衆院外務委員会の19日の参考人質疑(日米密約など)で、自民党の河野太郎議員が質問に立った。

 --森田参考人にうかがう。大平総理は急逝されたから、総理としての引き継ぎはなかったと思いますが、大平外務大臣は核の持ち込みの密約について、後任の外務大臣にはどう引き継がれたのか

 森田一元運輸相「私もつまびらかにはしませんが、まず大平外務大臣がライシャワー大使から話を聞いたときに、なかなか簡単にいかない。自分として最大の知恵を絞ってやろう、というつもりでしたので、事務的な引き継ぎにはなかなか向かないと考えて、具体的な口頭、文書による引き継ぎは、なかったと思っております」

 --国民に対して政府が真実を言わない。良かった、悪かったという評価はあるとして、少なくとも真実を国民に言わないのは、政治決断であったはずです。本来、この件は外務大臣が次の外務大臣に、総理大臣が次の総理大臣に、政治家が政治家に引き継ぐべきものであったと思う。文書では引き継がなかったにしろ、口頭なりで大平外務大臣は後任の外務大臣に引き継ぎをされているのか

 森田氏「具体的に私自身もつまびらかにいたしませんが、大平外務大臣の考え方としては、帰ってきてすぐに事務次官を呼んだ形跡がない。呼ばなかったと思いますが、総理大臣にも報告はしたのでしょうが、具体的な解決方法については自分が考え、何か案を出さなければ、なかなか事務的に解決できる種類の問題ではないと。それが傲慢というか、思い上がりという面もあったと思いますが、もっと一生懸命考えれば解決案が考え出せて、その案をもって関係者に、こうしてはどうかということで、田中内閣のときはそういうやり方だったわけですが、そういうふうに考えていたと思います」

 --外務大臣を辞めるときに、そのままこの話はもってお辞めになってしまった。つまり大平外務大臣の後任は、こういう問題があるよというのを逆に外務省から言われて、はじめてこの問題があることに気づいた。そういうことでしょうか

 森田氏「そもそも大平外務大臣もライシャワー大使に言われるまで、事務当局からこういう問題があるよという説明は受けていなかったと思っております。大平はライシャワー大使から話を聞いて、これは米国側が言うのももっともだ、と。日本の安全保障政策からいって、いちいち事前協議の対象とするのは適当でないと思ったと思います。しかし、日本側として、何とかしなければいかんということも同時に思っており、私が思うのは、大平外務大臣としては自分が全力で考えれば、何らかの方法が見いだせるに違いない。自分しかなかなか簡単にいかない、見いだせない種類の問題ではないかと認識しておったと思います」

 --斉藤参考人におうかがいたい。条約局長、事務次官として何人かの外務大臣のもとで勤務された。そのときに外務大臣から後任の外務大臣に引き継がれていたのか

 斉藤邦彦元外務事務次官「引き継いでいたのか、いなかったのか、私は存じません」

 --東郷参考人いかがですか

 東郷和彦元外務省条約局長「確実に申し上げられるのは、条約局長をしておりました間、外務大臣、総理大臣がこの問題について、どういう認識を持っておられたか、私がお仕えしたのは高村外務大臣ですが、ご存じでおられたと思っておりました。ただ、どなたが、いつ大臣にご説明したかについては、はっきりした知識は持っておりませんでした。しかし、外務省の幹部から説明がされていたと思っておりました」

 --外務大臣が政治判断で真実を隠しているわけですから、役所が事務的に引き継ぐべき問題ではなく、政治家として次の政治家に本来言うべきものだ。大臣が代わるときには引き継ぎ書に署名をするが、斉藤参考人は事務次官として、引き継ぎ書の内容は把握されていたと思う。引き継ぎ書の中にはこの件は含まれていなかったのでしょうか

 斉藤氏「私は大臣同士の引き継ぎ書を見たことがございません。したがってその内容について把握しておりませんでした」

 --外務大臣の引き継ぎ書は、事務方が作成しているようですが、事務次官はその引き継ぎ書の内容を確認されないのか

 斉藤氏「どういう問題を大臣にご説明するかについては、もちろん事務次官のところで検討しますけれども、できあがった引き継ぎ書自体、私の決済を経ることはございませんでした」

