使用者が、労働の対価として労働者に支払うものを賃金といいます。労働者には、賃金の支払請求権があり、使用者には支払義務があるものであり、それには支給基準が明確でなければなりません。
一方、結婚祝金・死亡弔慰金・災害見舞金等任意的・恩恵的なものは直ちに賃金に当たらないとされていますが、労働協約・就業規則・労働契約等に根拠を有し、あらかじめ支給基準が明確なものは、賃金に該当するとされています(昭和22年9月13日 基発17号)。
賞与とは、定期的あるいは臨時に支払われるものですが、就業規則等労働契約上の根拠があれば賃金として支払い義務が生じます
就業規則や労働協約、個別の労働契約において具体的な支給基準、支給額、算出方法等が定められている場合には、使用者は賞与を支払う義務が生じるということになります。
会社の業績、従業員の勤務成績等によっては(特に中小企業の場合)、賞与が支払えない(支払いたくない)ときが必ずあります。無用なトラブルを避けるためには、就業規則(賃金規程)を定めておくとよいでしょう。
Ⅰ、支給日在職条項は有効、解雇の場合は支払い義務が生ずる
賞与は、就業規則や労働協約で支給基準を定めていれば、労働基準法上の賃金にあたります。しかし、賞与は、法律上当然に使用者が支払義務を負うものではなく、就業規則などにより支給基準が定められている場合や、確立した労使慣行によりこれと同様の合意が成立していると認められる場合に、労働契約上支払い義務を負うものです。
例えば、パートタイマーなどの非正規従業員の場合は賞与が支払われないことも少なくないと思われますが、それは労働契約において、正規従業員にしか支給しない旨定められているからです。
それでは、対象期間の全部または一部を勤務したにもかかわらず支給日前に退職した者に賞与を支給しないという取扱いはどうでしょうか。賞与が労働基準法上の賃金だとすれば、労基法第24条の賃金全額払い原則に反するのではないかとの疑問もあるでしょうが、判例では、支給日在籍条項の定めを合理的なものと認めているケースが多く(大和銀行事件 最高裁一小判 昭57.10.7)、支給日に労働者が退職している場合には賞与を支給しなくても有効と解する判断が一般的な傾向です。
しかし、こうした規定は、労働者が退職の日を自由に選択できる自発的退職者についてのみ有効とする説もあります。たとえば、定年や人員整理等の会社都合による退職の場合には、労働者は退職日を労働者本人が選択することができず、不利益を被ることがあるからです。したがって、支給日在籍条項は、労働者の自発的退職の場合だけに合理性があると考えるのが、法的には妥当なところでしょう。
また、支給日在籍要件でいう「支給日」とは、賞与が支給される予定の日であり、現実の支給が遅れたり、あるいは使用者が故意に支給を遅らせたりした場合には、仮に現実の支給日前に退職したとしても、支給予定日に在籍していれば賞与を受け取る権利はあるものと考えられます(須賀工業事件 東京地裁 平12.2.14)。
須賀工業事件(賞与金請求)
事案概要: 実際に従業員に対して賞与が支給された日には既に退職していた労働者が、賞与が支給されなかったことから、支給日在籍要件を定めた賃金規則等は無効であるとして、賞与及び遅延損害金の支払を請求したケースで、支給日在籍要件は不合理であるとは一概にいえないとしたうえで、賞与の支給対象者を内規によって定めた賞与支給予定日に在籍する従業員ではなく、現実に賞与が支給された日に在籍する従業員とするのは賞与請求権を取得した者の地位を著しく不安定にするもので合理性がないとして、労働者の請求が認容された。
裁判所 : 東京地裁 2000年2月14日判決
判決理由: 〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-支給日在籍制度〕
現実に賞与が支給される日が団体交渉の妥結の遅れや被告の資金繰りなどの諸般の事情により本件内規において支給日と定めた特定の日より後にずれ込むことも考えられない事態ではないが、そのような場合に現実に賞与が支給される日がいつになるかについては賞与の支給日が後にずれ込む原因となった諸般の事情に左右され、現実に賞与が支給される日をあらかじめ特定しておくことは事実上不可能であって、そのような場合についても、賞与の支給対象者を本件内規において賞与の支給日と定めた特定の日に被告に在籍する従業員ではなく、現実に賞与が支給された日に被告に在籍する従業員とすることは、本件賃金規則第22条ないし第24条により賞与請求権を取得した者の地位を著しく不安定にするもので、合理性があるとは言い難い。
Ⅱ、退職を申し出た労働者の賞与が半分以下になる場合や、
考課が合理的な裁量の限界を超えている場合は違法となる
