2017年02月14日(火)

『「死ぬのが怖い」とはどういうことか』

テーマ:本の紹介
約2年半前、『死が怖い理由と、虚しい理由』という記事を書きました。
その半年前には『死と喪失』という記事も書いています。
「死」は、私にとって、どうしても避けては通れない長年の課題でした。
それは今も変わっていませんが、最近、ようやく薄明りが見えてきました。

昨年、たまたま立ち寄った本屋で見かけたのが、この本
『「死ぬのが怖い」とはどういうことか』 著:前野隆司(講談社)
です。
死に対する感覚とその質感は、人それぞれだと思いますが、
幸い、この本の著者が書かれている死に対するイメージ(というか原風景)は、
私の持っていたそれとほぼ重なっていました。

ただ、結論があまりにも楽観的すぎるような印象も受けました。
とりあえず手元に置いておこうと思い購入したものの、ずっと「積ん読」状態のままでした。



先日、ある人から「前野隆司という人の本がおもしろい」と教えられ、
ハッとして先週末、一気に読み切りました。
読む時期もよかったのかもしれません。
私のように「死ぬのが怖い」と感じている(また時々怖さのあまり取り乱してしまうこともある)者にとっては、大変親切にわかりやすく丁寧にまとめられた内容だ
と感じました。
こんな本が街中の書店で売られていたことがちょっと信じられなくもあり、嬉しくもあり。
著者自身が携わってきた研究と学識を踏まえつつ、
「死」と真正面から向き合い、一人の生身の人間として、また幅広い視点から語ってくれている。
そんな奇特な本でした。



「自分」とは一つの視点に過ぎないのではないか。
そう思えるようになれば、きっと、死は怖くなくなる
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2013年01月05日(土)

『ベロニカは死ぬことにした』

テーマ:本の紹介

『ベロニカは死ぬことにした』は、
『アルケミスト』の作者としてよく知られているパウロ・コエーリョの作品。
自らの意志で死に直面した主人公が、
残された時間のなかで人生を体感的に理解し、獲得していく物語。



社会的背景や、登場人物の生活環境など、
必ずしもすべての人に当てはまる内容ではないものの、
フィクションながら、「人生の現れ方」をそれぞれに生々しく(生き生きと)描き出し、
人生についての一つの普遍を説いた作品。
一人一人の現実世界の在りようを示すことによって、
世間の人々が従っている常識的価値観に、大きな疑問の一石を投じている。



常識的な多くの人にとっては、新たな世界を拓く一冊となるだろうし、
そうでない人にとっては、周囲からの無理解を理解し対処していくための杖にもなる一冊。



【以下、角川文庫版より抜粋】



狂気とはね、自分の考えを伝える力がないことよ。まるで外国にいて、周りで起こっていることは全て見えるし、理解もできるのに、みんなが話してる言葉がわからないから、知りたいことを説明することもできず、助けを乞うこともできないようなものよ。
(80ページ)



見返りを何も期待しない愛情は、彼女を罪悪感と相手の期待に応えたいという欲求で満たした。そのために自分が夢見てきたことを全て諦めることになったとしても。それは、世の中に存在する困難や堕落から、彼女を庇おうとするような愛だった。いつか、彼女がそれらのことに直面し、その時には全く身を守れなくなるだろうということを無視して。
(87ページ)



問題を避ける一番の方法は、責任を分け合うことだ
(93ページ)



外部からの攻撃を避けるために、彼らはそれで内的な成長も止めてしまうことになる。彼らは働き続け、テレビを観て、子供を作り、交通渋滞について文句を言うが、こうしたことは自然に起こることで、特に何の感情も伴わない。結局、全てはコントロールされているのだから。
憂鬱による中毒の一番大きな問題は、嫌悪、愛、絶望、興奮、好奇心といった情熱が、自己主張しなくなることだ。しばらくすると、憂鬱になった人は全く欲望を感じなくなる。彼らは生きる意志にも死ぬ意志にも欠けていて、それが問題だった。
――中略――
憂鬱の末期にいる人は、一週間に一回しか自分の病気に気づかない。それは日曜日の午後だ。症状を和らげるための仕事も日常の習慣もなく、彼は何かが大きく間違っていると思う。長い平和な時間を地獄としか思えず、大きな苛立ちしか感じられないからだ。
――中略――
社会的な見地から、この病気の唯一の利点は、それがあまりに普通になったために、よほど中毒が重くて、その患者の行動が他の者に悪影響を与える時以外は、もう入院の必要がないことだった。
(111ページ~)



