2008年09月18日(木) 11時52分44秒

吉宗VS宗春・・・案外似たもの同士?

テーマ:TVから公務員(試験)の世界へ

すべてのものはその使いみちがある。

人間も同じで個性をうまく生かすことで能力を最大限発揮させることができる。


(9月17日「その時歴史が動いた 」 尾張藩主・徳川宗春 の言葉)



暴れん坊将軍こと徳川吉宗に徹底的に抵抗した尾張藩主のお言葉です。

結局、藩主を罷免され、死ぬまで蟄居謹慎(親の墓参りまで不可)を命じられ、墓にはしばらく金網がかけられたというかなり不幸な方です。

「そこまでやるか、暴れん坊将軍」という感じもしますが。すべてが吉宗の命ではないですが、相当怒り心頭で過激だったのでしょう。御三家筆頭藩主のくびを飛ばしたんですから。

吉宗は名君と言われてますが、一方宗春も相当当時の庶民から人気があったそうです。

吉宗が倹約令にて庶民に不自由をさせたことに反発してかなり積極経済を行います。

その結果、名古屋には人や金が集まり江戸・大阪・京都に告ぐbig都市に成長します。今の経済都市・名古屋の元になったと言う意見もあるようです。

名古屋の方は命がけで暴れん坊将軍さまに抵抗した宗春様に感謝しないと。

「暴れん坊将軍」(再放送)なんて見てはいけません!万が一見る場合は「吉宗、このやろ~」と思わないといけません(笑)

もちろん冗談ですが。


徳川吉宗と言うのは日本的な道徳観に基づき「良い考えはみんなで徹底的にやれば世の中が良くなる」と言う感じのようです。

将軍から庶民まで倹約にいそしめば世の中は良くなる。

たしかに幕府の財政は再建されましたし、当時の身分社会を維持できました。儒教社会ではそれは良いことだったのでしょう。

しかし、庶民は幕府政策のとばっちりを受け不自由極まりない。


そう考えた宗春は庶民にも楽しみや自由を与え、活気づけようとします。

上記にあるように庶民を一律に縛りつけのではなく、吉宗よりも自由や多様性を認める政策を採ります。

その方が世の中が良くなる。

21世紀の現在を見ると、宗春の政策のほうが実用的なような気がします。

人材の多様性をいかに確保するのか

これが国や組織がこれから生き残るためのキーワードのような気がします。

経済は道徳では動かない部分が多いですから。

自分の考えの近い者たちだけでつるむのは気持ちが良いですが、組織と言った大きな関係性の中ではriskの方が大きいような気がします。

実際吉宗も米将軍と揶揄されるほど、経済政策はあまりうまくいかなかったようです。



改革をするためには仕方ないけど吉宗はかなり徹底的で過激です。

例外を認めないような厳しさがあります。「過ぎたるは及ばざるが如し」と言う気もしますが。

他方、宗春も自分の政策を改めようとしませんでした。

風紀が乱れ自分の仕事をせず遊びほうけている武士・庶民が出ても、政策転換を拒み続けました。

案外、吉宗・宗春は似たもの同士だったのかもしれません。

似たもの同士だったからこそ、吉宗は宗春を許せなかったし恐れもした。もしかしたらそういうことなのかもしれません。

人間関係とは難しい・・・。





コメント

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1 ■ペタありがとうございました。

大河ドラマ徳川吉宗を僕は、見て初めて宗春の存在を知りました。将軍と反対の事をするなんてすごい勇気の持ち主ですよね。

2 ■>ペタありがとうございました。

コメントありがとうございます。

私なんてこの番組を見るまで宗春のことは知りませんでした。
恥ずかしい限りです。

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