金満血統王国信者

馬券購入のヒントになるデータと日々の出来事などを好き勝手に書いてみたいと思っています


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月間目標

+¥10,000

 

年間見込ペース

+¥20,000

 

購入レース 0

 

馬券購入機会がなく収支はプラスマイナスゼロ

 

±¥0の為月間・見込ともに目標数字クリアならず

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日曜日の朝って何してますか?

 

休日の方ですとゆっくり寝ているという人が多いのでしょうか。

私はたいがいの場合仕事なので朝7時頃には起床しているわけですがTVを見ながら朝食や出かける支度をしています。

で、大抵の場合は7時30分からはテレビ朝日系列で放送されております戦隊シリーズを見るわけなのですが

 

2月18日から新番組

獣拳戦隊ゲキレンジャー

がスタートいたしました。

 

今回のヒーローは3人のようです。

3人といえば

太陽戦隊サンバルカン

幼少の頃見た記憶がかすかに残ってますがこの時は全員男性だった気がします。

 

今回はヒロインいます。

宇崎ラン/ゲキイエロー役

福井未菜

 

チョットだけ自慢といいますか、わたくしTVやCMを見た時に

「おっ!」

っと『オーラ』といいますか『売れるにおい』とでもいうのでしょうか。たまに感じる時があるんですけどその時の役者やアイドルはかなりの確率でその後ブレイクしています。

もちろんそのオーラを感じなかった人でもブレイクしている人はたくさんいますが・・・

 

 

(こんなことを書くのも大変失礼ではありますが)

前回まで放送されておりました

轟轟戦隊ボウケンジャー

のヒーローからはオーラが見えませんでした(苦笑)。

敢えて1人あげろと言われれば

高丘映ニ/ボウケンシルバー役

出合正幸

オーラを見た気がいたしますが

「おっ!」

と唸るようなところまでは至りませんでした。今後の活躍はいかがなものになるでしょうか。いい意味で期待したいと思います。

 

 

でもって今回はどうでしょうと思っていたわけですが

ゲキイエロー

あくまで直感ですがちょっとだけオーラが出てました。正直なところ

「おっ!」

と唸ることはありませんでしたがなんとなくブレイクするかも?という気はします。

というわけで「福井未菜」で検索。プロフィールを見たら

既にCMやTVでいくつか出演しているみたいですし、まったくの無名というわけではないようです

(^-^;

どうやら知らなかったのは私の方でした。今後更に大ブレイクするかどうか。少しだけ注目してみたいと思います

日曜の朝、早起きしたらぜひ一度みてください。

顔は私が

『女子アナの中では一番キレイ』

と言い続けているテレビ朝日の

河野明子アナ

に少し似ている気がします。

 

が、第1話を見る限り、役柄が

冷徹で冷たい性格の女性拳法使い

のように見えるのでそのへんがどう映るかでしょうねぇ・・・。今後物語が進んだ時にどうなっていくのでしょうか。

 

 

ところで最近の戦隊モノって役者のキャストにもけっこう驚かされます。

前作ボウケンジャーには

斉木しげる

戦隊の指揮官のような役で登場。第1話で見た時には

子供に夢を与える番組に「パチンコ名人」とか言ってTV出演していた人を使うのか??シティボーイズだろ~?

と1人でツッコんだものですが、今回は

伊藤かずえ

が同じように指揮官のような役割で登場。コチラは私が子供の頃からどちらかというと本格女優というかんじで活躍し、名前は既に知れ渡った存在。

最近はキャストが豪華だよなぁ

と驚かされました。

 

そしてストーリーも。

前作ボウケンジャーは最後のほうにポイントとなるアイテム

脳と臓器(心臓?)

が登場。それを体内に取り込むことで悪者が最強になれるというストーリーだったと思うのですが

(あまり真剣に見てなかったのでもしかしたら間違っているかもしれません)

おそらく今までなら

1.両方のアイテムを取られないように頑張るがついに敵の手に渡ってしまう。

2.最強のボス誕生。世界は破滅してしまうのか?

3.正義の戦隊が最強となった悪者を撃破。平和が戻る

こんな筋書きが定番になるのでしょうが、今回は

両方のアイテムが敵の手に渡らないように守りきる(1つは手にされたがもう1個は死守)。こうして最強のボスとして覚醒する前に最後の敵をやっつけてしまいハッピーエンド

 

こんなストーリーでした(苦笑)

ここからくる教訓は昔なら

・諦めずに頑張れば道は拓ける

 

最近の物語は

・手遅れになってからでは遅い。そうなる前に頑張って決着をつけるように。

 

といったところでしょうか。今回もサプライズエンドが待っているのか??

