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2017-11-17 00:11:40

心配事は天にお任せ

テーマ:幸せになる方法

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今日は午前中に色々思わぬことが起こり、心を随分費やしました。要するに心が疲れたのですね。昼休みは水泳に行かずに、気分転換に近くのショッピングセンターに行きました。それはあまり気分転換にはならなかったのですが、午後からの仕事が忙しく、一生懸命目の前の仕事をしていたら、どんどん気分が晴れていきました。かなり落ち込んだのですが数時間で回復できたのは、やはり心の修行のお陰だと思います。

 

目の前の事に集中するのが心を回復するのに大変効果的であることを、久しぶりに体感しました。心を費やしている時は、目の前の事より、過去や将来起こりうるかもしれないことに心を遣っているのですね。これは頭の中で、現実には今起こっていない過去や未来の情景の想像が頭の中をぐるぐる回っているのです。でも目の前の事だけに集中すると、この想像のループから外れることができます。多くの場合は目の前のことをしながら、他のことを考えたりするのが人間ですが、意識的に目の前の事だけに集中すると、いつの間にか心配の想像で作られている将来の事を色々考えずに済みます。

 

今日の場合は、本当に仕事が忙しくて意識しなくても目の前の事に集中しなければならない状況だったので、それが良かったのだと思います。家に帰ってきたのは夜の10時くらいになりました。「考えてもしょうがないことは考えないだ」と頭でいくら理解できていても、そのしょうがないことを考えるのが人間の頭です。最初のうちは午前中に起こった思わぬことを考えながら仕事をしていましたが、「そうだ!」と気付いた時に目の前の事だけに集中できるようになりました。

 

何を「そうだ!」と気付いたのかと言うと、「将来の事は天にお任せする」ということに気付いたのです。起こるか起こらないか分からない事は、「天にお任せ」するのです。天にお任せした上で、それでも自分が望むような結果になるように願うのならば、要らぬことを延々と考えているより、自分が今しなければならないことに集中している方が天が助けてくれる可能性が高くなるだろうなと思うのですね。

 

そのようにしていて、それでも自分が望まない事が起こるのならば、それは自分が乗り越えなければいけない試練です。その試練は天が自分に与えているのです。何しろ一生懸命努力した上で天にお任せしているのですから。そのように気づいた時にふと気が楽になり、目の前の事に集中できるようになったのです。

 

思わぬことは思わぬタイミングで起こるのです。何年修行をしていても、やはりその時は心が乱れます。問題はどれだけ早くその心の乱れから回復するかですね。思わぬことが起こった時に、「天にお任せ」などとは頭に浮かびません。やはり慌てます。そこから心配の想像が広がっていく時に、こういう考えを普段から持っているとそれを思い出すのですね。

 

 

私は仏教を勉強していますが、これはイスラム教の人が言う「インシアッラー(神の思し召されるように)」に似ていますね。昔アラブ諸国を仕事で旅していた時に、サハラ砂漠で車が壊れた事があります。運転手と一緒に汗だくになって車を直したのですが、私が心配になって「直るかなあ?」と言ったら運転手が「インシアッラー」と答えました。とにかく日中のサハラ砂漠なので暑いというどころの話ではありません。田舎なので他の車も通りません。もちろんその頃は携帯電話など無いので、車が直らなければ確実に死ぬ状況です。

 

それなのに「神の思し召されるように」とは「えらくのんきなことを言う奴だなあ」と思いました。まあその時はありがたいことに神の思し召しで車は無事直り、町までたどり着く事ができました。でも考えてみれば結果は神にお任せして、とりあえず今自分がしなければならないことに集中するというのは大変効果的であり、目的に対して達成の可能性が上がる方法です。

 

神にお任せする事で、その時の私のように「直らなかったらどうしよう?」などと考えながら作業をするよりよほど良い結果が期待できます。私の「天にお任せ」もこれと同じようなものですね。何を信じるのかはその人の勝手ですが、天でも神でも仏でも一旦結果はお任せして、今のことに集中するのは心を費やすのを一旦止める効果が抜群に高いと思いますよ。日本には「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がありますね。やる事をやって、結果は天にお任せということです。今日の私は「天にお任せ」で救われました。ありがとうございます。それからできましたら結果の方もひとつよろしくお願いします。

 

合掌

 

仏光

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2017-11-15 07:48:22

お釈迦様の智慧と遊ぶ

テーマ:こんな生き方も有り

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昨日は本来水泳の日でしたが、昼休みに仕事の打ち合わせがあって水泳はできませんでした。その代わり、朝のうちに近くの山道を4kmくらいウォーキングしてきました。できるだけ早歩きでウォーキングしているので回りの景色を眺めている余裕はありません。でも前は足が痛くなってウォーキングを中止したのですが、水泳と筋トレのお陰で今は全く痛くなりません。凛と澄んだ朝の空気の中を歩くのはとっても気持ちが良いものです。

 

仕事を早めに切り上げて、昨夜はお釈迦様の智慧を説いた英文の電子書籍を書いていました。始めてみるとこれが大変な作業であるのが良く分かります。長男が編集をしながら電子書籍にしてくれているのですが、こういう考えを西洋の人が分かるように書くのは至難の業だなと実感しました。彼らの世界観や文化の違いを乗り越えて、誰でも「なるほど」と理解して貰えるように、お釈迦様の教えを英文の本にしていくのは大変です。まあ私の考えがいっぱい入っていますので、全部が全部仏教という訳ではないです。仏教ではなく、仏光の本ですね。

