花嫁と童女とダーカーとの市街地戦 」の続編



 お願いと約束。
 それはくーちゃんにとって絶対の言葉だ。
 


 一人集団から離れたくーちゃんは、大物に出会ってしまった。

『緊急警報! エリアE5に巨大な敵性勢力が出現、至急撃破を!』
「むちゃぶりー」
 くーちゃんが相対した敵はダーカーの中でも大型種、大蜘蛛ダーク・ラグネ。公式記録はないが、空間あるいは時空干渉が出来る。見えない蜘蛛の巣でも張ってあるのか、周囲に赤い雷やかまいたちを発生させたかと思えば次の瞬間まったく赤に触れていない者達がそれの攻撃を受けて倒れている。
「速いとかそういう問題じゃない。本当に気づいたら倒れてる」
 とは知り合いの言い分である。ちなみにこの干渉は認識できる者達から『ラグ』と呼ばれている。
 そんな手を使ってくる相手、しかも全体的に硬いのでくーちゃんは大蜘蛛は苦手だ。くーちゃんの使い慣れているーまた多くのダーカーが苦手とするー炎と光の法撃に弱いし、赤い光も察知した瞬間避けるようにするが、ラグだけはどうしようもない。

 加えてダークラグネの弱点は頭の後ろに隠れているコアで、脚の甲殻を破壊すれば自重で倒れてその部位が露わになるが、くーちゃん一人では脚を攻撃する、脚を壊した瞬間頭の殻から露わになる核を攻撃するというのを無駄なく行うのはとても難しい。
 というか、認めたくないがぶっちゃけ無理だ。
「むー」
 いやな相手と出会ってしまった。簡単に倒れないが、楽しい戦いが出来る相手ではない。
 周囲からわらわらわいてくる蜘蛛は親分がいるからか粋がってる気がしたのでとりあえず容赦なく炎嵐(ギ・フォイエ)を放つ。
 法撃によって短杖に少し溜まった炎を使って殴り、ボールのようなーその実火力は上級に見合うー砲炎(ナ・フォイエ)を大蜘蛛に投げる、また短杖に少し力が溜まったのでやっぱり殴り、殴る、殴る。
「むー」
 火の海を作り安全を確保しつつも、くーちゃんはとても不満である。殺生な、とまさに消えゆくダーカーは思っているかもしれないがくーちゃんにとっては雑魚を倒せても大蜘蛛が痛みを訴える様子がないので面白くないのだ。
 余裕なのか、出現時の空間の歪みが収まっても動かない様なんてもう――。
「みぃー!!」
 ああ、イライラする!
 咆哮、威嚇。そんな意図を込めた声に注目したのは残念ながら大蜘蛛ではなかった。
「急ご!」
 後方、瓦礫が半端に押し退けられた道であった道。くーちゃんは嵐炎を放ちつつ振り返る。
 黄色を帯びた銀髪のボロボロ服の少年、くーちゃん同様ゆったりめの服をきたアークスを手伝うサポート少女二人、なぜかドレスの女性一人。それとーー何故かいる稀少種の鳥一匹。
 普通の道を通っていても目立つだろう者達、彼らが先刻通信で上がっていた分断されたチーム――厳密にはパーティーだとくーちゃんはすぐに気がついた。
「援護!」
 気がついた時には、一陣の風が起きていた。
 それほど一瞬だった。
「セィァァッ!」
 淀む空気すら切り裂く一陣の風、それに吸い込まれるように蜘蛛達が数匹串団子に。
「消し飛べッ!」
 食べるのだろうか、と本気で考えるくーちゃんだったが、少年は槍を口に近づけることなく大きく振るう。あっさりと、まさに蜘蛛の子を散らすように密集していたダーカー達が塵と化した。
 隙間、とくーちゃんは即座に群れから跳びだす。ふわり、と普段とは違う穏やかささえ伴う移動で少年の背後へ。
