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第19回「鳥羽院の遺言」

【あらすじ】

誰も予想していなかった後白河天皇(松田翔太)が誕生し、朝廷は大騒ぎになる。再び父親である鳥羽院(三上博史)に裏切られた崇徳院(井浦新)の心のうちはいかばかりかと清盛(松山ケンイチ)は不安になる。そんな騒ぎをよそに、清盛の館には時子(深田恭子)の妹・滋子(成海璃子)という美しい娘がやってくる。強い意志をもつその娘を清盛はまぶしく見る。一方、源氏では、義朝(玉木宏)の子・義平(波岡一喜)が、義朝の弟・義賢(阪本浩之)を討ち、棟梁の証しである友切の太刀を奪い返し、義朝に渡す。これにより、為義(小日向文世)と義朝の関係は冷えきっていく。そんな中、後白河天皇即位の宴が開かれて、崇徳院から祝いの歌が届けられるが、その歌には後白河への恨みが込められていた。後白河は烈火のごとく怒りだし、その姿を見た鳥羽院は後白河を即位させたことを後悔する、そして崇徳院との関係を修復したいと願い、その思いを清盛に託す。


今日描きたかったのは↓このあたり?

(手元にある雑誌の特集から拾ったので
怪しすぎるかも・・)


1155年(久寿2年)8/16 大蔵合戦 
1155年(久寿2年)10月 後白河帝が(正式に)即位

1156年(保元元年)7/2 鳥羽院が崩御


1155年(久寿2年)藤原忠通の十一男・慈円誕生

やっぱちょっと時系列が乱れてる!
手元に年表ないと無理・・


@御所に駆けつけた清盛・・

ナレ(頼朝)「思いがけない後白河帝の誕生に朝廷は騒然となった」

御所の公卿たちは口々にささやきあっています。
「よもやあの今様狂いの雅仁さまが帝とは・・」
「重仁さまが即位されるとばかり思っておったものを・・」

その一方で「信西どの×2」「乳人の信西殿にも一言・・」などと
お世辞を並べている公卿も居ます。
(いつの時代も同じ。勢いに乗ってる人の側近にごますりするのは)

信西「やれやれ、やっと離してもらえたわ。少納言どまりの私に
 やんごとなきかたがたがこぞって媚びる日がくるとは」
清盛「いったい、どういうことにござりまするか」
信西「ははは。上皇さまの世が来ては私が困る」
清盛「雅仁さまは、王家に渦巻く積年の鬱屈より流れ出た膿。すべての歪
  を抱え込んだ毒の巣。そう言うたのは信西どのではないかっ!
  そんなお方を帝にして・・」
信西「かようなお方であればこそ。私が乳人として思うがままの政ができ
   るのではないか」
清盛「上皇さまはどうなる?幼き頃より叔父子と疎まれ、無理やり退位さ
   せられ十何年も待った挙句、再び父である鳥羽の法皇さまに裏切
   られた・・上皇さまはっ!」
信西「(薄ら笑い・・うなずく)」


@崇徳院御所

一方、その上皇さま・・ショックに打ちひしがれて・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

崇徳院「鳥羽の・・法皇を・・生涯・・許さぬ・・許さぬ・・」

@頼長の邸

ナレ(頼朝)「このころ「悪左府」頼長さまは政の場から遠ざけられていた」

頼長は書斎にて何かを書いておられます・・目の前にいる鸚鵡が呟く。

オウム「ケシカラヌ アノウツケノゴトキモノガ ミカドトハ」
頼長「ふ・・そう何度も言うておったか?ゆうべ夢を見たぞ。再び内覧の
   宣旨が下る夢じゃ」
オウム「ケシカラヌ・・ケシカラヌ・・」
頼長「きっと正夢であろう・・」


@鳥羽院御所 
(これ、巫女に近衛帝の魂を呼び込んでお告げしてもらってるのかな)