 

元々東洋的な思想や概念が無い人に仏教をわかりやすく紹介する事自体が難しいですね。日本語でもそうですが、仏教で説かれた事をややこしい言葉で難しく書くのは簡単です。そういう本は世の中にいっぱいあります。でも仏教の真髄を誰にでも分かって貰えるように書くのはとっても難しいです。「俺はこんなに仏教の知識があるのだぞう。難しいだろう。こういう難しい事を本にするくらい俺は凄いのだ。」的な本では、多くの人が読みたいとは思わないですよね。誰でも知らないうちに引き込まれていくように本を書くことに時間がかかるのですね。

 

私の著書「気にしない練習」の時でも、出版社からの依頼は唯一つ、「誰が読んでも分かるような平易な文章で仏教の教えを書いてください」というものでした。これは本当に難しい事です。で、私は私の頭で分るプロセスで逸話を交えながら本を書きました。今回もそれと同じようにしているのですが、日本人には分かっても、西洋文化の人に分かるかな?と常に考えながら書かなくてはならないので、昔アメリカに住んでいたころの感覚を頭によみがえらせながら英語の文章にしています。

 

その点長男は私よりもっと英語と西洋的な感覚がネイティブなので、とっても助かっています。彼もどのようにして伝えたら良いのかかなり頭を悩ませています。でもどのような表現にするのか色々息子と議論するのも楽しいものです。頭を悩ませながらも、「その表現じゃアメリカ人に分からせるのは無理、無理」などと、結構二人で大笑いしながら作業しています。今でも息子との親子の会話は英語なのですが、たまに日本語の単語も使います。一つのセンテンスが英語で始まって日本語で終わる時もあります。二人とも英語で喋っている時は頭がアメリカ人になっていますので、すぐにアメリカンジョークが飛び出します。だから難しい作業も案外楽しくなります。

 

考えてみれば仏教の本を色々議論しながら英文で書いている親子というのは、世界的にもあまり事例がの無い事かも知れませんね。まあこれはこれで楽しいものです。まだ目標の20%くらいしか書けていないので今年中に終わらせるのは無理だと思います。二人で朝から晩まで缶詰になって作業したら1週間もあれば書き終える事ができると思いますが、二人ともそれぞれ仕事を持って空いている夜の時間を工面しながら作業をしているのでなかなか進みません。それでも一旦始めたからには来年の2月くらいまでには終わらせたいと思っています。

 

こういう努力が報われるとは限りませんが、この歳になって息子と一緒に何かを成し遂げるプロセス自体に意義があると思えます。元々息子が「お父さん、ブログで書いているようなことを基にして英語で本を書いたら?」の提案から始まったことなので、最後まで付き合って貰います。まあ長男も楽しんでいるみたいなので、これはこれで親子の良い時間ですね。特に良いなと思うのは本を作りながら彼にとってとても良い仏教の勉強になっていることです。もちろん本が世界中で大反響になってくれれば最高ですが、それは海外のSNSでのマーケティングを担当する息子の腕にかかっています。後は運ですね。

 

こういう結果がどうなるか分からない事に莫大な時間とエネルギーを使うのも結構楽しいものです。私は基本的に「結果が仕事の全て」と思っていますが、これは結果が出ても出なくても楽しいと思います。まあこれはこれで一種の遊びなのですね。難しい事は結果を気にせず遊びにすればいいのです。でも本心は密かに結果を期待しています。いい歳になってお釈迦様の智慧で息子と一緒に遊んでいるようなものですね。お陰で親子で結構楽しませてもらっています。ありがたいことです。

 

合掌

 

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2017-11-12 18:28:12

「運慶」見えないものが彫ってある!

テーマ:こんな生き方も有り

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昨日は土曜日で結構仕事も忙しかったのですが、昼には水泳に行ってきました。やはり体のことを考えて少しゆっくり泳ぎました。問題なく1000m泳いで、午後の仕事の後、夜は合掌瞑想の教室の指導をしました。やはり合掌瞑想というのは坐禅とはまた違って、「本当にいいものだなあ」とやりながら心から思いました。私はこれさえちゃんとしていれば、私の一生は何とかなると思っています。

 

今日は日曜日でしたが、会場の都合で修行の指導も無く、特にすることも無かったので、東海道線に乗って上野にある国立博物館に「運慶展」を見に行ってきました。普段は東京に行くのに新幹線を使いますが、今日は東海道線でゆっくりと東京まで行ってきました。これはこれでちょっとした小旅行になります。もちろん新幹線より安いし、直行バスと金額もそれほど変わらないので、時間があればこれで充分だなと思いました。特に上野が終点だったので、ただ乗っていれば良いだけです。本当に楽でした。

 

さて運慶展ですが、まず最初から50分待ちの状態でした。多くの人が入り口の前で列を作っています。私はどうも田舎暮らしが身についていて、これだけの人が並んでいるところに自分が並ぶというのにとても違和感を感じました。たぶん都会ではあちこちで並ばないと事が済まないのだと思いますが、田舎は人口が少ない分、まあそういう事は余りありません。とにかく50分くらい並んでやっと館内に入りました。建物の中も多くの人が列をなしています。

 

