2005-10-28 08:05:44
テーマ:ブラジル人

ゴイアニア~フォタレザ 2千キロの旅 第6話

mr


ブラジル独特のマイクロちっちゃいビキニに身を包み、海になんか浸かるのは10年ぶりくらいのわたしは、恐る恐る波打ち際に近寄って行った。まずは、変なものが浮いたりしていないか確認しておきたかった。


モホブランコの海水は透明よりも透明に透き通っていて、日本の海岸のように海草が打ち寄せてもいなかった。砂浜も砂の粒子が小さく、歩くと「キュッ キュッ」と音がするのが小気味良かった。


そっと手を海水に浸すとヒンヤリと冷たかったが、それ以上に日差しは肌を刺すように強かったから心地よい冷たさに感じることができた。


彼は既に肩くらいの深さのところに行ってしまい早く来いと言っている。わたしもそれに続いて一気に全身を海水に浸した。周囲には子供達が浮き輪で「きゃーきゃー」いいながらぷかぷか浮いていた。


わたしも足が届くか届かないくらいの所まで行って、子供達に混じって波遊びを始めた。日本の海ではありえない大波が定期的にやってくるから、それを頭からかぶらないように波に合わせてジャンプするという単調な動作がなかなか面白い。


とはいえ、全身運動で波遊びもそう長くは続かず、まだ海の中に浸っていたいという彼を残して先にビーチへ上がることにした。


波遊びがたたって、少しヨロヨロしながら浅瀬に辿り付き、もう一歩で砂浜と言う時にいきなりそれは起こった。


引き潮に飲まれてしまったのだ!


人間は経験の積み重ねで力の入れ具合を調節するようになる生き物だ。例えば、卵を割るのに満身の力を込めると卵はぐっちゃりと壊れてしまうだろう。ケーキにフォークを突き刺す力加減はステーキに突き刺すそれとは当然違う。経験上とっさに力具合を加減できるようになっているのだ。

そして、その経験が日本に打ち寄せては引くさざなみしか知らなかったわたしには自然にゆったりとした足の運びをもたらしてしまった。。。


しっかり踏ん張っていなかったわたしの足はブラジルの力強い引き潮に一気に掬われてしまった。

あまりに一瞬のことでなにがなんだか分からないままに、浅瀬ででんぐり返りを2回転ほどして、体がめちゃくちゃになりそうなのを


「マズイ。。。ホントに大変な怪我をするかも?!」


とグルグル波にもてあそばれながら全身の力を振り絞ってその波から逃れた。


そして、次の引き潮が来る前に急いで砂浜に上がったわたしの髪はぐちゃぐちゃで、両耳に水が入って「グワングワン」といっている。取り敢えず、マイクロちっちゃい水着がはだけてなかったのだけは幸運だったかも(笑)


実際波に飲まれたのはほんの数秒だったけれど、わたしにはとっても長い時間のように感じた。けれど、実際はそれが一瞬だったという事を証明しているかのように、誰もわたしには気を止めていなかった。


モホブランコのビーチは観光化はあんまり進んでいなくても、海の家のような所が数軒あって、飲み物や簡単な料理をサーブしてくれるカルソンもいた。海に出ない彼の姉が赤ちゃんと一緒に場所をキープしてくれていたので、疲れると休憩に戻り、気が向くと海に出るのを繰り返しつつビーチでの初日を楽しんだ。


つづく

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2005-10-27 07:45:50
テーマ:ブラジル人

ゴイアニア~フォタレザ 2千キロの旅 第5話

mr2


目を覚ますと、ゴイアニアとはまた違った爽やかな空気を感じた。


あいにくうす曇の空模様だったが、散歩するには丁度良く、彼はまだ足を引きずっていたけれど、昨日よりも足の腫れは多少引いていてほっとした。


義父の「海の家」から海岸までは1キロくらいの距離があるらしかったが、まだ涼やかな朝だったので海岸を少し散歩しようということになり、義姉の旦那さんとわたしと彼で海岸まで車で行くことになった。