「何者かが呪詛している・・」と巫女が苦しみながら近衛帝の無念の思いを
告げます。

ナレ(頼朝)「だが・・頼長さまの思惑は大いに外れた・・近衛帝の口寄せ
  をした巫女の言うに従い調べたところ・・
  果たして・・眼に釘を打ち込まれた天公像が見つかり、どこからか
  それが頼長さまの仕業との風聞が立った・・」

頼長は直訴のために鳥羽院御所に駆けつけますが、忠通が妨害。

忠通「鳥羽の法皇さまも美福門院さまもお会いにならぬ」
頼長「それは困ります。私は帝を呪詛などしておらぬことをじきじきに
   申し開きを・・」
忠通「法皇さまに会ぅて申し開きをしたところでそちに肩入れするものは
   居らぬ。会ぅてもムダじゃ(と、薄ら笑い)」
頼長「さては・・風聞を立てたは兄上の・・関白さまの仕業か・・父上・・」
忠実「まだわからぬか。悪左府・・こたびの風聞、そなた自ら立てたのだ」
頼長「何を仰せです?」
忠実「(綱紀)粛清の名のもと公卿たちを締め上げ(亡き)帝の近臣までも
   罷免して恨みを買い、過激な取締りで寺社を敵に回した。」
頼長「されどそれは・・我ら摂関家による政を再び・・」
忠実「もうよい!お前は・・やりすぎたのだ・・」

兄だけでなく父上様からも見放されてしまった頼長さま・・哀れです。


@武蔵国 源 義賢の館

ナレ(頼朝)「同じ頃・・東国ではわが父・義朝の命を受けた軍勢がその弟
 義賢を襲っていた。」

頼朝の兄上、義平、キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!。「大蔵合戦」ですね。

義平「義賢はわが父を差し置いて、源氏の跡継ぎとなるを狙う不埒者っ!
  よってその義父・秩父重隆ともども成敗いたすっ!」

義平の配下のものが義賢を見つけ出します。

義平「叔父上、「友切」の太刀をお返し願う・・さもなくば(と弓を向け)」
義賢「よ・・よせ・・」
義平「はよぅ・・」
義賢「我ら、叔父と甥ではないか。手荒なことはよせ」
義平「はよう」
義賢「これはわが父より授かった・・」

義賢の言葉をさえぎるように義平の放った矢は・・。義賢の首を貫通。
(あれ・・義仲は・・?この場には居ないのかな?)

ナレ(頼朝)「鎌倉悪源太と呼ばれたわが兄、義平の働きにより源氏重代の
   太刀「友切」はわが父・義朝の手にもたらされた・・」

@義朝の館

義朝はわが手に渡った「友切」の太刀を眺めています・・。
家人たちは口を揃え「との・・おめでとうござりまする・・」

そこに為義が駆け込んできました(それに気づいた義朝は一瞥します)

為義「まことであったのか!そなたは義賢を殺して「友切」を奪ぅたと
 いうは・・まことであったのかぁぁぁ(悲鳴)」
(と刀を奪おうとするのですが、義朝に交わされて転倒)

(その様子を鬼武者くんが見てるぅぅ・・)

義朝「これは源氏で最も強きものが持つべき太刀。父上にお返しする気は
  ござりませぬ」
通清「正気にござりまするか?若君。父君のお考えにそむきおのが子におの
   が弟を殺させ、源氏重代の太刀を奪うなど正気にござりますか?」
為義「もうよい・・通清・・」

よろめきながら為義はその場を去っていきました。

政清「との・・まことこれで・・」
義朝「でかけるぞ・・支度をせい!」


ナレ(頼朝)「その頃の私は父にわずかな軽蔑の念さえ抱いていた」

由良「鬼武者・・何をして居るのですー。弓の修練の刻限でしょ?」
鬼武者「修練などしてどうなりますっ!」
由良「・・・」
鬼武者「欲のため身内を殺すも厭わぬ者になるばかりではござりませぬか!」
由良「(顔色を変え、はたく)父上にはお志があってのことっ。
   子の分際で軽々しく咎めだてするではないっ!」
鬼武者「・・・(何か言いたそう)」

