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2017-04-23 19:03:48

正しい修行、正しい成果

テーマ:超自然現象

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今日は日曜日で朝から合掌瞑想の修行をしました。今日は参加者は少なかったのですが、その分私にとって、とっても良い修行になりました。休みの日にゆっくりと自分の修行をするのは久しぶりなので、指導や時間を気にせずに修行するのは「こんなに楽しいものなのか!」と思いました。困っている人などが修行に来ると、その人が苦しみから逃れられるよう一生懸命指導しますが、休みの日に時間を気にせず自分の修行をするのは、とっても集中できて本当に楽しかったです。お釈迦様が一人でインドの森の中で修行をされていた事がよく納得できます。

 

私が運営する社団法人は、非営利団体で経費さえまかなえればそれで良いので、本当に気が楽です。私が禅の修行をしていた時は、「人を連れて来い」と結構うるさかったです。「崇高な禅の教えを広めるため」というのが人を集める理由でしたが、実際は人を集める事イコールお金が入ってくるという側面もあったと思います。それからいっぱい人が集まってくる事が、自分達がやっている事が社会に認められるという気持ちになって良かったのでしょうね。

 

私も法人を立ち上げた当初はそのように思っていましたが、途中からそのような事は愚かなことだなと気付きました。人に来て欲しい、来て欲しいと思うのは愚かな事です。好きで集まって来るのはいいけれども、他の団体のように人集めの勧誘に躍起になるのは私には理解できません。修行の成果は私の仕事で結果となって現れますので、それで充分過ぎるくらいです。本当にありがたい事ですね。それも私の毎日の生活を楽しくしてくれる大きな理由です。

 

人が来ても来なくても、合掌瞑想さえしていればちゃんと天が見ていてくれるのが良く分かります。最近私の周りで起こる超常現象的な出来事は目を見張るばかりです。もう一年以上中村和尚に教えてもらったこの修行を続けてきましたが、最近になってその成果を見て本当に凄いなと思います。やはり正しい事を続けていくと、言葉や観念だけでなくて具体的に現実の結果として出てきます。

 

実は昨日私の義母が来て無痛自律神経療法の施術を行いました。東京に住む義母はひざがとっても痛くなって、近くの病院や治療院に通っていたのですが、症状はどんどん悪くなっていきました。おとといの夜は痛みでよく寝られなかったようです。電話があって東京まで迎えに行き、その足で私の仕事場までやって来ました。

 

私は義母が来る前から「何かおかしいな」と感じていたので、来るなり密教のお祓いをしました。ほんの3分くらいなのですが、お祓いをすると靴を脱ぐのも苦労していたひざの痛みが無くなっていました。これには義母もびっくりでした。やはり霊障だったのですね。私もびっくりしましたが、私がびっくりしたのは何故義母が来る前からほぼ100%の自信で霊障だと分かっていたのかという事です。何故そのように分かっていたのかは、今思い返しても分かりません。

 

義母の例だけではなくて、最近学校や家庭でヒステリーなどで人格障害があると言われていた子供がお祓いをしたとたんにころっと性格が穏やかになって、それがちゃんとそのまま持続していたり、登校拒否をしていた子供が登校し始めたり、普通では考えられない事が毎日起こっています。

 

まだ百発百中にそうなるのかは分かりませんが、問題の原因が霊障であれば今のところ百発百中です。これを何も知らない人に私が話すと、「ああそうですか」と言いながら心の中では「嘘つけ!胡散臭い。」になるのですが、あるものはあるし居るものは居るのです。良くなった本人とその家族が一番実感できます。

 

私達は何にも知らないから普通に生活しているように思いますが、これだけ毎日このようなことが仕事で起こると、私達は多くの場合、宇宙にはこういう次元があって、このような次元の影響を多かれ少なかれ受けながら日々生活しているのだと思っておいた方が良いと思います。

 

その中で中村和尚が教えてくれた合掌瞑想は、そのような次元にも対処できる力が付くのですね。最近の私の変貌に私自身が驚いています。ただ中村和尚は私にこの修行法を教えた時に、「一般に言われている色々な超常現象が起こるけれども、それに心を奪われてはいけない。」と忠告してくれました。

 

本当にその通りです。こんな事が起こるようになるとは思ってもいませんでした。しかも自分がはっきりとまた変わったと思えるようになったのが、この半月くらいです。中村和尚は真言密教の大阿闍梨ですが、和尚が言っておられたのは、高野山の大阿闍梨の中でも飛ぶ鳥を落としたり、蛇や蚊が寺の境内から居なくなったり、このような超能力的な力が発揮できるのは中村和尚だけとのことでした。それだからこそ、そういう現象に心を奪われる事なく修行を続けなさいと言ってくれたのですね。

 

今は自分の思うようになっても、ならなくても、これは天がそのようにしてくれているのだと思うようになりました。結果はどうであれ、私自身はできる事は一生懸命やっているつもりですから、後は天にお任せなのですね。お蔭様で思い通りにならなくてもちっとも気にしなくなりました。ただ将来私がしている事が花開くことは今から分かっています。それも何故私に分かっているのかは分かりませんが、はっきりと分かっているのです。それが来年なのか、数十年後なのかは分かりませんが、それまで私はこつこつ精進するだけですね。

 