この辺の海岸は「Morro Branco」と呼ばれていて、自然が作り上げた小さな峡谷が白いことから「白い山」という呼び名がついており、まだまだ観光化されてはいなかったが、小さなホテルが数軒あったり、露天が出ていたりして観光客もそれなりにいた。


観光客達はいくらかのお金を払ってMorro Branco」ツアーに出掛けていたので、わたし達もそれに続いた。


ツアーは渓谷の上の方から始まって、少しずつ下へ下へと下って行くというもので、ほんの30分ほどで出口に出たが、目の前にはブラジルの真っ青な空と海、真っ白な砂浜が大きく広がっていた。何よりもまだ観光化の進んでいない海岸だから人はまばらで、その美しさをより誇示していた。


海岸線を散歩しながら車を停めた辺りに到着した頃には朝曇りはすっかり吹き飛んで雲一つない真っ青な空が広がっていた。


散歩している間は回りの景色に見とれていて忘れていたが、この強い日差しの中で背中を露にした洋服で日焼け止めクリームを塗っていないことに気づいた。以前、日本の海岸で焼けど状態になったことがあるからそれ以来、海でもプールも完璧に日焼け止めを用意するわたしだったけれど、雲っていたことからつい油断してしまったのだ。


既に肩は赤くなってヒリヒリしていたが、日差しが出てからほんの20分くらいだったからなんとか大丈夫だろうと急いで家に戻ってビーチに出る準備をして出直すことにした。


そして、家に戻るとなんだか騒ぎが起こっていた。


どうやら「トイレ」が詰まったようだった。


全くブラジルの工事はいい加減そうだなぁと思っていると、義父がうちの人に何か尋ねていて、わたしの名前が出たのを聞きつけて直感で義父がわたしを疑っている事を察知した。


前にも書いたけれど、ブラジルのトイレは配管が細いのでトイレットペーパーを流せない。で、父はトイレットペーパーを流す習慣のある外人のわたしを疑っているようだった。モチロン、わたしは流していない。。。心の中で


「あんた達のうん○がデカ過ぎるから詰まったのよ!フン!」




と思いつつ、小声でペーパーを流してないか聞いてくる彼にはっきりと


「ノー!」



と言い切るわたしだった。


そして、海岸へ出掛ける途中でもよおして来たわたしは、止む無く草むらで用を足す羽目になったのであった。。。観光化されていないと、こういう所に不便が出てきてしまう。。。


そして、数歩離れた所に人間様のブツが既に横たわっていた。。。


なんで人間様のものと分かったかというと、ブツの横にトイレットペーパーが落ちていたからだつた。。。


つづく

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2005-10-22 09:51:23
テーマ:ブラジル人

ゴイアニア~フォタレザ 2千キロの旅 第4話


早朝にはどうしたものかと思うほどに腫れ上がったわたしの顔だったけれど、冷たいミルクがよかったのか、午後には他人が見てもビックリ仰天するほどではなくなった。その代わり、彼の足首はパンパンに腫れ上がり、歩くのもやっととなっていた。


弟は運転したくなかったのか終始不機嫌で車内の空気は重々としていた。


二日目の夜にはフォタレザに到着できるように、早朝明ける前にゴイアニアを出たけれど、フォタレザに入った時には夜の10時を回っていた。ただでさえ標識のないブラジルで真っ暗な道だから何度も訪問している父もすっかりお手上げ状態になっていた。


