宇宙を漂う船は小さな世界のつらなりである。
 制御された気候、区画化されたエリア、それでも変わらぬ人々の賑わい。緑
の少ない世界に咲くのは笑顔。
 その中で、今日一組のカップルが新たな門出を迎えようとしていた。
 真っ白いウェディングドレスを身につけた女性が、大輪の花のブーケを手に
窓の外を見つめていた。
 宇宙の濃紺が薄まった、綺麗な青空は晴れ渡っている。普段決められたパタ
ーンで変化する天候も、結婚式が行われる地域はその時間帯は絶対に晴れる。ハレの日に水を差さないためだ。
 アークスシップは区分けがはっきりされている為、生活圏は狭く収まってし
まう。青空に伸びるビル群は山よりも細く高く、技術レベルは高いのに生活区域を広げられないこのいびつな世界を表すようだった。
 緑は少なく無機質なものが多いおかしな、けれど大事な世界。まだこの船に
来て日は経っていないが、彼が生きてきた世界というだけで彼女には輝いて見えた。
 きっとこの船も好きになれる、盲目的なまでの確信はしかし、控え室に置か
れていた通信機によって乱された。
《緊急事態発生、アークスシップの一隻がダーカーの襲撃を受けています!》
 祝福の声を一日中流すはずだった通信機からの、エマージェンシーコール。
 ダーカー。それは宇宙と宇宙を活動の場とするアークスの敵。凶暴な意志の
ままに暴れ、壊し、すべてを滅しようとする邪悪なる存在。
 そして、ダーカーを倒せるのもフォトンを操るアークスのメンバーだけ。
 花嫁は慄き、綺麗な桜色に塗られた唇を震わせた。あっさりと、まるで彼女の幸福のはかなさを表すように、花束が落ちる。
 ダーカーを倒せるのはアークスだけ。アークスでもない、けれどアークスシ
ップで生きる大多数の人間はダーカーに対抗できない。防衛機能すらも狂わせ、転送機器を無力化し、迎撃兵器すらも制御下においてしまうダーカーに襲われたらどうなるかなんて、わかりきってる。
 そして告げられた船の名は、彼女の今いる船【茨】。
 嗚呼、彼女は彼を思った。彼女を誰よりも愛し、彼女が誰よりも愛す強き人
。けれど、どれだけ彼が強くとも、ダーカーと戦えば無事で済むはずがない。
 神に祈りたかった。しかし神が無能であることを彼女は誰よりも知っていた。
幾度も願った、祈った、彼女の恐れる未来が未然に防がれたことは一度もなかった。
 扉が荒々しく開かれる。彼女が涙目になって振り返ればそこにはや
はり彼がいた。鍛え上げられた身体、無造作な髪、けれどそれらが霞むほど鋭く強い光を持つ目。
 嗚呼、彼女は声を上げてしまいそうになった。彼が言う言葉が、わかってし
まっていた。
「――
行くんだね?」
 予想外に柔らかな声が、部屋に溶けた。
「結婚式は、中止だ」
 転がる花束を見た彼の目が、悼みを湛えた。けれどすぐに表情を引き締め、
彼は涙を堪える彼女を抱きしめる。
「中止?」
「ああ」
「避難は?」
「一般人の避難なら、もう始まっている。アークスへの連絡と一緒にね」
 見れば、空が灰色に染まり始めていた。天候が狂い始めているのだ。そして
間もなく、この景色に赤が加わる。
 戦火と、血の色が。
「だから、心配しなくて良い――行っておいで」
 彼の言葉に、彼女は嗤った。
 神は無能だった。だから彼女が強くなった。
 荒ぶる魂となり、多くのダーカーを死を以て赦す戦乙女。それが彼女だ。そしてそんな戦闘狂じみた彼女を受け止めたのが、とある刀匠の弟子である彼だった。
 白いウェディングドレスの裾を、揺らす。
「……披露宴には戻ってきます」
 ベールを脱ぐことなく、花と共に束ねられていた短杖を手に持つ。
「お色直しは赤で良いですよね?」

 意味深な言葉、戦場へ赴くというのに何をと他人は思うだろう。
「え」
 けれど付き合いの長い彼が意味を理解しない訳がない。
「ちょ、そのまま行くつもり!?」
「私、キャスト(機械種族)なんで紙装備で平気です」
「いや、動きにくいんじゃ」
「ダーカー如きに負けません」
 悲劇ではなく勝利の色で以て、門出をやり直そう。
「爆炎だけ、気をつけますから」
 彼女が市街地で襲れるのは、車の爆発だけである。



