最高師範と元気なお弟子たち☆札幌空手道場日記

一般社団法人國際武術空手協会の旧公式ブログです。
記事のほんの一部のみ公開しています。
現在の公式ブログは、同じくアメブロの
『空手の玉手箱』http://ameblo.jp/bujutsukarate2 へどうぞ。


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こんばんは。

一般社団法人國際武術空手協会 総本部道場です。



このたび、新年度を迎えるにあたり、心機一転、ブログを新設することといたしました。

新ブログは、同じアメブロの こちら です。

このブログをお気に入りにいれていただいておりました方は、お手数をおかけいたしますが、新しいブログのご登録をお願い申し上げます。



次回からは、新ブログでお会いできたらと思います。

宜しくお願い申し上げます。



※平成26年8月追記

600以上ありました記事を一部を除き非公開設定にしました。



一般社団法人國際武術空手協会 総本部道場



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こんばんは。


(社)國際武術空手協会 空手ガールズのブンチョコです。




いよいよ平成23年最後の日、大晦日ですね。


最後なので、今年一年、私が感じた武術空手について考えてみたいと思います。




当協会は色々なところで、試合空手(スポーツ空手)は行わない、武術空手を追究する、と謳っています。




確かに、試合空手の弊害は存在するのではないかと思います。


修業者は、試合用のルールを前提とした動きを重視し、目先の勝負(勝ち負け)に固執していまい、本来の正しい動きを修得できない。


指導者は、「選手」を作ることに主眼を置いてしまい、「人」「人格」を創るという概念を疎かにしてしまいがちである。


試合においては、審判員の力量や技量によって採点に差異や不公平が生じてしまう。


そして、業界全体として、試合に勝てない修業者が「落ちこぼれ」とみなされたり、試合で優秀な成績を修めた修業者が試合で勝ち続けられる環境がなくなった時(例えば、怪我、病気、受験、進学、就職など)に、空手を続けることへの意欲や動機、機会が失われてしまう。


もちろん異論もありましょうが、このような試合空手の弊害は、空手業界にいらっしゃる皆さまや、空手の修業をしていらっしゃる皆さまなら、一度は肌で感じたことがあるのではないかと推察しております。




他方、私は、この1年間、皆さまと一緒にお稽古する中で、自分にしても、一般部の仲間にしても、KIDSにしても、試合を一切しない、すなわち競争を一切しない(帯の色の事実上の競争はあるにせよ)ことによって、空手に対する意欲を保つことが困難であったり、成長のスピードが遅れてしまうのではないか、という疑問を常々持っていました。


試合空手のメリット、すなわち、「人と競争することによって人はより早く成長する」という側面もあるのではないかと。


特に子どものうちは、多かれ少なかれ学業等の場面で「成績」によって評価され、自分の客観的位置を知った上で目標を立てて向上していくというプロセスを辿るのであり、競争のない場面でモチベーションを保つことは至極困難なのではないかと。


だから、当協会の空手においても、試合をしないことに代わって有り余るほどの有益で具体的な方法論が必要なのではないかと。


その一つが11月に行った演武会という形式だったのですが、実は私の中ではどうしても、競争という概念を取り払ったところに真の成長はあるのかという疑問が拭えませんでした。




そんな中、先日、車の中でラジオを聞いていると、女性とスポーツというテーマのお話がありました。


柔道の例が出されており、「明治時代から女性も柔道の稽古をしていた。しかし女性の試合は禁じられていた。試合で勝つために自らの身体を顧みず必死になってしまうから、母体保護という趣旨で、女性の試合は禁じられていた。」との一節がありました。


このお話を聞いた時、当協会が試合空手を是としない理由が、ストンと心の中に落ちました。


勝負を第一に据えることによって見失ってしまうものは余りにも大きいのではないかと。


このお話では、見失ってしまうものの対象は「出産を前提とする女性の身体」というものであり、しかも明治時代の医学や価値観を前提としていますので現代には当てはまらないとも思いますが、現代においても、勝負を第一に置くことによって見失ってしまうものが男女問わず確かに存在するのではないかと。




