『息衝く』


2012年より撮影開始/完成に向けて

公開時まで、映画製作サポーター募集中

『息衝く』公式HP

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『愛のゆくえ(仮)』

『愛のゆくえ(仮)』公式HP

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『へばの』
□2008年 第32回 カイロ国際映画祭 上映
□2009年 第38回 ロッテルダム国際映画祭 bright future部門 上映
        東京 ポレポレ東中野 1ヶ月公開より全国上映、
        青森・harappa映画館 上映 
□2010年 群馬・高崎映画祭、
        大阪・NDS 合同上映、
         東京渋谷・アップリンクX 一週間公開 
□2011年 5月/大阪・シアター7にて特集上映
        6月/山梨・シアターホトリニテ 上映
        7月/富山・富山大学、高岡駅前芸文ギャラリー上映 名古屋・『ランドマーク』併映
        11月/岡山・岡山人民映画会(主催;ローザ・ルクセンブルク研究会+「重力」編集会議)
           『アヒルの子』アップリンク ファクトリー 合同上映
        12月/HOWS 『映像から原発問題を考える』上映
□2012年 5月/京都・みなみ会館 Mögen Sie Kino? 映画は好きですか? vol.1
       11月/佐賀・唐津上映 主宰・吉田晶子

□2013年 3月/東京・東中野ポレポレ坐 『愛のゆくえ(仮)』連続上映 Vol.1

□2014年 3月・5月・11月/東京・東中野ポレポレ坐 『へばの』連続上映

        『祝の島』『花火思想』『倭奴へ-在韓被爆者無告の二十六年』と併映

『へばの』公式HP

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2015-09-23 02:01:02

2015年9月19日_安全保障関連法案 強行採決まで

テーマ:社会

2015年9月19日(土)未明に、違憲戦争法案が可決された。

色々反省しなければならないことはある。結局、軍拡がこれからの日本/世界安全保障にとって必要であるという与党側の議論と、軍拡を現状以上せず 外交等によって安全保障を考えるべき、という野党側/反対運動がわの議論は平行線に終わった。
単に結果論を考えるならば、これは分からないままだ。
 この両端の結節点が、本当にわからなかった。

 国会での議論をみても、与党 自民党側に議論をする気がない態度があった。「どうせ理解は得られない」「学者より、我々の方が考えている」は衆愚観そのものだった。今回の一連が茶番であると揶揄をするなら、そもそも茶番をしかけたのは、明らかに政権側だ。
 全部が茶番であるなら、我々にはどの茶番を支持するか、という話だけだ。

 素人考えでも、正直、安全保障て 最初は各論で考えることじゃないの、と思う。対アジア-中国、北朝鮮に関しては外交と現日米関係で対応を考えることであり、中国の方がこれだけの大人数日本で働いている現状を踏まえ中国とのやりとりを考えていくべきだと思う。
 中東の安全保障に関しては アメリカの、中東へのここ10年の対応は、明らかな否の部分を共有しなければならないはずであり、それなくしてイスラム国やテロへの対策は出来ない。日本は必要な距離を取るべきだ。必要最低限なら国連への関与か、あくまで人道支援でいくか。
 その情勢を見ての国の選ぶ、態度があるのではないか。
 それを全体的に、先制攻撃・武器輸出、そして自衛隊派兵までリミッターを外してしまう、この法案には反対しかない。

 しかし可決したなら可決したなりの方策を考えなければならない。
かつての自民党の重鎮・山崎拓が 政権が変われば、集団的自衛権の解釈は従来通りに戻るはずだと発言した。
 
 選択肢は
・可決してしまった法案を、どれだけしっかりしたものに牙抜きし、軌道修正するか。
・政権交代を目指し、従来通りに戻すか。
・違憲立法審査の連発を目指し、廃案にするか-
 しかし、日本には統治行為論(国家統治の基本に関する高度な政治性”を有する国家の行為については、法律上の争訟として裁判所による法律判断が可能であっても、これゆえに司法審査の対象から除外すべきとする理論)が根強いので、これにはハードルがある。

