• 12 May
    • 環境が人間をつくる

      スタンフォード大学教授のジェフリー・フェファー氏がその著書「悪いヤツほど出世する」で組織と権力について語っています。   フェファー氏によれば、集団を効果的に機能させるというリーダーの使命と、リーダー自身にとっての利益すなわち権力の強化や拡大との間には、つねに緊張が生じ、リーダー自身が生き延びるために、リーダーは往々にして自分の利益を優先することがある、と言います。 また、世の中のリーダーシップ研修を見渡すと、このような緊張の現実を扱っていないため、状況が改善されないとも指摘しています。   確かに世の中を見渡すと、リーダーの自己利益優先と思われる行動によりひずみが生まれ、ひいては不祥事に発展することが繰り返されています。 最近の例で言えば、東芝が挙げられるでしょう。 東芝のリーダーは、売上を上げる方策に知恵を絞ることを命じています。 これ自体は組織利益を考えれば当たり前の行動ですが、チャレンジと称して、短期間に売上を上げることを命じたところから怪しくなってきます。 このような無理な要求からは、組織利益というより、経営者としての体面や株主やアナリストからの評価を気にする自己利益優先の影を感じます。 経営会議でどなり散らしていたという報道が事実であればなおさらです。 人間は自己の存在が脅かされると感情的になることは容易に想像できます。 そして、さらに悪いことに、こうした状況では本人がそれを自覚することが難しくなるものです。   東芝の例を挙げるまでもなく、リーダーの自己利益優先の度が過ぎれば、組織存続の危機に陥ってしまう可能性は高くなります。 組織存続の危機に陥らないためには、リーダーの自己規律の育み方が重要なテーマでしょうが、フェファー氏が言うように、既存のリーダーシップ研修ではそういった側面をほとんど扱っていないのです。 リーダーシップ研修では、組織のパフォーマンスを高め部下の士気を高めるリーダー像を語ることにとどまっており、いわば理想論に終始してしまっています。   研修でリーダーの使命とリーダー自身の利益に生ずる緊張を扱うのもひとつの方法ですが、それよりも厳しい局面での認知のあり方を、日常の活動において育むことが鍵になると思います。 人間は悪い状況になると、過度に自分に意識が向かい防御本能が頭をもたげてくるため、そうした場合に、自分に意識が向くことを出来るだけ減らす工夫が必要だと思うのです。   ある企業では、失敗を善しとしやり直しを歓迎する風土を築いています。 また、トヨタの“なぜを5回繰り返す”は、背後にある本質的な事象に目を向けさせてくれ、失敗から学ぶことはもちろんのこと、前向きな風土の構築に貢献しています。   このような風土で育てば、悪い状況に立ち向かわなければならない時にも、過度に自分に意識を向けることなく、組織に必要なことを優先する姿勢が培われ、自己利益優先の行動を恥ずかしく感じるようになると思うのです。   環境が人間をつくる。 いかなる組織でも忘れてはならない原則です。  

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  • 01 May
    • 「フィードバック」のツボ

      最近人材育成の現場でよく語られるようになったキーワードに「フィードバック」があります。 「フィードバック」を定義すれば、“成果や進捗について何かを返して、相手に考えるきっかけを与えること”といえるでしょう。 仕事の現場では、日常的に行われているコミュニケーションです。 いくつかの研究から明らかになっていることは、フィードバックを受ける相手は、自身の見方とフィードバックの内容が近い場合には更に考えることを継続しますが、遠い場合には拒否したり無視したり他の根拠を求めたりするということです。 ということは、フィードバックする場合には、相手をよく理解したうえで行ったほうがよいということになります。 例えば、新しい企画をミーティングで決定した後にまとめる仕事を部下に命じたところ、事前に同意したはずのコンセプトとずれている資料を作ってきた場合、皆さんはどんなフィードバックをするでしょうか。 全くずれているやり直し、と一刀両断に切り捨てたり、ポイントを具体的にあげてやり直しを命ずることは簡単ですが、それではなかなか部下の成長に寄与しません。 どういう考えで資料を作ったのかをまず問いかけ、部下の見方を知り、考え方を認めたうえで、さらに必要なポイントがないかを問いかけます。相手の見方から始めるということです。 上司は部下の仕事の出来映えや進捗については頻繁に観ているといえるでしょう。 しかし、その時にどれだけ部下自身の見方に気を配っているでしょうか。 フィードバックに時間をかけて考えを及ぼすことは、指導能力を高めフィードバック反応力も高めます。 但し、明らかに誤った方向に向かっている場合やそもそも土台となる知識やスキルがない場合などはフィードバックより指導が有効です。 フィードバックはあくまで次を見据えてのものであり、その際には強力な武器となるものなのです。 自戒を込めて、フィードバックについてはよく考えて、仕事の出来映えというよりも利他の心をもって行いたいものです。

