本日から、日曜日に行ってきた「将門まつり」の様子について、写真をベースに何回かに分けてご紹介していきます。

将門、言わずと知れた平将門ですね。
平安時代中期、西暦940年頃の承平天慶の乱で関東を制圧していた武士。
というよりも、首塚で有名な、の方が通りが良いかもしれません。

坂東市は将門の本拠地だったところで、40年程前からこの将門まつりをやるようになったとのことです。



将門まつりのスタートはこの国王神社。
戦勝祈願という式典があり、鎧兜姿の武者がこの神社を参拝します。
国王神社、将門の死後、殺されず生き残った三女が興したとされている神社です。

そういえば、神田明神も将門繋がりでしたね。
式典の勇ましさを演出してくれます。

そろそろ開始…あれ、前を歩いているおじさん、後ろから鎧武者が入場してくるのに気付かず歩いてますね。
「何で皆俺のことを見るんだろう⁇」
なんて思っているのかどうか。

入場に合わせて陣太鼓が鳴り響いて。

静かな木立に囲まれて、古風な藁葺き屋根の国王神社。
目の前には多数の鎧武者。

タイムスリップしたみたいな錯覚に陥りますね。

改めてですけど、鎧ってカラフルで美しいですよね。
これが将門の時代と同じ素材なのかどうかはわかりませんが、現代よりも鮮やかな色に触れることが少なかったであろう時代。
鎧姿の豪奢さはなお一層光っていたのではないか。
そんなことを感じる式典でした。


終了後、時間が少し空いていたので、坂東の街に向かって歩いてと。
途中で見かけた将門の史跡に寄ってみました。
まずは石井の井戸。
この地に来た将門、喉が渇いている時に突如現れた老翁が「水」の一言で掘り当てたと言われる井戸なんだとか。
井戸系でよくあるのは有名な高僧が見つけたというものですけど、将門の意を汲んで他人が、というのはちょっと面白いパターンですね。

これは延命寺の遠景。
延命寺は相馬氏が1445年に開いたとのこと。
野馬追で有名な相馬市の相馬家、先祖が将門に繋がる家系なんだそうです。

今の季節は単なる枯れ木のようですけど、これは桜の木。
九重の桜でと呼ばれており、京都御所の桜を根分けしたものだそうです。
朱雀天皇元服の際、恩赦によって帰国を許された将門の帰国が持ってきたものだそうです



石井の井戸、延命寺、九重の桜ともに広々とした田圃の中に点在しているので、こういうついでがないとなかなか巡る機会は無いでしょうね。


最後の1枚、用水路の柵に雀が一斉に着地するところ。
いいタイミングで撮れたので載せておきます。


明日は弓の板割について書く予定です。
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