「まだ何も学んでないの? 死が近づいてもまだ? 隣の人の邪魔になるとか考えるのはやめなさい。もし気に入らなければ、彼らは文句を言えるんだもの。それでもし文句を言う勇気がなければ、それはその人たちの問題よ」
(120ページ)



「我々は皆、違うものを欲しているんだ」と彼は答えた。「我々のパートナーも同じだ。それのどこがおかしいんだい?」
「わたしが教えてほしいわ」
「全てがおかしいのさ。誰もが夢を見るけれど、実際に夢を実現できるのはほんの一握りだ。それで人は臆病になるんだ」
「その一握りが正しくても?」
「正しい人は、それがただ一番強い人ってだけなんだ。この場合、矛盾してるが、臆病な人ほど勇ましくなって、彼らは他の人たちみんなにその考えを押し付けてしまおうとするのさ」
(171ページ)



人がなぜ神父よりも、精神科医に対してよりオープンに話せるのかといえば、精神科医は地獄を持ち出して脅すことなどないからだ。
――中略――
博士に"話す"のは、彼らがほとんど何も"した"試しがないからだ。
――中略――
全ての人の指紋が違うように、誰もが人とは違う性的な顔を持っているものだから、と言っても無駄で、誰も信じようとはしなかった。
(175ページ~)



誰もが、何ごとに対しても自分の理論を持っていて、自分の真実だけが大事だと信じていた。彼らは昼も夜も、何週間も、何年間も話し続けた。よくも悪くもアイデアというものは、誰かが実践して初めて存在し得るものだという事実を永遠に受け入れることもなく。
(180ページ)



きちんとした行動のマニュアルに従うのではなく、自分の人生、欲望、冒険を発見して、"生きろ"って教えてやるの。伝道の書からカトリック、コーランからムスリム、トーラーからユダヤ教、アリストテレスから無神論まで引用するわ。――中略――もし神の危険を冒すことを拒絶すれば、神はあの遠い天界へ引きこもり、単なる哲学的な思索の対象にしかならなくなるわ。誰でもそんなことは分かっているのに、最初の一歩を踏み出さないの。精神異常者って呼ばれるのが怖いからかもしれないけど。
(184ページ)



わたしはいわゆる人間の普通の行動について研究しているんだ。わたしの前の多くの医者も似たような研究をしていて、普通さというのは、ただ一般論の問題だという結論に達している。それは、大勢の人がそのことを正しいと思えば、それが正しくなってしまうってことだ。
常識に支配されているものもある。シャツの前側にボタンを持ってくるのは論理の問題だ。横でボタンをするのは難しいし、裏だったら不可能だろうから。
でも、べつの類のものは、より多くの人々が、そうあるべきだと信じているためにそう決められているんだ。
――中略――
人は各々個性的で、それぞれの才能、本能、楽しみ方、そして冒険への欲求を持っている。ところが、社会は常に、我々にある集合的な行動を強制する。でも人は、なぜそんな行動を取らなければいけないのかなんて考えもしないんだ。
(203ページ~)



「変わろうとすることが深刻な病気なの?」
「もし無理して自分を人と同じようにしようとするならね。それが神経症、精神病、パラノイアを引き起こすんだ。それは自然の歪みで、神の法に逆らうものだ。世界中の全ての林や森で、神は一つとして同じ葉っぱを作っていないのだから。
(206ページ)



