2005-01-29 00:21:17
テーマ:ブラジルでの生活
ブラジル社会2(さよならトラック)
トラックを所有するというのは、ブラジル人男性だったら一度は必ず夢見ることだ。うちの人も例外に当たらず、アメリカにいる時からずっと願い続けていた。けれど、銃を突きつけられてトラックを盗まれたことで、トラックを所有することの危険性も十分理解できた。できることならずっと所有し続けたいトラックだったが、機会があったら売ることも否めないと自分に言い聞かせていたようだった。
しかし、普通にディーラーを通してこのトラックを売ろうと思ったら、間違いなく値崩れしている。トラックを盗まれた後できる限りのパーツは元に戻したが、運転に支障がない箇所で多少元に戻っていない箇所があった。
けれどいつも神様は彼の味方をしてくれる。損をすることなくトラックを売れる機会がやって来た。
正確に言うと、ブラジルでは今も尚健在の「物々交換」である。
我が家の牧場は、肉牛の繁殖を主にやっていたが、月々の牧場管理人のお給料を捻出するために「乳牛」を入れて、牛乳を売りたいと思い始めていた。これは、牧場管理人からの助言だった。未だ、牧場経営初心者のうちの人だから牧場管理人に教わることの方が多い。けれど、乳牛を買えるまとまったお金はなかった。そうこうしているところに運良く、トラックと乳牛を交換したいという話が飛び込んできたのだ。
これはまたとないいい話だと、わたし達はさっそく乳牛の下見に出掛けていった。売り手は、質のいい牛を購入して太らせた後、より高額に転売する業者だった。彼らの牧場には、それは立派な牛ばかりがゆったりと草を食んでいた。
彼らが交換したいという乳牛は、近所の賃貸牧場3箇所に点在していたから次々と案内されるままに牛の下見をして回る。もちろん、未熟者の彼には細かいところは分からないから、いつも牛を売買する時に価格交渉をしてくれる、牧場近くの町では知らない人は居ないバーの店主ルイーズが中間に入っている。彼は、バーを経営しながら牛の売買の仲介に立って紹介料をもらうことを副業にしていた。彼がどうやって知識をつけたのか知らないが、家畜のことをよく知っている。乳搾りに至っては、普通の人の2倍の速さでジャージャー見ていて気持ちいいくらいに搾り取る。わたしが絞ると、ノミのおしっこくらいしか搾り取れないから改めて感心する。ルイーズは、牧場経営初心者のうちの人が労働者と一緒になって汗水流して働くのに好感を持ち、いろいろと助言をくれたり面倒を見てくれていた。
乳牛を集めてもらって、乳房の付き具合をチェックして、欠陥のある牛をはずしてもらう。向こうは50頭こっちは60頭でネゴが始まった。
うちの人もわたしも、今日は取り敢えずの下見で、ゆっくりとネゴシエーションしていくのだろうと思っていたが、こちらが60頭と要望を出すと、「55頭でどうか?」とさっそく返事が戻って来た。全ては、仲介のルイーズが伝書鳩のようにあっちとこっちを行ったり来たりして直接話さない。「55頭」は、もともとも希望の数だったから、わたし達の心の中では「ラッキー!パン、パーン!」といった感じだったが、ここで喜びを出しては値切られるから、「まぁ、しょうがないな」といった表情を作り、「牛の移動はいつにするか」などの詳細を決めるために、ここで初めて彼らと顔をつき合わせて話を始めた。
ところが、驚いたことに、「今日中に引き取って欲しい」とのこと。
後から分かったのだが、乳牛を転売するために買ったはいいが、あまりの食欲に餌が追いつかず、賃貸牧場をした上に余分な食料を買い与えなくてはいかず、ほとほと困っていたらしいのだ。ということで、今日中にも牛達から開放されたいと言っていた。確かに特別の訳がなかったら、こんなに簡単に取引ができるわけがないからわたし達も納得していた。
早朝から出掛けて、話が付いたのは昼過ぎ。それから急遽牛の運搬のトラックを手配して全ての乳牛をうちの牧場に移し終わった時は夜の9時を過ぎていた。相手側の好意でゴイアニアへのバスが出ている町の停留所まで交換したトラックで送ってもらい、なんとか最終バスに間に合った。バスは意外に乗り心地がよく、一眠りするとゴイアニアの入り口に到着。そこからタクシーを拾って家にたどり着いた時には夜中の12時も回っていた。