それでも人の流れに入りながら運慶の作った鎌倉時代の仏像の数々を見てきました。やはり写真や映像で見るのとは大違いで、本物が持つ迫力は凄いものでした。数々の仏像の中でも「無著」と「世親」の立像は息を飲みます。ただリアルなだけではなく、その人物が持つ人間性が滲み出てくるのが分かる立像です。要するにその人物が持つオーラまで彫ってあるのですね。見えないものが彫ってある。そういう仏像を私は生まれて始めて見ました。これはわざわざ東京まで行って見て来た甲斐がありましたよ。

 

本物が持つ迫力に圧倒されて、しばらくその場を動く事ができませんでした。これだけでも一生の眼福ですね。800年以上の時空を越えて、今にも動き出しそうな仏像の数々が見れて大変良い一日になりました。時間が許せばもっと見ていたかったですが、足もだるくなり、お腹も空いて来たので会場を後にして上野駅の方に歩いて行きました。昼ごはんを食べようとレストランの前まで来ると、また人の列です。本当に都会は大変ですね。

 

昔は東京に住んで、毎日東京で働いていたのに、今は「ここには住めないな」と思いました。人がいっぱい居ると人に酔うような感じがします。もう私は田舎の人間なのですね。また東海道線に乗って帰って来て家の近くの駅に着くとほっとしました。人は少なくいつものように田舎の光景が広がっています。「ああ、のどかな場所に私は住んでいるのだな」と実感しました。たぶん運慶が生きていた鎌倉時代は都会でも、その光景はのどかだったでしょうね。だからその当時の人々は無意識のうちに自然と一体となって生きていたはずです。

 

何処に住むのかはその人の自由ですが、私は田舎で良かったと思います。でも都会は色々なイベントがあって良いなとも思います。東京に出るのにお金はかかるし、そんなにちょくちょく行けないけれども、田舎に住んでたまに都会に出ているくらいが私には丁度良いのですね。今日の国立博物館の「運慶展」の衝撃は一生忘れない事でしょう。日本には凄い人が居たのですね。思い切って実際に行って来て良かったと思います。やはり生きていると良い事もあります。今夜はまた英語の本の続きを書きたいと思います。今日もとっても良い休日になりました。ありがとうございます。

 

合掌

 

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2017-11-10 06:29:46

自分の体は自分で守る

テーマ:健康

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昨日はゲストハウスに泊まっていたのですが、朝起きるとお腹の調子が悪くてトイレに駆け込みました。久々に病気らしい病気になりましたよ。体中から脂汗が出てシャツがびっしょりなるくらい調子が悪くて、「このままトイレで倒れたらどうしよう?」と思うくらいでした。4回くらいトイレに行っているうちにお腹の痛みも治まってきて事無きを得ました。結局1時間くらいで回復したのですが、「一体あれは何だったのだろう?」と思います。

 

たぶん何か風邪のような細菌に感染していたのでしょうね。それでも1時間で回復して後は何事も無かったかのように過ごせたので、「人間の回復力はたいしたものだな」と思いました。もちろん薬などは一かけらも飲みません。大概の病気は自分の回復力で治ると思っていますが、やはりその通りになりました。大事を取って昨日の水泳はお休みにしました。体重を量ってみると1kgくらい減っていました。それだけ体を治すのに消耗したのですね。

 

病気になると体は熱が出たり、咳が出たり、下痢をしたり、嘔吐したりします。でもこれは体が体内の細菌やウイルスを熱でやっつけようとしていたり、咳や下痢で体外に出そうとしているのですね。それに対し解熱剤や咳止めや下痢止めを飲むという行為は、大概の場合、細菌やウイルスが長く体内に残る事になります。その分回復が遅れるのですね。多くの人は症状が緩和されると病気が良くなると思い込んでしまいますが、とんでもない話で、症状を抑えるということと、治るという事は全く別の次元の話です。

 

歯が痛くなって鎮痛剤を飲んで痛みを抑えても、歯痛の原因が治るわけではありません。薬が切れればまた痛くなります。まあそれと同じ事ですね。もちろんウイルスに効く薬と言うものは無いので薬は飲みませんが、破傷風など死に至る細菌の感染症以外に私が薬を飲むということは無いと思います。それよりかゆっくり体を休める事で大概の病気は治ります。昨日はちょっと慌てるくらいに具合が悪かったですが、やっぱり自分の回復力ですぐに症状が改善して病気は治りました。

 

私は糖尿病や高血圧症でも自分で薬を飲む事も無く短期間で治しましたが、それは病気にはそれぞれ自然の摂理があり、その自然の摂理に沿ったことをしていると、ちゃんと短期間で回復するようになっているのが分かっているからです。そこへ自然の摂理に反する薬を飲むからなかなか病気が治らなくなるのですね。私はそのように思っているので自分の回復力で自分の病気は治します。

 

これもお釈迦様が説いた「自分が自分の救済者である。自分が自分を助けずして、一体誰が自分を助けてくれると言うのだ!」の教えに沿っている事かもしれません。もちろん「病気になれば病院に行って薬を飲めばいいのだ!」と思っている人はどんどん病院に行って医師が言うように薬を飲んでください。自分の体なので自分の思う通りにして居れば良いのです。私は薬は殆どがその原料が石油から作られていて基本的に体にとって毒であることを知っていますので、そういうものをよほどの事がない限り飲まないだけです。

 