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  • 07 Apr
    • 働き方の意識改革

      報道等でご存じの方が多いと思いますが、政府の働き方改革実行計画が3月末に発表されました。この取り組みは、日本社会をもっと活力あるものにするために、重要な視点の1つである働き方の改革からアプローチするものです。 (http://www.kantei.go.jp/jp/headline/ichiokusoukatsuyaku/hatarakikata.html#headline)   新聞・テレビなどの報道では、長時間労働の是正と同一労働同一賃金に偏っており、また生産性向上の観点が抜けているなどと批判的な向きもありますが(生産性向上については、促進するための助成制度充実を図る旨の記載があります。)、中身をよくみると、日本社会の活性化に貢献し、ひいては生産性向上に資する施策が目白押しです。 但し、これらを実現していくためには、従来の働き方にとらわれない、1人ひとりの意識改革が不可欠であり、言うまでもなくリーダーやマネジメント層の深慮が求められます。 電通の社員が自殺した件に関して、企業出身の大学教授が、長時間労働で自殺するなど嘆かわしい旨の発言し批判を受けましたが、自分が育った時代の価値観に縛られている人には抵抗を覚える施策があるかもしれません。   施策に通底する考え方をひと言でいえば、“柔軟な働き方、1人ひとりの労働価値観を尊重する社会の実現”といえます。 雇用形態や就業場所、方法の多様性はもちろん、女性や若者、障がい者、高齢者活躍の場の拡充、転職活性化、高等教育無償を目指す施策など、従来からの施策充実はもとより、様々な観点から働き方の多様性を実現し、社会参画への可能性拡大と能力向上を支援する国の覚悟を感じます。   組織での活動は協働が基本ですから、就業時間や場所が異なる人と協働することの難しさはあるでしょう。また、多様な価値観をもちながら、共通の目的を遂行することの難しさもあるでしょう。 しかし、そういった難しさを乗り越えることが人間性の本質にあると思うのは私だけではないはずです。 人はもともとそれぞれ違う存在であり、違いを認め合うことで近代社会は成り立ってきました。そういった原理原則にたてば、働き方にもそれぞれ違いがあって当然であり、それを管理上難しいとか、当社の価値観に合わないといった理由で排除することは、実は組織の可能性を自ら減じているのだと私は思います。   働き方改革実行計画が目指すことは、人間として至極当たり前の生き方を官民あげて支援することであり、1人ひとりが活き活きと働き、充実感に満ちた人生の実現に他なりません。  

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  • 01 Nov
    • 認知を変える?

      先日、お世話になっている企業のご厚意で、広島カープの元監督、ミスター赤ヘルの山本浩二さんの話を聞くことができました。   自分を育ててくれたのは、チームであり、ライバルであり、対戦した投手であり、一球で勝負するという強い気持ちで毎打席臨んでいたことを、実際の場面をもとに楽しくお話しされ、日常の仕事にも参考となる視点満載の講演でした。 その中で、山本さんの選手現役時の印象に残る話をひとつご紹介します。   名古屋のチームの某投手は、めっぽう早いボールを投げるがコントロールが悪く、デットボールが多かったそうです。 野球のボールは固いですから当たると非常に痛いですよね。へたすれば骨折です。 しかし、怖がると体が反応し、理想の動きよりほんの少し早く肩が開き、構えている手元が前に出て、ボールをうまくヒットできなくなる、ヒットしても力が半減するのだそうです。 これを防ぐには、怖がらない、不安を払拭する精神力が必要です。 そのためには、集中力を高めることが必要なのかと思いきや、山本さんがとった方法は、その投手と食事し親密度を上げること。 名古屋のチームには、学生時代からの親友がいます(マウンド上でよく吠えていた、監督時代には鉄拳制裁でも有名な方)。 その親友を通じてコントロールの悪い問題の投手と会食したそうです。 一緒に食事した相手にはぶつけにくくなるだろうと、勝手に考え、勝手に安心したのだそうです。 集中力強化ではなく、相手への認知を変える発想です。   視点をずらし、安心材料をつくる。さすがミスター赤ヘルです。  野球選手は結果がすべてですから、結果を残すためにひたすら技術を磨けばいいと考えるのは普通で、一流選手はそれを超える発想をしているのですね。   自分の認知を変えることで局面打開する。あらためて確認した次第です。

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  • 27 Oct
    • 脳にやさしいこと

      脳の活動は科学的にはわかっていないことが多く、断言できるものではないですが、多くの心理学者が支持している記憶のメカニズムから脳活動について少し考えてみたいと思います。 記憶には、短期記憶と長期記憶があると考えられています。 短期記憶はその名の通り数秒から長くても数十秒で消えてしまうものです。 PCでいえばワーキングメモリーのような働きをしています。 長期記憶はエピソード記憶、意味記憶、手続き的記憶に分けられます。 エピソード記憶は、「昨日、パーティー会場で、旧知の高橋さんに偶然出会った」というように、「パーティー会場で出会った」という文脈を伴って記憶され、状況を土台にして記憶することをいいます。 意味記憶は、文脈とは関係なく知識となった記憶です。 エピソード記憶とは別に、脳内の辞書ネットワークのようなところに保存されていると考えられています。 手続き的記憶は、ある状況をもとに記憶される反応であり、同じ状況が整うと無意識に行うことができる仕組みと言えます。 我々は物事を考える時、長期記憶にあるエピソード記憶と意味記憶をつなぎ合わせて行っていることが多いと思います。 したがって、思考のメカニズムはずいぶんとエピソード、つまりストーリーに根ざしていると考えてよいでしょう。 だから我々はストーリーに心地よさを感じ、何かを話したり、伝えたりする時にストーリーで行うことが多いのです。 文字のない時代に、語り部がストーリーによって、重要な教えや歴史を伝えていたことは、脳の活動に沿った方法と言えます。 しかしながら、昨今のビジネスの現場では、ストーリーで何かを伝えることは軽視され、論理性、分析などが重視されている感があります。 論理や分析は大切な思考形態と言えますが、私にはどうも脳の一部しか使っていない感じがして、物足りなさが残るのです。 新しい発想が求められる場合に、論理と分析では限界があると感じている人も多いと思います。 ビジネスの現場でもっとストーリー思考を活用していきたいものです。          

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  • 24 Oct
    • 無意識を意識する!?