注目する点が多々ございます

獣拳戦隊ゲキレンジャー

約1年間注目してみたいと思います

 

<文中敬称略>

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2007年2月18日(日)

東京マラソン開催

 

TVで説明するまで知りませんでしたがこの大会は

大阪世界陸上マラソン代表の選考レース

を兼ねているそうで。

 

というわけで

市民ランナー30000人が参加する一大イベント

として注目された同大会。

 

我々の走遊会からも

モレエ野人さんが参加を希望したものの

抽選で落選

記念すべき第1回大会に出ることはできませんでした

私は2月4日の青梅マラソンに参加することを先に決めていたのでこの大会に参加する気はなかったのですが、市民ランナーとして一度は走ってみたい大会です。

 

それはそれとしまして世界陸上選考レースだということを認識した上で参加者から注目選手をチョイスしたところ

現在の男子マラソン界で安定感No.1

油谷繁

世界に通用する練習を積み、ついにマラソン初挑戦

徳本一善

 

(レース中先頭集団にいる選手から急遽ピックアップしたので)

注目したのはこの2人

 

ところで、レースは開始から激しい雨に見舞われ厳しいコンディション。

先日の青梅マラソン回顧の日記でも書いたとおり不思議と東京地方が悪天候になる「2月の第3日曜日」。私が危惧したつまらん予想が的中してしまいました。

さすがにこの気温では体が温まるまではなかなか思い通りに体も動かないですしトップレベルのランナーにとってもキツかったことでしょう。

 

で、世界陸上の男子マラソンを楽しむためにも私的には是非代表になって欲しかった上記2名。

徳本選手は速報で

2:15’55”

正直このままでは代表は無理でしょう・・・

通過ラップを確認しますと

35~40kmが 18’19”

(1000m平均3’40”くらい)

40~ラストが 8’51”

(1000m平均4’00”くらい)

途中まで(25kmくらいまで)は1000m平均3’00”~3’10”で推移していたのでやはり30km以降がマラソンと言われるとおり最後が大きな壁となりました。

もちろんこのままで終わる選手ではありません。更にレベルアップしてマラソンで結果を残すことを期待します。

それと徳本選手に関しては注目してもらいたい点がもう一つ。それは、

解説者としてマラソンや駅伝の中継に参加した時のコメントがものすごく的確で的を射ている

こと。話を聞いているとものすごく納得させられて、こちらとしても参考になる点が出てきます

こういう選手は指導者になった時に必ず成功をおさめるタイプだと思います。

選手としてはもちろん引退してからの活動にも注目してみてください。

 

そして油谷選手。近年の男子マラソン国際大会で(優勝はありませんが)常に安定した成績を残してきたあぶさん」の名で知られる同選手。当然今回も日本人最注目選手であったわけですが、速報を見ると

30kmまでで通過タイムが途切れています

どうやら途中棄権したようです。原因はいろいろあるとは思いますがとても残念な結果に終わってしまいました。

五輪や世界陸上のマラソンだけでなく、ニューイヤー駅伝でも主要区間を任されながら大きな失敗をしたことがないのですがついに敗れてしまいました。この失敗(屈辱)をバネに再びトップに戻ってくることを期待します。

 

 

で、今回のレースの感想は、

世界陸上代表選考レースに位置付けたのはどうなんだろう?

という気持ち。参加人数の多さについては

招待選手は最前列に並べる

ので問題はなかったと思います。逆に記録を狙いに来た一般市民ランナーのほうが被害をうけたのではないでしょうか。

一番の問題は

スタートが9時10分

だったこと。制限時間7時間という枠のため、交通規制の問題も考え

朝早い時間にスタートさせなければ終わらない

のは当然ですが、前々から言われている

(今回は4つ設けられている)選考レースの公平性

を保てていないのではないかと。だからこそトップレベルの日本人が一握りしか参加しなかったのかもしれませんが。

 

他の選考レースと比べると明らかにこのスタート時刻は有利とはいえません。もし仮に

他の国内選考レースと同じように正午頃のスタート時刻

だったとすれば、雨もあがりもっと走りやすいコンディションで大会に臨めたハズ。皮肉なものです。

 

 

試行錯誤の段階でどうなるかと注目しておりました東京マラソン。市民ランナーにとっては大きなイベントとして楽しみのある大会が増えたことは歓迎なのでしょうけど、今後の世界陸上・五輪の代表選考レースとしても並行して大会が継続されるのであれば一流アスリートは益々出場してこなくなる可能性があります。ホノルルマラソンのような一大大会にしたいのであれば中途半端に『兼・選考レース』とかに位置付けるのは正直いいましてやめた方がいいのではないでしょうか。レースの公平性を欠く気がするので。

 

 

(もちろん同じ事を唱えている評論家もいることを承知した上で)

この大会改良の余地アリ

と言いたいです。でないと今後

招待選手よりもゲストランナーのラインナップのほうが豪華な大会になってしまいますよ。

 

集え!一線級を退いた元・トップランナー

 

