交わして交わる

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無下、不意に、ではなくてとある芸能人のブログを読んでいてああ確かになあと思うことがあってこんな風に誰かの言葉を読むという形で取り入れることで風が吹くようなことも最近は少なくなったと感じて、それによってひとり思い出す人がいた。歌をうたうひと。何に苦しんでいたのかなんてわからないしそもそも苦しんでいたのかもわからないけれど僕はその人のうたに救われたと感じたことがある。昔はそこそこマメに更新していたブログも今は埃(広告)にまみれて大変なことになってしまっているけれどひとつひとつ払いながら古い記事を読んでみることにした。もう内容もすっかり忘れていたし、何年も経っていて、風化していて、僕も大人になっていた。初めて読んだ時はどう思っただろうか。驚いた、今とても感動している。叱られたような気持ちにもなった。きっとそれは自分自身に宛てた言葉だったのかもしれないけれど今の僕にはぴったりで、いやあ、参ったなあ。僕はどうにも言葉に頼りすぎる。伝えたいことはあって、でもそれをそのままの形で伝えるには弱くて何度も見直しをするからなかなか早く喋れなくてでも本当はあと200回くらいは見直しをして間違いのないように伝えたい。ゆっくり話しても自分が伝えたいと思う形で伝わらないことの方が多いし表現の幅も狭い。相手の言葉も自分の解釈でしか聞けないし、その言葉が持つ意味のことを考えてしまって抜け出せなくなることもザラで。ただ自分の解釈で勝手に後ろ向きな気持ちになるのは絶対に駄目だ。相手の言いたい事がよくわからなくても悪い方に捉えて先に進んでしまうのは絶対に駄目。わからないならわかるまで相手の言葉を待とう。決めつけたりせずに。それさえ気を付ければ言葉はもっと大切なものになるはずなんだ。不器用でも自分の言葉で一生懸命話してくれる人が本当に好きだし、伝えてよかったと思えたこともある。安っぽくならないように大事にしていきたいな。もっと会話を重ねたい。
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無下言葉言葉言葉のあかりのありか、言わずと知れた心の優しさはどこか。どこにどんな形の嘘があるか知らない一体どんな言葉がどのように届いているかしらね。僕にまだ僅か邪魔な飾りがあっていつか捨てる時があるとしても今ではなくてけれど僕がずっと枕みたく抱くバクバクにはどうかあるがまま風に吹かれるまま流されるままにいて欲しいと思うのだ。仮に話し言葉に少し取り繕う気持ちがあったとしてもだその組み立てる意思にどんなわけがあるかわかるがそれを説明しようとしてもとても上手くはいかないしがない僕の頭じゃ無理もない。でももう止めない求められたい贅沢なんて言ってる場合でもないし意味とか美味とかどうだっていいから正直に馬鹿正直に伝えていきたい。

韻を踏もうと思ったんだけどなかなか難しいなあ。
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部屋

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無下朝から夕方まで眠りこけた計画的休日は無計画に起きて少し贅沢なハンバーガーを食べた。親を駅まで送って帰って事故を起こして電話、電話、電話。少し参ってしまったけれど怪我がなくて良かったと言ってくれる人がいたことに満たされフラットに戻る。手持ち無沙汰になった時に漫画を読んでいたサイトが繋がらなくなって心が隙間を埋めようと呼び戻す記憶をフルハイビジョンで受け入れる月曜日まだ眠くないでも眠らないと腹が減るしリズムを崩してしまうな。別に邪魔でもないのに前髪をまとめたりして生活倉庫で買ったお気に入りのチェアーに腰掛けてもう何十分経ったろうか。ハタから見れば簡単で自分自身ではわからないもの、感情は失われる、否、更新されていくそのペースに自分の脳が追いつかないことが多い。そしてきっと誰もがそうなのだと思い込む。説明づける必要があるのかどうかもわからないけれど何を思って何を嫌がって何を求めているのか自分を今動かしているものは何かということは自分でこれだと決めつけないと説明もつかないし、確信に近付くことだって出来ない気がした。
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