 居住区は無機質な灰や黒の混じった色が多かったが、所々に緑もあった。

 生活する人達の服は明るい物が多くて、雑多だけれど楽しげで、そして実際さまざまなものがあったはずなのだ。

 けれど、もうそんな面影はどこにもない。黒と赤の虫の軍勢に攻め込まれた人々は逃げまどい、物が散らばり、爆音と悲鳴とパニックに包み込まれていた。特に最初に襲撃を受けた辺りは街の原型をとどめず、誰かの居住スペースだった場所は大きく抉れて、鮮やかなベットが覗いていた。

 そのなかで、爆発で崩れた道を歩く童女がいた。人のいなくなったそこを、きょろきょろと歩く幼子が。 
 家族は、親は、見る者がいたならまずそう問いたくなるほど小さな身体だった。しかし必死に小さな足を動かして歩く姿は幼いからこその力を持っているようで、まるで希望だった。

 そんな小さくてちっぽけで、見逃せば良い程の童女の目の前に大人と同じ背丈の黒いカマキリ――鎌の腕と瞬間移動を思わせる俊敏な動きを見せるダーカー――が現れた。

 逃げろ、と童女に叫ぶ者はいない。市街地奪還作戦に動くアークス達はここを既に奪還したと判断し更に奥に進み、民間人は危険だからと別地区まで避難誘導されているからだ。

 交差されていた腕が、振り上げられる。ガレキの粉と血で汚れた刃が鈍い光を放つ。
「や」

 呟きは、小さかった。

 童女の握る杖の輝きから生まれた炎に包まれてしまう程度には。
 鋭い刃を交差させようとしたディカータの悲鳴は業火の音色がかき消され、けれど童女は火の勢いを止めることなく、更に廻り、回し、そのまま集まっていた黒い蜘蛛(ダガン)の群れへと飛び込む。
「きらいきらい」
 炎嵐(ギ・フォイエ)。威力こそ中級だが、周囲を炎の渦へと変えるそれは攻防一体、術を使うフォースにとっては非常に使い勝手の良いものだ。

 更に、炎に包まれて動きの鈍ったダガンに向けて短杖から生み出される炎を思い切り叩きつける。炎撫(サ・フォイエ)と呼ばれるやや範囲に癖のある高威力の炎系テクニックをもろに受けたダガンはとっとと黒い霧となってしまった。

「つまんないのきらい」
 やや長めの髪が揺れ、童女は崩れ始めた摩天楼を仰ぐ。童女の足下のアスファルトの地面はひび割れ、火災に反応したのか狂わされたのかで放出された水が汚れと一緒に地面の下へとどくどくと流れていた。

 童女は、宇宙に散らばる星々を探索し、宇宙を漂う母艦(マザーシップ)を守るアークスの一員だ。緊急警報に少々遅れての出動の為、周囲に同業者はいないが、何も問題はない程度の実力を持っている。
 そんな童女を襲ったのは、爆音。避難か壁に使われたらしい乗り捨てられた車に、童女の放った炎が引火してしまったのだ。
「きゃー」
 慌ててステップ、童女は爆発した車から離れる。燃え上がる炎は綺麗だが、あれは当たるととても痛い。それに焦げ臭くなる。
「みゅー」
 長く広い袖を扇代わりに煙を避ける。こういう時に使える法撃(テクニック)がないのが童女にはとても不服だった。害悪は少ないとはいえ、やはり煙というのは身体に悪いものの筈だ。火事の時には煙は吸うなという話だし、たばこの受動喫煙だって問題視されているのだからきっとそうに違いない。
 必死に煙を追い払おうとする童女の足下に影。けれど童女は気付かない、煙を払うのに夢中だ。
 そして放たれたのは、一枚の青いカード。
 複数の電柱に電気が流れるように、連雷(ギ・ゾンデ)が童女の後ろにいた大きな浮蜘蛛(ブリアーダ)を筆頭に複数の目標へと放たれた。頭上を走った雷撃に、童女は歓声を上げた。
「くものすー!」
「くーちゃん、無事ですか!?」