…ここまで考えたとき、やはり憲法の問題に戻ってしまう。
 この間、やはり、憲法9条という、戦後短期間で暫定で決められたものが矛盾をはらみながら動かせない状況にあるものについて考えざるを得なかった(日本は戦力を持たない。交戦権もまた認めない。しかし自衛隊はある。_そもそも戦力とは何か?)
 そして、これに対して統治行為論が、安易に 安倍などによって活用される状況がある。(憲法9条は天然記念物であるから、現実問題 行政は行政でやる。憲法の縛りを認めない)
 そして、長年 左派が、憲法についての国民投票/議論を禁じてきた歴史がある。
 9条と統治行為論との並立は、さすがにああこりゃマズいよな…と今更ながら考えざるを得なかった。議論の停滞以外、なにものでもないのだ。

 とうてい今後護憲派にはつけない…というのがいまの正直な実感になってしまったが、かといって現状では改憲側にも動けない。
 今回安倍晋三がやったこととは、日本にとって、改憲論さえ無効にしてしまうことではないか?と思うのだ。
実際、これだけルール無視になってしまうのであれば、日本人は改憲などについて議論がまず始められない。今回の国会議論同様、明らかに平行線で終わる。

 安倍晋三は、改憲議論を、歴史的に退行させた、大罪たる政権としてあったのか。まずはそこで記憶すべき政権なのか。
 それともあるいは、逆説的に改憲議論を切磋琢磨する存在としてあったのか。
憲法議論よりもなにも、どこかに献上させる結果を優先した。

 日本のいまの 憲法、法律では”軍人”は存在しない。
 そして自衛隊は、今後限りなく軍事的な役割を強いられることになる。
 自衛隊が駆けつけ警護などで誤って民間人を殺してしまえば、”殺人罪”に現行日本では捉えるしかないということ、裁判も用意されていない。

 「…現在、国会で繰り広げられている安保法制関連法案の議論、特に『存立危機事態』を巡る与野党の攻防が続いていますが、実は、極めて基本的な論点がひとつ抜け落ちている。それは、自衛隊は軍隊ではないため軍法会議が存在しないという点です。軍事機密の保持という理由から、本来、軍法会議の審理はどこの国でも非公開で行われている。つまり、軍法会議もない今の状況で、安倍政権が想定している米軍との連携を行うとなると、任務不履行が起きたときに対応できない。なぜなら、日本では自衛隊員の裁判も原則公開となっているため、共同で任務に当たっている米軍の機密に触れることになり、裁判が成り立たない可能性が出てくる。隊員が敵前逃亡したときの罰則規定もないようでは、軍の規律が徹底しているとは言い難く、混乱を極める紛争地に派遣されてもリスクが大きくなるだけ。やはり、先に憲法改正を行った上で、自衛隊を国軍化する必要があるのです」

安保国会終盤で再注目される三島由紀夫の「自衛隊二分論」とは?

 

そしてもうこういうロジックがもう用意されている。
 安倍晋三に敬遠されていた、石破茂からの祝辞。
 まあ、合憲だと言っているんでしょう。この人は徴兵制も憲法上の"苦役"には当たらない、と主張してますし。

