「声と言葉で世界を拓く」〜自分の響きを存分に奏でて生きたい人を応援するコーチ、中村公子の公式ブログ

声と言葉で自分を開く、世界を拓く〜自分の持って生まれた響きで世界と関わりたい人のためのコーチ、中村公子の日々の手帳


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先日、ハンドメイドでベビーグッズを作っていらっしゃる

20代半ばの若い女性とお話することがありました。

はじめてこの方の作品を見たときに

 

 

「こんなの見たことない(かわいい!)」

 

 

と思ったのです。

ノスタルジックな柄と色味。

個性的なデザイン…まあ、ツボにはまってしまったわけです。

まったく使用予定もないのに

「買って帰ろうか」

と思ったくらいに可愛かった。

 

 

 

で、その方が切々と語るのです。

他の手作りをする人と比べてまだ自分のには個性がない!

色が…
センスが…

世界観が…

などなど、それはそれは熱く。

 

 

 

 


聞きながら思いました。

つまり今、この方の魂は、全力で

多分、人生で初めて

 


「わたしは何者なんだ!?」


と叫んでいるんだなあ、と。

若者がそれを叫び、探求する姿を見るのは

なかなかにいいものです。

 

 

 

 

 

 

自分は何者か?

ということは、なにをするにも大切な氣がします。

それがちゃんと見えていると、

何をするにも、何を表現するにも

ぶれなくて済む。

 

 

 

 

「『自分は何者か?』

という軸の上に、『場の意図』を設定してください」

 

とよく、セッションで言うことがあるのは

そういうわけなのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

数年前

NLPのトレーナーズトレーニングの席で

一人の男性は

 

「自分はファーマーだ」

 

と言いました。

彼の本質はその言葉通り

どっしりとした安定感と、安心感。

種子をまき、慈しみ丁寧に育てる、まるで農夫の粘りと穏やかさ。

(からだつきもがっしりしておられましたが)

 

 

 

 

 

 

彼の作った卒業制作のセミナーは

「大地と実り」をモチーフにしたセミナーでした。

 

 

 

時間の最後に、「実り」の象徴として

ラベルのないワインを一本づつていねいに手渡され。

 

「これまでの自分の人生をあらわす絵と、タイトルを描いて貼ってください」

 

と、色とりどりのクレヨンと一緒に

真っ白なラベルを渡されたときのワクワク感。

なんともあったかい空気の中で

自分の生きてきたプロセスを「実り」として、昇華できた時間でした。

 

あれは、あの人にしか作れない場であったろうな、と

今でも思い出します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は

何者にもなれはしない。

自分にしか。

だからこそ

 

 

 

「自分とは何者か?」

(自分の本質は何か?)

 

 

 

認め、愛おしみ

その持って生まれた響きを

全身で奏でなければなりません。

 

それこそが

「世界にあなたが響き渡る」

唯一の方法であり、

世界や、自然や、過去の自分、父母祖父母…

そこへつながるたくさんの人たち

(大きなものをつないでくれた人たち)への

最大のギフトなのだと。

そう思います。

 

 

 

何より、最も自然です。

努力が要らない。

なぜなら

自分に還る、だけなのですから。

 

 

 

 

 

あなたは

何者ですか?

 

 

その答えは、あなたが幼いころから親しんできたもの

好きなもの

味わっていたい感覚、時間

あなたのまわりに頻繁にあふれるモチーフ

そんなものにしっかりと、

現れています。

 

 

 

「思いを語って世界を変える

  ~プレゼンテーションの技術を磨くワークショップ」

 

「情報を伝達する」というレベルを超え

 「相手の心を動かし、行動を変え、変容に導く」プレゼンテーションのためのスキルを磨くワークショップです。
 

「身体」

「言葉」

「構造」

 

の3つの視点からのプレゼンの要素の体験を通して

自分の軸(プレゼンス)を磨きます。

 

◆平成29年◆  

2月12日/2月26日/3月12日/3月26日 (全日日曜日)  詳しくはこちらへ

 

 

 

 

 

 

 

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※この記事は、震災に寄せた2014年の記事の再掲です。

 

 

 

 

19年前

阪神淡路大震災の後に生まれた

人々を勇気づけるための歌が、今は福島で歌い継がれている。

という番組を朝やっていました。

 

 

もちろん、その歌は神戸でも子どもたちによってずっと歌い継がれているわけですが

 

 

今、音楽を教える先生たちの若年化が進み

震災の記憶がほとんどない先生たちが

この歌をどのように子どもたちに教えたらよいか、悩んでいる。

ということも出ていました。


 

 

 

 

 

 

 

心を込めて歌ってほしい。

 

 

いつも歌う「今月の歌」とは違うのだから。

思いが聞く人に伝わるように。

そう願う先生たち。

でも、どうやったら??

それを子どもたちに伝えられる?