私に向精神薬を飲んでいて「様々な症状が体に出ていて、その症状の一つ一つが薬手帳の副作用に書いてある通りなのですが、どうしたら良いでしょうか?」と尋ねてきた人が居ます。医者に言ってもそれは薬のせいではないと言われたそうです。私は「あなたに薬をやめろという権限はありません。でも私ならその薬を飲むのをやめます。後はあなたが決めれば良い事です。」と伝えました。結局その人は薬を飲むのをやめました。そしてそれらの症状も薬をやめてから全て無くなりました。まあ当たり前と言えば当たり前の話です。精神的な問題は合掌瞑想や坐禅で良くなることを私は今までの様々な事例を見て知っています。どの道を選ぶのかはその人次第ですね。

 

権威を鵜呑みに信用して、自分の体のことは全て丸投げで病院に任せるのではなくて、ある程度は自分で自分の体のことを知る努力をする事は大切だと思います。今はインターネットで色々な事が調べられますので、知識はすぐに得ることができます。ただその基本に自分の回復力で殆どの病気は治る事を知っている事が大切です。もっと大切なのは普段の自分の生活の中で病気にならない心と体を作ることです。自然の摂理に沿った食事と運動と心のトレーニングが一番大切だと私は思いますよ。「自分の体は自分で守る」。これが基本ですね。

 

合掌

 

仏光

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2017-11-07 22:18:25

当たり前のものの中にある幸せ

テーマ:物の見方を変える

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今日は火曜日で水泳の日です。いつもと同じように1000m泳いできました。これだけ水泳をしていると、もうプールでは常連さんで挨拶をする人がいっぱい居ます。昼の時間なので来ている人は皆さん私より年上ですが、大変元気に泳いでおられます。やはり水泳は水の中で体に負荷がかからないのでお年寄りにはとっても良い運動ですね。80歳以上の人も水泳を続けておられるので、私も生きている間は水泳を続けていきます。

 

私はまだ体がちゃんと動けるうちに健康の大切さに気付いて良かったと思います。多くの場合は健康を大きく害してから健康の大切さに気付くのですが、私は体は動くけれども血糖値が高くなっていて、それを食事療法と水泳で治してから、食べるものの大切さと健康の大切さに気付きました。充分な運動さえしていれば大丈夫と高をくくっていたのですが、空腹時血糖値が280になり、それで運動だけでは充分ではないのだと初めて気づいたのです。

 

食べる内容と量と食べ方はとっても体にとって重要です。ダイエットなどは健康を害するのでもちろんしませんが、食べ物と運動で自分の体重管理がちゃんとできています。体重が同じだと筋トレのお陰で筋肉量は確実に増えているので、体脂肪が減ったということになります。筋肉は脂肪より密度が高く重いので、体重は筋肉量が増える分微増していっています。それでも体脂肪率は下がっているので大体もくろみ通りになっていると思います。食事と運動は自分のしている事が確実に、そして正確に自分に返ってくるのでやりがいがありますね。食事と運動の努力は必ず報われるようになっています。

 

全てがそのようになっていればいいのですが、努力が報われない事もあるのが人生です。しかしその時は報われなくても、一生懸命コツコツ努力していれば違うところで報われたりします。だから何事も実践し続ける事が大切ですね。何もしないで人生が報われるということはまずないと思いますよ。努力しても報われない場合があるのに、何もしないで報われるわけが無いのです。宝くじが当たるなど運が良い場合もありますが、それはその時だけで、宝くじに当ることが不幸の始まりになる人も多くいるそうです。

 

大概の場合、ものの大切さは無くしてから初めて分かる事が多いですね。歩けなくなってから歩けることのありがたさが分かるのです。私はウォーキングを再会しましたが、今回は意識して「歩けることはありがたい」と思いながら歩いています。目が見えなくなってから見えることの大切さが分かります。健康も健康を害してから、また癌など死にいたる病気を得てから健康と命の大切さに心から気付くのです。

 

もし、あって当たり前と思っているものの大切さを、それがあるうちに気付けば人生はそれだけで幸せになっていきます。歩ける間に歩けることの大切さに気付くと、歩いているだけで幸せになります。私のところで原因不明の病気で少しの光でも目が開けていられなくなって、2年前から殆ど目が見えなくなった人が来ましたが、お祓いと無痛自律神経療法で回復して目が見えるようになりました。

 

本人は目が見えることにとっても感動して喜んでおられました。もうその人にとっては目が見えて当たり前ではないのですね。目が見えることは素晴らしい事なのです。これと同じように毎日ご飯が食べられる大切さ、屋根の下で寝られる大切さ、仕事がある大切さ等々、自分があって当たり前と思っているものの本当の大切さに頭の理解ではなく、心から気付くと「何とありがたいことなんだろう」と毎日思えるのですね。

 

この延長線上に当たり前のように毎日生きていますが、生きていることの大切さに心から気付くと、生きているだけで幸せを感じられるようになります。多くの人はあって当たり前のものは、あって当たり前で、そんなものには価値を感じず、あって当たり前のもの以上に、自分が欲しいものを手に入れようと日夜追い掛け回して、それが手に入らないと嘆いて生きているのです。毎日生活ができているのに、「もっと金が欲しい」と金を追い掛け回して、それが手に入らないと不平不満を言ったり、落ち込んだりしているのですね。

 

これは人生のもったいない使い方です。向上心と言いながら、その実自分の欲望を満たすプロセスを向上心と言っている場合が多いのです。今与えられているものの大切さに心の奥底から気付くと、今の自分に幸せを感じる事ができます。幸せは「築き上げる」ものではなくて、「気付く」ものなのです。