      ある船長と船乗りたちの話しです。 荒くれ者で、近眼のうえに少し耳が遠い船長がいました。 船長は船の進路を決める時、いつも船乗りたちと多数決で決めていました。 実はこの船には、星を見て船の位置を割り出すことにかけては達人の航海士が乗っていましたが、引っ込み思案で、あまり皆から支持されていませんでした。 ある日、進路を見失ってパニックに陥った船長と船乗りたちは、多数決の結果、いちばんカリスマ性があって能弁な乗組員の主張に従って進路をとりました。 その有能ではあるけれど引っ込み思案な航海士の意見は相手にされませんでした。 結局、船は陸地にはたどりつけず、全員が飢え死にしてしまったのです。 いかがでしょうか。 人には得意分野があってそれを周りの者が認めることの重要性、カリスマ性や能弁の魔力に潜む危険性、多数決の危うさなどを考えさせられます。 日頃から慎重な思考と行動を心がけることが求められますが、“言うは易し、行うは難し”で、慎重に過ごすのは案外難しいものです。 危機の時などはなおさらで誰かにすがりつきたくも、多数の意見に頼りたくもなります。 脳科学で言われているのは、意識と無意識には大きな隔たりがあって、我々は通常意識下で思考し、行動していると思い込んでおり、無意識下での思考や行動にはほとんど気づいていません(無意識ですから当たり前ですが)。 しかし、無意識下での脳活動は意識下でのそれと比べると、どうやら膨大なものであるということです。 なんとなく違和感を覚えるというのは、そういった無意識下の脳からのメッセージです。 この船長のストーリー、カリスマ性や能弁に対して違和感はありませんでしたか? 何か感じるものがあれば、それが正しい選択につながることを教えてくれています。        

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  • 12 Sep
    • 職場における学びとは

      職場における学びとはどう定義されるのでしょうか。 知識やスキルを修得することはもちろんですが、職場の学びはとは、他者との関係性を土台にして学び方を体得することではないかと思います。 ウェイブとレンガ―が“伝統的周辺参加”と表現して職場における学び方の実態を指摘しました。新人は始めに周辺業務から経験し、慣れるにしたがって徐々に中心業務を担当するようにして習熟していきます。そこには体系的なマニュアルはありません。言語で伝えるにはあまりにも多くの事項が職場には溢れているからです。大切なことは言語で理解するのではなく、経験を通じて体得するものでしょう。しかしながら、職場の学びというと、学校教育の影響からか、職場を離れて学ぶ“研修”を頭に思い浮かべる人が多いように思います。 私は長く企業で人材育成を担当していたのですが、人材育成には研修を充実させるべきと唱えるマネジャーが多かったと記憶しています。もちろん、研修の意義はあると思いますが、研修が学びの中心とはいえないでしょう。働く場で様々なことを経験してそこにある“何か”を掴むことが重要で、さらにいえば、“何か”を掴む方法も体得する。それが職場における学びではないでしょうか。そう考えれば、上司や経験者は下位者や未経験者に対して経験する機会を与えて、小さな成功体験を積ませ、自信を与えながら自分なりの考え方と方法論の形成を支援することが学びの支援といえそうです。知識・技術を伝えることは必要ですが、それだけでは不十分ということです。 マネジャーが新人研修直後に、「うちの新人は研修で何も学んできていない、研修で何を教えていたんだ。」とクレームを言ってきて困ったとある企業の人材育成担当者がこぼしていました。働いたこともない新人が研修でどこまで理解できるものか、期待値にもよりますが、多くを期待できるものではありません。上司や経験者は、職場における学びとその支援にもっと注力して欲しいものです。 自転車に乗れない子供に、乗り方を説明するだけで済ませる親はいません。最初は補助輪付きに乗せ、慣れてきたら補助輪を外し、後ろを持って倒れないようにしながらバランス感覚を身につけさせ、状況を見ながら徐々に支える力を軽くしていくものです。親であれば自然に出来ていることを職場になると出来なくなる。なんとも不思議です。 職場には、人間として普通にできることができなくなる魔力が潜んでいます。人間性を省みて、もっと優しく、職場の学びを考えたいものです。

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  • 23 Jun
    • 想定外って何?

      いつの頃からでしょうか、想定外なる表現が使われ始めたのは。 最近、何か事件や事故があると、責任者が「想定外でした」と言い訳がましく、開き直りともとれる言葉を使うことが多いように思います。 何ごともすべて想定できれば事件・事故を防げるという非現実的な考えを前提にしているようで、こちらが恥ずかしくなるような気持ちがするのです。 人間は完璧ではないので、完全に想定することなどそもそも困難です。 困難ななかでもできるだけ可能性を考慮して様々な方策を講じているはずです。 航空機のフェールセーフ設計 などがその代表でしょう。 そうしたなかで、想定外でしたとあっさり言われると何とも言えない違和感が残ります。 様々な可能性を考慮して対応しましたが、力及ばず申し訳ありませんでしたと謝ったうえで二度と起こさぬよう原因を追究し対応すればいいのです。 想定外なる言葉を使い始めた人は誰かわかりませんが、責任を逃れようとする姑息な考えが垣間見えて、なんともいやな気がするのです。 企業や組織で言い訳のうまい人が責任ある立場になかなか立てないのは、どこでも同じだと思います。 責任逃れをしていれば周りはすぐにわかり、白けたり、場合によっては怒りを買うでしょう。 事あれば責任をとる人が信頼されるのであり、そんなことは社会では常識のはずですが、なぜか集団となると、想定外などと責任逃れの思考、表現が闊歩し始めるのです。 防衛意識がそうさせているのでしょうが、そんな安直な防衛意識は早晩批判され大きなしっぺ返しをくらうことくらい頭ではわかっているはずなのに、です。 こうしたケースでは、おそらく責任者の判断が大きく影響しているのでしょう。 責任を認めて原因追求に集中したい関係者は多いはずですが、上位層にいる人が素直に責任を認めたくないと、想定外などともっともらしい表現で対応してしまうのでしょう。 響きがよい表現の魔力にはまってしまうのです。 想定の逆を想定することは、大きく想定の幅を広げることになると思うのですが、こうした人たちにはそういった発想はないのかもしれません。

