金満血統王国信者

馬券購入のヒントになるデータと日々の出来事などを好き勝手に書いてみたいと思っています


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中学生の頃より応援し続けた球団『近鉄バファローズ』

(最終的には『大阪近鉄バファローズ』)

残念ながら2005年オリックスとの合併により球団は消滅。それに伴い私の野球熱も急速に冷めていったわけですが、野球経験のない私をここまでプロ野球に熱中させてくれた球団に敬意を表し、記憶にある選手を少しずつではありますが紹介、この球団の面白さを伝えられたらと思います。

 

第13回はこの人

ルイス・アキーノ(投手)

 

1996年入団。アキーノといえばヒゲをたくわえ左耳には大きな十字架のピアス(イヤリング?)をつけた風貌が特徴で今でいう『ちょいワルオヤジ』を10年前から実行しているようでした。そして通称「オクトパス投法」といわれた腕を大きく使った投げ方でちょっとだけ話題になったこともあります。ストレートはせいぜい140km前半鋭いキメ球があるわけでもありませんが「オクトパス」の凄さは球離れが遅いところ。投球フォームに対して腕が遅れて出てくるのでタイミングがとりづらかったようで、どちらかというと三振の山を築くというより凡打の山を築くタイプ。球もちの長さでいうならソフトバンクホークスの和田毅投手と似たタイプと言えるでしょう。

 

96年は先に書きましたクリス・ドネルス、まだ列伝では紹介しておりませんが最強助っ人の1人タフィ・ローズが入団した年。何度か他の列伝で書いているように94年オフ野茂英雄退団で絶対的大黒柱を失ったこと、この年より監督に就任した佐々木恭介氏がまず投手力・守備力の整備に着手したことを踏まえ、アキーノにもローテーションの一角を担って欲しいという期待はあったと思います。

その期待は起用法にも表れ、ローテーションを安心して任せられるほど投手陣がいなかったというのはもちろんありますが、アキーノ開幕2戦目の先発を務めました。(最後に書きますが)この試合は私にとっては忘れられない試合。相手はパ・リーグの盟主西武ライオンズ。この試合アキーノは途中でリリーフ陣の救援を仰ぐものの完封リレーで初勝利を手にします。開幕戦完封勝利の髙村と合わせ18イニング無失点!前年チームはダントツでリーグ最下位だったので

今年はやってくれるかも~

と期待をさせる内容でした。

 

その後も「オクトパス」を武器に開幕投手の髙村を怪我で欠き、実力が足りずにローテーションから外れる投手が出る中で1年間先発のローテーションをほぼ守りきりやっぱり投手力で苦しんだ)1996年シーズンの投手陣では最高の11勝をマーク。

近鉄投手陣で10勝以上をマークしたのはこの年アキーノただ1人。

当然翌年もバファローズでと思いきや

球団は来期の契約をせずに1年限りで解雇

 

たしかに11勝に対し9敗と負け数も勝ち星並みに取ってしまってますし

(あくまで私の印象ですが)先発投手としてはスタミナに課題があった気もしますが、

(調査の結果先発投手陣の中では完投2と一番少なかったが、それが理由となっているかは謎)

チーム最多勝を解雇するなんてもったいない

 

というのが当時の気持ちでした。

こうして

登板数25(うち先発23試合)

11勝9敗(完封1)

防御率4.04

他球団の助っ人外人と比較してもそれほど悪くない成績でしたが、96シーズンのみで退団。

 

不振を極めた90年代後半の助っ人投手の中では解雇の理由が一番わからない選手でした。

[あくまで推測ですが諸説があるので紹介]

・先発として完投能力がない ←私の推測

・被本塁打が多い(球が軽い?)

・投球パターンを研究されて来期通用しない可能性が高い(打たせて取るタイプのため)

・あまりチームにとけこめなかった

・次の助っ人外人に目星がついていた(以前紹介したミラッキ

・翌年から大阪ドームに本拠地が移る(球場が広くなる)ので「打たせて取る」より「球威で押さえ込む」タイプを求めていた

 

さて、冒頭のあたりに書きました開幕第2戦忘れられない試合に先発したアキーノ

この試合は

山本和範近鉄移籍初打席でホームラン

②不動の4番石井浩郎近鉄のユニフォームで最後の試合

でした。

西武-近鉄

この試合はちょうどTV中継されていて、西武先発は当時急成長を遂げ未来のエースとして期待されていた西口文也近鉄アキーノ

息詰まる投手戦となり序盤C・Dのタイムリーであげた1点以外にスコアは動かず、1対0のまま8回へ。

8回表近鉄の攻撃も2アウトランナーなし

打順は3番C・D

でしたが、前の打席で出塁した際に代走(たしか嶋田だった気が・・・)が送られていたので

代打山本和範

成績と高年俸の都合でホークス解雇され、近鉄にテスト入団を果たした大ベテラン1対0の緊迫した場面で値千金のソロホームラン!