 

そこを勘違いしているから人生が苦しくなるのですね。当たり前のものが当たり前にあって、当たり前にあることの大切さに心から気付くと、その瞬間から幸せになりますよ。まあこんなことは頭で理解するのは簡単ですが、それに心の奥底から気付くのは至難の業です。私は目の前にある大切なものに気付くために毎日修行をしているのかもしれません。大切なものに気付く心の目を養っていくのですね。お陰さまで私は当たり前のものが当たり前にあって、毎日充分幸せです。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

 

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2017-11-05 19:16:07

人生は答えの無い問題集

テーマ:人間形成

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昨日の同窓会に出席して、今京都から帰ってきました。同窓会はとっても楽しかったです。みんな還暦になってますます同窓会が楽しくなってきたような気がします。昨日の午後2時に母校の中学校に集まり、高校の校長をしている同窓生の教育に関する公演をみんなで聞きました。これだけだと「同窓会でなんで教育の講演をするの?」と思う人もいるかもしれませんが、それがとてもユニークで面白かったです。みんなも楽しんで聞いていました。

 

元々国立の教育大学の付属小学校と中学校なので、教育関係者が同窓生の中にも多いのですが、今から思うと、そこでの教育は型にはめるのではなくて、それぞれの個性を伸ばす教育だったような気がします。私なんか中学生の頃はとっても悪がきだったのですが、悪がきは悪がきなりに個性を伸ばして貰ったお陰で、今こうして仏光さんをやっているのかもしれません。

 

担任だった先生も来ていて、今私がしていることなどを話したのですが、「お前のような悪がきでも劣等感を感じることなく人生を過ごしていけるような教育を俺はした!」と、今の私を見て嬉しそうに話しておられました。まあちょっと変わった先生でしたが、そこで自由な心が育ったのでしょうね。とっくに先生を辞めて、今は京都で百姓をしておられます。本当に面白い先生でしたね。

 

人は型にはめられる教育を受けると創造力が無くなります。与えられた課題はさっさとこなせて優等生なのですが、答えの無い問題を考えるということができなくなるのですね。それから失敗を恐れるようになって、新しいものに挑戦をするということもできなくなります。高校の校長先生をやっている同窓生もそのように講演の中で言っていました。一口で言うとお利口さんだけれども、つまらない人間なのかなと思います。自分がつまらないから人生もつまらなくなります。

 

大体人生というもの自体『答え』の無い問題集みたいなものです。逆に型にはまった答えが分かっている人生など私から見るとつまらな過ぎて、生きるだけの価値があるのかなとも思います。答えが無いから面白いのです。この答えの無い人生で何とか答えを見つけようと試行錯誤し、試行錯誤するから失敗もし、それでも失敗からリカバリーしながら一生懸命生きて、自分なりの答えを追い求めていくのが人生なのだと私は思います。

 

昨日は夕方からの会食に春に亡くなった私の従兄弟の奥さんと長男が北海道から来ていて再会を喜びました。ホテルに泊まっている事もあり、私は結局三次会まで付き合いました。三次会になるとみんな酔っ払ってもっと面白かったです。ホテルに帰ってきたのは夜中の1時半になっていました。それでも朝はいつものように5時半に目が覚めてしまいました。私はお酒はまあまあ強い方だと思いますが、今は普段一滴も飲まないので本当に久しぶりにお酒を飲んだ事になります。

 

早く目が覚めたので30分ほどベッドの上で坐禅して、6時から始まるホテルの大浴場に行ってゆっくりお風呂に入りました。それから京都に住んでおられる私のブログの読者のところに電車で行って、本人だけではなく、お孫さんや友人の人に合掌瞑想の指導をしました。これはこれでとっても良い時間になったと思います。お昼ご飯まで用意してもらってお世話になりました。帰りの京都からの新幹線の中では爆睡してしまって、目が覚めたらもう静岡に着いていました。結局「かもめのジョナサン」を読み終えることは無かったです。

 

今日も良い日になりましたが、こういう日常と非日常が私の人生の答えかもしれませんね。楽しいと思える時間を多く持てることに喜びを感じます。明日からまた普段の仕事が始まりますが、今回の京都は良い気分転換になりました。次回の同窓会がいつになるのかは分かりませんが、素直な気持ちで誰も欠けることなく、みんな元気に再会できたらいいなと心から思いました。

 

合掌

 

仏光

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2017-11-03 21:16:06

空しい老人にならない生き方

テーマ:こんな生き方も有り

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昨日は連休前で仕事が忙しかったですが、昼休みに水泳に行ってきました。今日はお休みで、朝は2年ぶりにノルディックウォーキングに行ってきました。たった2kmくらいの家の周りのコースですが、急な坂道のコースで、そこをできるだけ早歩きでポールを持って歩きました。前と比べて心肺機能が上達しているのが良く分かりました。前はハアハア息が上がったのですが、今日は楽に坂道を早歩きで登る事ができました。これはやはり2年間の水泳のお陰かなと思います。

 

これから水泳と筋トレに加えて、またノルディックウォーキングをしようかなと思っています。先日テレビを見ていたら、認知症の番組をやっていて、早歩きで30分間歩くことで認知症になる可能性が50%減少するそうです。それからやはり負荷をかけて歩かないと、普通の平坦な道を散歩程度に歩いているだけでは、将来歳をとった時に歩けなくなるそうです。

 