 法撃を主とするアークスにも可能な超短距離での空間干渉により、攻撃を一切受けることなく着地する。周囲に一切己の存在を感知させないので初めて見た者から消えてまた現れたと驚かれることも多々あるけれど、背中に生まれた気配に動じない少年はどうやら見慣れてるらしい。
「大丈夫?」
 聴き慣れた青年の声に比べたら高いし、女装か女性かわからない者に比べれば低い。思春期という複雑さかもしれない。
「ゆ」
 ついいつものように返事をして、即座に思い出す。
 ――約束。
「ありがとうございます」
 敬語で、大人のように礼を述べる。
 ――知らない人と話す時はきちんと敬語で話しなさい。
 ――助けてもらったら、回復してもらったら、協力してもらえたら必ずお礼を言いなさい。
 おそらく少年達はくーちゃんの援護の為に急いで、少年の行動もくーちゃんの逃げ場を作る為というのは理解はしていた。実際はそこまでする必要はなかったのだが、それでもしてもらった以上は礼を言っておかないといけない。
 くーちゃんは他人と関わるのは好きではない。けれどアークスとして活動する以上最低限の礼儀やマナーを守る。
 それが約束だから。だから本当に助かったと思わなくとも礼は言う。そんな形だけのものだから相手の反応など気にせず、大蜘蛛を目で追う為位置を少しだけずらす。
 一体どれが、いけなかったのだろうか。



「そんな!」
 通信官の一人が悲鳴を上げた。
「緊急、緊急!」
 彼女の周囲の端末群に映るのは、異常な熱源に対する警告。既に出現している大型ダーカー、ダーク・ラグネのものではない。
「エリアE5! もう一体、巨大な個体が出現します!」
 空間が、歪む。現れたのは、蒼黒の巨体。大口を開けた鮫の顔をそのまま型にはめて手足をつけたようなダーカー。
「緊急連絡、エリアE5にウォルカーダ出現!」
 別の端末群を確認していた先輩オペレータが市街地全体に通信を飛ばす。しかし、その顔は厳しい。
『こちらエリアD5! 急ぐが、まだまだ敵の防衛線を破れていない!』
 勢力の最も多かったエリアにアークスが集中してしまっている。元々残存ダーカーも少ないとされていた場所だったのだ。それなのに、ここに来て二体目の大型ダーカー出現。
 一体どうして、悲鳴を上げた通信官はエリアE5の情報を再度確認した。一番下っ端でも彼女も通信官の端くれ、情報を適切に整理し、アークス達を補佐しなければーー。
 そんな考えを吹き飛ばしたのは、エリアE5に最初にいた少女だった。
「Eガール!?」
 通信官達の要マーク対象、ブラックリストの少女。
「な、さっきまで別エリアにいたはずなのに!!」
 どうにか別エリアの人員を割いて大型ダーカーに向かわせようとしていた先輩も驚きの声を上げる。
 Eガール。
 Eは成績や実績のランクでも、良いという単語をイメージした言葉でも、ましてやバストサイズでもない。
 エマージェンシー(緊急事態)・ガール。



「ウォルガーダ・・・・・・!」
「前門の蜘蛛、後門の鮫ね」
 サポートの少女とドレスの女性が苦々しく呟く。が、
『くーちゃん大丈夫ですか!?』
『おまえは! だから独りで行動するなって言っただろうが!』
「違う、呼んでない。勝手に来ただけ」
 くーちゃんは冷静に通信していた。他人からしてみれば大型ダーカーが二体同時出現なんて悪夢だろうが、くーちゃんにとっては時々あることだ。