貴重な一発を見舞った次に現れるは

4番石井浩郎

しかし・・・・・

 

2球目のスイングでまだ完治していない左手首を再び痛め、痛々しい表情を浮かべながら途中退場。

 

結局、この打席を最後に怪我が完治せず抹消されたまま1年が経過

そしてその年のオフ(どのような理由にせよ)年俸は最大30%減までというプロ野球契約規定を大きく超える50%減を球団から提示され、悔し涙の退団となった男・石井浩郎選手。

 

この試合は私自身「山本の勝負強さ」と「石井退場のショック

約10分足らずの間天国と地獄両方を見た気分でした。

この試合はビデオテープに録画してます。一生の宝物として大切にしようと思いますが、テープにカビのようなものが付着しており再生するのが恐くなってしまっております。

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あぁ・・・私としたことが・・・・・。

 

9月24日(日)

本日も仕事だったわけですが、

 

今日がスーパー陸上だということを完全に忘れていました!

というわけでレースも見ていないしビデオ予約もしてないし。

 

しかし、結果を見る限り

・目玉の100mでは長官パウエルがフライング失格

・新しい試み「エキシビジョンマッチ」棒高跳び

澤野大地vsブラッド・ウォーカー1対1対決

ウォーカーは昨年の世界陸上棒高跳びで銀。

 

せっかくの舞台もウォーカーまさかの記録ナシであっさり澤野の勝利

 

イシンバエワ

クレメント

室伏広治

 

順当勝ちの選手も多数おりましたが、正直拍子抜けの印象。

 

 

ガトリンがいなくなった陸上界。薬物話で暗い影も落としつつある競技ですが

来年の大阪世界陸上までにどれだけ注目を集めることができるか

 

前回、東京の世界陸上では

カール・ルイス100mで世界記録樹立

谷口浩美マラソンで金メダル

など、けっこう注目を集めましたっけ。

そういえばルイスが勝ったあと、スタンドからリポーターの長嶋茂雄

「ヘイ!カ~ル!!」

「カ~~~~ル!!」

と叫んでいた姿は名場面(迷場面)として今でも語り草になっております。

 

 

(スーパー陸上の回顧をしたかったのにこんな記事しか書けないのがとても虚しい・・・)

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中学生の頃より応援し続けた球団『近鉄バファローズ』

(最終的には『大阪近鉄バファローズ』)

残念ながら2005年オリックスとの合併により球団は消滅。それに伴い私の野球熱も急速に冷めていったわけですが、野球経験のない私をここまでプロ野球に熱中させてくれた球団に敬意を表し、記憶にある選手を少しずつではありますが紹介、この球団の面白さを伝えられたらと思います。

 

第12回はこの人

リー・スチーブンス(外野手)

 

1994年入団。前回紹介しましたカイル・アボットと同年入団です。

前回書いたとおり最下位から13連勝を含む快進撃で首位争いを演じた年で「第2期いてまえ打線」を確立させました。

スチーブンス主に5番(たまに6番)を打ち、中軸を担った存在です。

 

この年パ・リーグで唯一3割30本を達成打点王のタイトルも獲得した不動の4番石井浩郎

ホームランキング、3番ブライアント(この年に限っては打率も.293!

94シーズンの「いてまえ」はこの3番4番に注目が集まりがちですが、その後ろがしっかりしていたからこその打線。

5番今回紹介のスチーブンス

打率.288本塁打20打点66

6番パンチ力健在鈴木貴久

打率.263本塁打19打点73

7番シーズン途中ついに金村からレギュラーを奪った若手注目株中村紀洋

打率.281本塁打8打点36

核弾頭役1番もしくはつなぎ役の9番が多かった中根仁

打率.291本塁打10打点42

これらの中長距離砲選手に共通し、第2期いてまえを語る上で忘れてはいけないのが

2塁打

盗塁王大石大二郎(登録年によっては第二朗)という代表的存在がいたものの基本的には走らないチーム。

ヒット→2塁打→2塁打→本塁打

気がつけばあっという間の4失点でピッチャーK.O.

小細工ナシの攻撃スタイルで集中砲火を浴びせ一気に敵を押さえ込んできたわけです。

3番4番に神経を使わされマークが甘くなったというのもあるのでしょうが

この年35本ブライアント本塁打王になれた年に

20本塁打

さらに打率も.288

頼れる5番打者として94シーズンは活躍いたしました。

 

 

翌95シーズンも出だしは好調

6試合連続本塁打の日本タイ記録を樹立するなど月間10本の本塁打を重ね4月の月間MVPに。

しかし・・・・・

ブライアント怪我により戦線離脱(そのまま退団)

石井浩郎連続4番スタメン記録を更新するため足を引きずりながら毎試合1打席だけ立ち続けた結果、記録更新の代償に長期離脱を余儀なくされ、復帰したら今度は左手首を負傷し抹消

