがいい(-v-)♡

あ、まだまだ俺もぜんぜん行けるわ、マジ負けてられないわってたぶんファイトが燃えてくるから。

 

 

時代劇の、姫を護る老中みたいでしょ?(-v-)♡

(この写真は、千葉の、歌手の松本佳奈さんのイベント かづさキャンドルナイトコンサートに行ったとき。)

 

わたしのライブのビデオ撮影をほぼ全回やってくださっているかたでもあり

ライブに、車いすや杖の友達が、行きたいけど車が無い、というとき、

このとらさんと、うしろにうつってるひっしーのお二人が

いろんな障害を持つ仲間を、代わる代わる助けてくださっています。

 

「だって自分も行きたいし、楽しいし。」

 

って。

 

ファンクラブを開けようと思った時ね

最初は、女性だけの会にしようかなと思っていたの。

 

ゆめコンや、ライブをやってきて

「クラウドファンディングをやるのはずるい」とか

「生活保護で働いてないくせにチャリティーなんて笑わせんなよ」と言ってくる人の割合が

これはたぶん「たまたまそうだった」だけだとは思うんだけど、男性のほうが高かったから。

だから

せっかく有料で場を作るのに

そういうことを言ってくるいやな人を入れるのはやだなあと思ったから。

ファンクラブに入って来てほしくない人がいたんだよね。

 

だけど 結局 ゆめコンとおなじに「性別や世代を問わない」として

結果、そのいやな人は入ってこなかったし

(「好き!」も「いやだな」も、たぶん片思いっていうのは存在しなくって、両者同じに思ってるんだろうね)

 

女性でも男性でも、素敵な人だけがきてくれたし

 

「障害の種別も有無も世代も住む場所も一切問わず、

自由に話し 

自由に動き、

ネット上のみの交流だけじゃなくって 

必要時には、会えるような仲間づくりの場」

 

になって 本当にやってよかった。

 

会えてよかったなあ、と思う人しかいない。

 

では、続きましてはページを変えて、わたしの住む町・さいたま市の女性二人をご紹介(・v・)/~~~

 

・・・ ・・・なんかわたし ここまで書いて 思ったのだけど

『ファンクラブ、はじめました。』っていうブログを 去年2月に書いた日に たしか

「車の運転とか 料理とか 洋裁とか わたしに無い、好きで得意なもの持っている人にきてほしい」

(わたしは書くことと歌うことしかできないから だいたいおおよそ全部できないけどね)

って 書いたことを 今 思い出した。

 

強く願うと・・・ ・・・すごいね、 叶ってる・・・ ・・・。

文字にして 日記に書くと やっぱり叶いやすいね。

 

朝霧 裕オフィシャルファンクラブ陽の下会はこちらから

https://daccofc.theshop.jp/items/5552405

 

ではまたね。

 


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さてさてみなさんこんにちは!

陽の下会のメンバー紹介パート②

 

このかたは、

 

札幌の癒し動 ayumiさん

 

14色のカラーの組み合わせによって

自らの本質や

理想とする心の底の願いなどを導き出す

カラーセラピー、

また、LINEなどを使った対話式カウンセリングを行っています。

陽の下会の北海道代表よ(・v・)/♡


アロマ香座&カラーセラピー chitta
https://chitta05.jimdo.com/



こちらはブログ。

セラピストも普通の人間☆セラピストらしくないことを綴るセラピストのブログ
https://ameblo.jp/chitta05/


ーブログより抜粋ー

覚えているのは9歳の時。
母が家出をしました。

私も一緒に連れられていきました。

その時に私は嘔吐をし、熱を出しました。

「自家中毒になんかなって!」

そう言われたことを鮮明に覚えています。


その後、自宅に戻ったのですが、
やはり、私は遠足や運動会などが近づくと体調不良になってました。

ちょっとしたことに敏感な私は、
12歳の時にイジメに遭ったことからあることを覚えました。

リスト カット・・・ ・・・。

 

もうね、ただただ 読んでくれ。

 

ayumiさんは、

わたしがね わたしも心のことが好きで、

カウンセラーの資格を持っているので 

 

「ライブに来て歌を聴くとかじゃなくって、

1対1で、マジでわたしに何か話しを聞いてほしいという人はいますか?」

 

と モニター募集をしたときに札幌から申し込んでくださって。

 

そしたらね、ほんっっっとに 振り切れたお母さんと(←あまり良い意味ではない(-v-))

親御さんからの虐待からはじまって

家出

リストカット

過食嘔吐

うつ病

その他波乱万丈

心とからだは繋がっている、ゆえに心のことに関心をもつ

子宮委員長はるちゃんをはじめ、

心の研究と実験を自分の人生でやっていく体現者や心理学関連の本を読んだり、

著者に会いに

カラーセラピーなどの資格を取得

長い長い長ーい 暗闇から 一歩ずつ、自分の体験を ブログに綴り、多くの人とシェアしたり、

同じような体験をもつ当事者の方のそっと心に寄り添う相談者として活動中。

 

ayumiさんはね、実際にお話しすると とっても、とーーーっても、お話しのしかたが優しくて

「だっこさんががんばっている姿に励まされて(;v;)」って 泣いちゃうし

「わたしも 幼少期から 母と色々ありまして(;v;)」と 泣いちゃうし

「わたしなんかの体験でも、だれかの役に立てるかな」って 泣いちゃうの。

 

「ayumiさんだから、お話を聞いてみたい、お話をしてみたい、っていう人が、必ず出るよ!!!!」

 

と もうわたし そこだけは はるちゃんの言うところの「子宮の声」が大爆発したみたいに、言ったよ。

 

ayuさんのページを見ると 取得なさった視覚の名前がいくつも出てくる。

「こんなに資格があって凄い!!!」って思う。

 

でも、同時に、「今は〇〇セラピストとか、〇〇カウンセリング」とかって

ほんといくらでも、星の数ほどいるもんなあ・・・ ・・・とも 思う。

 

じゃあ なんでayumiさんはふと わたしからも 目に留まったんだろう

なにが人を引き付けるんだろう? って思うとね

 

まぁ ひとえに スピマウンティングしない人だからだよ(-▽ー)って わたしは 思う。

 

お話しを聞いたりものを書いたりするプロの人がね

 

「あんたの弱いところ ダメなところぶった切ります!!!」とか言って

 

威張るのは簡単。誰でもできる。

 

(そういうカウンセラーやセミナー講師がいいんだ、という人は別にそれでいいけど。

でもそうしたら、「講師のその人に」認められるために 生きちゃわない?

親とかDV夫とか 誰かから 解放されたくて

人の顔色伺いとか止めたくて

心のことに関心があったんじゃないの?と思うわけ。)

 

高額セミナー申し込んでくださいよとかって 自分より弱い人たちを見つけて、煽るのは簡単。

 

でもそれって 誰でもできるから。

 

ayuさんみたいな、たとえばね「親からの虐待」とか「リストカット」とか「摂食障害」とか

特定の当事者体験をもつ当事者が 上下関係(講師と客)・主従関係(医者と患者)じゃなく

人と人として 対等な立場で お話を聞き合うことを、

ピア・カウンセリングっていうんだ。

 

ayuさんは カラーセラピーでも お話しを聞き合うでも このピアカウン・セリングをやる人に

 

ものすごく(体験が多い分、人一倍)向いているなあ、って思う。

 

天性の気質の やさしさ やわらかさがあるし それって すごいよ。

 

ちょっと話が飛ぶけど

わたしね

静岡県にある障害をもつ子供たちの養護施設「ねむの木学園」の創立者・宮城まり子さんというかたが

本とかに書いている、

 

『やさしくね

やさしくね

やさしいことは

つよいのよ』

 

っていう言葉が 物凄く好きなの。

 

ayumiさんは、このことばに通じるような

優しい人だから 生真面目な人だからこそなる心の苦しさを

「本当に全身全霊で知っているからこそ」

できる それがカウンセリングなのか カラーセラピーなのか

ブログを書くことなのか

わからないけど 

すてきなことが ayuさんだからできる って思っています。

 

・・・ ・・・でもね こうやって書くとね ayuさんは また

「わたしがんばらなきゃ!」って なるかもしれないから 書くんですけど

みんなほんと そのままで花マルなんだから。

 

わたしにとっても、それを思い出させてくれるようなすてきな人です☆

 

北海道のみなさま カラーセラピーやお話を やってみたくなったときには アクセスしてね(・v・)/

 

あ。長くなっちゃったから、次回は、次回。

 

