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「それよりマスター、マスターの方は大丈夫でしたか?」
 嬉々として話す様子に、諷雫は内心ため息を吐いた。いや、表情にも出てしまったかもしれない。
(これは、明らかに表向きの情報しか話してくれてませんね)
 色々諦めるとしても、どうしても昨日の情報は欲しい。特に『椿から話を聞かないといけないレベルの重要な情報』は空想図が求めるもので、つまり可能性を集めて紡ぐ未来に必要不可欠だというのに。
(一体どうしたら話してくれるんでしょう? ヴァントさんに相談すべきでしょうか)

 同じくマターボードを持ち、過去に干渉できる放浪者のことを思い出す。おそらく彼も、今を知り過去を変えようと情報を集めているはずだ。だが、それなら空想図はヴァントに話を聞くという指示を出す筈だからやはり椿でないといけない理由があるはずなのだ。

 椿は笑っている。諷雫が困っているのを察してるはずなのに、決して自分から情報を明かすことはしない。しかし諷雫は誘導できる自信が全くない。

 声は、悩む諷雫の隣から発せられた。
「ツバキ、どうしたの?」
 諷雫と一緒に別室に移動した少女、マトイである。記憶喪失により現在メディカルセンターのフィリア預かりとなっている少女で、ヴァントに大変なついている。
 加えて、諷雫と椿がサポートパートナー契約を結ぶきっかけとなったのもこの少女だ。
「何がですか?」
「だって」
 心配そうな赤い目を、まっすぐに椿に注いだまま、マトイは拙いながらも必死に感じ取ったことを言葉にしようとする。
「ユキナミがいなくなって、リユイも起きないのに、ツバキ、平気そう」
「どうしてそれで傷つかないといけないんですか?」
 心底不思議そうな椿はつい先程と変わらない。けれど、諷雫もよくわからないひっかかりを覚えた。

「僕はマスター(諷雫さん)のサポートパートナーです、他の誰がどうなろうと僕には関係ありません。僕が気にすべきはマスターのことだけです」

 ――他の人なら嫌悪を覚えるかもしれない内容、でも、ひっかかったのはそういうことではなくて。
「……やっぱり、ツバキ、いつもと、違うよ?」

 必死に糸口をつかもうとする諷雫に対して、マトイは確信を得たらしい。数秒の沈黙の後、再びその可憐な唇を開いた。


「いつものツバキなら、本当はそう思ってても、ソラシズクと私に言ったり、しないよ?」


 ――!

(マトイちゃんお見事です!!)
 そうだ、最初からおかしかったのだ。諷雫はサポートパートナーとしての椿の性と思ったが、それでもやはりおかしかったのだ。
 椿は空気を読み、察する。体面や建前を保つ必要性を理解している。なのに先刻までの彼の言動は――他の人なら嫌悪すら覚えるかもしれない本音は、周囲との協調性を無視した彼らしくないものなのだ。

 それに。諷雫は椿を見る。

 椿の手も足もお行儀よく、椅子を揺らす様子もない。だが、彼は何かして出ないと落ち着いて話を聞いたり説明をしたりなんて出来ない子だ。対面での対話なんて以ての外。

「……それ、は」
 椿は完全に言葉に窮した。普段通りを心がけすぎて、完全に間違えたことを悟ったらしい。
「私が来た時も、ぜんぜん、気にしてなかった。でも、普段のツバキなら、きっと、声、かけてたよ」
 マトイの言う通りだ。いつもの椿なら声をかけつつ、マトイにもリユイの方へ残るように言っていた。なのに、諷雫と共に入室するのを止めなかった。
 とにかく諷雫に意識を向けようとし過ぎていたから。
 別のことが、気になってしまっていたから。


「だって、僕はマスターのサポートだから」
 そうだ、だから当然なのだ。今まで言ってきた通りじゃないといけないんだ。
「他の人のことを気にするなんて、おかしい」
 変わるな、変わってくれるな。
 椿の脳裏には、ユキナミの最後とリユイが倒れる瞬間が重なって焼き付いて離れない。けれどそんな事実はあってはいけないのだ。
 無茶するマンルーンを必死に支援したり、逃げずにベイゼ破壊に躍起になったり、二人だけで封鎖区域に入ったり、ユキナミの為に必死に治療したり、暴走するリユイから距離を取りつつも回復テクニックを使って死なないようにしたり。
 全部諷雫の為だ、きっとその場にいたら諷雫が望むからだ。
 ――でも、本当にそれだけか。
 それだけだ。それだけじゃなきゃいけない。サポートパートナーなのにマスター以外の為に動くなんてそんなのおかしい。
 進まないといけない。変わらないといけない。
 椿にはそんなの必要ない。必要ないんだから。『椿』自身はそう信じている。

