2006年7月

HIVに感染していることが
わかりました

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2012年01月03日(火)

休止-声を聴かせて-

テーマ:ブログ
 ブログ休止のお知らせです。

 年末一掃大セールの後には閑古鳥が鳴くもの。というわけで、今年はしばらくブログをお休みします。今回は休止前の最後の記事となるので、その辺について少しじっくりと書いてみることに致します。

―ブログを始めたきっかけは?―

 人それぞれ、ブログを開始する理由はあると思います。自分にとっては、その1つがHIVの治療に関する記録を残したい、ということでした。それはHIVの陽性か陰性かの抗体検査から始まって、病院での治療、医療費及び社会福祉についても書いておきたかったのです。とにかく検査所でHIV陽性の告知を受けてから何が役に立ったといって、自分がこれから辿るべき道を少しでも先に歩きだしている方の情報は貴重なものでしたから。ですから、自分としてもそういったことを踏まえ、さらに「そこまで必要か」といった些細なことまでを書いていこうと決めました。

 時は経ち。

 ブログを始めてからしばらくすると、体調も治療法も安定し、あえてブログに書くこともなくなります。そんな時ぼくは、本筋とは離れた内容で更新を重ねてきました。特にここ数年はほとんどがそういった内容でした。そのような状況で更新を重ねていく中で、自分の中にはどうにも違和感というかスッキリしないものが渦巻いていました。このブログでやるべきことってこれなのか、こうしたことを書くためにここはあるのか、といった思いがずっと消えなかったのです。

―ブログを続ける理由は?―

 何年も前から、自分の中にブログをやり続けるための意味を探してきました。長いことその答えが見つかることはありませんでしたが、ただ、今やっていることでないことだけは確信していました。そんな中、石井光太著の「感染宣告」と出会いました。その時、はっきりとその輪郭が見えたわけではありませんが、そのおぼろげな外観の中に自分がずっと探してきたものがあるような気がしました。

 2010年、冬。

 自分なりの感染宣告を書いてみようと思いました。どうでもいい内容の記事を更新し続けるよりも、自分にとって意味のあることをやってみたかったのです(それが他人にとっては意味がないことだとしても)。

 2011年、新春。

 ぼくはアメブロのHIVに関連するブログを書いている方に、思いきってメールを送ってみることにしました。お話を聞かせてほしい、と。自分の性格的には直接会って話を聞くよりメールのやりとりでことを済ませたいタイプなのですが、やはりこの件については直に会ってその人物に少しでも近づき、表情や声の抑揚を知った上で記事を書くことが必要だと思えました。

 2011年、夏。

 その方とは年明けから何度かメールのやり取りをし、自分なりに準備を整え、連日猛暑が伝えられていた時期に大阪へと向かいました。結果として、その方と直に会ってお話を聞くことはできませんでした。色々な意味で、タイミングが悪かったのだと思います。ただ、なんとか連絡を取り合えるまでにはなったので、この先機会があればまたお願いしたいとは思っております。

 再び時は経ち。

―2012年の抱負―

 結局、2011年に1番やりたかったことはできませんでした。本当にやりたかったことがあったため、余計にそれ以外の記事を書くことへの抵抗は増しました。どこかで、「元気でやっています」と伝えるためだけにブログを更新していた気もします。

 そこで今年は、やはり本当にやりたいことをやってみようと思います。それは1番自分が苦手とすることへの挑戦にもつながります。ここで散々、人に会いたくない、誰にも会いたくない、と言い続けてきた人間に、今さら「話を聞かせてほしい」と言われても困惑するだけだとは思いますが、今年はぜひ自分なりの感染宣告を書いてみようと思います。

 そこでお願いです。これまでこちらからお願いをした方たちから、お話を聞く承諾を得られてはいません。確かに、自分が逆の立場であれば、どこの誰かもわからない人間に1番人には知られたくない部分を色々聞かれ、それを自らの口で語ることには抵抗があると思います。ただ、細心の注意を払い、個人が特定できないような書き方にしますので、ぜひご協力してくださる方を募りたいと思います。誠に勝手ながら、下記の条件でご協力してくださる方がいましたら、アメブロのメッセージ宛にご連絡をください。