今までの人生を振り返ると、良い事も悪い事も私にとって全く無駄にはなりませんでしたから、そこにも天の意志が働いていると思います。天に守られていると思えるのは本当に幸せな事です。これもちゃんと続けている合掌瞑想の修行のおかげと思いますよ。明日からもまたこつこつ精進していきます。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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2017-04-20 22:32:18

自分で自分を好きになる

テーマ:楽に生きる

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今日はプールを休みにして、昼はゆっくりしていました。仕事も忙しかったのでこれで良かったと思います。私は「○○しなければならない」とか「○○であるべきだ」と思うようなことはしません。「泳がなければならない」とか「泳ぐべきだ」と思うと泳ぐ事がちっとも楽しくないので、そういうことはしません。昔はそのように思っていましたが、そういう考えは良くないと思います。

 

私のところへ来ている人達でうつの症状を持っている人は、「自分はこうあるべきだ」という考えが根底にあって、そうでない自分を好きになっていないという事に気づきました。「こうあるべきだ」という考えをどこかで自分の潜在意識に刷り込まれて、そうなっていない自分に苦しむのですね。それはしんどい生き方になると思います。

 

私は楽しんで泳いだり、修行をしたりしているので、そういうことをしている自分が大好きです。仕事も一生懸命するのが大好きなのですね。だから毎日好きなことをしていて幸せを感じられるのだと思います。「泳がなければならない。修行をしなければならない。仕事をしなければならない。」と思うと人生がちっとも楽しくありません。

 

だからまず最初に、自分の脳に刷り込まれた「こうあるべきだ」、「ああでなければならない。」という考えをまずは捨てる事が大切かなと思います。人は「こうあるべきだ」とか「こうでなければならない」とよく言います。私の両親も、今から考えるとそういうことをよく言っていました。こういうところから「自分はこでなければならない」というイメージが自分の中で作られていくのでしょうね。だからいつの間にか立身出世型の価値観が私の脳に刷り込まれて、私は外資の社長になったのだと思います。なったのはいいのだけれどもちっとも幸せではありませんでした。

 

「成功とはこうでなければならない」と思っていたのでしょうね。アメリカ本社の敵対買収騒ぎで社長をクビになってから10年間苦しみましたが、そこで自分の「こうでなければならない」という考えが変わっていったのだと思います。私はクビになった時にうつに非常に近いところまで行ったと思いますが、うつにはなりませんでした。それでも「社長をクビになった自分には何の価値もない」と感じたものです。

 

その時はとっても辛かったですね。そこから10年間苦しんで何が変わったかと言うと、自分にもまだできる事があると思い直したことですね。そこから少しずつ自分に向いている事をはじめていきました。今は毎日仕事や修行や水泳で変わっていく自分が大好きです。「自分は自分、人は人」と考え直し、世の中一般の「こうあるべきだ」という成功の概念から離れたことが、一番良かったのだと思います。

 

うつから脱却するのに一番大切なのは自分を肯定する事です。単純に自分を好きになることなのですね。何かと比べながら「私なんか大したことはない」と自分に対して思わないことです。自分と他人、社会などと自分を比べないことが大切なのです。そして今の自分の存在を比べない立場から見直して、自分ができる事に楽しみを見出す事が幸せにつながります。

 

人生は放って置いても嫌な事も起こりますが、それがどうしたです。自分が好きになることを少しずつ始めて、自分を好きになっていけば良いのですね。決して他人と比べて競争しない事です。そして自分を好きになる。それがうつや心の病から抜け出す近道だと思いますよ。自分で自分を好きにならないと幸せにはなれないのです。幸せを感じる人生を歩みたいのであれば、まずは色々欠点だらけの自分を好きになる気持ちを持つ事ですね。どうせ世の中にはパーフェクトな人間など存在しないのですから。

 

合掌

 

仏光

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2017-04-19 09:46:54

因果の法則

テーマ:人間形成

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昨日は昼間時間があったので、散髪に行って、それからプールに泳ぎに行きました。朝食はヨーグルトだけでしたが、昼食の前に泳ぎに行きました。エネルギーが不足して泳いでいてもしんどいかなと思いましたが、全然逆でとっても楽に1000m泳ぐことができました。食事を減らして血糖値を下げてから今までより泳ぐのが楽です。これは血液内の血糖が下がった分、より酸素が運ばれるようになって楽になってきたのだと思います。

 

泳ぐスピードもそれに比例して上がって来ました。もう1000m泳ぐのに30分もかかりません。仏教では因果という事を基本にしていますが、原因と結果の事ですね。正しい事をすると正しい結果が返ってきます。食事をちょっと気を付けるだけで、これほどの結果が得られるのですね。週に3回、1000mを泳いだり、食事を制限したりすることが辛いものと思っている人には大変かもしれませんが、結果を楽しみながらやっていると、普通辛いと思われることが楽しみになります。

 

人とは結構弱いもので、常に自分が楽をしようとしてしまいます。例えば糖尿病の場合、病院に行って合成薬を貰って、ちょっと食事を気にしながら過ごす方が薬の影響でその場の血糖値が下がって楽なのですが、それでは「糖尿は治りません」と病院から言われて一生薬を飲み続けなければなりません。これも原因と結果です。私は人が悪くて病院を儲けさせたくないと思っていますので、自分で自分の体を生活のパターンを変えることによってコントロールするのですね。これだとお金や病院に行く時間がセーブできます。

 

