指揮官の人選って大事です | ムズカシイことぬき!

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サッカー日本代表の戦いについてはもうあまりふれたくもないんですが・・・

■東アジアサッカー選手権2010 日本 0-0 中国

■お客さんのことまでは背負い切れない(岡田監督)

■岡田武史監督の代役は誰だ?


ただいま2010年6月のW杯本大会に向けての”強化試合”の2試合が終わったところ。

岡田監督率いる日本代表の目標は、「W杯ベスト4!」「世界を驚かせる!」です。

 1.南米予選10チーム中8位のベネズエラの2軍相手に0-0の引き分け。決定的なシーンが無し。

 2.アジア3次予選敗退(最終予選の10チームに入れず)の中国に0-0の引き分け。

   ※GK楢崎のPKビックセーブ(神業!)が無ければ、0-1で負けていました・・・。orz


・・・やー、想定内ですよ。だって指揮官が岡田監督ですから。簡単に予想は出来ますよ。


■「交代で出す選手がゲームの流れを変えられるとは思わなかった」(岡田監督)

試合後の記者達からの質問で、「もっと早く選手交代で流れを変えれば良かったのでは?」の質問に対し、岡田監督が答えたそうです。もう「監督としての自分の能力はありません」と正直に告白しているようなもんですよね。だって代表選手を選んでいるのは岡田監督自身ですから、当然ですが戦局に応じた交代策の手が打てるように交代選手を選んでおけば問題無かったわけですし。

どうしても点が欲しい時に途中交代で出すスペシャルな選手、どうしても守りきりたい時に途中交代で出すスペシャルな選手、怪我や退場処分など突発的な交代に対応できる複数のポジションで使える選手など。

そういった事を想定せずに、ただ好きな選手を勝手に呼んで試合を行ない、そして途中0-0でどうしても点が欲しい時に、「交代で出す選手がゲームの流れを変えられるとは思わなかった」と詰将棋で言えばもう詰んだみたいな発言(告白)をしたんですから、「オレは監督向いていない」って告白にも聞こえますよね~?

じゃあ、このサッカー日本代表の監督に岡田武史さんを選んだのは誰なんですか?って話ですが、JFA(日本サッカー協会)の当時は技術委員長であった小野剛氏です。(現在の技術委員長はスペイン大好き原博実氏)もちろん小野さん1人で決めた訳ではないです。JFAの幹部の話し合いで決めています。

そもそも、JFAの代表監督選定には昔から何の一貫性もなく、かなりミーハーでいい加減なもんです。1992年からオランダ人のオフト氏が初の外国人監督に就任。AFCアジアカップ優勝など結果を出し続けるが、1994年W杯でブラジルが優勝すると突然、やっぱブラジルだよねー!でブラジル人のファルカン氏をいきなり招聘。でも期待した結果が出ず、僅か8ヶ月で日本人の加茂氏にチェンジ・・・。

1997年フランスW杯予選中に加茂監督更迭で、岡田コーチを監督に昇格。1998年そのままフランスW杯へ。日本は全敗(0勝3敗)だったが、フランスがW杯優勝を果たすと、やっぱこれからはフランスだよねー!でフランス人のトルシエ氏を招聘。で2002年W杯ベスト16の結果を残すが、またもやブラジルが優勝。前から思ってたけど、やっぱブラジルだよねー!ってことで、ブラジル人のジーコ氏を招聘。

日本は個人の力より組織力で何とかW杯ベスト16(ホームゲームだっとことも大きいが)に滑り込んだが、ブラジル流の組織よりも個人でがんばって勝て!戦術を続け、2006年W杯ドイツ大会で予選全敗(0勝3敗)となる。日本人は個人技に頼ったブラジル流サッカーでは強くなれない、と組織力で人とボールが動き回って何とか勝つサッカーを目指し、ボスニア・ヘルツェゴビナのオシム氏を招聘。しかし2007年、高齢のオシム氏が体調不良になり、急遽W杯経験のある岡田氏にバトンを渡す。

・・・まあ、いっつもの事ですが、大事な監督人事がホンマ適当にやっつけですよね~。orz


そんなサッカー日本代表の岡田監督の報酬(年俸)ですが、推定1億400万円です。これは世界的に見て高いのか低いのかと言うと、

■日本代表・岡田武史監督はマラドーナ、ドゥンガ級

ワールドカップ南アフリカ大会出場32ヶ国中、ブラジルやアルゼンチンと並び堂々の11位です。優勝を狙えるチームの監督と同クラスの報酬をもらってりゃ、こりゃーもしも予選敗退とかなったら、「金返せー」のブーイングですよね。


うーーーん。


何を言っても、もう詰んでるような気がするんですよね。何もかも・・・。