ですから、「競争が成長への近道だ。」とか、「競争の中に真の成長がある。」という考えは、捨てることにしました。


確かに、競争であろうが競技であろうが何であろうが、人は人と競い合うことによって、プライド(自尊心)も手伝って、一生懸命になるし、必死にもなる。


でも、もしかしたら、それは、「成長への近道」ではなく、逆に遠回りなのではないかと思い始めたのです。




例えば、学業での成績に固執し一生懸命勉強して青春時代を送る。


人より優秀な成績を修めて、社会に出る。


しかし、社会に出て数年たてば、学業での成績など何も関係ないことがわかる。


確かに、一生懸命学業に打ち込んだ青春時代は無駄ではなかった。


確かに、一生懸命打ち込んだことによって自分への自信を得ることができた。


確かに、学業の成績が優秀であった人の中には社会的に優れた人間もたくさんいる。


でも、学業での成績の甲乙より深い価値観が存在することを知る。


学業での成績に関わらず、人のために自分の身を投げ打って行動する人の姿に感動を覚える。


子どもを育てるために想像を絶する苦労をしている父親たちや母親たちの姿に「生きる」ことの苦難を知り、尊敬という言葉を覚える。


そんな素晴らしい生き方をしている人たちが社会には多く存在することを知る。


誰もが「目から鱗」の瞬間を体験する。


人は何のために生きているのでしょう。


育てられる側から育てる側の立場になった時、人は、人を支え、支えられることに最もよろこびを感じるのではないでしょうか。




これと同じことなのではないかと思っています。


空手の試合に明け暮れた青春時代を送る。


確かに、試合に勝つために一生懸命稽古したことは人生と人格の太い根幹になっている。


決して、決して、無駄ではない。


でも、勝つことだけが全てではなかった。


そこには、もっとたくさんの価値観があった。


人を知り、人を支え、人に支えられる。


そのことが最も尊いよろこびであることを知る。


人生道場で学ぶべきことは、まずはこのことではないでしょうか。








では、当協会の武術空手というものは、一体どういうものなのか。


試合空手を完全に排除した純粋な武術空手とは。


何度も何度も問いかけてきたことです。


多くの先人達や空手修業者、そして渡邊最高師範らが、何百年も何十年もかけて研究してきたテーマですので、私ごときが一年や二年で答えを出せることではありませんが、今の私の考えです。




武術空手、それは、「生死を表現する究極の美」。




空手の技は、人を殺傷する「技」です。


攻撃する者も受ける者も常に「生死」をかけている、これが本来の空手の姿です。


そこには、一瞬の隙も許されない、緊迫した「間」が存在しています。


空手が表現するものは、「生死」と隣り合わせの「間」と「技」。




他方、「生死」を表現するものは、究極的に美しい。


日本刀を美しく感じるのは、それが「生死」を表現しているからです。


過去における日本人が、お國のためを想い自ら命を絶つ姿、誤解を恐れずに言えば、それは彼らの死をもって表現した生き様の美学として、その強い信念に裏付けられた究極の美しささえ感じずにはいられない。


そして、彼らに追随した女性たちも、また、強く美しい存在でした。


私たち日本人は、強さを美と感じる民族なのです。


彼らの死によって、今の私たちが存在している。


紛れもなく、日本人としての誇りです。




ですから、三段論法的に言うと、武術空手とは、「生死」と隣り合わせの「間」と「技」をもって日本人としての「究極の美」を追究するものだとの考えにいきつきました。


まだまだ勉強不足ですので、つたない考え方でありますが。




このように考えると、現在空手界で主流となっている試合空手という概念とは全く異なるものとして武術空手を捉えることができ、私の中で当協会の特徴を、第一段階として真に理解することができました。


また、武術空手が、修業者の性別、年齢、空手歴の長短、身体能力の程度、肢体の自由の有無などあらゆる前提条件を全く問題としない点、そして一番大切な個性を殺めることなく老若男女問わず修業できるものだという点を理解することもできました。