今日は天気の良い休みだったのでウォーキングを始めるのに好都合でした。家の周りのコースなら坂道だらけで歩いているだけで足には負荷がかかりますので、トレーニングにはいいですね。まあ山の上に住んでいるので坂道だらけなのです。しかしそうなるといつもより早く起きなければいけないので、ちょっと試験的に来週から始めてみます。

 

ウォーキングをしてから、町の体育館に筋トレに行ってきました。昼の12時にトレーニングルームが閉まるので、それまでに何とか一時間でいつものメニューをこなす事ができました。夕方はまた近くの町営の温泉に行ってきて、今日はとってもリラックスした休日になりました。

 

明日は朝から京都に同窓会に出席するために新幹線で向かいます。3年ぶりの同窓会で、しかもみんな還暦ですから「還暦同窓会」という事で、何か赤い物を身につけていくことになっています。明日はゆっくり京都まで行こうと思ったのでわざわざ新幹線のこだまで行く事にしました。のんびり久しぶりに新幹線の中で本を読むことにしています。

 

読む本も決まっていて、私は「かもめのジョナサン」を読みます。これは随分昔にベストセラーになった本ですが、最初にこの本を読んだ時に主人公のかもめのジョナサンのしていることが、「これは私のことを書いた本か!」と思えるくらいに私が世の中でしていることと本質が似ていたので、とっても好きになった本です。明日は新幹線の中でもう一度ゆっくり読むことを楽しみにしています。丁度京都に着く頃には読み終わるでしょう。

 

京都には一泊しますが、久しぶりに同窓生のみんなと会えるので楽しみです。先日亡くなった私の従兄弟も同じ学校の同窓生なのですが、彼の奥さんも北海道から同窓会に出席するとのことで、従兄弟の追悼の意味も込めた同窓会になります。みんな還暦を迎えたので、これからは毎年同窓会をすると聞いています。生老病死は自然の摂理で、誰も逃れられることはできませんが、一人減り二人減りというのも残された人は寂しく思うものですね。

 

私は私が見てきた客観的事実から、私たちの本来の姿は心のエネルギー体で、死んでも心は次の時空に移っていく「時空の旅人」であることが分かっています。私は死ぬ事自体、嫌とも思いませんが、残されていくのはちょっと寂しいなと思います。まあ残されて生きている間は自分のベストで生きていきますね。だから死ぬ前の日まで仕事、修行、ブログ、筋トレ、水泳、ウォーキングができて、時々温泉に浸かることができていたら、私はまあ自分のベストで生きていることになると思います。そしてそれが今の私の人生の目標です。

 

これからも結構忙しそうなので楽しみですね。生きていれば色々あると思いますが、いつも心を積極的にして生きていきます。何だかんだと自分のためになることを実践していると心を積極的に保てるものです。考えていても何も変わりませんが、何事もためになることを実践すると心を育てますね。お釈迦様が「ただ歳を重ねていく人を空しい老人と呼ぶ」ときつい言葉で言っているので、将来空しい老人にならないように頑張ります。でも色々やる事があるのは楽しい事ですね。今日も色々できてとっても良い日でした。ありがとうございます。

 

合掌

 

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2017-10-31 07:19:04

面白くも無いこの世を面白く・・・

テーマ:人格、人間力

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昨日は仕事も特に忙しくはなく、昼休みにはゆっくり筋トレができました。昨日からベンチプレスに使うウエイトを5kg上げて、85kgで7回3セット、90kgで5回3セット、95kgで3回3セット、100kgで2回2セット。最後に110kgを2回挙げました。これで大学の頃のトレーニングと同じになりました。

 

人間には底知れぬ力が宿っているものだなと思います。去年の今頃はこんな事ができるとは夢にも思っていませんでした。計ってはいませんが体脂肪率も25%以上あったと思います。それが高々半年間筋トレをする事によって、40年前の大学生の頃と同じウエイトを挙げることができるようになり、大学生のアスリート並に体脂肪率も12.1%になったのですね。

 

このような結果は全然期待していませんでしたし、元々筋トレを始めた頃に目指していたわけでもありません。面白がってやっていたらそうなっただけです。結局面白くやっていたのが良かったのでしょうね。もちろん何もやらなければどんどん私の体は年齢と共に衰えていったと思いますが、とりあえず筋トレを実行した事によって、考えてもみなかった結果を得ることができたのです。

 

嫌なことを我慢しながらやっているのではなく、何でも物事を自分が面白いように持って行くのが良い人生を拓く事になるのだなと思いました。最初に筋トレを始めた頃は、もちろん使えるウエイトなど大したことはないし、体が筋肉痛でバリバリになりましたが、それでも「血糖値のため」という大義名分で最初の1ヶ月は筋トレを続けたと思います。何をやったかは覚えていませんが、自分で自分の筋トレをどんどん面白くしていったのですね。

 

こうしてブログで世間に自分のトレーニングを公表するのも、もしかしたら面白くする工夫の一つかもしれません。面白くしていると思わぬ結果を得ることができるし、何よりも自分の潜在能力に気付く事ができます。やっている時は結果など考えずに面白がってすることが大切ですね。結果は後からついてきます。これは人生何事もそうだと思います。

 

幕末の志士、高杉晋作も「面白くも無いこの世を面白く、」と辞世の句に詠んでいます。そういう考えで彼は好き放題やって奇兵隊をつくり、幕府軍を破ったのですね。この時代、誰も幕府軍が長州に敗れるなどと日本中で思った人はいなかったでしょう。やっぱり面白くしていると結果は後からついてくるのです。