 石破茂は、安倍真三ほど手つきがバレる器でもないだろうし、タイミング悪く政権につくのが本当に恐ろしい。

『一昨年自民党が党議決定し、総選挙において有権者に示した自民党の安全保障基本法案も、総理の私的諮問機関であった安全保障と防衛力に関する懇談会の報告書も、「憲法上、集団的自衛権は全面的に認められるが、その行使は法律によって厳しく制限される」との考えでしたが、今国会において政府は「集団的自衛権の行使はこの法案に示されたもの以上は現行憲法上認められず、これ以上の行使を可能とするためには憲法の改正が必要」との立場を明らかにしました。
 法的安定性と、憲法第9条に関する今日までの答弁との整合性を重視したものですが、一方において今回の安保法制によっても「米国は日本を防衛する義務を負う。日本は集団的自衛権の行使としての武力行使が出来ないので、国土を米国に対し基地として提供する義務を負い、これによって(非対称的)双務性を確保する」との日米の関係には何ら変更はありません。この議論は今後の課題です。
 法案成立後は憲法改正を目指す、というのが総理のお考えであり、もともと自民党は自主憲法の制定を党是の一つとして結党された政党です。
 私は日本国憲法は大日本帝国憲法の改正手続きに則って成立したものであると考えており、形式論としての無効論には立ちません。しかしその内容については改正すべきと考えます。』

『国連憲章上、何故わざわざ集団的自衛権が明記されたかは以前に論じたとおりですし、民主党の諸兄姉が「集団的自衛権は他国の戦争に巻き込まれ、他国と組んで侵略戦争を行う危険で邪悪な権利だ」と本気で思っておられるのなら、次期参議院選挙の公約に「民主党が政権を取ったら、国連において集団的自衛権の国連憲章からの削除を求めます」と掲げられればよいのです。』 

 『安全保障関連法案成立など』

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2015-09-08 19:10:14

2015年8月30日について

テーマ:社会

 先週2015年8月30日(日)に、国会議事堂前で 政府のいう安全保障法案への反対デモが行われ、前後差で大雑把に10~15万人前後の人が参加した。

 これは、1960年の安全保障条約への反対デモ参加人数と匹敵する人数だという。
 その翌日に、かつて「しばき隊」などでレイシストへの抗議運動の前線に立ち、いまは袂を分かった清義明氏が『国会議事堂前の「敗北主義」 -最後に笑うものが最もよく笑う・・戦後左翼史のなかの市民ナショナリズム』をblog投稿した。

 非常に真摯な文章だと読んだ。この間読み砕いているものと咀嚼するのに時間がかかった。また、いまの社会運動がはらんでいる非常な問題についても、重要な指摘があるように思った。正直、この一連の“問題”についてまで意見を投げる時間までは自分には無いので、最後までこの点については触れるのを避けるつもりでいたが、もう時間もない。そろそろネットで文章を書いたりすることも出来なくなると思う、いままでどうしても単発投稿だったが、一度振り返ってまとめたいと思う。

 清氏の文章は長文だが、主張は序文で述べられる。おそらく、いまデモの主導になっている若い人、いや正直言えば僕らの世代、それ以上の世代に対してのことなのかもしれない。序文にはこうある。

 『この法案は可決されます。間違いありません。そして、このことは国会議事堂前に集まったすべての人は皆知っているはずです。この類のデモというのは基本的に議会制民主主義の中では最初から敗北しています。法案を提出した自民党が議席の絶対多数をもっているのですから当たり前です。そしてそれでもやるというのは「敗北主義」です。 
 ここでいう敗北主義とは、負けるとわかっていてもやらねばならないという態度のことです。なぜならばそれが次につながるからです。そうすると、この敗北主義というのは負け方が重要なことになります。いかにうまく負けるか、それが焦点です。
ここで負けても実は最後には勝っている・・・それを目指すのが敗北主義の目的です。議会制民主主義を肯定するならばそれは当たり前の態度です。ここで安保法案が成立しても、次の選挙で勝てばいいだけですから。よって負け方が次につながらないと如何様にもならない。ところが往々にして敗北主義なのに本気で戦って敗北してしまう人がいるのは政治の世界ではよくあることです。勝てるはずもない戦いに勝とうとすれば、それだけ傷も深くなる。もちろん動員のために、タテマエとして勝利を目標にするのはあるでしょう。だが、それをタテマエだとわからなくなってしまう人がいるのもよくあるパターンです。』

