2008-02-11 20:04:17
音量?怨霊?
テーマ:ブログ
長くなりましたが…
音量がデカイのと、音がウルサいのはまるで違う出来事ですね。しかしコレほとんど聞いてる人の価値感で違う見解になります。不思議であります。
ある人にとっての「轟音」がある人にとっては「寝息」であったり。その逆もあり。
音楽の種類によって(ジャンルぢゃないすよ。)培われてきた適正音量ってなんとなくありますかね?
転石’Sのキースリチャーズさんが「朝はクラッシック、日が暮れたらブルーズを聞くのさ。」なんておっしゃってたんで、真似したいのですが我が貧乏長屋ぢゃクラッシック音楽は無理。音量音圧の振り幅が大きいのでMYオーディオからぢゃ聴こえ無かったり突然ビックリしたりです。オーディオの前に張り付いてその都度ツマミを上げ下げして音楽干渉ぢゃねえかこれじゃ。て有り様となります。
やっぱりヘッドフォンも使います。けれどガッチリ聴いてしまいますからね逆に。音が信号になっちゃったりして。肌から直接聞きたいんです。音楽は。
自分らの製作中曲をごくごく小さな音量でヘッドフォンで聴いたりはします。気付かなかったグルーブのヨレなんか発見したりします。 以前車でロックステディを小さな音量で聞いていた時、最高にステディな「皆の唄」に聞こえた瞬間が有りました。何て凄い音楽だ!と思ったものです。 でクラッシックですがレゲエが踊る音楽、メディテーションの音楽としたら、クラッシックはビックリさす音楽、という気もします。もち良い、やまんな意味で。ダイナミクスが肝心ですから。
小中学校の朝、かかってたクラッシック。ありゃ幸せでした今思うと。遊んだり、掃除したりの中、適正大音量に近いところで聞けたのですから。椅子に座ってさあ聞きましょう!ってのじゃ無いのが良いでした。 大音量と騒音はホント難しいです。セレクタ行為をしてる時も難しいです。高音を上げて出てくる低音、あげてもあげても聞こえない低音、(盤の性格?)これ以上出すと壊れます。苦情来ます。という現場スタッフのクレーム。バランスに気を配って緻密に緻密になんてしてたらお客に「あのーもっとブリブリのお願いします。」 やっぱり自分の耳と心が痛いか痛くないかで立ち回るしか無いですよね。「ウルササ」をコントロールするには。楽器奏者として、時には「ウルサイ気持ち良さ」さえも扱えなければいけないですし。それが 「音が太い」「深い」「熱い」「馬鹿野郎である」「キラーである」「なんか凄い」「アヒーウヒョードベベベ!」状態への道かと。 我々タフメンズも未だ未だ修行の道程を歩き始めた童貞共ではありますが、うまく楽器が絡み逢ってい
るときは、かなりの音量で演奏しててもオフマイクで会話できたりする事も。面白いです。
音量の大きい方の話ばかりですが、難しいのは鳴らしてない時も一緒かと。いやむしろ…終わったのか、始まるのか、何もないのか…鳴らして無い分、情報量は無限な訳ですから、その瞬間。
音楽は素晴らしいです。入力する脳味噌と出力する脳味噌。それにダイレクトに反応でき得る肉体の技。
達者になりたいす。ここに書いた位の事は当たり前に踏まえて当たり前に実行したいのですが、アララ全然です。 てな事等々を考えつつ新曲作りであります。
2/22ネズミーランド横の会場で一端がお披露目できればやまんです。 そういや共演予定の西内さんと先日、下北沢ドラムソングでのボブの誕生日イベントにて酔話。フリージャズの話題から西内 「俺コルトレーンとボブマーリーって似てる気がする。」
俺 「ああ何となく…挑む姿勢っつーか、崇高なモノと邪なモノのね。ヤリ合いっつーか。ですかね?」
西内
「んーなんつーかねぇ。」 俺 「ローランドカークはどんなイメージっすか?」 西内 「ん~アノ人はねぇ(暫し考察)デニスブラウンとリーペリーかな。」 俺 「なんじゃそら!つまりパ―フェクトって事ぢゃないSKA!」 二人は爆笑しましたとさ。真の音楽人は時代を超えどこにでも現れます。
音量がデカイのと、音がウルサいのはまるで違う出来事ですね。しかしコレほとんど聞いてる人の価値感で違う見解になります。不思議であります。
ある人にとっての「轟音」がある人にとっては「寝息」であったり。その逆もあり。
音楽の種類によって(ジャンルぢゃないすよ。)培われてきた適正音量ってなんとなくありますかね?
