道路と道路の間の草むら
色々なゴミがポイ捨てされている。多分、車の窓から直接投げ込んだものだろう。
私は、それらを見て、こう思う。
どういう気持ちで捨てたのだろうか。
●ごめんなさい 一回だけ許してください
もしくは、
●誰もみてなけりゃイイ。捨てた時点で、俺の責任は終わる。
そしてイケイケのチャンネーを助手席に乗せたとき、チャンネーは、こう言うんだ。
●●さんの車の中って、すごくきれーぃ!!
「いやぁ、俺、スゴイ綺麗好きなんだよね

」
投棄されたゴミの中には、オムツなどもある。あれは止めて欲しい。
ブラシカッター↓
などで、草を刈る時、ウンチが、とびちりまくるのである。
飛び散りまくるどころではない。
タイミングさえ良ければ、オペレーターの口内直撃である。
一番ひどいのは、堤防の草刈だ。
堤防といえば、ペットのお散歩コースにも、なっておる。
しかし、裏を返せば堤防の草わらに中には、無責任に捨てられたペットの糞だらけ。
僕も、草刈中に知らず知らず糞を踏んでしまい、その後「これは運がイイ」なんつって、
帰りにロト6を買って帰り、当選日に番号を探すも、1桁も合っていなく、なんか・・・なんだろなーって。
あの、糞を踏んだ靴で運転して帰った帰り道、臭くて臭くて・・・足元のヒーターをONにしたいのだが、
臭い。 だけれども、OFFにすると寒い・・・。
やるせない気持ちをどこにブツケテいいのやら。
ペットオーナー様、こんな現実もあるんです
糞は持ち帰ってください。
でなければ、あと何回ロト6を買いに行けばよいやら。
そんな中、僕は考えた。
世の中にはイスラム教、イエス、仏教、神、色々な宗教という思想がある。
宗教と言うものは、その思想の中で神的な存在を作り上げ、
それらは、「いつも自分を見ている」という考え方がある。
要は、誰も見ていないから捨てる・・ではなく、
捨てる行為自体が、思想に反するという考えだ。
そういう国はどうなんだろうか?
現代日本人は、基本的には神、仏だが、ほぼ、無宗教に近い。
宗教という思想よりは、TVに出てたからとか、みんなやってるからとか・・・。
そんな日本人は、「個人」、 要は自分という思想を失ってしまったかのように思える。
アイヌの伝統には、山に神あり 川に神あり 物に神ありという思想の元、自然と共存する仕組みを
タイセツにしてきた。
全てのモノ、あらゆるモノには、神が宿るという考えだ。
だから、見知らぬ人にも「優しく」(本当の意味で)したのではあるまいか。
人に優しくするという事は、自然にも優しく、身の回り全てにおいて、優しいのである。
僕の親父は北海道で「ヤマゴ」 山に入り、間伐、伐採、植樹・・要は、アルプスのハイジの
おじいさん役である。
役である・・・・は、ちがうか・・・。
そんな仕事をしているのだが、年に一回、「山の神」の日があった。
親父に、「山の神の日って、なーにー?」
と、聞くと
「山の神様が、山の木の数を数える日だ。 山の神の日に木を切ると、山の神に命を奪われるんだよ」
と、教えられた。
幼少の僕は、親父が山の神の式に行く日は、兄弟、母、友達が間違って木を切らないかどうか、
ドキドキしていたものである。
そうやって、親、祖母、そして日本昔話から、
「悪い事をしたら、自分に返ってくるよ」と言う事を学んだのである。
業(カルマ)という言葉を存知だろうか?
禅の説きに(要はぼうさんの言葉)度々出る、お話なのだけど、
人をダマスような事をしている人には、かなーらず、だまされる的な考えだ。
掘り下げて書けば、少し難しいけど、人のために何か、徳を積む行為、
をしている様で、じつは全て自分の幸せに繋がっているという考え。
例えを上げれば、私は大蔵省の足マッサージをしてあげるという、この行為。
本人、他人から見れば、「優しいねぇ」とか、そんな事を言われるのだが、
実は、足マッサージを始めて4ヶ月・・気が付いたことがある。
マッサージをしてあげる事で、お互いの仲の大切な会話の時間というものが生まれたのだ。
忙しい日々のなかで、お互いがじっくり話し合える時間が持てると言うのは素晴らしい事ではないか。
そしてその行為をする事で、相手のボディコンディションがわかるのである。
それがわかると、「今日はいつもより疲れてるネェ」
「そうそう、今日は特につかれたの」
そんな会話が、私の心を癒す楽園の時間となるわけだ。
大蔵省をタイセツにすると、大蔵省は、私の身の回りの人をタイセツにもてなし始める。
これは、大いなる相乗効果であり、たったひとつの足マッサージという行為であるが、
絶大な効果がある。
効果は、そんな早くは出てこない。
続けることに意味があるんです。
やってみてください
業(カルマ)について、私が札幌時代働いていたBOOTY・・
会長であり、フランス人のセバスチャン氏。
彼は、ヒロコ社長経由で聞いたのだが、カルマについて語っていたそうな。
何かをすれば、必ず、何かが返ってくる。
宗教、思想ではないが、
戦後、TVというメディアが一家に一台
もしかしたらは、そのTVが日本人を洗脳しているのかもしれない。
例えば、もしTVという存在が、なかったらという事を想像してくれ。
はたして、今日はいているアナタの自慢の靴やアクセサリー、時計、車 その他・・
それらを、所持しているだろうか。
もしかしたら、「洗脳されそうで怖かった~」という体験をしたあなた。
すでにTVという物に洗脳されているかもしれない。
僕も経験があるのだが、TVではないのだけれど、インパクトが強い環境に、ながらく身を置くと
世の中は、それらしか存在しないのではないだろうか・・・という、考えに陥った事がある。
その後、待ち受けていたのが、軽い鬱症状だった。
ヤバイ!とおもって、すぐ空手道場にいって習いをうけたのだが・・・
ナカナカ空手は楽しかったよ。
一回しか勝てなかったけど。
そんなこんなで、長くなったけど、
「あなたがとった行為は、必ず誰かが見ていて、それが自分に返ってくる」
って、ことだ。
それと、ゴミは分別しよう。
小石川豪太。
PS、アルバイト先の一緒に草刈をしている、中国出身の金ちゃんに、
コイシカワさんって・・呼びずらいから・・・って・・・
それから、
「オイ!ホッカイドウ!!!」ってあだ名をつけてくれました。
どっちも・・・ながいぞ!!!