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Sat, March 31, 2012 16:14:22

福島の子ども、避難中の牛と対面 山梨・南アルプス市

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http://digital.asahi.com/articles/TKY201203300736.html?id1=2&id2=cabcaddb

福島県の小中学生5人が30日、原発事故のため山梨県南アルプス市に避難している雌牛2頭と対面した。市民団体「放射能から福島の子どもたちを守る山梨の会」(渡辺蔵雄代表)から招待され、一時的にでも放射能被害を避けようと、春休み中に県内を訪れた。
 福島県二本松市に住む2家族のきょうだいで、新小3~新中3の男女5人。27日から3泊4日、都留市のキャンプ場に滞在し、釣りやキャンプファイア、富士急ハイランドで遊んだ。
 最後の訪問先が南アルプス市の牧場。福島のブランド牛「飯舘牛」2頭に触れながら、付き添いの母親2人と「福島に戻ってきてね」と声をかけた。
 牛たちは、ちょうど1年前、福島県飯舘村の農家から南アルプス市のNPO法人・南アルプスファームフィールドトリップに引き取られた。「福ちゃん」「島ちゃん」と名付けられ、それぞれ8月、11月に出産を控えている。
 「子どもたちを守る山梨の会」は、会員のカンパや甲府市での街頭募金約1万9千円を滞在費に充てた。福島の子どもたちは屋外での行動時間が制限されてストレスをためており、一時避難の希望は多いという。
 山梨の会は今後も夏休みなどに向けて活動していくといい、事務局今村栄一さん(65)は「山梨側では自宅に招きたいという申し出もあり、一人でも多くの子どもを呼びたい」。
 会は避難者らの支援に取り組む別の市民団体「いのち・むすびば」に賛同して結成された。自らも福島から甲府市に移り住んだ「むすびば」代表、小河原律香さん(30)も牧場を訪問。「山梨の方々の支援がありがたい」と話した。
 息子3人に付き添った安斎頼子さん(41)は「福島では、気軽に土にも触れられません。子どもたちは久しぶりにマスクを外しました」。長男の新中3、颯良(そら)君は「おかげでのびのびと楽しめました。友達にも勧めたい」と話した。(岩城興)

$早川日記
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Sat, March 31, 2012 16:12:03

福島・飯舘村の住民が東電提訴 被ばくや避難の慰謝料請求

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http://www.hokkaido-np.co.jp/news/dogai/361499.html

福島第1原発事故で全域が計画的避難区域に指定されている福島県飯舘村の5世帯14人が30日、被ばくや避難生活で精神的苦痛を受けたとして、東京電力に計約2億6400万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。

 避難での精神的損害について、東電は国の指針を踏まえ1人月額10万円を基本としている。原告側は「被ばくの不安や生活基盤破壊の深刻さを考慮していない」と指摘。

 交通事故の慰謝料を参考にした指針の考え方自体が間違っており、妥当な慰謝料額を裁判で判断してほしいと、原子力損害賠償紛争解決センターへの申し立てではなく提訴を選んだ。

$早川日記
Sat, March 31, 2012 08:47:40

裂かれる村の絆

テーマ:ブログ
中日新聞からです。

復興10年計画の福島・飯舘


東京電力福島原発事故で、住民が避難を強いられた福島県飯舘村。
菅野村長は除染による既存を目指すが、除染効果を疑問視する住民たちの中には村の移転を訴える声もある。
村議会は帰村を基本にした復興計画を了承したが、住民らの気持ちは揺れている。
山あいの寒村から、助け合いの精神で村おこしに成功した住民たち。その人間関係も、原発事故で寸断されねない状況だ。


残雪の集落高線量続く
残雪で覆われた集落の墓地に真新しい足跡が重なっている。飯舘村。
お彼岸の今月20日、多くの住民たちが墓参りのため、一時帰宅していた。
住む人がいない家はあちこち傷み、修理に追われる姿も。
福島市の避難先から戻った女性は
「蛇口が壊れ、ジャージャー流れていた。逃げるとき、元栓をしめておけば」と悔やむ。
昨年5月半ばに家族で避難した。小学生の孫たちは最寄の学校に転校した。
女性は「うちが子供優先」と話した。
原発事故前。飯舘村は「までいライフ(丁寧な暮らし)」を掲げ、寒冷地での高原野菜や「飯舘牛」のブランド化で村おこしを進めてきた。
村は同12月「いいたて までいな復興計画」を策定。
除染を前提とした帰村に向けての総合的な計画をたてた。
復興計画は短期(今後2年)、中期(2~5年後)、長期(5~10年後)の三段階で展開。
二年後の目標を「村民の一部・一時的な帰村の開始」、5年後は「希望する全村民の帰村の実現」、10年後は「復興の達成」としている。
今年3月1日現在で、約6500人の村民のうち500人が県外で生活。
残る6000人が、福島市を中心に近隣の伊達市や川俣町など県内の仮設や借り上げ住宅で暮らす。
高齢者施設以外で、13人が村にとどまった。