誰かに聞こうにもほとんど人通りがなく、同じような道をぐるぐる回りながらどうにかこうにか義父の「海の家」に到着した時は深夜の0時を回っていた。


真っ暗な平屋の家にわたし達が到着するとぱっと電気が灯った。


誰だろうと思っていると、中からゴイアニアでわたし達を送り出した彼の姉家族がそこにいた。


彼らは飛行機で来ていたのだ。


後から聞いた話によると、彼と弟がチケット代をプレゼントしたのだとか。そして、ほとほと疲れきったわたし達に、姉は


「車でなんてほんとにご苦労様」



みたいな事をいった。そして、この瞬間にやっぱりブラジル人にとっても5千キロものドライブは普通でないと悟ったわたしだった。。。


車から降り立つと、足もとのサラサラの砂が海岸がすぐ近くにあることを思わせた。


お義父さんが誇らしげに「海の家」を案内してくれたのだが、わたしは車でグルグルグルグルノロノロ運転したせいかかなり気分が悪くなっていたし、彼は誰かにつかまらないとほとんど歩けないほどの足首の痛みで義父の話にほどほどしか付き合えず悪いと思ったが、そのまますぐにベットにもぐりこんだ。


つづく

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2005-10-20 10:58:38
テーマ:ブラジル人

ゴイアニア~フォタレザ 2千キロの旅 第3話


みすぼらしいドアが廊下を挟んで左右にずらりと並んでいるが、ドアとドアの間隔を見れば、ホテルの部屋がどれくらい狭いか簡単に想像できた。


今夜はここに2部屋を取って、義父と彼女、彼とわたしと弟で眠ることになった。恐る恐るドアを開くと、4畳半くらいの室内にびっくりするくらい小さなベッド?ベンチ?が3個並んでいた。ベッドから落ちないようにとの配慮か、全てのベッドは壁際にくっついていた。部屋の一番奥に小さな洗面台が一つかろうじてあったが、想像した通りのお粗末な部屋だった。


彼の弟が「うわぁ~ 怪しい部屋~!」と奇声を上げながら中に入っていく。
それに続いてわたしも部屋の中へ一歩踏み入れた瞬間に


  「パチパチパチッ!」



と一瞬目に変な痛みが走った。


変なムシがいるのかもしれないと、持参したアースマットみたいなのをコンセントにはめこんで、どう考えても共同のシャワー室を使う気にもなれないので、部屋にある小さな洗面台で歯を磨いて顔を洗って寝る事にした。


一応、シーツも枕カバーもきれいなものを付けてあるとは思ったが、念のために顔の当たる枕の上に持参のタオルを引いて眠る事にした。次の日の朝も早いのだ。



夢の中で、顔が痒くてしょうがなかった。。。



そして、それは夢ではなかった。。。



朝起きて鏡を見ると、そこには片方の瞼が「お岩さん」のように膨れ上がって、上唇だけ「オバQ」になっているわたしがいた。。。


そして、その腫れ上がった部分は、今にも破裂しそうなくらいパンパンに膨れ上がってジンジンと痛い上にかゆみを伴っていた。。。


そんな顔を誰にも見られたくなくって、頭からタオルをかぶってうつむきながら準備をするわたし。見せてみろという彼にも、あまりに醜い顔を見せたくなくって知らん振りしていた。頑なに下を向くわたしに彼も飽きれて「勝手にしろ」とつき放した。


もう、全てが嫌になって、言葉も出て来ない。車の中でもひたすら沈黙のわたし。


ホテルには朝食はついていなかったから、出発してしばらくしてからコーヒーの飲める所に車を止めて、みんな朝食を取りに行く。


「一緒に行こう」と彼がしつこくわたしの手を引くが、とても知らない人にこんな顔をさらし出したくなくって「行かない!」と車から一歩も出ないわたしに、


「いいから、行くんだ!」


と強引に彼がわたしの手を強く引っ張った瞬間、頭からかけていたタオルがはらりと落ちて、彼が一瞬固まった。。。


「唇だけかと思ってた。。。目も腫れてたの。。。可哀想に。。。」


彼のやさしい言葉に、一瞬涙が出そうになったわたし。


「冷たいミルクを飲むといいよ」


という彼の言葉に従ってお店に向かった。


ところが、朝食を済まして車に戻ろうした時、彼が思いっきり蹴躓いた!