技の優劣の判定ではなく、「技」もさることながら、その「間」を追究することの大切さも感じます。


ただ一つ、真に美しいものは心身共に強いことであるという価値観を見失わず、日々「間」と「技」を錬磨していくという課題も定まりました。


今後行われる演武大会も、それぞれの個性を前提とした「間」と「技」を披露し、強さを表す「美」の追究の成果を発表する場であるという位置付けも明確になりました。


渡邊最高師範曰く、日本舞踊や茶道など、「道」を追究する伝統芸能のお披露目の場をイメージしていただければ良いとのことです。


決してスポーツ試合ではないということです。


当協会の武術空手の在り方を自分なりに理解したことで、今年一年、皆さまと一緒にお稽古してきた成果が形としてまとまったことに感謝しています。







渡邊最高師範は、日頃より、武術空手を国技にしたいとの意思を表明しています。


国技とは何なのか、そして歴史を遡って武術、武道とは何なのか、また「道」についても、私にはまだ勉強ができていません。


来年の目標は、この辺りの勉強を少しずつ進めることかなと思っています。


私にとって、空手とは、非日常であり、日常です。


道場でお稽古すること、それは日常を離れたところにある一種の異空間。


それと同時に、空手で学ぶこと、道場で学ぶこと、咀嚼していくと、それは社会生活の中での倫理観の形成と実践に密接に貢献してくれていることでもあります。




生涯武術。


私の大好きな言葉。


それぞれの日常を抱えた中で、生涯、武術を続けていくことは、人生にたくさんのよろこびをもたらしてくれるようです。




今年一年間、皆さまと一緒にお稽古できたことに感謝を込めて・・・。




良いお年をお迎えください。




ありがとうございました。




押忍




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こんばんは。


(社)國際武術空手協会 空手ガールズのブンチョコです。




続きまして、先週の土曜日の午後のお稽古レポといきたいところですが、この日は思いがけず特別な日となりましたので、そのご報告を・・・。








午後のお稽古が始まる13時30分。


その少し前に、続々と入門生の皆さんが集まってきました。


そして、父母の方から、ある情報が。


13時30分過ぎに、陛下が総本部道場のお近くをお通りなさるとのこと。




陛下が北海道に行幸されていることは存じておりましたが、総本部道場のお近くをお通りくださることは光栄な限りであり、私たちは即座にご拝顔に向かいました。









札幌発!空手ガールズ道場日記            ~空手KIDS・空手ガールズ・大和男たちの道~


↑ 意気揚々とご拝顔に向かう私たち。 









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↑ 警察の方の誘導に従い、陛下をお待ち申し上げております。


突然の事態に興奮を隠しきれないKIDSたち。









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↑ ほどなく、いよいよいらっしゃる雰囲気です。









札幌発!空手ガールズ道場日記            ~空手KIDS・空手ガールズ・大和男たちの道~


↑ 先頭の白バイが見えました。


心の準備を整えます。

































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陛下は、暖かい御笑みにて、私たちにお手をかざしてくださいました。









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↑ 渡邊最高師範は、日の丸を捧げました。








この後、高橋はるみ北海道知事もお通りになられ、ご挨拶申し上げました(もちろん一方的にです)。

















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↑ 暖かい御心と御力をいただき、意気揚々と総本部道場へ戻る私たち。

















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↑ この日、渡邊最高師範が捧げました日の丸を、総本部道場の上座に設置いたしました。