そんなこんなで 陽の下会は

私以上に人生体験がとんでもないメンバーばっかりをのせて会員募集中です(-v-)v

https://daccofc.theshop.jp/items/5552405

 

 

 

 

 


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みなさまこんにちは☆彡

 

先日の記事

「うらやましければやってみろ。」と

https://ameblo.jp/cafedudacco/entry-12371322335.html

 

優花さんの応援記事

「生活保護は最高だ♡」がずーーーーーっと読まれて広がっています。

https://ameblo.jp/rinka827-you/entry-12371426962.html

 

「生活保護の当事者で要介護の障害者で歌を歌っていてファンクラブがある」って

 

日本全国でたぶんわたしひとりだもんね。

 

・・・ ・・・文字にすると自分でももちろんザワザワするんだよ。

でも、いくつかの 本来 生きるのが困難とされる要素が重なっていて

 

重なっているままで なぜかどんどん表に出てしまっているのは

 

たぶんこの国に わたししか いないって 自分が 知っているから。

 

まぁ 「これまでの時代の、ふつうの考え」であったらば、

人様の税金で生かしていただいているのですからと思えば、

なるべく目立たないように、

目立たないようにと思って、

歌の活動は、やらないよね、って

びくびくしながら思ってた、きっと。

 

もう、そのほうがいいのかな、と、退歩しそうな大ピンチのときも、本当にあった。

 

もしも、広い世界には、

自分の半径5メートル以外にもたくさんの素敵な人がいるのだと、もしも知らなかったら。

 

わたしも、いろいろな経済的な状況下 

身体的な環境下から

自分を生きている 

たくさんの当事者を知らなかったら。

 

「わたしも今、生活保護を受けているんです」

「わたしはLGBTです。今までそのことを、誰にも打ち明けられませんでした。」

「いままでずっと だっこさんの記事を読んでいました。

人の意見や世間の目を気にして、自分のことをもっともっと書きたくても書けません。」

 

とくに生活保護のことと、障害を負い目にしないで、と、願いを強くこめた記事を書くと

そんな反響がたくさん来る。

 

「絶対に、画面の向こうには人がいる。」と思って書いているけど

でもライブの日みたいには 生で会えない状態で

「ホントにこれ読まれてるのかな?」

と ドキドキしながら書いていることもある。

 

でも、いるんだとしたら、やっぱりうれしいなあ、と思いながら書いてる。

 

あとは、「私対あなた」じゃなく わたしをWi-Fiにして

キーワードが共通する個人同士が繋がれば、うれしい。

 

幾人かの、いろいろな当事者(障害とか、難病とか、ガンとか、生活保護とかの)の方の声を読んで

 

だっこ公式ファンクラブ陽の下会の中で、

「わたしのこと、僕のことはブログに紹介していいよ!」と手を挙げてくださった方だけをちょっとだけ

紹介してみようと思います。

まずはこの人、ひっしー☆彡

 

 

いやちょっと表しようがないレベルの車好きで旅好き。

2016年9月の第9回 彩の国 ゆめコンサートでの

パステル画 辻 友紀子さんとのイラストコラボレーション

 

 

2017年4月の 私が大尊敬する子宮委員長はるちゃん
(今はやぎさやさんとしての

新しい活動も始められています(>v<)こちらのブログも最高です)
ツダユキコさん そしてイラストレーターMeguさんとのコラボレーション

 

 

この、後ろがMeguさんの絵!!!

左は Seed Shipのオーナー土屋さん。

 

これらイラストとうたのコラボの・・・・ ・・・・※↓ 写真撮影 三好祐司

 

 

当日の 映像投影 全っっっ部やってくださいましたお方です!

 

・・・ ・・・映像技術者のプロのかたではないんだけどね・・・・ ・・・(・▽・)!!!

いま思い出しても ひっしー氏、ゆめコンのときは なんでできたの? というレベルの

神業でした。

特に彩の国ゆめコンサートについては今年が最終回。

今年もいっちょやります。

 

ひっしーブログ
必死の感じるままに~のんびり。まったり。生きて行きましょう~
 

でね。

 

ブログリンクを見ると解るんだけど、

ひっしー氏は双極性障害の当事者なんだ。

で、最初に会ったとき、ライブにきてくれて

第一印象ってね

ここで書いたら失礼かもしれないけれど

(いや、失礼ですね、かもじゃない)

「能面みたいな顔」してたの。

表情が・・・ ・・・ない・・・ ・・・(・▽・)!!

って思って。

警戒してた(すみません(-v-))

 

でも それから

わたしだけじゃなく

 障害の有無を問わない

様々なジャンルのミュージシャンのライブに出かけたり 絵の個展に出かけたり 

 

会った日は 

死にそうに疲れた顔をしていたひっしー氏が

目に見えて 表情が明るくなって 

なんだかファッションもなんか段々とかっこよくなって

はじめてライブにきてくださった日から

2年くらい経ったある日ね  

ふとメールをいただいて。

 

「ただ薬を飲むだけでは

どうしても埋まらない

心の中の

やるせなさ

もどかしさみたいなのがあったものが

だっこさんを知って 

ライブに行って

そこからまた

見える障害 見えない障害

それを支える仲間

障害を持つ方々を含む

多様な仲間が

社会の中に

堂々と生きている

ことを知って

 

心がどうして埋まらなかったかを思うと

 

ぼくがほしかったものは

 

『この世界には多様な人が生きている』

『生きていていい』という

肯定感だったと思う。

 

障害のことを カミングアウトして

話してもいいんだよ

 

だってみんな 人と人は違うんだから

違っていいんだからさ

 

と 否定しないで 受け入れてくれる仲間だったんだと思う。

 

障害をもつ当事者を含む仲間が

安心して いることを許される場所が

社会の中に

たくさんありますようにと

 

ずっと願っていたんだと思う。」

 

と もちろん一言一句このまんまじゃないけど、

そんな内容を いただいて。

 

このブログも本も歌も

誰かの役に少しでも立ったなら

うれしいなあ ありがたいなあ、と思ったんだ。

 

それでね、自分の心が 

元気になってきたら、今度は、

人の為にも力を出したい と

 

・・・ ・・・いや ライブの映像投影は

「そんなに必ずライブに来てくれるんだったら

いつまでも見てるだけでいないで

いっしょになにかやってよ?(-▽ー)」

と わたしもだいぶ図々しくお誘いしましたけれども

 

ゆめコンや企画ライブの裏方もそうだし

あと 

「障害を持っていて、ライブに行ったり、買い物に行ったりしたいけど、

家族と同居だから介助さんがごく短時間しか使えない」

という

車の移動のボランティアを探している障害をもつ方の

送迎ボランティアもしてる。

 

それも「自己犠牲で」だったら絶対続かないけど

どんどんご自身の楽しみや生きがいのために出かける場所や、

障害の有無を問わない仲間を拡げていて

すごいなー・・・ ・・・と思う。

 

わたしは双極性障害の当事者ではないから

「なった人、本人のきもち」というものがわからない。

でも

「当事者で、こんな生き方してる人ここに一人いるよ!」

と ブログを載せておいたら

ひっしー氏の体験談が必要な、別のだれかにつながるかもしれないから

紹介しました。

ブログのね

「当事者として」のコーナーのとこだけは全部読んだよ。

 

軽度の精神障害や発達障害は

外見からは、まったくわからないでしょ?

 

だからこその大変さと 

柔軟な生き方というものは

当事者のかたで

「僕は、わたしは、カミングアウトしていいよ!」

と 言える方がいたら 

まだ書いている人が 本当に少ないから

書いたら必ず 本当に必要な人に

必要なときに届く情報になると思いました。

 

障害って比べるもんじゃないけど

 

障害が見えないから

 

この上なくわかりやすいわたしより

 

ひっしー氏

 

大変だったかも。

 

稀な人生を 生きて 

 

すごいなーーーー と 思いました。

 

さて次は 歌姫ツダユキコさん。(写真撮影 ライフクリエーター☆たかはしよしこさん)

 

 

伊勢の子宮の唄うたい。

ツダユキコオフィシャルホームページはこちら

まんなかからまんまるに「わたし」を唄おう。

子宮の唄うたい、ツダユキコ オフィシャルブログはこちら
 

 

ユキちゃんも、だっこさんのファンよと言ってくださるけれど

こちらこそです わたしも大ファンよ!!!

