「声と言葉で世界を拓く」〜自分の響きを存分に奏でて生きたい人を応援するコーチ、中村公子の公式ブログ

声と言葉で自分を開く、世界を拓く〜自分の持って生まれた響きで世界と関わりたい人のためのコーチ、中村公子の日々の手帳


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~~~ワークショップのご案内~~~

 

「人とスムーズに会話するには?」

「上手に人と付き合うには?」

 

よく聞かれる質問です。

ハウツー的な回答はきっといろいろあるのでしょうが、

いわゆる「円滑なコミュニケーション」の根っこには「身体のセンス」の有り無し、が

しっかりと横たわっています。

 

「sense(感覚)」=ある物事への感度のよさ。

 

目には見えないけれど、人と人、集団の間に流れている「何か」。

それを含めたコミュニケーション空間をわたしたちは「場」と呼び

「場を読む」「場の空氣」などと表してきました。

 

大切なのは、それは決して頭で捉えられるものではない、ということです。

それらは「身体のセンサー」の役割です。

 

 

情報過多。

ともすれば飲み込まれがちな、変化の大きく速いこの時代。

今、私たちが大切にすべきは、どうもそのあたりにあるように思えてなりません。

 

思考のみではなく「身体の感覚」を磨く。揺り起こす。

頭だけではなく、身体全身で世界とかかわる。

そこにこそ、リラックスした、そして何より人間らしい、自分らしいあり方、

生き方の種もあることでしょう。

 

 

●「春を言祝ぐ聲のワークショップinきよらの杜」  4月23日 鹿児島・いちき串木野市

 詳しくはこちらへ

●「身体が目覚める、五感が目覚める~自分とつながるワークショップinみたか井心亭」

 詳しくはこちらへ                             5月13日 東京・三鷹市

 

 

 

 

 

桜の季節。

毎年楽しみにしている鹿児島市の歴史資料館「黎明館」~旧鶴丸城、

の桜の古木たち。

石垣の外から見ただけなのですが

あきらかに本数が減っている。

 

「御楼門」の復元にともなって

切られたのだろう、と想像するわけです。

 

 

 

石垣に向かって左側。

県立図書館と黎明館をつなぐ階段の横に

古い石の階段があったのですが

昨日見てみると、取り外され、薄グレーのセメントの跡も鮮やかに

塗りつぶされ、平面になっていました。

そして正面。

 

 

すっきりさっぱり、しらじらとした石の色がやけに目立つ。

ここは

西南戦争の弾の痕跡に時間とともに折り重なった苔の陰影が美しく。

「重ねてきた年月」の息遣いに

当時をしのびつつ

しみじみとした心持で立つ場所だったんですが。

 

 

ふと浮かんできた言葉は

 

 

 

「ああ、

死んだな」

 

 

 

ちゃんと「生きていた」「呼吸をしていた」生きた城跡が

「テーマパーク」になり下がったかのような

そんな感覚を瞬間、感じました。

よくできたテーマパーク。

 

USJのハリーポッターの街は

それはそれはよくできているらしいけれど(行ってみたいですが)

でも、「生きた街」ではない。

書き割りの、「張りぼて」の街。

そしてきっと、一回行けばもう「行きたい」とは思わない。

映画村も同じ。

 

 

なんだかそんな感じでしょうか。

 

 

 

 

史跡は

単なる「昔のものが古くなってそこに残っているもの」

ではなくて、生きています。生きて呼吸をしています。

 

一日一日を経ながら

風を受け、雨を受け、その時その時を生きる人たちの足跡をその身に刻み

喜びや思いを見に刻み

そして、時代の風を受けながら

瞬間瞬間を生きて、今の姿になっています。

 

 

決して、それが出来た瞬間で「時が止まっている」わけではない、ということです。

これまでの時間、プロセス、すべてをひっくるめて

「史跡」となっているのだ、と言えばよい、でしょうか。

 

 

 

 

少し前に

「色彩復元師」という仕事をしている方の番組を見ました。

 

数百年前の寺社仏閣の壁画や絵画の色、形を復元するために

毎日野に出て草花を写生し、「身体に草花を刻み込む」。

(というような言い方をなさっていました)

そして

「線や形ではない、当時の人の『心』が描けなければ意味がない」

 

と。

一本の線に「心」を見ようとする。

 

 

それを今に「再現する」こと=当時の人たちの「思い」を今に伝え、再現することの

意味を一心に受け、

そうして

朽ちた文化財から地を這うように「痕跡」を見つける

祈りのような仕事の様子が描かれていました。

 

 

 

 

 

「時間の重み」に手を入れ、手を加える

ということは、それだけの重さと責任、そして繊細過ぎるくらいに繊細な「センス」が伴う、

ということなのです。

 

 

