2007年12月27日(木)

『死ぬな』

テーマ:『ブロガーは思う』 記事紹介

『ブロガーは思う』 に参加してくださっている、永汰大力さんの記事『死ぬな』




どんなに苦しくても、どんなにいじめられていても、
生きていられるだけ幸せだ。
世の中には、生きたくても生きることができない人も、たくさんいるのだから・・・。


・・・という趣旨の記事、ではありません。
大力さんは、むしろ、こうした意見に疑問を投げかけます。
「でも、だからといって
 (中略)
 明日、いじめられるとわかっている学校に
 登校しなければいけない子供たちが
 いったいどのくらい
 『ああ、僕は
 私はまだまだ幸福なんだ』
 と思えるだろうか」


結局のところ、
本人が感じ取っている現実が、その人にとっての現実のすべてです。
ですから、
その人自身が感じ取ることのできない事柄について、どんなに言い聞かせてみても、
その人にとっての現実は何も変わらないのです。




では、どうすれば良いのでしょうか。
大力さんは、
「逃げろ」
と言います。


この考え方には、僕も概ね同感です。


現実に押し潰されそうになっている時には、
なかなか苦しさや辛さ以外のことに思いが及びませんが、
そういう時は大抵、「逃げる」ことを忘れています。
あるいは、逃げられないと思い込んでいるのかもしれません。


現実は、(特に文明の発達した日本では、)
とても巧妙に組み立てられています。
暗黙のルールが至るところに張り巡らされ、
その枠組みから一歩でも外れると、途端に生きにくくなります。


「信号無視」
という言い方は、
信号のルールは守るものである、ということを前提にした言い方です。
でも本来、信号は、
皆でそのルールを守ったほうが交通の便と効率と安全性が良くなるから、
という理由で後から設けられたものあって、
そもそも人間の行動は、
動きたい時に動きたいように動く、ということが前提だったはずです。
にも関わらず、信号のある場所で、信号に従わずに行動すると、
周囲の人々から強く批難されます(場合によっては逮捕されます)。


極論すれば、
信号を守らされることに大きな苦痛を感じている人は、
信号に従わなくてもいい、と僕は思っています。
僕が思う、というより、それは本人が決めることですよね。


例えば信号無視をして犯罪者になり、逮捕されたとしても、
その人は生きているし、それが現実の一部であることに変わりはありません。
ましてや、いじめられている時や、ストレスに押し潰されそうな時には、
すぐにでも、どんな方法を使ってでも、逃げ出せばいいと思います。




あなたが逃げた先で待っているのは、
あなたが逃げたことによって形づくられた、新しい「現実」です。
そこは未知の世界。
だから、あなたが今までに身につけてきた暗黙のルールは、まったく通用しないかもしれません。
しかし、それでも、
相性の悪かった今までの環境で苦しみ続けてきたあなたなら、
その未知の世界に飛び込んでみるだけの価値は、充分あるでしょう。


・・・ただし、中には、
もうどうしようもなく疲れ果てていて、
「逃げる」だけのエネルギーすら残っていない人も、いるでしょう。
そういう人は、下手に逃げ出そうとしても、すぐに連れ戻されてしまいます。


僕が大力さんのように「逃げろ」と言い切れないのは、
逃げることすらできない人に対しては、「逃げろ」と呼びかけることも無意味なことのように思えるからです。
この部分が、まだ僕の中では消化しきれていないんですよね・・・。

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2007年07月23日(月)

『「餓死」するしかない』

テーマ:『ブロガーは思う』 記事紹介

『ブロガーは思う』 に参加してくださっている、三太郎さんの記事『「餓死」するしかない』


昨日、僕は、『食べ物を残した時』 という記事で、
人殺しをしてしまったような罪悪感にかられながらも、食べ物を残して捨て、
その一瞬後には罪悪感さえも忘れている、
・・・という自分の心の現実を告白しました。


奇しくも同じ日に書かれていた三太郎さんの記事では、
この甘ったれた心の持ちようの周辺の事情について、
わかりやすく解説されていました。




三太郎さんは、今の日本の社会について、こう述べています。

「たらふく腹いっぱいご飯を食べながら、『私はなんて不幸なのだろう、もっと幸せになりたい』と願うことができる。というよりむしろ、こういう生き方をしなければならないようになっている。」

「餓死するリスクがほぼゼロの社会。これはまともではない。」

「まともに生きようとすると、餓死するしかない。」


問題の核心を突いた記事だと思います。
ぜひ、ご一読ください。

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2007年01月16日(火)

『どうして君は殺すんだろうね。』by SpinKids

テーマ:『ブロガーは思う』 記事紹介

『ブロガーは思う』 に参加してくださっている、SpinKidsさんの記事『どうして君は殺すんだろうね。』


殺人は悪である、ということを「必要な前提」として認めつつも、
実際に人を殺したくなるほどの憎悪の気持ちにかられた時の、善悪を超えた心境を、
実感をこめて語っていらっしゃいます。