 

わたしたちはともに、作家でブロガーの

子宮委員長はるちゃん

の大大大ファンとして出会いました。

 

もともと、だっこファンクラブも、

 

子宮委員長はるちゃんがわたしの知る範囲の人の中では誰よりも早く

オンラインサロン形式のファンクラブを始めていて、その会員はわたしが知ったとき すでに数百名。

 

引きこもりでも車いすでも疾患当事者でも

(はるちゃんがどんな幾多のことの当事者かはブログを読んでね)

「ブログひとつ」で発信はできる。

「歩けるか/歩けないか」は 少なくともブログを書くことや

ファンクラブの運営には関係ない。

 

むしろ 歩けないことは 朝霧にとっては 武器でしかない。(当事者にしか書けないことが増えるだけだから。)

 

自分自身が生きる姿を見せて行けば 

自分が自分の味方でいれば

いつか必ず同志はできる

 

そんな はるちゃんの発信のセンス ビジネスセンス・・・ ・・・センスっていうことばに到底収まり切れないよね

「生きることの かっこよさ」を見て

 

「どうになっても、とにかく、誰か人を、すごい!!!と思って

わたしもやってみたい!!!と思ったら 始めてみよう」

 

 

これが 多くの個人をつなぐ場であり

生活保護の当事者であるわたしが収入を得る手段になり得るのかどうか?

 

を 知りたかったから はじめたの。

 

(結果、なった。)

 

それで、はるちゃんのファンの方々のつながりの中でも、

特に、歌手活動や楽器の演奏などをしている人のことは目に留まる。

その中のとびっきりのひとりがツダユキコちゃん。

・・・親友と、本名が一文字違いだったの(^▽^)

 

まだ、はるちゃんが1冊目、2冊目の本を出すくらいのころまでは、

女性で「子宮の〇〇」とか 「子宮」ということばをつけて 何か活動をしている人ってほんとうにいなかった。

だから わたしも 

「実ははるちゃんの大ファンです」

って言うまでには ブログを読みだしてからタイムラグがあったし

まだこんなに、子宮のことや性のことを 女性が公に語ってもいい 

(要は 自分の語りたいことを語ってもいい。

心身を大切にしてもいい。)

ということがメジャーになっていなかった。

でも ごく早い段階で

女性が心身を大事にし 

自らの意志 いのちの尊厳を大切にして生きて行くこと

そんな思いに共感して

自らを

「子宮の唄うたい」

と名乗って ツダユキコちゃんは活動をはじめた。

 

その覚悟は、やっぱり まわりに人が1000人いても

一人 きらりと光りが強いっていうか ぶちぬきで輝いて わたしには見えた。

 

ハッとするほど美しい人で、気取ってなくて、風みたい。

大地の神様が語るような太い倍音の声も

天の星がきらきら きらきら 手のひらに降りてくるような 優しくて高い声も

両方が出る。

 

伊勢のね 海の神様 大自然の神様を背中にしょっている人。

 

愛がだだもれて漏れすぎて

大尊敬する子宮委員長はるちゃんと

うたとトークで共演をさせていただいたり

 

 

すてきな(いつもパワー爆発な)パートナーかめちゃんと 

だっこさんの住んでいる街 与野本町へうたいにきてくださったり。

 

 

作詞と作曲のコラボで歌が生まれたり!!!(;v;)

(このうた↓↓を、主軸に置いたコンサートは、最良の時にいっしょに企てたい!)

 

わたしね、ユキちゃんみたいに、歌にも、人にも、真摯に接せられるかな、というところは

ほんとうに ユキちゃんを鏡にして 自分を見てる。

 

わたしも、そしてユキちゃんも、

【地球家族】ということばで

血縁だけしか家族として認められないわけじゃないし

子育てが辛い時、シングルマザーもシングルファーザーも

自分の実家にしか頼んじゃいけないわけじゃないし

 

支えてほしいことがあったら

 

助けてもうだめだ、ってなる前に 言おうよ 

子守りでも 車の運転でも

たとえばイベントの企画でも 楽器の演奏でも

それが

「好き!!!」っていう人に頼むことをやっていこうよ、

とブログや本に書き続けていらっしゃる

心身調律セラピストの岡田哲也さんのファンでもあって。

 

わたしね、その【地球家族】の

<特に障害をもつ方を多く含むバージョン>に

自分のファンクラブが少しでもなってゆけばいいなあと思ったんだ。

人のためにやってあげたい、じゃなくって

 

ええもちろん わたしのためにも(・v・)

 

【地球家族】のキーワードで わたしが考える第一番は 介助のこと。

 

「杖で長距離が歩けないけど、外出したい。隣の駅まで買い物に行きたい。」

「車いすで介助が必要だけど、1泊旅行をしてみたい。」

 

これがね、わたしみたいに、親元を出て、事実、障害が重くて

長時間の介助が認められている人は なんとか 少しは叶いやすい状況にあるけど

 

中軽度の障害の人・家族と同居の人は置いてかれてる。

 

杖で屋内は少し歩けるけど、外で長距離は歩けない とか。

「まだ、車いすではないんですよね?」

と。

 

奥さんや旦那さん、親御さんと暮らしてるとか。

「そしたら、奥様や、親御さんがあなたの介助はできますね?

介助ヘルパーさんはまだいらないですね?」

と。

 

当事者も粘って

「いいえ!!絶対に介助が必要です!!!!!」

と 命がけで言わなくてはいけない という考え方もひとつだけど

 

でも

「ですが、まだうちの市では、認めた前例がないんですよ」と 

壁が立ちはだかることもあるのが日本。

 

制度をよりよく変えていくのは大切だけど

 

「制度が変わるまで、戦って、粘って、それまでは、じーーーーっと ガマン。」では

 

こっちの寿命が持たない場合も多い。

 

だったら

「友達に頼んだっていいじゃん?」

「お世話になったら、

御礼やお金のことが心配?ボランティアでやってくれる人だって探せばいるかもしれないし

わたしそこに行きたかったから一緒に行こう、って人が偶然見つかるかもしれないし。

隠さないで、そこも、話してみればいいじゃん?」

 

「それにね、『差し出せるもの』って『お金』じゃなくて

あなたの今をそのまま

もしかしたら『書く』ことかもよ?」

 

そんなふうに

 

わたしも わたしたちも ここから やってみるから。

 

わたしも わたし自身を使って できる限り やりたいことをやってみるから。

 

『今日、今』を楽しく生きる仲間。

生きんとする意志を持つ仲間。

陽の下会は、そういう個人が19人いる 世界最小の だっこさんファンクラブです(・v・)

 

わたし自身と そして縁あって出会ってくださった仲間と、育ち合いの場になればいいなあと思っています。

 

朝霧裕公式ファンクラブ「陽の下会」
100万人まで 会員 募集中!
https://daccofc.theshop.jp/items/5552405

 

 


テーマ:

 

みなさまこんにちは!

 

先日ここに書いた、

 

「わたし自身が、障害をもっているために、介助が必要であり、

生活に、生活保護を受給している当事者です 

わたしの場合は こういうふうに 生きています」

 

という内容の、

 

「うらやましければやってみろ。」

という記事が な・ん・と!

 

<バリアフリー>というハッシュタグで更新記事中、全国1位。

 

<在宅介護>のハッシュタウで2位、なんとまさか<ミュージシャン>でも4位になりました。

 

 

「うらやましければやってみろ。」(記事はこちら。)


 

それから、ご自身のお母様が、借金を抱えた5人のシングルマザーで、

わたしも生活保護を受給して子供時代をすごした当事者です

ということを書いてくださった 優花さんのブログ記事

生活保護は最高だ♡

も、おなじくバリアフリーのハッシュタグで全記事中、11位。

 

読まれ続けています。

(近所のかたや行政の方々すすめで、生活保護を受給できた、という話しは、

まだまだ偏見の強かった時代にあって、同世代にこんな体験をしたかたがいるのか、と心がふるえました。

行政のほうで、生活保護を受給できるよう、サポートして下さることも実際にあるのだな・・・と。)

 

障害の有無にかかわらず、

幼少期に困窮にあった人や、

人生の途中に、予期せぬ事故や大きな病気、災害などで、突然失職をした人。

 

生まれながらに障害を負った人。

 

もちろん天性の不屈の闘志で、 ものともしないです という人だって 

中にはいるとは思いますが

 

その多くが、「いきなり、社会からつまはじきにされてしまったような」

「自分だけが、ひとりでまわりからぽつんと取り残されてしまったような」

感覚になるといいます。

 

この

「社会から、ただ一人 取り残されてしまったような感覚」は

障害をもつ子を授かったお母さんでも、

特に子育ての初期、少なからずそのような思いを持つ方もいらっしゃると聞くこともあります。

 

わたしの子供時代や青春期の若さはもう20年~30年前ですが

 

インターネットがまだなくて

 

「私以外の車いすの人って、いったい世の中のどこにいるんだろう」

 