「欲のため身内を殺すも厭わぬ者になる」
(「欲のため 身内を殺すも 厭わぬ者」って変に区切って台詞言った
んで、最初?。文字起こして納得。)
お前が言うな・・!って突っ込みが入りますよね・・後のこと思うと・・
「義経」殺したじゃんって。

でもここでは「その頃の私は」って言っています・・。
この年のころには未来でそんなことするとは思ってないだろうからね。
長じていくにしたがって冷徹な人物になってく「何か」&「きっかけ」
があったのか。それとも身内を殺めるようなことをしたくないと思っても
自分に流れる「身内で殺しあう血筋」のせいでいかんともしがたいのか。
(その「冷徹さ&冷酷さ」を岡田君が本役でどう表現するのか気になるわ。
難しい役なんじゃないのかな頼朝って。)

それにしても由良さん・・棟梁の妻そして武家の母の肝っ玉っ!
(次のシーンで子の将来を不安がる常盤とはものが違うなぁ)
来週も見せ場ありそうだが「漢」な由良さん見られるかなぁ。
(由良さんに叱られたあと、鬼武者くんは弓の修練に行ったのでしょうか)

@常盤のところドキドキ

あらら・・常盤との間に二人の赤子が居るね。いつ生んだんだ?
一人目ご懐妊のシーンはあったけど二人目のはなかったよね。
今若は阿野全成、乙若は義円ですね。(今若は第17回の時期/1153年
乙若は前回放送の時期あたり/1155年に誕生かな)

常盤「との・・いかがなされました?」
義朝「あぁ・・なにもない・・。これ(友切)を手に入れ少し気が昂って
   おるのだ」
常盤「今若や乙若もいずれ太刀を振るうようになるのでしょうか」
義朝「今若は三つ、乙若は生まれたばかりぞ」
常盤「(義朝の横顔を見つめている)」

(常盤@武井咲さん、赤子抱いてるのがぎこちない・・。
見ていて「いずくて~」。一緒に見てたうちの母も言ってた)

でも「いずれ太刀を振るうようになる」という常盤の懸念に突っ込
んだ人多いかも^^;三番目がいろいろやらかすんだよって^^;
義朝さん、目の前のちっちゃな息子二人の心配してるけど、由良さん
とこに居る息子は若干ぐれ気味だよー。いいのか?

@清盛の館

清盛が自邸の廊下を歩いていると部屋の奥がなんか騒がしい・・
平家一門が勢ぞろいして、一人の娘子を囲んですわっています。
その娘は清盛に気づいて、目が合います。

(この娘子は時子・時忠姉弟の妹で「滋子」。のちの建春門院さま
ですね。後白河帝の后で高倉院の母)

清盛「何事じゃ・・」
時忠「義兄上!ささ、こちらへ・・」
清盛「何じゃ?」
時忠「これは「滋子」と言いましてわれらの妹にござります」
清盛「おぉ。妹?」
時忠「義兄上にお目通りさせたいと思いましてな」
清盛「え?いや・・しかし・・俺は時子を妻として居るのだし・・
   その上妹までというのは・・」
時子「は?誰がとののお側女と申しましたか?」
清盛「違うのか?」
宗清「ではだれの?」
教盛「わしかぁぁぁ(*^▽^*)」
(忠正が立ち上がろうとして思いとどまる!?^^;)
頼盛「なにをもってそのような!(#`ε´#)」
忠清「年の頃から言えば重盛さま(重盛「ん?」)か基盛さま(基盛
   はにやにやにや)」
重盛「されどわれらには叔母上にござります」
基盛「さようなことはこの際(`∀´)」
盛国「さすがにもう少し年上の方が・・」
(忠正が「ん?」って顔^^;)
忠正「ほほほ」
家貞「ふははははそのような・・ははははヽ(゜▽、゜)ノ」
忠正「何を考えておる?家貞」
経盛「(咳払い)」
兎丸「棟梁があほだとみなあほになんねんなぁ」
時子「そうではありませぬ!」
時忠「あたらしき帝の世となったをよい折として誰ぞやんごとなきお方の
   妻となる手立てはござりませぬか?義兄上・・」
清盛「いや・・やんごとなきお方?」
時忠「これだけの美貌、いずれ帝のお耳にもそのうわさが入り、ぜひ后に
   という話にならぬとも限りませぬ」
時子「帝のご寵愛を受けるなんてまこと朧月の君のよう・・」