来年は維新150年。

「御楼門」。

どのように復元されるのか。

ある意味

鹿児島の「文化的なセンス」が、外に向かって明確になる

(試される)といってもいいでしょう。

 

 

 

 image

 

 

 

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東北の震災時、原発事故に関するお話。

 


震災から3日以内に首都圏を避難してきた人たちと、
それ以降に避難してきた人たちの雰囲気が違った、らしい。

 

3日目までに避難してきた人たちは
お互いを気遣い、周囲に目配り気配りをし、とても穏やかに過ごしていた。


けれど、
それ以降に避難してきた人たちは、
我儘や、「自分たちがよければ」という
和を乱す雰囲気が目立った、と。

 

 

 

3日目までと、それ以降の人たちの違いは何か、というのが面白いのです。


3日以内に避難した人たちは、情報のない中で
「直観的に」
避難してきた人たち。
「なんとなく避難しておいたほうがいいんじゃないか」
という自分の「身体の声」「内から湧き上がる感覚」に従った人たち、
ということです。

 

それに対して、4日目以降の避難者は

メディアの情報を聞いてから「合理的判断で」避難してきた人たち。
(内田樹 「身体で考える」より)

 

 

 

 

 

これを読んで、面白い!と思いました。
身体のセンサーが発達している人たちと
そうではない人たち(頭で判断する人たち)
ともいえます。

 

そして、両者の醸し出す雰囲気、コミュニケーション能力、
(つまり、生きる力、といってもいいのかもしれませんが)
それらも全く違っていた。

 

わたし自身
毎日大量、高速に発信される情報のうずの中で
何が本当かもわからないなと思うことが多く。

 

 

頭で判断する
知識で判断する
常識で判断する

 

 

といった
従来のやり方、のみではない何か。
(もちろん、これができる、ということは大前提なわけですが)
いわば「感じる」力。

 

 

その大切さを実感していますし
スキルのみではコミュニケーション力、チーム力は上がらないことを
多くの現場で実感します。

目に見えないけれど確かに存在する「場」へのセンサーが必要なのです。

 

 

 

 

 

頭は日々使いすぎるくらいに使っているわたしたち。
たまには「身体センサー」に意識を向けて
それを「発揮して」「磨く」
場所を作ってみよう、
というのが今回のワークショップの出発点です。

 

 

 

●鹿児島 4月23日(日)「春を言祝ぐ聲のワークショップinなかぐみ・きよらの杜」

 

●東京 5月13日(土)「身体が目覚める。五感が目覚める~自分とつながるワークショップ

      inみたか井心亭」

 

 

鹿児島会場 築120年の古民家

 

東京会場 数寄屋造りの一軒家

 

どちらも五感を磨くに最高の場所です。

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姪っ子が
もうすぐ宮城へと旅立つと聞き、プレゼントを買いにやってきました。
 
6年間務めた仕事を辞めて、世界一周だなんだと自由に飛び回っていましたが
その間にしっかりといろんな人とつながり
自分の次に進むべき道をさっさと決めてしまいました。
(何でもボランティアの団体に勤めることにしたとのこと)
 
 
image

 

 

さて

その宮城なんですが、母親(わたしの姉)と二人で

車で乗りこむとのことで、ちょっとびっくりしています。

(念のため、ここは鹿児島)

 

「交代で運転しながら行くよ~。初日は岡山、二日目は長野泊り。三日目宮城だよ~」

(by 姉)

…なんだか、ちょっと楽しそう。

 

 

 

何でも、姪っ子が車を持って行きたい、とのことで

二人で運転しながら行くことになったのだそう。

 

遠くまでまあ大変~、

と、ちら、と思いましたが、でも思えば姪は高校から寮生活。

もしかして、久しぶりに「親子水入らず」の時間、

お母さん独り占めの時間になるのかな~、と思ったり。

 

いや

それよりなによりきっと、姉にとって久しぶりに娘とゆっくり過ごす

大切な旅、忘れられない旅になるに違いない。

(なので、実はちょっとついて行きたかったんですが遠慮することにしました)

 

 

 

 

 

春3月。

周りではさまざまな「旅立ち」の姿があふれています。

 

知人のお子さん。

東京の大学に進学が決まりました。

ここに至るまでのあれこれを聞かせてもらっていたので

わたしも勝手に感無量。

来週の出発に向けて、荷造り中です!と忙しそうな言葉が返ってきました。

いや~もう、ほんとうによかった。

 

 

 

 

 

「模試C判定で、絶対無理だと私立の入学金を抱いてたのに…息子、合格しました!」

とのメールは、古くからの友人。

 

 

「今回はわたしの完敗…。」

と彼女はいいました。

 

「淡々と努力し、

周りのみんなには『俺は第一志望に行く!』と余裕でいいまくり

発表の日はワタシに『12時30分まで寝とけ』(私立入金期限)と言い放ち…。

1ミリも落ちるなんて言葉にせず。

 