養護学校へ行っている間は

障害をもつ仲間がいるんだけれど

 

放課後 帰ってきてしまえば あとはもう 家に一人。

家族しか 自分の世界がなくて

 

同世代の健常者の友達がいなくて

 

ふるさとの田舎で

 

ほんとにひとり

 

ぽつん

 

 

「わたしどうにして生きて行ったらいいんだろうな」

 

 

この 今にしてやっと 困難に対しては勝気なわたしでも 不安に押しつぶされそうになったり

もう 途方に暮れるような気持ちになった 

 

「ぽつん」

 

と 言う感覚は よく覚えています。

 

でも 今 時代は 

 

歩けなければ電動車いすがあるし

 

介助制度はあるし

 

インターネットがあるだけでも 便利になったね。

 

病気や事故などによる急な失職や、

困窮についての、生活保護制度だって、

昔は

 

「生活保護の家なのに、冷暖房があるなんて贅沢ですねえ」

と 行政のケースワーカーさんさえ 言う時代があって

幾人も 夏の酷暑や 冬の極寒を

我慢して人が亡くなったような事件があって 今がある。

 

「人権」

 

という言葉が

 

やっと

 

 

今ようやく 「個人が、今いる場所から声を出せる」そしてそれが「届く」時代になって

 

日本の夜明けのように

 

共通認識であり

 

みんながきっと 望んでいる

 

集合的無意識のレベルで 浸透してきたんだよね。

 

「せっかく

 

ここに 

 

生まれてきたのに

 

命を苦しめ続けたくない。

 

自らの魂を鎖でぐるぐるにしばって

 

足で踏みつけるように 生きたくはない。

 

生きる歓びの中に

 

私たちは

 

 

生きたいんだ。

 

それを

 

この世に生きとし生ける

 

だれもが

 

できる時代を

 

自分たちの力で

 

呼びたいんだ。」

 

そんな大きな意識を

 

意識下にも

 

無意識化にも

 

強く持っている人が増えた。

 

これは 目には見えないんだけど

 

生きてみての実感というかね

 

わかるんだ。

 

『自分も 相手も

 

叩き合い 奪い合いの世界じゃなくて

 

お互いが

 

肯定の中に

 

尊び合える世界の中に

 

生きたい。』

 

こう思っている人が 増えたから

 

私ごとき社会的な立場で言ったら最底辺に生きてる一般市民、一個人のブログが

 

書けば 届くようになったんだよね。

 

わたしは今、大ベテランの作家さんでもないし

歌を歌っているけど芸能事務所のない個人だし

 

個人過ぎて自分でもたまに

「だいじょうぶかな」

ってゾクゾクしてくるくらい

 

会社組織を後ろにしょってる、だから後ろ盾に守ってもらえる、

みたいな意味での大きな力はないわけ。

 

でもやっぱり、

 

書けば

 

同じような体験を持っている人

 

同じようなキーワードが 繰り返し気になっている立場の人

 

たとえば 生活保護や介護制度のことは

 

「気になっていたけど

今までは 行政の相談窓口が敷居が高いような気がして

行けなかったけど

今日行ってきます!」

 

とか

 

そのキーワードが心の中でずっと気になっていた人に

 

少なくとも

「本当に必要だった人」

には 必ず届く。

 

「生活保護のことは、偏見が強くて、

やみくもにディスってくるような人もいるから、

あんまりさ、本やブログに書かないほうがいいよ」

 

というアドバイス(?アドバイス?ことばの呪い??)を

くださった人も複数いらっしゃったんだけど

 

「あんまり書かないほうがいいよ」とか

「あんまり言わないほうがいいよ」っていう人って

 

<本当は>

 

わたしが非難されるのを心配しているんじゃなくて

 

「ご自身の」

 

心がそのキーワードにザワついているから

肯定し切れていないから

 

「生活保護のことは書かないほうが」

「その話題には触れないほうが」

「障害者には偏見もあるから あまり目立つことをしたり、表舞台に出ないほうが」

 

と そういう言い方になってくるんじゃないのかな。

 

わたし

 

わたしをはずかしいと思ってないよ。

 

「介助制度や生活保護制度は人様の税金」

 

事実、そうだよね。

 

もちろん、感謝はしてる。

だからこそ、わたしもできる限りにお金を社会にまわしたいから、

ファンクラブも、タダでだれでもどうぞってしなかったし

彩の国ゆめコンサートも

「純利益は全額を、地域福祉へのチャリティーに」

と 自分では1円もとらないで 街に還元してしまった。

 

ぶっちゃけ、

 

『私みたいな人って

マジで私しかいない。』

 

っていう 自覚があるから やっていること。

 

このブログもそのひとつ。

 

わたしはね

 

「生活保護だからはずかしい。

だから自分はだれかよりも劣っている存在。

だから目立たないようにして

人目から隠れるようにして生きなくちゃ。」

 

とは

 

思ってないよ。

 

むしろわたしの目に映る世界のただ中には

 

「だっこちゃんのような、必要な人にどんどん税金がまわるんだったら納税が誇らしい。

払うべきものをごまかして自分にだけ多くしようなんて思わないよ。」

 

という 意識で ビジネスやCDや本の印税の収入を

 

じゃんじゃんと 世の中に全部まわしちゃう

書き手や 表現者の人しかいないから。

 

「こういう方々がいるんだから、

わたしたちだって、

できることは全力全出しでがんばろう」

 

と 言い合える 

障害を持つ仲間や仕事仲間しか

当然 身近にももういなくって。

 

「あっちの人はずるいよね」

「あの人ばっか優遇されて妬ましいわね」

「わたしのお金が人に取られて減っちゃうからムカつくわ」

 

そんな がめつい世界 世の中は 富の奪い合いなのだと

思い込んで その設定にしている世界に

 

いつまでもいつまでもいる人とは

 

話をしても 合わなくなってきてしまうんだよ。

 

そこについては 

 

過去は自分も「そこ」にいたけど

 

帰りの扉がもう閉じちゃって。

 

 

「今ここ」を

 

自分を殺して殺して殺して ガマンにガマンにガマン でいくか

 

「私このまんま行きます!!!」と 行くか。

 

それだけなの。

 

自分をね

 

鎖を解いて

 

自由にしてあげたいよね。

 

わたし先月(あれ今月だっけ?)

 

公開日まだすぐのときに

 

「グレイテスト・ショーマン」を見てきたの。

 

生まれながらの 家柄の違い 貧しさ

身体障害を含むマイノリティーへの好奇の目

黒人の方々や メイドさんていえばいいのかな

裕福な人へ仕える仕事をしているような職業の女性など

いろいろな理由で

 

圧倒的差別(たとえばそれは、道を歩けば石を投げられるレベルの)がまだ あることが当たり前だった

19世紀のアメリカで

 

それまでに世の隅に

それこそ逃げ隠れるように生きていた人々とともに

「あなたのその個性のままで

堂々と光の下に現す姿こそ

ショーの上では、最大のあなたの武器になる。」

歴史上はじめて

マイノリティーを多数雇用した

サーカス団を成功に導いた興行主と

さまざまに関わる

パフォーマーや、興行主の家族や、ビジネスパートナーたちの話し。

 

先天的に髭のある女性(多毛症って言えばいいのかな?)や、

小人症の方や

いろんな方が登場するんだけどね

(小人症のかたは、CGとかじゃなくて、当事者のかただったのかな)

 

それまでは

仕事に就くことも叶わず

食うや食わずのような生活をしていた幾人ものマイノリティーの人が

「今までは日陰に隠れていたけど

自分たちの生きる場所を

自分たちで掴み取る!!」

という意志を表わすいくつもの場面が

 

圧巻で。

 

歌もすごいし

実話という重みも手伝って

脚本もすごいし

もう セリフを 歌詞を

「一言一句聞き逃したくない。」

 

「瞬きも忘れて」

って

こういうときに使うんだと

 

魂の底の底から感動してきたの。

 

その中に(すでに超有名だけど)

 

【This IS me】

 

という歌があってね。

 

少なくとも

 

全世界中の

 

「低所得層の当事者で自分をいま『恥ずかしい』と思っている人と

病気や障害の当事者で自分を ゆえに『情けない、恥ずかしい、申し訳ない』とか

思いながら生きている人は

 

マジで全員これを見ろ。(-V-)

 

って ホントにホントに

 

ホントに思ったんだよ。

 

それで 見た後に

 

「わたしは 絶対

 

書いて歌って

 

表に出るべき人間だ。」

 

って

 

また (それまでより深く) わかったんだよ。

 

だからね

 

この<自覚>が揺らぐことはもうないんです。

 

もうないんです という 強い気持ちが

 

こうして 目に見えて 届いてうれしい。

 

困窮でも障害でも

お金がないでも介助がないでも

その反対でものすごくありますとかどっちでも

 

なんでもね

 

そこには当事者がいるんだよ。

 

自分と同じ人はいないけど

 

今 似たような境遇の中にいて

 

何かをがんばりながら

 

同志を探している人というのは 必ずいる。

 

『自分を

 

解放してあげたいよね。』

 

という気持ちのところに

 

同じ願いを持っている人がいたら私は同志が欲しい。

 

一人より10人のほうが

 

動くときは 叶うのが早くなるから。

 

いつもありがとう。

 

☆朝霧 裕公式ファンクラブ陽の下会はこちらから☆

まだまだ、会員募集中です。

 

グレイテスト・ショーマンの劇中歌

「This is me」を 劇中でお髭のある女性のアンというパフォーマーを演じた

キアラ・セトルさんが、はじめて歌ったときの

You tubeの映像

何度見ても好きなので貼っておきます。

 

 

 

 


テーマ:

 

みなさまへ☆彡

 

お元気ですか?