震災をまったく知らないこの子たちに。

 

 

自分自身の中に

その「記憶」自体が薄い先生たちは悩むわけです。

通り一遍の、うすっぺらなものになってしなうのではないか、と。

 

 

 

 

 

 

 

悩んだ一人の若い先生は

先輩の先生の授業を見学に行きます。

震災時、もはや先生をしていた、という先輩ですね。

その先輩がまず初めにやったことは

歌わせることでも、何でもありませんでした。

「指導」ではなかった。

 

 

 

 

 

 

「先生のクラスにいた、ミズエちゃんっていう子がね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の「体験」を。

 

 

自分だけの「ストーリー」を語ることでした。

19年前、自分がその目で見、その耳で聞き、その肌で感じた、

まさに自分に起こった出来事を「物語る」。

「説明する」のではなく「物語る」。

 

その時の思いを、感情を、自分の言葉で語る。

 

それは、単なる「頭での理解」を超えて

自らの細胞に刻まれた、消えることのない、「波動」を伝える、ということなのです。

丁寧に、丁寧に、時間をかけて「語る」先生。

それをじっと聞く子どもたち。

 

 

 

 

 

 

 

  

見学の後、若い先生は実家に帰ります。

 

 

 

 

そして自分の震災時の唯一の記憶であった

「父と共に見た、赤く燃える夜空」と「それをみた父親の反応」という記憶を

父親に話を聞くことで補い、膨らませ、当時の父親の思いとともに自分の中に満たし

それを子どもたちの前で話します。

 

 

「いつも、冷静なお父さんの声が震えとったんよ…」

 

 

と。

 

 

彼だけの体験。彼の心の底から感じた「19年前の、あの日の思い」を

言葉にするのです。

 

 

 

 

 

 

 


さて

今、リーダーのためのプレゼンスセミナーの準備をしていますが

この世に「プレゼンス」の良しあしと無縁の人は存在しないと思うのです。

リーダーとは、人に影響を与え、人を導く立場にあるすべての人のことですから。

 

 

企業のリーダーだけでなく

 

子どもにとって、お母さんはリーダー。

先生ももちろん、リーダー。

 

 

 

 

 

 

人を動かすということは

 

 

「いい話ですね」「もっともな話ですね」を超えたものを、その場で作り出す、ということです。

人は、あなたの話が「正しい」から動くのではありません。

人は、あなたの話が「うまい」から動くのではありません。

理解を

納得を

それらを超えた「心の動く何か」。

それがあったときに、人ははじめて動きます。

大きく言えば「人生を変えよう」とします。

 

 

 

 

 

言葉

表情

他の誰のマネでもない、掛け値のない自分のそれらすべてでもって

自分だけのストーリーを語りましょう。

あなたの前の多くの人たちが待っているのは

あなたの「物語」なのですから。

 

 

 

 

 

「思いを語って世界を変える

 ~プレゼンテーションの技術を磨くワークショップ」

 

「情報を伝達する」という世界を超え

 「相手の心を動かし、行動を変え、変容に導く」プレゼンテーションのためのスキルを磨くワークショップです。
 

人がみな持つ「恒常性維持機能(変わらないでおこう、という機能)」を軽やかに超えて、深く聴き手の無意識レベルにまで届き、あなたの大切な人たちを変化へと導く可能性を高めるためのプレゼンテーションの力を

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今朝

「耳が切れそう…」

 

と思いながら、バスを待つ傍

横の広告塔を見ていたら

とある合唱イベントのポスターの演目に

 

 

「怪獣のバラード」

 

 

とあって、

 

ああ、懐かしいな!と。

教員だった頃、この曲を合唱コンクールで歌ったことがあったのです。

 

 

この曲を歌う、と決まった時に生徒たちは猛反発したものでした。    

                                           

                       

「これは小学生が歌う歌だ!」

 

 

当時彼らは中一。

あんまり変わらない氣もしますけど…

他のクラスが流行りの歌や大人っぽい歌を選ぶ中、どうして自分たちは

小学校のとき歌った歌を!

と思ったんでしょう。

 

 

でも、わたしはこの曲が一目で氣に入ってしまいました。

 

 

「なんて…なんて深い歌なんだ!」

 

 

あのアンパンマンマーチと同じくらい深いじゃないか!

と。

ちなみにこの歌を決めたのは副担任だった音楽の先生。

ひとクラスぐらい、元氣のある曲を歌ってほしい!

ということで、自分の副担任のクラスに

この歌を持って来たとのこと。

 

 

 

 

「真っ赤な太陽沈む砂漠に

大きな怪獣がのんびり暮らしてた

 

ある朝目覚めたら遠くにキャラバンの

鈴の音聞こえたよ

思わず叫んだよ

 

『海が見たい!

人を愛したい!』

 

怪獣にも心はあるのさ

 

出かけよう 砂漠捨てて

愛と海のあるところ」

 

 

 

どうしてこの歌の素晴らしさがわからないんだろう??

この子たちは!

と、

「怪獣のバラード、特別授業」

をすることにしました。

歌詞を黒板に書いて、これはこういう意味で、こういう世界観で…。

 

 

 

でも、全くもって、うまく行かなかった(笑)

どうやっていいか、わからないのです。

 

この歌の中には

人の細胞を揺り動かして目覚めさせる響きが満載なはずなのに。

この一言一言、一音一音の中に!