主軸の3番4番を失い、球団(いろいろと物議をかもした監督ビッグワンの独断?)が指名した打者は

4番中村紀洋

しかし、荒削りな面が多く、将来への期待料込みとしてもまだまだ当時の実力では力及ばず

そして回ってきたのが

4番スチーブンス

頼れる5番打者は4番としていよいよ真価が問われることになったわけですが、研究され尽くしたのか1年目ほどの安定感がなく見事に押さえ込まれました。主軸としてはさすがのスチーブンスも力及ばず

打率.246

本塁打23

打点70

という成績で95シーズンを終了。先に書いたとおり4月に10本塁打打ってMVPを獲ってますので5月以降で13本しかホームランを打っていないことになります・・・

チームもダントツの最下位に沈んだ95シーズン本塁打打点チーム2冠の活躍をみせたものの4月の成績を除けば「???」な結果でこのシーズンを最後に退団。

余談ではありますがこの年成長株として期待された中村紀洋

打率.222

本塁打20

打点64

さらに年間失策数18は当時の新記録(だったはず)のオマケつき

主砲としての素質を見せつつも荒削りな部分が目立ち課題を残すシーズンに。

浪速のバカボン砲

たる基礎を作り上げてしまいました。

 

さて、スチーブンスに関してはもう1点。

あまり守備が上手ではなかった

ようで、94年もDHにはブライアントがいたため、レフトを守っていたのですがライトを守る鈴木貴久もこれまた守備がおそまつで非常に危なっかしい外野陣だった記憶があります。よって95年は

DH鈴木貴久

1Bスチーブンス

と、ブライアント石井が空いたところに入るかたちでなんとか体裁を取り繕っておりました。

しかし、96年新監督として就任した佐々木恭介の方針が投手力と守備力の強化

97年から大阪ドームに本拠地が変わることも決定しており、狭い藤井寺に比べ外野手の重要性をかなり意識していたと思います。スチーブンス退団の理由はこの時点で佐々木構想から外されたことも含まれるのではないでしょうか。

 

 

そんな佐々木構想から外された?スチーブンスでしたが、近鉄退団後はメジャーに復帰。見事な活躍を見せたのは有名は話です。調査の結果

97年21本

98年20本

99年24本

00年22本

01年25本

と、5年連続で20本塁打以上を記録。「野球」よりも「ベースボール」のほうが土があっていたのでしょうか?

 

 

個人的にスチーブンス一番近鉄の魅力にハマっていた頃の選手で、

捕手光山、古久保、山下

1塁石井

2塁大島、大石

3塁中村紀

遊撃水口、吉田

左翼スチーブンス

中堅内匠、中根

右翼鈴木貴

DHブライアント

控え村上、藤立

この頃の打線は狭い藤井寺球場を利用し、よく打っていたしホントに大好きでした。

スチーブンス主軸の故障がなく5~6番を打っていればもっと長く近鉄にいたハズです。

ほぼ直立不動のスタンスからテイクバックのほとんどないあの独特のスイング。あんなヌボ~っとした構えでも球が飛んでいくのだから不思議なものです。

見方によっては「主軸になれない」時点で助っ人としては・・・ともいえますが個人的にはもっともっと近鉄で頑張ってほしかった選手の1人でした

 

ちなみにバファローズの応援で応援歌の後

かっとばせ~○○!」(○○の中は選手名)

外人の場合は

ゴ~ゴ~レッツゴ~○○!」(○○の中は選手名)

と叫ぶのですが、スチーブンス名前が長いのでファーストネームを使って

ゴ~ゴ~レッツゴ~レッツゴ~リ~!

と言われた数少ない選手です。

当然この話は「西武バカ」で知られる○庭君も知っている話で

ゴ~ゴ~レッツゴ~レッツゴ~リ~!ってなんだよ~。あの応援はサブイ!

とよくバカにされてました。しかし○庭君

関西のライオンズ応援団に比べればコレくらいかわいいもんです音譜

 

↑のことを○庭君に言ってバカにすると稀に本気で怒る時があったので言えませんでしたあせる

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参加者? モレエ小僧

 

9月17日(日)

中京競馬場ツアー以来の休みが何と日曜日

となればホームグラウンド東京競馬場へGO!!

 

今日の目的は馬券ではありません。

前回東京競馬場に足を運んだ時

超大型マルチターフビジョンが設置されていた

 

ため。それを画像に収めようという試みです。ちなみに

縦11.2m×横66.4m

という大きさで、ギネス認定されたそうです。

従来のモニターはこのくらい

 

モニター

 

これは東京競馬場の4角から直線に向いてすぐくらいの位置に設置されているもの

 

ワイドモニター

 

こちらが噂のワイドモニター。ちょうど試験放送中でした!