 移動すれば強敵が出現し、それを避けていれば更に強敵が現れ、気づけば飛行機が墜落している。最近一番印象深かったのは、稀少大型エネミーと戦っている間にダーカーが使用する隔離系の罠で浚われ、それを壊して奥へ進んだらまた同じ稀少種が現れたことだ。
 呼ぶのか呼ばれるのか、起こすのか起こるのかなんてもはや些細な問題。何か憑いてるとしか思えない程常にエマージェンシー(緊急事態)の中心にいる童女、略してEガール。
 が、今くーちゃんにはそんな自分の呼び名などどうでも良い。
「どこいる?」
『あ?』
『私達はいまエリアD5です!』
 近くもなければ遠くもない、そこに二人はいる。
 ――お願いがあるんだ。
 怪訝そうな青年を遮るような少女の言葉に続いて聞こえた記憶の声は、くーちゃんにダーカー達を睥睨させた。
「リユイ、行くよ。僕らで蜘蛛だ」
 そんなくーちゃんの横から、少年の声。どうやら彼がこのパーティのリーダーらしい。
 確かに、とくーちゃんは納得する。どちらか片方の相手をしていてもう片一方にやられるなど悲劇を通り越して喜劇、加えて大蜘蛛と鮫ーくーちゃんは力士と呼んでいるーでは厄介なのは大蜘蛛だ。それならパーティで大蜘蛛にあたるべきだろう。
 しかし、くーちゃんの推測は少しだけ間違っていた。
「え、いやいやちょっとユッキー?」
 あれ、と違和感。翡翠の髪を両サイドで結んでいる少女が慌てている。武器は持ってるし戦意を喪失しているようには見えないのに、明らかに問題があるかのようだ。
「わかりましたーー全力で?」
 対して長い髪をそのまま背中に流しているサポートは冷静。いや、むしろ挑戦的かもしれない。おそらく応じているということはこちらの少女がリユイとやらだろう。
 首肯、ユッキーと呼ばれた少年の槍が持ち上がる。
「巻き込まれないように。リリィ達はそっちよろしく!」
 くーちゃんは、驚いた。
 くーちゃんはてっきり、くーちゃんとパーティで分断かと思った。しかし今の会話はつまり、ユッキーとリユイとやらだけで大蜘蛛に挑むということを意味する。
 強敵相手に何故、そこまでしないと力士とも戦えない程くーちゃんは弱いと見なされているのだろうか。
 疑問とそこから生じた不快感は、大地と共に穿たれた。

 轟。

 イメージとしては、蛇と茨。
 蜷局を巻いて、絡みつき、標的をとことんまで痛めつけようという意志。
『サア、始メヨウカ』
 イメージの中心にいるのは、ボロボロの外套とそれに不似合いな綺麗な槍を持った少年。彼を中心に、フォトンが変質していく。
 赤く、紅く、朱く。
 黒く、玄く、暗く。
 夕焼けも真夜中も、あんな色にはならない。べっとりしていて重たそうな印象を与える赤と黒。
 くーちゃんには正邪も善悪も関係ない。故に明らかに邪悪さを帯びる力に動揺することはない。
 ただ、その強さを純粋に感じ取るだけ。
 絡みつこうと、塗りつぶそうとする色に呑まれず殺さず、共存して己の力とする少年の姿がくーちゃんにははっきりと見える。
 あんなに赤と黒の中心にいるのに、それらを操る少年の姿はダイヤモンドの輝きのように消えることはない。
「すごーい?」
 比較対象がないから疑問系になってしまうが、しかし間違いなく今のゆっきーとやらは強そうだし今までくーちゃんはこんなに空間を圧する力を放つアークスを見たことはないのだからきっとスゴいだろう。