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  • 02 Jun
    • 三日坊主はよいことだ

      三日坊主とは通常ネガティブな言葉で、思い立って着手したがすぐに頓挫してしまう様を揶揄した表現です。 そこには続けることに価値があり、続けられないのは意思の弱い未熟者だとの考えが見え隠れしています。 しかし、続けられないことを本当に望んでいるかというと甚だ疑問です。 思い立つきっかけは、最近ではITネットワークからが多く、仕事で毎日使いますからいやでも様々な情報が目に飛び込んできます。 特にSNSからの情報は知人からなので余計に価値あるものに見えてしまいます。そして良さそうだと思い、思いつきであれやこれやとやり始めたりします。 いろいろとやることで予定がいっぱいな人も多いでしょう。 断捨離が流行るのもうなずけます。 三日坊主を断捨離風にポジティブにとらえると、三日坊主とは無意識下では自分にとって本当に必要ではない選択をしていると考えることができます。 実際、本当に望んでいることは三日坊主では終わりません。誰にもそういった経験はあるはずです。 そして続くことの中には我を忘れる、いわゆるフローの状態になる類のものもあります。 それらは真に自分が望んでいるものであり、しっかりと脳細胞に刻まれ続け習熟度が上がってくるものです。 それが自分の能力であり、さらに続けることでより研ぎ澄まされ、その人独自の高度な能力体系が出来上がるのです。 良さそうなことをやってみて続かなくても落ち込んだりせず、自分に必要なことではなく、自分発見に役立ったと考えればよいのです。 自分を知ったと思えば、進歩した気にもなります。そう考えると三日坊主は悪いことではなく、特に若いうちにはどんどん三日坊主を経験すべきでしょう。 人はそれぞれの道を歩むべきであり、そのための選択手段として三日坊主はけして悪いことではなく、ましてや良さそうなことがどんどん目に飛び込んでくる昨今ですからなおさらです。 あれやこれやと試しながら自分のやりたいことを見つけて楽しみながら深めていく。 当たり前ですが、それが自分を成長させ、無二の自分を形成していくのです。

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  • 08 May
    • 脳は怠ける

      ノーベル経済学賞を受賞した認知心理学者ダニエル・カーネマンが書いた「ファ-スト・アンド・スロー」の中で、脳の活動はステップ1とステップ2があり、多くの時間我々はステップ1を使い、脳活動を省力化しているとあります。 簡単に言えば、ステップ1はそれまでの経験、知識などをもとに深く考えずに判断することを言い、ステップ2は慎重に思考することを言います。 異論もあるのですが、心理学者のなかでおおむね支持されている考え方です。 医学的にみれば、脳活動には多量のエネルギーが必要とされ、摂取した糖分の3分の1は脳活動に費やされているという説もあり、生命維持に必要なエネルギーを効率的に活用するためなのかもしれません。 実際に我々は日々の生活を様々な思考を行いながら過ごしていますが、いちいちステップ2を使っていたら疲れてしまいます(想像もできませんが。) ステップ1は進化の過程で人類が生み出した生きるための術なのかもしれません。 しかしながら、仕事の場ではこの生きるための方策が障害となる例が少なくありません。 ステレオタイプ思考、思い込みなどが典型的な例です。 他にも、いわゆる認知バイアス(カーネマンも前記の著書のなかで数多く例をあげています)もステップ1の落とし子ではないかと思います。 このようにいわば怠ける脳に対してどのように対処すればよいかは、仕事の様々な場面で意識しなければならないでしょう。 カーネマンは怠ける脳は治らないと言いますが、そうだとすればなおさら対応策を考えなければなりません。 仕事を組織や集団で行うのは対応策の最たるものですが、ここにも落とし穴があります。 組織や集団でステップ1に陥ってしまうことも少なくないのです。 この悩ましき脳の習性の犠牲にならないためには、我々は常にステップ1を多用している意識をもつこと、そして意識するだけでなく実効性の高い方法を心がける必要があるのです。 実効性の高い方法でおすすめは対話です。 対話は議論やディベートと異なり、他者の視点を認める、受け入れることが前提になるため、脳の奥深くにあるいわば無意識の部分にも作用し深い思考を呼び覚ましてくれます。 対話を行うことでステップ2を楽しみながら行うことができるのだと思います。 怠ける脳を考える時、私はいつもアインシュタインの至言を思い出します。 “常識とは18歳までに獲得した偏見のコレクションである” ******************************************** 5月22日(日)に「自己探求」をテーマにワークショップを開催します。 このワークショップは、組織のリーダーや人材開発、組織開発に関わる方を対象と掲げていますが、人と関わりながら働く方(起業家、クライアントをお持ちの方など)もぜひご参加いただきたい内容です。 詳細はこちら → ご案内 お申込みはお早目にどうぞ。