な~んてサブタイトルがつけられないうちに。

数年後、嫌味な週刊誌なんぞに

「東京マラソンは警視庁の天下り先のように元・トップランナーの温床と化した」

とか書かれないことを祈るのみ。


※一流ランナーと市民ランナー(アスリート志向からエンジョイ派まで)が共存できる大会って何だろう?という疑問を少し意見させてもらいました。

「偉そうなこと書いて何様のつもりだ」などと思われた方おりましたら気を悪くしないでください。

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中学生の頃より応援し続けた球団『近鉄バファローズ』

(最終的には『大阪近鉄バファローズ』)

残念ながら2005年オリックスとの合併により球団は消滅。それに伴い私の野球熱も急速に冷めていったわけですが、野球経験のない私をここまでプロ野球に熱中させてくれた球団に敬意を表し、記憶にある選手を少しずつではありますが紹介、この球団の面白さを伝えられたらと思います

 

久々掲載の18回はこの選手

ケビン・バーン(投手)

 

2003年入団。相変わらず苦しい先発投手事情を埋めるべく獲得した投手。2003年当初は信頼をおける先発がパウエル2002年最多勝)しかおらず(後のエース岩隈も伸び盛りながら軸にはなってません)当然先発ローテーションを担ってほしい存在として期待されました。

さて、そんなバーンですが、プロフィールによれば

身長193cm

という長身選手。しかもあまり幅のない体型で数字以上にスラっと大きく見える選手でした。投球スタイルも長身を生かしたストレートとキレのいいスライダー、落差の大きいカーブという正統派投手。140km後半ストレートMAX150kmを超えることもあった)とカーブのコンビネーションは絶妙で

・高目のストレートで空振り

・インコースへのストレートで差し込む

・低めのカーブ、外へ逃げるスライダーで空振り

・タイミングを外したカーブで泳がせる

と、打ち取るパターンもさまざま。

 

そして優勝した2001年はもちろん、2002年まではこの列伝で何度も書いているとおり

継投

が近鉄の勝ちパターンだったわけですが

絶対的な守護神大塚晶文(当時の登録名)

ポスティング云々の問題から中日へ移籍。クローザーを失ったことにより

できることなら先発投手にできるだけ長く投げてもらいたい

という投手事情に変更を余儀なくされた2003シーズンでした。もちろんセットアッパーは昨年までの流れを汲んで右も左もたくさんいたのですがいざクローザーを任せるとなると信頼できる投手がなかなかいないというのが現実でした。

 

そんな中バーン

2002年最多勝・2003年開幕投手パウエル

ついに頭角を現し安定したエースへ成長岩隈久志

シーズン当初は中継ぎとして起用されたりもしましたが途中から上の2人に次ぐ第3の先発投手として活躍。

登板30試合

8勝7敗

防御率4.37

という成績で2003年シーズンは終了。

 

成績だけ見れば大活躍とはいえませんが

・一応パウエル岩隈に続くチーム3番目の勝ち数

・先発起用後は安定した成績

・まだまだ20代後半で伸びる可能性がある

そしてなんといっても

西武キラー

などなどの評価があったと思われますが来シーズンも契約続行。

 

いろいろと調べましたらバーン自身真面目な性格で研究熱心だったそうで日本の野球に対応すべく

クイック投球

を取り入れるなど投球も変化。慢心して成績が悪くなる外人投手は過去の歴史でも数多くいるとは思いますがバーンは2004シーズンになっても安定感は衰えませんでした。

 

しかし、2004年はチーム自体が大きく退化(笑)

マリオの回で書いた内容と重複しますが

主砲ローズ退団

中村はケガで本来の活躍ができず

吉岡がオープン戦でアキレス腱断裂

自慢の打線が完全に沈黙。チームも5位に低迷。

登板27試合

6勝8敗

防御率3.89

という成績でバーンの2004年は終了。数字の上では2003年よりも悪くなっていますが

バーンだけに留まらず

1~3失点でも打線の援護がなく勝ち星がつかない(下手をすれば負け投手になることも)

恐怖のストッパー(笑)カラスコに勝ちを消される

カラスコにつきましては紹介の予定はなかったのですが簡単に後日紹介しようと思います)

 

岩隈は見事に最多勝を獲得しましたがそれ以外の投手は軒並み成績を悪くしました。

そしてバーンも成績を落とした1人でしたが首脳陣の評価は落ちていなかったようで

・(岩隈の五輪参加もあり)先発登板数はチーム最多の27

チーム内では最長の投球回数173回2/3

これだけ投げて被本塁打数がたったの10

これまたチーム内最多の奪三振154

数字に残った成績以上の安定感で先発ローテーションを1年間守りきりました

 

そしてこの2004年シーズンいっぱいをもって大阪近鉄バファローズオリックスと合併

6勝8敗という成績ながら首脳陣には評価されたようでそのままオリックス・バファローズの一員として2005年以降も日本に残ることになりました

 