そして何より自分が楽しいのです。何かに挑戦しているのは心が積極的になって楽しいものです。まあ修行もそうですね。何年間か修行をしても、何かのきっかけで毎日坐禅や瞑想をしなくなり、その内「フニャ~」と辞めてしまう人も居ます。そこに自分に対する後ろめたさがあるので、「教え方が悪い」とか他の責任にして自分をごまかしながら生きるのですね。そしていざという時が来たら慌てるのです。修行の本当の良さを知る前に辞めてしまうのはもったいない事ですが、まあそれもその人の自由です。

 

私は明らかな理由があって思って人間禅を辞めましたが、その後も自分の修行は毎日続けています。そのお蔭で鏑射寺の中村和尚との出会いがあり、今までの坐禅とは比べ物にならないほどの修行法を授かり、そのお蔭で本当に毎日心穏やかになりました。これは本当にありがたい事です。これもこれで因果ですね。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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2017-04-16 22:22:40

不安をなくす「信」

テーマ:ブログ

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今日は日曜日で、朝から社団法人の修行をしました。遠くから自分が自分の健康状態についてとても不安に思っている人が来られました。その人は心に関する知識はとっても豊富で、私の話している事は全て理解されています。それでも自分の不安を払拭する事ができないのです。要するに理解するというのと、自分のものとして得るというのは根本的に次元の違うことです。心は理解した通りには動かないのですね。

 

不安に思ってもしょうがないと理解していても、心は不安なのです。そして考えれば考えるほど不安に思うのですね。一晩中考えても朝になれば考え始めたスタート地点に戻っています。同じ考えがぐるぐる回っているだけで、何も解決しないのですね。その人は、そこまで分かっているのにいつまで経っても心は不安なのです。

 

基本的に本など読んで知識に答えを求めても何の解決にもなりません、自分の不安を消すために不安に駆られて知識で何とかしようとするのですが、それはあくまで知識で、いざというときには殆ど何の役にも立ちません。知識があるけれども知識が自分を助けてくれる事はないのです。

 

それでも平時は自分は分かっているつもりで、普通にしていられるのですが、いざとなった時にはワナワナしてしまうのです。その時に知識が何の役にも立たない事を知るのですね。不安は人間にはつき物です。「こうなるのではないか?ああなるのではないか?」と不安に思います。それは自分を守ろうとする防衛本能が不安を掻き立てるのです。

 

最悪の状態を想定して、それに備えようとするのです。しかし自分が心配に思っていることの90%は実際には起こりません。人生で本当に大変な事は、殆どの場合何も予期していない時に起こります。だから色々想定して備えている事ではなくて、全く想定していない事が想定していない時に起こるのです。するととたんに心は乱れるのですね。「どうしよう」とワナワナになってしまうのです。

 

私もこれだけ修行をしていても、その時は心が乱れます。違いはその心の乱れをいつまでも引きずらなくなったことです。起こってしまった事はしょうがないので、一番適切と思える処置をとった後は、結果を天にお任せします。これが私の不安に対する対処法です。それ以上のことは私にはできないので、後は天にお任せするのですね。

 

その結果は自分が期待しているものと違うかもしれません。でもその時に、「自分は一生懸命対処したのだから、天が結果をそう決めたのなら、それが自分にとっては将来良い結果なのだろう」と思うようにしています。そしてその後に出てくるいろいろな問題に対しても、一つ一つベストと思われる対処をした後は、結果を天にお任せします。

 

そのような話を来られた不安に悩んでいる人にもお伝えしました。その人の話を聞いていると、その結果の部分で天にお任せし切れないのが不安の元だと分かりました。自分が何とかしようとしてもがいている間にどんどん不安になって行くのですね。「ああなったらどうしよう。こうなったらどうしよう。」と不安が膨らんでいくのです。

 

私は自分が一生懸命対処した後は、天にお任せするというところを信じられるか否かで不安が解消されるか、しないのかが決まると思います。もがいて色々考えながら、また自分を助けてくれるかもしれない人にすがりながら、どんどん不安の深みにはまっていきます。だから神仏と呼ぶのか、天と呼ぶのか、それはその人の自由ですが、最後の結果はお任せするという「信」がある方がよほど自分が救われます。

 

その救われる最低条件が、自分がベストと思われることを一生懸命することなのですね。結果は天が決めてくれます。自分の人生を振り返ってみると、その時は「最悪」と思われたことも、何年も経てば「あの時そうなっていて良かったな」と思えることがいっぱいあるので、その時その時の結果に一喜一憂する必要は無いのですね。もし自分が期待していない結果であれば、その時はじっと耐えるしかないのです。

 

「雌伏の時」と思ってじっと弱音を吐かずに耐えるのです。雌伏の時というのは獅子がじっと耐えて次のチャンスを待つという意味です。そういう心構えでいるとそれほど不安に悩む事は無くなっていきます。じっと次のチャンスを待つ時も、天を信じて自分ができる事を一生懸命していると耐え易いですね。

 

よく仏教では「自分は生かされている」と言います。もし本来の意味で自分が誰かに生かされているのならば、自分を生かしている誰かがいるはずです。その誰かを信じるのですね。それが結果は天にお任せということになるのです。仏教をかじって言葉尻だけで「私は生かされています」と言いながら、実際は自分で生きていると思っている人が多いです。だから不安になるのですね。

 