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  • 20 Apr
    • 知恵と知識は違うもの

      知恵と知識は違うものです。 知識は言語化しやすく伝えやすいですが、知恵は言語化が難しく伝えにくいものです。 知恵は心と体、感性にも関係するものであり、経験がないと持ちえないものでもあります。 知恵は自分しか再現できない“何か”なのです。 “習うよりは慣れろ”という言葉は知恵の修得について見事に表現していますが、知恵の修得に必要な取り組みや体制を充分に整えている組織は少ないのではないでしょうか。 情報化社会ということもあり、知恵よりも知識を重視する風潮があるように思います。 知識はもちろん必要であり、それがなければ知恵も生まれませんが、知識があったからといって必ずしも価値を生み出す行動ができるとは限りません。 たとえば、営業を例にとると、自社の製品の説明ができれば売れるかといえば、そうでないことは明らかです。 顧客との信頼関係を構築し、顧客にとって必要十分な情報を提供するためには知識だけではとうてい無理で、信頼関係をどうしたら構築できるか、相手に合わせた関係構築や、顧客がどういった情報を求めているか聞き出すための知恵が必要です。 知恵を修得するには、周辺業務から職場に参加し、仕事に関係する様々な業務を経験し、熟達者の様子を観察し、何をどう学ぶかを自分なりのいわば“上達の術”を確立する必要があります。 こういったことは多くの職場で OJT という言葉で語られていますが、新人にメンター制度など導入していても、他の職級には特に対応せず、リーダーに対して上手くやれと半ばぶん投げというのが現実ではないでしょうか。 また他の現実として、もっと手っ取り早く知恵を修得する方法はないのかといった要請に対して、“○○を短時間で修得するためには”、“□□のための5つ(3つでも7つでもいいですが)の方法”などと書籍や研修でうたっているのを見ると、要請する側も提供する側も知恵と知識を混同しているような気もします。 知恵は言語化や可視化にはなじまず、書籍や研修などで修得できるものではないと思うのですが、ビジネスでは効率的に行うことが尊重されるため、知恵の知識化といったような現象が起きるのでしょう。 伝えることが難しいこと、言語化・可視化が難しいことに価値を見出さない世界に限界を感じるのは私だけでしょうか。 知恵をもっと大切に扱い、知恵の修得を昔からの教えを大切にしながら考え続ける必要があるのではないでしょうか。

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  • 05 Apr
    • 人事評価制度はどこへ行く

      組織では、評価制度によって処遇(給与、職責)を決定していることが多いと思います。 組織がある程度の規模になれば、処遇の公平性や決定に至る過程の公正さを保つため、一定の考え方に基づき制度化することは必要でしょう。 しかしながら、評価という行為は視点を変えれば結果も変わってしまうというナイーブさを常に孕んでいるため、様々な問題が生じます。 評価を適正に行うために評価軸をいくら厳密につくっても、評価するのは人間ですから厳正な評価などなかなか難しいものです。 実際、「評価者研修などを一生懸命行っても満足のいく結果はなかなか得られない」という人事担当者の声も多く聴きます。 私は、評価の限界を評価者、被評価者とも甘受し、もっと育成面にフォーカスして評価という行為を行っていくべきだと思います。 多くの評価書は基準に照らして点数やS,A,B,Cなどの評語で記載しますが、評価される方は評価の内容よりも、むしろその点数や評語などの見えるように記載された結果にとらわれがちです。 納得度が低い場合などは反発すら覚えるのが現実です。 そんな光景は生産的とはいえません。 評価行為は被評価者がより良くなるためのプロセスと考え、被評価者が掲げた目標に対して、方法と結果がどうだったのか、自ら振り返るとともに、上司や関係者からもコメントをもらう。 コメントは、あくまでより良くなるためのアドバイスに特化する。 すなわち、点数や評語ではなく、心の通った言葉で行うことが肝要ではないかと思います。 人間のコミュニケーションには評価の要素が多くありますが、それを点数で表現することはまずありません。言葉で行っているはずです。 しかし、人事制度になった途端に点数化が始まる。 いかにも不思議な現象です。 結果を集計し、処遇に反映するためには何らかの数値化が必要ということでしょうが、数値化ありきで制度設計するのは無理があるのです。 それでは処遇を決定できない、決定根拠があやふやになる、組織が大きくなればなおさら、といった反論もあるでしょう。あるいは結果をわかりやすく伝えるためという意見もあるでしょう。 しかし、人間が人間を評価することはそもそも根拠が様々で矛盾に満ちたものです。 多くの評価制度はそういった本質に蓋をしているように思えてならないのです。 評価は真摯な言葉で行い、処遇の決定は関係者が話し合いで決定する。 評価は、もっと丁寧に、手間と時間をかけるべきではないでしょうか。

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  • 14 Mar
    • 「社員意識調査」は自分ごと

      組織の活性化や業績向上のために、社員意識調査を行っている企業は少なくないと思います。 調査の目的は、組織の状況を多面的に把握し、様々な施策に取り組むためなのですが、調査を行っているものの、充分な対応策を講じていない例を時々耳にします。 その理由のひとつに“平均とらわれ病”があります。 全体平均で悪くないスコアだと、そこそこうまくいっていると判断し対策を検討しないのです。 平均といっても実態は様々で、部署間でのばらつきが著しく、全社的に“平均”スコアが低い項目は対応するのでしょうが、“平均”スコアが低くない項目は、ばらつきがあっても棚上げして十分な対応をしないケースがあります。 調査したのにうちの会社は何もしないと社員の不興をかってしまう例は、このような場合に生じることが多いと思います。 ばらつきなど意識していたら全社対応など不可能だと言う意見もあるでしょう。 しかし、そこにもうひとつの落とし穴があります。 ばらつきを考えたら、そもそも意識調査は人事部や経営企画部といった担当部署だけで対応するには無理があるのです。 当然のことですが、自部署の問題は自部署で深く考える必要があります。 全体平均とかい離が大きい項目などは要注意です。 結果をメンバー全員で共有し、どういった点に改善余地があり、どのように対応していけばよいかを検討する。上長を前にして言いにくいことがあれば、はじめは上長を除いて検討するのもよいでしょう。 皆で検討し決定し、皆でアクションする。 自部署の問題をつくっているのはメンバー全員の責任であるという認識の共有がなによりも重要です。 全社的な取り組みにより自部署の問題が全社的に“格上げ”され、他責になってしまう。 笑えない現象ですが、この罠に陥ってしまうケースは少なくありません。 あなたは社員意識調査を経営や人事の問題だと突き放していませんか?