 ただ、最後まで勝つと思ってやらなければいけない、と感じる思いもある。

 違憲戦争法案の参議院採決は、9月16日(水)になされる。

 議会制民主主義の“数”の問題でいえば、現在 参議院の議員数のうち自民、公明、安倍晋三シンパと言われる野党の合計が149人【自民;114人+公明;20人+次世代;6人+元気;7+改革;2 =149人 / 242人】、全員出席したと仮定したら、法案賛成派と予想される議員は過半数越え。

【※前回衆議院の
可決した衆議院の議員数衆院の現有議席数は474人【自民;294人+公明;31人+日本維新の会+α…】(欠員1)であり、安保法案に賛成した自公や次世代、無所属の議員は327人とされる。過半数でいいところを、3分の2以上。
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参議院が採決をしない場合の60日ルールによる衆議院の再可決には、3分の2以上、つまり316人以上の「賛成」が必要。全議員が出席すると想定した場合、少なくとも1度目の衆院採決に「賛成」した議員から12人の「造反」が出れば安保法案は廃案となる。2005年の郵政国会の自民党造反者(37人)と比べると半数以下。決して実現不可能な話じゃない。【日刊ゲンダイ】
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 “数”でいえば、9/16-18の参議院採決で、公明・安倍シンパの野党からの造反が最低限必須、それでなくては自民党からも造反が出なければならない。創価学会の組織磐石さは、非常に厄介に切り離されて、公明党の遠山清彦を中心に一枚岩に残ってしまっている。
 それがこの間の世論の可視化で、どれだけ影響となっているか。確かに容易なことではない。ここまで無言である池田大作氏は、「武田信玄」状態なのか。

 ただ予断は許されない状況にある、と思う。

 僕はデモがあることは素晴らしいこと、効率でいえば「挨拶のようなもの」と表現されたこともあったが、確実に何かの変化につながっていくものと思う。
 「挨拶」ではあるが、あの大事な2014年東京都知事選の投票率が過去3番目の46,14%であり、期限前投票にどうしても行けなくて、当日残業終わりに投票所が閉まる5分前に全力で駆け込んで、投票所を出る5分後に勝負が決まっていた。分かってはいるが、正直、もうどうにでもなれ、勝手にしろ、と思ったものだ。
 衆議院議員選挙の投票率などは、小選挙区2012年、2014年と戦後最低だ。要は国民の半分が投票に行っていない。
 そして投票率が低いのは、ダントツに20代、30代である。

 政局が安定している国ならまだしも、これは本当に、絶望的なことだ。
「挨拶」なら「挨拶」から始めておけることがある。「権利の実行」がこれだけ、組織票を前に無気力であり、議論もなされずに過ぎ去っていくなら。

 デモは意思表示行為であるから、一人で行くよりは意思が共通する複数と参加した方がいいと考えるし、参加したもの全部そうしているわけではないがSNSやネットで個人報道するのは全うなことだと思う。君が代斉唱で、起立しなかった同級生に、あいつもか、と思えるように、映画関係者でもその態度を確認できるのは大事なことと思う。
 そしてデモ行為はうるさい。うるさくする行為なのだから。植木鉢を人の頭上に落とすことは絶対に許されないが、毎週毎週、ネットに報道されるものを見ながら「うるせえな」「他に方法ねえのか」、いくら“友達”であっても、これも全うな反応なのだと思う。うるせえなと思って、確認するなり消せばいいと思う。
 このあたりの話は、きりがないのでもう止める。

 ひとつに触れておきたいのは、「デモ・アレルギー」も全うな反応としてあると思う。
清氏の発言に、こういったものが確かあった。昨年であったか、安倍晋三政策への反対デモで、「安倍しね」というコールをデモで連呼する場面があり、ひとりの女性がこんな声のために抗議をしているんじゃない、と声をあげ、これを周囲が議論で袋叩きにした、という光景があったという。それを見てこんなものに民意はついていかないだろう、と。僕は撮影準備 - 終了までは他のものにほとんど行かないので、この時期のデモは実際に目にしていない。
 しかし、いまのデモにはこういった声は全くない。無くなった、無くしたのか。しかしそれが、前線に立っている若い人たちの周囲との自省の時間によって浄化しているなら、それは本当に情けないことであると思う。

