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2014年05月14日(水)

自己認識は誤る

テーマ:心/感情

自己認識は誤る。
・・・もしかすると、これは黄金律かもしれない。


「何を大袈裟な」と思われるかもしれないけれども、
とにかく、自己認識は誤るのだ。・・・そう思って見直してみると、
いろいろな疑問が氷解してくる。
(疑問が氷解するだけで、無論、答えは得られない。)


良い自己評価でも、悪い自己評価でも、
とにかく、その自己認識は、およそ常に違うのだと思う。




自分で思っているほど、自分は○○でない。
「自分で思っているほど、自分は○○でない」と思う割には、以外と○○だ。
「『自分で思っているほど、自分は○○でない』と思う割には、以外と○○だ」と思っているが、
実際、そこまで○○でもない。・・・以下、エンドレス。


無限遡行を追いかけても、実は、あまり意味は無い。
とにかく、どんな瞬間にも自己認識は誤る。
そういう“感覚”で、常に捉えてみるとよさそう。


ただし、中途半端に適用すると、単純に自己嫌悪に陥るので要注意。
「自己嫌悪になっていること」もまた自己認識の一つである、
ということがわかっていればOK。


自己を認識しようとしていること自体が、そもそもの誤りなのかもしれない。
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2014年04月22日(火)

慣れて、意識して、また感じて

テーマ:心/感情

子供は考える
なぜなら、世界に慣れていないから。
慣れていないから、つまづく。
つまづいた子供は、世界と自分のギャップをひしひしと感じ、
世界について、自分について、あれこれと考えを巡らすようになる。


『「慣れる」と「意識する」』
という記事でも述べたが、
わけがわからないうちは、まず「慣れる」ことが大事だ。
ところが、
いったん「慣れる」と、今度は、そのことをあまり意識しなくなってしまう。
きっと、日頃よく使われる言い回しと実感 の間のギャップも、その辺から来ている。
よく考え抜かれた言葉も、使われ過ぎると陳腐化してしまうのだ。


・・・しかし、たまに疑問に駆られる時がある。
(例えば、そもそも会話ができる、ということ自体が実はスゴいことではないでしょうか!?)
そうして「意識する」と、慣れていたはずのことが、またわからなくなっていく。
なんて不思議なんだろう 、と再び思えてくる。
世界が、現実が、にわかに臨場感 を帯びてくる。




だから、
もっと心を開いて真剣になろうよ 、って思う。
「真剣さ」と、「慣れ」は、きっと相容れない。
まずは慣れることが大事だけれども、慣れ過ぎて陳腐化してもいけない。


私たちは、死骸の世界 を生きている。
会話もできるし、超能力のような視覚 も持っている。
建設現場を覆っている波打つシート も、決められた道を歩く人 も、
意識して見てみると、とてもおもしろい。
「道がない」 と聞くと不安になるのは、「道がある」状態に慣れ過ぎているせいだ。


人の根本的な原動力は、理性や論理よりも、感性や感覚だと思う。
でも、感性や感覚が鈍ってしまった時、
理性や論理が警鐘を鳴らせば、そこに新鮮さを取り戻すことができるのではないかと思う。




(以下、『記憶と光景』 より引用)

自動車だって、本当はすごく奇妙だよ。
当たり前のように思っているかもしれないけど、
道の真ん中を、人を乗せた鉄の箱が、かなりの速さで滑っていくんだ。
それも1つだけじゃないよ。次々とね。
赤や青のランプに従って、止まったり動いたりしながら、ちゃんと並んでね。
町全体が、まるで工場みたいじゃないか。

~ 中略 ~

今日、僕は、
「車だって奇妙なものじゃないか」
と、理性に呼びかけられ、
いつも見慣れているはずの町並みが、とても不思議でエキサイティングな光景に見えた。

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2014年03月16日(日)

自信の手を広げて

テーマ:心/感情

自信は、外部から与えられるものじゃない。
とはいえ、
その自信も、決して揺るぎない自信ではない。
むしろ不安だらけだし、
ハッキリ言って揺らいでばっかりだ。


「なぜだかわからないけど、これでいいと思う。」
・・・そんなふうに思える時も、実は少ない。


それでも、今まで生きてきた。
生きてこれた。
だから、きっと、これでいい。
自信を持つのに、根拠は要らない。


そう、自分に言い聞かせる。
そんな、揺らいでばかりの自信があってもいい。
今日から僕は、それも「自信」と呼ぶことにする。
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2014年02月09日(日)

