2014年06月15日(日)

いわれなき感謝

テーマ:幸と不幸

自分の存在価値を決めるのは、自分じゃない。
これは、比喩でも何でもない。
ごくシンプルに、本当にそうなのだ。


自分の存在価値は、自分ではわからない。
そもそも世の中が、そうできているのだから仕方ない。




愛されることに、理由はない。
いてくれるだけでありがたい、と思われている。
その存在に感謝しているのだ。


だから、感謝されるほうは、
自分が感謝される理由を 知らない。
「give & take」は、しっかり成り立っている。
でも、そこには「give」の自覚がない。そういうものだ。
だからこそ長続きする。
お互い、なぜだかわからないけど息が合うし、互いを必要としている。
それでいいのだ。
自分が必要とされる理由を知る必要はないし、
自分が感謝される理由など、わかりようがないものだから。




生まれたこと自体を後悔することはできない。
今、こうして生きていることが、肯定そのものなのだ。
たとえ、どんなに自己嫌悪していても、その事実は変わらない。
だから好きなだけ自己嫌悪すればいい。
自己嫌悪の果てに、どうするのかを選ぶのは、結局のところ自分自身なのだ。


この世界は、そもそもそのようにできている。
この仕組みから逃れることはできない。
息苦しく感じる人もいるかもしれないが、これが現実だ。
悔しかったら、闘うしかない。


そして、周囲には目もくれずに闘っているあなたを
大切に思っている人がいる。
あなたが存在している、そのことだけで、その人は幸せなのだ。
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2014年03月09日(日)

自分の幸せを優先

テーマ:幸と不幸

先日、僕は言いました。
幸せになるためなら、手段を選ばない。 と。


「なんて暴言を吐くんだ」
と、不快に感じたかたもいるでしょう。
でも、表面的な幸せや、見かけ倒しの幸せを求めるのではなく、
本当の幸せを目指すのであれば、その限りにおいては、
自分自身の幸せだけを考えればいいのだ
と、本気で僕は思っています。


そもそも、他人の幸せを考えようとしても、たかが知れています。
せいぜい自己満足程度のことしかできないのが(悲しいながらも)現実ではないでしょうか。
皆、自分の幸せは、究極的には自分で掴むしかないのです。
だから、他人の幸せを願っている暇があれば、
自分の幸せを掴むことに全力を注いだほうがいい。


『続・死が怖い理由』 という記事の中で、
「本当に不幸なのは、この世界と一体になれないこと」だ、と書きました。
もし、世界と一体になる、というこの一体感がなければ、幸福もない気がします。
自分の幸せを心から求めるのなら、
自然と、世界と一体になって幸せになる方へ向かうはずです。




だから、僕は、
誤解を恐れずに、こう言うのです。
幸せになるためなら、手段を選ばない。


仮に、相手にとっての「幸せ」と、僕にとっての「幸せ」が対立して折り合わなかった場合、
それでも僕は、まず、自分の幸せを優先します。
そして、自分の幸せが相手にとっても幸せとなるように、
最善を尽くします。
もう、そうするしかないのです、生きている以上は。
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2012年03月16日(金)

悪いことをしなくても生きていられる状態

テーマ:幸と不幸

幸せの定義については、
『幸せとは何か』
『幸福の定義』
『幸せの中身』
など、いろいろなことを書いてきたが、
今日、もう一つ思い至った。


幸せとは、悪いことをしなくても生きていられる状態のこと。


ここでは、あえて「悪いこと」の定義はしない。
主観的にそれが悪いと感じられることなら、それは悪いことだということにしておく。
大事なのは、悪いと感じるようなことをしないで生きていられる、ということ。
それだけでもう充分に幸せなのではないか、と思う。
そんな人、本当にいるのだろうか、・・・と思ったりもする。


生きるためには、罪悪感があることでも、せざるを得ない場合がある。
そもそも、自分が生きていること自体が悪いことのように思える時もある。
悪いことと知りながら、それに目をつぶって(内心では)不本意な生き方に突入してしまう人がいる。
「罪悪感がなく」て、「生きていられる」心理状態であれば、
それは本当に幸せな状態に違いない。


・・・あ、でも、
悪いことをしなくても生きていられるけど、
それだけじゃ「物足り」ず、「充実感がない」心理状態もあるかもしれない。
至れり尽くせりの環境の中で、ただ生きているだけでは、
人は幸福感を得られない、ような気もする。

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2011年05月26日(木)

幸せの中身

テーマ:幸と不幸

幸せとは、
人並みに悩み、人並みに挫折し、人並みに後悔して人並みに落ち込むような、
「中途半端ながらも人並みに暮らしていく日々」のことだ。
「人並みに暮らすこと」ほど貴重で、幸せなことはない。