 

人生の工夫というのはこういうものかもしれません。放って置いたら面白くない事が次々に起こる人生で、何か自分のためになる努力を努力ではなく、面白くする工夫をするのですね。嫌だなと思って努力していてもなかなか良い結果は出ませんが、面白くしていると結果が後からついて来ます。

 

60歳になって、40年のブランクを経て、20歳のバリバリのアスリートの頃と同じトレーニングができて、体脂肪率も同じになるとは思いもしませんでした。本当に人間の潜在能力は凄いなと思います。それを引き出すのは自分次第なのですね。良いことを学びました。

 

合掌

 

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2017-10-29 09:56:29

正しい事は素直に聞く

テーマ:人間形成

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昨日は仕事が大変忙しかったのですが、何とか昼休みに水泳に行く事ができました。いつものように1000m泳いだのですが、最近は1000m泳いでも息が上がる事もなく楽に泳げます。でも1000m泳ぐ事が本当に運動になっているのかな?と思います。1レーンに2~3人くらい泳ぐので、自分だけペースを上げるのも難しいし、他の人の迷惑にならないように気を遣いながら泳ぎます。

 

前はそれでも1000mも泳げば「運動をした」といった感がありましたが、最近は楽なので「これでいいのかな?」と思ってしまいます。30分で1000mを泳ぐのですが、昼休みの時間は限られているので時間を長くして泳ぐ事もできません。まあ仕方が無いと思っています。でも有酸素運動は大切なので、これからも週3回の水泳を続けていきます。

 

考えてみたら2年前に水泳を始めた頃は25m泳いでもハアハア息が上がっていたので、それから見ると随分進歩したものです。今の私は水泳よりも筋トレの方が楽しいです。こちらはまだまだ向上する余地があるのでやりがいがあります。昨日はまたベンチプレスで新記録が出ました。胸の上までバーを下ろして110kgを2回挙げることができました。先週まで105kgが最高だったのでとても嬉しかったです。

 

私が行っている体育館のトレーニングルームに青柳さんという若いスタッフが居ます。私はこの青柳さんとはとても気が合います。彼はまだ20歳代なので私の子供より随分若いのですが、しっかりしている人です。彼も私のことが好きみたいです。私がベンチプレスをする時に彼がサポートしてくれるのですが、とても安心感があってベンチプレスがやりやすいのです。曜日によって他のスタッフの当番の日もあるのですが、私がベンチプレスで新記録を作るのは青柳さんが見てくれている時が圧倒的に多いですね。

 

昨日も青柳さんの日で110kgの新記録が出ました。わたしはアメリカの大学で運動生理学も学び、大学のトレーニングルームで教授に教えて貰いながら科学的に筋トレをした経験がありますが、青柳さんの筋トレに対する知識は大したものだなと思います。昨日も色々教えてもらいました。決して押し付けがましくなく、それでいて生理学的にも正しい事を言っているのが分かります。

 

私は若い頃運動選手として国体とかインターハイに出場した経験があり、アメリカの大学でも有力サッカー選手としてシーズン中は地元の新聞にほぼ毎週載っていましたが、俗に言う体育会系の「スポ根」が大嫌いです。意味の無いしごきみたいなのには憎悪さえ感じます。でも少年野球とか見ているとこういう「スポ根系おじさん」がコーチとかしている時があって本当に嫌になります。子供たちが無理な練習で体を壊すのです。本人はこれが正しいとご満悦でやっているのでしょうが、おじさんも子供たちも可哀想ですね。

 

こういうことは修行でも同じで、古参の禅者が禅を隠れ蓑にして、行儀作法についてうるさく言いながら修業の根性物語を展開していくのには辟易します。これは文科系のスポ根みたいなものです。心の修行は目に見える客観的な結果を得るために正しい方法で効率的に行わなければならないというのが私の持論で、本質とは関係のない不要なものは一切排除します。また人生の時間は限られているので、本質に関係のない無駄な事に時間を使っている暇はないと思っています。

 

スポーツでも何でも頑張る「根性」は必要ですが、根性で勝てるのならば苦労は要りません。一定レベル以上の選手になると根性は誰でも持っています。私は水泳でも筋トレでも修行でも、俗に言う「根性」で頑張っているのではなくて、面白くて気分が良いからやっているのです。別に根性を出して辛い事を我慢しながら健康のためにやっている訳ではありません。こういうことを毎日コツコツしておれば「根性」程度のものなどは後から自然に身についていきます。まあ根性を看板にする必要は全く無いのですね。

 

私は運動も修行も仕事も生活も科学的アプローチが必要だと思っています。そうでなければ限られた時間内に望む結果を得ることはできません。一番効率よく、一番良い具体的、客観的な結果を出すにはどうしたら良いかと常に考えるのは大切な事です。私にとってはお祓いですら、二年間目があまり見えなかった人が3分間のお祓いで目が見えるようになれば、それが具体的で客観的な結果です。結果も出ないのに、思い込みや観念で「これが良いのだ。正しいのだ。」と言っていてはいけないのですね。限られた人生の時間にはそんな閑はありません。

 