真ん中の『試験放送中』という部分も含め従来の画面3枚分くらいが1つのモニターに。

(最大4分割までできるそうです)

右側に少し残る黒い部分が「着順・馬場状態・タイム」「」などを表示する掲示板。

余談ですが試験放送されているレースは(非常に小さくなってしまいましたが)

中京9R 野路菊S

一番右に小さく写る馬こそ

オースミダイドウ

でございます。もちろんこのレースを狙って撮影しました。全然見えませんが(苦笑)

 

これで臨場感あふれるワイド映像を提供したりパドック映像を出しながら横でオッズをリアルタイムで表示したりと様々な活用方法が期待できるとのこと。

今まで以上に逃げ馬に乗ったジョッキーが後ろとの差をチェックしやすくなるかもしれません。単騎逃げ→粘りこみが期待できるかも??

 

本格運用は10月4日(土)より始まる東京開催から。

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先日お伝えしました

マリオン・ジョーンズ薬物使用疑惑

先週予備検体の検査結果が報告され

何と陰性(検出されず)という結果に。

 

これで一応シロということが確定したようです。

 

コレを受けて陸上ワールドカップ(こんなW杯もあったんですねぇ)女子100mアメリカ代表として登録されたようですが

ドーピング疑惑の渦中で体調を崩し本来の走りはできない

として欠場。

 

今後いいパフォーマンスを見せたとしても

薬物使用?

と思われるのは明らか。年齢的なことも考えると

ジョーンズ時代の終焉

を感じずにはいられません。

こうなると選択肢は二つ

マリーン・オッティのように40歳になっても国籍を移してでも出場し続ける

J・ジョイナー・カーシーのように「ここが女の退き際」と引退レースを明言し最後を飾る

 

やはり女子スプリント界は

アリソン・フェリックス

彼女の時代ですかね。

2007年大阪世界陸上では誰が100m、200mを制しているでしょうか?

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参加者

二冠馬主

代用迷人

モレエ小僧

ホネロック

(年齢順・敬称略)

 

2日目朝。

もう自動車保険の見直しなんてぜって~しねぇ

ホネロックさんの意味不明な発言で幕をあけました。

(なぜそんなことを言ったのかを知りたい方はその場にいた人に聞いてください)

 

2日目も指定席が欲しかったのですが到着が11時近くなってしまい、既に全指定席完売。

本日は自由席での観戦です。

昨日は奇跡の3人全員プラス収支(馬券収支のみで入場料、新聞代は除く)。

今日もその勢いを持続させたいところ。

 

中京レース日曜

さすがに開幕週の日曜日

(中京競馬場には失礼ですが)スタンドが狭いことも手伝いかなりの人が集まりました。

 

 

中京障害

こちらは障害レースの画像。

左回りのコースを逆走している貴重なショットです。

そういえば昨年の新潟でも人気馬が崩れて障害は万馬券でしたっけ。

障害好きの代用迷人さんが遠征先で立ち会うと障害レースは荒れ模様。このレースも1人気が落馬で勝ったのは12人気の馬。来年覚えておけば高配当にありつけるかもしれません。

φ(.. )

しっかりとインプットしておかなくては。

 

さて本日はスタートから代用迷人さんが絶好調。

3連単の買える9Rまでは枠連でジワジワと資金を増やしていきます

二冠馬主さんも負けじと高い的中率でバシバシと馬券を的中!だが

ガミった・・・

タテ目を殺したハズが殺せなかった・・・

モレエ小僧のお株を奪う獲りガミ馬券を随所に織り交ぜ思うように資金を伸ばせません。

そしてモレエ小僧

静観

今日の勝負レースまではジッと動かぬ戦法を崩しません。

そして本日から競馬に参戦のホネロックさん。

競馬は難しいな~

と言いながら馬券が当たっていないのかトーンがあがりません。

 

この日のターニングポイントは10R

札幌マイネルバシリコス(1人気)

中山ピサノグラフ(1人気)

ホネロックさんのかつての指名馬が連チャンで勝ち上がり。

ホネロックさんもレースを観ながら

差せ!差せ!

と叫んでいたので当然買っているのかと思いきや

クソっ!!勝ちやがった

どうやら過去の指名馬に愛着をあまりもたないようです・・・。

 

モレエ小僧中山10Rを勝負レースに位置付け勝負をしたもののピサノグラフに勝たれてしまいハズレ。

重賞も含めそれ以降のレースを買う気はなかったのでこの時点で負けが確定。全員プラスの夢はここで潰えました

 

メインはセントウルS(GⅡ)

暑いくらいだった陽気も10Rあたりから急に低い雲が勢力を強め突然スコールのような雨が降り出しなにやら荒れそうな予感

 

セントウルS

 

画像がブレてますがレースの様子。

天気は荒れましたがレースは何のこともなく人気サイドの決着

二冠馬主さんは

やっぱり外国の馬をもっと信じておけばよかったのか~

と言いながらも馬券はしっかりとゲット。

代用迷人さんはしっかりと3連単をゲット

ホネロックさんも

単勝だけ獲りましたよ

モレエ小僧

買わなくてよかった

とホッとひと安心。

 

かくして記念すべき第1回サマースプリントシリーズもこのレースを制したシーイズトウショウが逆転で優勝。

しかしこのシリーズは優勝賞金が出るので馬主としては喜ばしいことなのでしょうが

シーイズトウショウ自身そのためにシリーズに3回も出走した

ことはどうなのでしょう?

