NEW2019/4/18、関連記事を追加しました。

Jesus Blood Never Failed Me Yet @Tate Modern

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今日はダンスではなく音楽を。

前々回、そして前回のブログで書いた通り、11/9に行ったバンジャマン・ミルピエL.A.Dance Project公演の演目の中でも、特にフォーサイス振付の「クインテット(quintett)」にいたく感動しました。
なぜこれほどまでに気に入ったかというと、そのダンスの演目曲として使われたギャビン・ブライヤーズ(Gavin Bryars)の曲にやられてしまった部分がかなり大きいわけです。
公演パンフの中では「クインテット」について、「ギャビン・ブライヤーズによる『イエスの血は決して私を見捨てたことはない』のバラードが絶え間なくループする中、この歌が喚起する生の喪失や生きる希望、不安そして歓びをダンサーたちは力強く表現しています。」と書いてあります。

歌われている歌詞はものすごく短いのですが、それを延々と繰り返しているわけです。

Jesus' blood never failed me yet
Never failed me yet
Jesus' blood never failed me yet
This one thing I know
That He loves me so

イエスの血は決して私を見捨てたことがない。
決して見捨てたことがない。
イエスの血は決して私を見捨てたことがない。
それは私が知っている一つのこと。
彼は私を愛してくださる。


ところで、この歌を歌っている人がギャビン・ブライヤーズなのではありません。

 

ウィキペディアによると、ギャビン・ブライヤーズ(Gavin Bryars)は1943年生まれのイギリスの作曲家で、コントラバスの演奏家。いわゆる現代音楽の作曲家なのですが、ときにミニマル・ミュージック、あるいは宗教的な音楽としてのホーリー・ミニマリズムに分類されたり、お店によってはアンビエント系に入れられたりもします。
もともとはジャズ・ベーシストとして活動していましたが、次第に作曲に移行。1969年に書いた作品『タイタニック号の沈没』(The Sinking of the Titanic)により、ギャビンの名は世に知れ渡ります。ちなみにこの曲はこのあとも構成や演奏者の形態を変えて何度か録り直されています。

そして彼の初期の作品としてもう一つ知られているのが、今回の『イエスの血は決して私を見捨てたことはない』(Jesus' Blood Never Failed Me Yet、1971年)。
この曲の成り立ちは変わっていて、彼が音楽を担当した映画の撮影フィルムに、たまたまウォータールー駅周辺の撮影現場に居合わせたホームレスの老人が、この宗教歌を口ずさんでいるのを収録。結果的にその部分の映像はボツになったのですが、これを気に入ったブライヤーズが、録音状態が悪いながらもそのまま歌を音源として使用。テープ・ループという手法で繰り返し、その上にいくつかの楽器によるオーケストラ演奏を重ね、当初25分ほどの曲として仕上げたわけです。それがこんな感じかと。(当時はレコードですので、その音源だと聞き取りにくく、CD版の前半部分のみを紹介)

★jesus blood never failed me yet


そしてその後CDが台頭すると、1993年に再びこの曲を録音し、70分を越える作品としてCDリリース。このバージョンはただ単に時間が長くなっただけでなく、曲の後半にトム・ウェイツ(Tom Waits)のだみ声ボーカルをかぶせています。それがこちら。ただし全部ではなく、ちょうど元の歌に次第にトムの歌が重なっていく部分です。

★Tramp & Tom Waits / Jesus' Blood Never Failed Me Yet by Gavin Bryars
  http://youtu.be/QMZVZ5NBkpw

もう、ほとんどトム・ウェイツの曲と錯覚してしまいます。(トムをご存知の方ならおわかりのように、いかにもトムのアルバムに入ってそうな曲じゃないですか。)

ちなみに、この曲のきっかけとなった歌声が残っているホームレスの老人ですが、最初にこの曲が完成する前に亡くなったそうです。
ブライアーズいわく、「この老人は私が彼の歌声からこれを作ったことをきくことができずに死んでしまったにせよ、この作品は彼の精神と楽天主義のある控え目な遺言を残している。(中略)そしてこの作品を通して私は新しい生をそれに与えることを試みた」(米田栄訳)。

これを読んで私は再びダンス「クインテット」を思い出しました。
舞台上のダンサーはまるで、男女の出会いと別れを繰り返し繰り返し演じているように見えました。そう、まるでループです。
音楽という作品になったことで、この老人の歌声に永遠の生が与えられました。そして今度はダンスという視覚的な表現を加えられることにより、その瞬間、舞台の上でまざまざと蘇ったのです。観客は、姿は見えずとも、その老人がストリートでズボンに手を突っ込みながら、誰に聞かれるともなく、つぶやくように歌うその歌声を聴いていたのかもしれません。目の前の、生き生きと踊るダンサーたちとは対照的に。

そういうことに思いを巡らせながら、もう一度今回の演目「クインテット」を見ると、また違ったものに思え、少し涙が出てきます。

 

 

NEW2019/03/12 追記 *******************************

 