 しかし声をあげている現場で 攻撃的であり、全員が殺気だっている、というのもまた、“盲目”に基づく攻撃の目線であると思う。
 10万人ないし、12万人が全員そういった顔をしているわけでは、当然ない。
 黙って観ている人もいれば、座り込んでいる人もいる。
 

 なぜ「武力が安全保障上の抑止力」の序論で、議論が終わってしまわなければいけないのか。
 自衛隊員の人権保障について、議論は終わっているのか。
 そして何より、とうとう日本人は戦後の憲法自体について議論をすることなしに、いまの統治行為論で進んでいくのか。
 それは挫折以外のなにものでもないんじゃないだろうか

国会議事堂前の「敗北主義」 -最後に笑うものが最もよく笑う・・戦後左翼史のなかの市民ナショナリズム

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2015-08-19 23:13:53

ふたつの保守

テーマ:生活

違憲戦争法案反対のデモの声は、たしかに中枢には聴こえないかもしれない。
 痛切に思う、本当に難しいのは、デモに行くことではなく、投票、議論する気力さえ殺がれている隣人と話すことだと。貧困…この疲弊した国では、政策批判のゼネストは起き得ない。
 そして二極の疲弊しきった、誰の内にもある保守が、議論がなされないままの状態を冷凍保存して、いつのまにか次に進む。
 それが一番怖いと思う。
 少しずつ、少しずつ、議論や声を具現化していこうとしていく意思は見えてきていると思うのに。

■武力による抑止力を信ずる「保守」も、憲法9条の「保守」も、同じく平和ボケ
■「貧困と孤立」の回避への議論が必要
【抜粋】-------------------------------------------------------------------------------------------------

…ハードパワー(爆弾や軍艦・武力)、ではなく ソフトパワー(その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力) による安全保障という主張には、「平和ボケ」という批判が起きそうだ。筆者も別に、武力保持を全面否定しているわけではない。」
 しかし、現代の戦争は国家と国家がぶつかり合うというよりは、「テロとの戦い」である。米国との集団的自衛権に依存し、無関係の戦争に首を突っ込むのは、むしろテロのリスクを増す結果にならないか。
 安倍総理は「1つの国だけで安全を守れなくなってきている」と言うが、もともと安全とは1つの国だけでは守れないものではないか。だからこそ、外交中心のソフトパワーが大切なのだ。集団的自衛権を認めれば国を守れるのではなく、9条があるから平和なのでもなく、懸命にソフトパワーを磨く努力があってこそ平和を保つことができる。その意味では、「集団的自衛権を認めれば抑止力が高まる」という人も、「憲法9条を守れば戦争に行かなくていい」という人も、実はどちらも「平和ボケ」と言えよう。…

…やみくもに武力による抑止力を信じる「保守」と、やみくもに憲法9条を「保守」しようとするリベラルな人たちが、日本を弱くしていると筆者は感じている。日本の体裁ばかりを繕ったり、頑なに「戦争反対」と叫ぶだけの感情論ではなく、あの戦争を冷静に見つめ、学ぶ必要がある。

…一方、リベラルな人たちがどんなに国会議事堂の前でデモをしても、残念ながら無意味である。議事堂や議員会館で働いてみればわかるが、防音機能が優れているため、その声はちっとも中には聞こえていない。「戦争反対」なんて当たり前のことを主張していても意味がない。論ずるべきは、どうやって「貧困と孤立」を回避するかであり、建設的な議論に結びつけなければ、それこそ戦争で亡くなった人々の死が無駄になろう。

安保法制と安倍談話で考える、日本は「あの戦争」から学んでいるか?-松井雅博

http://diamond.jp/articles/-/76876
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2015-08-13 00:50:59