 そんな童女を呼んだのは、ウェーブのかかったライトグレーの髪を三つ編みにした少女。瓦礫やひび割れを必死に避けながら走ってくる様は、正直くーちゃんと呼ばれた童女から見ても危なっかしい。
「へーき」
 促されるように、くーちゃんは少女へ歩み寄った。大きく手を広げてけがのない様子を見せたのはサービスのつもりだった。
「よかったー!」
「みぃー!」 
 なのに何を勘違いしたのか、少女はくーちゃんを思い切り抱きしめてきた。平べったい胸は呼吸を圧迫することはないが、くーちゃんは拘束されるというのがとても嫌いである。真っ白い髪から生える猫耳がびくびくと震える。
「やー、やー」
「わわ、ごめんなさい」
 少女の腕が離れ、くーちゃんはちょっと落ち着いた。赤みがかった紫のたれ目を睨む。頭に向かってのばされた手は思い切り威嚇することで拒否した。
《緊急連絡です!》

 そんな戦場に似合わぬ和やかも、本日十回目くらいのエマージェンシーコールによって打ち切られる。 
「場所は――エリアD2!」
「あっち!」
 軽い二つの足音が向かう先には、爆音、風切り音、雷轟。そして閃光。建物を壊した強靱なる危険生命体ダーカーが蠢く空間。
《保ちそうに見えたろ? 保たなかったんだ・・・》
 アークス達の放つ法撃と斬撃、銃撃の向こうに見えたのはダーカーの群のど真ん中に不時着した小型の飛行型戦闘機だった。

「二回目の不時着なんですねなんでですか!!」
「落ちるのが仕事!」
 軽薄そうな男性の声に叫びつつ、くーちゃんは光線(ラ・グランツ)で直線
上のダーカー達を焼き払い、その隙間を埋めようとした左右のダーカー達は少女が放ったカードから発生した炎嵐に飛び込む形になって焼滅した。
「おっそい!」
「すみません!」
 駆ける少女達へ怒声を浴びせたのは、墜落した戦闘機を守るように大きく剣
を振り回していた青年。謝る少女を余所に、くーちゃんは短い足で大地を蹴って青年の肩を踏み台に一気に戦闘機の上までのぼった。非難は無視だ。
 見渡す限り灰色、時々黒と赤。空だけは何も知らないかのように快晴。
「たのしいの?」

 快晴はハレの日、良い事の日だと少女は知っていた。その空と同じ水色の目が、キラキラと光を宿す。空気がくーちゃんの影響を受けたかのように輝きを放ち、
「たのしむのー!」
 その光は童女の肩口に浮いていた機械が吸収し変容させた。
 青光の水面から姿を表す、白と紫を宿す優雅で大きな魚。ふわ
り、と空中を泳ぎだしたそれが空気を揺らし、フォトンの泡を生み出す。
 その泡を踏むように、くーちゃんは乱舞した。光を放ち、炎を纏い、雷で貫
き、黒と赤の陣営を切り崩す。
 肩で息をしていた青年が青空色の大剣を振り回し始め、少女も炎や氷、風で
周囲の敵を掃討する。他のアークス達も倒れた仲間を介抱したり、敵をぶちのめしたりと作戦なしの行動で自由に動いていた。
《助かったぜ、ありがとよ》
 そんな周りの空気のおかげか、壊れていた戦闘機も再び飛び立った。ダーカー達が方々へ散り、目下の緊急事態を乗り切った者達からお疲れ
とか他のエリアの状態の確認の通信が飛び交う。
「・・・・・・むー」
 が、くーちゃんは不服だった。
 くーちゃんは乱戦が好きだ。動いて避けながら敵を倒すのが大好きだ。戦闘
機を守りながら派手に術を放つのもとっても好きだ。
 けれど、大勢がいると行動に制限がかかる。味方の視界を遮ったらだめとか
、攻撃のじゃまをしちゃだめとか、まるで抱きしめられるように束縛されるのだ。
 だからくーちゃんはこの仲間の陣営から抜け出すことを早々に決めた。通信
で得た情報で孤立しているパーティがいることがわかったので、そちらの方へ行ってみることにしたのだ。
 それなら邪魔にはならない。そう信じて。
「……くーちゃん、どこー!?」



――「童女と大蜘蛛と力士、お願いと約束とセンタク 」へ続く


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客人のネタぱくってません(超必死)。

客人のゲーム内のお知り合いに綺麗な花嫁さんがいて、何で戦場に花嫁という話になったんです。だからネタは共有され、表現は各々になったのです。

くーちゃんはEinePhantasieのあの子です。ぺったんこ呼ばわりはさぽているのあの子です。




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