「僕は、マスターのサポートが仕事なのに……」

 ――なんで、昨日のことでショックなんて受けてるのだろう。


 俯く椿に対して、諷雫は反対に安堵していた。
 ――ああ、良かった。
 椿にとっては葛藤で矛盾であるかもしれないけれど、彼がマスター以外の存在を気にかけ始めたというのは、『彼自身の想い』で行動し始めたということは多くの人が望んだことだから。
 昨日までは不安だった。自分達はうまく進めているか疑問だった。
 でも、まだ諦める必要はないのだ。そのことに自分で気づけなかったのがマスターとして恥ずかしい所だけれど、でも、気づかず諦めるよりはずっと良かった。
 マトイを入室させたのは空想図に従ったからではない。本当に偶然だった。でも、彼女に一緒に来てもらうことを頼んで良かった。
 それすらも、シオンにはお見通しだったのかもしれないけれど。
「そうですね、椿君は私のサポートパートナーさんですものね」
 諷雫は流されやすく、良い子というイメージが知り合いの中ではあるらしい。というか椿も最初の頃はそういう風に思ってて、無茶ぶり的な仕事の回し方をしてくるヴァントをかなり敵視していた時もあった。
 しかし、諷雫自身はそうしたイメージに対して思う所は『申し訳ない』だ。
「なら」
 ――そうしたイメージを持ってる皆さん、ごめんなさい。
「昨日の襲撃でわかってること、全部教えてくれますよね?」
 ――私、結構ズルい人間です。
 ひくり、と椿の喉仏がひきつったのが見えたが、諷雫は笑顔を貫いた。



 招かれざる客が来たのは、諷雫達が隣室へ移動して三十分も経たない頃だった。
「貴様、邪魔をする気か」
 見覚えのある男は、サポートパートナーの教官。アークス組織至上主義な考えと個人としてのアークスやサポートパートナーを道具として見る考えでサポート達の間ではかなり嫌われていた男だ。
「彼女は病人です、今は安静にすべきと医師からも言われています」
 そんな男が突然訪ねてきたことに、マンルーンが警戒しないわけがなかった。明らかに見舞いに来たのではない態度にリリィの機嫌は悪くなってるし、ラピピも萎縮してしまっている。
 睨み合いは、しばし続いた。均衡は最悪の形で崩れた。

「む。目が覚めたか、無能が」

 今まで目覚める気配のなかったリユイが、いつの間にか上半身を起こしていた。
「ぴ、ぴぴぃ!」
 呆、とした様子で周囲を見回す彼女に、普段の聡さは見受けられない。声をかけようとして、しかしそもそも彼女が自分のことや彼女自身の名前を覚えてるかすらわからなくてマンルーンは何も言えなくなってしまう。
「貴様如きの為に、この私が来てやったんだ。ありがたく思え」
 けれど男はお構いなしの様子で、勝手に室内へ足を踏み入れていた。
「わざわざ来る位なら来んなって。とっとと帰れや禿親父、うざいんだよ」
 一瞬だけ男の肩が揺れた。けれど、咳払いと共にリリィからリユイへと視線を移す。
「――サポートパートナー、リユイ。貴様の新しいマスターが決まった、急ぎ支度を整えよ」
 ――え?
 今、この男は何を言った。
 新しいマスター。でも、リユイは昨日マスターを失ったばかりだ。なのになぜそんなにすぐに新しいマスター候補を選別出来るのか。
「あんた脳味噌いかれてんの? 突然そんなの言われてはいなんて言えるわけないでしょーが」
「問題ない。前マスターの生存反応が消えたと同時に、かつての情報は消え去る。それならばどんな無能であれ、寝かせておく暇はない」
 ――まさか。
 狙いは、それだったのか。リユイを新しいマスターにつかせる為だけに、ユキナミを死なせたのか。
「……」
「何をしている。《アークス》の決定には従え」
 そこまで、アークスという組織は腐っているのか。
 リユイは、反応しなかった。澄んだ目に僅かな困惑を乗せているが、それがどういう意味合いかはマンルーンには分からない。
 反応の鈍いリユイに、男は再び肩をすくめた。
「無能はやはり、死んだゴミが似合い――」
 言い終わるより先に、