言葉尻だけではなくて本当に生かされていると思えるようになると、不安は消えていきます。そう思えるようになるのには、実践の場で自分で不安に思う自分の心と戦わなければなりません。そしてその中で強い心が養われていくのです。坐禅だけしてれば良いというものではないのですね。あくまで実践の場で自分の心と戦わなければならないのです。そして「天にお任せ」と本気で思えるようになれば不安はなくなっていきますね。それが私が不安から逃れて、心を常に平常に保つ方法です。

 

合掌

 

仏光

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2017-04-14 07:35:40

この国の制度

テーマ:人格、人間力

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北海道から帰ってきて、普段の日常に戻りました。仕事を普段通りにして、普段通りに水泳や修行をして、普通の生活になるのですね。もちろん従兄弟のことはずっと考えていますが、今の私にできる事は少ないので致し方ありません。昨日は昼が忙しくて水泳に行けませんでしたが、今日は行こうと思っています。まあ今週はもう二日泳いでいるので、今日泳げばそれで良いかなと思っています。

 

私は体調も良く、体脂肪が減って水泳さえしていれば大丈夫だと思っていましたが、健康診断の血糖値の結果が思っていたより下がってなかったので、先週から食事にも気をつけるようにしました。今までは水泳を過信して食べたいものを食べたいだけ食べていましたが、それではいけないのだと気付かされて、すぐに食事の内容と量を調整する事にしました。

 

自分で血糖値が計れるキットも購入して、ほぼ毎日血糖値を計りました。するとみるみる血糖値が激減して、この調子で行けばすぐに正常値になると思います。こういう自分で計れるキットはいいですね。自分をコントロールする良い動機を与えてくれます。今回気付いたのですが、それほど食べ過ぎてはいないと思っていましたが、やはり食べ過ぎていたのです。

 

食事の内容や量を調節しても、それほどお腹は空かないし、水泳をしても今までより調子が良い事が分かりました。人間が生きていくのにそれほどの食料は必要ないのですね。しかも味覚がもっと敏感になって、食べるものが何でも美味しいです。これからはこの調子で生きて行きたいと思います。とにかく今までよりもっと体の調子が良いので嬉しいですね。

 

私の家系はもともと血糖値が高い家系なので、私もその遺伝子を継いでいます。私は長生きしようと思って健康に気をつけている訳ではありません。死ぬ前の日まで元気でいるために健康に気をつけているのです。歳がいってから長く患うようなことはしたくないですからね。それはとっても悲しい事です。死ぬ前の日まで仕事や修行ができるように健康に気をつけるのですね。

 

私の従兄弟はホスピスがある病院に転院する事になっています。形だけ見ればなるほどと思えることですが、実はこれには裏があります。多くの人は昨年健康保険点数の法改正があったことを知りません。しかし、これからの病院というものがどうなっていくのかはよく知っておいた方が良いと思います。私の従兄弟は今の病院に入院してから約一ヶ月半くらい経ちますが、保険点数的にそろそろ今の病院を出る時期に来ているのです。

 

昨年の法改正で、入院した最初の一ヶ月は保険点数が高く、病院も儲かるのですが、2ヶ月目からは保険点数がぐっと下がります。同じ患者を何ヶ月も置くと病院は凄い赤字になるのです。だから1ヶ月を過ぎるころから病院から患者を出すように仕向けるようになります。もう健康保険制度自体が維持できないところに来ているのです。病院によってはそれほど入院の必要がない患者を入院させて、たいした治療もせずに1ヶ月で退院させて、また次の患者を入れるということをしているところもあります。この方がよほど儲かるからですね。

 

病院も自分を守るために経営の方が大事ですから、これからこのようなことがもっと顕著になっていくと思います。とても家で面倒が見れない患者でも病院から出される事が頻発しています。もちろん政府はこのようなことを大々的に国民に対して広報しませんので、みんなおかしいと思いつつも、何も知らずに病院の言われるままになっているのが現状です。

 

団塊の世代が70代に突入しますので、この動きはもっと加速されます。これから一般家庭でもっと悲惨な状況が頻発してくる事でしょう。悲しいけれどもこれが日本の現状なのです。今後は新薬の開発も止まります。まず薬でこれ以上寿命が延びると困るので、新薬開発に対する補助金も昨年よりカットされています。私は薬を飲まないので関係ありませんが、まあそれが今の現状なのですね。

 

前にも再三ブログに書きましたが、私は人類史的に見て政府というものをあまり信用していません。制度に守られる事を当たり前のようにして生きてきた人には、大変な時代がやってきました。だからもっと自分の身は、経済力も含めて自分で守るという意識が大切だと思います。本当に自分の実力だけで生きていかなければならない時代になりつつあるのです。高い健康保険料を払いながら、病院を1ヶ月で追い出され、高い年金を払いながらほぼ死ぬ前くらいにしか年金がもらえない時代がすぐそこにやってきています。

 

何だかんだ言っても、会社や役所などの組織で働いていると、組織や制度に守られて生きていることに何の疑問も感じない生き方になりますので、歳を取ってからは辛い事になってしまいます。嫌な話で多くの人は見たくもないし、「先の話」と考えたくもないことですが、「そんな事はないだろう。フニャ~」と思っていても現実は現実です。客観的に見て自分のできる事から始めていくのが賢明ですね。

 