新田進さんの仕事

テーマ:映画

第76回VIDEO ACT!上映会~映像製作者・新田進 『海上基地はいらない ドキュメントビデオ名護』『過労死』を鑑賞。


『過労死』は1993年の、数件の過労死遺族の証言と、救済側の取り組み。
『海上基地はいらない ドキュメントビデオ名護』は1998年の、橋本政権下での沖縄 基地問題の変遷。
 
 いずれも恐らく素材はデジタル前だろう、-ビデオの粗い画像で撮られながらも、90年代当時の人々のファッション、街の風景、顔を切り立てながら、これらの問題がいまなお続いていることを伝える。
 過労死も企業の超過労働も、沖縄の基地もいまなお続いている問題なのだが、
これが不思議と映画として映るものだから何なのか、90年代といまとでは、すっかり変わってしまったものを感じながら観ていた。例えば、遺族が企業側に乗り込む、企業の玄関先のスキがある空間であるとか、夫婦・親子間のつながりであるとか、これはちょっと感覚的なものでしかないので分からない。
 映画に映っている、過労死問題に取り組んでいる弁護士が、「日本における就労管理体制というのは(自発的に超過残業がされるようにある etc)、恐らく戦後日本のなかで、人類最高傑作の発明なのではないか」といった意味の言葉はちょっと恐ろしかった。
 また、ここ5年ほどよく聴く、これからの日本では、2つくらいの仕事が出来るようにならないと恐らく生きていけない、という言葉にもどこかつながった。

 新田さんには、生前、二度面識があった。
 拙作『へばの』の2011年HOWS上映の場で、お客として参加して頂いた。
「あなたとは映画のリズムが合わない」、長回しを多用する自分の映画に、厳しい意見を当時頂いた。私には厳しい人であった印象があるが、長年付き合いがあった友人からは、最後まで優しく、いくら年少者であっても、いまの生活と今後とについて、親身にお話をしてくれる方であったと聴く。

 新田さんの映画は、無骨な構成と素材そのもの勝負でありながら、
映画に映され、遺された人たちの言葉が―ただ感傷に訴えるものでなく、
超過労働で傷つき、亡くしてしまったひとたちの面影を、別れを、仕事を、
とにかく静謐に再現するために、正確に忘れないために、ある気がした。
 これは難しい姿勢であったと思う。
 飯田町の会場では、大勢のお客さんと、この上映会を運営されていた映画監督の本田孝義さん、土屋豊さん、そして、数年ぶりにお会いできた土屋トカチさん、とお話できたのが嬉しかった。
 ひとの忘れえぬ記憶が、ひとの仕事によりしっかりと記録され、ひとの仕事により受け継がれることを感じました。

http://videoact.seesaa.net/article/420181277.html

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2015-02-23 00:28:48

映画『新しき民』/岡本隆君のこと

テーマ:映画

岡山県では、映画『新しき民』(山崎樹一郎監督/2015年)が上映クライマックスを迎えています。1700年代に岡山県・美作国・津山藩領山で起きた百姓一揆を題材に、2014年に岡山県で撮影された映画です。

 映画『新しき民』公式HP

 

 岡山県での上映は、本日2月22日(日)でフィナーレを迎えたようです。

 巡回上映の巡回新聞「SANCHUから」第10号にも、山崎樹一郎監督が寄稿されていますが、先月1月25日(日)に、この映画の制作者であり、2008年度から、岡山で起こる映画の流れと、東京での映画制作者との強力なブリッジ役を果たした岡本隆君が、くも膜下出血で急逝しました。享年35歳。あまりにも若すぎる旅立ちで、ほぼ半月が経ついまでも、まだ実感が全くありません。