近鉄での実働2年間で14勝15敗。獲得タイトルも特になし。なぜこの選手を列伝で紹介するに至ったのか。それは少しだけ先述しました

西武キラーとしての活躍が私の心に深く残っていること

に他なりません。

 

ロッテとのダブルヘッダーで時間切れ引き分け。優勝が逃げる

ブライアントダブルヘッダーで4発ブチ込み優勝をほぼ決定づける

印象深い勝負が多かった80年代後半

野茂英雄vs清原和博

で沸いた90年代前半

黄金カードと言われた「近鉄vs西武」の時代。

下位に低迷し、冬の時代でもあった90年代後半

いつの時代でも(あまり認めたくはありませんが)常勝軍団としてパ・リーグの盟主たる存在を示した西武ライオンズ

相性がいいのか意地をみせているのか、なぜか近鉄西武戦には無類の強さを見せ

チームはリーグ最下位でも西武戦だけは勝ち越し

な~んて年もあったくらい。特に90年代後半はチームとしては下位に甘んじながら西武だけには互角の戦いを演じました。その要因のひとつとして

西武キラーの存在

を無視するわけにはいきません。この時代を象徴するキラーの代表格は

前川克彦

山本和範

この2名。

大友高木(大)鈴木(健)大塚小関

主力選手に左打者が多かった時代サウスポーの前川が当時の西武打線のつながりをうまく断ち切り勝ちを拾っていきました

ちなみに右打者ではマルティネス伊東スイッチヒッター松井(稼)などがいましたがこれらの打者の前にランナーを溜めることなくうまく要所を締めていたと思います。

そして山本。西武投手陣も苦手意識があったのかどうかはわかりませんがとにかく西武線にはめっぽう強く

(私の記憶が正しければ)シーズン途中に13本目のホームランを放った時にそのうち8本が西武戦

という半分以上のホームランを対西武で固め打ち。他チームとのカードでは6番を打ったりスタメンを外れたりしていたわけですが西武戦に限っては3番or5番を任されるなど、自他共に認められた西武キラーでした。もともとここ一番で勝負強いバッターではありましたが、西武相手には全打席要注意だったといえるでしょう。

 

そして時代は移りかわり、主軸が

カブレラマクレーン和田フェルナンデス

スイッチヒッター松井(稼)

主力に右打者が揃い、左投手前川ではさすがに通用しなくなってきた(単に実力的に研究され尽くしただけ?)頃に現れたネオ・西武キラーこそ

バーン

というわけですが、
じゃあ何が凄くて西武打線はバーンを打てないのか?

と言われると、ハッキリいってわかりません。これが相性というやつでしょうか。不思議と打てないんです。そして三振も多いんです。

 

こうして長年続いた

近鉄西武

西武>ダイエー

ダイエー>近鉄

の「3すくみ」の構図を支える一端を担ったバーンなのでした。

 

ところで、なぜ私が西武キラーの存在にこだわるのかと言えば、

話のネタとして西武にだけは負けるわけにはいかなかった

ということ以外にはありません。

 

相手はもちろん西武バカで知られる○庭君

 

某サークルで

西武バカ○庭vs近鉄キチガイ小僧

といえば誰も相手にしないくらい放っておかれた事実。

こいつにだけはなんとしても負けられない

との気持ちで西武を抑えてくれる選手は私の中では印象に残りやすい選手になっているのでした。

 

で、実際に○庭君と一緒に西武ドームへ「西武-近鉄」戦を観戦に行った時のお話。

生後半年ほどの○庭Jr.も同席し、試合以外にも印象に残った日だったので記憶に残っているのですが

西武松坂大輔

近鉄バーン

の予告先発で、

さすがに松坂相手では分が悪そうだな

というのが第一印象。フタを開けてみればやっぱり松坂の前に近鉄打線は抑え込まれ

9イニングでわずかに1得点のみ

ところが・・・バーンのほうが凄かった!

内容的には松坂のほうがよく、バーンが凌いでなんとかつないだというかんじではありましたが

8イニングを無失点

というわけでこの試合は息詰まる投手戦となったわけですが、9回アタマにピッチャーがバーンから交代して1点取られ同点に

こうして8回を無失点に切り抜けたにもかかわらずバーンには勝ち星はつかず

歯痒い試合内容だったがとりあえず追いついた○庭君は大喜び

これがバーンの勝ち数が伸びなかった要因のひとつではある気がしますが、とにもかくにも試合は延長戦へ

回は進んで11回へ。

西武の投手はこのイニングから森慎二が登板。このアナウンスを聞いて○庭君

ものすごく嫌な予感がする。こんな緊迫した試合でを使っちゃダメ

といったかんじのコメントをしていた記憶がありますが、予感は見事に的中は打ち込まれ失点。ついに均衡が破れました。

 

結局そのウラ西武の攻撃は0点に終わりあえなくゲームセット。

は使えね~な!あんなヤツいらねぇ!!

