アンカレッジ上空

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ニューヨークに来て二週間近く経ちます。
blogはできないのかと思っていましたら
Wi-Fiもアパートだけでは繋がりました。
安心のANAで、ニューヨークのJFK空港
までの直行便。

途中アンカレッジの上空辺りで夜明けの景色が素敵でした。





翼の先のランプが星のようで素敵


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ニューヨーク、オハイオへ

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明日から五週間程、子供のいるアメリカに行ってきます。

ニューヨークでは、イングリッシュセッターのさんちゃん、12歳とお留守番することが多いのですが、
老人同士仲良く楽しい時間を過ごしたいと思います。

江ノ島のアパートに置いてあります不動明王には、
お願いしてあります。

「親王幡弐不動」
高野山の親王院から、ここ幡ヶ谷弐丁目に来てくださったから、私がつけました。

鎌倉、室町時代の作と、親王院の前のご住職がおっしゃいました。

美少年のお不動さまです。



「お不動さまを慕って沢山の方がお参り下さっています。
その方たちの、きょう一日の安全と清々しく心穏やかに過ごすことが出来ます様に。
有難うございます。感謝しております。」
いつもはこの様にご挨拶しておりますが、今回は
「暫くの間留守をしますがその間も
皆様のこと、宜しくお願い致します。
私も無事にまた此処に戻ってこられますように。」とお願いを増やしてあります。

幡ヶ谷では、毎日お参りしてくださっている方がいましたので、「6時30分頃には私がお経をあげますので、その時間に合わせて
遠隔でお参り下され

ばきっと聞き届けてくださいますから。」とお話ししてありました。
       

高野山大学の選択で仏画の授業を取りました。
一学期の間中かかって書き上げた「お大師様」です。

こちらは仏像作りの初歩、私が作った
「六地蔵です。」

皆様も季節の良いこの時期を楽しくお過ごしください。

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論語素読会

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昨日の日曜日でまだ三回目でしたが色々教えて頂いて愉しいです。

今回の講師は粟屋先生。

講師の方は各々個性があり毎回楽しみです。

有名な、「四十にして惑わず」が出てきました。

「十有五にして学に志す」

「三十にして立つ」

「四十にして惑わず」

「五十にして天命を知る」

「六十にして耳に順う(したがう)」

「七十にして心の欲する所に従えども、矩(のり)をこえず」
 こえずの漢字はスマホで出せませんでした。

指名されて感想を求められた女性は
とても、60、70にしてこの様な心境に立つことはできません。と話され、確かにそうだな、と感じました。

この女性のご本は長年使われているような趣がありました。

6年かかって一巡されたようです。
今で、何巡目になるのでしょうか。

頭を使っている人は若いなと感じます。
次々に色々な話になって白熱して、聞いているだけですが、賢い学校に入ったような。
みなさん、学生時代から勉強家だったんでしょうね。

私は当時ではとても彼らと同じ偏差値の学校に入れなかったでしょうが、まぁ、その分他の経験もしてきているし、自然ともいっぱい触れあった子供時代を過ごしているので、大人になってから伸び代があると勝手に思っています。

こののびしろは、これからも益々使っていきますヨ。

他の博識の方からは、
宮崎市定(みやざきいちただ)の論語によれば、
天命を知る、というのを

自分の限界を知ったんだ、と解釈するのもありだそうです。

今の時代にあわせて、二十歳三十歳プラスしてもいいでしょう。
とお聞きして成る程と思いました。

自分なりに解釈していけば良いでしょうと先生は話されます。

他には、くらい、という、網の、いとへんがない字が出てきました。

「学びて思わざればすなわちくらし」
「思いて学ばざれば即ち殆し(あやうし)」

この、くらい、という網の、糸へんか無い字についても様々な方から意見が出ました。

「ま、スマホで調べる人が多いけれども
一冊、アマゾンでも今は、安くなって出ていますから辞書を買われたらいかがですか、『新字源』等。」と話されました。

その時私は空海の

「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終わりに冥し(くらし)」を思い浮かべました。

くらい、という字が二つあります。

何度輪廻転生しても人は解脱することが出来ずに生死を繰り返す。

色々な解釈がありますが空海に直接会って教えを請いたいですね。

生まれて来る時には、自分から今度はこうして生きていきますという明確なビジョンがあり、また臨終に際しては、何でこんな生き方をしてしまったのか、生きているときに絶望する必要等なかったのに、と思ったことを知る事になる、という人もいます。
誰も死んだ人から教えてもらうことは出来ませんから、生きていくのは自分なりに解釈していかなければなりません。

論語が終わってから鎌倉で40年来の友人と会って食事しました。
一旦別れて各々の用事を済ませ、今度は江ノ島で会いました。

以前私が投稿したblogの夕日があまりにも綺麗だったものですから見たかったと言っていて西浜で夕日を見ている所に合流。

昨夜の夕日も富士山こそ見られませんでしたが美しい景色でした。

彼女も「私は一日一日を大切に生きる、それだけだよ。」と悟っていました。



   生老病死。

病に苦しむ人もいてその苦しみは本人にしか分かりません。

私も大分老いてきました。

一日一日を大切に。

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