これは、これからのあなた達の姿なのに!

完全に、溢れるおもいの空回り。

「国語の授業」ではダメなのです。似て非なるもの。

 

コレジャナイ感たっぷりの授業は

生徒の「ポカン」とした顔、

それから

なんかわからないけど先生がすごく一生懸命言ってるから

聞いといてあげよう、

という情け(笑)ともに終わりました。

 

 

 

 

 

思えば...

遠くキャラバンの鈴の音に氣付き、

目覚めてしまった「怪獣」はわたしで、

 

住み慣れた優しい砂漠をでて

世界を見たい!

 

と叫んでいたのはわたしだったわけで

翌年、めでたく教員をやめることと相成りました。

 

 

 

 

そんな感じで

わたしは教員としては、

子どもたちの旅より自分の旅立ちを優先してしまったわけですが

その後、子どもたちも成長し

皆それぞれの「鈴の音」を聞き

愛と海のあるところを求めて旅を始め...

その姿を見せに来てくれ、ときおり交わる

機会が今にわたってあるのは

本当にほんとうにありがたいことです。

 

 

 

 

さて

伝わらない!

と、自分の技術のなさをもどかしく、もがいたあの日からだいぶ時間が経って

今、怪獣のバラードで授業をするとしたら

どんな授業をするかなあ、と思います。

 

嬉しいのは

10も20も...

いえ、きっと無数の

やりたくてたまらない、試してみたいやり方 が出てくること。

そして、それらを考えている瞬間の至福。

 

 


何より

授業の(今はセミナーとかセッションいう名前ですが)場に立って

風を受け、空氣の香りをかいで、陽の光を浴びて、

そして、その場の渦を感じている瞬間のえもいわれぬ幸福感を

この身体が味わっていること。

何度も何度も...。

 

 

 

人が見る間に目覚め

自分に氣付き

自分を生き始める瞬間を

その喜びを

もはやこの細胞が知っていること

 

 

 

 

「海を見たい!

人を愛したい!」

 

 

そう氣付いて

暖かい砂漠を出て十数年。

 

 

 

 

これが

わたしの見つけた、たくさんの海のうちの一つ。

 

そして、

「人を愛する方法」なのだなあと。

思います。

 


 

そしてもう一つ。

今あらためてわかるのは

子どもたちと過ごしたあの日々。

彼らから溢れんばかりの愛を

山ほどもらっていた、ということなのでした。





 

 

※写真は

去年の同窓会の時のネームカード^ ^


 

 

 

 

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数日前

車から降りた瞬間見上げた空と雲が

恐ろしいくらいにダイナミックだったので

 

 

 

「みんな!

今空を見て!

すごいから!」

 

 

 

とキャプションをつけて即Facebookにアップ。

 

 

 

 

 

 

すると…

続々と各地から空の写真が!

 

 

 

 

「こんななってました」

 

 

 

 

 

 

 

「見ました。すごいきれいですね」

 

 

 

 

 

中にはこんな人も。

「急いでって言うから風呂上がり見に出ましたよ。もちろん、パンツははいてます(照)」

 

 

 

 

 

 

 

 

ついには作品ちっくなものも。

「本当にきれいでしたね~」

 

 

す、すごい…。

 

 

 

 

 

 

わたしは空と雲が好きで

しょっちゅう写真を撮ってしまい、インスタグラムは空と雲だらけ

フェイスブックにもしょっちゅう載せてしまいます。

 

 

 

そのことが大好きで

「好き好き!」

と言っておくと

 

どんどん集まってくるんですね。

 

 

 

以上

1月6日、夕方の鹿児島の空でした。

 

 

 

 

 

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同い年の

高校からのつきあいの友人から

数年ぶりに近況メールが来ました。

 

 

「うちの母も80を過ぎたのに現役で頑張っています^^

みんな元氣だよ!」

 

 

友人の家は商売をしています。

お元氣なお母さまの顔を懐かしく思い出しつつ

この短いやり取りで

ひとつ「あっ!」と氣づいたことがありました。

何かといいますと…

 

 

 

 

なんだ

ず~っと仕事してていいんじゃん。

 

 

 

という、当たり前のこと。

なんとなく、いつかやめなきゃいけない、みたいな感覚があったなと。

…そしてどうなる?

年を経た自分の未来がまったく「思い浮かばない」。

 

 

改めて感じたのですが

この先やがてくる70代、80代、90代…への

「美しく、ワクワクする、心躍るロールモデル」

が自分の中に全くなかったこと、に氣づきました。

なんだか勝手に「とても縛られたイメージ」を持っていたなあ、ということも。

そして、それが

「ことん」

と一瞬にして外れたことにも氣づきました。

頭での理解ではなく、ストンと腑に落ちた感じ。

 

 

 

 

 

そうすると

あら不思議!