コミットメントすることで

どれだけ自分と向き合ったことだろうか」

 

 

メールにあったそれらの言葉からは

息子さんへの一言では言えないたくさんの思いが、ただただ伝わってきました。

 

 

 

 

 

春。

たくさんの若者たちが、次のステージへと旅立っていきます。

そして、親の心も旅立つ。

 

 

共に歩み、

自分の身体の半分のように

愛し、慈しんできたものたちが

自分の力で人生を決め、自分の力で風を切って歩みだす。

どんなに思い、どんなに手を貸しても、

変わってやることはできない子どもたちの必死の「羽ばたきへの準備」。

その場面に直面する親もまた、

否応なしに次の段階に上がらざるを得ません。

 

 

 

子どもたちと一緒に

親も次のステージへと旅立つんだなあ、と。

 

不安

心配

願い

価値観のぶつかり合い…

 

姉、そして、たくさんの「親」たちの声を聞き、思いを聞き、そう思います。

表現しきれないほどの嬉しさと、

感動と

一抹の寂しさと

そんなものが全部ごちゃまぜになった、春

子どもたちは光の中に飛び出していく。

 

 

 

なので…

世界中のお父さん、お母さんに心から言いたいのです。

お子さんの旅立ち、心より、おめでとうございます。

 

そして

あなたの旅立ち、おめでとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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来月の23日に、

以前から氣になっていた古民家で

ワークショップをすることとなり、今からとても楽しみなところなのです。

 

 

明治中頃に建てられた農家で

日露戦争の何か?(なんだったけ?)が

改築中に出てきたわ~、とのオーナーさんの言葉に

ワクワクでした。

 

今回のテーマ。

わたしの専門的には(コミュニケーション力アップ)もちろんひとつ、テーマがあるのですが

感覚的(体感的)にぱっとイメージしたのは

 

「春の宴」

 

昔人たちが季節ごとの宴を楽しんだように

自然の中で、季節を歌って踊ってたのしめたらなあ、というのが一番。

 

 

下に、チラシに使用したご案内文を貼っておきます。

 