自分をゆるすことは難しい

テーマ:心/感情

誤解を恐れずに言えば、
「人にゆるしてもらう」のは簡単だ。
本当にゆるしてもらえたかどうかは、その人本人になれるわけではないからわからないけれども、
自分が「ゆるしてもらった」と実感しさえすれば、
もう、それは、「ゆるしてもらった」ことになるからだ。


それにひきかえ、
「自分で自分をゆるす」のは難しい。
本当にゆるしているかどうか、自分自身だからわかっている。
口先や頭だけで「ゆるした」と思っても、
実際にはゆるせていない自分がいる(ことを知っている)。


問題が解決するだけでなく、
その顛末をも含めて心の底から諒解し、承認できる状態になって初めて、
「自分で自分をゆるす」ことができる。


だから、
「人にゆるしてもらう」ことよりも、
「自分で自分をゆるす」ことのほうが、遥かに難しい。
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2012年12月25日(火)

「自力」を信じて待つ心

テーマ:心/感情

障害や困難は、自力で乗り越えるしかない。


・・・もっとも、
ここで言う「自力」とは、広い意味での「自力」だ。
誰かに手伝ってもらうのもよし、救急車を呼ぶのもよし。
SOSを適切な相手に適切なタイミングで発信し、実際に助けてもらう
ということも、ここでは「自力」に含むことにする。
なぜなら、
自らの意志でSOSを発信し、それを受けて相手が動いてくれたのなら、
少なくともその発端は間違いなく「自力」によるものだったと言えるし、
その「自力」が奏功して解決につながったのだ、とも言えるからだ。




問題は、その発端でさえも「自力」で動くことができない場合だ。


周囲が見かねて手を差し伸べてくれる時があるかもしれない。
しかし、それでは同じような苦難がまたやってきた時に対応できない。
同じことの繰り返しになってしまう。
手を差し伸べてくれる人がたまたま現れるのを待つだけでは、
次、その苦難を乗り越えられる保証は、どこにもない。
せめて、「自力」で、誰かに助けを求めなければならない。
また、単に助けを求めるだけでは足りず、実際に相手に動いてもらわなければいけない。




愛は、その人が自力で立ち直るのを見守る辛抱強さが試される。


もし立ち直れなければ、結局、損をするのは他でもない自分だから。
もちろん、最期まで立ち直れない場合もある。
ザラにある。多々ある。
それでも、その可能性を視野に入れてもなお、信じて見守り待つ心。
それが、愛なのだと思う。
(それが愛のすべてではないだろうけれども。)

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2012年08月18日(土)

一瞬に賭ける思いも、ありのままを受け取る気持ちも

テーマ:心/感情

一瞬に賭ける思いも、
ありのままを受け取る気持ちも、
どちらも尊い。優劣はつけられない。




よく、
「ありのままを受け入れよう」
と言う人がいる。
その言葉は、決して嘘ではないと思う。


昼と夜、太陽と月、山と海、空に雲、風にそよぐ木々。
目先の生活にとらわれていると見過ごしてしまう、
身の回りの、ありのままの現実。
それを受け入れることができれば、
世界を全身で感じられるようになり、
自分の悩みも小さく見えて、それほど気にならなくなる。


また、人生そのものをありのままに捉えられれば、
「もともと人生には悩みがつきものだ」
ということも、自然に理解できる。
悩んでしまう自分を肯定できるようになる。




しかし、受け入れるばかりが人生ではない。
僕にも、あなたにも、
受け入れがたい現実があり、実現したい思いがある。


屈辱や挫折をも、そのまま受け入れなければならない理由はない。
世界は必ずしも自分の味方ではない。
時には、世界とも対決しなければならない。
その時、世界と対峙している一人の人間の姿は、とても美しい。




人は、ただ一人だけで生きているわけではない。
自分の思いだけでは生きられないし、
少し周囲を見渡せば、そこには底知れない豊かな世界が広がっている。


とはいえ、世界の従僕になる必要もない。
人に限らず、生き物はみな、
それぞれの目的を遂げようとして、世界と対決しながら生きている。
それが自然。それが普通。


だから、
一瞬に賭ける思いも、
ありのままを受け取る気持ちも、
どちらも尊い。優劣なんて、つけられない。

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2012年06月02日(土)

