2012-02-15 10:44:01
城戦隊 ナキジングスクジャー
テーマ: ・城戦隊
ども。
きんぐ君はオヤジ・オカンと沖縄旅行中です。
(2月4日の話です)
移動してやってきたのは
今帰仁城址(なきじんぐすぐ)
日本100名城のひとつです。
※ 今帰仁城址のwikiは→コチラ
平郎門。
今帰仁城の正門で、その名称は「琉球国由来記」に「北山王者、本門、平郎門ヲ守護ス」として登場します。
現在見る門は、昭和37年(1962)に修復されたもので、左右に狭間があり、
門の天井は大きな一枚岩を乗せた堅牢なつくりとなっています。
ちょうど、桜まつりが行われてました。
大雪のニュースが飛び交う中、
さくらだなんて・・・。
本当に気温の差を感じますね。。。
七五三の階段
平郎門から大庭まで続く参堂は戦前に地元民によって桜の植栽とともに直線道に整備されます。
戦後まもなく米軍の車両が城内へ登ることから、戦災文化財の修理として文化財保護委員会の指導のもと、
今見る階段の整備が行われました。
そんなこんなで、
城の上まで登りました。
御内原からの景色
御内原はかつて「女官部屋」があったといわれているところです。
城内でも崇高な場所とされ男子禁制の御嶽テンチジアマチジがあります。
眺望は城内で最もよいところで、大隅一帯の石垣をはじめ今帰仁村全域、伊平屋・伊是名の島々、
国頭の山並麓、晴れた日には遠く与論島が眺め られ、海を眼下に見ることができます。
曇っていて残念です・・・。
主郭
主郭には多くの礎石が現存し、桜の植樹のためか、一部移動させられている石もありますが、
かつての 建物の形がいくらか想像できます。
1982年から4年間発掘調査が行われました。
発掘調査の結果13世紀終わりころから17世紀初め頃まで機能していたこ とがわかりました。
監守引き上げ以降は、火之神の祠が設置され、さらに来歴碑が建立され祭祀を行う場所として利用されています。
歴史文化センターを見学してから
次なる目的地へと向かいました。
きんぐ君はオヤジ・オカンと沖縄旅行中です。
(2月4日の話です)
移動してやってきたのは
今帰仁城址(なきじんぐすぐ)
日本100名城のひとつです。
※ 今帰仁城址のwikiは→コチラ
平郎門。
今帰仁城の正門で、その名称は「琉球国由来記」に「北山王者、本門、平郎門ヲ守護ス」として登場します。
現在見る門は、昭和37年(1962)に修復されたもので、左右に狭間があり、
門の天井は大きな一枚岩を乗せた堅牢なつくりとなっています。
ちょうど、桜まつりが行われてました。
大雪のニュースが飛び交う中、
さくらだなんて・・・。
本当に気温の差を感じますね。。。
七五三の階段
平郎門から大庭まで続く参堂は戦前に地元民によって桜の植栽とともに直線道に整備されます。
戦後まもなく米軍の車両が城内へ登ることから、戦災文化財の修理として文化財保護委員会の指導のもと、
今見る階段の整備が行われました。
そんなこんなで、
城の上まで登りました。
御内原からの景色
御内原はかつて「女官部屋」があったといわれているところです。
城内でも崇高な場所とされ男子禁制の御嶽テンチジアマチジがあります。
眺望は城内で最もよいところで、大隅一帯の石垣をはじめ今帰仁村全域、伊平屋・伊是名の島々、
国頭の山並麓、晴れた日には遠く与論島が眺め られ、海を眼下に見ることができます。
曇っていて残念です・・・。
主郭
主郭には多くの礎石が現存し、桜の植樹のためか、一部移動させられている石もありますが、
かつての 建物の形がいくらか想像できます。
1982年から4年間発掘調査が行われました。
発掘調査の結果13世紀終わりころから17世紀初め頃まで機能していたこ とがわかりました。
監守引き上げ以降は、火之神の祠が設置され、さらに来歴碑が建立され祭祀を行う場所として利用されています。
歴史文化センターを見学してから
次なる目的地へと向かいました。



