 

~~~~~~~~


春は「張る」
こころもからだもみなぎるいのちの季節

一年の中でも一番美しいこの時期
今年はじめての「聲のワークショップ」を
「なかぐみ・きよらの杜」で開催します


きよらの杜は築120年の古民家

黒々とした太い梁
低い鴨居は古い家ならでは
座敷を抜ける風も心地よい
草木の息遣い、鳥の声、風がすぐそこにあります


「春を言祝ぐ聲のワークショップ」
テーマは
「五感を開く、自分を開く」


春、あたらしい世界への出発
出会い
何かをはじめる…
何をするにも、コミュニケーションの力
なかんずく「豊かに場に開いた身体の感覚」は大切です
自分が世界とどうかかわるか
の出発点が「自分の五感のセンサーの感度」にはあります



何より
この美しい季節
いっとき、喧騒から離れて
アスファルトとコンクリートから離れて
自然のなかで
ただ遊ぶ、楽しむ、
そんな時間が欲しい!と誰より思いまして
(主宰者が^^)



そして、楽しみなのは
きよらの杜の今和泉さんの特製、お昼ご飯
こだわりのコーヒーも楽しみです
豆は息子さんによる手焙煎だそう!
(これが楽しみでワークショップを計画した氣も)



昔から、きっとたくさんの人たちが
襖をとっぱらって、この広いお座敷で
季節ごとのハレの宴を楽しんだことでしょう
そんな先人たちのように

みんなで集って賑やかに
芽吹きを言祝ぎ
いのちを言祝ぐ
自分と、仲間と、自然と、そしてかみさまとのつながりを
言祝ぐ


そんな楽しい宴のような時間になればと思っています

時間と興味の合う方は
春の日の贅沢な一日をぜひご一緒に。


◆◆◆°˖✧☆ミ✧˖°◆◆°˖✧☆ミ✧◆◆◆


・自分らしくコミュニケーションを交わすための土台とな
他者や場と共鳴できる身体感覚を磨きます

・人間の本質であり、おのおのの中に眠っている「あそびごころ」「創造をたのしむこころ」を存分に発揮して味わいます。
生活の中で、自分の創造性を豊かに発揮する扉をひらきます。

・自分とさまざまなものとの「つながり」を(自然、ひと、時間…)確認することを通して、

自分自身の「軸」を立ち上げます



◆◆◆°˖✧☆ミ✧˖°◆◆°˖✧☆ミ✧◆◆◆

所   なかぐみきよらの杜
時間  10時~16時30分(9時45分に開場します
参加費 14800円(お昼ご飯の代金を含みます)
その他 

・動きやすい服装でいらしてください
(素足になれる状態で←女性は靴下でお越しください)
・駐車場あり


申し込みはこちらより
 

 

 

 

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鹿児島に帰ってきて

今のダンス教室にまた通い始めてから

今年でちょうど12年が過ぎたことに氣づいたのは昨日。

 

「…一回り!!」

 

と感無量。

 

 

 

そんな節目の今年。

あらためて基本からやり直しています。

やり直してみると、いかに自分の身体をしっかりと使っていなかったか、が

言葉通り、身に染みてわかる日々。

 

 

 

 

先生より、以前からよく指摘されていることなのですが

わたしの動きの特徴は

 

 

「自分で『動かそうとする』」

「『頑張って』やろうとする」

 

 

社交ダンスは

男性からのリードがないと動けない(はず)のダンスなんですが

…待ちません。

これらすべて、わたしの「生き方の癖」に直結しています。

ダンス、という制限のある動きの世界の中で、いつも自分というものを

たいそうしっかり見せつけられてしまいます。

 

 

 

 

 

先生曰く

「ダンスは、力を抜くところからはじまる」

と。

 

 

「自分で動かす」のではないのです。

「力で、作為的に何かをする」のではなく

 

「反動を使って」

「重力に任せて」

 

自然と足が前に出るに任せる。

 

 

そのためには

まずは必ず、身体の一部分の力を「抜く」ことが、初動になります。

 

 

 

「ゆるめる」がスタート。

「ゆるむ」ことからすべてがはじまる。

(これら、何においても共通することな氣がしますが)

 

 

 

「ゆるめて」

「任せて」

 

 

 

そうすると、身体のセンサーがやっとひらく。

身体の重さを感じて

床の存在を足の裏がしっかと感知する。

 

相手と握った手。

その手のわずかな接触点から伝わってくる、

相手の身体の中心に起こる「かすかな動きの波」。

その「波」を自分の身体に移して、初めて自分も動き出す。

そうして、はじめて「社交ダンス」になる。

 

 

そうやって踊るダンスは

二人でしかつくれない「場」をつくり

その波は周囲に伝わって…

見る人の身体に同じ波を伝播し

踊り手と観客は「同じ世界」を体験することができます。

 

 

 

 

 

 

さて、

先ほども書きましたが、わたしの生き方において

 

「ゆるめる」

「任せる」

 

これは2大テーマで

「それが出来ていたらもっとこれまで楽に生きてきたでしょう」

という部分なのですが。

 

でも

それでも、ずいぶんと上手になったところである氣はするのです。

そして、その「上達」に、

ダンスにおける現実の「力を抜く」「ゆるめる」「相手にゆだねる」

という身体訓練が役立っていることは

想像に難くありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「声(聲)」の語源は「越ゆ」。

 

だという説がある、と。

ある能楽師さんの本で読み、

美しいと思いました。

 

 

 

 

 

わたしは

ご参加のみなさんに声をだしてもらう、身体を動かしてもらう、という場面が

とても多い研修やワークショップをしますが

 

 