この日の丸は、渡邊最高師範のお父上の形見だそうです。


「天佑神助 武運長久 為渡辺正春君 海軍大将 山本英輔 出征」と記されています。


海軍大将山本英輔氏が、その甥である渡邊正春氏(渡邊最高師範のお父上)にお渡しした日の丸だそうです。


この日の丸は総本部道場に設置しようと思っていたのですが、何故かタイミングが掴めず、しばらく神棚の上に眠っていたものでした。


それが、思いがけず陛下の行幸にご拝顔する機会に恵まれ、この日、眠りから目覚めたのでした。








陛下のご拝顔をさせていただきましたのは、私にとって最初の機会でした。


暖かな御笑みを拝見させていただきました瞬間、心の中に溢れる涙のようなものがありました。


このお方は私たちを守ってくれている。


私たちは、このお方に守られている。


そう確かに感じることができました。


有り難き幸せ。


この言葉以上のものはございません。








この日のあの瞬間を胸に、今後とも皆さまとともに精一杯生きてまいりたいと思います。








押忍





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こんばんは。


(社)國際武術空手協会 空手ガールズのブンチョコです。




昨年、平成22年6月12日、(社)國際武術空手協会の設立記念式典を開催させていただきました。


札幌発!空手道場日記                ~空手KIDS・空手ガールズ・大和男たちの道~


早いもので、あれから1年。


あの時も、本当にたくさんの皆様に支えられて、盛大な会を執り行うことができました。


今でも、皆様お一人おひとりのお顔を思い浮かべると、感謝の気持ちでいっぱいになります。




空手道の追求という業は、文化・芸能の部類に属するのではないかと思います。


師範一人ひとりが人格完成を訓とし武士道の志をもって日々精進していても、それを支えていただく皆様のお力なしには、現代社会において存続していくことはできません。


皆様のお力なしには、今日現在の当協会は有り得ませんでした。




空手道、武士道というもの、普通に暮らしている私のような日本人には理解することは難しいと思っています。


でも、何かしら、漠然とした憧れがある。


何かしら、漠然とした安心感がある。


何かしら、漠然とした敬う気持ちがある。




日本人が持つ魂が、そうさせるのでしょうか。


だから、無意識に惹かれてしまうのでしょうか。


だから、人の心を魅了するのでしょうか。








真っ白な道着を着てみると、心まで真っ白になれる。


そんな、憧れと安心と敬いの気持ちを感じられることだけでも、きっと私たちは幸せなんだなって思います。




これからも、師範一同、空手ガールズ一同、初心を忘れず、子どもたちを中心とするより多くの皆様に武術空手を知っていただき、そして武術空手の伝導・伝承の一助とさせていただきたく邁進してまいります。




押忍




【おまけ(式典会場での演武)】



札幌発!空手道場日記                ~空手KIDS・空手ガールズ・大和男たちの道~


形「千手」





札幌発!空手道場日記                ~空手KIDS・空手ガールズ・大和男たちの道~


組手「白鶴拳」




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こんばんは。


(社)國際武術空手協会 空手ガールズのブンチョコです。


本日2回目の更新です♪




今回は、総本部道場に置いてある「空手道」の本で、空手のお勉強です音譜


札幌発!空手道場日記                ~空手KIDS・空手ガールズ・大和男たちの道~-SN3E0082.jpg


「空手道 精神と技法 中山正敏 著」です目


有名な先生ですよねニコニコ


以前、「精神編」を読んで、自分なりに空手の歴史の部分について整理したものをご紹介いたしますひらめき電球


空手の歴史って意外に知られてないと思いますので、この機会にぜひ読んでみてくださいねアップ


空とか無とか、色即是空とか、そういうのはもっとお勉強してから書いてみたいところですあせる


※ 一部、本文より引用文言などありますこと、ご了承ください。




1 はじめに


空手道の歴史は、未だ権威ある正史の成立をみていませんが、当協会の師範らが学んできた松濤館流空手の流れを組んでご紹介いたします。




2 琉球王国の禁武政策


空手道の歴史を紐解くと、その由来は、15世紀初頭の琉球王国誕生のころに遡ると言われています。


琉球王国は誕生後まもなく文治立国を国是とし、武器を携えることを禁じる禁武政策を行い、1609年に島津氏が琉球を征服した後は、禁武政策がより一層強化されました。




3 沖縄拳法


そこで、琉球人はまさに徒手空拳(としゅくうけん)たること、すなわち武器を持たず素手で己を守ることを余儀なくされ、自らの身体(しんたい)を武器と化するほどの武術、沖縄拳法を発達させたとみられています。