「ぁ…人を……!」

 真っ赤な火球が男に向かって放たれた。
「!?」
「ひ、ひぃ!?」


「撤回しろ」


 マンルーンは、間違いに気づいた。
 眠っていたのは、記憶消去による再起動ではなかった。
 記憶消去に抗い、勝利し、休んでいただけだったのだ。

「ユキナミさんを! 馬鹿にするなぁっ!」

 灰色の澄んだ目に怒りが灯る。
 赤い炎が、空間に再び生まれる。
 ――あの日も、そうだった。
 ――街が焼けていて、硝煙の臭いが鼻をついて。
 ――誰かの悲鳴が聞こえてきて。
 ――『私』はその中で必死に動こうとするけれど、でもどうしようも出来なくて。
 ――誰かの身体が屈んで――。
 一瞬のフラッシュバック、それがいつのことかを思い出すより先に男の腕を掴んで、体重をかけて床へはりつけていた。
 頭上で揺れる炎に男が再び悲鳴を上げ――いやマンルーンの間接技が原因かもしれないが――隣室の扉が開いた。
 諷雫にどう説明しようというのに頭がいっぱいで、先ほどのフラッシュバックの内容はあっさりと忘れてしまっていた。



 椿からどうにか持っている情報全てを出させ尽くして一覧にして、諷雫は頭を抱えた。
「不思議だねぇ」
 隣のマトイの言葉に、諦めた様子の椿が頷く。
「完全に、計算された襲撃でした。最初にブリューリンガーダを使って情報と武器使用を妨害し、本格的に暴れ始めたのは周囲が武器使用解除したから。市街地入り口でもボス級が出てて、解除用のパスが全体に伝わらないようにされてました」
 実際、椿達も偶然パスを見つけられなければ危ない状況だった。その発見場所については諷雫も確認済で、裏も取ってある。
「そして、おそらく何かのタイミングで中央側にベイゼが発生するようになっていて、ベイゼが破壊された瞬間ブリューリンガーダはFエリアから遠ざかるように移動を始めた」
「『ユキナミさん達がいたGエリアから』遠ざかるように」
「……はい」
 つまり、完全に仕組まれていたのだ。防壁による封鎖も設定変更をしたのは事実だろうが、結局ユキナミ達を孤立させたかったのだ。きっと最初から、ユキナミ達がいる場所の防壁を作動させる気だったのだ。
「機械仕掛けですね」
 一つの大きな機械は歯車を一つ外せば動かなくなる。けれど、その歯車一つを取るには別の歯車が邪魔してくる。電波障害をどうにかしても、数カ所のボス級ダーカーや危険なダーカーに人員を割かねばならない。武器制限を解除出来ても、電波障害をどうにかする為にブリューリンガーダは倒さないといけない。防壁を無効化しても、上二つの問題を解決しない訳にはいかない。
 電波障害、武器制限、ダーカー討伐、防壁の無効化ならびにユキナミ達の救出、全てを同時にこなしていかなければならないのだ。
 ――難易度高すぎます……。
 それでも、やらなければいけない。
 思い出すのは、失われた少年。美しい槍と木の葉と共に舞う、過去にされた少年。
「どうか、君達の手で失われた力を取り戻して欲しい」

 ――未来を迎える為に。
 未来なんて、諷雫には正直どうでも良い。
 所詮諷雫は小娘なのだ。自分達の力とか、失われた力とか、未来とか、そんな大きなことを言われても分からない。
 ――ただ。
 けたたましい警報音が、響きわたった。
 マトイが驚き、椿は彼女と諷雫の傍へ駆け寄り、諷雫はタリスを手に扉を開ける。
 そして広がる光景に、息を飲んだ。