 少年が蜘蛛の群に挑む。まるで組み立てた積み木を壊すように容赦なく派手な打撃音と共にあっさりと蜘蛛達は吹き飛ばされてバラバラになって崩れていった。
 その勢いを殺すことなく大蜘蛛へまず第一撃、攻撃だけではなく硬さも面倒なはずの甲殻に、あっさりと亀裂が入る。くーちゃんはそれがどれほどおかしなことかよりも、純粋に感心した。
 そんなくーちゃんを戒めるように、彼女のすぐ近くで轟音が炸裂した。
「み!?」
 慌てて周囲を確認すれば、気付けば単純な移動は鈍足のはずの力士が本当に近くまで迫っていた。轟音は、そんな力士に触れて弾けた闇玉(メギド)。
「あう、あう、ごめんなさい『みーちゃん』、ありがと」
 本心から謝り、礼を述べる。完全に油断していた。大蜘蛛へ突っ込んだ少年を見続けたままだったら確実に一撃食らっていたことはくーちゃんにもわかった。
 意識を、切り替える。それだけで少年と不思議な強さのことははくーちゃんの思考から出ていった。



 口を開けた鮫のシルエットだが、動きはむしろ愚鈍で動作が大きい、二足歩行の巨人型ダーカー。故に、力士。
 大蜘蛛と違って、こいつは苦手ではない。
 くーちゃんは特定の存在以外に笑わない。いつも不満そうな顔やあどけない表情しか見せない。
 でも。
 くーちゃんは友好ではなく攻撃性を表現した、大胆不敵な笑みを浮かべた。
 ――お願い。
 もちろん叶えるとも。一番最初の望みは聞くより先に消えてしまった。ならば、届いた二番目の願いは絶対に叶えてみせよう。
 主と同胞の為に動くこと。それがくーちゃんにとって一番大事なこと。
「そうそうそう」
 《槍》を《創》って《送》ってあげる。
 字を、意味を、イメージの代わりに。
 発動した光槍(グランツ)が次々と力士に突き刺さる。暗黒生物ダーカーの苦手な光の法撃、しかも弱い蜘蛛はとっとと倒れるだけの威力をくーちゃんは持っていた。
 全包囲から凸型の頭に突き刺さる光、流石に下級の法撃では大型種の鱗を傷つけることはなかったが、
「おっけぇしねぇぇぇ!!」
 光の槍に続いて、くーちゃんの法撃の間に力士との距離を詰めていた女性の剣が閃いた。力士はあっさりとそれを受け入れた。
 受け止めることが出来なかった。
 二連、三連、大きな剣がひたすらに威力を重視して降りおろされ、少しだけ鱗が飛び散ったのが力士を観察していたくーちゃんの目に映る。
 攻撃を受けて怒るより戸惑っているような力士はおぼつかない足取りで必死に周囲を確認し、腕は見当はずれな位置に降り下ろされている。
 ハマった。確信と共にくーちゃんは駆け出す。
 視力は光を関知する力。そして本来色として識別される光も膨大であれば情報として処理できず、視界を遮ることがある。光の法撃によって陥らせられるこの状態を、アークスはパニックと呼ぶ。
「そう、そう、そう」
 《早》く光《層》をつくって《葬》ろう。
 他人からすれば独り言か鼻歌のようなもので術を練り、すれ違い様放つ。
「人の人生の門出に何してくれてんのさ! 誓いのキス所かバージンロードも数歩しか歩けなかったよバカー!!」
 硬質な音と大きな球体の光が力士を包み、奴の悲鳴をくーちゃんが知覚した時には再び女性が剣を振り回していた。優雅に翻るドレスはどうやら花嫁衣装だったらしい。