元気で働く事ができれば何歳までも生きていていいのですが、そうでなければ人生の終わりに辛い思いをする事になります。しかしそれにびくびくしながら生きるのではなく、今から「小欲知足」の心を身につけて、少ないもので幸せに生きる心を身につけるとか、「自灯明」、自分を頼りに生きていく覚悟をしていくとか、自分の心構えを作っていく事が大切ですね。

 

問題が顕著化してからいくら政府に文句を言っても、無い袖は触れないという事になります。もしこの国を企業とするならばとっくに破綻している財政内容なので、無理な事は無理なのです。こんな事は何年も前から分かっている事です。私は自分の体と自分の生活は自分で守ります。

 

今でも誰にも依存することなく生きているので、この生き方を続けて行きたいと思います。将来の事を不安に思っても何一つ良い事は無いので、健康にしても、心の修行にしても、経済力にしても、今から自分ができる事を始めて行くことですね。ただ人を蹴落としてでも自分だけは助かろう、良い思いをしようなどという、くだらない人間にはならない事です。死んでからの世界も100%ありますからね。来世で苦労します。どのような状況であれ、できるだけ他と分かち合って自分を頼りに生きていくのです。それがお釈迦様が言う「自灯明」だと思います。

 

合掌

 

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2017-04-10 21:13:43

悲しい、悲しい愛別離苦

テーマ:生死を明らめるは仏家の一大事なり

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先ほど北海道から家に帰ってきました。札幌空港を午後2時に飛行機は離陸しましたが、夕方に少し仕事が入ったので家に帰るのがちょっと遅くなりました。今回は従兄弟に会いに行って本当に良かったと思います。前回は脳の緊急手術の後で、全く意識のない状態の時に行きましたが、今回は意識の混濁があるものの、私が会いに来た事が良く分かったみたいです。

 

ただ状況は厳しくて、身の置き所がないほど体の調子が悪く、じっとしていられない状態でした。またのどを切開しているので話す事ができません。従兄弟の弟も私に会いに来てくれていて、20数年ぶりに小さい時に兄弟のように育った三人がそろいました。私は子供の頃、一緒に近くの田んぼでドジョウやカエルを獲って遊んだ事や、3人で10円を握り締めてよく行っていた近くの駄菓子屋さんの話などをしました。

 

すると、意識がはっきりしていないのに、病気の従兄弟は一瞬意識が戻ったのか本当に嬉しそうに笑顔を浮かべてくれました。従兄弟の奥さんはここ数週間で笑顔を見せたのは今日が初めてだと言っていました。一緒に遊んで楽しかった子供の頃を思い出してくれたのですね。私は従兄弟が笑顔を見せてくれて本当に嬉しかったです。これだけでも静岡から札幌まで行った甲斐がありました。

 

従兄弟の奥さんから、今日担当医から今後の治療方針の話しがあるから、一緒にミーティングに出て欲しいと頼まれて、奥さんと一緒に担当医の話を聞きにいきました。昨日の夜に、奥さんと従兄弟の長男と一緒に夕飯を食べた時に、これからの話をしてみんな今後ことには同じ意見でした。

 

担当医の話はやはり従兄弟は回復の見込みがないので、これ以上放射線などの治療を続けて行っていいものかとの話でした。私と奥さんは、すでに覚悟はしていましたので、「緩和治療に切り替えてください」と話しました。回復の見込みがないのに無駄に苦しむような治療は要らないと私は思っています。それよりか苦しみをとってあげて、心穏やかに過ごせる時間をより多く作る事が本人にとって一番良いことだと私は思っていました。また心肺停止時の延命治療も不要である事を伝えました。

 

従兄弟の奥さんは、私が担当医との話に出席してくれて、本当に良かったと言ってくれました。一人でこのような重い決断の話をするより、本人に近い親族の私が一緒に決断を伝えた事で、少しは気が楽になったのだと思います。私は自分がこれで良いと思う話を担当医にしましたが、悲しみがこみ上げてきて涙が止まりませんでした。仏道修行で生も死も全部分かった上で、それでも悲しくせつなかったです。

 

これがお釈迦様が言う「愛別離苦」ですね。愛するものと別れなければいけない苦が愛別離苦です。四苦八苦の中の一つに数えられる人間の基本的な苦です。まさしく今日が私にとって愛別離苦でした。人間が逃れようのない苦ですね。だから生死のことは全部分かっているのに悲しくて涙が止まらないのです。

 

最後、従兄弟の手を握って別れを惜しみました。私は病室を出る時に元気を出して「バイバイ」と言って従兄弟に手を振りました。本人は目が殆ど見えていないようですが、耳は聞こえているので指でベッドを叩いてバイバイしてくれました。これで従兄弟に会うのは最後でしょう。今日の午後から緩和ケアーが始まるので、薬で殆ど意識のない状態になると思います。まだ何とか意識のある従兄弟に会えた事と言い、担当医との話しと言い、本当に絶妙のタイミングで従兄弟に会いに行く事ができたと思います。

 

帰りの飛行機では疲れたのかいつの間にか寝ていました。機内の着陸準備のアナウンスで目が覚めましたが、雲の上のきれいに澄んでいる青空を見て、「向こうに行ったら、おじいちゃんとおばあちゃんによろしく伝えてくれよ」と心の中で従兄弟に話しました。彼は私のメッセージを、僕らが子供の頃に面倒を見てくれたおじいちゃんとおばあちゃんにちゃんと伝えてくれる事でしょう。長く生きるとこのような人の死を受け入れなければならないのです。今でも涙が止まらないほど悲しいですが、兄弟のような従兄弟が心穏やかに人生最後の時間を過ごせることを心から祈っています。