 一番変化があるのは、やはり室内。炎の残滓が燻り、入り口側の壁面が焦げている。そのすぐ近くには伏せたマンルーンと、彼女によって間接技を決められている禿の目立ち始めた男性一名。
 それだけ見るとマンルーンにも非があるように見えるが、彼女をよく知る諷雫と椿からすれば、
((あの男うちの姫様に何してくれたんでしょう))
 見事な身内贔屓となる。元々懐に入れた人間にはとことん甘いという意味で似た者同士なのだ。
 そして、問題はベット側。
「リユイちゃん……!」
 リユイが、目を覚ましていた。それ所かベットに立ち、件の男を睨んでいる。もう完全に諷雫達の中で悪いのは禿親父に確定した。
「ぁァア!」
 問題があるとすれば、その手から放たれようとしている赤い光。
「また暴走ですか」
 それに対しての椿の動きは素早かった。背中から取り出したフライパンを投げ、それは見事にリユイの包帯に当たる。諷雫もマンルーンも、リリィとラピピすら止める暇のない迷いなき一投。
「っが」
 脳は衝撃にとても弱い、電撃で出来た傷だって癒しはしても全快とは言えない筈だ。そしてそれに合わせるように乱暴に開け放たれた扉から光る針が傾いだ細い首に刺さる。
「くぉら問題児! 女の子にそんなもん投げるたぁどういう了見だ! そんな風に育てた覚えはないぞ!!」
「そもそも育てられた覚えなんてない!」
 相変わらず仲良いなぁ、と思いながらも駆け込んできたメディカルセンターの人々が冷静に処置をするのを諷雫は見守ることにする。

 麻酔銃を打ったニューマン女性は肩の力を抜き、椿を叱ったヒューマン男性は慣れた調子で首の麻酔針を抜いて脈拍を確認している。そしてサポートパートナーだろう小さなキャストがベットの下から結束バンドを取り出した。
「新人、違う。まずタオル巻き付けないとニューマンの肌じゃ絶対に傷が付く」
「あ、すみません」
「その通りだがテメーは黙ってろ問題児。マトイ、悪いがフィリアさん呼んできてくれ」
「あ、うん、わかった」
 ちょっと挙動不審だが、メディカルセンターの人間だから多少は慣れているのだろう、マトイはおとなしく部屋を出た。
 それをきっかけにマンルーンが禿親父にかけていた技を解く。そうすれば男は慌てて廊下まで避難した。
 その間にリユイは四肢の力を完全に失い、
「この――」
 リユイが無力化したことで余裕が戻ったのか、激高した男の声が廊下に響いた。


「中古品の分際で!」


 さて。
 メディカルセンターは治療の為の場所である。治療とは、生き物にしか使わない単語である。
 対して中古品は物質に使うべき言葉である。生命に対して使って良い言葉では決してない。
 加えて。
 メディカルセンターはアークスの後方支援組織の一部である。時には前線に出ることもあるので所属にはアークスとしての資質であるフォトン行使が必須で、ただし治療は多岐に渡りテクニック行使者以外の力仕事の者も多い。
 つまり。
 まず患者を乗せて運ぶ為のキャスターに乗って移動していたヒューマン女性が誤って男に突っ込み―ライドスラッシャー ―、縫合治療を終えたデューマン男性が残った糸で倒れそうになった男を捕縛してほかの患者の迷惑にならないように地面にうち付け―ヘブンリーフォール―、その横を通り過ぎたキャスト女性の運んでいた松葉杖が偶には空を突きたいと有無を言わさぬ主張をしたらしく男の額に直撃―フェイクキャプチャ―、
「やっぱりその死に損ないまだアークスに未練があったんですね、キャストにしましょうよキャストに。大して鍛えてなかった四肢は交換で役立たずな脳も電子脳に変えて、臓器もほかの人の為にとっちゃいましょ良いでしょキャストだって愛されてますもんサポ子達の記憶消すのを当然と考えてるんならその人もキャストとして生まれ変われば良いんですよ必要なら僕撃ちますよまだまだ現役ですから」
 なんて暴走しそうなキャスト男性は流石にやりすぎとニューマン男女に止められていた。
 勿論。
 全員有能で頼もしく心優しい看護官、医師、介護士の皆様である。真似しただけでフォトン行使の技なんて決して使ってないのである。
「いや、事故というには無理ありすぎっしょ?」
 リリィの冷静な指摘もラピピがそっと口を塞いだことで周囲に漏れることはなかったのだった。
 けれど、
「ユキナミさん……」
 涙をこぼし宙を見る少女の声は、空気に静かな波紋を生んだ。


