自分の稽古

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1月は・・年始に・・「燃えよドラゴン」が夜中のTV映画で上映されていて・・それを・・うとうと・・しながら観ていたら鼻風邪を引いてしまう。完治に約一月かかったか(-_-メ)

 

そんな事もあり・・指導以外は・・たまに自主稽古で刀禅を練ったり・・する・・。

・・空手の型稽古は・・毎週、個人指導を受けに来てくださる方と

色々と基本的な型稽古で、身体の使い方を・・

技は観る事ができるが・・身体の中身は中々観ることができない・・

しかし・・・いつも、生徒の型を観ていると・・生徒の気持ちや・・体のどんな部分がどう動いて・・そう言う動きになているか・・が、

分かるようになる・・。

そう言って・・たまに心理状況や・・体の内部の働きを言い当てると・・目を丸くされるが・・あまり間違う事もない。

 

道場稽古でも、型を抜く事はない・・。試合が近い場合を除いては必ず型を練る日がある。カラ・・私自身の稽古にもなるのだ。

 

剣術の稽古は5日の稽古初めに行き・・遣い初めを・・

その後、剣術の稽古は行かず仕舞いで・・2月からは・・自主稽古にする事に決めた。

 

その後、OLDMAN FIGHTERS組手稽古会があったので・・朝から試し切り、午後から講習会・組手と・・10時間近く楽しく過ごすことができたが・・翌日の疲れも、相当だったww

 

 

2月に入ってからは・・少しやる気も出て・・曜日は定かではないが・・先週の独り稽古は、刀禅連行(木刀にて)右路・左路・変換行を(30分~40分)

曜日が変わって・・

真剣にて三学・打太刀・使太刀を3回づつ・・独りでこなし。

九箇の打太刀・使太刀を一回づつ・・・

約1時間・・。

 

木曜日に・・勢法の打太刀・使太刀を・・四勢法・・遣って1時間40分。金曜日・土曜日は道場の稽古で・・型と刀禅を・・。

 

昨日・・は、刀禅練行と・・一線に乗って・・左右の直勢と順逆の切を体の調子と切の調子・・向き・太刀筋を確認しながらゆっくりと

各20本ずつ切りとおす・・から・・80本・・。

これが・・疲れたのか・・今日は・・一日ぐったり・・で、型の指導書に目を通すが・・・すぐに・・睡魔におそわれる・・。

 

パッサイ・クーサンクーは、あまり稽古する機会がないので・・指導書に目を通し再確認。

次の型を覚えるために・・一通り頭に入れるが・・実践しるには至らず。

ジュニア生徒を・・打拳定置で力の交換をしたが・・疲れが、たまっていると感じている・・今がある。

 

「心・意・気・力」

そういえば・・金曜日に型稽古の後・・YUさんと手の取り合い(上から握りこんでもらい・・力を通す)をしてみたが・・

いまだ・・相手の力に引き込まれて・・筋力で対抗しようとする帰来がある・・ふっと気づき・・肚に落として・・肚から動かすと・・何のこともなく・・動いてくれる・・。

 

それで・・年末頃には・・よく気づいてやっていた・・

自分の意識を飛ばして力を抜く方向にしてみると・・さらに、効果を感じられた。

しかし・・そのうえの心という事は・・どういう事なのだろうか・・。

 

限定的になるのだろうが・・毎回、型稽古に来てくださる・・方とも確認できているのだが・・先日の金曜日のYUさんにも・・

突きを当てずに・・「死に体」になっていただく事を試してみた。

 

当然、分解組手で・・突いてきてもらう事を前提にしての稽古だが・・受けた・突いたで・・突きを当てることなく手を取り、転がる方向に導いてみると・・ちゃんと・・転がってくださるのだ(;^ω^)

 

意識を・・送ってみるということは・・色々な場面で試している(剣術とか)・・大概は・・そのようになる。

しかし・・一度、年末の?11月頃の稽古で・・大先輩の一人の方と・・三学を稽古していた折に・・2本目のザンテイの時だったか・・

 

先輩に・・つかぬ事を言われたのだ・・丁度・・その頃、私の意識を飛ばされて下段蹴りを入れられた事がある事をブログに書いた・・時期とリンクするのだ・・。

 

ザンテイの切りあい後だったかに・・・・私の全く身に覚えがない事をおっしゃるのだ・・・「変な事を、しようとしたろう。」

思わず・・きょとん・・としてしまった・・が・・・

その時の言葉が・・よみがえってくるのが・・私の「意」なのか「心」なのか・・意識をせずに働きかける物があるのか・・

その辺が、いまの私の疑問でもある。

 

中国拳法の指導体系の中には「心意気力」という教えがしっかりと根ついていて、その発達を目標に稽古に励むということは、現代日本の武道と現代日本の中国武術の方々との差を産む事となり・・・

強いていうなら・・歳を重ねても、面白みを感じて稽古に励む事ができるのは、中国拳法の様な気がする。

 

しかし、古流日本武術にもそういう流れはしっかりと・・残っているはずで・・その発達や育成方法がうやむやになってしまって、現実味のない話としかとらえられていないのは、嘆かわしい話だ。

能力の差は多少あるだろう・・早い遅いということもあるはずだが・・

私が、初めて肚の力を意識付けさせられたのは、新陰流を始めてからの話で、Bさんに良く肚を使え・・と、言われ・・

なんの事?という感じで・・聞いていたのを思い出す。

 

気とは・・違う・・肚・・。

それは、全身を使う・・全身を使える様に成る事から始まるのです。

日本は「心技体」具体性のある話が3分の2を占めている。

しかし・・・・そういう状況だから3分の1は捨てられた?

意味が分からない事、理解不能な事は・・意に介せず・・が、現代人の風潮か・・・・。

 

心の中に、包括されている物を・・・・発掘せねば・・。

 

心・意・気・力・・・これは、やっぱり重要な順番に並んでいるのでしょう。

 

そういえば・・年始の剣術・・・・私に欲は全くなかった・・といえば・・ウソになる??自分の出せる物が出せればそれで良いという気持ち・・。

 

いわゆる・・勝負に対しては有心であっても、一本一本に関しては無心だった・・事は、間違いない・・。

その・・無心が相手に映っていくなら・・これが・・「心」なのだろうか・・・・・・謎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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