そもそも次のスプリンターズS(GⅠ)のステップレースとして夏に設けられている短距離重賞たちなのでしょうが、来年以降も

・あくまでGⅠという勲章にこだわる

・(実質的に優勝すればGⅠ並みの賞金が手に入るので)本番前にピークを持ってきて賞金を重視する

この2つを天秤にかけた駆け引きが続くのではないでしょうか。正直言ってこの秋は短距離路線に絶対的に強い存在がいないのでこのままシーイズが「本番もあっさり」ってなこともあるかもしれませんが普通ならこのままGⅠまでというのは至難の業

 

レース批評はさておきまして最終レースを終わり日曜の収支は

 

全員マイナス

 

2日間のトータル収支

二冠馬主さんのみプラスで残りの3人はマイナス

 

 

 

今年のツアー目標

馬券で旅費を稼げる人を2人出す

(昨年の新潟は1人だったので)

を達成することはできず、今年も1人だけという結果に終わりました・・・。

 

中京競馬場。ハッキリ言って

是非1度足を運んでください!

とは言えません(笑)

今回はモレエ小僧

中京競馬場にしましょう!

と進言したのですが正直昨年ほどの充実感はなかったかなぁと。決して中京競馬場が悪い所ではありませんが、あまりにも

新潟競馬場が快適すぎた

というほうが正しいかもしれません。

そしてなにより

新聞が見づらい

というのが大きかったと思います。

中スポ(東スポの現地版)を除くとみなさんが普段使う新聞勝馬・馬三郎といった新聞がなく、あるのは現地のローカル競馬新聞や競馬ブックといった普段あまり見ない新聞ばかり。

二冠馬主さんの言葉を借りるなら

アウェーの環境に負けた

といったところでしょうか。(サッカーより野球が好きな私としてはビジターと呼びたいところですが)

①ほのぼのと観戦するには全体的に忙しない

②新聞がない

 

来年はゆっくり観戦できる環境でゆっくり競馬がしたいですねぇ。

 

目指せ中央競馬10場制覇

行った事がある競馬場(今回参加者のみ)

二冠馬主さん・・・東京・中山・京都・新潟・中京(残り5)

代用迷人さん・・・東京・中山・京都・新潟・中京(残り5)

モレエ小僧さん・・・東京・中山・阪神・新潟・中京・小倉(残り4)

ホネロックさん・・・東京・中山・新潟・中京(残り6)

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参加者

二冠馬主

代用迷人

モレエ小僧

(年齢順・敬称略)

 

9月9日~10日

今年も行ってまいりました全国競馬場巡り。今年の舞台は

中京競馬場

本来なら今開催は阪神競馬場なのですが現在改装工事中のため代替開催されております。

一応代替開催記念としてお邪魔してきました。

昨年の新潟競馬場が改装後まだ時間がたっていないこともあり非常にキレイで快適だったので競馬場巡りの期待は膨らみます。

 

中京入り口

 

ローカル小回りの割には?入場料¥200ナリ(新潟は¥100ナリ)

しかも指定席が欲しかったのですがこのゲートの横にある券売所では取り扱いしておりません。

ではどこで??さっそく聞いてみると、

「中で購入してください」

とのこと。

ここを通過するのに¥200必要なようです。

しかも中に入っても矢印や大きな看板による案内もナシ

わかりづれぇ~

インフォメーションに助けを求めようやく『A指定席』をゲット。

いざ行ってみるとごくごく普通な指定席。決して悪い席ではないしA指定だけあってしっかりとした作りなのですが昨年の新潟があまりに快適だったのでそれと比べると・・・・・

 

中京風景1

 

指定席からの画像。障害コース用のタスキコースだけ坂になってますが基本的には平坦。小回りなので肉眼で向こうのストレートも確認できます。


さっそく午前中のレースがスタート。指定席のミニモニターで他場のオッズやレースが見られるとはいえ非常にわかりづらい。さらに馬券を売っている地点のモニターの数もあまり多くなく目の前の中京レース以外は気をつけないといつの間にか締め切りという事態になりそうなほど。

そんな心配をよそに午前中のレースなど買う気がまったくない私は一人抜け出し競馬場の周りをお散歩

 

中京スタンド

 

どこの競馬場に行っても思うのですがスタンドの形はそっくりです。

ちなみに写真左側のガラス張りの中が「S指定」と「A指定」。この中で1日観戦しておりました。

 

中京風景2

 