 --大臣の引き継ぎ書を最終的に決済するのは大臣だけなのでしょうか。事務方が決済することはなかったのでしょうか

 斉藤氏「私の知る限りでは、事務方の決済というのはなかったと思います」

 --先ほど東郷参考人から、二重丸を付けたもののうち8つ公開がされていないという話がございました。そのうちの2つが高橋・マウワーの会談記録。もう1つが松永条約局長の日誌風のメモということですが、あとの6がなんであったかご説明を賜りたいと思います

 東郷氏「いま手元にその文書を持っておりませんので、記憶で申し上げますが、松永条約局長の後、栗山条約局長、それから小和田条約局長、丹波条約局長、この残り3人の方々が条約局長になる前、どの立場におられたか記憶してませんが、ラロック発言と、それからライシャワー発言について、それぞれ意見書を書いて省内の議論に提出しておられました。栗山元条約局長のメモというのは、今回の有識者委員会で発表されておりますが、それ以外の小和田元条約局長、丹波元条約局長がそれぞれの機会、ラロックであったか、ライシャワーであったか、ちょっと今記憶しておりませんが、書いたメモも非常に印象に残るものでありました。いかにこの問題を乗り越えるべきかということについて、あらゆる知恵を絞って賢察をしようとしたメモで、今回発表されていないのは非常に残念でございます。主なものはそういうものだったと思います」

 --あと4つあると思いますが、ご記憶にありすか

 東郷氏「ちょっと申し訳ないんですが、今すぐ出てきません」

 --小和田メモ、丹波メモはどうせよと。この問題にどう対応せよと述べておられたのでしょうか

 東郷氏「記憶では、諸先輩のメモの大筋は非核二・五原則という方向でこの問題を収斂し、それをきちっと国民に説明すべきであると。大筋そういう方向だったと思います。しかし、それぞれのメモにおいてのニュアンスの問題があり、これはメモをもう一度読んでみたいと切に思っていた次第です」

 --その5つの箱を谷内局長、ならびに藤崎局長に引き継いだわけですが、そのときに外務省は文書管理規定に基づいて文書番号が付けられると思う。文書番号がきちんと付けられていたのでしょうか。また文書番号はどこかに記録されているのでしょうか

 東郷氏「まず、引き継ぎの形につきましては、後任の条約局長でした谷内局長には、その5つの箱と、それから7ページの文書を引き継いだと記憶しております。その第1の箱の中の一番上に乗せて引き継いだと。藤崎局長には、その7ページの文書だけを封筒に入れてしかるべき形で送付したと。したがって、文書そのものは、藤崎局長には引き継いでおりません。それから番号などは一切とっておりません」

 --そのときに文書管理番号をとられなかったのは何か意図があったのでしょうか。あまり外へ出すべきものではないということだったのか。それとも、個人的な書類であるという認識だったのか

 東郷氏「個人的な書類というのには、当たらないと思います。しかし、条約局長室の中に先輩の条約局長の方々が残し、それから私も若干それに加えた。そういう条約局長室に残っていた書類で、そういうものとして後任の条約局長に引き継げば、十分この文書の内容、重みというものを判断し、きちんと対処してくれるものだろうと思っておりましたので、文書番号をとることは、全く考えませんでした」

 --先ほど有識者委員会に7ページのメモのコピーを渡した。そこで返還したと。その元になっているフロッピーは物理的にファイルを内在したまま存在しておりますか

 東郷氏「存在しております」

 --先ほどの服部委員の質問だったと思いますが、東郷参考人が91年以前、持ち込みがあり得るとおっしゃいました。先ほどの高橋・マウワーの会談記録の中で、持ち込みというのは陸上であるとおっしゃいましたが、そうすると先ほどの核持ち込みがあるということは、陸上に核が持ち込まれたことがあり得るという認識なのか。それともNCNDで船に積んだ核兵器が港に入っていることがあり得るというご認識なのか