どうやら長時間のドライブでブレーキとアクセルを交互に踏み続けて足首がかなり疲れていたらしく、蹴躓いた拍子に足首をひどくひねってしまい、一瞬立てないくらいに痛かったようだった。


そして、到底運転を続けられる状態ではなかったので、弟と運転を交代した。


すっかりブロークンなカップルとなってしまったわたし達だった。。。


つづく

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2005-10-18 10:43:28
テーマ:ブラジル人

ゴイアニア~フォタレザ 2千キロの旅 第2話


日本では荘厳としたムードで向かえるお正月。


ゴイアニアでは新年のショボイ花火が上がるだけで、特別何もイベントはない。そして、お金持ちはその時期、ビーチで長期の滞在を楽しむのだ。


お金持ちでなくても、それなりにビーチとか川に向かう人が多い。


そして、わたし達は義父の自慢の「海の家」へと出掛ける事になった。義父はもう何度も彼女と二人で車で往復していた(恐るべし体力)


結局今回は、お義父さんのセダンの車にわたしと彼、彼の弟、義父、義父の彼女の5名が同乗する事になった。そして、その時点ですっかり憂鬱になったわたし。。。


というのも、5千キロものドライブ(これもドライブと言うのだろう)に大の大人5人で行くのだ。しかも、みんなそこそこデカイ。特別太っているわけではないが、やはり後部座席に3人の大人が、しかも骨格のデカイ大人が座るとキュウキュウになる。


わたしは兄弟二人なので後部座席に2人以上乗って旅行という経験がなかった。大人になってスキーとかに行く時でも車には4名以上乗ったためしのない贅沢者だったのだ。。。


けれど、ここで駄々をこねてもしかたがなかったので、取り敢えず車に乗りこんだ。


結局、彼が運転、弟が助手席、義父の彼女、義父、わたしの並びで後部座席に座った。後部座席の3人は各自遠慮がちに小さくなろうと努力していたが、努力して小さくなれるわけもないので、やっぱりキュウキュウは免れなかった。。。


少しでも早く現地に着けるようにと、朝の4時には起き出して暗い内からゴイアニアを後にした。

そして、ひたすらただただ車は走っていく。


日本での常識で「長時間運転の場合2時間毎に休憩をいれよう」というのがあるが、こんな事はお構いなしである。出発して一度朝食代りにコーヒーを飲んだが、ほんの10分くらいですぐに車に戻った。そして、ランチに2時くらいに道沿いの寂れたレストランに入って、また永遠にドライブは続く。途中の道路は雨季の大雨で所所大きな穴が開いていて、ぼんやり運転していたら、穴にはまって車がダメージを受けるからスピードもあんまり出せない。


道路の悪さはその州の貧しさに比例している。ゴイアニア界隈は首都のブラジリアがあることもあって雨季にできた穴はたいてい乾季の内に舗装される。ところが、貧しい北に行けば行くほど道路はガタガタ最悪である。


そして、ブラジルは標識が皆無に近い。途中で小さな町に入っては、道行く人に方向を確認する必要がある。


今回のドライブで唯一の贅沢はエアコンがついているという事ぐらいだった。もしも、エアコンもついてなかったら。。。切れてたかもしれない。。。(笑)


というのも、ブラジルの1月は真夏に当たり、突き刺すような日差しがスモークをかけた車の窓からも容赦なく襲いかかっていた。


予定では、夜は物騒だからなるべく早く少しまともなホテルを探してゆっくりとしようということになっていた。


ところが、思っていた通り、7時になっても8時になっても車は走り続ける。そして、すっかり日が暮れて、もうやばいのではないかという10時頃になってホテルを探し始めるが、小奇麗なホテルは満室状態だった。土地鑑のない町の中で人に聞きながらホテルを探しに探してやっと見つかったのは、ひとりの宿泊料がR$15(約800円)というトイレとシャワーが共通の寂れた佇まいだった。。。