4 中国拳法


また、琉球王国は中国の明(みん)や台湾との貿易を盛んに行っており、役人や商人が貿易に伴い中国拳法を持ち帰ったとも言われています。


ただ、中国拳法は医武同源という考えのもと、身体の健康を目的とする健身術を基本としていますが、沖縄拳法は己の身を守るという護身術を基本としており、沖縄において独自に発展したものと考えられており、中国拳法とは区別されています。




5 沖縄拳法の伝承


身に武器を帯びず、拳による突き打ちと蹴りを基本に、身体のあらゆる部位を徹底的に鍛錬して有効に駆使して身を守り、一撃必殺と言われるほどの恐るべき威力を発揮する沖縄の拳法は、禁武政策のもと、その後数百年の間、秘密裡に師から弟子へと、夜中、密かに伝承されました。





6 空手道の誕生


月日は流れ、明治32年、日本は数年後に日露戦争を控えていました。沖縄の徴兵検査に臨んだ軍医たちは、沖縄男子の体格があまりに立派で大変特徴のある発達ぶり、その上、気力が充満していることに驚き、調査した結果、沖縄に秘伝として伝わり当時まだ公にされていなかった徒手空拳の術によって鍛えられたものであることがわかり、軍当局に報告しました。


ここに、沖縄拳法 沖縄尚武会会長であった 船越 義珍 翁(ふなこし ぎちん おう)は、かねてより沖縄拳法を沖縄の地方的武術から脱皮させ、大きく日本武道として換骨奪胎させたいとの念願を持っていたことから、この仕事に乗り出しました。


次第に沖縄拳法は軍や文部省に奨励され、大正10年には、皇太子殿下の御面前で、船越 義珍 翁はその術を台覧に供し、翌年には、東京のお茶の水教育博物館での文部省主催の体育博覧会にて、演武を行いました。


これをきっかけにマスコミに初めて「神秘的武術唐手」と発表され、それまで秘伝であった術が日本本土の人々に知られることとなりました。


その後まもなく、船越義珍翁は、沖縄拳法、沖縄唐手術という名前を改め、大日本拳法空手道と名付けました。


徒手空拳を意味する「空手」とし、精神的側面に重点を置く武術という意味を込めて「道」を加えたのです。


それは沖縄人の反対を押し切った大英断でした。これが現在の空手道の発祥です。


空手道はこの時から日本武術として生まれ変わり新たな道を歩むことになりました。





7 戒め


空手は、拳や足などの一部位に体全体の力を必要な瞬間、最大限に集中させ、一定の目標に正確に、非常に大きな瞬間衝撃力、いわゆる「極め(きめ)」を爆発させる武術です。


この破壊性に鑑み、船越義珍翁は、空手道の五条訓を定め、人格完成、誠の道、努力の精神、礼儀、血気の勇を戒めることを掲げ、また、「空手に先手なし」とし空手の術をむやみに使うことを厳しく固く弟子たちに戒めました。


「空手に先手なし」の精神が具体的にあらわれているのが、空手道の稽古の中心をなしている「形」(かた)です。


形は、前後左右に4人から8人の敵を仮想し、それに対する一連の攻防を組み合わせて定型化したものです。


およそ百十種類の形がありますが、それらは全て受けから始まっています。空手はもともと護身術として興ったので先手がないのです。





8 試合化


さて、昭和10年ころから、空手界の中枢である大學の空手部員同士の間で交換稽古と称する組手が行われ始めました。


そもそも空手術は秘密裡に孤独のうちに修練することが通例で、稽古も形が中心でしたが、血気盛んな若者はそれだけでは満足できず、日頃の稽古で習得した技とその威力を実際に試してみたいという想いから、試合化への道を歩み始め、昭和32年、日本空手協会主催の全日本空手道選手権大会で初めて形と組手の試合が行われ、その後も日本全国で試合が定着しました。








押忍




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