デジタル知覚と「不自然さ」
テーマ:知覚(錯覚)以前、『デジタルなのは、機械よりも人間のほう』
という記事でも書いたが、
見たものをデジタル化して捉えているのは、人間のほうだ。
しかし、
対象そのものが初めからデジタルに作られた存在であった場合、
その対象は、人間から見てもやはり不自然に見える。
例えば、対称性。
人の顔は、もともと左右対称ではないが、
普段あまり意識していない時には、それを左右対称的に捉えている。
左にも右にも目があり、中央に口がある、・・・という具合に、
確かに、おおまかに見れば人の顔は対称的になっている。
だから人は普段、ディテールは無視して、それを「対称的」とデジタル化して捉えているのだ。
しかし、初めから左右対称に作られたロボットやCGの場合、
最初から「対称的」というデジタル化の理想形になっているにも関わらず、
どこか不自然に見えてしまう。
つまり、
見たものをデジタル化して捉えているのは人間のほうだが、
もともとデジタルに存在しているものに対しては、人間もまた不自然に感じる、
ということだ。
人間は、あくまでも自然なものをデジタル化して捉えているのであって、
最初からデジタル化されているものを好んでいるわけではない。
これは、けっこう重要なことかもしれない。
デジタル化して捉えることによって、物事のディテールを省略して素早く把握することができるし、
最初からデジタル化されたものに違和感を覚えることによって、作為的な異変にいち早く気づける。
そのことが、脳を発達させた人類が生き抜く上での、
重要なポイントだったのではないかと思う。