その本は、その考えで世界を震撼させた、神秘家たちについて書かれたものだった。地上の楽園について独自のビジョンを持ち、人々に一生をかけて自分の考えを伝えようとした人たちだ。イエス・キリストもいれば、人が猿から派生したという理論を打ち立てたダーウィン、夢の重要性を肯定したフロイト、新大陸を探しに旅立つために女王の宝石を質に入れたコロンブス、そして全ての人々が平等の機会を手に入れるべきだと信じたマルクスもいた。
――中略――
彼らもまた誰もが体験するような疑念や不安で一杯だった。彼らは、宗教にも神にも、意識を広げたり新しいレベルに到達させることにも、特に興味などなかったのに、ある日突然、全てを変えることにしたのだ。その本で一番おもしろかったのは、それぞれの人生に、自分の楽園像を探しに出るきっかけとなる、ある魔術的な瞬間があることを説明していることだ。
彼らは、なんとなく人生が過ぎていくことを許さず、自分の望むものを手に入れるためなら、施しも請えば、王様さえ唆し、外交や権力を使い、法を無視し、時の権力から睨まれたりしながらも、決して諦めることなく、降りかかるどんな困難の中にも美点を見出せるような人たちだった。
(222ページ~)



結局、外交とは、問題が自然と解決へ向かうまで、決断を引き延ばす技術でもあるのだから。
(229ページ)



"死を意識することで、より密度の濃い人生を送るよう力づけられることがある"
(252ページ)



【抜粋ここまで】



自己言及をも排除しない、珠玉の言葉の数々。
180ページの
誰もが、何ごとに対しても自分の理論を持っていて、自分の真実だけが大事だと信じていた。
は、本書自身にも適用できるし、きっと作者(パウロ・コエーリョ)もそのことを排除しないに違いない。



この人生を生ききる主人公は、他でもない自分自身なのだから。

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2011年09月05日(月)

『モモ』

テーマ:本の紹介

今でもそうですが、
僕は、時間の管理がとても苦手です。


それでも仕事においては、役割上、
逆に周りの人の時間の管理を手伝うようなこともしています。
でも、僕自身の気持ちとしては、
人生で1、2を争うほど苦手意識が強いのが、「時間の管理」です。


僕が何でもメモするのは、
僕が時間の管理ができているから、ではなくて、
むしろその逆です。
まったく自信がないので、メモを取りまくっています。
「メモを見るのを忘れる」
という情けない事態を避けるために、「必ず見る場所」にメモするようにしてます。




子供の頃から、親にもよく注意されていました。
「時計を見なさい」と。
ひどく叱られて、ある時期、僕は頑張って時計を見るようにしていました。
が、今度は、時計ばかりが気になってしまい、
肝心の作業が手に付かなくなってしまいました。
振り返って時計を確認する、ということをひたすら繰り返していました。


僕には、
作業をしながら、ちょいちょい要所で時計を確認する、
というセンスがまるでなかったわけです。






中学生の時に、僕は、『モモ』という小説を初めて知りました。
学校の推薦図書になっていました。
解説欄には、「時間どろぼうと戦う少女の話」と書いてあり、
いかにも子供向けの童話らしい、と思いつつ、
なんとなく気になって読み始めたような記憶があります。


まさか、自分の世界観を根底から揺るがされるとは思いもしませんでした。




時間を節約することは、時間を無駄にすることだ。
・・・そういう思想が、そこに書かれていました。
それまでの僕は、
時間を節約できない僕は、時間を無駄にしている、
と思い込んでいたので、この思想はかなり衝撃的でした。


それまで、親は正しいことしか言わない、と信じ込んできましたが、
『モモ』を読んで、僕は、生まれて初めて「親は間違っている」と心の底から確信しました。
もちろん、すべてにおいてではなく、
「時間の無駄」ということに関してですが。




・・・まあ、だからといって、
僕が、時間に追われる現代社会に生きていることに変わりはないし、
このファンタジー小説の主人公の少女のような生き方を、僕自身がそのまま真似できる、
ということでもありません。
また、そのまま真似しようとも思っていません。


でも、こういう時間の捉え方のほうが、本来、自然なのだろう、
とは思います。
現代社会に生きている以上、その流れに合わせて生きることは重要ですが、
人間本来の心の持ちようとしては、根っこの部分では『モモ』のような在り方をしているべきだ、
と本気で思います。


