今日は3回目の復活観劇。隣には京都から宮川町の芸妓・菊つるさんが観に来てくれた(菊つるさんは大の大空祐飛さんのファンで退団をとても残念に思っているようでした)。席が中央且つ前のほうだったためか3回のなかではオペラグラス無しで生徒さんが一番良く見え,全体の様子も一望できた。歌劇だけでなくショーの迫力も臨場感を十分共有できた。席の位置によってこれほど見え方・感受のしかたが違うということを体験できた。3回みるとストーリーはよくわかってきたが,カチューシャがなぜネフリュードフ以外のひとと結婚しなければならないのか?自分にはとうとう理解できなかった。家系,身分,将来のことの説明,等々を勘案し,カチューシャは,ネフリュードフへの愛の唯一の証として,別の道を選ぶのだが,真実の恋をぶっちぎって(ここが真実の恋ではなかったとの筋書き・設定なのか?),新しい愛の世界における復活(なんの復活?魂の復活?)?恋が終わったら愛は終わるのではないの?恋が終わって愛が残った,のだったら,恋と愛は別のものなの?なんだか僕のこころはクエスチョンマークだらけで・・・これを理解するにはぼくには無理のようで??・・・,昔読んだ本にあったことを思い出した・・・それは,読めば読むほどわからなくなる本,それがいい本です,と・・・。これに関しては,その当時も今も全く反対意見で,読めば読むほどわかってくる本,それがいい本だと,自分はおもっています。ので,この,復活,の歌劇の内容(演技とか歌とか動作踊り衣装音楽舞台設定照明などではなく・・・これらはほんとうにすばらしいと思っています。)は,自分には,あまりよく理解できませんでした。もし,僕がこの歌劇の作り手だとしたら,何百年とは言わないまでも何十年も観るに耐えられるように・わかりやすく理解できるように,改良して作り直していってもいいように思われた。でも,でも,でも,宝塚の生徒さんによる,現に上演されている,復活,は,ぼくの至らない理解を超えて,すばらしい感動を与えてくれて,帰宅後も明日へ向かって元気いっぱいです。宝塚,素晴らしい。


