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2009-10-30 17:35:29

花村萬月『なで肩の狐』

テーマ:花村萬月


花村萬月『なで肩の狐』

 元ヤクザの木常は、神保町にある呑み屋のオヤジだ。ある日、現役の徳光からアタッシェ・ケースを預かる。二億円ほどの札束。組に黙って稼いだのだ。そいつは、とんでもない厄ネタだった。一週間後、さっそく凶刃に襲われる。幼なじみの女とその娘、舎弟の元力士を引き連れ、木常は、北辺の地を目指した。徳光の最後の願いを叶えるため。穢れなき雪原の中、壮絶な闘いの幕が上がる。(文庫裏表紙より)

 

 本書は、私の人生を大きく変えてしまったと言っても過言ではない作品だ。
 私は10代のほとんどを、読書と無縁に過ごしてきた。当時のガキの多くがそうであったように(今現在のガキもそうだろうが)、文化と呼べるものの中心には、常に漫画やテレビゲームがあった(ま、私は中学でロックに目覚めて、厳密にはそっちが中心だったが)。
 小説なんて、つまらない。
 そういう認識に到った原因は、学校の国語の教科書にあるんだな。いきなり森鴎外なんて読まされても、面白いと思うのは秀才くんか懐古趣味の人間くらいだろう。
 私が教科書から感銘を受けたのは、宮澤賢治と高村光太郎なのだが、ま、その話はここでは置いといて、そんな、小説とは無縁の私がなぜ小説に興味を持ったか。
 うーん、それがよくわからんのよね。元来、記憶力がないのでして。
 はっきりしてるのは、馳星周をテレビで見たことがきっかけ。グラサンに金髪で、なんじゃコイツ。こんなヤツが小説家だと? と、なんだかショックを受けて本屋で『不夜城』の文庫本を手にとる。分厚いな。最後まで読めん。とてもじゃないが買う気にゃなれん。
 と、とりあえず巻末の解説だけを読んでみた。そこには馳氏が好きな作家として梁石日、そして花村萬月の名があった。花村萬月ぅ? へ、変な名前……。しかし当時の俺は、なぜか惹かれたらしい。事実、花村某の作品を探し出し、レジに持って行ったのだ!
 なぜそういう行動をとったのか、いまもって判然としない。『不夜城』を読んで面白かったというならわかるが読んでもいない。小説初心者ならば、とりあえずは話題作なんかを選ぶだろうし、とてもじゃないが『花村萬月』などという如何わしいネーミングの著者の作品を、いきなり購入するなど狂気の沙汰だ(笑)。うーん、おそらく当時の俺はそれなりに金を持ってたんでしょう。いまなら絶対買わないなあ。
 で、読んでみてビックリ。衝撃的だった。小説ってこんなに面白いのか!こんなにスゴイのか! 徹底的に打ちのめされた。

 

 (嗚呼、前置き長すぎでした。やっと本題に入ります)

 

 ストーリーは、先述の文庫裏表紙に書かれてるヤツ、そのまんま。
 まあ、再三言ってきてるように、花村萬月の魅力はストーリー展開でなく、登場人物にある。
 まず主人公の木常。
 私が、なんじゃこれ!と驚愕、打ちのめされたのが、木常が谷口を焼き殺す場面でだ。『屠られし者、その血によりて』で多少その萌芽が見られていたが、萬月作品の特徴の一つである苛烈な暴力描写が、ついに本書で開花した。
 木常は流れ作業がごとく、淡々と平然と、生きたままの人間を焼き殺すのである。炭になるまで、何度も。
 この迫真の場面を読んだ書評家の池上冬樹さんが、何かの文庫本の解説で、実際に人を殺したことがあるのではないかと思った、というようなことを書かれていたが、私もそう思った。なんなんだ、この人、と。おそらく、殺してはいないまでも、それに近い行為をしていたのではないかと、私は今もそう思ってるのだけれど。
 とにかく、普通じゃない。たとえば、よくある猟奇趣味の、チープな殺人シーンじゃないんだな。花村萬月が描く暴力は、もっと異質だ。これだけは、読んでくれ、としか言いようがない。このシーンだけでも、本書を読む価値はあると思う。
 ところで、普通、こんな残忍なキャラには読者は嫌悪感しか覚えないものだが、萬月作品にはそれがない。『ブルース』の徳山にしても『笑う山崎』の山崎にしても、感情移入できる余地が存在する。木常の場合は、そのすぐあとに「どうやら俺は、神さまを千葉の山中で焼き殺してしまったらしい」なんていう、ちょっとブラックなユーモアが。
 こんな人間が現実にいたら絶対に許すことはできないが、これは虚構である。あまつさえ魅力的に感じてしまうのだから、これこそ、まさに虚構の本懐といえるだろう。 

 蒼ノ海も、良い。
 出逢いは、もうちょっとヒネってほしいところではあったけど、気は優しくて力持ちというベタなキャラ、エンタメとしては心地いいんだな。さらに萬月節というか、ちょっとせつなくなるような遣りとり、木常の嫉妬に蒼が独白する場面、「バケモノだから」とか「もういい。俺はどうかしてた」とかの、あの一連の台詞の流れはすばらしい。

 

 さすがに初めて読んだときの鮮烈さは薄らいでいるが、充分愉しみながら読めた。文章もだいぶ良くなってきて、律動を感じる。そして、小説とはディテールである、と改めて思える作品だ。


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