転石’Sのキースリチャーズさんが「朝はクラッシック、日が暮れたらブルーズを聞くのさ。」なんておっしゃってたんで、真似したいのですが我が貧乏長屋ぢゃクラッシック音楽は無理。音量音圧の振り幅が大きいのでMYオーディオからぢゃ聴こえ無かったり突然ビックリしたりです。オーディオの前に張り付いてその都度ツマミを上げ下げして音楽干渉ぢゃねえかこれじゃ。て有り様となります。
やっぱりヘッドフォンも使います。けれどガッチリ聴いてしまいますからね逆に。音が信号になっちゃったりして。肌から直接聞きたいんです。音楽は。
自分らの製作中曲をごくごく小さな音量でヘッドフォンで聴いたりはします。気付かなかったグルーブのヨレなんか発見したりします。 以前車でロックステディを小さな音量で聞いていた時、最高にステディな「皆の唄」に聞こえた瞬間が有りました。何て凄い音楽だ!と思ったものです。 でクラッシックですがレゲエが踊る音楽、メディテーションの音楽としたら、クラッシックはビックリさす音楽、という気もします。もち良い、やまんな意味で。ダイナミクスが肝心ですから。
小中学校の朝、かかってたクラッシック。ありゃ幸せでした今思うと。遊んだり、掃除したりの中、適正大音量に近いところで聞けたのですから。椅子に座ってさあ聞きましょう!ってのじゃ無いのが良いでした。 大音量と騒音はホント難しいです。セレクタ行為をしてる時も難しいです。高音を上げて出てくる低音、あげてもあげても聞こえない低音、(盤の性格?)これ以上出すと壊れます。苦情来ます。という現場スタッフのクレーム。バランスに気を配って緻密に緻密になんてしてたらお客に「あのーもっとブリブリのお願いします。」 やっぱり自分の耳と心が痛いか痛くないかで立ち回るしか無いですよね。「ウルササ」をコントロールするには。楽器奏者として、時には「ウルサイ気持ち良さ」さえも扱えなければいけないですし。それが 「音が太い」「深い」「熱い」「馬鹿野郎である」「キラーである」「なんか凄い」「アヒーウヒョードベベベ!」状態への道かと。 我々タフメンズも未だ未だ修行の道程を歩き始めた童貞共ではありますが、うまく楽器が絡み逢ってい
るときは、かなりの音量で演奏しててもオフマイクで会話できたりする事も。面白いです。
音量の大きい方の話ばかりですが、難しいのは鳴らしてない時も一緒かと。いやむしろ…終わったのか、始まるのか、何もないのか…鳴らして無い分、情報量は無限な訳ですから、その瞬間。
音楽は素晴らしいです。入力する脳味噌と出力する脳味噌。それにダイレクトに反応でき得る肉体の技。
達者になりたいす。ここに書いた位の事は当たり前に踏まえて当たり前に実行したいのですが、アララ全然です。 てな事等々を考えつつ新曲作りであります。
2/22ネズミーランド横の会場で一端がお披露目できればやまんです。 そういや共演予定の西内さんと先日、下北沢ドラムソングでのボブの誕生日イベントにて酔話。フリージャズの話題から西内 「俺コルトレーンとボブマーリーって似てる気がする。」
俺 「ああ何となく…挑む姿勢っつーか、崇高なモノと邪なモノのね。ヤリ合いっつーか。ですかね?」
西内
「んーなんつーかねぇ。」 俺 「ローランドカークはどんなイメージっすか?」 西内 「ん~アノ人はねぇ(暫し考察)デニスブラウンとリーペリーかな。」 俺 「なんじゃそら!つまりパ―フェクトって事ぢゃないSKA!」 二人は爆笑しましたとさ。真の音楽人は時代を超えどこにでも現れます。