ローカルにしては珍しく?馬場とスタンドの間に堀があり水が流れてました。いままでお邪魔した『新潟』『小倉』では馬場が目の前に広がっていたのですがここはちょっと距離があります。一応GⅠ(高松宮記念)が開催されるので配慮して距離をあけられているのでしょうか。

 

中京パドック

 

パドック。

まぁ特にこれといって強調する部分ありません(笑)

屋根がないので東京競馬場のパドックをそのまま規模縮小したようなかんじでしょうか。

 

レース

中京レース土曜

 

写真が小さくてかなり見づらいですがゲートが開いた瞬間です。堀で仕切られているとはいえやはり小回りコース。東京に比べればかなり目の前を馬が通過していきます。

 

さてさて午前中最大のハイライト3R。

レース画像が残ってないのが残念ですが

断然人気の1枠2番ホブノブ直線入り口で思いっきり外側に斜行しながらもなんとか立て直し2位入線したレース。

このレース

枠連

1-4

1-7

の2点勝負だった代用迷人さん。斜行が当然審議となっておりましたがあまりにもひどい進路妨害だったので一緒にいた

二冠馬主

代用迷人

モレエ小僧

3人揃って

こりゃ~さすがにアウトだな・・・

と意見は一致。審議結果はやっぱり

2位入線の1枠2番ホブノブは6着降着

 

大波乱

↑の写真欲しい方おりましたらプリントして差し上げます。原寸大の写真では配当までクッキリ写ってます。

 

かくしてレース確定。

後ろのモニターにかなり小さくなってますが

単勝14 34,940

複勝14  5,850

   07  5,400

   09    840

枠連4-7  25,830

馬連7-14 502,590

W 7-14 93,260

  9-14 46,670

  7-9  26,980

馬単14-7 1,498,660

3連複7-9-14 6,952,600

 

手前の枠連タテ目が虚しく映ります。

2点買いでタテ目ですからね・・・。あぁBOXで買っていれば・・・・・

ちなみに3連複 6,952,600

3連複配当レコードだったそうです。

とりあえずそんなレースが目の前で見られただけでも来た甲斐があったのでしょうか。

(ちなみに調査の結果枠連1-4が8.4倍、1-7が47.2倍という最終オッズでした)

なお、我々のすぐナナメ後ろにいた見知らぬお兄さん。

ホブノブ絡みで何かしらの馬券をアツく持っていたのでしょう。この審議結果に

たしかに斜行したけどあんなの審議の対象にはならね~よ!

携帯電話で吐き捨ててましたが

あれはどう見ても進路妨害です!!

 

そんな波乱の3Rを終え、午前中から早くもヘコみ気味の代用迷人さんを横に続く4R新馬戦

何を思ったか今度は二冠馬主さん

勝負レースだ。旅費をここで稼ぐ。

と、そこそこの金額を賭け勝負に出ます。

不確定要素の多い新馬なんて買っちゃダメっすよ!

という私の静止を振り切り(というか耳も貸さず)馬券購入。

 

本馬場入場(写真はありませんが)

中京の新馬戦のテーマ曲は

BONJOVI の「It’s My Life」

若駒の晴れの舞台を彩る曲としては非常にセンスある選曲ではないでしょうか。少なくとも関東よりは

この曲を背に返し馬に入っていく姿を見ているだけで私はお腹いっぱい。

あぁ競走馬ってかっこいいな~

馬券なんて買わなくても満足感で満たされました。

果たしてこの曲は二冠馬主さんの賛美歌となるのかレクイエムとなるのか・・・・・。

 

 

レクイエムとなりました。結果は見事馬連1着-3着

午前中は代用迷人さんと二冠馬主さん中京の魔物に見事に返り討ちにあいました。

 

 

気を取り直して午後のレース

私も重い腰をあげ買うレースの検討へ。

まぁもともと中京9Rか中山10Rにしようと決めていたのですが。

代用迷人さんは午後に入り調子を取り戻します。

二冠馬主さんも

午前の新馬が余計だったよ~

と文句を言いながらも負債を取り返し始めます。

対するモレエ小僧

静観

ここまで1円たりとも馬券を買っていません。買ったのは

お土産用の記念単勝馬券セット

だけ。

 

そしてついに9Rへ

そろそろ買うか~

モレエ小僧もようやく馬券購入開始。

中京1200を大の得意としているバクシンオー産駒を中心に馬連と3連複を購入。

正直いってこのレース、的中させる自信は相当ありました。あとは配当だけ。

ところが・・・・・

1人気が3着に来てしまい、3連複1,480と超サブイ結果に。

中荒れを期待していたのに~。というわけで

モレエ小僧得意技獲りガミ馬券炸裂!!

なおこのレースで代用迷人さんが3連単見事的中!収支をプラスに持ち上げました。

続く10R。今度は二冠馬主さんが札幌・中山・中京の3場全部的中!!