 

合掌

 

仏光

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2017-04-08 23:19:35

明日札幌に行きます

テーマ:ありがとう

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今日も昼休みに泳ぎに行く事ができました。今週はこれで4日泳いだ事になります。ちょっと混んでいましたが、1000m泳ぐ事ができました。とっても気持ちよかったです。夜は社団法人の修行の教室です。今日も小学生が来ていてやりがいがありました。

 

その子は合掌瞑想はたぶん2回目か3回目なのですが、40分間ちゃんとできて、たいした子供だなと思いました。4月から小学2年生になったのですが、この子がちゃんと瞑想できるのなら、大人ができないはずがないと思います。やる気があれば小学生でもできるのです。またこの小学生は坐禅や瞑想をするのが好きなのですね。本当にこの子の将来が楽しみです。

 

明日は朝から札幌に行きます。病気の従兄弟の意識が回復しているので、もう一度会いに行って色々話したいと思います。これで最後になるのかもしれませんが、子供の頃の話などをしたいなと思っています。本当に一生などあっという間ですね。子供の頃従兄弟と遊んだことを昨日のように思い出します。できるならばもう一度あの頃に帰りたいと思います。何の不安もなく、ただ今日のことだけを考えて遊んでいました。

 

今は仏道修行をした上で、今のことだけを考えて生きていますが、子供の頃は修行など必要ないのですね。天真爛漫に無心で遊んでいました。その頃に戻るために修行をしているようなものですね。今修行に来ている小学生は瞑想が始まるとすぐに無心になれるみたいです。子供の頃は心に垢が付いていないので、苦労もなく無心になれるのでしょうね。雑念があまり浮かんでこないのですね。

 

羨ましいと言えば羨ましい話ですが、こういう心を取り戻すために修行をしているようなものです。私も昔はそうだったのです。だからその時に戻って従兄弟と話せたらいいなと思っています。明日という日は明日しかないので、精一杯明日を従兄弟とともに過ごしたいですね。彼の意識がしっかりしていれば、涙を見せずに笑顔で「また会おう」と言って別れるつもりです。

 

私たちの今日一日は二度と私たちの人生には返って来ません。そのかけがえのない一日の連続が人生なのですね。だから一日もおろそかにせず暮らして生きたいものです。私はありがたい事に、今は毎日楽しく過ごさせていただいています。

 

過去を悔やむことなく、将来を不安に思うことなく、今日だけ精一杯働いて、無事に過ごせたならば「ありがとうございます」で一日が過ぎていきます。そういう毎日を過ごしていつか私もあの世に行きます。従兄弟が先に行っても、またあの世で会えると思います。それまでしばしの別れですね。あの世でまた二人子供になって遊ぶ事ができたら幸せですね。元気出して行ってきまーす。

 

合掌

 

仏光

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2017-04-06 23:24:37

辛そうな事を楽しむ心

テーマ:悩まない道

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今日は近くの小学校で入学式でした。桜もちらほら咲き始めて、私が小さかった頃の入学式と同じようでした。その頃は入学式は必ず桜が咲いていました。いつの頃からか温暖化の影響で、入学式は桜の葉っぱだけになりましたね。小学校の頃は1年生から6年生まで永遠の時間が流れているようでしたが、歳を取ると一年は本当に早く過ぎるものです。

 

私が平均寿命まで生きるとしても、あと20年くらいですから、これからは自分が納得する生き方だけをしていきたいものです。この調子で行くと私の人生はあっという間に終わるでしょうね。私は人の寿命というものはどこかで決まっているような気がします。めちゃくちゃ元気だった人がぽっくり死んだり、色々な病気で病院通いを続けている人が90歳以上も生きていたり、人の人生など分からないものです。

 

分かっているのは何歳まで生きても、死ぬ時に本人はその人生をあっという間だったと思うことです。だからこそ、今この瞬間が大切なのですね。人には先のことは分かりません。自分の未来を「ああなるのではないか?こうなるのではないか?」と、漠然と想像しながら取り越し苦労をしているくらいなら、今この瞬間にもっと心を向けて、自分が何をしているのか、何をしていないのかを見て今を100%生きる努力をした方が私は良いと思っています。

 

とは言え、未来のことを考えるなといっているわけではありません。自分の未来を設計するのも大切な事です。だから未来は計画するものであって、心配するものではないと言っているのですね。いつまで生きているのかは誰にも分からないので、自分の計画は達成できるかどうかは分かりません。でも計画があるから、今日の充実があるのですね。

 

何の計画も目標もなければ、それはただまだ死なないから生きているだけです。これはつまらない人生だと私は思います。私の目標は死ぬ前の日まで仕事と修行をする事と、自分の心の境涯を最大限まで引き上げる事です。できればお釈迦様が持っていた心まで自分を引き上げたいものです。しかし、あと20年くらいしか私には残っていないと想定すると、一日も無駄にはできません。このようにブログを書いているのも私にとっては仏道を広める修行と思っています。

 

でも多くの人は私が努力してこういうことをしていると思っておられますが、私は楽しんで仕事や修行やブログや水泳をしています。目標があって楽しいから続けられるのです。そうでなければ私の人生は辛いものになりますね。一見辛そうに思えることを楽しんでするほど面白い事はありません。修行をすると新しい気付きがあるし、それを実践すると人生がやっぱり楽になるし、これは面白い事ですね。