つづく

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2005-10-16 11:46:20
テーマ:ブラジル人

ゴイアニア~フォタレザ 2千キロの旅

わたしが初めてブラジルを訪問したのは2000年の暮れだった。


ガイドブックでいろいろとブラジルの事を調べてはいたけれど、当時の日本ではあんまり詳しいブラジルのガイドブックもなく、わたし達の住んでいたサンフランシスコからは直行便もなく、11月の終わり頃でなかなかチケットも取れず、やっと取れたのは


サンフランシスコ ~ ヒューストン ~ サンパウロ ~ ブラジリア ~ ゴイアニア


という最悪のコースと飛行機の遅延で、永遠に辿りつけないのではないと思ったゴイアニアの飛行場で花束を持って迎えに来てくれた彼の家族にどうにか搾り出すように一度微笑んでから、一切話す事も笑う事もできないくらいボロボロに疲れていた。


そして、車で30分ほどの彼のお父さんの家に到着するなり深い眠りにつき、目が覚めると彼の家族はみんな帰った後だった。


わたしにとって、全てが未知の世界だったブラジルだったから、


「ブラジルではこうなんだ」


という彼の言葉を鵜呑みにしつつ約2ヶ月間のブラジル滞在をエンジョイ?したのだけれど、うちの人の「ブラジルはこうなんだ」というのは、今思うと、はっきりいって全然「嘘」だったことも今更ながら発覚して、最近では彼の言う


「ブラジルでは~」


は、99%信用せずに聞く事にしている(笑)


そして、滞在中に最も最悪のうちの人が言った「ブラジルの常識」


「2千キロくらい車で旅行するのはブラジルでは普通」


というのがあった。。。それが、


「ゴイアニア~フォタレザまでの車での旅」


であった。


どうしてフォタレザに行くことになったかというと、義父の実家がフォタレザから田舎に入った所にあって、義父の夢は、フォタレザの義父の実家近くの海岸に別荘を建てる事だった。


別荘と言っても豪奢なものでなく、「海の家」というのがいかにも似つかわしい3DKの平屋なのだが、元々貧しい牧場出身の義父からしてみれば、上等な別荘だった。当時建ったばかりのその「海の家」を訪問するのはわたし達のブラジル訪問のプランの一つとなっていたのだ。


車でひたすら走り続けて2日半かかると聞いて、飛行機でいけないのかと質問するわたしに、彼は


「これくらいの距離ブラジルでは車で行くのが普通なんだ」


と説明して、ゆくゆくブラジル生活に慣れなくてはいけないわたしとしては従わざるを得なかった。


つづく

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2005-10-08 05:08:48
テーマ:挨拶とお知らせ

ブラジル ニッケイ新聞

ブラジルにはたくさんの日本人移民が住んでいると聞いていたが、わたしの住むゴイアニアという町は日系人家族はサンパウロなどと比べたらすごく少ない。。。


ここに来た当初は「初めて日系人を見た」と何度言われた事か。


そういう日系人の情報が皆無なわたしだったけれど、ブラジルで日本人を「勤勉で働き者」という良い印象を植え付けてくれた日本人移民に興味があったので、ブラジルの日系人向けに発行されている「ニッケイ新聞」のメールマガジンを見つけて、週1度のメルマガを楽しみにしていた。


メルマガには、ブラジルの日本社会の動きからブラジル社会の事まで網羅されていて、あまりテレビを見ないわたしの情報源ともなっている。


そして、縁あってわたしの事が記事になったのでここで紹介したいと思う。


ニッケイ新聞HP
http://www.nikkeyshimbun.com.br/Mainpage.html
(こちらからメルマガの登録もできます)


■「夫は非日系ブラジル人」=移住して改めて〝日本人〟を意識=連載(2)=生きることの困難と楽しさ=亜希子さん、初めて知った


2005年9月24日(土)