昨夜わたしが書いたブログ。

「うらやましければやってみろ。」(クリックすると記事に飛びます)

 

に 自分が今、生活保護を受給しながら(うたの活動や講演は、お仕事として収入も得ながら)暮らしている当事者として、

こんな文章を書きました。

 

ー本文より抜粋ー


(わたしに)ファンクラブがあることもそう、秩父のライブもそう、
あと、去年、介助さん+友達3人で、信濃大町へ旅行したときもそう。
 
「あの人は外出できてうらやましい」
「あの人はいい介助さんがいてうらやましい」
「あの人は友達と出かけられてうらやましい」
「生活保護のくせに、出かけるのって、ズルくない?!」
「いいよね 障害者は。困ったら、健常者より先に助けてもらえるから」

そういう声が 必ずある。
個別に返信しないけど

「あの人は 外出できてうらやましい」
裏を返せば 「わたし、一人で歩けないから外に出られないんです」
 

「あの人は いい介助さんがいてうらやましい」
裏を返せば たとえばだけど 
「わたし、家に介助さんがくるのがおそろしいんです。意志が言えないんです」

「あの人は友達と旅ができてうらやましい」

・・・ ・・・「わたしも出かけるボランティアさんや旅好きの友達探してまーす!!!!」って

だれかに言った?

「今困ってる、助けて!!!」

って

 なりふり構わず 本当の本気で言った?動いた?


生活保護の当事者であることを自己開示してるのはね。


 そこに164万世帯の当事者がいるから。
 

・・・ ・・・そうしたらね ブログを開くたびにアクセス数があがるから

なんだろうかと思ったら

すごい振り切れたタイトルの援護射撃が!


 

ちょっとね、タイトル、悔しかった。(^▽^)

生活保護は、健常者も含めて、だれでもが、生きることに本当に困っていたら使える制度。

だからほんとうは 書いていいのだけれども

 

「不正受給している人だっていっぱいいるんでしょ?」なんていう強い偏見もある。

だからね

 

「わたしがまだ生活保護制度を今受けながら同じタイトルつけたら

生きることを応援してくれない人から見たら

ナメてんのかって反感を買うだろうなあ と 思って

 

「私は」ハートマークつけてこのタイトル書けなかったの!

 

「肚決めて自分を生きる」って書きながら

わたしにも まだ 世間の空気読む っていう引き出しがあったな・・・ ・・・と

タイトルを見て 心がザワついた自分にまずびっくりしたよ(・v・)

 

それでね この熱い援護射撃をくださったのは優花さん。

 

わたしが最高に尊敬しているブロガーで作家の子宮委員長はるちゃんのブログや、

 

SNSで本当にたくさんのかたがupしていた

<ちいさいまつり 49フェス>のリーダーのかた。

だっこも度々共演をしている、歌手の松本佳奈さんがステージに出演したことを知って

(っていうかね 優花さんのプロフィールのお写真が 

スカーンとさわやかというか 濁っていないというか 

<抜け感>ってこれかー!!って 物凄く明るく美しく見えたから)

おもわず ブログに

「いいね!\(・v・)/」

って押しましたらば

即 ゆめコンのクラウドファンディングのサイトを読んで 支援者のお一人に加わっていただきまして。

 

いつかなにかコラボできたらいいなーと たびたびなんとなく気になっていた というかただったので

ご縁がつながっただけでもすごくうれしかったのに

 

決断の速さ すごい!!!

 

と 思って メールをさしあげましたらば

 

なかなか ハードボイルドな生い立ちが書かれてございました。

 

それから、優花さんのご家族にも障害をもつ妹さんがいること。

ご自身が子供時代に、生活保護を受給されいて、本当に生活を助けられたということも。

 

私自身、「だれにでも、受け入れられやすい内容」ではなく、

「この話題には偏見がつきもの」という内容を書くには

「でも、書く。」と決めているだけであって

怖さがないわけじゃない。

 

でも 書くことで

同じような生活の状況から、自分はこんなふうに身を立てていったよ とか

 

自分は障害者や病気の当事者になったからもうダメだ

生活保護を受けるようになっちゃったからもうダメだ

と 卑屈に捉えるばかりじゃなく

わたしは ぼくは

こんなふうに 今 自分を生きているよ と

 

当事者体験を持つ人と 私も 心をつなげることができる。

 

だから メールをいただいたとき、本当にうれしかった。

 

ー優花さんのブログより抜粋ー

 

私も10代の頃、生活保護受けていたんだよね☆
知らん間に借金作ってた父親の失踪と、妹が事故で障害者になったのがきっかけで。

母は急に借金と5人の子供を抱えた、シングルマザーになっちゃったから。

私は生活保護って愛の体験として残ってます❤

近所の人や 役所の人の勧めで受給することになったのです。

学校も卒業できたしね~☆彡

日本ってすごいよね。
ちゃんと「生きるチャンス」をくれる国なんだから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『近所の人や、役所の人の勧めで、受給することになったのです。』

 

このことば、すごいよね。

 

行政の窓口でできるだけ生活保護を受けさせないようにした結果、現代の日本でも餓死がある・・・ ・・・

そんなニュースも、何年かにいっぺんは必ず出る。(さいたま市もあったの。2012年。)

 

でも一方で、近所のかたの言葉がけや、行政のかたの勧めで、

生活保護を受けられて、

命が助かり、

優花さんのように、人としての人生の花を咲かせるかたも、ちゃんといる。

 

「その人個人の生活」って一番にプライベートのことだから

やみくもに 書け書けとは思わないけど

 

でも 少なくとも お金がなくて 生きることに困っていたり

自力では動けないほど重い障害によって介助がないと生きることや 家の玄関から一歩外へ出ることにも困ったり

 

生きることが辛いな 苦しいな 我慢ばっかりだな とずっと幾年も悲しい顔をしているような人が

もしこのブログを読んでいたとしたら

 

生活保護制度や、介護制度や、介護保険の制度や、

 

「福祉制度は使っていい」

 

だって 使うために 制度があるんだから。

 

ということを 知っていてほしい。

 

そして さまざまな福祉制度(障害だけじゃなく、育児を支える制度もきっと、調べたらたくさんあるはずだよね)を

使って、自分の人生を生きている人は

 

絶対に一人ではない と 知っていてほしい。

 

わたしは、

「生活保護制度も、福祉制度も、社会制度はどんどん使うもの。

使うのが恥ずかしいなんてない、

わたしは、自分の収入で税金を納めて、本当に必要な人にいくんだったら誇らしい。」

と、

生活保護制度を含む、制度の肯定、

社会制度をさまざまに受けて生きる当事者の負い目の打破、

「制度を支える、想いやお金の循環について」

を 真っ向勝負の直球で

しかもPOPに 全身全霊で書いて

「まず わたしが想いとお金の実証実験を 自分を使って やってみる!!!」

と 

「社会制度を 国の経済を みんなで支えるってかっこいいじゃん!」と

名実ともに見せ続けている 第一番の 日本代表は 子宮委員長はるちゃんだと思ってて。

 

↓この本、おすすめです↓。

(生活保護制度への想いが出てくるところと、

【もっと障害に甘えなはれ❤】のところ、ホントに読んで)

 

 

特に 生活保護や貧困などの根幹にある「お金」の話題では、こちらも↓

 

 