 

どうせ遅かれ早かれ人生は終わるし、無駄に人生を過ごしたくないし、お釈迦様は人生は苦だと言っているし、確かにそういうところも人生にはあるし、できるだけ人生を充実させながら辛い事でも楽しく思える心を作る事が大切なのだと私は思います。それが修行ですね。だから未来を計画して、今日できる事を実践して、後は楽しく無事に一日を終わる事に集中するだけですね。今日も無事に終わりました。ありがとうございます。

 

合掌

 

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2017-04-05 08:03:24

従兄弟の人生、私の人生

テーマ:人生

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今週末にまた北海道に居る病気の従兄弟のところへ行きます。容態は安定していますが、いつ何があってもおかしくはないので会える時に会っておこうと思います。今回は札幌で一泊する予定です。昨日は昼休みに泳ぎに行って、自分がこのように泳いでいられる事を幸せに感じました。でも私は病気の従兄弟が不幸せであるとは思いません。彼は彼なりに周りに迎合することなく、自分の生き方を貫いて生きてきたのを知っているので、それはそれで良い人生だったのだと思います。

 

私も彼も、今の社会では「変わっている」と人に言われるかも知れませんが、自分が正しいと思う生き方で60年近く生きてきましたから、いつ死んでも文句はありませんね。従兄弟は学校の先生をしていて、人生自体は私みたいにあまり波乱万丈はありませんでしたが、たぶん公務員組織の中では苦労しただろうなと思います。大変個性的な人間でしたが、やはり困っている人のことは放っておけない性質でした。だから同僚よりも教えていた子供たちから慕われていたと思います。

 

同じおばあちゃんの元で繰り返し、「人には善くしなさいよ。困っている人が居たら助けるのですよ。」と言われて育ってきましたから、お互い赤ん坊の時からそれが潜在意識に刷り込まれているのです。子供の時や成人してもそんなに思いませんでしたが、歳が行くに連れておばあちゃんの言葉が大きく私に影響してきたと思います。

 

私の母方のおばあちゃんは、京都で呉服屋の女将さんをしていましたが、戦時中、日本は負けると予測して、呉服屋をたたんで田畑付きの農家を買って次の日から農業を始めた人です。おかげで一家は飢えることなく戦後を過ごす事ができました。その時にホームレスのようなって京都から流れてくる人に、ご飯を食べさせたり、場合によっては少しお金を渡したりして助けていました。そういうおばあちゃんの血が従兄弟にも私にも流れているのです。

 

私は今回2日違いで生まれて、兄弟のように育ってきた従兄弟ががんで倒れたことは大変ショックでしたが、従兄弟も私と同じように自分の生き方を貫いてきたと思うので、それで一生を全うできるのは彼にとって良かったなと思います。私は寿命の長短にそれほど大きな価値を置いていないので、そのように思うのかもしれません。正直言って「それで終われるのか」と少し羨ましい気持ちもあります。

 

彼も私も孫ができて、生物学的にはもう役目は終わっているのです。後の事は次世代に任せておけばよいのですね。ただそれぞれに与えられた使命が違うので、私は私の使命を果たしてから死にます。いつ死んでも何の文句もありませんが、死ぬ前の日まで自分がこの世でしなければならない事をして一生を終わりたいと思います。

 

「人のことを悪く思わない。人のことを悪く言わない。」と気づいてから、心は本当に穏やかになりました。死ぬ前にこのことに気付けて本当に良かったと思います。人のことを悪く思うから怒りの感情が出てくるのです。若い頃はこんな事を思いもしませんでしたが、60年生きてきてやっとこの事に気付いたのですね。これからも意識して人のことを悪く思わないように、悪く言わないように生きて行きたいと思います。最初は意識しなければついつい人のことを悪く思うと思いますが、意識して続けているとそのうち無意識にそのようにできるのではないかなと思います。

 

私はそのように思っていても人はそのようには思っていませんから、これからも私は人からガンガン色んなことを言われたり、されたりする事でしょう。でも「それがどうした。」です。人は人、自分は自分で生きていきます。人のことを見ずに自分が何をしているのか、何をしていないのかだけを見て生きて行きたいと思います。

 

多くの人は人から色々言われないように気を遣いながら生きていますが、私はお釈迦様が説いた真理を知り、それを日々の生活の中で実践して生きていこうとしているので、人からとやかく言われたとしてもあまり気にならないと思います。多くの人はお釈迦様が説いた真理を知ることもなく、実践する事もなく毎日を生きているのですから、ある意味色々言っていてもしょうがないことなのです。

 

従兄弟はもうすぐかもしれませんが、私は平均寿命まで生きるとしてもあと20年くらいしか生きている時間が残っていません。遅かれ早かれどうせ死ぬので、自分が正しいと思う通りに生きて行きたいのです。私が実際に実践して心が穏やかになり、正しいと思えるお釈迦様の真理をSNSを通して世の中に私なりに伝えていく努力は続けて行きたいと思います。そして社団法人で具体的にその真理を実践していく方法を教えて行きたいと思います。それで救われる人が居たら本望ですね。それが私に残された使命です。

 

合掌

 