 アメリカに一年留学し、エステティシャンの資格を取得した宮崎亜希子さん(38)は、去年二月からゴイアス州都ゴイアニア市に美容室を開店した。渡伯前に働いていた経験を活かし、今年六月からは洋服屋も営んでいる。
 「この仕事は人間模様がよく見える」と宮崎さん。「ゴイアニアの人はほとんど一人では美容室に来ない。中、高校生の男の子も親と来たり、年の離れた恋人同士も多い」。女性一人では美容室に行かせたくないという男性が多いため、「もし女性一人で来る場合のために」と、夫であるブラジミール・タートマーカスさん(36)の案でゲイの美容師を雇った。「これで恋人が様子を探りに来ても大丈夫」と笑う。
 「髪の毛もそうだけど、服に関してもブラジル人はおしゃれ」。洋服屋ではパーティが多いのでドレスを中心に販売している。一方、ブラジミールさんはフェスタの音響や照明サービスをする傍ら、夢であった乳牛や豚の飼育もしているが「全然収入につながりません」と苦笑い。
 また、宮崎さんはインターネット上で店を開き、現在取り扱っているブラジルのドレスを販売している。「最近すごく増えている」というブラジルに興味を持つ日本人に協力してもらい、ブラジル国旗をプリントしたTシャツも作製予定だそう。「結婚式にバイアーノのドレスを着せたいって人もいる」というほど。その他、「夫がアメリカへ出稼ぎ中に集めた」という洋服を貧しい人に寄付をするなどボランティア活動もしている。
 「初めの二年間は、ブラジル人との考えのギャップばっかり考えていた」。ブラジミールさんがアメリカへ出稼ぎに行き、帰国した当初は親戚中から「お金を貸して」と電話がかかってきて、煩(うる)さすぎて電話線を切るほどだったそう。「ブラジル人は貸したら返さない。お金が絡まなかったらいい人なのに…」と呆れた声で話す。
 また、「常に家族が一緒に行動する点が日本と違う。ガソリンを節約するために、車が三台あっても二台にしてすしずめ状態になる。日本の通勤ラッシュよりひどい」と驚く。「夫の弟と三人で一緒に住んでいた時もあって、夫婦二人になりたいと思う時があっても、どこへ行くにも三人一緒だったのはしんどかった」。
 宮崎さんはブラジルに対して「お決まりのリオのカーニバルかボサノバくらいしか知らなかった」と言うが、アメリカに留学中、出稼ぎに来ていたブラジミールさんと出会ったことがきっかけで、二〇〇二年からブラジルに住むことになった。もう一つのブラジルに関する情報といえば「伯父が移民」だということ。初めて訪伯した時に伯父の実家があるフォルタレーザを訪れ、「道路も舗装されてないような田舎町の貧しさに本当のブラジルを見た気がした」と言う。
 このような貧しさを見て、「日本で不法就労している外国人を忌み嫌っていたけど、そうする以外どうしようもない事実を知った。夢を実現する手段の一つに『出稼ぎ』という考え方があることを知り、目から鱗が落ちた気がする」と日本にいた時と現在との考えの変化を話す。
 また、「何不自由なく何の夢もなく生活していた自分が恥ずかしくなって、本当の意味で生きる困難と楽しさを知った」。洋服屋と美容院、ボランティア、次々と夢を持ち、ブラジルで実現させてきた宮崎さん。今後はインターネットでの商売を通じて日伯交流を計りたいと語る。         つづく   (南部サヤカ記者)


------------------------------------------------------------------------------



ニッケイ新聞のHPで新聞紙面に連載された全記事が載っていますので、興味のある方は是非HPを覗いてみて下さい。


まぁ、電話でのインタビューでしたので、記事のところどころに小さな間違いがありますが、こんな感じである事は確かです。


ただ、Tシャツに関しては、ボランティアの一環としてその収益を恵まれない子供達へ寄付する事を目標にプランを立てていますので、その際は、皆様ご協力をお願い致します。

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2005-10-06 09:34:43
テーマ:ブラジルでの牧場経営