声が「越えて」いくと

(自分が自分に設定していた

「どうせこんなもの」や「もともと出ないし」「小さいし」を越えたとき)

いつも

100%、その人の「心」ももはや「越えて」います。

新しい地平に立っています。

 

 

 

 

ああ、これが自由ってことなのか。

ああ、これが自分のことば、ってことなのか。

ああ、これが「伝える」ってことなのか。

「伝わる」ってことなのか。

 

 

 

それを

言葉だけではなく

頭ではなく

概念だけでなく

 

「身体」でわかった。

細胞全部で感じた。

 

その瞬間の人というものを見るのが好きでなりません。

その人の人生をずっと助け、発動し続ける「真の力」に目覚めた瞬間を

見た氣がするのです。

 

 

 

 

 

 

氣づくと受験シーズン。

私の周りでも、受験や進路にまつわるいくつものドラマが繰り広げられていました。

 

「軸をもって」

「集中して」

「粘り強く」

「ふらふらするな」「ハラを据えろ」

などなど…

 

たとえば

言葉で子どもたちに「在り方」を示唆(説教?)

なさった方も、もしかしていらっしゃったかもしれませんが。

 

 

 

身体ができないことを、精神はできない。

身体が知らない感覚を、「在り方」において体現することは絶対にできない。

そう考えると

子どもたちの「身体感覚」を培い、鍛錬しておくことは

とても重要、と感じます。

 

 

 

 

(話は飛びますが

学校の授業に導入されたダンス。

ヒップホップのほかに社交ダンスもあれば

子どもたちの「コミュニケーション力&コミュニケーションに必要な身体感覚」

さらに大いに鍛えられるのではないか、と思うのですが。

いえいえ、もともとはそんなことをしなくても、

遊びの中で自然に鍛えられていたんですが)

 

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先日、ハンドメイドでベビーグッズを作っていらっしゃる

20代半ばの若い女性とお話することがありました。

はじめてこの方の作品を見たときに

 

 

「こんなの見たことない(かわいい!)」

 

 

と思ったのです。

ノスタルジックな柄と色味。

個性的なデザイン…まあ、ツボにはまってしまったわけです。

まったく使用予定もないのに

「買って帰ろうか」

と思ったくらいに可愛かった。

 

 

 

で、その方が切々と語るのです。

他の手作りをする人と比べてまだ自分のには個性がない!

色が…
センスが…

世界観が…

などなど、それはそれは熱く。

 

 

 

 


聞きながら思いました。

つまり今、この方の魂は、全力で

多分、人生で初めて

 


「わたしは何者なんだ!?」


と叫んでいるんだなあ、と。

若者がそれを叫び、探求する姿を見るのは

なかなかにいいものです。

 

 

 

 

 

 

自分は何者か?

ということは、なにをするにも大切な氣がします。

それがちゃんと見えていると、

何をするにも、何を表現するにも

ぶれなくて済む。

 

 

 

 

「『自分は何者か?』

という軸の上に、『場の意図』を設定してください」

 

とよく、セッションで言うことがあるのは

そういうわけなのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

数年前

NLPのトレーナーズトレーニングの席で

一人の男性は

 

「自分はファーマーだ」

 

と言いました。

彼の本質はその言葉通り

どっしりとした安定感と、安心感。

種子をまき、慈しみ丁寧に育てる、まるで農夫の粘りと穏やかさ。

(からだつきもがっしりしておられましたが)

 

 

 

 

 

 

彼の作った卒業制作のセミナーは

「大地と実り」をモチーフにしたセミナーでした。

 

 

 

時間の最後に、「実り」の象徴として

ラベルのないワインを一本づつていねいに手渡され。

 

「これまでの自分の人生をあらわす絵と、タイトルを描いて貼ってください」

 

と、色とりどりのクレヨンと一緒に

真っ白なラベルを渡されたときのワクワク感。

なんともあったかい空気の中で

自分の生きてきたプロセスを「実り」として、昇華できた時間でした。

 

あれは、あの人にしか作れない場であったろうな、と

今でも思い出します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は

何者にもなれはしない。

自分にしか。

だからこそ

 

 

 

「自分とは何者か?」

(自分の本質は何か?)

 

 

 

認め、愛おしみ

その持って生まれた響きを

全身で奏でなければなりません。

 

それこそが

「世界にあなたが響き渡る」

唯一の方法であり、

世界や、自然や、過去の自分、父母祖父母…

そこへつながるたくさんの人たち

(大きなものをつないでくれた人たち)への

最大のギフトなのだと。

そう思います。

 

 

 

何より、最も自然です。

努力が要らない。

なぜなら

自分に還る、だけなのですから。

 

 

 

 

 

あなたは

何者ですか?

 

 

その答えは、あなたが幼いころから親しんできたもの

好きなもの

味わっていたい感覚、時間

あなたのまわりに頻繁にあふれるモチーフ

そんなものにしっかりと、

現れています。

 

 

 

「思いを語って世界を変える

  ~プレゼンテーションの技術を磨くワークショップ」

 

「情報を伝達する」というレベルを超え