 今力士を中心に展開する球体は光層(ナ・グランツ)と呼ばれる光を留め内側で放ち続ける上級法撃だ。球体はその場に固定される為よく動くエネミーには真価を発揮できないが、大きくノロマな力士には大変利く。
「馬鹿ダーカー! 馬鹿ハゲ! おのれドゥドゥー!!」
 動けない力士に花嫁のケーキカットならぬオーバーエンドカット。花嫁よりむしろ鬼嫁である。意味が少しだけ違うなんてくーちゃんは気にしない。
「ぴぴっ!」
 青いフォトンの大剣を振り回す自称花嫁の攻撃の隙間を縫うように弾幕。くーちゃんが走り込んだ先にいたラッピーのつぶらな瞳は鋭くなっていて、翼は腕のようにしっかりと銃を握っているのだからびっくりである。
 十秒ほどで消える光層だが、その間術者は今のように自由に動き回れる。くーちゃんは更に光槍を放ち、体内のフォトンが足りなくなったら接近して攻撃、再度光層を放って離れる、を繰り返す。
「絶対許さない! 全員血祭りにあげてやるぅ!!」
 光の乱舞を受け、結婚式の主役は不似合いな剣を振り回し続ける。彼女を応援するように絶妙なタイミングで銃弾が合いの手を入れ、くーちゃんは一人と一匹を邪魔しないように一人背後を攻撃する。
 そんな剣戟と光撃と銃撃に耐えられなくなったのか、はたまたちょうどパニックから抜け出たからか、力士が一瞬からだを縮こまらせる。
 恰好の隙、けれど女性もくーちゃんも即座に下がった。
「ぴぃっ!?」
 瞬間、衝撃。全身の力をすべて使った力士のタックルはやつの十八番で、通常の攻撃よりこれで倒れるアークスの方が多い。相手がノロマで油断して回復を怠っていたりとか、もろに受けたりするのが原因だとか誰かが言ってたかもしれない。
 ラッピーはそれを知らなかったようだが、うまく避けたのか視界を通り過ぎた力士に慌てている。女性はやつを追って走り出す。ちょっとだけ衝撃で体勢を崩していたくーちゃんは立ち上がりつつ短杖を力士に向ける。
「しょーらいしょーらいらい(招来小雷蕾)」
 来たれ小さな雷の蕾。
 誘雷(サ・ゾンデ)。雷を誘う青い蕾を敵に投げつけ、それに電撃を与えることで敵に張り付いた蕾が電撃を留め続けるトリッキーさ重視の法撃だ。
 が、発動はできなかった。
 ――約束。
 地面を蹴る。背後で爆音、女性とラッピーの驚きが聞こえるが知ったこっちゃない。逸る心のままに練っていたフォトンの文字を、変える。
「さくさくさく」
 《柵》を《作》ろう、《遡》れ。
 雷蕾(ゾンディール)。
 青い雷蕾が、手元を離れることなくくーちゃんを中心に大きく広がる。地面を滑っていた力士は青い光に絡めとられたかと思えば映像を巻き戻すように中心へとすい寄せられた。 
 のんきに大蜘蛛対少年少女を眺めていた弓使いの少女が攻撃範囲外となる。
 ――ほかの人が困っていたり、危険だったら助けるんだよ。
 わかってるとも、くーちゃんはそう答える代わりに再度電撃を放った。
「さけさけさけ!」
 《咲け》、《裂け》、《割け》。
 雷蕾(ゾンディール)から雷華(ゾンディール)へ。蕾が花開くように広がった雷火が、雷の茨が容赦なく絡めとっていた力士を傷つける。
 女性とラッピーも力士に追いつく。たった二人にボロボロにされている大蜘蛛に力士が合流するのは防ごうと一人と一匹は大蜘蛛を背に苛烈な技のオンパレード、くーちゃんはちょっと息切れしてたので距離を置いて息を整える。