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  • 04 Mar
    • コーチングは新興宗教?

      先日、あるプロコーチから、コーチングのトレーニングに企業からの派遣で参加してきた人が、“新興宗教のようで気持ち悪い”と途中で席を立ってしまったという話を聞きました。 そのトレーニングは10年以上の歴史があり、延べ受講者も5,000人は超えている日本でも有数の優れたコーチングトレーニングのひとつです。 長い歴史のなかでも、そのようなことはほとんど起きたことはないようで、トレーニングリーダーはショックを受けたとのことでした。 詳しいことはわかりませんが、途中退席した方は、日常ではあまり見ない光景、つまり知り会ったばかりの参加者が自己開示することに驚き、居心地の悪さを感じ、拒否・抵抗したのではないかと思います。 企業からの派遣参加ですと、コーチングへの期待や理解も乏しくやらされ感で参加する場合もあるでしょう。よく知らない者同士が集団で時には感情を出しながら自己開示する姿にびっくりし、ここは洗脳の場ではないかと思うのも仕方がないかもしれません。 しかしながら、コーチングを実りあるものにするためには、自己開示は不可欠で、自己開示に違和感を覚えるのは、いかに現実の日常がそうした世界から遠いかの証左でもあります。(もちろん、いつでもどこでも自己開示すればよいと言っているわけではありません。) コーチングでは、そもそも自分は今どこにいるのか、そもそも自分は何を目指しているのか、など、そもそも論になる場合も多く、痛みや葛藤を感じることが少なくありません。 それらを避けるのは、自分を守る生得的メカニズムかもしれませんが、成長には一定の痛みを伴うことを私たちは知っています。 また、経験したことのない世界に放り込まれた場合に、逃げたり避けたりせずに、いったんは身を置くと、違った世界が見えてくることも私たちは知っています。 残念ながら、コーチングと称して法外に高額な会費を請求するビジネスもあるやに聞いています。それらの団体にも言い分はあるかもしれませんが、常識の範囲を超える場合は、疑問を持ち避けたほうが賢明でしょう。 しかし、ほとんどのコーチング関連ビジネスはまっとうなものであり、避けることなく、むしろ積極的に近づいてもらいたいと思います。 自己開示に不慣れな私たちは、コーチングに触れた当初は違和感や困難を覚えるかもしれませんが、必ず違った世界が見えてくるはずです。

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  • 27 Feb
    • コーチングと関係性

      企業や組織でコーチングを取り入れているところはずいぶん多くなってきたと思います。 企業の人材育成をお手伝いしているなかでテーマとして上がることが多く、10年前に比べれば格段に増えてきています。 コーチングの意義や目的がよく理解され、広まってきた証ではありますが、コーチングスキル修得の前に忘れてはならないことがあります。 それは相手との信頼関係です。 どんなに効果的な問い掛けをしても、相手がそもそもコーチを信頼していなければ、聞く耳を持たず、自律的な行動につながる反応を期待できません。 日頃の関わりの中で、お互いの信頼関係をどれだけ築けているかが重要です。逆に言えば、信頼関係が築けていれば、コーチングの経験が浅くとも、相手の心に届く対話を作り出すことができるものです。 信頼関係の構築には、なにをおいてもまず相手を認めることが必要です。 職場では、上司と部下という関係のなかで、経験が少ない部下の意見や判断を頭ごなしに否定する光景がよく見られます。 経験や知識が少ない場合でも、人は自分の判断はベストだと思っているものです。 それを言下に否定されたなら、部下はおそらくその上司を好きになれないでしょう。 自分を認めてくれない人を認めるようには心のメカニズムはできていません。 好きになれない人と信頼関係を築くのは難しく、ましてや心を開いた対話など論外です。 “なるほど、そう考えるのか。もう少し詳しく聞かせてくれる?” 日頃から部下を認め、心から興味をもって、この言葉を発することが信頼関係構築の出発点です。

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  • 18 Jan
    • 持論押し付け病

      成果を出して優秀(と思われている)な人が早くマネジャーに昇格することがよくあります。ところが、マネジャーとして人を率いて同じような成果を出せるかというとそうでもないことは少なくありません。プレイヤーとマネジャーの違いといえばそれまでですが、そこには大きな隔たりがあります。 成果を出すと、それが成功体験となり、持論化され、それを部下にも強いる。強いているわけですから、部下からの反発が生じる。あるいは、持論が環境に適さないために上手くいかなくなる。わかっているはずなのに気がつかないうちにやってしまう。優秀なプレイヤーから無能なマネジャーへと転がり落ちるジェットコースターの始まりです。 いったいどうしたらこの持論押し付け病から脱却できるのでしょうか。気がつかないうちにやってしまうのですからなかなかやっかいなことはいうまでもありません。 効果がある方法として、部下に指示するまえにどうする、どう考えると聞くことがあります。言いたいことを我慢して聞く。部下に考えさせることを徹底する。さらに言えば、共に考える。 部下によっては、うちのマネジャーは全然考えない、すべて部下に考えさせると揶揄する者も出てくるでしょう。でもいいのです、部下が成長しチームとして成果が上がればいいのですから。マネジャーとして部下には模範を示さなければいけない、などと肩に力が入ると持論押し付け病が頭をもたげてきます。 ドラッカーが、マネジマントに必要な真摯さを語っていますが、そのなかに以下のような一文があります。 “部下に脅威を感じる者を昇進させてはならない。そのような者は人間として弱い。” 部下が自分を追い抜くようにマネジメントすれば、部下の成長と成果の両得が得られる可能性大です。結果として、必ずマネジャーとしての評価は上がるでしょうし、自信にもつながります。 人の成長を後押しすることは、本来楽しいはずで、人間がもつ素晴らしい能力のはずですが、無能だと思われたくないばかりに、知っていることを誇示してしまう。そう思われたくない不安の裏返しで、マネジャーなどの肩書きがあると余計にもたげてしまう弱さです。 マネジメントに大切なことは、自分の成功体験は密かな誇りとして心にとどめ、チームや部下の成長に必要な視点を多く持たねばならないことをドラッカーは教えてくれています。