 涙する少女を見つめながら、諷雫は想像に思いを馳せる。

 例えば。
 皆で映画を見に行く。諷雫はコメディ的な恋愛が見たくて、他の人はラブロマンスを希望して、男性陣はそもそも恋愛物を好まなくて。でもホラーやサスペンスは半数以上の女性陣が恐がり拒否して。
 それで、間をとって夏の冒険物を見ることになって、ホラーもコメディも恋愛もドラマチックな展開もすべて揃ってる。最後は号泣レベルの感動展開で、大半の女の子は泣いてしまう。男の人は良い映画だったなーとか言ってる。
 なのにリリィは寝てたのか映画館を出た瞬間欠伸して、ヴァントもそれに続いて椿に窘められて、諷雫はクーナと挿入歌について盛り上がる。クーちゃんは真っ暗なのに目に焼き付くような明るさでの映像と轟音に近い音声にぐずってて、感動して涙目だったマンルーンが必死にあやしてて。
 それで。

 悲しみではなく感動で涙目を擦る少女の手を引く少年は。

 美しい槍を背に装備した銀髪のデューマン少年は皆の中心で笑うのだ。
「次は、皆で沢山笑える映画を見ようよ」


 ――そんな未来が、まだ可能性の中にあるのなら。

 
「ユキナミ、さん、ユキナミさん」
 壊れた再生機のように呼ぶのは、たった一人の名前。きっと周囲の姿なんて見えないのだろうリユイは、ここにいないマスターを呼び続けている。
 泣き声は、廊下を行き交う何も知らない者も顔を歪めるほど悲痛で痛々しい。リリィもラピピもマンルーンも辛そうで、リユイに結束バンドをつける男性達も表情には出さないが平気ではないだろう。
「椿君」
 その中で諷雫はまっすぐにリユイを見つめ、自身のサポートパートナーの名を呼んだ。
「……何です?」
「リユイちゃん、覚えてます」
 それは愛の奇跡だと、普段なら言う。諷雫が求めた、けれど決して手に入れられなかったモノが生み出した奇跡だと。
 でも、今は敢えて現実的に考える。
「なら逆に――」


「ユキナミさんは、まだ生きてるんじゃないですか?」


 点が連なり、空想は現実となる。
 可能性が現在と過去を繋げ、希望の輝きを灯した。

 諷雫の中に、詩が生まれた。

 


 けれど。

「ダメです」
 小さな手は、即座に諷雫の手首を掴んでいた。
「ダメです、ダメです」
「椿?」
 マンルーンが寄ってくる。けれど、椿は完全に諷雫しか視界に入れていなかった。
「だって、おかしいじゃないですか」
 先刻のリユイによく似た澄んだ目が、前髪越しに諷雫を見つめている。
「あまりにも、『情報が残り過ぎてる』。全然隠せてない、わざとおかしな部分を残してる」