対するモレエ小僧は購入レースと決めていた中山10Rで悲劇が。まだ大丈夫だろうと余裕でマークカードに記入していたら

プルルルルルル~

無情にもタイムアップ。ボロ儲けとはいってませんがしっかり当たっていただけにショック倍増。

ウハウハな2人をよそに1人悪いバイオリズムに突入してしまいました。

 

そしてトドメのメイン11R。

目の前の朝日チャレンジカップ

二冠馬主さんが3連単5万馬券を見事に的中!!

代用迷人さんに続き二冠馬主さんもこれでプラス収支に持ち上がりました。

 

こうして1日目は終了。二冠馬主さん代用迷人さんがプラス収支の中モレエ小僧のみわずかにマイナス・・・・・

 

しか~し

 

帰りの車の中で

あっ!

と思い出します。

記念馬券で朝日チャレンジカップの単勝を全部買っていたんです!

そういえば1着がトリリオンカットでけっこうついていたよな・・・

単勝 3,090

これを換金すれば?

ごく僅かですがモレエ小僧も微増のプラス収支に!!!

 

ちょっとインチキっぽい帳尻合わせですがなんとこれで本日の参加者全員がプラス収支に。

全員プラスとはスバラシイ。もしかしたら2度と起こらないかもしれません。

 

奇跡ともいえる全員プラスの余韻を残しつつ夕方、

ミスター遅刻

ことホネロックさんが合流。

2日目も全員プラスの勢いに持っていくことができればいいのですが果たして・・・・・?

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中学生の頃より応援し続けた球団『近鉄バファローズ』

(最終的には『大阪近鉄バファローズ』)

残念ながら2005年オリックスとの合併により球団は消滅。それに伴い私の野球熱も急速に冷めていったわけですが、野球経験のない私をここまでプロ野球に熱中させてくれた球団に敬意を表し、記憶にある選手を少しずつではありますが紹介、この球団の面白さを伝えられたらと思います。

 

第11回はこの人

カイル・アボット(投手)

 

1994年入団。この選手のことを知っている人は果たしてどれくらいいるのでしょうか。

 

自慢ではありませんがこの頃の近鉄はとても見応えがあり

88年89年伝説のダブルヘッダー

90年野茂英雄入団

などを筆頭に話題満載。

実際に当時のパ・リーグにおいて西武-近鉄戦は「黄金カードといわれ連日超満員

郭泰源渡辺久信をはじめとする

本格速球派vsブライアント

野茂英雄vs清原和博

の勝負を観に多くの野球ファンが球場まで足を運びに来たものです。

このことは「西武バカ」で有名なかの○庭君も認めており

『あの頃が一番よかった』

私と2人で酒を飲み交わした時にはいつものように酒の肴になっておりました

 

さてさて、突然ですが

Q.黄金カードと呼ばれた時代(80年代後半~95年頃)活躍した近鉄の外人投手といえば誰?

 

答えられた方がいたらスバラシイ。こちらが教えて欲しいくらいです。

なぜなら

A.この時代に入団した外人投手は1人もいないから

 

カイル・アボットは実に1986年に入団したウォルシー・ライスという投手以来8年ぶりの助っ人投手なのです。

ちなみにライス投手に関しては私も全然知りません。

(調べてみたら1軍登板ナシのまま退団となっていました)

まぁこの時代は

阿波野秀幸

野茂英雄

吉井理人

山崎慎太郎

小野和義

赤堀元之

髙村祐

佐野重樹

(年度は不順)

10勝以上を計算できる投手+有力なセットアッパー、クローザーが多数おり外人投手に頼らなくてもローテーションが確立できたというのも外人投手不在の理由のひとつだと思いますが。

 

さらにこの年から助っ人外人枠が

1軍支配下登録できるのは投手野手問わず2人まで

という条件が

投手1人・野手2人なら3人まで外人が1軍登録できる

と、ルール改正されたことも投手獲得に動いた要因になっていたのでしょう。

 

というわけで、近鉄ファンにしてみれば久しぶりの外人投手入団に

期待半分不安半分

といった心境でしたが、シーズンが始まるとローテーションに入るどころか日本人投手を脅かすこともなく期待ハズレも甚だしいスカっぷり

奇しくも1994年といえば首位と最大16.5ゲーム差をつけられながら13連勝を含む32勝6敗という驚異的な追い上げ首位に立ち西武・オリックス壮絶な三つ巴を展開。最後は力尽き西武に優勝をさらわれるも『第2期いてまえ打線』を確立させた年。

打線に注目が集まる中わずか1年で退団となりました。

 

この年のオフシーズン途中に戦線離脱もあり不本意な成績で終わった野茂英雄メジャー挑戦のため近鉄を退団。絶対的な大黒柱を失い、ここから始まる投手力弱体化、外人投手不作地獄

 

結果的に外人助っ人投手不作地獄の第1歩となってしまったアボット。私自身アボット活躍の記憶は正直まったくないのですが外人投手の歴史を語るうえでは絶対に外してはいけない存在というわけで今回の紹介に至りました。

 

アボット入団時、選手名鑑を見て

投手なんて久しぶりじゃないか?

