2017-06-04 15:52:49

諸法無我、自分のものは何もない

テーマ:お釈迦様の教え

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昨日は仕事が大変忙しかったのですが、昼休みに筋トレに行きました。筋トレとか水泳をしている時は本当に無心と言えますね。今自分がしている事以外は何も考えませんから。坐禅をしている時より雑念が少ないと思います。それはやはり体を動かしているからです。自分が今していることの目的以外のことは考えないので、終わると心も体もすっきりします。そして午後の仕事に向かうのですね。

 

このような生活習慣は私に合っていると思います。合っているから続けられるのでしょう。「しなければならない」と思いながらやっているのと、楽しくてやっているのとでは人生の時間の使い方として天と地の差があります。これは何にでも言えることですね。仕事も修行も楽しいから続けられるし、その一瞬一瞬が私の人生を充実させてくれます。「ああ、生きていて良かったな」と思えるのです。

 

一方私は明日死んでも文句はありません。人生ではいっぱい良い事も悪い事もありましたが、後悔も無念さもないです。「えっ、もう終わりですか!」とは思うでしょうが、それは仕方の無い事です。私は私の寿命など決める事ができないのですから。だからせめて生きている今は精一杯生きようと思うのですね。

 

今日は日曜日の社団法人の瞑想に初めて参加する人が来ていました。人生は苦ばかりだと感じて修行に参加されたのですね。瞑想の後、頭と気持ちがすっきりしたと言っておられました。そして昨日と今日の教室では「諸法無我」の話をしました。お釈迦様は、

 

「一切の事物は我にあらずと明らかな智慧をもって観るとき、人は苦しみから遠ざかりはなれる。これが清浄になる道である。」

 

と説いておられます。多くの人は自分の体は自分のものだと思っています。だから体の具合が悪くなると、色々気になって「こうなるのではないか?ああなるのではないか?」と心配して心はどんどん憂鬱になっていきます。そして体が治らない限りその憂鬱な気分からは開放される事はありません。「この病気さえ治れば私の人生は良くなるのに・・・・」と思って、助けを求めあっちにフラフラ、こっちにフラフラしながら一生を過ごして行きます。

 

例えその時の病気が治っても、また違うところで自分の思い通りにならない事があると「これさえ解決すれば私の人生は良くなるのに・・・・・」と思って、また同じ思考、行動を繰り返します。それを続けながら最後までフニャ~と人生を送るのですね。私は仏道修行のお陰で、私の体ですら私のものではないという事を知っています。これは知識ではなく感覚として知っているのです。

 

もし私の体が私のものであれば、私の体は何でも私の思い通りになるはずです。決して糖尿病にかかるという事は無いのですね。私は糖尿病になりたいなどと思ったことは一度もありませんから。でも知らない間に糖尿病になっていたのです。もし、私が私の体が自分のものだと思っていれば、糖尿病と分かった時点で「もう美味しいものも食べられない。お酒も飲めない。色々な制約の中で死ぬまで生きていかなければならない。」などと思い込んで落ち込むのでしょうが、全然そういうことは無かったです。

 

別にその時に考えて「私の体は私のものではない」と思ったわけではありませんが、自然に「運動は週に3000m泳いでいるから充分だろう。食事は好き放題食べていたから、それをコントロールしよう。」と客観的に思ったのです。そのこと以外に、「ああなるのではないか?こうなるのではないか?」などとは頭にも浮かびませんでした。そして客観的に思ったことを実際に実行しただけです。

 

感覚で私の体すら私の物ではないと分かっているので、客観的にまた徹底的に食事のコントロールと運動ができたのですね。「おなかが減って辛い」などと思う余地もありません。そうしたらまあまあ重い糖尿病が3週間で治ったのです。その時に「あれも食べられない。これも食べられない。空腹が辛い」などと感じて辛い辛いでは治る病気も治らなかったでしょう。血糖値の検査キットのお陰で、毎日自分の体が少しでも改善すると、とっても楽しかったです。本当に「面白い」と思いましたね。

 

自分の体ですら客観的に見られると、病気を治すのも楽しいものです。これが「自分の体は自分のもの」という感覚を持っていたなら、とても3週間で糖尿病は治らなかったと思いますよ。「一切の事物は我にあらずと明らかな智慧をもって観るとき、人は苦しみから遠ざかりはなれる」。全くお釈迦様の言うとおりです。もしこれが知識や観念だけで「諸法無我」、自分のものなど何もないと言っているだけであれば、このようにいざとなった時には、血糖値が下がるどころか何の役にも立たなかったでしょう。

 

私はこの「諸法無我」が、中村和尚から教えてもらった合掌瞑想をやりだしてから知らない間に身に付いたと思います。「諸法無我」くらい禅の修業をしていたのならば、知っているし、いっぱしの理屈を言えたりもできるのですが、実際に坐禅の修行をしながら何年も薬を飲んでいるようでは、「諸法無我」を言葉や観念で知っているだけで、自分のものになっているとは言えないのですね。

 

「自分の体ですら自分のものではない。諸法無我」が身についていると本人も驚く速さで体などあっという間に治るものです。私もこういうことが自分の身についていることさえ、糖尿病を治すまで知りませんでした。「自分の体は自分のもので、完璧に機能していなければならない」と思い込んでいる人は、大変苦労されると思います。しかし私の場合は糖尿病が発覚しても、何も落ち込むことはなかったですね。どうせ自分の体も自分のものではないのですから、機械を直すように治せば良いのです。

 

自分の体ですら自分のものではないのに、ましてや自分の財産、社会的地位、家族など自分のものであるはずがないのです。それを「自分のもの」と混同するから話がややこしくなるのですね。この諸法無我を身につけるには、正しい仏道修行しかないと私は思います。

 

「私は諸法無我を頭で理解していても、そうは思えない」といくら言い張っても正しい仏道修行以外に道はないのですね。こつこつ正しい修行をすればよいだけです。もしそれ以外に助かる道があるのならば、どうぞそれをやってください。しかし、権威や見てくれにだまされずに、いざという時に結果が出るものでなければなりません。そういう意味でも中村和尚に教えてもらった合掌瞑想は本当に凄いと思います。

 

まあ人は限りなく本当に近い嘘には簡単にころっと騙されます。だから詐欺が成り立つのです。でも嘘みたいな本当の話は疑ってかかってなかなか信じません。私は昨日の坐禅会の後、みんなの前で検査キットを取り出して、プチュッと私の指を器具の針で突いて血を出した後に検査機で血糖値を測りました。結果は80でした。空腹時血糖の正常値である90-110を明らかに下回っています。

 

もちろん昼食は茶碗一杯分のご飯に温野菜を混ぜたものを盛ったチキンカレーに、バナナ一本とレーズン入りのヨーグルトを食べています。結構満腹感はありましたが、それでも夕方には「ちょっと低血糖になっているかな?」と思って前に人から頂いた糖質いっぱいのリポビタンDを飲みました。それでこの血糖値です。嘘みたいな本当の話を、みなさんにも目の前で一連の検査手順と共に、その結果を見ていただくことで納得してもらいました。

 

自分で自分をややこしくしないもっとも最短のルートは「諸法無我」を身につけることです。自分のものと思うこと自体が執着なのです。執着は苦の元です。「自分の体ですら自分のものではない」と執着しなくなると、「例え明日死んでも文句はない。でも今は生きているのだから精一杯生きよう」と思えるものです。自分の執着を無くす事がお釈迦様が言う、「これが清浄になる道である」なのですね。「諸法無我」、めちゃくちゃ効果がありました。本当にありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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