バイオリンを弾いた

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バッハの「二つのバイオリンのための協奏曲」を弾いた。一人では演奏できない曲だが、幸い、勤務先の同僚Oさんが第一バイオリンを引き受けてくれた。又、ピアノ伴奏はいつも通り同じ合唱団のTさんにお願いできたので、両手に花の演奏という贅沢な機会に恵まれた。

バイオリン

問題は実力差があったことで、ピアノのTさんも第一バイオリンのOさんもバッハの希望通り早く弾けるのだが、私はそのスピードに付いていけない。無理に付いて行こうとすると左手の指が絡まって狂った音を出してしまい、聞くに耐えない演奏になる。そこから苦悩が始まった。

先生はきちんと弾けることが大事だと常々おっしゃるが、合同練習になるとついつい速く弾こうとして失敗する。そうすると、そのスピードでも失敗しないようになろうと何度も速く弾き、同じところで再び失敗する。この悪循環にはまり、自信を失くしてしまった。

本番一週間前のレッスンで先生にそれを訴えたら、私がミスなく弾ける限界スピードを測って下さった。そのことから、大学時代、ラグビーの走るコースを確認する練習で「全員歩いてやれ」と言われたことを思い出した。

走るコースを歩いて学ぶことには違和感があったが、やり始めると、味方の選手や敵の選手のポジショニングから、自分はここにいないとまずいという場所が良く分かってくる。なるほど、「ゆっくりやってできひんことは、絶対に速くはできひんねん」とコーチも言っていた。

それからは速く弾くと失敗する3カ所を繰り返しゆっくり練習することにした。結局、本番ではその内の2カ所は辛うじてクリアできたものの、最後の1カ所で指がもつれ、1小節飛ばしてしまったが、その後すぐに追いつけたのは動揺が少なかったからだろう。バイオリンもラグビーも地道な練習が大事ということか。
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猫も杓子も・・

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先日お邪魔したお寺さんの広報誌に「猫も杓子も」という言葉の由来が紹介されていた。「誰も彼もが」という意味だが、元はと言うと一休さんの歌にあった言葉らしい。

生まれては
死ぬるなりけり
おしなべて
釈迦も達磨も
猫も杓子も

たとえお釈迦さまでも達磨大師でも、生まれた限りは必ず死ぬ、という意味だが、「猫も杓子も」の杓子はご飯をよそう時に使うしゃもじのことだ。では何故、猫としゃもじが出てくるのか? これにはいくつかの説があるそうだが、そのお寺さんは次の説が有力だと書いておられた。

神官のことを禰宜(ねぎ)と言い、その子供を禰子(ねこ)という。一方、僧侶はお釈迦さまの弟子なので釈子(しゃくし)。だから「禰子も釈子も」で、何を信じていようとも死ぬのは同じ。その一休さんの言葉が広く人々の間に伝わっていく間に「猫も杓子も」になった。なるほど。

スコアボード

東大ラグビー場を訪れるとスコアボードが目に入る。以前はそんなことを考えもしなかったが、最近は自分の人生が後半に入っていること、しかも、人生がラグビーゲームなら後半20分を迎えていることを強く感じる。あと20分でノーサイド。人生80年なら、あと20年でノーサイドだ。ラグビーではチーム本来の力が出る時間帯だと言われているが、人生も多分同じで、これからの20年の生き方で真価が問われるのだと思う。ラグビー同様、攻め続けようと思う。
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マキシム・ヴェンゲーロフ

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「ヴァイオリニストとして世界の檜舞台を駆け巡り、指揮者としての活動も注目される、現在41歳ながら、既に《今世紀の巨匠》と称される偉大な音楽家」(パンフレットより)

ヴェンゲーロフ

16歳のとき、カール・フレッシュ国際ヴァイオリンコンクールで優勝し、天才少年ヴェンゲーロフの名が世界中に知れ渡ったとのこと。ヴァイオリンの技術については既に習得済みと考えたヴェンゲーロフは、その後、誰からもヴァイオリンのレッスンや助言を受けず、自分が目指す音楽家としての道を歩み始めたとか。やはり、天才なのだろう。

ヴェンゲーロフの初の海外ツアーは日本で、彼が13歳のとき、母親と指揮者、バイオリンの指導者、そしてKGB(ソ連国家保安委員会の情報機関)と共にやってきたらしい。当時はソ連政府がヴェンゲーロフの活動を全て管理し、彼は外貨獲得のための国家音楽家として日本に派遣されたのだ。ヴェンゲーロフは40日間の間に12回のコンサートをこなし、日本の音楽ファンを驚愕させたとあるが、彼と母親が受け取った褒美は僅か300米ドルだったとか。時代を感じさせる話だ。

演奏はベートーベン作曲「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61」だったが、とにかく、聴き惚れてしまった。他に言いようがない。こんな例えはヴェンゲーロフに失礼かも知れないが、レーサーに例えればメルセデスベンツの5000cc級の大型車を静かに滑らかに走らせたかと思いきや、次の瞬間にはエンジンを高速回転させてハイウェイを疾走させ、又、次の瞬間には曲がりくねった山道を正確なコーナーリングで無駄なく駆け抜けるという、バイオリンを自由自在に操るF1レーサーという感じだろうか。どの瞬間にも余裕があり、バイオリンと一体というより、その音楽の中に完全に溶け込んでいるように思えた。

途切れないアンコールの拍手に応え、彼が最期に弾いたのはラフマニノフの「ヴォカリーズ」だったが、心にしみ入る演奏で、ずっと目を閉じたまま聴いた。演奏終了と共に深い溜め息が出たが、彼はどんな情景を思い浮かべながら弾いたのだろうとふと思った。
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