賃貸牧場の因果応報

kaji


かなり前に記事を書いて放置状態だった「賃貸牧場」のその後について書きたいと思う。


どうして、尻切れトンボになっていたかというと、あまりに理不尽だったので自分の中で浄化されるのを待っていた。


まず、賃貸牧場を手放す発端は、隣の牧場主でわたし達に賃貸している女性の伯父にあたる人物が、大豆を植えるために国で決められている準備を怠って土地に火を放って野焼きをしたから賃貸牧場にまで火が寄せて来て、こちらの囲いが焼けてしまったりしたにもかかわらず、修理をするどころか



「火は付けてない」



としらばっくれて、終いにはうちの牧場管理人に再三の嫌がらせをしたのだ。


そして、うちの人がフランスに住む貸主に相談しても、彼女は知らん顔で、メールにも返信しないわ、電話も留守電。。。


そんなこんなで契約を破棄した賃貸牧場だったのだ。



話しは変わって、いつもわたし達がお世話になっている占い師「ドナポリシダ」が先日興味深い事をいった。



「あなたに悪い事をした人達は、必ずした事以上のひどい目に合う事になっているよ。」



ここで、興味深いのは



「そう決まっているということである」



日本語の「因果応報」の世界だ。


そういえば、確かに過去にもいろいろなことがあったが、どう考えても理不尽だと思った相手は何かしら後からひどいことになっている。うちの人が何をした訳でもないが「自業自得」だと思う状況に陥る人が多い。



話は戻って、近所の牧場主の嫌がらせがあまりにひどいため、かんかんに怒ったうちの人と牧場管理人が「やつの牧場に火をつけてやる!」といった事があったが、「あなたが手を下さなくても必ず何かが罰してくれるはずだよ」となだめたものだった。


そして、あれから1年ほどが経過しようとして風の噂で彼の牧場から高価な乳牛が18頭も盗まれたと聞いた。風の噂というより、もう、この辺では有名な嫌なヤツな訳だからみんな楽しみながらその話題に耽っていた。



でも、個人的にはこれくらいでは足りないと思った。。。



そして、先日たまたま牧場に行った帰り道久しぶりに遅くなり、賃貸牧場の辺りを通った頃は、辺りは真っ暗になっていた。そして、チラチラと野焼きの火が見える。あぁ、今年も雨季に入る前の去年と同じ時期に火を放ったんだなぁと眺めていると、何かがおかしい。。。


だんだん火が近くなってよくよく見ると、放牧地だけでなく牛のワクチンや運搬の時に利用する「コハウ」という囲いも燃えているのが遠くからでもはっきりと見えた。


そして、もちろん、牧場の辺りには消火を手伝ってくれるような消防署など存在しないから、去年うちの人達がやったように自分達の手で消火作業をしないといけないのだ。



因果応報



この言葉が頭をよぎって、悪いけれど清清しい気持ちになった。

悪い事はそうそう見逃されるものではない。


ちなみに、対応の悪かったフランスに住む賃貸牧場の貸主は、誰も彼女の賃貸を手伝ってくれるわけもなく、結局、この伯父に無償で管理してもらっているらしい。。。

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2005-10-02 08:40:46
テーマ:挨拶とお知らせ

スピリチュアルと占い

日本に住んでいた頃、特別占いやスピリチュアルな世界には興味がなかった。
唯一、分かりやすい「手相」などはみてもらったことがあるけれど、何をいわれてもあんまり気にしなかった。


けれど、一度ある手相見の女性に


「あなたは、外国で死んでも気にしないタイプね」


と言われた事があった。もちろんそんなことは忘れていたけれど、ブラジルに来てから彼女の言葉を思い出した。


手相のどういう部分を見て彼女がそう言ったかは分からないけれど、確かに今、日本の裏側のブラジルの田舎で日本の情報や物から離れた生活をしていても、気が狂うほど日本を恋しく思うような事はない。