 けれど、その後くーちゃんの出番はなくなってしまった。
 のんきに少年少女と大蜘蛛の戦いを見ていた弓使いのサポート少女が振り返ったから。
 白魚のように白い指が矢筒へ伸び、弓矢が一本引き抜かれる。
 高まるフォトンの感覚は、大蜘蛛を叩きのめしている二人の異常値よりは低くも常人以上で。先ほどまで表情豊かだった分、引き締まった表情は無表情に近く。
 清廉さをまとった少女の放った精練なる弓が、一本だけ放たれた。けれど軌跡には束のようなフォトンの尾。鮫の大口のような腹に吸い込まれた弓は、光と共に突き抜けていた。
「おー」
 悲鳴すら上げることなくウォルカーダは消滅、体力を半分まで削っていたとはいえ最後の灯火を消したのはたった一本の弓、それもたった一人の少女が爪弾いたものであった。
 感嘆しつつも、くーちゃんは少し物足りなさを覚える。どうせなら自分がとどめを刺したいというのは戦う者がつい思うことだろう。
 それをどう見たのか、とことこと隣に来ていたラッピーが片手をあげた。
「ぴぃ」
 ――約束。
「――みぃ」
 軽快な声に返しておく。
 ――挨拶されたら返しなさい。挨拶できる状態なら一言でいいから挨拶しなさい。
 まあ良いか。くーちゃんは不完全燃焼をウォルカーダが燃えないゴミだったからだと思うことにした。


『アークスシップに進入していたダーカー達は、すべて消滅したと思われます! すばらしい戦果です、お疲れ様でした!!』
 その通信が届いた時には、もう大蜘蛛は影も形も残ってなかった。いや、正確には星の多い防具が二つと通貨であるメセタが残されているだけだった。
「おつかれー!」
「お疲れさまー!」
「お疲れ! じゃああたし旦那捕まえてくる!」
「ぴぃー!」
 周囲の者達の空気が戦場のそれから普通のものに戻る。それだけで、残骸しかない街並みも少し明るく見えるのだから不思議なものだ。
「お疲れさまでした」
 決まり文句を口にしつつキョロキョロしたり、端末で周囲を確認する。
 ――お願いがあるんだ。
 欲しい情報はすぐに見つかった。
 目的の人物は一番人が多くぬるかった場所から抜け出せなかったようで、代わりに負傷もないらしい。
「ゆ」
 まあ上々と考えるくーちゃんに声をかける者があった。
「おつかれー!」
 大変ご機嫌な声、ユッキーと呼ばれた少年がぼろぼろの服を更にボロボロの真っ赤にしていた。
「協力ありがとさー、よかったらこの後一緒に話とかしない?」
 その、あまりにも状態と表情が一致しない状態というのはくーちゃん的に気になってしまう部分だった。
 ただしそれは物珍しさで、嫌悪感はない。くーちゃんには先ほどの少年の放ったフォトンは独特と思えど恐ろしいと感じる心がなかった。それはくーちゃんが頼る者も同様らしく、彼が近づいても警戒を訴えなかったことから明らかだ。
 しかしどうしよう。いつも通り程々に相づちを打ってもいいのだが、この少年とパーティは今まで会った者達より印象的で、事務的な会話をするのは退屈そうだった。それは他人にとっては普通の感覚なのだが、くーちゃんは今までくーちゃんらしく話した方が面倒というのをわかっていたので事務的な方が逆によかったのである。
 ――クーちゃんだってトラブルはイヤでしょ? でもって他人そんなに好きじゃないでしょ?
 ――なら決まり事だけ守って、人との関わりはもう決まり文句だけにして自由にしてた方が楽でない?