という捨てゼリフを残し球場を去った○庭君

松坂相手に勝てるとは。バーン恐るべし

このロースコアをモノにし、嬉しさ半分驚き半分の私。でも・・・

 

試合の終盤チャンスでカブレラに打席がまわってきたとき、2度にわたって敬遠をした近鉄バッテリー。しかも1塁に走者がいる状況での2連続敬遠。カブレラも呆れたのか2度目の敬遠時には

バットを逆さに持って打席に棒立ち

という半分抗議のような振る舞いで、当然ライトスタンドからはブーイングの嵐。

さすがの私も

いくらなんでもそりゃないでしょ。勝負しなきゃ!

と、不満を抱きました。

ゲームには勝ちましたがチョットだけ消化不良といいますか勝負を見たかったというか。

 

でもって、レフトスタンドサイドはといいますと、

ブーイングはほとんどナシ。むしろ「ざまぁみろ」とでもいいたげな振る舞いでした・・・

近鉄ファンってこういう人が多いんですよね (T.T)

近鉄さえ勝てばいいっていうような人が。本当のプロ野球好きなら

敵味方関係なく好プレーには素直に拍手を送る

贔屓のチームが勝つに越したことはないけれどやっぱり「これぞプロ!」というようないい勝負が見たい

こういう気持ちで観戦するのは当たり前だと思うんですけどねぇ~。だから私は近鉄は好きだったけど外野席で一緒に大騒ぎできなくなったんです。

昔はワイワイ大声上げて騒いでましたが

(^-^;

 

愚痴が増えてしまいましたが、バーン。いい投手でした。

○庭君のネタにできる勝ちをたくさんもたらしてくれたので。

 

 

 

さらにさらに。ピッチングとはまったく関係ありませんがこの投手。プロフィールによれば

右投げ左打ち

だったそうです。しかし、パ・リーグDH制バーンが近鉄に在籍している年度はリーグ優勝もしていないし、交流戦もまだなかった時代。打席に立つ姿を一度も見ることはありませんでした。

(たぶん公式記録上でも一度も打席に立っていないと思います)


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※お断り※

この記事は長いです(笑)携帯からの閲覧はしないことをオススメします。それでも読んでいただける場合は覚悟して臨んでください。

 

 

2007年2月4日(日)

第41回青梅マラソン

 

30kmの部に挑戦!

 

参加者・・・モレエ小僧

 

さて、青梅マラソンといえば例年2月の第3日曜日に開催と決まっていたのですが今年から一大イベント

東京マラソン

が始まることを受け、40回という歴史を持つ同大会が開催日をずらすという形で開催継続となりました。

 

ところが2月の第3日曜日は不思議と悪天候が多く、特に東京の山奥はなぜか天気が荒れ、10年ほど前には降雪のため大会中止になったほど。

私が4年前初めてこの大会に参加した時も残念ながら天気は雨。終始小雨がチラつくなか気温がまったく上がらず厳しいコンディションでのレースを経験しました。

というわけで、今回が2度目の青梅マラソン挑戦。開催が2週間前倒しになったことで

天気はどうなるか?

と思っていたのですが、暖冬も手伝い?天候は快晴。気温も上昇。逆に暑くなりすぎるのでは??と心配になるほど。

 

↓結果はコチラから↓

青梅マラソン結果速報

種目は「一般男子30km」

あとは私の「ゼッケンNo.」を入れていただければ

15km・20km・25km・30kmでの通過順位とタイムが見られます。

(ゼッケンにつきましては個人が特定されてしまうのでここには書けませんが興味ある方おりましたら別途連絡いたします)

 

今回の設定タイムはズバリ2:00’00”以内。1000mを4’00”で走り続ければ到達できるタイムです。しかし、このコースはザックリ書くと

前半山に向かって延々と上り、後半はその道を下って帰る

コース。簡単なコースではありません。走る側にしてみれば攻略しがいがあって面白いのですがいざタイムとなると容易ではないコースセッティング。4年前の挑戦ではプライベートタイム(自分がスタートラインを超えてからゴールするまで)では2時間を切ったもののオフィシャル(号砲が鳴ってからゴールするまで)ではスタート位置が後ろだったのが災いし、2時間を切ることができませんでした。今回はその借りを返しに来ました。なんとかオフィシャルで1時間台を達成したいものです。

 

というわけでレーススタート。

 

この大会の最初で最大の関門はスタート。

①スタート位置は自己申告制(自分の目標タイムにあわせて自由に並べる)という大会が一般的になる中、青梅マラソンはゼッケン番号順に並ばなくてはいけない。

②参加者が1万人以上いるのでランナーがバラけるまでかなりの距離が必要

私のゼッケンも最大で10000を超える番号があることから考えればかなり恵まれた方ではありますがそれでも正直な気持ちを書かせてもらうともっともっと前に並びたいところ。