善悪の基準なんて存在しないのだ、とは思わない。
不確かかもしれないけれども、多くの人の共通の認識として、その基準はあるはずだし、
あって欲しいと思う。


けれども、人間の感情とか、感情から湧き起こる衝動は、
いつも、あらゆる基準を凌駕している。


多くの感情が、基準とは無関係に生まれてくる。
基準に従うことができるのは、その感情を表に出すかどうか、というレベルでしかない。
これが俗に言う、「理性で感情を抑える」ということだろう。
・・・ただし、抑えているだけであって、感情が生まれないようにしているのとは違うのだ。
感情は、基準に関係なく生まれてきてしまうものなのだ。




感情を発揮したい人も、感情を抑えたい人も、
まず、感情そのものをよく知る必要があると思います。
SpinKidsさんは、「殺意」という感情について、単刀直入に語ってくださいました。
日頃、この感情を抑えこんで(ともすれば無かったことにして)しまいがちな人間にとっては、
目を開かせられる思いのする記事です。


気になったかたは、ぜひ読んでみてください。

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2006年11月04日(土)

「人間・社会」/届かない相手に伝える

テーマ:『ブロガーは思う』 記事紹介

『ブロガーは思う』 から、記事を2つ紹介します。


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1つ目は、
『人間・社会』
三太郎さん の記事です。


社会は、いったい何のためにあるのか。


社会が人間のためにあるのか。
人間が社会のためにあるのか。
人間のためにあるはずの、
社会の枠に、人間が押し込められて生きている。


・・・このことについて考えさせられる、
象徴的な言葉を引用していらっしゃいます。


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2つ目は、
『届かない相手に伝える』
ぼくさん の記事です。


言葉遣いが美しいことと、
その伝えかたが真に美しいこととは、違う。
美しい言葉遣いとは裏腹に、
心の中では相手を見下していたり、何の感情も持っていなかったり。


コミュニケーションをとろうとする時、本当に大切なことは何か。
ぼくさんは、
「気恥ずかしい表現」と言いつつも、「それは愛だ」と語ります。

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2006年08月27日(日)

おせっかい

テーマ:『ブロガーは思う』 記事紹介

『ブロガーは思う』 に参加してくださっている、Angelaさんの記事『おせっかい』


この記事の中で、Angelaさんは、
「よかれと思って何かをしたり言ったりすることは、大抵、本人の自己満足だ」
と指摘したうえで、
そのような「おせっかい」よりも大切なのは「見守る」ことだ、と述べていらっしゃいます。




僕は、この記事を読んでいて、4年ほど前に書いた詩を思い出しました。
2002年12月12日に書いた『原則』です。
『ダムの決壊』『詩』 に載せてあります。)


今回のAngelaさんの記事が、おせっかいをする側に向けて語られたものであるのに対して、
『原則』は、おせっかいをされる側に向けて語ったものです。
視点と内容が微妙にずれていて、面白い、と感じました。
「誰に向けて語るか」によって、微妙に違ってくるのかもしれませんね。



もし、仮に僕が、おせっかいをする側に向けて何かを語るとしたら、
どんなことを伝えようとするだろう・・・。

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2006年07月30日(日)

一言/ひとりじゃないよ。

テーマ:『ブロガーは思う』 記事紹介

『ブロガーは思う』 から、記事を2つ紹介します。


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1つ目は、
『一言』
J太郎さん の記事です。


「おはよう」
「ありがとう」
といった、ごく普通の一言が大きな力を生むことに気づいておきたい。


>理由も伝えずただ眉間にしわよせてたり
しかめ面していたり、
そういうのって幼いな。
そういうのとはおさらばだな。


・・・と、J太郎さんの決意が綴られています。



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2つ目は、
『ひとりじゃないよ。』
けえさん の記事です。


いつか死んでしまう、自分。
死んだらすべてが消えてしまう、この人生。
でも、無意味じゃない。
ひとりでもない。


苦しいなら、苦しくないように
なんでもいいからやってみればいい
どこでもいいから出かければいい
なにかするのがいやならなにもしないで
かんがえないでかんじないでそこにずっと
まるまっていればいいんだよ


・・・と、人生の無意味さに沈んでいる人に、語りかけています。

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2006年07月23日(日)

自分の人生を歩むこと/先入観について

テーマ:『ブロガーは思う』 記事紹介

『ブロガーは思う』 から、記事を2つ紹介します。


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まず1つ目。
『「虎穴に入らずんば虎子を得ず」』
米森ヒデキさん の記事です。


いざ、自分の人生を歩みだそうとする時に、
なかなか周囲の人に理解されないのは当たり前。
反対されるのも、当然のことだった。


>何も失わずに何かを得ることなんてできない。

>人生の全てを賭けてみようと決意した時、
それまで灰色一色だったこの世界が
鮮やかに色付きはじめた。


・・・と、米森さん自身の実感が語られています。


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2つ目は、
『先入観って大切』
ささやんさん の記事です。


先入観は偏見だ、という見方もまた、一つの偏見だと言える。
そもそも、まず初めに先入観がなければ、何も理解できないはずだ。


>たとえば、「恋とはこういうものだ」という私たちがすでに持っている考え方(先入観)なしに夏目漱石の『こころ』を読むことはできません。

>先入観は偏見とは違って決して悪者ではありません。私たちは先入観がないと何も理解できないのですから。


・・・と、先入観の大切さを指摘しています。

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