時間の管理ができなくて悩んでいる人や、
時間を節約しようとして焦っている人に、
この小説が、薬になるか、毒になるか、僕にはわかりません。
ただ、この小説は、
「生きる上での時間」ということに関して、
真正面から大きな問いを投げかけ、
真正面から答えようとしています。
その透明さは、発売から40年近く経った今でも色褪せていません。




『モモ』で自分の記事を検索してみたら、以前、こんな記事も書いてました。


『時間は管理できない』
『子どもの感覚』

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2010年11月14日(日)

『変身』

テーマ:本の紹介

フランツ・カフカの『変身』
まんが版 も出ているようです。


主人公は、平凡なサラリーマン。
ある朝、ベッドの上で目が覚めたら、自分の姿が巨大な(人間大の)虫になっていた。
自分の体が変わってしまったこと以外は、今までと同じだった。
人が話している内容もわかるし、昨日までの記憶も鮮明に残っている。
しかし、体が変わってしまっているので、
以前のように話すことができない。
家族の理解を得るどころか、自分の意思を伝えることさえままならない。


ある日、極端に不条理な状況に突き落とされた主人公の、
孤独と焦燥を生々しくリアルに描いた作品。




この作品は、
「ある朝、自分が虫になっていた」
という状況設定を忠実に守り、
そこから当然の帰結として展開されるであろう人間模様や心理を、極めて冷静に描いている。


SF小説やファンタジー小説にありがちな、
「言葉はわからないけれども愛の力によって通じ合えた」
といった“都合の良い”展開は一切ない。
状況設定こそ非現実的であるものの、
SF小説やファンタジー小説とは一線を画する“不条理文学”と呼ばれている所以がここにある。

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2010年10月09日(土)

『ねじまき鳥クロニクル』

テーマ:本の紹介

小学校で一番仲の良かった友人に、
大学生の頃に薦められたのが、村上春樹の作品。
中でも、この『ねじまき鳥クロニクル』 を薦められた。


僕がひねくれているのは、当時も今もあまり変わらない。
例えば、石田衣良とか、
巷で話題になってチヤホヤされているような作家の本には、なんとなく偏見を持ってしまう。
それでも、
「なんとなく偏見を持ってしまう」と認められるようになった分、
多少は丸くなったのだと思うけれども。


僕の印象では、村上春樹も、そんな「巷で話題の現代作家」だ。
友人に薦められた時を含め、あまり読みたいとは思わない作家の一人だった。
タイトルに外来語(カタカナ表記)が入っていると、“軽い”感じがしてしまうのかもしれない。




でも最近、書店で平積みされているのを見かけて、
少し気になって買って読んでみた。
これが、面白い。


舞台は、現代日本の都会やありふれた家庭で、
主人公も、ごく平凡な青年。
設定は、いかにも「巷で話題の現代作家」ふうだけれども、
読後感としては、
内容的に、パウロ・コエーリョの『アルケミスト』や『星の巡礼』の現代日本版、
という印象だった。


非常に精神性の強い作品。
一見、現実には起こり得ないような、極めて特殊な状況が描かれているにも関わらず、
現実世界の一部としての整合性を保っており、むしろ真に迫っている。
普段、自分が「現実」だと思い込んでいることの裏には、
戦争を始めとする、極めて「非現実」的な現実が、紛れもなく存在している。


そのことを強く思い起こさせられる、長編の3部作。

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2010年07月21日(水)

『伝える力』

テーマ:本の紹介

池上彰さんの説明は、本当にわかりやすい。


最近、会社の会議で「伝え方」が問題になっていたこともあってか、
ふと立ち寄った書店でこの本を見つけて、半ば衝動買いした。
『伝える力』




この本は、社会人(本の表現を借りれば「ビジネスパーソン」)向けに書かれたものだが、
「伝える」こと全般の注意事項が、一通り押さえてある。
言われてみれば納得するようなことばかり。
特に目新しいことが書かれているわけではなかったが、
普段、忘れがちなことを、一つ一つ具体的な例を挙げながら系統立てて思い出させてくれた。