それからね、上記の本は

法律の本ではなくて、マインドの本、

「頼りベタ」

「受け取りベタ」

「福祉の制度使いベタ」

のかたが読むともうぎゅんぎゅん目からうろこが削げ落ちる本なのだけど

 

「生活保護制度を、本当に切迫して、申請したい」という人へ

おすすめはこれです(・v・)(出版年は2013年だから制度の内容が

変わっている部分もあるかも。)

 

 

それから、この「生活保護で生きちゃおう!崖っぷちのあなた!死んだらだめです」

(あけび書房刊 雨宮処凛,和久井みちる 著, イラスト さいきまこ イラスト)の本を

どうして知ったかというと この本↓の著者 ジャーナリストのみわよしこさんのyahoo ニュースから。

 

 

みわよしこさんは、わたしのエッセイを、発売時、ご自身も車いすでありながら、うちまで取材に駆け付けてきてくださり、
yahoo!ニュースに大変大きく取り上げてくださいました。

その時の記事はこちらから↓

 

「バリアフリーのその先へ!」のその先へ~日常のフロンティア 著 みわよしこさん。

一言一句 頷きながら読み 生きる上での御守りが増えたなあ と 心の杖にしています、みわさんの存在。

 

・・・ ・・・と 長い話になってしまいましたが

 

このような最高に素敵な方々に わたしの本やブログは

「本当の なりふりなんか構ってられぬ 魂からの叫び声」を 初めて書いたら 届いたのです。

 

今 時代は

 

少なくとも 個人対個人という最小単位の間では

 

主従の関係や上下の関係が インターネットやスマホやの登場でどんどん崩れて

 

水平の関係性

 

「はろー!(・v・)/~~~」といえば

「はーい!\(・v・)/」と返る

 

「たすけてー!」と言えば

「まかせろー!」とだれかにはつながる

 

そんな時代に もうなった と言われています。

 

どこからでも 生きるための味方や力を得ていいし

 

だれにでも 生きることを応援されていい。

 

もしされなくても 自分が自分の味方でいれば 結果はね 必ずやついてくる。

 

それは単に「評価」とかじゃなくて

 

自分自身が

 

生きる歓びの中に生きて死ぬか

 

苦しみと我慢の中に生きて死ぬかっていうことよ。

 

届きたい人に

 

声が届くのか ということ。

 

生きて

 

わたしの人生はすてきだよ と 今生のうちに言うことができたら

 

言えた人は だれに教わらなくても言われなくても

 

ごく自然に 他者を 社会を 自らの意志でまわることができる。

まわらずにはいられない、勝手に体が動いちゃうっていうか。

 

なぜか、なぜか、人に支えられるばかりのわたしだけれど

この感覚ね わかるんだ(・v・)

 

だから

 

「わたしが国づくり人づくりのためにできることはなんだろう?」と考えたときに

 

もうね

 

書くこと。

 

全出しで 今これを書くこと。

 

「障害が進んでいくのとどっちが早いか」と思うよ。

 

書いているときは

今を

神様に捧げる気持ちで書くの。

 

今まで 時に自らの困窮や身体を恥と感じて

人の声や目にびくびくして

世の隅に隠れて生きていた 

過去のわたしのような人が

一人でも 陽の下に姿を表しますように。

 

命を謳歌して生きることができますように。

 

 

わたしひとりでは声が足りないので、会えた人は、力を貸してください。

いや、「貸して」じゃなくて、 ください❤

 

☆朝霧裕公式ファンクラブ「陽の下会」はこちらから☆


テーマ:

 

皆様へ☆彡

 

さっきの記事の、補足記事↓


 

定期的に、介助の不足や、心理的虐待の中に生きる人のことや

生活保護や貧困世帯のことを

自分が その当事者として 書いているんだけどね

 

なんでばっ!!!!!っと書いたかというと 

最近 すごく感動したことが 立て続けにあったからなの。

 

ひとつは このブログを読んでくださっている方の中で

 

長時間介助を受けながら暮らしている障害当事者の方が

介助さんから

「トイレをあんまり頼まないでくださいね」と言われたり

これって どこからどう考えても 障害者虐待防止法にどんぴしゃで当てはまるよね?

という 状況に生きている という相談を もらっていたのね。

 

でもその方が 

「生きても死んでも新しい生活を掴み取ります!」

と 動いたと連絡をくださって。

 

もうひとつは わたしの友人知人にも

昔うつ病を患ったことがあるとか

今 闘っているという人がけっこういるのだけれど

 

その中のひとりの友達が

 

「でも、自分がうつになってみなければ

精神科なんか行く人ってこわいから関わらないほうがいいとか

うつって自分が弱い人がなるものなんじゃない?

かわいそうぶるっていうか、とか

そんなふうに

なにがしかで追い詰められるような当事者の気持ちがわからなくて

甘えてるんじゃない?とか

弱いんじゃない?とか

ダメだよね、っていうふうに、言ったと思うんだよね。

 

でも 人って、強いばかりの一辺倒ではないし

もし そのままでいたら

いつか自分ががんばりすぎて辛くなったり

家族の状況が変わったりして、自分が助けてほしい時、

 

『弱い自分なんてダメよ!』

 

って 時には弱い自分であることに 大バツをつけて生きて

 

心弱い時助けてくれる人が誰もいない人生を送っていたんじゃないかと思うの。

 

だから、

 

『うつって怠け病だよ』というふうに言ってきた人もいたし

本当に辛い時はあったけど

 

時には 休みたい自分

泣きたい自分

人に支えてほしい弱い自分

 

どんな自分にも マルをつけられるようになって よかった。

 

ここで気持ちがわからなければ

今弱い立場にいる人を 

下に見るような、嫌な人間になっていたかもしれないから」

 

そんなふうに 10年以上苦しんだうつとの闘病のことを振り向いて

話してくれる機会に立ち会って。

 

結局は

「今」は辛い時期にある人も

それは「一生」じゃない。

 

でも 「一生」じゃないはずなのに

 

障害者だから人生諦めた~~~ 

貧困だから人生諦めた~~~っていう人もいれば

(それでいい人はいいんですけど)

 

自分だけの 誰とも違うタイミングで 

 

勝機を得て

 

死に物狂いの命がけで新生活を取りに行く人や

 

今いる場所から 自分の心と向き合いながら


たとえばね

 

「毎日毎日手首を切ってリストカットをしてしまうのが辞められない」

「向精神薬を何十種類も飲んでいなければ死にたくなってしまって手放せない」

 

こんなような状況下から

 

一歩ずつ 一歩ずつ 

もうね 何ミリ単位の 一歩だよ

でもそれでも一歩ずつ

 

「今日は、しゃべれて、楽しい日だったね」

 

って 笑いあえるところまで

 

魂を、自分の中心に再び戻していく人がいる。

 

考えてみたらそうだよね。

 

赤ちゃんのときは

「生きているだけでいいぞよーーーー(・v・)」

って 愛1000%で存在を受け入れられるのに


這えば立て立てば歩めの親心(>v<)!!

 

でも それは すてきなことだけど

 

「あの子はできるのに

なんでうちの子はできないの?!」

 

って


身体や頭脳の能力の比べっこになるころから

 

何かが きっとずれていくんだ。


でも 親も親もそのまた親も きっと多くが そう育ったんだよね。

 

知能や身体能力で〇・×がついて

テストで〇・×がついて

学歴で〇・×がついて

職歴で〇・×がつく時代が

 

200年も300年も 何百年も

続いてきたんだもん、わたしたち。

 

でもそれじゃ 魂が疲れちゃうよね?

 

だから 少しでも

「フツー」や「世間から見たいい子」からはずれた人は

 

「恥」か「変人」か

 

望むところだ(-v-)と自分が思い切れなければ

 

うつ病か

就職が決まらなかったら自殺とか

学校だったら 落ちこぼれ とか そういう扱いになりやすい。

 

だけどやっとこさ

時代の中に

「多様性」

という言葉が出てきたじゃない?

