ブーテイの裏

多摩川を愛する町「狛江」で夜遅くまでBARを営む写真家の話。


テーマ:

ハッセル500cm 大山の中腹にあるお店にて撮影。

 

 

少し殴り書きになてしまうんだけど、これほどか難しい飲食店経営。

3年後生き残っている店が3割、5年で1割、10年いき残れるのが僅か3パーセント。

飲食店経営ほど多角度からの視点が必要とされるものはないのではないか?というくらい

難しい。

 

3年半前、無謀にもぼくは一切の経験のない飲食店経営を初めて住む町で

誰も知り合いがいないところからスタートした。

 

無謀にも程があるといわれたが、生きるためにはそれしか道がなかった。

もうこの道を自分の手で整備しながら切り開いてみせよと神に言われている

かのごとく。。。

 

3年半たった今でも、本当に苦しい。いつになったら楽になるのか。

落ちて行く体力、ボロボロの体。病院通いが続く中、大海原に漕ぎだしたこの

船の動力を止めるわけにはいかない。と格好良く言ったもののタダの自転車操業

だ。

 

しかしどんな嵐の中でも、沈まないようにバランスを取りながら上手に船を少しずつ

進めなければならない。なぜなら僕が舵を握るこの船には一緒に航海をやり遂げる

と誓ってくれたクルーがいるからだ。その中には女性もいる。彼ら彼女らをこの大嵐の

冷たい海に沈めるわけにはいかないんだ。

 

おれは彼らと自分に約束したんだ。

 

絶対に乗り切って、岸にたどり着いてうまいビールを飲むんだと。

 

しかし、この大嵐は並大抵の大嵐ではない、とにかく止まないんだ。何度も何度も

船の側面を大木のような波のうねりが叩きつけてくる。

さらには真夜中の大嵐と戦っていると沈んでいった船たちのキャプテンの亡霊が

「もうあきらめろと…」と薄ら笑いを浮かべながら不気味に手招きをしているんだ。

 

目をこすりながら、なんども幻覚を消しつつも波に合わせて舵を切る。気を

一瞬でも緩めれば、横波にやられて一貫の終わりだ。

 

 

人間は余りにも過酷な状況に置かれると、体からヘンテコな物質が出てきて

脳を麻酔幻覚状態にするらしい。

 

朦朧とした意識の中、ぼくは金色の小麦畑の中で麦わらを被りながら一人で

稲を刈っている。そう、収穫祭だ。

汗水たらしながら、ぐっしょり濡れたシャツを絞りながらその体は畑と同化

したかのような小麦色に焼け、百姓独特の無駄のない筋肉で纏われた

その上半身を手拭いで拭きながら、しかしその顔は満面の笑みだ。

 

そう、一生懸命に育てた穀物がやっと収穫できることの喜びを太陽と一緒に

喜んでいるのだ。

雲一つない澄み切った空の中に煌々と光る太陽。一面に広がる金色の

小麦畑の中にいる。

 

そんな夢を見ながら目をさました。

 

どれくらい舵をにぎっていただろう…

 

波は高いものの、サンライズがコントラストの強い雲を赤オレンジ色に

浮きだたせて、あたりを照らし始めた。

 

嵐が弱まったんだ。

 

 

しかし油断は禁物だ 船内にあるテンポドロップは荒れに荒れている。

そう、それは今夜もまた嵐が来ることを予測していたのだ。

 

 

 

 

 

経営というのは、むかし格好いいものだと思っていた。そう、学生時代に

煙草を吸う大人を格好いいなぁと思うのと同じく。

しかし実際は違った。

 

社長になるとお金持ちになれるんだと小さいころから思っていた。

きっとそれも違うんだろう。

 

ただ一つ、種をまき大切に育て有難く刈り取らせて頂く。

このルーティンでしかないことに最近思える。それらに付随する事やモノ

に振り回されるだけであって、淡々と百姓のように生きればよいのだ。

 

うまくゆかない経営は、種をまかない、育てない、収穫だけしたい。

 

収穫するには種をまき、時間をかけて育てて、時期が来たら刈り取る。

そしてまた種をまき…

 

 

 

あ、書きなぐったら 今日やるべきことが見えてきた。

チラシを刷って巻きに行ってきます。

ぼくにとってチラシは種だ。

 

 

GOTA

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