ぼや~っとテレビを見ていても

どんどん氣になる(それを後押しするような)メッセージが飛び込んできます^^

 

 

「50を過ぎてからますます攻めてます」

と時代劇の番宣で中井貴一が腹に響く声で語ってきたり(笑)

 

「王様と私」(ブロードウェイミュージカル)ボロボロになりながら挑戦しました、

と笑っている渡辺謙(57歳)の笑顔、とか…。

 

 

 

 

 

そして今朝は極め付け。

葛飾北斎 90歳。

 

「天があと5年、わたしを生かしておいてくれたら

本物の絵師になることができたのに」

 

一日も筆をとらないことがなかったという北斎の最後の言葉。

すごい…

やる氣まんまんじゃん。

枯れてない!まったく枯れてない!

 

(上町祭屋台天井絵「怒涛」図。弘化二年(1845)から翌三年にかけての作。北斎80代半ば。

富岳三十六景の「波」は北斎の中で進化し続けていた、のだそう)

 

 

「抜きんでた、輝く晩年」

 

と、その特集番組では北斎の晩年をそう、表現していました。

「抜きんでた、輝く晩年」。

なんてすてきなイメージなんでしょう!

 

 

 

ということで、早速

友人にメール。

この夏行くらしい「一カ月アメリカホームステイ」に

「まったくこの年になってどうなることやら~(汗)」

と嘆いていたので

 

 

「いいんだよ!

中井貴一も渡辺謙も北斎も、人生中盤からますます攻めてるんだから!

こっからますますやりたいことを自由にやるんだよ!きっとみんな」

(ちょっと例が大きすぎるかな~と思いつつ(笑))

 

と返信。

 

 

 

 

 

 

さて

個人的な感覚かもしれませんが

年をとり、いわゆる老人となったとき、どう生きていくか、について

今の日本はなんだか、選択肢が少ないように感じます。

どんな選択肢があるんだろう?

どんな世界があるんだろう?

 

と問うてみたときに(自分にとってのワクワクするような姿が)どうも浮かんでこない。

 

 

けれど今のパターン、みたいなものはきっと戦後70年に作られてきたもので

(今の社会制度に沿って)

もっと前…

それこそ、戦前、明治、江戸に目を向けると

みんなもっと自由で、破天荒で

いろんな生き方をしていた人が普通にいたはずです。

 

 

話は少々ずれますが

昔は年をとっているということへの尊敬尊重、

年齢の持つすごさ、が自然と活用される場面が

一人一人に関して普通にたくさんあったんじゃないかなと。

さらにもっというと、

「年を重ねる」ことへの喜び、そういう存在であることへの「矜持」。

そういうものが老人自身にも、

おおいにあったのではないか

と想像するのですが。

(ここ、結構大事な気がします)

 

 

 

 

 

 

話を戻します^^

まとまりませんが…

 

自分にとって

「美しく、ワクワクする、心躍るモデル」が見つかる。

つまり

自分の人生の意図、が明確になると

こんなにも落ち着いて、安心できるものなんだな、

と久しぶりにそんな安心感を感じたのでした。

 

大海原でどんな嵐が来ても

羅針盤と行き先さえはっきりしていれば、迷うことはない…

そんな安心感。

 

 

 

 

葛飾北斎。

画狂老人。

年をとり、その死ぬ瞬間まで

一人の人間として、アーティストとして

貪欲に、

世間などそっちのけで

常識という二文字と相いれることなく

「自分とは」そのものをガツガツと追求し続けた

そんな前のめりな90歳。

なんという愉快。

なんという爽快。

なんという圧巻。

人はいくつになっても、いつまでも輝き続ける。

 

何とも言えない自由な感じを今、味わっています。

 

 

 

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みなさま

新年あけましておめでとうございます。

どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

先月26日に、髪を切りました。

自宅から約1時間。

車を走らせ、向かった先は山里にある古民家を改築したとあるヘアサロン。

クライアントさんが紹介くださったお店、ということもあるんですが

ここに行ってみようかな♪

(年末の押し迫ったこの忙しい時期に、山奥を走りに走って1時間も!)

 

と思ったのは

さっきも書きましたが、古い厩を改築したお店、ということ。

一階にはカフェ併設、ということ(これは大きい!)←無類のカフェ好き

それに、その立地条件。

 

 

 

  「結構長い橋を渡ってすぐの場所にあるんですが

  この橋、車の離合もできない細い橋なんですよ」

 

 

 

そう

クライアントさんがおっしゃっていたのが興味津々で。

「離合もできない橋ってすごくない?どんな山奥?もしかして、吊り橋!?」

とかなんとか、想像は膨らみ。

 

 

 

 

 

 

さて

「橋」というものは

メタファーとしての意味を含ませて使われることが多い言葉です。

「平和の架け橋」とか。

 

そして

物語の中でも「ある役割」をもって登場することが多いアイテムです。

そういえば!