身体とか生き方とかジェンダーとかさ。

 

今 障害の種別や有無を問わないで

 

「わたしこの今の俗に言う<普通>の環境、普通の仕事で

恵まれているはずなのに

心が苦しい

生きづらい

ザワつく

違和感がある」

 

という人は

 

きっとなにかの だれかに言いたいことや 

ほんとうはやりたいことが

大なり小なり 「ほんとうは」あるか

未来の自分が

「こっちに来い。こっちに来い。」

って まだ今全貌が見えてなくても

 

呼んでるんだよ。

 

ああ それ わたしだ。

呼ばれてる気がする。

 

って 今これを見て

 

心がざわつく人は

 

人を羨んで

床を見て

そのまんま死んでしまったらだめだ。

 

もったいないよ。

 

絶対にもったいない。

 

魂を 自分のど真ん中 

正位置に 戻す。

 

たぶんそれは 肚が座るとか

肚から力が出る という状態のことだと思うのだけど

 

これは 生きるしかない。

 

だれも他人が 手を下して 助けてあげられない。

 

でも 

 

絶対に誰にでもできるから

 

ハンパなところで自分から死んでしまわないほうがいい。

 

もったいないよ。

 

そう思う。

 

結局ね

 

誰かが何かを言おうが言うまいが

ブログを読もうが読むまいが

 

やる人はやる。

 

誰を見ても何を読んでも

 

やらない人はやらない。

 

でも、こうやって書いているのは 誰かを煽りたいわけじゃないし

 

(自分で「自分が読みたいこと」をこれは書いているだけだから。)

 

人のことを見て

いいなあ とか

わたしもやろう と思っても

 

「なかなか身体が動かない」のは 時期じゃないのかもしれないし

 

『タイミング』は

 

自分にしかわからない。

 

「飛び込め!」

「今だ!」

 

っていう時は 自分自身にしかわからないの。

 

でもね その

「今だ!」

という感覚を

 

知って死ななきゃもったいない。

 

もったいないよ。

 

 

いっしょに、魂の自由を生きる、

空気読むとか 顔色伺いとか

遠慮のしあいっこはなしで 思ったことは言ってみる、そしてやってみる

練習の仲間を得たいと思う人は

もしよかったら、遊びにきてね。

わたしもまだまだ実験中です↓

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テーマ:

 

みなさまこんにちは☆彡

 

お元気でいらっしゃいますか。

 

「うらやましければやってみろ。」

 

でっかいタイトルですね。

 

これね、別に人に言ってるんじゃなくて。

わたしが「自分に」 わたしは、そうする、と、決めていることなの。

 

ファンクラブがあることもそう、秩父のライブもそう、あと、去年、介助さん+友達3人で、信濃大町へ旅行したときもそう。

 

「あの人は外出できてうらやましい」

「あの人はいい介助さんがいてうらやましい」

「あの人は友達と出かけられてうらやましい」

「生活保護のくせに、出かけるのって、ズルくない?!」

「いいよね 障害者は。困ったら、健常者より先に助けてもらえるから」

 

そういう声が 必ずある。

 

個別に返信しないけど

 

「あの人は 外出できてうらやましい」

 

裏を返せば 「わたし、一人で歩けないから外に出られないんです」

 

「あの人は いい介助さんがいてうらやましい」

 

裏を返せば たとえばだけど 「わたし、家に介助さんがくるのがおそろしいんです。意志が言えないんです」

 

「あの人は友達と旅ができてうらやましい」

 

・・・ ・・・「わたしも出かけるボランティアさんや旅好きの友達探してまーす!!!!」って

だれかに言った?

 

「今困ってる、助けて!!!」

って

 

なりふり構わず 本当の本気で言った?動いた?

 

生活保護の当事者であることを自己開示してるのはね。

 

そこに164万世帯の当事者がいるから。

 

164万人の当事者であり、読者がいると思っているから。

 

万に一人は不正受給を故意にやるような人もいるのかもしれないけれど

 

多くの人が、

江戸時代の身分制度が今まだ残ってるんじゃないかと思えるような、

「生活保護の人は昼間からお酒を飲んでパチンコをして

働かなくて楽ちんと思いながら生きている怠け者なんでしょ?」

という強い偏見や、マスメディアの過度の煽りの中で、

 

生活保護を受けていることは恥ずかしい、と、恥と感じたり

人から隠れるように生きたり、

親が貧困世帯当事者の子供さんが、いじめの原因にされたり

 

「恥ずかしい」「言っちゃいけない」「生きていて申し訳ないような思いがする」

そういうふうに、生きてる。

 

生活のスタートは、

経済的にはたしかに、人と比べてしまえば最低限の最底辺になる。

 

でも一方で

生活保護だから出かけてはいけないわけではないし

生活保護だから働いてはいけないわけではないし

やりたいことをやってはいけないなどというはずはない。

 

収入を得たら行政の福祉課に申告をして

 

「収入を得たのに、それを隠していて、生活保護ももらっちゃった」

ということさえ、なければいいの。

 

「こういう場合はどうですか」

という疑問点は、何度でも福祉課のケースワーカーの方に、聞けばいいの。

福祉課のかたを 良きファイナンシャルプランナーとか ご指南役と思って どんどん相談をすればいい。

 

それに、

「生活保護や障害年金で生きている人はズルイよね」

という考えの人もいるけど、その数以上に、

 

「自分の仕事で納めた税金が、本当に必要な人に使われるなら、誇らしい。」

「じゃんじゃん納めて、じゃんじゃん使ってほしい。世の中を循環させられることがうれしい」

そんなふうな考えで

自らが生きる姿を見せ続け

多くの人の応援の元に大活躍をして、世の中を循環させている、わたしが目指すべき生き方を見せてくれている人は

たくさんいる。

 

だkららね

「どっちを見たいか」

「どっちを見て、どっちの世界に、自分自身が生きたいか」

だから。

 

わたしね、「バリアフリーのその先へ!-車いすの3.11-」(岩波書店)という本に

神様に身をささげるつもりで

要介助の当事者であり、生活保護を受けている当事者であることを書いたとき。

過去、家にきていた介助さんの中にも、

「生活保護を受けているなんて怠け者よね」

そんなふうに いじめてくる人がいたことを書いたとき、とても反響が怖かった。

 

でもそれは

「他の誰の人生でもない、自らを生きる誓い」の本であったし

書いてしまえば

「自分」から逃げられなくなるでしょ?

 

だってもう書いちゃったんだから。

 

究極、ブログは消せるけど(でも今は残るけどね!他の人がシェアしたりとかでたぶん(-▽ー))

 

本にして出版社から出したものは消えないでしょ?

 

だから もうこれでぶっちぎるしかなくなるから

 

退路を断って

「本当のわたし自身」を

生きることにわたしは決めた。

 

だれも 世の中に ほんとうに だれもひとりも 自分しか 友達も味方もいなくなっても。

 

それまで仲の良かった友達の顔とか思い浮かべて

縁切られる覚悟とか 全部した。本の発売日のときね。

 

でも

その

「それまでで一番の本気」で自己開示した本は 4冊目で人生ではじめて 全国に届いて、版を重ねた。

まず一番に、介助や介護を受けて暮らす、当事者やご家族

生活保護を受けている当事者の方々や、家族へ届いた。

 

それから、外見からは一切見えない、まったくどこにも障害のない、健常に見えるかたであっても

実は、精神や知的、発達障害など、目に見えない障害に、長いこと悩み苦しんでいた当事者の方々にも多く届いた。

 

そして、最後には、

「もう今は、障害とか健常とか、そんなの関係ないよ。

生活保護は恥ずかしいなんて、時代が古いよ。

わたしはね、わたしの仕事で税金が払えて、それでだっこちゃんやだっこちゃんの友達が

少しでも豊かに暮らせるのならば、誇らしいよ」

 

「生活保護はズルだ、怠け者だなんていう人は、

きっと、心配しなくても、そもそもが、だっこちゃんのことを支えてないよ。

他人まで支えられるほど稼いでないよ。

だっこちゃんのことはね、わたしの印税が支えてるんだよ。

わたし、だっこちゃんを支えられているんだったら、自分の仕事が誇らしいよ。

だって、だっこちゃんや仲間たちは、社会の中に、いなければならない人なんだから。

言葉や姿を、見せ続けないといけない人なんだから。」

 

そんなふうに 言葉をかけてくださる著名な方々

それこそ、幾冊も本を書いたり テレビやラジオに番組を持つ方々

月100万PVを越えるブログの著者の方や

音楽や芸能に身を置く方

 

時代を 後追いではなく

 

誰に何を言われても(変人と言われようとも 賛否両論常あろうとも)

自分の信念を生き

時代を 自らを生きることで先に進める人達の手に届いた。

 

「今の」

わたしのことだけを 少しばかり見ただけだったら

 

人生が 今 うまくいっていていいなあ と 思われるだけかもしれない。

 

だけど

 

そもそもが たとえば 介助のことなんか 生活の最最最低限の

 

「毎日365日のトイレや着替えや風呂をどうするか」というところなんだから

 

「そこに人がいなくていなくて困ってるんです」なんて

 

本当は 本来ならば 人権上 あっちゃいけないんだよ。

 

でも 歩けていたけどある日突然 事故や難病やガンになって歩けなくなったとか

障害や病気をもった「だけ」で

 

本当はもっと外に出たいけどガマンしたり

本当は毎日お風呂に入りたいけど週1回でガマンしたり

本当は近所に散歩に行きたいけど介助がないからガマンしたりしながら

 

一回しかない 今しかない 人生を

ガマン ガマンで生きている人が 全国のどこかには かならずいるでしょう?