自分ですることは、こわい

テーマ:心/感情

誰かに指示されてやることは、
本質的には、自分でやっていることじゃない。
その場合、やっているのは指示した人であって、
自分は、その人の手足になっているに過ぎない。


自分で何かをすることは、とてもこわい。
あまり普段は気にしないようなことまで、ひどく気になってしまう。
自分のしていることがどう思われているか、
気になって仕方がない。
何も言われないよりは、叱られたほうがマシだとさえ思う。
それくらい、こわい。


本当に大切なのは、「他人にどう思われるか」ではなく、
自分がそれをしたいと強く望む気持ちのほう・・・のはずなのに、
きっと、心のどこかで自信が足りないのだろう。
他人からの評価を気にしてしまう。
不安になるのは、たぶん、自信がないからだ。


しかし、本当に自信満々の気持ちで自分で何かをしている人なんて、
実際どれくらいいるのだろう?
多少、自信がなくても、
勇気を振り絞って自分に言い聞かせ、歯を食いしばって進もうとしている人が
ほとんどなんじゃないのか?




自分で何かをしようとすれば、
当然、その結果に対する責任もすべて自分が背負わなければならない。
すべてが予測できるわけではないのに、
先の見えない未来に対して、責任を負うことになる。


こわい。
でも、それをしなきゃ前進しない。
だから、自分に賭けてみるしかない。


そうやって、自分で始めるのだ。
必ずしも自信に裏打ちされているわけではないのに、
必ず自信があるかのように振る舞いながら。

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2012年04月06日(金)

"好きなこと"の判定基準

テーマ:心/感情

ほめられるのが嬉しくてやっていることや、
ほめられたくてやっていることは、
本当に好きなことだとは言えない。
この場合の"好きなこと"は、
やっていることそれ自体ではなく、「ほめられること」のほうだ。


本当に好きなことなら、
ほめられるかどうかに関わらず、
ただ、それをするだけで満足するものだ。


もちろん、初めはほめられたくてやるのでもいい。
実際、それが入り口になる場合は多いと思う。
しかし、
いつまで経ってもただ"ほめられたくて"やっているだけなら、
それは、きっと、本当に好きなことではない。

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2012年04月04日(水)

苛立ち

テーマ:心/感情

苛立ってどうしようもない時、うわべだけの慰めは要らない、
と思うのに、
放っておかれても悲しくなる。


そんな自分の幼稚さ、身勝手さに気づいたら、
今度は、
自分自身に無性に腹が立ってくる。
焦燥感と、怒りと、虚しさで
アイデンティティーが揺らぎ、
自分の輪郭がぼやけ、枠組みがじわじわと崩れていく。




こうなったら、もう、
本人の気が済むまで見守るしかないのかもしれない。


諭すわけでも、否定するのでもなく。
かといって、離れるでもなく、うわべだけの肯定もせず。
宙ぶらりんの状態のまま、
意識を向けつつ、そこにいて見守るしかない。


結局のところ、
自分で結論を出し、自分で納得するしかないのだから。

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2012年01月04日(水)

基本的なこと(心/感情)

テーマ:心/感情

感情は、今までの経験や記憶から生まれる。
その意味で、普通、心の置き場所は「過去」なのだと思う。


今までの経験や記憶から、
何かを感じ、
何かを思い、
今までの経験や記憶を基点に、
心や感情が動く。


・・・しかし、これは、心や感情そのものを見つめた場合の話。




実際、心や感情が激しく動く時には、
わざわざ経験や記憶を振り返ったりしない。
理由がつく前に動いてしまうのが、心であり、感情だ。


先に、心や感情が動いてから、
「あれは何だったのだろう」と自問し、解釈し始める。
そこで、初めて理由がつく。
そして自分で納得し、意識的にもその心や感情を持つようになる。
・・・やがて、意識的な心の動きが増えてくると、
「心の置き場所は『過去』である」ように思えてくる。


でも、実際は違う。
心や感情は、"今、ここ"で動いている。
それ以外の場所には、心も感情もない。
・・・過去にあるように思えるのは、
「あの時、あのように感じた(らしい)」という記憶だけである。




→ 『基本的なこと(世界)』

→ 『基本的なこと(思考と行為)』

→ 『基本的なこと(コミュニケーション)』

→ 『基本的なこと(記憶/記録)』

→ 『基本的なこと(心/感情)』

→ 『基本的なこと(人間/人生)』

→ 『基本的なこと(時間)』

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