「おかしいと思って調査する人間が現れるようにしてる」


 ――何故ユキナミさん達だったんだろう。

 焼き付いた光景の後に生まれる疑問の答えを、椿はすでに出していた。
 確かにユキナミとリユイはけた外れに強い。でも強いだけで、何かが起こったら対応できるだけで何かを変えたり動かす力はなかったのだ。
 アークスにとって、上層部の誰かにとって不利益な動きをするタイプではない。
 では何故か。椿の答えは『二人がまだ狙いやすかったから』だった。そして、『二人に何かあれば二人の後見人であり目的の人物が動き出すのが分かっていたから』だ。
「さっきの情報も全部ヴァントさんには余すことなく伝えてます、だから、彼に任せれば良いんです」
 放浪者ヴァント。ユキナミとリユイは動きの読めない彼を調査という形で罠へ誘い込む為の、撒き餌にされたのだ。
「落ち着くまで、マスターは動かないで下さい」
 そして、きっとヴァントと行動を共にすることの多い諷雫もまた狙われる立場の人間だ。そんな彼女が狙われなかったのは、運命的なものがうまく防いでくれてたから。
「絶対に、調べに行ったりしないで下さい」
 偶然会えない、どうしてかすれ違う。椿達にとっては厄介なものだが、それが敵側に対しては『偶然被害を受けなかった』、『狙ったのにどうしてか逃げられた』という形になるのだ。
「マスターが、諷雫さんまで死んじゃったら」
 でも、それはあくまで運命的に可能性を下げてるだけで、明確に諷雫がそこへ行くとなれば話は別だ。
「僕はどうしたら良いんですか、どうやって生きていけば良いんですか」
 そこまで言う頃には、椿は完全に泣きべそをかいていた。マンルーンがため息と共に彼を諷雫から引き剥がす。
「マスター、マスター」
 完全にヤンナク(病んでて泣く、命名諷雫)状態である。マスターへの依存心が強すぎる為に起きる病みの一つと思われ、類型は勿論ヤンデレである。
 ただ、諷雫は納得する。
 ――つまり、今回はそういう危険があるんですね。
 ヴァントも諷雫も想像もしていないリスク。歴史改変が敵にとって折り込み済みの可能性。
 そういえば、歴史改変の準備は整っているが、まだ最後の点が残っていた。椿が泣いたのと同時に空想図に出てきたから確認した方が良いだろう。
「マスター、椿は私に任せて下さい」
「マンルーンちゃん」
「私は昨日、二人の為に何も出来ませんでした。でも、まだ出来ることがあるなら、今度はきちんとやり遂げたいです」
 その言葉も瞳も、真っ直ぐだった。
 いや、サポートパートナーは皆真っ直ぐなのだ。ユキナミを想って暴走したリユイも、諷雫を心配して泣く椿も、昨日ユキナミ達を探す為に走り回っただろうリリィも皆。

 可能性は、まだ現在と未来を繋げてはいない。繋げる為に諷雫自身が動かなければならない。でも、どの時間であれこの子達はきっと力を貸してくれる。

 罠しかなくても、絶対に改変させてみせる。
 だから、諷雫は笑顔で答えた。
「遅くても明日の夜には、帰ってきますね」
 ――皆で笑い合う未来で会いましょう。



to be continued.




この物語「目を開けて見るべき話」はこの、広い世界の片隅で とリンクにしております。

Possible world~ある物語~


下記より小説のネタバレ満載、要注意です。



というわけで、書き終わりました世界事情。

予想された方もいるでしょうが勿論改変前提です。

前作では「どうやったら殺せるか」をメインに話していたと言いましたが、実は「どうやったら殺せて、かつ助けられる可能性が残るか」という形で執筆は動いていました。

起きたことは変えれず、繰り返される悲劇。そんな物語の内側にして外側からのアプローチの始まりとなった曲をイメージにしております。

テーマは世界事情、笑い合う未来、予報はずれの雨。

期待外れでやばい世界についてのキャラ達の想いと、それでも望んでしまう未来への可能性、そして予想されなかった忘れるはずだった少女の涙。

それによって、次の物語へと至る鍵を得る話です。


このゲームの歴史改変はご都合主義もいいとこですが、同時にきちんとしたルールが存在すると思うのです。

「歴史を変える人間の可能性を世界の歴史の余地に割り込ませる」

「その為、歴史を変える者が事象やそれに連なるものを認識しなければならない」

「同時に、完全に確定している過去は変えられない」

例えば、とある存在の復活。複数の歴史がありましたが、復活が示唆されてない歴史も「復活していない」というのは復活した時間に行くまで確認できないし、その後もしないとは限らない。

復活に際して別れた彼なんかもわかりやすい例です。イメージとしてはシュレーティンガーの猫的な感じでした。

問題は最初の龍族事件は生死確定で例外になりそうですが、あれはトドメを刺したのが誰かによってはやはり余地が生まれると思います。

そしてそう考えたら「穴だらけ」なストーリーも納得ですし、過去に起きた戦争や事件を確認するということはあっても、なかったことにするという内容の歴史改変は起きないのだと思います。EP2衝撃のラストもそうした点で見るとまだまだ余地はありそうです(・w・)