わたしの好きな「精霊の守り人」もはじまりはこんな一節。

 

 

 

 

  「バルサが鳥影橋を渡っていたとき、

  皇族(おうぞく)の行列が、ちょうど一本上流の、山影橋にさしかかっていたことが

  バルサの運命を変えた」 (上橋菜穂子 「精霊の守り人」より)

 

 

 

流浪の女用心棒バルサと一国の皇子チャグム。

出会うはずもない二人の人生が交錯したのは「橋」。

あの橋を渡った瞬間、それはまさに、それぞれ未知なる自分の人生のステージへと

移行した瞬間でした。

 

 

偕成社「守り人シリーズ」より バルサとチャグム

 

こっちは綾瀬バルサ もうすぐ第二期がはじまります♪NHK大河ファンタジー「精霊の守り人」

 

 

そして

この物語は、再びこの「山影橋」で終わりを迎えます。

広大な冒険を終え、チャグムが皇子としての自分の世界へ戻るとき

この橋を渡って戻ってゆくのです。

大勢の臣下にかしづかれ、牛車に乗って…。

それははじめと全く変わらない絵なのですが、でも、そこにいるのは

大きく成長した「新しいチャグム」なのです。

 

 

 

 

 

 

 

「行って」「還る」。

境目を越えて、未知の世界へ旅立つ。

 

これは、冒険物語の王道です。

古今東西、すべての冒険物語にはこの形が組み込まれています。

 

 

 

人は

ある日「旅立ち」への目覚めの鐘の音を聞きます。

そして

望むと望まざるとに関わらず、押し出される。

まどろみの中に心地よくいた「村」から旅立つときがやってきます。

 

 

門をくぐる

橋を渡る

いろんな形で「境目」を超えて、未知の世界へと一歩を踏み出すのです。

 

 

 これも大好き。勇者ヨシヒコシリーズ

 

 

「橋」は境目であり、物語の世界においては「つなぐもの」。

「こちら」と「あちら」。

「日常」と「非日常」。

「過去」と「未来」。

「聖」と「俗」。

 

冒険物語において、

主人公は橋を越えて未知なる世界へといき

仲間と出会い、冒険をし「変化して」再び元の居場所へ還るものなのです。

たくさんの宝をたずさえて。

 

 

 

 

 

話が戻ります。

年末、リセット&リフレッシュの意味を込めて数時間、隔絶された世界へ旅立つなんて

(しかも、細い細い橋を渡って♪)

なんて、今の時期にぴったりなサロンだろう!

と思ったわけなのでした。

そして…橋を渡って「冒険」を終え

無事還ってきたわたしです。

はい、もちろん「美しく成長して」帰ってきましたとも!

 

 

 

 

 

 

みなさん

今年は「越える」体験をなさいますか?

「越えて」どこへ行きますか?

今年の、あなたの旅はなんですか?

 

 

 

 

旅立ちの鐘の音が、聞こえますか?

 

 

 

 

 

 

 

◆      ◆      ◆      ◆     ◆

 

日常を「越えて」いく冒険のご紹介↓

 

「声」の語源は「越え」からきている

と書いていた能楽師さんがいらっしゃいました。

 

声と言葉と身体と

それをつかさどる無意識の世界をひもときながら

「かけねなしの自分の存在」から伝える力を探求します。

それは、ひとえに「新しくて(実は懐かしい)自分と出会う」旅そのものです。

 

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人は、
「言葉」の情報よりも、その言葉を話す人の「身体情報」を先に受け取ります。


面接で
「はじめの数秒で決まる」
「会場に入ってきた瞬間に決まる」


と言われるのはそういうわけです。
(厳密には入ってきた瞬間に聴衆は話者の意識の情報も受け取っているのですが、

まあ今日はシンプルに)

 

 

 

人には「無意識」なる部分が存在し、それは意識の何千倍もの力を持っている。

人の人生を左右するのは無意識!

(わたしは1対2000、と習いました。2000が無意識ですね)

というのはご存知の話。

さらに、意識と無意識の「管轄」は下記のように分けられます。

 

 

・意識→思考(頭・言葉)
・無意識→感覚・感情(身体)

 

 

わたしたちは身体から伝わってくる情報を察知する「センサー」のほうが

格段に

段違いに

爆発的に

優れている、ということ、です。

 


ですので

どれだけ文章を作りこみ
美しい文言、理路整然とした文章で固めても

それを発する自分自身の土台(ホンネ)がそことかけ離れていたり、

自信がなかったりすると、

(心の状態と身体はしっかりとつながっていますので)

聞き手はしっかりとそっちのほうを受け取る、というわけです。

 

一対一の会話でも、一対多のプレゼンのような場面でも

それは全く同じです。

そしてこの「不一致感」は聞き手に「なんだかわからないけれどなんだかへん」という

「違和感、不安感、不快感」を抱かせる。

残念。もうそこで受容器は閉じてしまいます。

 

 

 

 

 

ちなみに下の写真は山口美佐子さんとおっしゃる方。

円ブリオ鹿児島の初代代表をなさっていました。

(ただいまカフェにてプレゼン中)

 

 


「緊張する」「声が通らない…」「滑舌が…」とご本人はいろいろおっしゃいますが

この方は「ブレ」がありません。

1000人の前でもサクサクと話してしまう。


「伝えたい」という思いと

この方はバーバル&ノンバーバルメッセージがとても一致しているのです。

(バーバル=言葉)