なんと、オーケストラによるライブ映像を見つけたので追加します。

最初にこの老人のつぶやくような歌声がしばらく流れるんですが、何か知らんけど泣けてきます。彼は結局、自分のこの歌声がこうやって、録音されて、音楽作品として制作されて、こうやって人前で演奏されてるなんて、何も知らないうちに死んでしまったのですから。

 

★Gavin Bryars (born 1943) - Jesus' Blood Never Failed Me Yet

 

映像なしフルバージョンはこちら。

 

★Gavin Bryars - Jesus Blood never failed me yet (full, audio only, no visual)

https://youtu.be/E1lnSi7QWY8

 

 

して最近、ギャビン・ブライヤーズは、ロンドンでライブを行ったようです。

 

https://www.cafeoto.co.uk/events/gavin-bryars-two-day-residency/

Gavin Bryars – Two-Day Residency

Delighted to welcome back Gavin Bryars for a special two-day residency covering pieces from his jazz background on day one and some from his more experimental back catalogue on day two.

 

WEDNESDAY 27 FEBRUARY

It Never Rains
Dancing with Pannonica
Added Time
The South Downs
The Flower of Friendship
- Interval -
Catalogue (1965)
The Squirrel and the Ricketty Racketty Bridge (1971)
Jesus' Blood Never Failed Me Yet (12' version)
Epilogue from Wonderlawn

 

THURSDAY 28 FEBRUARY

Sub Rosa 6'
(Waits arr. Bryars) The Briar and the Rose 6'
After the Requiem
Ramble on Cortona
By The Vaar
- Interval -
Jesus' Blood Never Failed Me Yet (Full ensemble 25')
Epilogue from Wonderlawn

 

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手裏剣



余談ですが、日本映画『Eli Eli Lema Sabachthani / エリ・エリ・レマ・サバクタニ 』(2005年、監督:青山真治)でも、劇中でこの曲が使われているようです。その場面を収録した動画を見つけましたので、興味のある方はこちらの24:15のところからご覧ください。

★Eli Eli Lema Sabachthani / エリ・エリ・レマ・サバクタニ (2005) PART 1
  http://youtu.be/K87cRXGIxsc

ギャビン・ブライヤーズのホームページでは、このJesus' blood never failed me yetの曲
の成り立ちを本人が詳しく書いているので、興味のある方はこちらをどうぞ。
Note : Jesus Blood Never Failed Me Yet というのをクリックするとそのすぐ下に文面が出てきます。

■Gavin Bryars homepage
    http://www.gavinbryars.com/work?page=4

この曲を調べるのに参考にさせてもらったのは、Wikipediaの他、こちらのサイトです。他にも「イエスの血は決して私を見捨てたことはない」というワードで検索するだけでもいろんな方がこの曲について熱い思いを語っておられます。

■今日の一曲 : Gavin Bryars “Jesus’ Blood Never Failed Me Yet”
  http://nwpt.jp/newsound/6025

■プログレを語ろう:Gavin Bryars / Jesus' Blood never Failed Me Yet
  http://masque-musik.tea-nifty.com/progre/2008/03/gavin_bryars_je.html

■criss cross 「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」review
  http://c-cross.cside2.com/html/a10e0009.htm

ギャビン・ブライヤーズは他にもオペラ、弦楽四重奏曲、数曲の交響曲を含む多くの作品を作曲しており、マース・カニングハムのために書き下ろした"Biped"など、振付家のための作品もあるそうです。
いくつかYouTube動画のリンクを貼り付けますね。

★Gavin Bryars - Cello Concerto - Julian Lloyd Webber
  http://youtu.be/RuvuUChHoK4

★Gavin Bryars - The South Downs (1995) - For Piano and Cello
  http://youtu.be/9VTSirSBK_g
★Merce Cunningham Dance Company at BAM: BIPED
  http://youtu.be/YHeoYdDMbLI


ちなみに、彼のCDは発売中止とかがけっこう多いのですが、いくつかのアルバムはこちらのサイトで手に入るものもあるようです。

■disk union JAZZ館
  http://diskunion.net/jazz/ct/list/0/716526


そして最後に、この曲に歌をかぶせたTom Waitsで締めくくりたいかなと。
トムの曲はものすごいたくさんありますが、私は初期のこの曲が好きです。
この曲も聞いているだけで泣けてきます。
詩の内容は

交換手、番号を頼む。もう何年もたってるんだ
あいつは俺の声を覚えてるかな。
もしもし、マーサか? 俺だよ、トム・フロストだ。


で始まる、男が40年以上も前に別れた昔の女に電話をかけるという内容です。お互いに結婚してもういい年になっており、ヨリを戻したいわけではなさそうです。ただ懐かしくてかけただけなのか、あるいはもっと、お互い別々の相手と結ばれたけど、本当に愛しているのは君なんだよと言いたかったのか。
おそらくは人生の終りに近づいてきて、ここで相手に思いを伝えておかなくては後悔すると、ふと思っての長距離電話だったのかもしれません。

★Tom Waits - Martha (album version)


歌詞:TOM WAITS LYRICS "Martha"
http://www.azlyrics.com/lyrics/tomwaits/martha.html


この曲聞くと、やっぱ泣けてくるわ。