というわけで今回の話は「ユキナミが死んでいない可能性」を拾う物語でした。

どうすれば死ななかったのか、どうしたらよかったのか、そして「死んだことを確定させない」ことが重要で、しかし一番難しい最後については客人の草案を見た時から心配していませんでした。

「悪魔の証明(世界中を探しつくして悪魔がいなかったら、悪魔は存在しないとできる)よりは楽」

定められた死を引き金にした記憶の喪失に対してそれでも忘れないという少女の叫び。それがなければきっと諷雫とヴァントのマターボードは存在できなかったというのが自分の考えです。

つまり忘れなかったという奇跡が、実際死んでても死んでなくても「生きてるかもしれない」という余地を世界に生み出す奇跡を引き起こしたのです。

そして物語は、「再び立ち向かう作戦」へと続きます。



Image:自然の敵P、じんさんの「コノハの世界事情」




ここで次回へ続くとするのが普通ですが、自分のこのゲームのプレイ日記に使っているキャラクター上もう少し続きます。


今回登場したゲームではおなじみのマターボード、「穴だらけ」で機械なのか物質なのか、物語の中ではどんな形にすべきかわからない恐ろしい代物でした。

そこで登場しましたのが、諷雫の本来生きる世界に存在する「ダイブシステム」。

※諷雫はもともとはブログパーツ「さぽている」で生み出した娘で、サービス終了後もブログ小説の中で細々と描かれておりました。そして今回このゲームのプレイ小説を書くうえで「きちんと設定練りこんだキャラじゃなきゃ書きたくないやい!」という自分のわがままの為出張出演してくれることになったという経緯があります。

実は諷雫の世界――完結している「唯一の樹」を冠したゲームがとんでもなく、「娘調合RPG」だの「問題のシーン」だの「ツンデレVSドロデレ」だの「エロ要素連想いらない、設定もっと生かせ!」とファンの間でも賛否両論なことをたくさんしでかしてくれてるんです。

そしてそんなとんでも世界出身なので諷雫や彼女を中心に物事を見ているサポート達は時たまとんでもなことになるのです(責任転嫁)。

「ダイブシステム」とは、ヒロインの精神世界に入り、そこで起きている問題を解決する中で戦闘で使える詩を紡ぎ、ヒロインの中の未完了だった何かを完了させることでヒロインを歌い手としてより強くし、主人公との絆を深め、より強い詩魔法を紡げる深い精神世界へ入るというものです。

このシステムとマターボード回収が、自分の中で繋がっちゃったのがこの小説のスタート地点です。

そこにイメージ曲も混ざった結果、諷雫も椿もマンルーンも入り乱れてのたいへん長い話になっておりました( '・x・)←

しかし興味を持ってしまった方がいらっしゃったら、ちょっと本編のプレイ動画も見なければなりませんが、「ダイブ コスモスフィア」で見てみてください。

常識も倫理も超えたヒロイン達があなたをお待ちしております。

――1、2プレイして3もプレイ動画で全部確認したファンですが何か?



NGシーン≪もしもヴァントが見舞いにきてたら≫
「見舞いに来た――」
 ヴァントは開けた扉を閉めた。
 彼らしくない行動だが、目の前の光景に思わずそんなことをしてしまった。
 ――いや、まさか、なぁ。
 再び開く。現実は変わらなかった。
 入り口に男が倒れている。それは別に良い。
 その男をリリィが踏んでいる。それも後で確認すれば良い。
 ラピピとマンルーンが呆然と立っている。この状況なら仕方ない。
 問題は、
「お前がそんなゲスとは思わなかったぞ」
 ポロポロと泣き続けるリユイを間接技で固定している椿である。
「ゲス扱いされる信用しかなかったなら最初から要りませんよ」
 細腕へかける体重を決して減らすことなく、椿がひきつった笑みを浮かべる。
「とりあえず選べ。磔か打ち首か、どっちが良い?」
「どっちもごめんですねぇ。ああリユイさんの拘束方法ですか、それなら全身麻酔で」
「お前そこまで腐ったか」
「あなたどこまで察しが悪いんですか」
「――待って待って待って下さぁい!!」


 男同士仲良くしろよ、というやつになりました。
 エネミーならともかく対人、それも女性相手ならサポートですから無力化くらいは出来る椿君でした。


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