 

ガマンが すきで ものすごくすきだったらいいんだけどね

 

「本当は・・・ ・・・・」

と 思うことがあるんだったら

 

「助けて!!!わたしまだここに生きてるよ!!!」

 

と 自らが言わなければね

 

障害も 介助不足も 貧困も

 

当事者がそこに生きてることすら認識されないんだよ。

 

わたし 10年くらい前 約3年間くらい うつ病だったの。

その 生活保護のことをからかってくる 責め立ててくる人たちが 私生活にいて

精神的に追い詰められて なっちゃったのね。

その一件は解決したことだけど

 

当時 わたしも

活躍している人を見て

「いいなあ」

「いいなあ」

って

TVの向こうを見るように 世界に膜がかかったように見えていて

 

「あーあ あの人はいいなあ」

「あーあ この人はいいなあ」

「あーあ いつ死のう」

 

って 思っていたの。

 

でも そのうつの体験は 一人暮らしの中盤戦で

けっこう それまでにも

苦労もしたし

 

同じ難病の友達は10代や20代前で亡くなる人も多かったし

 

どこか ほんとの

自分の心の

最後の最後の最後の底力 みたいなものが

 

「あなたはこんなところでは

死んでいいような人間じゃない。

自分の命を自分の足で

踏みつけるような死に方をしていいはずかないって

あなたは知っているはずだから。」

 

って

 

知ってたの。

 

「言ってたの」だと、足りないの。

 

「知ってた」の。

 

『心が(魂が)知っていることを 

 

わたしが 知ってた』

 

という感じ。

 

これを、子宮の声、魂の声と言うんだなという感覚を

死まで考えるようになるまで思い詰まって

息を殺して生きていたような 最後の最後の もうあと一歩自分を殺したら

自死 自殺しかない というときに 解ったんだよ。

 

・・・ ・・・伝わりますか。

 

だからね

たとえばライブをやります!!って言って やるのも

ファンクラブつくりました!!!って言って やるのも

 

その過程では

こわくないわけ 不安がないわけ ないじゃんか。

 

ライブやりますって言ったけど お客さんゼロ人だったらどうしよう

ファンクラブやりますって言っちゃったけど マジでだれも一人も入ってくれなかったらどうしよう

恥ずかしいな 恥をかきたくないな

って 思うもん。

 

でもね

 

エッセイとは 「体験談」なのですよ(・v・)

 

「山あり谷あり」の「谷」や、

失敗談がなにもひとつもないエッセイなんて だれが読みたい?

 

「やってみたけど、こうでしたー!!!!」

「やってみた結果、こうなりましたー!!!!」

 

って やって はじめて エッセイに書ける内容が できるわけじゃない?

 

挫折や失敗イコール 〇マル ×バツの バツではないってこと。

 

それだけを 肚を括って 決めたらやってみればいい。

 

できなかったら

「できなかったー!!!(^▽^)」

 

って 言えばいいのよ。

自分にうんと悔しがったり 自分に怒ったり 自分に泣いたり すればいいのよ。

 

わたし ほんとに たくさんたくさんしたよ(・v・)

 

でも それでも 

 

自分を生きていればね

 

少なくとも なんにもしないで 「いいなあ。」「いいなあ。」って ブログを見ても 本を読んでも 

ただ人のことを羨んだままで死ぬか

 

「ほんとうはわたしは違う意見だったのに、だれが言ったから従ったらこうなった。」

「ほんとうはわたしはやりたくなかったのに、だれにこうやさられたから、こうなった。」

って

自分の取捨選択を 人のせいにするよりは

 

少なくとも マシな人生になるから。

 

自分がだれか人を見て

「いいなあ。」

と思ったらそれはチャンスだからね。

 

それが「本当は」押さえつけてた自分自身のやりたいことだって、ことなんだから。

そのことに、気が付けた、って、ことなんだから。

 

「うらやましければやってみろ。」

 

自分に言って、道をあけてください。

 

待っていても何も起きない。

 

私が私に、よく言っていることばです。

 

 

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テーマ:

みなさまこんにちは☆彡

お元気でいらっしゃいますか。
ところでところで、すっかりと宣伝をしておりませんでしたが、
わたくし昨年の2月末からファンクラブがあります。
https://daccofc.theshop.jp/items/5552405

「あります」と言っても、わたしの音楽活動は、
芸能事務所等に所属のない個人活動なので、すでにオンラインサロンを運営している方々によくきいて、
自分でつくりました☆彡

良い時代ですね!
自分でできるんだから。

たとえば
「自分のイベントやコンサートに出てほしいから、
芸能人や歌手の誰さんを紹介してほしい」
という時 10年くらい前までだったら、
サブマネージャーさんに言って
マネージャーさんに言って
課長さんに言って部長さんに言って社長さんに言う、
というような 根回しとか 顔色伺いとか
大人の義理のお付き合い みたいなものが たくさんたくさん必要だった時代があったけど

今はもう
「この人好き!つながりたい!」
と思ったら、
「好き!」で
個人と個人がダイレクトにつながれるんだから。

大きな財力やコネクションがなくても
自分が好きで尊敬しているような方々と、SNSやTwitterなどからすぐにつながることができるし
一緒にライブやコンサートとかを生みだすことができるし、
仕事になるし遊びになるし

そしてこれは、障害のあるかたにとってみても
すごい武器だよね。
障害の重い人の一番の武器かもしれない。

でも、だからこそ、
「障害のある人同士だけが仲間だよね」
という時代は終わり。
そういった障害や病気の当事者だけの会が必要な場合ももちろんあるけど、

障害の種別も有無も年齢も社会的な立場も越えて
「この人のことがすき!」
とか
「歌が好き!」
とか
「アートが好き!」
とか
「わたし〇〇に行ってみたい!」
たとえば、東京ディズニーランドに行ってみたい!とかね
「北海道や沖縄に旅行に行ってみたい!」とかね
いろんな 「好き」「やりたい」を基点にして
どんどん人がつながればいい 私自身が「つなげる場、そのもの」になりたいと思ったんだ。

それで、最初は、「会員3人でも5人でもいいよね(・v・)」と言っていて、今18人になりました。

実は秩父のライブの、障害をもつ友達の送迎も、ここの中の仲間がぜんぶやってくれました。
「ネット上だけの友達ね」ではなく
私自身にとっても、社会に共に楽しいアクションを生む仲間というか、
実行部隊です。

中には、

発達障害や精神障害など、外見的には見えない障害に悩んでいる、
「今、とても外出困難で、介助のことで困っている」
「家族や介護者から虐待を受けているので聞いてほしい」
など、真剣な相談もあるので、
特に介助に関する個人相談など、中に書かれたことの秘密厳守のために、
月1000円 1年更新の有料制オンラインサロンにしました。

「えー高いからやだー」という方は入らないでください。
正直、「もっと安けりゃ入ってあげてもいいけど?」と言う人にはきてほしくないです。

入りたいけど、低所得で生活がどうしても厳しくて入れない、という方も、
月1000円でも500円でも、だっこファンクラブに入るではなく、
ご自身だけの生活の楽しみに使ってください。

生活にはもう十分にできてゆとりがあって
だっこさんや、
「だっこさんのファンの方々のこと」が大好きだから
自分も参加したいな、と、気持ちよく入れる状況のかたは
ご入会いただけたらうれしいです。

わたしの音楽活動は、エッセイの読者の方々や、ファンの方々<個人の力>にすべて支えられているものです。
だっこさんの家計を支えたいかたもご入会ください(^▽^)

会員さんが100人になったら生活保護を抜けて暮らします。
1000人になったら 1000人のホールでここの仲間の参加型で
ライブをします。
1万人になったら・・・ ・・・(・v・)どうしよう?
フェスをやります。

「たった一人の個人の女性がやりたいことをやっていくこと」で なにがどれだけできるのか

わたしができればだれでもできる。

なので、これは自分を使った実験です。

よしのった!というかたも
「自分が生きて動くための仲間を全国に増やしたい」
と強く願っているかたも
仲間づくりの場のひとつとして、この場所を自由に使っていただけたらうれしいです。

朝霧裕に出会ってくれて、応援くださる(わたしと両想いの)すべての方に、心からの感謝をこめて。

朝霧 裕

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