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  • 26 Dec
    • 変わることのできない監査法人

      東芝の不正会計に関連して、監査を担当していた新日本監査法人に対し、金融庁から業務改善命令、課徴金支払い、新規契約3か月停止の処分が出され、監査クライアントの新日本離れといったことが懸念される状況となっています。度重なる監査法人によるこのような不祥事は、監査制度そのものの有効性にも疑問を投げかけざるを得ないといった報道もあります。司法試験についで難関といわれる公認会計士試験に合格した優秀な人材の集団である監査法人がなぜ何度も残念な事態を起こしてしまうのか、疑問を感じ、制度や方法、組織ガバナンスに瑕疵があるのではないか、と思っている方も少なくないでしょう。弁護するわけではないですが、制度や方法については、先達の様々な努力により、相当緻密になってきており問題があるとは思えません。監査法人内では品質管理は最重要視され、そのチェックのために費やす時間も増加の一途をたどっています。それにも関わらず、たびたび耳を疑うような事態が起きるのは何故か?誤解を恐れずに申し上げると、監査法人の組織ガバナンス、とりわけ職業倫理の組織内への浸透に、何か問題があるといわざるをえないでしょう。今回の事件でも、監査人としての基本的な態度である、数字をチェックした時に感じる疑問や違和感を重んじ、確認すべき点があれば確認するという基本行為を怠っていたとは思えませんが、クライアントからそれなりの説明があれば、それ以上を追及しない、突き詰めない“ゆるさ”が透けて見えてしまうのです。世間ではこれを癒着、あるいは迎合と言いますが、監査法人はそのようには理解していないように思えてなりません。ここでも誤解を恐れずに申し上げるとすると、世間と監査法人の常識が違っているのでしょう。この世間の常識とのかい離は、一歩引いて広く見渡してみれば、監査法人に限った話ではなく、多くの組織においてよく起きる現象です。集団思考というものですが、自分たちの考え方に疑いをもたず、それが多数派になると反対意見を無視する状況に陥ります。人間集団の性とも言える現象です。これを防止するには、何をおいてもリーダーの在り方が問われます。リーダーであるからこそ、常に自分の組織が偏った思考に陥っていないか自らを疑う態度や少数意見に耳を傾ける謙虚さが必要なのです。組織は、人間性への理解を深め、組織の健全さを保つための仕組みや施策を講じる必要があります。特に専門家集団は、専門思考を土台とした独断思考に陥りがちですから、なおさら留意すべきなのですが、変わることのできない監査法人の現実を目の当たりにすると、この基本的な軸を外してしまっているようで残念でなりません。殻を破る!進歩には欠かせない視点です。

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  • 04 Dec
    • ダメ出しを活かすも殺すも上司次第

      一般的にダメ出しを受けると、むかつく、開き直る、自信を失うなど、まずネガティブな感情が生まれることが多いと思いますが、そのままで終わらせずに上手く活かせた経験を誰もが持っているのではないでしょうか。活かせるのはどういう場合か、それは自己効力感が鍵となります。 自己効力感とは、未経験のことに対しても自分はできると一定の自信をもって臨める状態で、成功体験を積むことで獲得できる成長には欠かせない観念です。自己効力感があれば、ダメ出しを次のステップへのばねにでき、ない場合は落ち込み、なかなか前へ進めません。そういった可能性が高いことが数々の実証研究で明らかになっています。言われてみればなるほどですね。 しかし、相手の状況を省みず、なぜこんなこともできないんだ、と直球でダメ出しをしてしまったことが少なからずあるのではないでしょうか。自己効力感の有無を確認してダメ出ししたいものですが、“できるか”などと直球で聞いても、たいがい“できます”と答えますから直球の質問は避けたほうが無難です。上司から聞かれて、“できません”とはなかなか言えませんよね、普通。また、自己効力感のようなとらえ所が難しい観念は、聞いてわかるという類のものではないとも言えます。 よく言われる2・6・2の法則に従えば、上の2にはどんどんダメ出しする。真ん中の6はケースバイケース、下の2にはダメ出し禁止といった考えもあるでしょうが、仕事ができるからといって、自己効力感があるかというとそうではないケースもあります。そもそも2・6・2なども怪しい概念ですし。 ではどうしたら自己効力感を確認できるのでしょうか。 結論からいえば、日頃から自己効力感を育む努力を怠らず、部下を観察することで判断するしかないのですが、先のできます部下のような状況もありますから、時々質問をすることがポイントだと思います。シンプルに、“なぜそう考えるのか”あるいは、“どう考えるか”と聞きます。仕事の成果が期待通りかそれ以上で、地に足がついた感じで答えてくれば自己効力感があるといってよいでしょう。 小さなことでもいいので成功体験を積ませ、それを認めて共に振り返りながら(質問をして)持論化させる。このことで部下は自己効力感の階段を一歩一歩上っていきます。このプロセスを部下の心の状態を感じながら丁寧に行う。マネジメントは論理だけではなく、感じる力が重要である一つの所以です。 ダメ出しは、部下の自己効力感を育んだ者だけに許されるフィードバックと言えるのです。

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  • 12 Oct
    • “コーチングはアートだ” エディー・ジョーンズ(ラグビージャパンHC)