 「相手の心を動かし、行動を変え、変容に導く」プレゼンテーションのためのスキルを磨くワークショップです。
 

「身体」

「言葉」

「構造」

 

の3つの視点からのプレゼンの要素の体験を通して

自分の軸(プレゼンス)を磨きます。

 

◆平成29年◆  

2月12日/2月26日/3月12日/3月26日 (全日日曜日)  詳しくはこちらへ

 

 

 

 

 

 

 

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※この記事は、震災に寄せた2014年の記事の再掲です。

 

 

 

 

19年前

阪神淡路大震災の後に生まれた

人々を勇気づけるための歌が、今は福島で歌い継がれている。

という番組を朝やっていました。

 

 

もちろん、その歌は神戸でも子どもたちによってずっと歌い継がれているわけですが

 

 

今、音楽を教える先生たちの若年化が進み

震災の記憶がほとんどない先生たちが

この歌をどのように子どもたちに教えたらよいか、悩んでいる。

ということも出ていました。


 

 

 

 

 

 

 

心を込めて歌ってほしい。

 

 

いつも歌う「今月の歌」とは違うのだから。

思いが聞く人に伝わるように。

そう願う先生たち。

でも、どうやったら??

それを子どもたちに伝えられる?

震災をまったく知らないこの子たちに。

 

 

自分自身の中に

その「記憶」自体が薄い先生たちは悩むわけです。

通り一遍の、うすっぺらなものになってしなうのではないか、と。

 

 

 

 

 

 

 

悩んだ一人の若い先生は

先輩の先生の授業を見学に行きます。

震災時、もはや先生をしていた、という先輩ですね。

その先輩がまず初めにやったことは

歌わせることでも、何でもありませんでした。

「指導」ではなかった。

 

 

 

 

 

 

「先生のクラスにいた、ミズエちゃんっていう子がね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の「体験」を。

 

 

自分だけの「ストーリー」を語ることでした。

19年前、自分がその目で見、その耳で聞き、その肌で感じた、

まさに自分に起こった出来事を「物語る」。

「説明する」のではなく「物語る」。

 

その時の思いを、感情を、自分の言葉で語る。

 

それは、単なる「頭での理解」を超えて

自らの細胞に刻まれた、消えることのない、「波動」を伝える、ということなのです。

丁寧に、丁寧に、時間をかけて「語る」先生。

それをじっと聞く子どもたち。

 

 

 

 

 

 

 

  

見学の後、若い先生は実家に帰ります。

 

 

 

 

そして自分の震災時の唯一の記憶であった

「父と共に見た、赤く燃える夜空」と「それをみた父親の反応」という記憶を

父親に話を聞くことで補い、膨らませ、当時の父親の思いとともに自分の中に満たし

それを子どもたちの前で話します。

 

 

「いつも、冷静なお父さんの声が震えとったんよ…」

 

 

と。

 

 

彼だけの体験。彼の心の底から感じた「19年前の、あの日の思い」を

言葉にするのです。

 

 

 

 

 

 

 


さて

今、リーダーのためのプレゼンスセミナーの準備をしていますが

この世に「プレゼンス」の良しあしと無縁の人は存在しないと思うのです。

リーダーとは、人に影響を与え、人を導く立場にあるすべての人のことですから。

 

 

企業のリーダーだけでなく

 

子どもにとって、お母さんはリーダー。

先生ももちろん、リーダー。

 

 

 

 

 

 

人を動かすということは

 

 

「いい話ですね」「もっともな話ですね」を超えたものを、その場で作り出す、ということです。

人は、あなたの話が「正しい」から動くのではありません。

人は、あなたの話が「うまい」から動くのではありません。

理解を

納得を

それらを超えた「心の動く何か」。

それがあったときに、人ははじめて動きます。

大きく言えば「人生を変えよう」とします。

 

 

 

 

 

言葉

表情

他の誰のマネでもない、掛け値のない自分のそれらすべてでもって

自分だけのストーリーを語りましょう。

あなたの前の多くの人たちが待っているのは

あなたの「物語」なのですから。

 

 

 

 

 

「思いを語って世界を変える

 ~プレゼンテーションの技術を磨くワークショップ」

 

「情報を伝達する」という世界を超え

 「相手の心を動かし、行動を変え、変容に導く」プレゼンテーションのためのスキルを磨くワークショップです。
 

人がみな持つ「恒常性維持機能(変わらないでおこう、という機能)」を軽やかに超えて、深く聴き手の無意識レベルにまで届き、あなたの大切な人たちを変化へと導く可能性を高めるためのプレゼンテーションの力を

「身体」

「言葉」

「コンテンツの構造」

の3つの視点から磨きます。

 

◆平成29年◆  

2月12日/2月26日/3月12日/3月26日 (全日日曜日)  詳しくはこちらへ

 

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今朝

「耳が切れそう…」

 

と思いながら、バスを待つ傍

横の広告塔を見ていたら

とある合唱イベントのポスターの演目に

 

 

「怪獣のバラード」

 

 

とあって、

 

ああ、懐かしいな!と。

教員だった頃、この曲を合唱コンクールで歌ったことがあったのです。

 

 