通常のブラジルペースだと1ヶ月くらいかかることを一日で終わらせて、お荷物だったトラックが立派な乳牛55頭に変わったのは、わたし達には幸運な出来事だった。しかも、全ての乳牛が妊娠中であった。
我が家のネットショップです。
http://www.vk-brazil.com/jp
しかし、普通にディーラーを通してこのトラックを売ろうと思ったら、間違いなく値崩れしている。トラックを盗まれた後できる限りのパーツは元に戻したが、運転に支障がない箇所で多少元に戻っていない箇所があった。
けれどいつも神様は彼の味方をしてくれる。損をすることなくトラックを売れる機会がやって来た。
正確に言うと、ブラジルでは今も尚健在の「物々交換」である。
我が家の牧場は、肉牛の繁殖を主にやっていたが、月々の牧場管理人のお給料を捻出するために「乳牛」を入れて、牛乳を売りたいと思い始めていた。これは、牧場管理人からの助言だった。未だ、牧場経営初心者のうちの人だから牧場管理人に教わることの方が多い。けれど、乳牛を買えるまとまったお金はなかった。そうこうしているところに運良く、トラックと乳牛を交換したいという話が飛び込んできたのだ。
これはまたとないいい話だと、わたし達はさっそく乳牛の下見に出掛けていった。売り手は、質のいい牛を購入して太らせた後、より高額に転売する業者だった。彼らの牧場には、それは立派な牛ばかりがゆったりと草を食んでいた。
彼らが交換したいという乳牛は、近所の賃貸牧場3箇所に点在していたから次々と案内されるままに牛の下見をして回る。もちろん、未熟者の彼には細かいところは分からないから、いつも牛を売買する時に価格交渉をしてくれる、牧場近くの町では知らない人は居ないバーの店主ルイーズが中間に入っている。彼は、バーを経営しながら牛の売買の仲介に立って紹介料をもらうことを副業にしていた。彼がどうやって知識をつけたのか知らないが、家畜のことをよく知っている。乳搾りに至っては、普通の人の2倍の速さでジャージャー見ていて気持ちいいくらいに搾り取る。わたしが絞ると、ノミのおしっこくらいしか搾り取れないから改めて感心する。ルイーズは、牧場経営初心者のうちの人が労働者と一緒になって汗水流して働くのに好感を持ち、いろいろと助言をくれたり面倒を見てくれていた。
乳牛を集めてもらって、乳房の付き具合をチェックして、欠陥のある牛をはずしてもらう。向こうは50頭こっちは60頭でネゴが始まった。
うちの人もわたしも、今日は取り敢えずの下見で、ゆっくりとネゴシエーションしていくのだろうと思っていたが、こちらが60頭と要望を出すと、「55頭でどうか?」とさっそく返事が戻って来た。全ては、仲介のルイーズが伝書鳩のようにあっちとこっちを行ったり来たりして直接話さない。「55頭」は、もともとも希望の数だったから、わたし達の心の中では「ラッキー!パン、パーン!」といった感じだったが、ここで喜びを出しては値切られるから、「まぁ、しょうがないな」といった表情を作り、「牛の移動はいつにするか」などの詳細を決めるために、ここで初めて彼らと顔をつき合わせて話を始めた。
ところが、驚いたことに、「今日中に引き取って欲しい」とのこと。
後から分かったのだが、乳牛を転売するために買ったはいいが、あまりの食欲に餌が追いつかず、賃貸牧場をした上に余分な食料を買い与えなくてはいかず、ほとほと困っていたらしいのだ。ということで、今日中にも牛達から開放されたいと言っていた。確かに特別の訳がなかったら、こんなに簡単に取引ができるわけがないからわたし達も納得していた。
早朝から出掛けて、話が付いたのは昼過ぎ。それから急遽牛の運搬のトラックを手配して全ての乳牛をうちの牧場に移し終わった時は夜の9時を過ぎていた。相手側の好意でゴイアニアへのバスが出ている町の停留所まで交換したトラックで送ってもらい、なんとか最終バスに間に合った。バスは意外に乗り心地がよく、一眠りするとゴイアニアの入り口に到着。そこからタクシーを拾って家にたどり着いた時には夜中の12時も回っていた。
通常のブラジルペースだと1ヶ月くらいかかることを一日で終わらせて、お荷物だったトラックが立派な乳牛55頭に変わったのは、わたし達には幸運な出来事だった。しかも、全ての乳牛が妊娠中であった。
我が家のネットショップです。
http://www.vk-brazil.com/jp







