ボルネオ7番のブログ

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酒井雄哉さん著「一日一生」に大変印象深いお話があった。

酒井さんは特攻隊の出撃基地のあった鹿屋におられたが、終戦間際に特攻隊員二人が少し沖合の海が見えるところに並んで、ずっと話し込んでいたのを目撃されている。二人は兄弟だったようで、お兄さんの方はその夜に出撃し、戻って来なかったとのこと。見送った弟さんも、その後間もなく出撃し、やはり帰っては来なかったそうだ。

「あんときの二人の気持ちってどうだったろうかと思うよ。二人ともおそらくまだ十代だったろう。死んでいく兄貴とそれを見送る弟と・・。お前、もし生きて帰ったら、母さんのこと頼むぜ、とか家族のことやなんかを話していたんじゃないかと思うんだ」と酒井さんはおっしゃっている。

ついつい忘れがちになっているが、私たちが享受している平和は、こういう兄弟やそのご家族の犠牲の上に成り立ったものなのだから、ゆめゆめ粗末にしたり、危険に晒してはいけないのだと思う。

紅葉3

(銀杏の黄葉。近くの公園で。平和に感謝)
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酒井さんは大阪のお生まれだが、幼い頃にお父さんが事業に失敗され、その後、東京に出ておられる。しかし、勉強には身が入らなかったようで、太平洋戦争が始まると予科練に志願され、特攻隊の出撃基地があった鹿屋で終戦を迎えられる。

終戦後は職を転々とされるが上手くいかず、大阪のご親戚がやっておられた鉄工所で働き始められるが、たまたま訪ねて来られた弟さんを比叡山に案内されたとき、千日回峰行の中で最も厳しいと言われる、9日間不眠不臥、断食断水を行なう「堂入り」の行から出てこられた宮本一乗さんという阿闍梨を目撃される。その時の模様をこう語っておられる。

「僕は思わず立ちすくみ、その行者の姿を固唾を飲んで見守った。世の中にはこんなことがあるのか、こんな世界があるのか、と大きな衝撃を受けた。山を下りてからも、その行者の姿が心に焼き付いて離れない。世の中には、ただひたすらに行に打ち込む人生がある。翻って自分はどうだ。ただふらふら生きているだけじゃないか。」

それから酒井さんは自分の生き方に疑問を持ち始め、「考えて、考えて、考えた」とおっしゃっている。「圧倒的な何か、思わずひれ伏してしまうようなできごととの出会いも、出会いに違いない。そういう瞬間が、必ずあるもんだな」。酒井さんはそう結んでおられるが、人との出会いや、できごととの出会いが、自分でも気付いていなかったものを引き出してくれるということだろう。

私にもさまざまな出会いがあり、私が持っていたものをずいぶん引き出して頂いたように思うし、ひょっとすると、これからも未だそういう出会いがあるかも知れない。もしそうなら、その時それが出会いだと分かるよう、謙虚でいなければいけないと思う。

紅葉
(久し振りの代々木公園で見た紅葉)
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この本が読み易かったのは、酒井さんの話し言葉を聞き手の方が文章にされたからだろうが、何より、易しい言葉で本音を淡々と話される酒井さんに親近感を覚えるからかも知れない。しかも、千日回峰行を二度もされている方なのに、それを鼻にかけたり特別なことのように話されることがないから、酒井さんのおっしゃることを素直に聞けるのだろう。

最も印象に残ったお話は、本のタイトルにもなっている「一日一生」だ。千日回峰行で毎日歩いていると草履がボロボロになるが、翌朝には新しい草履で出発できる。その草履を見ていて、酒井さんは草履が生まれ変わったように感じ、そして、山を歩く「動」の世界とお経を上げたり横になったりする「静」の世界を繰り返している自分も草履と同じように毎日生まれ変わっているようなものだとお考えになる。

そこから、今日の自分は草履を脱いだ時におしまい。明日生まれ変わるために一生懸命反省し、また新しく蘇って出て行けばよい。今日失敗したからって落ち込むこともない。明日はまた新しい人生が生まれてくるんだから、と気付かれたんだそうだ。すなわち、起きて迎える新しい日は新しい人生なんだから「一日が一生」だ。その日を精一杯生きろ、ということだ。毎日リセットできる、又はリセットせざるを得ないというのは今日を生きる上で救いにもなるし、励みにもなるように思う。

夜明け

そんな本を読んだ後、今朝は久し振りに代々木公園までジョギングに出掛けた。途中、夜明けを迎え、今日という新しい人生を迎えた ('-^*)/
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