ボルネオ7番のブログ

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YAHOO!意識調査に「今回の解散を何と名付けるか?」という設問があった。覗いてみると、安部首相を始めとする先生方による命名が披露されていた。

アベノミクス解散(安部首相)
大義なき解散(民主党 枝野幹事長)
アベノミクス失敗隠し解散(民主党 川端国対委員長)
逃げノミクス解散(維新の党 松浪国対委員長)

なるほど、皆さんのおっしゃりたいことは良く分かるが、どこか生真面目で喧嘩腰とも言える。その点、衆議院議員の山内康一さん(みんなの党から民主党に入党)がブログに書いておられた命名案にはユーモアのセンスが光る。

野党が弱い内解散
支持率が下がる前解散
読売新聞にあおられ解散
外遊中に側近が勝手に解散
いつやるの、いまでしょ解散

政治家にはこういうユーモアのセンスも必要だろう。さて、私なら何と名付けるだろうと考えたが、安部首相のアベノミクス解散を受けて、争点を景気対策や経済面に集中させるのは野党にとり得策ではないように思う。アベノミクスは未だ評価できる段階にはないし、アベノミクスがもたらした効果も現実にはあるのだから。ここは簡単に安部首相の土俵に乗ってはいけないように思う。

そこで、少し記憶を戻し、集団的自衛権を取り上げるのはどうだろう。少し長くなるが、ボル7案だ。

「集団的自衛権の行使に関して国民に問うこともせず、閣議決定による憲法解釈の変更だけでそれを可能にしたことを良いと思うか悪いと思うかを国民に問う解散」

野党の皆さん、どうでしょう?
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酒井雄哉さん著「一日一生」に大変印象深いお話があった。

酒井さんは特攻隊の出撃基地のあった鹿屋におられたが、終戦間際に特攻隊員二人が少し沖合の海が見えるところに並んで、ずっと話し込んでいたのを目撃されている。二人は兄弟だったようで、お兄さんの方はその夜に出撃し、戻って来なかったとのこと。見送った弟さんも、その後間もなく出撃し、やはり帰っては来なかったそうだ。

「あんときの二人の気持ちってどうだったろうかと思うよ。二人ともおそらくまだ十代だったろう。死んでいく兄貴とそれを見送る弟と・・。お前、もし生きて帰ったら、母さんのこと頼むぜ、とか家族のことやなんかを話していたんじゃないかと思うんだ」と酒井さんはおっしゃっている。

ついつい忘れがちになっているが、私たちが享受している平和は、こういう兄弟やそのご家族の犠牲の上に成り立ったものなのだから、ゆめゆめ粗末にしたり、危険に晒してはいけないのだと思う。

紅葉3

(銀杏の黄葉。近くの公園で。平和に感謝)
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酒井さんは大阪のお生まれだが、幼い頃にお父さんが事業に失敗され、その後、東京に出ておられる。しかし、勉強には身が入らなかったようで、太平洋戦争が始まると予科練に志願され、特攻隊の出撃基地があった鹿屋で終戦を迎えられる。

終戦後は職を転々とされるが上手くいかず、大阪のご親戚がやっておられた鉄工所で働き始められるが、たまたま訪ねて来られた弟さんを比叡山に案内されたとき、千日回峰行の中で最も厳しいと言われる、9日間不眠不臥、断食断水を行なう「堂入り」の行から出てこられた宮本一乗さんという阿闍梨を目撃される。その時の模様をこう語っておられる。

「僕は思わず立ちすくみ、その行者の姿を固唾を飲んで見守った。世の中にはこんなことがあるのか、こんな世界があるのか、と大きな衝撃を受けた。山を下りてからも、その行者の姿が心に焼き付いて離れない。世の中には、ただひたすらに行に打ち込む人生がある。翻って自分はどうだ。ただふらふら生きているだけじゃないか。」

それから酒井さんは自分の生き方に疑問を持ち始め、「考えて、考えて、考えた」とおっしゃっている。「圧倒的な何か、思わずひれ伏してしまうようなできごととの出会いも、出会いに違いない。そういう瞬間が、必ずあるもんだな」。酒井さんはそう結んでおられるが、人との出会いや、できごととの出会いが、自分でも気付いていなかったものを引き出してくれるということだろう。

私にもさまざまな出会いがあり、私が持っていたものをずいぶん引き出して頂いたように思うし、ひょっとすると、これからも未だそういう出会いがあるかも知れない。もしそうなら、その時それが出会いだと分かるよう、謙虚でいなければいけないと思う。

紅葉
(久し振りの代々木公園で見た紅葉)
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