悲しみの彼方へ
Theme: よもやま話長い間、ブログをさぼりました。
14日から今年最後の 壺会の公演があります。
今年は仕方がないとはいえ、例年の半分ほどの公演数でした。
それでも、少数精鋭、凝縮された良い舞台に恵まれたように思います。
つらく悲しいことが多い今年でしたから、笑える楽しいコント風のお芝居が多かったです。
私ごとになりますが、今年は孫が生まれ、
仕事数は少なかったですが、その分、孫と戯れることができました。
孫も早くも8か月。ますます可愛さが増してきましたし、いろいろできることも増えて
生まれてからの成長には目を見張ります。
この一年、さて、私はなにをしていたのあろうと・・・孫の成長に改めて発奮せざるを得ない気持ちです。
人生最高の大きな喜びを貰いましたが そのあと、愛猫が4月と10月に死にました。
4月に死んだ「すみ」ちゃんは、真っ黒猫で21歳の誕生日を迎えて、すぐに亡くなりました。
大往生でしたし、前の日まで元気にしていました。21歳の長寿は私の自慢でもありました。
ところがそのあと、5月から闘病してきた、アメリカンショートヘアの「菜々」は、夏の間、1日も欠かさず
病院通いを続け、点滴や注射で頑張ってきましたが、いよいよその効果もなくなり、食べることが
出来なくなって10月8日に亡くなりました。15歳でした。
すみに比べて、短い命だったことと、半年余り通院し、猫が死んでこれほど打撃を受けたことも
今までなかったほど、しばらく尾を引きました。
左がすみ 右が菜々 です。
2にゃんそろって お風呂場が大好きで、風呂蓋の上で、私のバスタイムを付き合ってくれました。
そして、この年末、12月5日
電話が鳴りました。北海道の義弟が亡くなったという訃報でした。夫の弟にあたります。
8日 通夜 9日 告別式
息子と二人で札幌に飛びました。
平成19年10月に一人息子が結婚をして、その時、久々に北海道へ行きました。
ところが 年明けの8日、義妹が急死し、それ以来、北海道へはたびたび足を運ぶことになりました。
当時、一人息子はまだ東京で修行中で、義弟は北海道で3年の間 息子の帰りを一人で待っていました。
去年、孫も生まれ11月で1歳になったところです。
3年間の孤独な生活が報われ、今年の10月初めに、甥家族は、東京を引き上げ北海道へ
帰り、新生活を始めたばかりだったのです。
病気を抱えながら3年間の孤独な生活から、さぁ、これから賑やかで楽しい生活が待っていたのに。
こんなやるせないタイミングってあるんでしょうか・・・悔しくて、悲しくて、残念でなりません。
<29階のホテルの窓からの夜景>
北海道まで義妹の法事に出かけるたびに、、義弟がいろいろ案内して観光も楽しませてもらいました。
グルメだった義弟は、とびっきりおいしいお店にも連れて行ってくれました。
私たちが「おいしい、おいしい」と食べている様を見ている時の、義弟のこぼれるような笑顔が忘れられません。
<9日の朝 銀世界>
仲のいい夫婦でしたから、義妹も寂しくて呼んだのかもしれません。
28歳の若さで両親を相次いで亡くした甥が哀れでなりませんが、
彼も子供も出来、一家の主になっていることがせめてもです。
今年の締めくくりは、悲しい結果で終わってしまいました。
もう、義弟の居ない北海道へ行くのは、つまらないです。寂しすぎます。
北海道へ行くときは、いつも12月・・・
クリスマスのイルミネーションや、ツリーが綺麗です。
これはホテルのツリー。赤い色が目に沁みます。
真っ白な世界と、凛とした冷たい空気に身が清められ引き締められ、
美しいイルミネーションに心が癒されます。
こちらはタクシーの中から撮ったのでぶれていますが
大通り公園のイルミネーション。とっても美しいです。
2011年、日本にとって忘れられない年でした。
せめて 孫がこれから明るい未来を切り開いてくれることを願って、
来年こそは希望をもって歩んでいきましょう。
2012年、また心新たに、楽しくて、素敵で 感動を呼ぶお芝居をたくさん見せてください。
楽しみにお待ちしています。










・・・と、ずっと応援してきましたが、
と決心を固めました。






