 1.HIV感染者の方
 2.ブログで病気について綴っている方
 3.都内でお話しできる方

 上記の2については、こちらでもまったく情報がないと困難な面もありますので、ある程度その方の背景が見えることを望んでいます。すべて病気に関することを綴っている必要はなく、ただその方の人となりがわかるような内容だとありがたいです。

 3につきましては、これは昨年やってみてわかったのですが、とにかく会うためにお互いの都合のつく日を決めることが何より困難なことがわかりました。それは、遠距離であればなおさらです。ですから今回は目安として、都内でお会いできる方がいればありがたいです。

 なんだかお願い事なのにこちらの希望ばかりですね。恐縮しきりです。

―最後に―

 みなさんから頂いた2011年最後のブログのコメントを全て読ませていただきました。それを読むと、1日でも多く更新をすることがより大切だということがわかります。それなのに、これから自分がやろうとしていることは、みなさんが全く望んでいない独りよがりなことばかりです。上手くいくかはわかりません。協力者はゼロかもしれません。それでも今年は、とにかく動き出してそれが良いにしろ悪いにしろ結果を見たいと思います。

 性格的に、上記の記事がある程度の目途がつくまで、他の記事の更新はできなくなると思います。それはこれまで不定期で更新していた通院記録も然りです。再開の予定も告げずにお休みするのは心苦しくもありますが、玉砕したならしたなりにきちんとそれは報告致します。ですから今年は、「とにかく当たって砕けろ」の精神で1年のスタートを切ることに致しました。相変わらず、こんな奴ですみません。

 新春。

 快晴の休日。

 それでは・・・。



「行ってきます」



2011年12月30日(金)

過失-399DAYS(6)-

テーマ:ブログ
 【2011年12月中旬(3)】

 ぼくが服用している抗HIV薬はツルバダとアイセントレスの2種類である。この2つの薬は副作用が比較的少ないと言われていて、ぼくもそれを聞いて投薬治療にこの2つを選んだ。ただ、この2種類はまだ認可されてからそれほど月日が経っていない(ツルバダ:2005年、アイセントレス:2008年)。ということは、飲み始めた直後の副作用として、頭痛、下痢、吐き気などといった症状が出る場合もあることは知られているが、この薬を10年、20年と飲み続けた結果、どのような副作用が現れるのかは不明なのである。そんなわけで投薬治療中の患者は、今後も定期的に小部屋に呼ばれて薬の効果と体の変化について問診されるらしい。

 目の前の看護婦さんの顔を見ながら、この人は自分より年上だろうか、年下だろうか、と関係のないことを考えていると、「ただですね」と言って看護婦さんはぼくの方に向き直った。

「抗HIV薬を飲んでいる方は飲んでいない方に比べてロウカガハヤイといったことは言われているんです」

 この「ロウカガハヤイ」という言葉を、ぼくは「廊下が早い」ではなく「老化が早い」と素早く頭の中で変換した。そして、老化が早いということは人より年を取るのが早くなることだと思い込み、つまりは老けやすいってことですか、と看護婦さんに詰め寄った。

 この直後の看護婦さんの表情をぼくは忘れない。

 バーカ、んなわけねーだろ、何言ってんだこいつ、と言いたかったに違いない。プッ、と看護婦さんは小さく息を吐いたあと、「そうではなくてですね」とロウカガハヤイの意味を教えてくれた。

 なんでも抗HIV薬を飲んでいる人は、それを飲んでいない人に比べて高脂血症になりやすいというのである。簡単に言ってしまうと、血液中のコレステロールや中性脂肪が溜まりやすく、ついには心筋梗塞や脳梗塞を起こす可能性も高くなるという。あわわわわ、である。

 健康に気をつけてください、とか、適度な運動を心がけてください、と先生に言われるよりも、なぜかこの看護婦さんのにこやかなんだけれど重みのある発言に、ぼくは一層の健康管理を誓うのであった。微笑みながら口にされる病名。しかもそれが重いとなると、暴飲暴食万歳、不眠不休GOGO、とは到底思えない。

 これまでコレステロールとか中性脂肪の値なんて気にしたこともなかったけれど、今後はこういったことにも少しは注意したほうがいいのかもしれない。今回もまた3か月分の大量の薬を受け取ると、ぼくは鞄の重みを肩に感じながら病院を後にした。

 【2011年12月下旬】

 さて、いよいよ今年最後の更新となりました。本当は最後に「本をかかえて」で終わりたかったのですが、どうにもこうにも時間がなく(午後も仕事で・・・)、ここで一区切りということに致します。

