2017-07-14 05:59:53

何のために生きている?

テーマ:人格、人間力

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昨日は雨の中筋トレに体育館まで行きました。凄い雨だったので行こうか、行くまいか迷いましたが、やっぱり行ってしまいました。九州では大雨で大変な事になって、本当にお気の毒に思います。地球温暖化で気候が今までより激しくなって自然災害が増えていますね。たまたま私が住んでいるところはまだ天災には見舞われていませんが、どこに居ても災難に見舞われる可能性があることは覚悟しています。

 

人間の存在とはそういうものですね。地球上で自然の摂理に沿って生きていないのは人間だけですが、しかし自然の力の前では太刀打ちできないのです。私はかねがね自然災害のニュースを見るたびに、犠牲になった人々を本当にお気の毒だなと我がことのように感じます。そして何の罪も無い良い人が、いきなり命を奪われる事に憤りを感じます。

 

今までは正直な感情として、「悪人が天罰により災害で命を落としました。」というのであればまだ納得がいくのですが、何も悪い事をしていないのに、いきなり自然災害などで子供たちや罪の無い人の命が奪われるのには納得がいきませんでした。そういうことが起こるたびに。「この世には神も仏も無いのか?」と思ったりもしていました。

 

少し話は変わりますが、私の二日違いで生まれた兄弟のように育った従兄弟が先日亡くなりましたが、その時の正直な感情として「ちょっと羨ましい」と感じました。それは彼は「もうこの世での人生が上がりなのか?」と思ったからです。何故このように思ったのかはその時は分かりませんでしたが、そのあと自分という存在が本来は心のエネルギー体であり、太古の昔から時空を旅して来たのだということを悟ってからは私なりに納得がいきました。

 

これは年間何百人と除霊をしてきて、痛みや苦しみが無くなったり、子供の人格障害がその場で解消したりと、目の前で起こる様々な再現性の高い結果を踏まえて、身体という実体は死んでも心のエネルギーは存在し続けるということが分かってから、死というものが終わりではなくて、新しい時空への旅立ちであると実感したからです。

 

多くの人はこの事実をただ知らないで生きているだけです。今から考えると従兄弟の死がちょっと羨ましいと思えたのは、従兄弟という存在が死によって終わったのではなくて、新たな時空へ旅立ったのだとその時本能的に感じていたからだと思います。

 

より良く生きた者は、新しい次の時空でより良い状況になると私は思います。罪多く生きた者は、やはり次の時空でそれなりの状況に陥ると思います。より良く生きるというのは社会的にちゃんとやっていますという意味ではありません。この社会で大きな家に住んで、お金があって、肩書きがあって、みんなに社会的に立派な人に見えることがイコールよりよく生きた者にはならないのです。まあそこまで立派ではなくても、この世でちゃんと社会的に良い人と評価されている事がよりよく生きた者になるとは限りません。

 

私達の本来の姿が心のエネルギー体である以上、その心の質が良い悪いを決めるのです。大臣になっても自分を守るために汲々としている様では、決して高い心の質を持っているとは言えないのですね。何が心の質を決めるのかというと、それはひとえに人を思いやる心、「慈悲心」であると思います。

 

周りから好かれて社会的に良い人でも、心のどこかにかすかにでも、「人はともかく、自分と自分の家族さえうまく行けばいいや。だって周りもそうでしょう。」と思っているようでは社会的には充分でも、心の質として決して高いとは言えないと私は思っています。

 

世の中では「それで普通でしょう。」と思われることでも、心のエネルギー体という本来の姿から見れば十分ではないのですね。「薄しと思え、己の慈悲心」という格言が仏教にはありますが、これはこういうことを言っているのだと思います。いざとなった時に本当に人を救えるのは、自分の慈悲心しかないのです。そしてそれがその人の心の質です。

 

自然災害などで命を亡くした人には本当にお気の毒と我が事のように感じます。辛かっただろうし、無念だったろうとも思います。でもその人たちが本来の姿である心のエネルギー体となって、新しい時空へ旅立ったのだということを考えれば、心は救われます。

 

この世と言われる時空だけが全てではないのです。私達がこの世で生きている意味とは社会的に評価される事ではなくて、毎日の仕事や生活を通して、煩悩の泥の中でのた打ち回る自分の心をできるだけ磨くところにあると私は思います。

 

心を磨くというのは己の慈悲心を育てるという事です。慈悲心は池の泥に根を下ろして水面に咲く綺麗な蓮の花です。この世だけで終わりではないとなると、おのずとその生き方も違ってきます。相手がどうであれ、自分は心を磨くのです。この世では人それぞれ自分が置かれた場所でそれぞれの心を磨けば良いのです。それがこの世でもあの世でも、本当の意味で自分が救われ、人が救われる道につながっていくと私は思いますよ。

 

合掌

 

仏光

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1 ■無題

心を磨くとは己の慈悲心を育てること。合掌

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