静岡,三島書道家房仙ブログ,

書道家福田房仙の日常
一般社団法人全国いのちの食育書道展協会理事長としての活動


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生まれてくれてありがとう!
と子どもの誕生日の度に親は心から思うものです。


子どもは、物心ついて、親からだけでなく 色々な人達からの影響で
一人で生まれて来たのではないことを知ります。

どこの家庭の子ども達をみても、子どもは親以上です

それでこそ、現在の世の中の進歩もあり、急成長を遂げている世界があります。

子どものいない人も全く心配いりません。

生まれて来てない子ども達も見えないところで全ての人につながっているのです。

産む苦しみを味わったことのある人は女性です。
残念ながら男性は実際産むことはできないので、痛みも実際は体験できません。


今では夫婦で理解しあい、苦しさを共有しようと努力している様子が多く見受けらるようになってきていますが、どんなに想像の翼を広げても実際の苦しみは男の人は実際は計り知ることは出来ません。
一緒に苦しみを理解しよううと努力する行動は素晴らしいと思います。

私も一緒に夫と出産に臨みたかったのです。
心臓病もあり、いつ死んでもいいと思っていました。

長女を出産する時のことは忘れたことがありません。
「私はどうなってもいいので、子どもだけは助けてください!」と祈りながら出産しました。

でも、生きたい!と心から願ったのも遠い昔となりました。

主人は「仕事が一番!」と言って、出産の時に側にいるだけでもよいという願いは叶いませんでしたしょぼん


私は心臓弁膜症ですから、
「子どもは二人にしておきなさいね」とお医者さんから言われていました。

ところが主人は、
「男の子はどうしても欲しい。男の子を産んで欲しい!」
と最初の子を産んだ後、私に言いました。


最初の子は女の子でした。
何てデリカシーの無い人か!と悲しかったです。
ニコニコ笑って聞いているふりをすることは辛かったです。
怒鳴ったほうが楽でした。

でも決して主人は私に意地悪をしようとか、悩まそうなどという気は無いのは分かるので
必死でこらえました。

悲しい事を悲しいと訴えても相手には伝わらないのです。

じっと耐えて、耐えて、耐えて というと おしんのようですが

堪え忍ぶこころがないと、夫を変えることは出来ないと思うのは私だけでしょうか?


それでも人生捨てたものではなく

忍んでばかりいたら、私の人生はどうなるの?
と突然思い、行動に変えるのは女性です。

その時は夫と話し合いを重ね、信頼関係が密になっているかが肝心なことですが。

我家では 子育ても 教育においても 社会生活に於いても
共通の価値観にお互いなるように時間を費やしてきました。

話し合い

話し合い

話し合ってきました。


子ども達がお友達の誕生祝いにお呼ばれするようになり
またそのお返しに呼ぶようになった段階で・・・・・

本当に子どもの為になっているのか
と子ども達と話し合ったことは、多分、子ども達は覚えていない気がします。

「我家は誕生会をやらない。記念日は無い。毎日が生まれたことに感謝し、産んでくれたことに感謝することが大切なので、あえて誕生日も母の日も父の日もいらない!」
と宣言し、子育てをしてきました。



良かったような  また悪かったような。答えは出ません。


私の今年の誕生日は心に残る誕生日となりました。


本当に嬉しいです。


嬉しい事を人にもして差し上げることはしたいな!とつくづく思いました。


ありがとうございます。



幸せだなー。





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