 2011年を振り返ってみると、個人的には大きな変化のない日々の積み重ねの1年でした。ただ、今年は日本にとって、何を置いても東日本大震災に触れないわけにはいきません。

 震災後、ぼくも地震について少しブログで書いたこともあったのですが、今になってみると「わかってねーな」と申し訳なくて削除したくなります。それは「遺体」(石井光太著)を読んでみると明らかです。このお正月休み、時間に余裕がある方には手にとって頂きたい1冊です。

 まだ、あの日は終わっていません。

 寒空の下、迷子になっている人が大勢います。誰か見つけて、早く見つけて、と帰りたがっている人が泣いています。その人たちは今、息をしていません。それでも声を限りに叫んでいるでしょう。その声に耳を傾け、懸命に被災地で尽力されている方たちがいます。頭が下がります。

 当初、自分にできることを、と思っていたぼくは今、本当に自分にできうることをやり尽くしてはいません。テレビや新聞の報道を目にするたび、終わっていないことに気づかされる残酷な自分がいます。

 忘れていくって、残酷なことです。

 今年は自分の身の回りで大きな環境の変化はなかったものの、ほんの少しだけ、自分の中での変化はあった気がします。それはとても悲惨な出来事による気づきではありましたが、こんなことでもなければそれにすら気づけなかった自分がいるのは恐ろしいことです。

 みなさまは、今年1年はどんな年だったでしょうか。
 どんな本を読みましたか。
 どんな映画を見ましたか。
 そして、何に気づかされましたか。

 最後に。

 このブログをどこからか、何かのきっかけで見てくださったことに感謝いたします。
 来年がみなさまにとって、少しでも笑顔の多い年でありますように。

 よいお年を。



2011年12月29日(木)

過失-399DAYS(5)-

テーマ:ブログ
 今朝、電車に乗ると妙に車内が空いていた。ま、まさか、今日から休みの人も多いのだろうか。未だにいつから休めるのかわからない人間にとっては、侘びしい光景である。それでは、ひっそりと更新でもすることにする。

【2011年12月中旬(2)】

 小部屋に入ると、一瞬にしてあの日の記憶が蘇った。2006年8月、この病院でHIVについて初めて問診を受けたのがこの部屋であった。自分がどうなっていて、そしてこれからどうなっていくのか、不安と恐怖しか感じなかった。対面してくれた助手の先生は、そんな緊張を解くようにとても落ち着いていて話しやすい雰囲気を作ってくれた。けれど1番最初に話をしたその先生は、今はもういない。そしてあの頃の主治医だった先生も、転勤で大阪へ行ってしまった。今、目の前にいるのは、初めて顔を合わせる看護婦である。

「HIVの治療薬には新しい種類もあって、まだ副作用についてわかっていないものもあります。ですから投薬治療中の患者さんに、定期的にお話を窺って色々と調べることになっています」

 看護婦は面談の意味を簡単に説明した。投薬治療が1年を経過したこともあり、今回はぼくがこの部屋に呼ばれたらしい。

「薬の効果もすぐに現れて、副作用もなくてよかったですね」

 看護婦はにこやかに対応してくれる。ただぼくは、例の飲み忘れのことを言わないわけにもいかず、「実は・・・」と先ほど先生に話した内容と同じことを看護婦に伝えた。

 看護婦は先生と違って、どんなふうに毎日服用をしているか細かく訊ねた。そこでぼくは、朝と夜のピルケースの使い分けから始まって、どのタイミングでどんな行動をするかまで細かく答えた。それを聞いて看護婦は、1つの提案をした。

「では明日から、翌朝飲むピルケースを夜のうちにチェックしておきましょう。そうすればもし飲み忘れていても、夜の時点でそのことに気づいて薬を飲むことができます」

 単純なことだが、看護婦に言われて「ほほォ」と思った。確かに、これまでのように起きてから朝の分のピルケースを手にすると、飲み忘れに気づくのは丸1日経ってからになる。夜のうちにチェックしておけば、少なくとも丸1日薬の成分が体の中から消えてしまうことはない。

 看護婦さん、いいこと言いますね、と心の中で呟き、ぼくは早速その日からそれを実行することにした。そして話は、薬の副作用へと移っていった。



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