「立ち退け」なぜ言わぬ

村は小中学校を川俣町に仮移転。小学生250人、中学生135人が避難先の学校に移った。
新年度から小学生は川俣町で購入した土地のプレハブ校舎で再スタートする。
ただ、そこにいつまでいるのかは復興計画に記されていない。
空間放射線量の高い村南部の長泥地区の住民らに会った。
村の調査(3月9日)でも地区の宅地の線量は地上1メートルで8.25マイクロシーベルトもあった。
ある農業男性は「あの3月11日(の事故)をなかったことにしてほしい」と話し始めた。
「村は除染、除染というが無理でしょ。土地の表面削ってみても、また戻ってる。田んぼを削っても、山からの水が汚れている。かといって、山の木を全部切ったら水害になる。娘さんをもらったばかりの息子も「もう村には帰んね」と言っていると吐き捨てた。
別の農業男性は「仮に(相対的に線量の低い)北部に住めと言われても、それだと避難と同じ。戻ることにはならない。無意味な除染を繰り返すくらいなら、国と東電で土地を買い上げてほしい。「取り返しがつかなくなった。立ち退け」となぜ言ってくれない」と顔をゆがめた。



$早川日記



$早川日記


住民悲観「無理でしょ」

村長の立場、同情の声も

復興計画は、新年度予算にも反映された。この3月議会で可決された一般会計約45億円の予算の中には
「復興計画の『命をまもる』の項目として(帰村の判断材料を提供する)リスクコミュニケーション事業に約900万円が計上された」という。
ただ、昨年9月の村の除染計画では、費用を約3200億円と見積もった。
財源は確保されていない。
ちなみに復興計画のたたき台を検討した村民会議には、東京大付属病院放射線科の中川准教授や除染の専門家として元日本原子力学会長の田中俊一氏が加わった。
ともに脱原発派からは批判されており、住民には違和感もあった。
本誌は菅野村長にも取材を申し入れたが「多忙」を理由に実現しなかった。
国と二人三脚で「除染と帰村」を掲げる村に対して、「新飯舘村の建設(村の移転)を目指す」として、署名活動を展開する住民たちもいる。
その一人で、飯舘村の農業研修所で管理人をする伊藤さんは「除染して帰村するしかないというのが、村長の姿勢。しかし、その選択肢しか与えないのはおかしい。必ずしも全村移転は求めてはいない。10人でもまとまって移住を希望するなら、その声も認めるべきだ」と憤る。
「国や村は帰村を急がせるが、時期が来れば、その後の賠償は打ち切りとなりかねない」
こうした相反する主張に、住民たちの気持ちは揺れている。
村長に同情する川俣町に避難中の男性は「村長だってたぶん、除染が厳しいことは分かっている。でも、「村に戻る」と言わない限り、国もケ県も何もしない。
飯舘村がゴーストタウンになるのは目に見えている。ここまで村をつくってきた村長が1番つらいと思う」と語る。
大工の男性は「役場の場所を中心に病院や老人ホームを整備し、最初は300人ぐらいが低線量の場所を『飛び地』のようにして暮らす方法もある」と早期の帰村方針に理解を示した。


生活に不安『若ければ』
しかし、酪農を営んでいた長谷川さんは「帰村したいのは村の誰も同じだが、除染まっしぐらに進む村長のかじ取りには疑問がある。村民の声は入っていない」と不満を口にした。
「思いと現実は違う。巨額の予算を投入して、4,5年後に『やっぱり除染は無理だった』では取り返しがつかない。村を出るという方向性も残しておいてほしい」
長谷川さんは独自に同じ行政区の村民たちに今後の意向をアンケートし、来月にも結果を村の住民に通知するという。
福島市の仮設住宅で暮らす男性は「年寄りはなんとかなるけど、若い者は戻っても仕事がない。生活できねべ」と言った。
別の男性も「仮にある程度除染ができても、飯舘の農産物を買ってくれる消費者がいるだろうか」と案じた。
除染して帰村、農業再開という村のプランは「子供だまし。誰が納得するか」。
かといって、新天地への移転には「若ければいいけど・・・。」
あるだんせいのそうした反応が素朴な住民の心を代弁しているようだった。
帰村にせよ、集団移動にせよ、それは住民たちの絆を大切にすることに変わりはない。
だが、若い世代の中には、すでに移転先で職を見つけ、新たな生活を営み始めた人たちもいる。
住民の一人はこうつぶやいた。

「俺らが望んだ原発じゃない。こうなってみると、なくていい。いや、なくしてほしい。」


$早川日記
村に残された飼い犬。住人は頻繁に世話に戻っているという



避難生活の苦痛
東電に賠償訴訟
飯舘村の14人

東京電力福島第一原発事故で避難を強いられ精神的苦痛を被ったとして、福島市や仙台市などに避難している福島県飯舘村の住民5世帯14人が30日、東電に約2億6400万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
東電によると、避難住民の損害賠償請求訴訟は10数件あるが、集団での訴訟は確認できていない。
訴状によると、避難による精神的損害に対する賠償額は、原子力損害賠償紛争審査会が策定した指針に基づき一人月額10万円が基本とされた。
原告側は、放射線による被ばくや生活基盤を失ったことなどへの不安や苦痛が考慮されていないと主張。月額30万円を求めた。
また東電が謝罪の態度を示していないとして、1世帯当たり、1000万円の支払いなども請求した。
今回の訴訟では慰謝料のみ求め、財産的損害は今後、原子力損害賠償紛争解決センターに和解仲介を申し立てる。
会見した、原告の一人、市沢さんは「コーヒー店とブルーベリー農園を営み、自分なりの生き方を見つけて一生懸命やってきたが、今は途方に暮れている。東電は人生を狂わせたのだから誠意ある謝罪をしてほしい」と話した。

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