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2017-04-02 23:30:39

人を悪く思わないと心が平穏になる

テーマ:人格、人間力

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今日は地元中学のバレー部の子供たちが合掌瞑想とマインドフルネスの修行に来ました。とっても礼儀正しく、脱いだ靴も見事に並んでいました。みんな私の言う事をよく聞いてくれて、必要な事はノートにとって、一生懸命修行をしていました。もちろん初めて合掌瞑想をするのですから、結構きつかったと思うのですが、みんなよく頑張りましたよ。マインドフルネスも一生懸命していました。これからマインドフルネスは全員毎日10分間するそうです。

 

最後に参加した中学生のみんなが一列に並んで「ありがとうございました」と私とヘルプに来てくれたスタッフに深々とお辞儀をしました。私はとっても感動して涙が出そうになりましたが、それをこらえて、「お疲れ様。今日学んだ事を毎日の生活に活かして、バレーの試合頑張ってください。」と話しました。とっても良い日曜になったと思います。

 

昨日私は一つ自分に約束をしました。それは決して人のことを悪く言わない事です。ちょっと思わぬことがあってから、そのように思ったのです。「人のことを見るのではなく、自分が何をしているのかを見よ」とお釈迦様は言っています。私も本当にその通りだなと思います。振り返ってみると、私の60年間の人生で一体どれだけの人のことを悪く思ったり、悪く言ってきたのかなと考えてみたのです。それを考えた時に私は自分が恐ろしくなりました。

 

「あいつはこうだ。こいつはこうだ。」と、どれほど人のことを悪く思い、悪く話してきたのだろうと思ったのですね。いかなる理由があろうとも人のことを悪く思わないと決めた時、今まで感じたことの無い静かな心の平穏を感じました。私たちは全く当たり前のように人の悪口を言っています。悪口を言わなくても悪く思ったりします。

 

これからも色々な事を私に言ってきたり、陰口したりする人もいるとは思います。でも決してその人のことを悪く思わないことにしたのですね。これは難しい事かもしれませんが、人のことを悪く思いそうになった時には、自分が自分にした約束を思い出します。

 

不思議な事に、こういう約束をすると人間関係に対して怒らなくなります。やられたらやり返す。言われたら言い返すが当たり前では、いつまで経っても本当の心の平穏は生きている間に得られないのですね。この約束をしてから私の心から多くの怒りの感情が消えました。お釈迦様が「恨みを捨てて、恨んでいる人の間で平穏に生きていこう」と言っている意味がよく分かりました。

 

恨みを捨てるというと、これはなかなかできないものです。恨む事を我慢するとストレスになります。それでも恨んでしまう自分が嫌いになります。しかし、「人のことを悪く思わない」と自分に約束すると、不思議な事に恨みや怒りの感情はあまり湧いてきません。最初から我慢するものが無くなっていくのです。

 

これはとっても良い方法を見つけたものだと思いました。もし100%相手に非があっても、相手の事を悪く思わないのですね。完璧な人は居ないのです。人どころか自分自身も完璧ではないのです。「人の過ちを見ずに自分が何をしているのかを見ろ」というのはそういうことだったのですね。

 

これを本当に実行して国を変えた人が人類の歴史上ただ一人居ます。それが私が尊敬するインド建国の父、マハトマ ガンジーです。この人は決して人のことを悪く思わないし、言わない人でした。いくら統治国であるイギリスから意地悪されても、決して怒らず、暴力を振るう事もなく、無抵抗の抵抗でイギリスにインドから出て行ってもらったのですね。しかも友達としてインドから出て行ってもらったのです。

 

彼はテロ行為をしてイギリスの統治に抵抗している人達に、このような演説をしました。

 

「彼らはイギリスへの服従を拒否する私を捕らえて牢獄に入れるでしょう。そして拷問もするかもしれないですね。彼らは私の骨を砕き、私を殺すかもしれない。そして彼らは私の死体を手にするのです。しかし彼らは決して私の服従を手に入れることはありません。」と演説したのです。

 

この演説を聞いて人々は「無抵抗の抵抗」という考えを受け入れ始めたのですね。無抵抗の人を痛め続けるのは、何時かは無抵抗の人を痛めつけている人の心を痛めるのです。自分は申し訳ないことをしていると思い出すのです。そこまで行くには何百人の人を痛めつけなければならないかもしれません。しかし、あと何万人もの人を痛めつけなければならないと思うと、自分の心が痛むのですね。

 

人を痛めつけることを命令する人間ではなく、実行しなければいけない人間はそう思うものなのです。実際に目の前で人の苦しむのを見なければならないのですから。こういうことを実行に移して、何億人ものインド国民がみんな無抵抗の抵抗という考えに共感して、イギリスへの服従を拒否して本当に国を変えたのは人類史上ガンジーしか居ないと思います。

 

人のことを悪く思わないというのは、決して消極的な態度ではなくて、強靭な強い心を作る方法なのですね。強靭な上に穏やかな心です。これは本当に凄いことです。私は今まで人のことを悪く思ってきた私の小さな心を反省しました。

 

これから私は人のことを悪く思わず、でも正義を尊重しながら、怒ることなく、恨むことなく、自分がしなければならない事をして、平穏な心で毎日を過ごす訓練をしていきます。人はどうであれ、同じ人間ならば私は生きている間にお釈迦様やガンジーにできるだけ近づいて死にたいと思います。人のことを決して悪く思わないというのは、自分の心から嫉妬や恨み、怒りなどのマイナスの感情を無くしていくとっても良い方法ですよ。

 

合掌

 

仏光

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