 

今年はスタートの号砲が鳴ってからスタートラインに到達するまで手元の時計で「58秒」もかかりました。まずはここで約1分のタイムロス
ところで今年スターターの大役を担ったのは

石原慎太郎東京都知事

(4年前は長嶋茂雄さんでした)

東京マラソンと青梅マラソンの共存、両立をアピールしてのお仕事だったようですが、どうも参加者の反応は今ひとつ。

しかし、私の近くを走っていたオジサンをはじめ、周辺にいたランナーからもチラホラと

「石原やめろ~」

「石原帰れ~」

などなどのヤジがとんでいましたが、同じランナーとして恥ずかしい・・・。

あんたら何しに来たんだ?と言いたい。

せめてもっともっと後ろに並んでいるいわゆる

完走目的のエンジョイランナー

であればまだ目をつぶってもいいが、これだけ前のポジションをもらったゼッケンをつけた人間からこんな言葉が出てくるようでは・・・。しかもいい年したオッサンばかり。生意気言うようですが本当に今のオッサンって精神年齢が低い。

 

レースに話を戻しますとスタートラインを超えてからランナーがバラけるまでがまた大変。

もちろん私だけでなく同じように後ろからのスタートを余儀なくされた速いランナーもいます。

ペースの速い人、遅い人、遅すぎる人、ほとんどペースが同じくらいの人

様々なペースが入り混じり、前は詰まるし後ろも気にしなくてはいけないし右に左に蛇行しながら少しずつ少しずつバラけていくのを待ちます。そんなこんなで最初の3kmを通過(この大会は1kmと2kmの表示がないので最初に計ることができるポイントが3km)。手元の時計で

13’15”(1km平均4’25”)

スタートラインに到達するまでの58秒と合わせるともう14分以上も経過

げっ!遅い!!

先に書いたとおり2:00’00”でゴールするには1000m4’00”で行かないといけませんからこの時点で2分以上遅れています。ある程度ここで遅れるのは覚悟してましたが今年は予想以上に遅れています。

取り返さなくては。

と、ランナーもだいぶバラけてきたところでペースアップ。

・・・・・

したつもりだったのですが、3~4kmのラップはなんと

4’25”

全然変わってない!!なぜだ~

 

決して油断したわけではないのでしょうが、入りの4kmであまりにも痛いタイムロス。さすがにこれには気が引き締まりました。

やばい。無理してでも何とかしなくては。

というわけでようやくエンジンがはいりました。手元の時計で

4~5kmラップ 4’02”

5~6kmラップ 4’06”

6~7kmラップ 3’59”

上り下りもあるのでラップは一定しませんがだいたい予定しているラップに乗りました。体もペースに慣れてきたしもう時計を見なくても大丈夫。黙々と山のぼりです。

で、5km以降は面白いくらいのゴボウ抜き劇場の始まり始まり~

自分より若いゼッケンをつけたランナーを次々と追い抜いていきます。

なんでこんなにいいゼッケンをもらえるんだ?チクショー

と、ヒガミながらそれをエネルギーにしていきました。

 

10kmくらいになると早くも抜いていくランナーの中にはかなり呼吸を乱してゼーゼー言っている人もいました。

こんなんで30km持つのか?なんでそんな人が若いゼッケンつけられるんだ?

かなり根に持っています(苦笑)。それくらいスタートのタイムロスは大きかったです。

 

 

そんなこんなで給水も無難にこなし最初の公式測定ポイント15km(中間点)へ。

最初に紹介した「速報 」のページで通過順位が見られる最初の地点であり、レースの中間点単純に2で割ればここを1時間で通過しなくては設定タイムの2時間には間に合いません

手元の時計でチェックしてもやはり1時間を超えていました・・・。しかも予測を超えた遅いタイムで。

ちょっと2時間は切れないかも。キビしいな・・・

さすがにショックでしたが集中力を切らさないように気持ちを切り替えるよう努めます。

それにしても速報でチェックすると15kmの通過順位仮に全員がエントリーして走っていたとすればこの大会はゼッケン順に並んでスタートしているのでここに来るまでに1000人以上(自分のゼッケン-通過順位=抜いた人数)追い抜いてきたことになりますスタートだけは何とか改善してほしいですね。というのが正直な気持ちです

 

レースも半分を過ぎ下り区間に突入。上りに比べ下りのほうがスピードが上がるのが一般的なのですが自分のいるポジションだと前半でスタミナを消耗した人が多いのか下り用にギアチェンジできないのかなぜかペースが上がりません。自慢ではありませんがその辺の心得はできているつもりです。私は下りに入り予定通りペースアップ。前半の遅れはここから取り返します。依然ゴボウ抜きは続きますがさすがにこの順位まで来ると前を走る人がだんだん少なくなってきて、集団もまばらになってきました。それでも自分のペースを守り黙々と追走。

