内視鏡検査

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食道と胃、十二指腸の内視鏡検査を受けた。

てっきり、内視鏡は口から入れるものと思っていたが、病院側の説明では鼻から入れる経鼻式がお薦めで、口から入れる経口式より嘔吐感が少なく呼吸も楽、更には映像を見ながら会話も可能とのこと。そこで、経鼻式をお願いすることにした。スプレーによる麻酔を鼻の奥に合計3回、氷状の麻酔薬を溶かしながら喉に流し込み、 いよいよ名前を呼ばれて診察室に入った。

身体の左側を下にして診察台に横たわると、目の前のモニター画面が診察室の中を映し出している。あぁ、なるほど、先生が手にされている内視鏡があちらこちらを写しているんだ、と分かった途端、私の鼻が画面に現れ、内視鏡が一気に鼻の中に入り込んで来た。その後の映像は初めて見るもので、最初の方こそ興味深くて見入ってしまったが、次第に同じような映像に飽きてきた。

更には、細いとは言え、内視鏡という普段は縁のないものが身体の中に入っているのだから、痛みや苦しさは感じなかったものの、次第に気持ちが重くなってきた。「早く終わらないかな」と思い始めたとき、背中から「大丈夫ですか?」という声が聞こえた。私の背中の後ろに立っていた看護師さんの声で、そのとき初めて背中に当てられていた看護師さんの手に気付いた。

まるで子供のようだが、その手を感じるとホッとして気持ちが軽くなった。以前読んだ本に、痛み止めの効かなくなった癌の患者さんも、看護師さんに手を握られると痛みが和らぐという話が出ていた。そのときはホンマかいなと思っていたが、多分、正しいと思う。一人ではないと思えたとき、人は強くなれるのかなと思った。

医療行為のことを「手当て」というが、素晴らしい日本語だと思う。

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ジョーク 5連発

テーマ:
インドの友人から送られてきたジョーク5連発。

What did the gangster's son tell his dad when he failed his examination?
" Dad, they questioned me for 3 hours, but I never told them anything !! "

ギャングの息子は試験に落ちたとき、父親に何と言ったか?
「オヤジ、奴ら3時間も訊問してきたけど、俺は一切答えなかったからね!」

マフィア

What's the difference between people who pray in church and those who pray in casinos?
The ones in the casinos are serious.

教会で祈る人とカジノで祈る人の違い?
カジノで祈る人は真剣だよ。

祈り

When I was young I used to pray for a bike, then I realized that God doesn't work that way, so I stole a bike and prayed for forgiveness.

子供の頃は自転車が欲しいと祈ったけど、それだと神さまが何も出来ないと分かり、俺は先ず自転車を盗み、それから罪を許して欲しいと神さまに祈ることにしたんだ。

自転車

John's teacher sent a note home to his mother, saying :
"John seems to be a very bright boy,
but spends too much of his time thinking about girls. "
The mother wrote back the next day :
" If you find a solution, please advise. I have the same problem with his father."

ジョンの担任の先生が連絡帳に母親宛のメッセージを書いてきた。
「ジョンは大変聡明な少年ですが、女のコのことばかり考えているようです。」
母親は翌日、先生宛に返事を書いた。
「もし、解決法が見つかったら教えて下さい。私は同じ問題を彼の父親に抱えています。」

少年

A little boy went up to his father and asked :
" Dad, where did all of my intelligence come from ? "
His father replied :
" Well, son, you must have gotten it from your mother, because I still have mine. "

少年が父親のところに行き、こう尋ねた。
「父さん、僕の知性ってどこから来たの?」
父親が答えた。
「そうだな、お前の母親から貰ったんだと思うよ。何故って・・私には未だ知性が残っているから。」

知性
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タイトルに惹かれて手にとったら、副題は「ドイツ人禅僧が見たフシギな死生観」とある。ドイツ人の禅僧? まさかと思いながら著者を見ると「ネルケ無方」とあり、略歴を見ると1968年生まれのドイツ人、ベルリン出身、牧師を祖父に持つ元クリスチャン、16歳で座禅と出合い、90年に京都大学に留学、兵庫県の安泰寺で修行、93年出家得度、02年から安泰寺住職を務める、と書かれていた。間違いなくドイツ人の禅僧だ。

ネルケ無方

いくつか面白い指摘があった。先ず、「死んだら仏さん、は神道と仏教のコラボ」。インド仏教は生きていながらでないと成仏できないし、お釈迦様も30歳のときに菩提樹の下で坐禅を組んで悟りを開き仏(ブッダ)になったと説く。仏教は死んでから仏になるとは説いていなかったのだ。しかし一方の神道では石や山が神だったり、稲の神様や雷の神様など八百万の神様がいて、ご先祖様が守護神となる氏神様もいる。この亡くなったご先祖様が氏神になることと仏教の仏が一緒になり、死んだら仏さんになるという日本独特の死生観が出来たのではないか。なるほど。

二つ目の指摘は平均231万円という日本の葬儀費用の高さだ。ネルケ無方さんは日本人が儀式を重んじるからだとおっしゃるが、ドイツは教会税を支払うから葬式自体は無料で、平均19万8000円で済むとのこと。お葬式の仕組みが違うのだろうが、この差は大きい。親の葬式だとあまり粗末にしてはいけないと思いがちだが、一方、自分の葬式を考えると、子供たちに負担を掛けたくないと思う。だから元気な内に、自分の葬式はこうしてくれ、こんなところにお金は使うなと具体的に指示しておくべきなのだろう。

最後に、ネルケ無方さんが「悟り」について触れ、正岡子規と永平寺の先代、宮崎奕保(えきほ)禅師の言葉を紹介されている。そのまま記す。

正岡子規
「悟りという事は、如何なる場合にも平気で死ねる事かと思って居たのは間違ひで、悟りという事は、如何なる場合にも平気で生きて居る事であった」

宮崎奕保禅師
「人間は、いつ死んでもいいと思うのが悟りだと思っておった。ところがそれは間違いやった。平気で生きておることが悟りやった・・(中略)・・死ぬときが来たら死んだらええんやし、平気で生きておれるときは、平気で生きておっらたいいのや」

死生観を突き詰めれば 「どう生きるか」という人生観につながるのだろう。

彼岸花
(今年も彼岸花が咲き始めた)
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