身体にあふれる感覚と感情をしっかりと感じながら

そこと直結した言葉と表情を使う方。

かといって

大げさでもなく、わざとらしいわけでもなく「そのときの等身大」なのです。

 

 

 

入念な準備はしつつ、「それ(原稿)」にはとらわれず、こだわらず。

自由自在に、聴衆という「場」とともに動いていく。

ご自身と他者への信頼が根っこのところである方、なのでしょう。


この方の言葉は、一言一言が「生きている」といつも感じます。
「言葉」を超えて存在で「聞かせる」方。

しっかりと大地から立ち上がっている木のような自然な立ち姿が印象的です。

 

 

 

「立て板に水」の「うまいしゃべり」

「心に響く」「共感する」語り、というのは

別物だなあ、とこの方を見ているといつも思うのです。

この方の周りにはいつもこの方を「応援したい」という人であふれています。

 

 

 

 

今日は

「人はあなたの言葉よりも先にあなたから発している身体情報を受け取っている」ということ。

なので

「言葉と自分の身体から発するメッセージを一致させる」ことが大事

ということをお話ししました。

 

 

もしあなたが人前で緊張する方であったなら…

それを隠していいかっこをしてみるより

「緊張しています!」と言いながら

フルフル震えながら聴衆の前に立っておく。

そのドキドキを味わっておく。

そのほうがいい、ということ、ですね^^

 

今の自分で、ただそこにいてみる。

そこから、目の前の世界は開けてきます。

 

 

☆彡       ☆彡       ☆彡 

 

 

「思いを語って世界を変える~プレゼンレーションの技術を磨くワークショップ 全4回」

~予告~

【第一回 「プレゼンス」とは『場』への影響力~場に開かれた身体をつくる」】


・名プレゼンターは人ではなく「場」に対して語る
・他者と共鳴できる身体のために~遊びを通して共鳴の身体感覚を磨く
・声は自分の意識の広がりそのもの~表現者として声の可動域を広げる
・「聞き手はあなたの言葉の通りになるのではない、あなたの身体のとおりになるのだ」

 ~身体感覚と言葉を結びつける

 

 

 

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「思いを語って世界を変える

 ~プレゼンテーションの技術を磨くワークショップ」

 

「情報を伝達する」という世界を超え

 「相手の心を動かし、行動を変え、変容に導く」プレゼンテーションのためのスキルを磨くワークショップです。
 

人がみな持つ「恒常性維持機能(変わらないでおこう、という機能)」を軽やかに超えて、深く聴き手の無意識レベルにまで届き、あなたの大切な人たちを変化へと導く可能性を高めるためのプレゼンテーションの力を

「身体」

「言葉」

「コンテンツの構造」

の3つの視点から磨きます。

 

◆平成29年◆  

2月12日 / 2月26日 / 3月12日 / 3月26日 (全日日曜日) 

                詳しくはこちらへ

 

 

 

「思いを語って世界を変える~プレゼンテーションの技術を磨くワークショップ」体験会。

おかげさまで満員御礼(を超える)方々がいらしてくださり

大変盛況に終えることができました。

 

 

 

テーマは

 

「情報を伝達する」というレベルを超え
「相手の心を動かし、行動を変え、変容に導く」プレゼン テーション。

 

その技術を

 

「身体」

「言葉」

「コンテンツの構造」

 

の3つの視点からひもとく、というもの。

 

受講の方々の感想を通してこの記事をお読みのみなさんも

少しご体験ください。

 

 

「自分のコンプレックスが強く、自信のなさのためにいつも想いが相手に届く前に

霧散していました。

でも、今、私自身の中に、どうしても伝えたいことがあることに氣づきました。

『私が伝える』。

ほかの誰でもない、あなたが伝えるのを待っている人がいる、

という言葉に勇氣をもらいました。

ありがとうございます」

     (40代女性 セミナープランナー)

 

 

この方は、声のエクササイズを通してお氣づきになったのでしょう。

ああ、今、霧散しているのは自分の「声」だけではないのだ、と。

自分の身体を使って発せられる「声」。

その声の状態や届き具合にはその人の「心の状態」までがしっかりと現れます。

 

 

 

 

「あっという間の3時間でした。

中村さんのワークショップは、本当に引き込まれるような『プレゼンテーション』でした。

今回は『無意識』と『五感』。

そして『つながり』というワードが印象に残りました。

まずは、五感をもっと意識して生活していきたいと思います。

ざっくりとした感覚で生きているなあと改めて思いました。

また、これからも継続して学んでいけたらと思います」

      (30代女性  福祉関係)

 

 

 

知識は。

頭での理解はすぐに忘れていきます。

「タメになる話だったね」で、一日後は三分の一も残っていないのが人の記憶です。

(エビングハウスの忘却曲線、ですね)

 

 

でも

「プレゼンの技術を磨くワークショップ」なるものに、わざわざ集う方々は

それではすまない。

 