 

 

20km地点。ここまで順調に下ってきましたが、この辺りで足に張りを感じるようになってきました。ここまで無理してきたつもりはなかったのですが走り方が悪かったのでしょうか?呼吸も特に乱れてはいませんが足が少し重くかんじてきました。

せっかくここまで来たのに。これ以上のペースアップは危険だ

と判断し。ここから更にペースを上げたかったのですが

まずはペースダウンだけは避けなくては

という考えで残りのレースを進めることに。今思えばここでペースを上げられなかったのはハッキリいってレースとしては失敗なのですが即座に気持ちの切り替えができたのはよかったと思います。ここで無理していたらたぶん残り5kmくらいで失速していたでしょう。

 

 

25km地点。ココを1:40’00”で通過しなくては間に合わないのですが手元の時計で見るとやはり遅れています。だいぶ足取りが重くなっていたのであまり時計を見ないようにしていた(ダメだというのがわかるとショックなので)のですが、20~25kmも実際にはラップもあまり落ちてませんでした(伸びてはいませんでしたが)。

ココまで来ればあとは何とかなる

ともう一度ムチを入れます。

 

ラストのゴールまで。4年前の挑戦ではラストの3kmがとてもキツかった記憶があり、調べてみたら後半ダラダラ下ったあと最後は平坦になっているようで、ここで足を残しておかないと止まってしまうようです。今年はその辺を踏まえ既に足がキツかったのですが平坦用に足は残しておきました。しかしスパートをかけたもののやはり思ったほどの伸びがなく手元の時計で

27~28km 4’01”

28~29km 3’55”

29~30km 3’47”

およそ4’00”ペースを維持する程度でいっぱいいっぱいでした・・・。

そして驚かされたのはちょうど29km地点でのこと。

さぁラスト1kmというところで視界に飛び込んできたランナーは何と

ドラえもんの着ぐるみを着て走る人

スタートから29kmまで(失礼ながら)こんなヤツが私より前を走っていたとは。さすがに負けたくありません。追い抜く時に

どんな人がこんな恰好を・・・

とチラ見したのですが、

40代前半の(と思われる)オッサン

でした。さすがにキツかったようでメチャメチャ苦しそうに苦悶の表情を浮かべてました。そして抜いた後に私についてくる足もありませんでしたが、あの恰好でここまでこのタイムで走破してきただけでもかなりの実力者。たぶん本気で走れば私より速いと思いますが敢えてドラえもんで挑むあたりある意味尊敬できます。

 

そんなこんなでゴール。

目標2:00’00”には及びませんでした。無念。

しかし、予想以上に苦しんだ20km以降を何とかまとめることができたのは収穫でした。2~3年前までなら予定通り行かなくなるとズルズルと崩れて行くのがお決まりのパターンだったのですが、

プラン通り行かなくなった時に即座に他の道を探し完璧ではありませんが対応できるようになっただけでも成長したのでしょうか。

タイムはまったく成長できていません(むしろ退化している)が・・・・・

しかしながら少しだけ自慢させてもらうなら優勝した選手でさえ、

前半>後半

後半のほうが下りが多いにもかかわらず通過ラップは前半の方が速く後半が落ちています

それに対し私は

前半<後半

順位ではなく総合タイムを第一に考えているだけの結果かもしれませんが下り区間でしっかりとラップが上がってました。キツかった20km以降でしたがそれでも前半よりも速く、

「後半15km」×2

ならば2時間を切れています

更にもうひとつ。何度も書きますが

このレースはスタートがゼッケン順に並ぶ

ので、後ろからのスタートを余儀なくされました。そのため最初の入りで苦労したわけですが、

では私より後ろのポジションでスタートして先にゴールした人は何人いるんだろう?

と思い、調べてみたのですが

(自慢ではありませんが私の順位もそれなりに速いので前の順位を「速報 」で見て重いゼッケンをつけた人を数えただけ)

15人

いました。結果的に15人しか抜かれていないと自負できるのと同時に私以上に「この人ゴミなんとかしろよ~」と思いながら走った人が少なくとも15人はいるということですね。15人の選手の皆さんお疲れ様でした

 

 

それでももちろんこのままでは納得できません。過信していたわけではありませんが

30kmならなんとかなる

とやはりどこかに甘えがあったのかもしれません。この借りは必ず返したいところです。来年にするか2年後にするかはまだ未定ですが・・・・・。

 

 