賞与は、毎月決まって支払われる賃金とは異なり、必ず支給しなければならないものではなく、その支給基準、支給対象者、支給額、支給日などは原則として事業主が任意に定めることができるものです。また、賞与額を算出する方法についても、算定基礎額×支給月数という計算式を用いることもありますが、賞与額の全部又は一部を、会社の業績及び一人ひとりの人事考課の結果に基づいて決める方法もあります。したがって、会社の業績や労働者の勤務成績(勤務期間)が一定の水準に達しない場合には、賞与は支給しない旨定めることも自由です。
しかし、会社に賞与支給協定等の賞与に関する規定があれば、それは労働契約の内容となりますので、当然にその定めに従うこととなりますし、こうした成績査定分に関しても、考課が合理的な裁量の限界を超えているような場合には、一種の制裁を課すものとなり、違法と判断される可能性が生じます。
例えば、産前産後の休業、育児時間、年次有給休暇等、労基法その他の立法によって労働者に付与された権利の行使による欠勤等を、出勤率の算定等において不利益に取扱うことは、不利益取扱いの趣旨・目的、労働者が失う経済的利益の程度、労働者による権利行使への抑止力の大きさ等から判断して、許されない場合もあります。
学校法人の事務職員として採用された労働者が、8週間の産後休業を取得し、その後、学校法人の育児休職規程に基づいて勤務時間短縮措置による育児時間を取得したところ、給与規程では、賞与の支給要件として支給対象期間の出勤率が90%以上であることが必要とされており、出勤率の算定に当たって、取得した産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による育児時間の時間数を欠勤日数に算入する取り扱いをしたところ、出勤率が90%に達しないこととなり、賞与を一切支給しなかった事件で、裁判所は労働者の請求の一部を認め、産前産後の休業期間、勤務時間の短縮措置による育児時間のように、法により権利、利益として保障されるものについては労働者の責任ということができないとして、90%条項の適用の合理性を否定しました(但し、不就労時間分について減額の対象とすることは可能としている)。(学校法人東朋学園・高宮学園事件 東京地判平10.3.25)。
本件のご相談に似た事件としては、賞与の支給基準として、中途採用者の冬期賞与は基礎額の4か月分とされるが、12月31日までに退職を予定している者については、4万円に在職月数を乗じた額とすると定められ、結果として退職予定がない場合の賞与額の17%余の金額しか受給できないこととなる事件について、裁判所は、退職予定がある場合など、将来に対する期待の程度の差に応じて、退職予定者と非退職予定者の賞与額に差を設けること自体は不合理ではないとしながらも、「過去の賃金とは関係のない純粋の将来に対する期待部分が、被告と同一時期に中途入社し同一の基礎額を受給していて年内に退職する予定のない者がいた場合に、その者に対する支給額のうちの82パーセント余の部分を占めるものとするのは、いかに在社期間が短い立場の者についてのこととはいえ、肯認できない・・・(中略)・・・賞与制度の趣旨を阻害するものであり、無効である。」と判示しています。(ベネッセコーポレーション事件 東京地判平8.6.28)ちなみに、この事件では、労働者に対する将来の期待部分の範囲・割合については、諸事情を勘案して判断すると、賞与額の2割を減額することが相当であるとしています。
就業規則の書き方
賞与については法律上の支払い義務はなく、会社が自由に規定できます。就業規則に「支給対象者は支給日現在在籍している者」ときちんと書かれていれば、査定期間に在籍していても支給日に在籍していなければ賞与を支払う必要はありません。ですから就業規則を作成するときはこの一文を必ず入れるようにしましょう。そうすれば賞与の支払いをきっぱりと断ることができます。
また賞与についてトラブルが多いのが産前産後休業や育児・介護休業といった法律で認められた休業をしていた者、査定期間中に入社した者に対する扱いです。この場合は、その社員が通常勤務していれば得られる賞与の金額から、欠勤期間分を按分控除し、支給するようにするのが一般的です。
なお賞与は支給日に在籍しない者には支払う必要はありませんが、会社都合による解雇、定年退職の場合は査定期間の勤務期間に応じて賞与を支払うのが妥当です。
就業規則の記載例
第○○条(賞与)
会社は、原則として毎年7月及び12月の賞与支給日に在籍し、かつ通常に勤務していた者に賞与を支給する。ただし、会社の業績、従業員の勤務成績などやむをえない事由がある場合には、支給しない事がある
第○○条(賞与の支給時期)
1 賞与を計算するための査定期間および支給月は次のとおりとする。
支給月 査定期間
6月 12月~翌5月
12月 6月~11月
2 支給対象者は、原則として支給日現在在籍している者とする。
3 算定期間の一部を勤務しなかった者については、所定勤務日数におけ
る出勤日数の割合によって減額した賞与を支給する。
4 賞与の支給期日はその都度定める。