「本当に伝えたい大切なこと」

を持っていらっしゃる。

「人の人生をプラスの方向に変えたい」

くらいは、意識的にせよ、無意識的にせよ、

必ず思っていらっしゃる。

(人を変えることはもちろんできませんが、

でもわたしたちは最善を願い、目指して

自分の『最高』を手渡す努力を選ぶことは自由なのです)

 

 

 

そのためには

「聞き手の感情(とそれにくっついている身体感覚)」までを

動かす必要があります。

 

思考ではなく、「感情」。

 

ここが大事です。

相手の頭(意識)を超えて、深く身体レベル(無意識レベル)にまで

しんしんと染み入り、響き、影響を与える必要が。

 

そのためのキーワードのひとつが

「聞き手の五感に訴える言葉(と表現)」。

 

語彙力

何より「世界の事象を細かく見て取り、言葉で表現する」

といった力が必要になります。

が…

 

練習すればできるようになる、といった類のものです。

 

「あなたが見ているその世界に、その氣持ちに聴衆をいざなうのだ」

 

と。

そうなれたら最高のプレゼンですね。

 

 

 

長くなってきました。

(長文大好きなのでつい)

ほかにも書きたいことが山積なのですが

次回にゆずって最後に一つ。

 

 

 

「楽しかったです。あっという間でした。

声や記述のワークの先にある『我は何者か?』という深いテーマで引っかかりました。

これは自分でつきつめねば、です。

うっすら気づきつつ、避けていたところを氣づかせていただき、ありがとうございます」

       (40代 女性 セミナーコーディネイター)

      

 

「伝える」ことはとてもクリエイティブな作業。

芸術やスポーツと同じく

こうすれば必ずだれでもこうなります、という「ハウツー」はあるようでない。

自分自身の「プレゼンス(存在感・影響力)」

をしっかり開発する、というところに最後は行き着くわけです。

 

 

 

 

 

さて

「伝える」ということ。

世の中にはたくさんの手段があります。

その中で

「言葉を紡ぎ、それを自身の身体を通して伝える」

ことを選んだあなたへ。

 

 

これは

とても楽しく、そしてエキサイティングな行為です。

何の道具もなくても

誰でも、生まれ持った声と言葉でいかようにでも、自由自在に表現できる。

そして

あなたの声と言葉が人を勇氣づけ、あるときは未来をひらく。

あるときは、一生消えない「あたたかい源泉」を大切な人の心の中に

刻むことができる。

 

そして何より、真剣に伝えることを通して

わたしたちは自分の本来の響きに氣づきます。

それでなければ「伝わらないのだ」ということに氣づくのです。

 

 

 

それら、心躍る世界を探求するワークショップ、本篇がスタートします。

 

「思いを語って世界を変える

~プレゼンレーションの技術を磨くワークショップ 全4回」 平成29年2月スタート

 ◆◆◆詳しくはこちらから◆◆◆

 

 

 

 

 

 

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【思いを語って世界を変える〜プレゼンテーションの技術を磨くワークショップ

 

 

11月27日・30日】はこちら

 

 

 

 

写真は鹿児島市の城山遊歩道。延長2キロ。

 

 

早朝。

広い遊歩道をわずか1時間半でこんなにキレイにしてしまうその技術に

ついお声がけしてしまいました。

 

この方は基本「ブロー」(風でブワッと飛ばすやつ)は使わないのだそう。

(数分前、それを使って豪快に吹き飛ばしていらっしゃる方がいたので

お聞きしてみたのです)

竹ぼうきでザッザッ。その動きが軽快で!

ブローを使わない訳は「観光の方々にうるさいから」。

 

 

 

で、思い出したんですが…

去年、聖武天皇陵に行った際、

誰もいなかったのでヤッター!静かに語り合える!(聖武天皇と)。

と思ったら、この「ブロー係」の方がやってきて、大変残念な思いをしたのでした…😭。

 

 

 

話戻って。

ブローを使う際も

 

「お客様が来たら止める」

「道具は見えるところに置かない」

 

と、細かな取り決めがあるそうで、この方々の気配り…

「空間への配慮」

「その場がお客様にとって何であるのか」(非日常であり、まさに旅、である)ということ

 

をしっかり理解され、

身体でちゃんと「演出」なさっていることにますます嬉しくなりました。

 

 

 

 

鹿児島市内の景観美しい有名観光地の売店で

スタッフさんたちの世間話が賑やかで

(しかも、部屋の端から端へ)

 

「ここはあなたたちの茶の間じゃないのよっ!」

 

と突っ込みたくなったことがあります^ ^いちいち氣になる自分も自分なんですが…。

 

 

 

 

その場、その空間に合った

(広さ、意図、文脈、すべてにおいて)

「意識の使い方」

「身体の使い方」(身のこなし)

があり、それを自然と体現している人を見ると、とにかくとても嬉しくなります。

それらは例えようもなく「美」である、と感じます。

 

 


で、この話と並行して書きたいのが一つ。

 

昨日、スターバックスでお茶を飲んでいたところ、、席で着替えている女子学生がいた

というお話。

スカートから上着まで、そりゃあもう見事に!!