 東郷氏「船に載った核兵器をNCNDのもとに実際問題、米国が日本の港に持ち込んでいることもあり得るという点を申しました」

 --用語が問題になっているのは、持ち込みが日本語で何を指しているのか。陸上へ上げるのが持ち込みなのか、一時寄港も持ち込みなのかということがあるが、具体的に持ち込みは定義上どういうことで、核を積んだ船が港に入るのは何と呼ぶのか。それぞれ英語で外務省と国務省が会談するときには、何と呼んでいるのか

 東郷氏「持ち込みはイントロダクションという言葉が使われていたと記憶してます。寄港、これは私の今の記憶では、ポート・エントリーであったのではないかと思います。それ以外に通過、トランジットという言葉が使われておりました」

 --トランジットは、領海をいわば無害通航するのがトランジットなのか、船に積まれた核が一時寄港して出ていくのもトランジットなのか

 東郷氏「記憶で申し上げますが、過去の国会答弁などで、トランジットというのが無害通航という形で、本当に領海の中をさっとかすめて通っていくのか、それとも領海の中に入ってしばらくの間、遊弋してそのまま出ていくのがトランジットなのか、そういう点について国会の中でいろいろ議論があったと思います。したがって、通過というものがそもそも何なのかと。先ほど斉藤参考人から三木大臣のときに通過についての定義が変わったという話がありましたけれど、まさに通過、すなわちトランジットとは何かということ自体が過去の経緯で大きな問題の1つになっていたように記憶しております」

 --斉藤参考人ならびに東郷参考人にうかがう。有識者委員会は4つの密約について調査が行われた。知る限り、これ以外に密約がありますか。もしあるとすれば、どんなことに関する密約か

 斉藤氏「この4つの密約かどうかという点は別にいたしまして、有識者委員会はいろいろと区別をして慎重に言葉を使っていると思います。これ以外に、密約あるいはそれらしいものがあるかというご質問に関しては、私はないと思っております」

 東郷氏「私もないと思っております」

 --斉藤参考人が事務次官でいらしたとき、条約局長であったとき、30年ルールで公開の時期が来ることになっていた文書があると思います。その公開の時期がきた文書の中で、実際にどれぐらいのものが、割合として何パーセントのものが公開をされたか。公開されなかったものは、誰の判断で公開しないことにしたのか

 斉藤氏「公開される割合は、数字は、なかなか難しいご質問でございますが、非常におおざっぱなことを申し上げれば、審査の対象になった文書の8割程度が公開されていたのではないかと思います。公開、非公開の最終決定権が誰にあるかということですが、記憶で申し上げますが、外務省の文書公開規則、あるいは正確な名前は違うかもしれませんが、私は官房長の決裁によることになっていたと記憶しております」

 --斉藤参考人が在職中、公開されていなかった、いまだに公開されていないもの、例えば、どんなものがあるでしょうか

 斉藤氏「例えば、日米安保条約に関する1960年代の記録、全部ということではございませんが、その一部。それから日ソ平和条約交渉、後に日露平和条約交渉。失礼いたしました。日露になってからはまだ30年たっておりません。日ソ平和条約交渉に関する文書。これらは公開になっておりませんでした」

 --その文書は今、こうした密約について調査が行われ、内容が公開されるようになった今日、当時非公開とされた文書が公開されることについて、まだ問題があるとお考えでしょうか

 斉藤氏「ケース・バイ・ケースであろうと思います。今回、こういう新しい状況のもとで、再審査をしても、やはりこれは公開できないという結論に至る文書というのは、あり得ると思います」

 --どういう理由で公開できないとことになるんでしょうか

 斉藤氏「外務省の公開、非公開の基準としましては、公開の原則の例外として、国の安全を害するもの、個人の利益を害するもの。この2つが上げられてますが、そのいずれかに該当すれば、やはり公開しないという結論になると思います。具体的に、今から私が予断するようなことは申し上げるべきではないかもしれませんけれども、日ソ平和条約交渉の記録。いまだに交渉が続いている問題ですので、これを公開するということはロシアとの間の交渉に悪影響を与えることがあり得る。そういう判断になることもあり得るかと思ってます」

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