と思いましたが現在のように簡単に球団史が調べられない時代。8年もの間外人投手がいない事実は知りませんでしたし、上に

アボット活躍の記憶は正直まったくない

と書いた通り、1軍登板なんて一度もないと思ってました

登板4

イニング11回2/3

防御率7.71

という成績が残っていたというのはこの列伝を書こうとして初めて知った事実。

私もまだまだ勉強不足のようです

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9月2日(土)

新潟11R BSN賞

 

ジョイフルハート

 

見事勝利し、これで10戦7勝2着3回連対率100%の記録を大台の2ケタに乗せました

さすが武さんがこの馬のために新潟まで乗りに来ただけのことはあります。

どこまで記録を伸ばせるのか。脚元の問題もあったのでしょうが

芝レース1戦1勝

と底をみせていないのも魅力。

 

そしてこの馬が活躍すると株があがってしまうのが

半妹 ブルーメンブラット

前走クイーンSはかなり穴人気していましたが

坂路レコードを出した馬がアイビスSD出走回避というニュースがあったちょっと後で血統人気が多少関与したのは明らか。

 

奇しくも明日9月3日(日)

札幌11R大倉山特別

に出走。見事兄妹勝利といけばいいのですが。

期待しましょう。

 

10戦連続連対を続けた兄ですが

デビューから9戦連続牝馬限定戦しか出走しないという徹底ぶり秋華賞エリ女くらいまで(もしくはその次のターコイズSくらいまで?)はこの記録は続きそうですね・・・。

 

※私的には明日のこのレース「POG馬」馬券

ブルーメンブラット - ヒカルウェイブ

一点で。

(いつの間にかヒカルウェイブ栗東の中尾秀正厩舎に転厩してますね・・・)



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山梨学院大学で留学生ランナーとして活躍、箱根駅伝の歴史に新たな風を吹き込んだジョセフ・オツオリさんが母国のケニアで交通事故により死亡したことが明らかになりました。

 

オツオリといえば黒人ランナーとして突如箱根駅伝に現れた元祖怪物。現在では当たり前のように留学生ランナーが走る中、当時は『外人を使うのは卑怯だ』などと批判を受けながらもその実力の違いをまざまざとみせつけました。

 

そして、強さはもちろんのことながら「無敵」と思われた4年生の箱根でその年2区にエントリーした選手の中では10000mの持ちタイムが一番悪かった順大2年本川一美9人抜きの大駆けの前に9番目の餌食となり、

初めて箱根でオツオリが抜かれます!!

という名文句も生まれ、やっぱり人間なんだ視聴者に印象付けたことでも有名。

 

今年のニューイヤー駅伝念願の初出場を果たした「重川材木店」に現在は所属し、

大工として仕事をする傍ら陸上部の選手兼コーチとして活動していたオツオリでしたがケニアに一時帰国中していた最中にまさかの出来事となってしまいました。

重川材木店といえば社長の駅伝好きが講じて陸上雑誌などで「ランナー募集」と広告を出し、リストラされた実業団の陸上部員を集めようやく今年の元旦ニューイヤーに出場を果たした駅伝チームとしては新鋭企業。特集でも取り上げられ、チーム設立の事情なども手伝い激励、応援の声も多数かかるようになり、さぁここからという時に大きな指導者を1人失い材木店としてもショックは大きいことでしょう。

 

スポーツの世界ではタブーとされていることを打ち破ったり、新たな可能性を切り拓いたりした選手を

○○のパイオニア

などと称し、数年後にピックアップされたり場合によっては神格化されたりします

プロ野球メジャーリーグへ挑戦する選手のパイオニアとなった

野茂英雄

同じくサッカー

中田英寿

トレーナーの根本を覆した

立花龍司

大相撲

小錦八十吉

(人気と実力の両方を含め)

などなど、挙げていけばキリがないくらいですが

日本の陸上界(長距離界)に衝撃を与え、外人が当たり前のように活躍する礎を築いたのは

社会人ならニジガマ

学生界ならオツオリ

が間違いなくパイオニア的存在として名前が挙がることでしょう。それだけ与えた影響は大きいと思います。

実際に観戦する側としては「外人が出ると日本人が勝てないから面白くない

という声が圧倒的多数だったのですが

一緒に走る選手からすれば「練習ではフォームなど手本になるし、レースでは引っ張ってくれるので(優勝できなくても)自己ベストが大きく更新できる

と、どちらかというと歓迎する声のほうが大きかったというのが現実です。

それが今の

高校・大学での超スピード駅伝化 

にも繋がっていると思いますし。

 

オツオリ選手のご冥福をあらためてお祈りいたします

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