いつも教室でああやって着替えているんでしょうね…。

みんなでわいわいしながら。

 

 

最近

「公の場ので身のこなしと、私的な場での身のこなし」の話が、

医療系専門学校の先生をなさっているクライアントさんとの間で話題になっていたのでした。
学生さんが、とにかく「それが出来ない」と言うのです。
もう、敬語がつかえないとか以前のモンダイ😂❗️と。


実習先で、患者さんに接するとき腰を落とせない。

(上から見下ろして語る、ということですね)

「落として」と指示されるとヤンキー座りで落とす。

 


頭では彼らもわかっているんでしょう。

でも「身体に刻みこまれて」いないので動けないのです。

立ち姿、挨拶の声の大きさ、表情、立ち居振る舞い…

公の場での身体の張り、緊張感の保ち方(まさに身のこなし)というのは

慣れ、日頃からの積み重ねですもんね。

 

 


「場に対する心身のセンサー」が発達していない。

「公共の場」という概念がない、というか

意識を広げられない子が増えているのはセミナーでも感じます。

意識の及ぶ範囲が自分の半径50センチで止まっている子。

 

「気配り」

 

なるものをして生活をする場面がない、ということなのでしょう。

身体の感覚(場に対するセンス)が、本当に磨かれていない。

なので、「コミュニケーション力アップのための研修を」の対象が若年層な場合は

必ずこの力を開発できるプロフラムを組み入れます。

身体感覚を、揺り動かし、それを使わずには成立しないあれこれ。

もう本当に「会話力が」以前の問題。

これらなくして会話も人間関係もあったものじゃないだろう!と思うのです。

 

ちなみに、少し横道にそれますが

昔の子どもたちがみんなで普通にやっていたような遊び。

(はないちもんめ、ですとか陣取り鬼、ハンカチ落とし、だるまさんが転んだ、などなど…)

ああいうものを小さいころ、普通にやっていれば、

こういう感覚の土台は築かれているのですけれどね。

 

 

 

さて

20代の若者たちの「それ」までも鍛えなければならない我がクライアントさん。

相当大変らしいです。


 

 

 

※話は大きく戻って、作業をなさっていたのはシルバー人材センターの方。

写真、載っけていいよ〜、と快くOKしてくださいました。

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11月27日・30日】はこちら

 

 

 

 

今日、11月23日はもともとは「新嘗祭(にいなめさい)」です。

 

昔からなぜか「村まつり」という童謡が大好きだったんですが、つまり、それですね。

天皇(おおきみ)を中心とした日本中の「収穫祭」。

 

 

 

『新嘗祭とは五穀豊穣の収穫祭にあたり、新嘗の「新」は新穀(初穂)を、「嘗」はご馳走を意味し、天照大御神はじめ天神地祇(てんじんちぎ すべての神々)に初穂をお供えして、天皇陛下自らも初穂を召し上がり、神様の恵みによって初穂を得たことを感謝するお祭りです』

http://jpnculture.net/kannamesai-niinamesai/

 

 

 

春に苗を植え、手をかけ、心をかけ、長い時を経て、今年もたわわに穂が実る。

…その嬉しさ、有難さは今よりきっとずっと日本人の身体にしみこんでいたことでしょう。

米は日本人の命をつなぐもの、そのものでしたから。

皆で神様に感謝をお伝えするっきゃない!

歌って踊るっきゃない!

というその氣持ち、よ~くわかります^^。

 

新嘗祭というのは、

私たち日本人と自然、宇宙を

今よりずっとしっかりと結びつけるものであったような氣がします。

 

 

 

 

この「新嘗祭」。

御多分に漏れず、

GHQの「日本人の心も身体も骨抜きにしちゃうぞ」政策によって神道から切り離され

「勤労感謝の日」なるものになりました。

個人的には、この名前に「美しさ」を感じません。

日本語の音感としてどうなの?と思うわけです。

なんとも人為的なゴツゴツ、ぎくしゃくした肌触りです。

「にいなめさい」のほうがずっと美しい!

そして、美、なきところに真・善なし、というのが個人的な感覚です。

 

 

 

語感、つまり、「音の響き」というものはとても重要で

人の体感覚に(つまりひとつひとつの細胞に)大きな影響を与えます。

波動ですから。

(試しに「キンロウカンシャノヒ」って何度も言ってみてください。

なんの高揚も心地よさも感じないですし【わたしはだんだん身体が重苦しくなります】)

 

人の細胞は、言葉の持つ固有の波動に容易に共鳴します。

ですから

日々耳に、身体に入れ続ける「言葉」は

「美しい」「心地よい」響きであることが本当に重要です。
(言葉を発する意図=声、もそうですが)

 

 

 

話がそれました。

言い換えれば、今日は約70年前

日本人の大自然への畏敬の心、敬いの心、「自然とともにあるあり方」が

本来の言葉の持つ意味、感覚とともに、ひとつ、切り離された日

ということもできるでしょう。

 

 

 

 

 

『勤労感謝の日 本当の意味』

http://haigyo.net/orange/?p=6553

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