例えば、日本の自分のアパートの狭いトイレに入る時、あまりの狭さに息苦しくなるので常にドアを開けて使用していたり、少し「閉所恐怖症」的な部分のあるわたしには、日本の生活は息苦しかったように思える。


今このだだっ広いブラジルで、全てがスケールが大きくて余裕があるとなんだかほっとして居心地がいい。


話しは戻って、スピリチュアルや占い関してはブラジルに来てからの方が興味を持つようになった。それというのも、この町からは月や星がよく見える。牧場の夜空は圧巻だ。こんな環境に生活していたら、嫌でも星座に興味が沸きそう。というのも、日本の暗い空では星座を探し出すのにひと苦労したけれど、ここでは、はっきりくっきりと星を探し当てる事ができる。


そして、月の満ち欠けは気にして眺めなくてもなんとなく生活に密着しているような感覚を受ける。日本のカレンダーに「大安」や「仏滅」が記載されている感覚でブラジルのカレンダーは「月の満ち掛け」を記載しているものが多い。そして、気のせいか月に導かれる行動を取る人も多いような気がする。まぁ、海の満ち引きに普段からあれだけの影響を与えているのだから当然といえば当然かもしれない。


今までにも何度か書いた占い師の「ドナポリシダ」がタロットと星座、月の満ち掛けを基本に占いをするように、ブラジルでは、血液型がどうのこうのという話しを聞いた事はなくても、「彼女はさそり座だからね」などとはよく聞く。人の性格を表現する時に星座をあげる人が多いし、そういえば当たっている。


なによりも、わたしが占いを信じるようになったのは、ドナポリシダを知ったからかもしれない。彼女は曖昧な事を言ううのでなく、「今年中にファミリアが一人亡くなる」とか「問題の件は女性の担当者が助けてくれる」とか「焦げついている支払いは2回に分けて払ってくる」などと予言して、それがぴったりと恐いくらいよく当たるのだ。


ところで、「星占い」という言葉は昔から使っていたかな?と思うのだけれど、最近なんとなく新鮮に受け止めれるようになって、たまたま知合いに進められて覗いたマイナーなサイトがあった


「筋トレ???」


いったい何???「星占い」とは程遠いネーミングのこの占いサイト???

しかも、注意書きにわたしが初めてアクセスしたとき


「アダルト検索でヒットされた方、ゴメンナサイ」


とか書いてあるし。。。でも、「筋トレ」ってアダルト検索のサーチワードとは知らなかった。。。


普通の星占いサイトってもっとなんか可愛かったり魅惑的な画像が貼ってあったりしないか???と思ったけれど、画像一切無しのテキストばっかりのこのサイトを興味津々で読むとどうやら「石井ゆかり」という方が主催していることが分かった。


さらっと読んで流そうとう思って訪問したはずが、気づくとなんかすごく読んでるわたし。。。


だって、文章が面白い。。。


落ちのついている星占いなんて見た事ない(笑)


けれど、毎週更新される「週報」を読むようになって思った事。。。


この石井ゆかりさんってただ者でない!!!

恐いくらいよく当たる!!!


うちのブラジル人に関していえば、この週報に操られているかのように行動しているのですよ!!!


仕事と書いてあれば仕事。。。ファミリアと書いてあればファミリア。。。


ここまで当たるとは???ブラジル人向けにポルトガル語で書くべき!!!


とまで思うわたしだったりする(笑)


ここまで来たらみなさんも興味津々だと思いますので隠して置かないでサイトへのリンクを貼っておきますので「時間のある時」ご訪問下さい。読破するのに時間かかります(笑)


http://www.st.sakura.ne.jp/~iyukari/


なんだか、マイナーで密かに人気だったのに本まで出版されるらしいです。
密かなファンとしては、うれしいような寂しいような。。。
でも、わたしと同じ貧乏仲間みたいなので売れて印税生活して占いを本業にしてもっとパワーアップして欲しい(笑)

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