孤独死に思う
2012-04-14 07:59:45
テーマ:ニュース
戦後高度成長期を中心とした「金の卵」地方人口の都市部への流出は核家族化を招いた。
その結果、勿論日本は高度な経済成長を遂げた一方、核家族化は大家族制の終焉と、その副産物としての出生率低下、孤立老人世帯の増加を生じた。
そう考えると、近年の孤独死問題はまさに高度成長期を支えた世代がその負債を意図せざる形で支払っているとも言えるように思う。
これに対して社会の選択肢は2つあって、資金と人材を投入して高齢世帯を支える、または、それらを絞って高齢者の緩やかな減少を待つ、実際にはこれらの両施策の間でバランスを取りつつ(あるいは取らされつつ)進めるわけだが、現状国家・社保財政はとても高齢者の救済を拡大する余裕はなく、これを若年層に負担させようにも適切な税制をまだ設けていない現状では、例えば高齢者医療費削減のような緩やかな切り捨て策のウエイトは高くなっている。
他方のアプローチとして地域コミュニティの再構築、あるいはITなどによる代替も試みられているが、こちらはまだまだ可能性の段階。例えばITでこれに対応するには、それを利用する高齢者側にもそれなりのリテラシーが要求される。ならば今の40-50代が高齢者となる20-30年後にして漸く機能する部分も多いのではないか、と思う。
また地域コミュニティについては、地域行政においてもそうだが、近年輸入された極端なプライバシー観念あるいは個人情報保護法が大きな壁になっている、と思う。相互扶助は、相互のプライバシーの部分公開を伴わざるを得ない部分がある。自分でプライバシーを公開する意思表示ができるうちはまだしも、孤立状況での急病、認知症などによる意思表示不能の状況の発生は、場合によっては孤独死に直結する。
だからといって個人の事情に行政を含めた第三者がずかずかと踏み込むわけにはいかない。ならば、最悪の状況を迎える前に本人を含めた周囲が備える体制を整備する必要があるわけで、すると少なくとも個人レベルでは会社というコミュニティから最終的に離脱する65才到達前までには、地域コミュニティへの参画(近所付き合い程度のものを含め)や行政窓口の確認など、相応の準備をすませておかなければならない。
以上、最近の孤独死報道を見聞しての雑感。
その結果、勿論日本は高度な経済成長を遂げた一方、核家族化は大家族制の終焉と、その副産物としての出生率低下、孤立老人世帯の増加を生じた。
そう考えると、近年の孤独死問題はまさに高度成長期を支えた世代がその負債を意図せざる形で支払っているとも言えるように思う。
これに対して社会の選択肢は2つあって、資金と人材を投入して高齢世帯を支える、または、それらを絞って高齢者の緩やかな減少を待つ、実際にはこれらの両施策の間でバランスを取りつつ(あるいは取らされつつ)進めるわけだが、現状国家・社保財政はとても高齢者の救済を拡大する余裕はなく、これを若年層に負担させようにも適切な税制をまだ設けていない現状では、例えば高齢者医療費削減のような緩やかな切り捨て策のウエイトは高くなっている。
他方のアプローチとして地域コミュニティの再構築、あるいはITなどによる代替も試みられているが、こちらはまだまだ可能性の段階。例えばITでこれに対応するには、それを利用する高齢者側にもそれなりのリテラシーが要求される。ならば今の40-50代が高齢者となる20-30年後にして漸く機能する部分も多いのではないか、と思う。
また地域コミュニティについては、地域行政においてもそうだが、近年輸入された極端なプライバシー観念あるいは個人情報保護法が大きな壁になっている、と思う。相互扶助は、相互のプライバシーの部分公開を伴わざるを得ない部分がある。自分でプライバシーを公開する意思表示ができるうちはまだしも、孤立状況での急病、認知症などによる意思表示不能の状況の発生は、場合によっては孤独死に直結する。
だからといって個人の事情に行政を含めた第三者がずかずかと踏み込むわけにはいかない。ならば、最悪の状況を迎える前に本人を含めた周囲が備える体制を整備する必要があるわけで、すると少なくとも個人レベルでは会社というコミュニティから最終的に離脱する65才到達前までには、地域コミュニティへの参画(近所付き合い程度のものを含め)や行政窓口の確認など、相応の準備をすませておかなければならない。
以上、最近の孤独死報道を見聞しての雑感。