王道を行く、実践的な本。
それにしても、つくづく読み易く、わかりやすい本だった。
最近あまり本を読まなくなっていたが、2日かからずに読みきった。

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2009年09月24日(木)

『悩む力』

テーマ:本の紹介

一般常識(※)からすれば逆説的な内容でありながら、むしろその内容を肯定的かつ積極的に取り上げている本があります。
(※僕が「これが一般常識だ」と思い込んでいるだけかもしれませんが。)


2006年に、『世界音痴について(対談)』 という記事の中で、
『世界音痴』という本を題材にAngelaさんと対談させて頂きましたが、
この『世界音痴』などは、まさにそのような本(エッセイ集)です。
この本の著者(詩人)は、世界にうまく溶け込めない自分のありようを「世界音痴」と名付け、
自分の「世界音痴」ぶりをありのままに曝け出しました。
僕は、そのような著者の姿勢と価値観に、強い共感を抱きました。


今回の記事で紹介するのも、同じように共感を抱いた本です。
『悩む力』
姜 尚中(カン サンジュン)という政治学者が書いた本で、
著者は時々、評論家としてテレビ出演もしているようです。
(私事ですが、)これまで僕自身はこの人のことを知りませんでしたが、
僕の父が以前からこの人のことを知っていて、かなり気に入っていたそうです。




以下、本文中で特に印象深かった箇所です。


「自分でこれだと確信できるものが得られるまで悩みつづける。あるいは、それしか方法はないということを信じる。それは『不可知論だ』と言う人もいるでしょう。でも、中途でやめてしまったら、それこそ何も信じられなくなるのではないかと思います。
『信じる者は救われる』というのは、究極的には、そういう意味なのではないでしょうか。何か超越的な存在に恃むという他力本願のことではない、と思います。」(109ページ)


「愛とは、そのときどきの相互の問いかけに応えていこうとする意欲のことです。」(146ページ)


「単純に『死んではいけない』とは、私には言えません。でも、『人とのつながり方を考えてほしい』とは言いたいのです。つながるためにはどうしたらいいか考えて、その意味を確信できたとき、たぶん、『生』も『死』も両方、同時に重みを取り戻すのではないかと思うのです。そう信じたいのです。」(159ページ)


「ときには自己矛盾に陥り、投げ出したくなりました。ときには全力で当たっていかないで、ぬらぬらした宙ぶらりん状態に甘んじていたこともありました。他者を認めると、自分が折れることになるような気がして納得できなかったこともあります。しかし、その積み重ねによって、いまの私があると思うのです。」(160ページ)


「若い人には大いに悩んでほしいと思います。そして、悩みつづけて、悩みの果てに突きぬけたら、横着になってほしい。そんな新しい破壊力がないと、いまの日本は変わらないし、未来も明るくない、と思うのです。」(177ページ)


少し引用が多すぎたかもしれませんが、
著者が伝えようとしていることの大切さを思えば、これくらいの引用は許されるでしょう。
関心を持たれたかたは、ぜひ書店などで実物をご覧ください。

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2006年06月21日(水)

『アルジャーノンに花束を』

テーマ:本の紹介

「頭が良くなれば幸せになれる」

必ずしも、そう言い切れるだろうか・・・?


人は、優秀な頭脳を手に入れたとき、
それと引き換えに、別の大切な何かを失う宿命を負っているのかもしれない。
例えば、
わからないことの中に神秘を見出す感受性とか、
ささやかな親切に対して心から感謝する姿勢とか。



『アルジャーノンに花束を』
は、フィクションですが、
「もし、知的障害者だった人がある日、天才になったら」
という想定のもとで、
現実の人間の本質的なあり方を描ききった名作です。



頭脳明晰であることは、ある面では、人生を豊かにします。
しかし人は、それだけでは幸せになれません。


「理屈では割り切れない、もっと大切なものがある」
この小説は、そのことを如実に物語っています。


ダニエル キイス, Daniel Keyes, 小尾 芙佐
アルジャーノンに花束を
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