最後になりますがタイトルにある

心に響いた太鼓の音

これは何かといいますと、5km(帰りは25km)地点で行われていた太鼓の演奏なのですが

これがスゴイ迫力で体の芯まで響いてくるといいますかものすごい力を貰いました。特に残り5kmでの太鼓には。体力的にキツイところで

まったく見ず知らずのランナーに対して「オリャー」などと叫びながら延々と太鼓を打ち続けている

8個くらい和太鼓が並んでいて何人もの人が一斉に叩いているのですが、その姿と、芯まで響く音に感動しまして。

相変わらずサングラスをして走っているのですが感動のあまり走りながら涙が出てきました。久々に泣きましたね。マジで。サングラスで隠れていてよかった(苦笑)

もちろんここで大きな力を貰いラストへのパワーとなったのは言うまでもありません。

 

 

しかしながら確かに感動したものの、

何も泣くことはね~だろ~。

と、自分でも考えてしまいます。

体力的に疲れていて涙もろくなっていたのか

太鼓の波長が共鳴してそうさせたのか

少なくとも悔し涙でないことはわかりますけどその理由はよくわかりません。

やっぱり年齢のせいでしょうかねぇ(笑)

最近ドキュメントなどを見てももらい泣きしそうになることがありますし・・・

 


青梅マラソンゴール地点
 

↑またこの場所に帰ってくるぞっと。次こそは2時間以内に!!

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覚えてますか?

 

ヴァーミリアンを買え

 

のニュース。

 

2007年1月31日

川崎記念(GⅠ)

 

ダート(しかも地方)ではありますが6馬身差の圧勝。ついにヴァーミリアンGⅠホースになりました!

かつてPOG大会で指名していためがね∞メガネさん。おめでとうございます。

地方競馬だったので馬券を買うのは難しかったと思いますが買っていたでしょうか?しかも配当的にはかなりオイシくないだけに・・・。

 

そしてラジオたんぱ杯ラジオNIKKEI杯に既に名称変更されているだけに

最後のラジたんでハナ差の接戦を制した

サクラメガワンダー

GⅠを勝てないまま引退

更に欲を言えばハナ差で2着に甘んじた

アドマイヤムーン

GⅠ制覇なんてことになれば

伝説完了

 

とめでたく完結されます。

 

 

 

・・・

 

 

と、思いきや

~過去のラジオたんぱ杯勝ち馬~ 

90年イソノルーブル(オークス)

91年ノーザンコンダクト

92年ナリタタイシン(皐月賞)

93年ナムラコクオー

94年タヤスツヨシ(日本ダービー)

95年ロイヤルタッチ

96年メジロブライト(天皇賞・春)

97年ロードアックス

98年アドマイヤベガ(日本ダービー)

99年ラガーレグルス

00年アグネスタキオン(皐月賞)

01年メガスターダム

02年ザッツザプレンティ(菊花賞)

03年コスモバルク

04年ヴァーミリアン(川崎記念)

05年サクラメガワンダー

(06年よりラジオNIKKEI杯に名称変更)

 

キレイに1年おきにGⅠ馬が並んでいると見せかけて

03年コスモバルク

が、

シンガポール航空国際C(GⅠ)

を勝っているではありませんか!!

これにより

02年ザッツザプレンティ(菊花賞)

03年コスモバルク(シンガポール航空国際C)

04年ヴァーミリアン(川崎記念)

 

1年おきのハズが3年連続でGⅠホースが並んでしまいました・・・

このままでは収まりが悪いので、勝手にコジつけて

「1990年以降ラジオたんぱ杯勝ち馬は1年毎にGⅠを勝つ」

(ただし国内のGⅠに限る)

ということにさせてください。

で、1年おきにGⅠ勝って来た馬たちもすべてGⅠ1勝止まりだったので

 

◎伝説完了のためには◎

ヴァーミリアンがこれ以上GⅠを勝たない

(2着はOK)

・05年勝ち馬サクラメガワンダーがGⅠを勝てないまま引退

・03年勝ち馬コスモバルクが国内GⅠを勝てないまま引退

○更にデータを後押しするなら○

・05年2着アドマイヤムーンがGⅠ勝利

 

巷では数年前少し話題になったデータ

1990年以降ラジオたんぱ杯勝ち馬は1年毎にGⅠを勝つ

の法則。

バルクの勝利で本当にキレイな形での完結とはなりませんでしたが、ある程度納得できる形での法則完結となるでしょうか

 

 

万が一

ヴァーミリアンが「フェブラリーS」or「JCダート」を勝った場合は

国内GⅠに限る

という条件を

中央競馬のGⅠに限る

という条件に訂正して、法則継続とさせていただきます。

地方競馬でもうひとつGⅠを勝たれたら逃げ道はなくなってしまいますが・・・

 

 

というわけで、データ的には

今後ヴァーミリアンがGⅠに出てきた場合「単勝と馬単・3連単のアタマ」は買ってはいけない。かろうじて「2着・3着候補」としての購入はOK

 

馬券購入の参考にしていただければ幸いです。

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