      南アフリカ戦の勝利に始まり、最終アメリカ戦の勝利で終わった日本のラグビーワールドカップイングランド大会。大方の予想を裏切り、ジャパンの健闘が心に残る大会であったが(まだ決勝リーグは残っているが)、そこにはエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)の卓越したリーダーシップがあったことに異論はないだろう。 リーダーは、方針を掲げ、戦略を練り、PDCAを回す。しかし、チームはそれだけでは十分に機能しない。チーム=組織は人なり、人は感情をもつ動物である。メンタル面の状況次第で結果は大きく違ってくる。エディーさんはメンタル面の対応で卓越している。 エディーさんは、選手をよく観察して性格をつかみ、なぜラグビーをするのか、動機まで把握し、プレースキルだけでなく内面も理解しなければならないと言う。練習中に何か違和感を覚えた時には一対一での対話を進んで行う。調子を落としている時はたいてい心に原因があり、葛藤、壁、悩みを感じていることが多い。そういう時には声をかけ、選手の感情・心理を理解し、フィードバックを行う。そこにセオリーや決まりごとはなく、感じるままに真剣に伝える。 同じようなケースの場合、励ますことに重点を置くリーダーは多いが、それだけでは成長しない。選手に自ら考えさせる。手を差し伸べずに、這い上がってくるのを待つことも必要である。這い上がるのに時間がかかる場合もあるだろうし、余計に落ち込む危険性もある。しかし、エディーさんは敢えて行う。 人が成長するには内発的動機が必要で、それを得るには自分との対話が欠かせない。他人から励まされてすぐに動機付けされるのであれば、誰も苦労はしない。自分との対話がうまくいかないから悩むのだ。エディーさんは、自分との対話をうまく行えるよう促すことに秀逸である。 ジャパンが強くなったのは、スキルとフィットネス(体力)の向上によって、“ジャパンウェイ”を実現したことが大きいとされる。しかし、エディーさんの前のカーワンHC時代もスキルとフィットネスは相当上がっていた。ただ、ミスが多く勝てなかった。プレッシャーからの焦り・不安がミスを生んだ。エディージャパンはそれを克服した。広瀬選手は試合には出られない技量だが、皆の精神的支柱になるという理由でチームに加えられたし、メンタルコーチを帯同していることからも、メンタル面を重視する姿勢がみてとれる。戦術・スキルの追求だけでは世界レベルでは勝てない。世界を舞台に戦ってきたエディーさんはそれを熟知し、アーティスティックなコーチングでメンタル面を強化した。 他人への指摘は多いが自分はやらないとエディーさんに叱られていた五郎丸選手、今大会でのプレーの質、醸し出される雰囲気は、模範になるレベルであり、世界でもトップレベルにある。本人の努力あってこそだが、エディーアートの傑作である。

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  • 30 Sep
    • VWよ、おまえもか。

      VWの不正事件が世界を驚かせている。ドイツを代表する企業、VWが排ガス規制をクリアするために不正プログラムをエンジンに装備していた。常識では考えられない、どんな作為的判断があったのかと思うだろうが、実は組織ではどこにでも起こる行為であり、明日は我が身の事象である。それは集団思考と呼ばれるもので、条件次第では容易に陥ってしまう、いわば集団による錯誤である(集団浅慮ともいう)。条件としては、強いリーダーがいて、集団として凝集性(まとまりの良さ)があり、意見の一致が見られ始めると、意見への同調圧力が強化され、他の意見を排除し、意見の異なる他の集団に対しては無視・排斥・攻撃し、ますます自らの意見に執着してしまう現象をいう。異なる意見を省みなくなるため、その判断に問題がある場合大きな事件・事故につながる。 今回の件は、“テストと通常の走行にはそもそも違いがあり、通常走行において排ガスが規制を越えてしまうことはやむを得ない”と考えていることに発端がある。燃費のテストでは、結果数値が通常走行時の数値とは大きくかい離していることは多くの人が知っている。排ガス規制についてもそれと同じで、ある程度のかい離はやむを得ない。問題はここからである。VWの特殊性はテスト走行を感知するプログラムを忍ばせ、相手にわからぬように結果をより良くする見せることを意図したことにある。最近の自動車エンジンはコンピュータープログラムにより走行性能と燃費や環境への影響をバランスさせるよう非常に高度な調整が行われている。コンピューター制御が行われているなかで、テスト走行に見合ったプログラム作成は、むしろテストに対して真摯に向き合っているのだと考え始める。途中で誰かが違法性を指摘しても(プログラムを共同開発したボッシュから指摘があったとの報道もある)、集団思考に陥ると耳を傾けず自己正当化を強化し相手を攻撃したりする。さらにいえば、このケースではテスト対応で相当の開発コストがかかっており、途中で中止することはそのコストが無駄になる。かかったコストを回収しなければという意識も強く働く(ノーベル経済学賞カーネマンのプロスペクト理論。費用を損失と感じ過大に捉えてしまう。)。このあたりまでくるともう自己正当化の力学は止まらなくなる。組織をあげて突っ走る。この現象は枚挙に暇がない。会計操作の東芝しかり、いじめ対応の教育委員会・学校しかり、どこかの政党もそうであろう、例をあげたらきりがない。 集団思考を避けるためには、なによりリーダーの意識が重要で、常に反対意見、異なった意見を奨励し耳を傾ける姿勢が求められる。意見の一致は美しく心地よいが、口当たりのよい酒のようなものである。飲み過ぎは、悪酔いはおろか体を壊す。 リーダーの皆さま、心地よさにはご用心ですよ。

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殻を破る-組織・チームの関係性を科学する@福島 伸

自己紹介:
福島 伸 (株式会社BOSS & Partners 代表) 日本ビジネス心理学会会員。 大学...

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