人並みに暮らしている人ほど、そのことを知らない。




・・・と、以前、twitterに書き込んでいたのを登録してくださった人がいて、
はっとさせられて再録。


書いた自分でもすっかり忘れていたけど、今年の2月頃に呟いていたらしい。

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2009年06月07日(日)

ほんのすぐそこまで歩けること

テーマ:幸と不幸

ほんのすぐそこ、例えば2~3メートルの距離を、
思いのままに歩けることの幸せを、
知っているか。


怪我をしていても、
心を病んでいても、
敵に囲まれていても、
土地が荒れていても、
ほんのすぐそこまで、思いのままに歩くことができない。


車に轢かれて死にかけている人。
床に臥せって寝たきりの人。
捕らわれて拘束されている人。
戦争の只中に生きている人。
彼らが痛感しているであろう、ほんのすぐそこまで思いのままに歩けることの幸せを、
きっと、僕は、ちゃんと知らない。

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2007年12月26日(水)

本当に幸せになるのであれば

テーマ:幸と不幸

幸せのためなら、
何をしてもいい。




・・・「いい」なんて、僕が決めるのはおかしいね。


幸せのためなら、
人は何だってする。
「いい」と言われても、「悪い」と言われても、関係なく。
それが、人の自然な姿なんだ。




幸せかどうかの基準は、善悪の基準とは違うよ。
そもそも軸が違うんだ。
極端な話、
本当に幸せになるのであれば、
どんな手段でも「正しい」のさ。


手段が間違っていたら、決して幸せにはなれないはずだよ。


本当の幸せを心の底から望んでいる限り、
そのために何をしても、それは正しいはずだ。
たとえ世界中を敵に回しても、その先にある幸せを見据えているのであれば、
それこそが正しいんだ。

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2007年03月06日(火)

幸せとは、存在の充実感だ

テーマ:幸と不幸

苦しい時もある。
つらい時もある。
悲しい時も、悔しい時もある。
耐え切れない思いをする時もあれば、
放心状態になってしまう時もある。


一時的なものだとは限らない。
生まれてこのかた、そういう思いが、ずっと続いてきた人もいるだろう。


でも、今こうして生きている。
今日も世界は充実している。
あなたは、自分の意志で、この文章を読んでいる。
僕は、誰が読んでくれるかわからない文章を書いている。(誰も読んでくれないかもしれない。)


「それが何だ」
と言われれば返す言葉もないけれど、
今こうして、知らず知らずのうちに繋がっていられることが、幸せなのだ、と僕は思う。

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2007年02月09日(金)

幸福の定義

テーマ:幸と不幸

傍目には幸せそうに見えても、
本人が幸せに感じていないのであれば、
やはり、幸せではないのだ。


幸福感ほど主観的なものはない。


「あなたは本当は幸せなのだ」
と言われても、
実感が湧かなければ、現実としては紛れもなく不幸。


「本当の幸せに気づいていないだけだ」
と言われても、
納得がいかなければ、現実としては紛れもなく不幸。


ただ、それが不幸であることを、
あまり多くの人に認めてもらえないだけだ。




幸せかどうかなんて、もともと本人にしかわからないことなのだから。

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2006年10月16日(月)

三種類の生

テーマ:幸と不幸

誰が言ったものか忘れてしまったが、
人間の死には、三種類あるらしい。


一つ目は、肉体的な死。
これは、最も原始的な死であり、
およそ生きとし生けるものが例外なく迎える死である。


二つ目は、精神的な死。
これは、意識を持つものだけが迎える死である。
精神的な死とは、すなわち、意識が消えてなくなることである。


そして三つ目は、社会的な死。
肉体が生きていて、精神的にも生きている人でも、
死んだも同然のような生き方をしている人がいる。
この人のような状態を、「社会的に死んでいる」という。




肉体的に生き、
精神的に生き、
社会的に生きる。
この三拍子がバランス良く揃っていること。
それが、人間にとっての幸せなのだと思う。


どれか一つが欠けても、人間は幸せを感じられない。
・・・かといって、
どれか一つが極端に抜きん出ていることも、きっと、幸せではないだろう。

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2006年05月24日(水)

「不幸」の認定

テーマ:幸と不幸

今の自分は、不幸だ。
恵まれていない。


・・・そう感じていれば、
「幸せになろう」
と強く思える。
それは、夢や希望に向かって突き進むための原動力にもなる。



今の自分は、幸せだ。
とても恵まれている。


・・・そう感じていると、
「幸せになろう」
とは思いようがない。
既に幸せなのだから、さらに夢や希望を持とうとするのは非常にわがままなことのように思える。
(参考:2005年3月19日の記事『恵まれている』




だから、他人から「不幸」だと思われようとする。
その「不幸」を出発点にして、自分の欲望や行動を正当化したいのだ。


「幸せになる権利」
は誰も否定しない、という、そのことにつけこんで。

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