 日本大学文理学部在学の頃より、桑原広考君たちと親交があった岡本隆君は、井土紀州さんに師事し、『ラザロ-LAZARUS-』「複製の廃墟」篇に制作として参加、
 僕はちょうど10年前のいまごろ、三重県で撮影された『ラザロ-LAZARUS-』「朝日のあたる家」篇で岡本君と逢いました。三重の撮影は、僕の人生の起点となる出逢いの宝庫で、その場で桑原、録音の近藤君、高橋和博キャメラマンなどとも出逢いました。

 岡本君はその後、故郷の岡山県で就職、入れ代わりで上京した僕はほとんど会えませんでしたが、2007年度に『へばの』を初監督するときは、年末にもかかわらず、わざわざ青森まで救援に来てくれました。初監督のプレッシャーでつぶれそうだった僕は、撮影が始まって2、3日後で眠れなくなり、ひとりスタッフが寝静まった宿舎で杯を傾け頭を抱えている毎日でしたが、岡本君が合流した4日目から現場に笑いが起き、岡本君の滞在中、そのムードに本当に助けられた記憶があります。

 その後、2008年度秋に山崎樹一郎監督が岡山で映画制作をいよいよ始動する。
岡山移住後、トマト農家を始めてじつに3年目にしての連絡でした。加納一穂プロデューサーと立ち上げた『紅葉』という企画に、人手が欲しい。誰かいないか。
 岡山に、こちらが知る映画の人脈がいるわけがない…喉元からそう出かかった僕の脳裏に、彼がふと、あの笑顔と共に浮かび、すぐさま電話しました。
 岡山映像祭の運営の要で、忙しいはずだった彼は、僕の電話をすぐさま受け取り、ふたつ返事で山崎監督への合流を決めてくれました。

 その年の12月には、完成したばかりのフレッシュな映画『紅葉』と、『へばの』との同日上映が実現した岡山映像祭。桑原と岡山に乗り込み、山崎監督と久々の再会。運営メンバーの黒子、立役者は当然 岡本隆。白のスーツ。
 上映後、明け方まで、岡本君のおばさんの宿舎で、岡山大学の学生がつくった自主映画まで鑑賞しながら、ひたすら笑った二日間。ここ何年間でも、比較するものを思い出せないくらいに、楽しかった冬の二日間でした。
 帰る頃には、「やりましょうよ」との岡本君の最初の一夜の声から、『ひかりのおと』が、映画が、すでに始まっていました。
 「映画は、すでに始まっている」とは、撮れるか撮れないか、実現するかしないかが本当に砂上のもの、際際のいまの現状の中で、恩寵となるひとの出逢いをまず祝福する、吉岡文平さんや桑原広考の合言葉のようなものでした。

 あれから『ひかりのおと』、『新しき民』。
去年の2月『新しき民』では、お互いエキストラ出演者として、顔を見合わせたきり、別れてしまった。最後に交わした言葉は、昨年秋の『息衝く』の電話での会話。
 僕の私観では、岡本君は、どうも、演出部より制作部の方が圧倒的に才能があった。
 時折、鬼のようにならなければならず、ある意味でエゴの押し付けにも入らなければならない演出部より、岡本君はそれよりも、現場のひとを安心させる才能があった。
 笑わせて、みなに言葉を投げかけられ、安心させ、周辺の業務を粛々と行う才能が。
 安心させる、とは容易な言葉なようでいて、なかなか実現できないこと。
 『ラザロ-LAZARUS-』初篇「蒼ざめる馬」篇でも、僕らの学生スタッフが、吉岡文平さんを信頼したのは、なによりそこからだったと思います。

 岡本隆君は、山崎樹一郎監督作『紅葉』『ひかりのおと』の立役者であり、現在の岡山映画の基礎地に、加納一穂・桑原広考・黒川愛らと共に、不可欠なひとであったと思います。

 岡山県での上映を終えた後も、国内外で上映を続けていく『新しき民』。
 

 2月以降は、岡山を離れ、大阪などからの上映、公開も始まります。
 この映画と、彼の影を、どこかの場で僕も目撃したいと思います。


atarashiki01

atarashiki02

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