この曲を歌う、と決まった時に生徒たちは猛反発したものでした。    

                                           

                       

「これは小学生が歌う歌だ!」

 

 

当時彼らは中一。

あんまり変わらない氣もしますけど…

他のクラスが流行りの歌や大人っぽい歌を選ぶ中、どうして自分たちは

小学校のとき歌った歌を!

と思ったんでしょう。

 

 

でも、わたしはこの曲が一目で氣に入ってしまいました。

 

 

「なんて…なんて深い歌なんだ!」

 

 

あのアンパンマンマーチと同じくらい深いじゃないか!

と。

ちなみにこの歌を決めたのは副担任だった音楽の先生。

ひとクラスぐらい、元氣のある曲を歌ってほしい!

ということで、自分の副担任のクラスに

この歌を持って来たとのこと。

 

 

 

 

「真っ赤な太陽沈む砂漠に

大きな怪獣がのんびり暮らしてた

 

ある朝目覚めたら遠くにキャラバンの

鈴の音聞こえたよ

思わず叫んだよ

 

『海が見たい!

人を愛したい!』

 

怪獣にも心はあるのさ

 

出かけよう 砂漠捨てて

愛と海のあるところ」

 

 

 

どうしてこの歌の素晴らしさがわからないんだろう??

この子たちは!

と、

「怪獣のバラード、特別授業」

をすることにしました。

歌詞を黒板に書いて、これはこういう意味で、こういう世界観で…。

 

 

 

でも、全くもって、うまく行かなかった(笑)

どうやっていいか、わからないのです。

 

この歌の中には

人の細胞を揺り動かして目覚めさせる響きが満載なはずなのに。

この一言一言、一音一音の中に!

これは、これからのあなた達の姿なのに!

完全に、溢れるおもいの空回り。

「国語の授業」ではダメなのです。似て非なるもの。

 

コレジャナイ感たっぷりの授業は

生徒の「ポカン」とした顔、

それから

なんかわからないけど先生がすごく一生懸命言ってるから

聞いといてあげよう、

という情け(笑)ともに終わりました。

 

 

 

 

 

思えば...

遠くキャラバンの鈴の音に氣付き、

目覚めてしまった「怪獣」はわたしで、

 

住み慣れた優しい砂漠をでて

世界を見たい!

 

と叫んでいたのはわたしだったわけで

翌年、めでたく教員をやめることと相成りました。

 

 

 

 

そんな感じで

わたしは教員としては、

子どもたちの旅より自分の旅立ちを優先してしまったわけですが

その後、子どもたちも成長し

皆それぞれの「鈴の音」を聞き

愛と海のあるところを求めて旅を始め...

その姿を見せに来てくれ、ときおり交わる

機会が今にわたってあるのは

本当にほんとうにありがたいことです。

 

 

 

 

さて

伝わらない!

と、自分の技術のなさをもどかしく、もがいたあの日からだいぶ時間が経って

今、怪獣のバラードで授業をするとしたら

どんな授業をするかなあ、と思います。

 

嬉しいのは

10も20も...

いえ、きっと無数の

やりたくてたまらない、試してみたいやり方 が出てくること。

そして、それらを考えている瞬間の至福。

 

 


何より

授業の(今はセミナーとかセッションいう名前ですが)場に立って

風を受け、空氣の香りをかいで、陽の光を浴びて、

そして、その場の渦を感じている瞬間のえもいわれぬ幸福感を

この身体が味わっていること。

何度も何度も...。

 

 

 

人が見る間に目覚め

自分に氣付き

自分を生き始める瞬間を

その喜びを

もはやこの細胞が知っていること

 

 

 

 

「海を見たい!

人を愛したい!」

 

 

そう氣付いて

暖かい砂漠を出て十数年。

 

 

 

 

これが

わたしの見つけた、たくさんの海のうちの一つ。

 

そして、

「人を愛する方法」なのだなあと。

思います。

 


 

そしてもう一つ。

今あらためてわかるのは

子どもたちと過ごしたあの日々。

彼らから溢れんばかりの愛を

山ほどもらっていた、ということなのでした。





 

 

※写真は

去年の同窓会の時のネームカード^ ^


 

 

 

 

「思いを語って世界を変える

 ~プレゼンテーションの技術を磨くワークショップ」

 

「情報を伝達する」という世界を超え

 「相手の心を動かし、行動を変え、変容に導く」プレゼンテーションのためのスキルを磨くワークショップです。
 

人がみな持つ「恒常性維持機能(変わらないでおこう、という機能)」を軽やかに超えて、深く聴き手の無意識レベルにまで届き、あなたの大切な人たちを変化へと導く可能性を高めるためのプレゼンテーションの力を

「身体」

「言葉」

「コンテンツの構造」

の3つの視点から磨きます。

 

◆平成29年◆  

2月12日/2月26日/3月12日/3月26日 (全日日曜日)  詳しくはこちらへ

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数日前

車から降りた瞬間見上げた空と雲が

恐ろしいくらいにダイナミックだったので

 

 

 

「みんな!

今空を見て!

すごいから!」

 

 

 

とキャプションをつけて即Facebookにアップ。

 

 

 

 

 

 

すると…

続々と各地から空の写真が!

 

 

 

 

「こんななってました」

 

 

 

 

 

 

 

「見ました。すごいきれいですね」

 

 

 

 

 

中にはこんな人も。

「急いでって言うから風呂上がり見に出ましたよ。もちろん、パンツははいてます(照)」

 

 

 

 

 

 

 

 