 約束を提案した人物の言葉は、くーちゃんにも納得できるものであった。実際今までそれで問題なかったのだから。
 だがとても強く、同時に話しやすそうな少年にちょっとだけ興味関心が生まれてしまってるのも事実。
「うー」
 出来るだけ他者の前では出さないよう気をつけているくーちゃん独特の言葉がつい漏れてしまう。くーちゃんは傍目にはわからない程度困惑していた。
「んー、なんか問題ある?」
 こてん、こくこく。
「用事?」
 ふるふる。
「えーと、知らない人が苦手とか?」
「無理する必要はありませんよ」
 身綺麗にしていた、大蜘蛛と戦っていた方のサポートが何か言っている。しかしくーちゃんには届いていなかった。
 少年の真紅と深緑の目にはくーちゃんへの攻撃性は見られない。時々出てしまうくーちゃん言葉にも苛立たしい様子を見せないし、人なつっこい感じだ。
 しかし他人との一定以上の交流は約束やお願い事にないことで、ならしても良いとは思うがトラブルも面倒くさい。
 本当にどうしよう、こういう時決まりがないのは逆に困る。約束をした主に相談しようかとか考え始めた時、くーちゃんの耳に足音が聞こえた。
「くーちゃーん!」
 ああ、また来た。
 高くジャンプして障害物を避けつつ、少女が一人くーちゃんの元へ駆け寄ってきた。彼女の後ろでは金髪褐色のサポートの姿も見える。
 くーちゃんが保護対象としてる少女諷雫と、サポートパートナーのマンルーンだ。
 どうしよう、ここは諷雫を理由に逃げる方がいいのだろうか、しかしそれを想像するとまるでお菓子を食べ残すような残念感を覚えてしまう。
 そんなくーちゃんの考えなど知る由もない諷雫が、少年の姿を認めて目を丸くした。
「あら、ユッキーさん?」
「フーナさん?」
 知り合いか、ピクピクと獣耳を動かす。
「ひさしぶりー、でもこっちのエリアまで来れたっけ?」
「本当はよくないんですけど、防衛終了ということで無理を言って入らせてもらってるんです」
 そこで、諷雫の目がくーちゃんへ移る。
「くーちゃん、勝手に離れちゃダメですよ」
「みゅー」
「一人じゃ何かあった時困るでしょう。今日はユッキーさん達がいてくれたからよかったけど、一人でラグネと戦うのはくーちゃんでも無茶ですよ」
「むー」
 くーちゃんと視線を合わせてくれているが、言ってくる言葉は厳しい。実力的にはくーちゃんの方が諷雫より上だが、外見年齢のせいか諷雫はどうもくーちゃんを子どもとしてみてる。
 ――お願い。
 守るようお願いされてるのはくーちゃんの方なのだが、どうもこの保護対象はその自覚が足りないらしい。
「くーちゃん?」
 と、話をぼうっと聞いていた少年が口を開いた。返り血を拭うこともなく髪もボサボサの状態は、改めてみるとちょっと不格好だ。
「はい、くーちゃんです」
 諷雫が笑顔で答え、くーちゃんは自己紹介するよう促される。
「ユッキー?」
 けれど、くーちゃんは自己欲求に従った。
「ん?」
「ユッキー?」
「うん、そだよー。この人はユキナミ、略してユッキー」
 指を指されても、ユッキーは怒りはしなかった。それを確認して、くーちゃんは集中する。
「せん、せん、せん」
「? せん?」
 《戦》い終わり、《染》められた赤と黒は、きれいに《洗》いましょう。
 槍氷(サ・バータ)と爆炎(ラ・フォイエ)をかなり低出力にする代わりに同時発動して、少年の周りにだけ雨を降らす。
「くーちゃん!?」
「絞るの、拭くの」
 慌てる諷雫を余所に、ちょっとだけましになった外套を絞ってやり、頭にかぶせる。本当に少しましになった程度の状態だが、顔の汚れを拭えたくーちゃんは大満足だった。
 そのまま、知り合いに対してと同じように話しかけた。
「綺麗にしないと叱られちゃうの、みーちゃんだって綺麗は気にするの」
「みーちゃん?」
 不思議そうな顔。
 前にも似たようなやりとりがあった気がする。
「みーちゃんはみーちゃん」
 わかるわけがないという言い分は認めない。そんな絶対的断言であった。
「まあいいや、ありがと。それで、どーする?」
 その答えが、やはりくーちゃんを怒らない穏やかさが、決断の決め手だった。
「お話する」
 


 くーちゃんには大切なお願いと約束がある。
 お願いは、意図せずアークスになった少女を主の代わりに守ること。
 約束は、最低限他者と関わる際に守るべきもの。
 他人なんて知らない。関係ない。
 興味があっても忘れれば良い。
 でも、今日の出会いだけは少し違うものになるだろう。
 諷雫の知り合いで、くーちゃんが興味を持った相手なのだから。





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