それにしても一昨日、青柳さんから教えて貰った広背筋を鍛えるマシンの使い方には目からうろこでした。私は今まで自分の思い込みで間違った体の使い方をしていました。道理でやっている割には広背筋がつかなかったはずです。青柳さんに教えて貰った後、広背筋に程よい筋肉痛を感じたので彼は正しかったのです。これが具体的な結果ですね。「自分は知っている」と思い込むのは自分の可能性を狭めます。やはり何事も正しい事は素直に聞いて実践する事が大切です。年齢やキャリアは関係ありませんね。青柳さん、ありがとうございました。

 

合掌

 

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2017-10-26 23:19:41

得する人生のビジネスモデル

テーマ:物の見方を変える

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今日は木曜日で水泳の日でしたが、一昨日の水泳と昨日の筋トレの時に身体の疲れを感じたので、今日は水泳をお休みにして、代わりに昼休みを少し削って仕事をしました。今日は元々仕事の予定がいっぱい入っていたので、体力を温存したい気持ちもありました。こういう時は無理をしないのが一番です。お陰さまで身体の疲れは回復したので明日からまた筋トレと水泳を再開します。

 

疲れを感じると筋トレや水泳はお休みしますが、絶対に休まないのが修行ですね。朝の合掌瞑想や坐禅の修行はよほどの事がなければ休む事はありません。修行は私にとっては歯を磨くようなもので、毎日しなければならないことなのです。まあ一日のスタートは修行からが私の毎日ですね。もしこれをしないと一日落ち着かないのではないかと思います。

 

そう言えば断食の時にやっていた修行は大変良かったですね。感覚が研ぎ澄まされていくので、同じ修行でもより深く合掌瞑想や坐禅ができたと思います。またそろそろ断食をしようかなと思っています。断食というのはやるまではちょっと不安でしたが、私の心身に対してとっても良い効果があったので、一年に数回するのが良いのかなと思います。食費はかからないし、心身はすっきりするし、自分の能力が上がるし、考えてみればよい事だらけですね。

 

人間には計り知れない能力が潜んでいると私は思っています。それを引き出すには、普通世間ではしないようなことをちょっとしなければなりません。修行にしても、断食にしても殆どの人は知ってはいますが、実践する人は少ないので自分の中に秘められた能力を見出す事ができないだけです。

 

一旦こういうことをやりだして、自分の秘められた能力に気付くと人生がどんどん面白くなっていきます。何もしないと日常に流されて老いていく事になりますが、ちょっとした努力で人生は変わるのですね。何でも「やってやろう」と思って続けていると、それなりの結果は付いて来るものです。あきらめて途中でやめてしまうと元の木阿弥になります。だから私は続けるのです。

 

私は他の人が私の事をどう思っているかなど、ほとんど気になりません。そしてこれは大変楽に一日を過ごせる良い方法です。しかしこれは毎日修行をしているからできる事だと思います。「よし今日から気にしないぞ!」といくら自分に言い聞かせても、やっぱり人が自分をどう思っているのか気になるものです。でも毎日修行を続けていたら本当に気にならなくなったのですね。これが修行の一つの成果だと思います。理解するというのと自分のものとして得るというのには天と地の差があります。

 

過去の事も私はほとんど気にしません。過去は何万回考えても変わりませんから。でもこういうことを頭で理解するのは簡単ですが、実際に過去のことが気にならなくなるのには毎日の努力が必要です。毎日の修行という実践があるから、過去が気にならない心を自分のものとして得ることができるのだと思います。

 

しんどい事はせずに、これが欲しいあれが欲しいと言っても得られるものは何もありませんが、しんどい事でもコツコツ実践していくと得ることができるのです。心も体も毎日の修行とトレーニングの実践で良くなっていきます。目先の楽に食いついていると、結局人生は辛いものになって行きます。人生は順風満帆で一生が終わる事がないからです。

 

私は目先のちょっとしんどい事をする事によって、人生全体で楽をしようと思っているのですね。目先のしんどい事は私の投資です。ビジネスでも一銭も投資せずに大儲けしたいと思っても、そうは問屋が卸しません。投資をするから儲けもあるのです。ビジネスだけではなくて、何でも投資があるから結果が得られるのです。スポーツでも練習という投資をするから勝利という結果が得られるし、地道な研究という投資ががあるから科学的な成果が得られてノーベル賞ももらえるのです。

 

ところが多くの人は、心だけは自分は何の投資もせずに心穏やかに一生過ごしたいというリターンを普通に求めています。当たり前の話ですが、こういうことは特にストレスの多い現代社会ではあり得ないのですね。心も修行という投資をするから平穏という結果が得られるのです。投資にも良い投資と悪い投資がありますが、中村和尚から教えて貰った合掌瞑想は、その結果を客観的に見て大変良い投資だったと思います。心に対する修行という投資や、体や健康に対するトレーニングという投資は、ビジネスの投資よりはるかに自分に対するそのリターンが確実に期待できます。

 

 

たった5日間の断食で私が得た能力の向上は一年間は続くと思います。5日間の苦労で360日楽しめるのなら、5日間苦労する方が得なのです。実際にやってみると断食は苦労でも何でもなかったので全部得ですね。たった30分か40分の朝の修行で、心の平穏とか人生で得することは計り知れません。

 

私はこっちの方が何もしないよりよほど人生として得だと思うのでこれからも毎日続けます。私が毎日自分のためにする投資で、心身とも健康で心穏やかな人生をリターンとして得ることができるのです。この投資はすればするほどリターンが大きくなります。これこそ確実なリターンが予測できる私の人生の「ビジネスモデル」ですね。

 

合掌

 

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