ついには作品ちっくなものも。

「本当にきれいでしたね~」

 

 

す、すごい…。

 

 

 

 

 

 

わたしは空と雲が好きで

しょっちゅう写真を撮ってしまい、インスタグラムは空と雲だらけ

フェイスブックにもしょっちゅう載せてしまいます。

 

 

 

そのことが大好きで

「好き好き!」

と言っておくと

 

どんどん集まってくるんですね。

 

 

 

以上

1月6日、夕方の鹿児島の空でした。

 

 

 

 

 

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同い年の

高校からのつきあいの友人から

数年ぶりに近況メールが来ました。

 

 

「うちの母も80を過ぎたのに現役で頑張っています^^

みんな元氣だよ!」

 

 

友人の家は商売をしています。

お元氣なお母さまの顔を懐かしく思い出しつつ

この短いやり取りで

ひとつ「あっ!」と氣づいたことがありました。

何かといいますと…

 

 

 

 

なんだ

ず~っと仕事してていいんじゃん。

 

 

 

という、当たり前のこと。

なんとなく、いつかやめなきゃいけない、みたいな感覚があったなと。

…そしてどうなる?

年を経た自分の未来がまったく「思い浮かばない」。

 

 

改めて感じたのですが

この先やがてくる70代、80代、90代…への

「美しく、ワクワクする、心躍るロールモデル」

が自分の中に全くなかったこと、に氣づきました。

なんだか勝手に「とても縛られたイメージ」を持っていたなあ、ということも。

そして、それが

「ことん」

と一瞬にして外れたことにも氣づきました。

頭での理解ではなく、ストンと腑に落ちた感じ。

 

 

 

 

 

そうすると

あら不思議!

ぼや~っとテレビを見ていても

どんどん氣になる(それを後押しするような)メッセージが飛び込んできます^^

 

 

「50を過ぎてからますます攻めてます」

と時代劇の番宣で中井貴一が腹に響く声で語ってきたり(笑)

 

「王様と私」(ブロードウェイミュージカル)ボロボロになりながら挑戦しました、

と笑っている渡辺謙(57歳)の笑顔、とか…。

 

 

 

 

 

そして今朝は極め付け。

葛飾北斎 90歳。

 

「天があと5年、わたしを生かしておいてくれたら

本物の絵師になることができたのに」

 

一日も筆をとらないことがなかったという北斎の最後の言葉。

すごい…

やる氣まんまんじゃん。

枯れてない!まったく枯れてない!

 

(上町祭屋台天井絵「怒涛」図。弘化二年(1845)から翌三年にかけての作。北斎80代半ば。

富岳三十六景の「波」は北斎の中で進化し続けていた、のだそう)

 

 

「抜きんでた、輝く晩年」

 

と、その特集番組では北斎の晩年をそう、表現していました。

「抜きんでた、輝く晩年」。

なんてすてきなイメージなんでしょう!

 

 

 

ということで、早速

友人にメール。

この夏行くらしい「一カ月アメリカホームステイ」に

「まったくこの年になってどうなることやら~(汗)」

と嘆いていたので

 

 

「いいんだよ!

中井貴一も渡辺謙も北斎も、人生中盤からますます攻めてるんだから!

こっからますますやりたいことを自由にやるんだよ!きっとみんな」

(ちょっと例が大きすぎるかな~と思いつつ(笑))

 

と返信。

 

 

 

 

 

 

さて

個人的な感覚かもしれませんが

年をとり、いわゆる老人となったとき、どう生きていくか、について

今の日本はなんだか、選択肢が少ないように感じます。

どんな選択肢があるんだろう?

どんな世界があるんだろう?

 

と問うてみたときに(自分にとってのワクワクするような姿が)どうも浮かんでこない。

 

 

けれど今のパターン、みたいなものはきっと戦後70年に作られてきたもので

(今の社会制度に沿って)

もっと前…

それこそ、戦前、明治、江戸に目を向けると

みんなもっと自由で、破天荒で

いろんな生き方をしていた人が普通にいたはずです。

 

 

話は少々ずれますが

昔は年をとっているということへの尊敬尊重、

年齢の持つすごさ、が自然と活用される場面が

一人一人に関して普通にたくさんあったんじゃないかなと。

さらにもっというと、

「年を重ねる」ことへの喜び、そういう存在であることへの「矜持」。

そういうものが老人自身にも、

おおいにあったのではないか

と想像するのですが。

(ここ、結構大事な気がします)

 

 

 

 

 

 

話を戻します^^

まとまりませんが…

 

自分にとって

「美しく、ワクワクする、心躍るモデル」が見つかる。

つまり

自分の人生の意図、が明確になると

こんなにも落ち着いて、安心できるものなんだな、

と久しぶりにそんな安心感を感じたのでした。

 

大海原でどんな嵐が来ても

羅針盤と行き先さえはっきりしていれば、迷うことはない…

そんな安心感。

 

 

 

 

葛飾北斎。

画狂老人。

年をとり、その死ぬ瞬間まで

一人の人間として、アーティストとして

貪欲に、

世間などそっちのけで

常識という二文字と相いれることなく

「自分とは」そのものをガツガツと追求し続けた

そんな前のめりな90歳。

なんという愉快。

なんという爽快。

なんという圧巻。

人はいくつになっても、いつまでも輝き続ける。

 

何とも言えない自由な感じを今、味わっています。

 

 

 

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