滋子「まっぴらですっっ!(`×´)」
(周りの一同、同時に固まる・・?)
滋子「やんごとなきお方に取り入るために入内など、
   滋子は真っ平ごめんにござります。私は私の好いたお方の妻となり
   まする。たとえそれが盗人でも乞食でも・・」
時忠「おぃっ!何を言い出すのじゃ」

滋子さん「あかんべぇぇぇ」をして去っていきました。
その場に居たものは、苦笑いを浮かべるばかり^^; 清盛も思わず笑み。

@池禅尼の館(池殿)

清盛は池禅尼を訪ね、滋子のことを話しています。

池禅尼「ふふふ。それはまた面白き娘が一門に加わったものじゃな」
清盛「いや。まったく感服いたしました。今の世に足りぬは滋子のごとき
   強き志かと思いまする。
   母上・・私は新しき帝の覚えめでたくなるよりも上皇さまのお心に
   添いたいと考えておりまする」
池禅尼「上皇さまの?」
清盛「上皇さまと法皇さまは血のつながらぬ父と子。それゆえわかりあえぬ
   まま何十年もすごしてこられました。されど。。実の父と子でなく
   ても・・・いや・・そうでないからこそいつか本当の親子になれる日
   がきっとくる。それを私は知っております。法皇さまと上皇さまにも
   その喜びを知っていただきたい」
池禅尼「(うん)さようか・・」
清盛「では・・これにて・・」
  「今のお言葉、亡き殿がお聞きになったらさぞかしお喜びになりましょう」
池禅尼「さて・・どうであろうのぅ」
   「は?」
池禅尼「にがわらいしておいでやもしれぬ」


@内裏、仁寿殿

ナレ(頼朝)「同年、十月。後白河帝が正式に即位なされた」

鳥羽院、美福門院、信西そして公卿らを集めて「宴」が催されています。
後白河帝の傍らには、藤原成親と藤原信頼が居ます。

公卿たちがそちこちで囁きあっています。

「あれは越後守成親と武蔵守信頼では?」
「帝が一目見てお気にいられたそうな・・」
「公卿でもない者を・・・うわさどおりの気ままなお方じゃ」

そこに使いの者が。「申し上げます。上皇さまよりお祝いの歌が」と。
信頼が後白河帝にお伺いを立て、許しを得たので成親が詠じます。

さぼらけがき夜を越えほひたてもゐに見ゆるきしま(敷島)の君」

詠じているときは「越え」って言ってたけど
字幕が「越へ」になっていた。
「越え」は「越ゆ」(ヤ下二)え、え、ゆ、ゆる、ゆれ、えよ。の「越え」。
ハ四ではないので「越へ」にはならないです。
にほひたつ・・にほひ+たつ たつはタ四 た、ち、つ、つ、て、て
にほひ「たて」だと已然形か命令形。上に係り結びの「こそ」がないし・・
「にほひたつ」ではないのかな。
「敷島の」が出てますがこれ「やまと(大和)日本、世」にかかる枕詞
なのですが下にそれらしき言葉がないときはどうなんだっけ。

公卿たちは崇徳院の歌を褒め称えるのですが、鳥羽院は複雑な表情。
表面上の歌の奥にある「何か」に気づいている様子。
それは後白河帝も同様・・突然立ち上がり、成親の手から短冊を取る
と書かれている文字を読み上げました。


後白河院「あ・・な・・に・・く・・し・・」
鳥羽院「・・・」
信西「あなにくし。それぞれの句のはじめの字をつなげると“あなにくし”
 「ぢつに憎い」との言葉が織り込まれておりまする」(煽ってるねぇ!)
後白河院「おのれ・・上皇・・」


後白河院・・ご乱心?その場にあるものを手当たり次第に投げとばします。

鳥羽院「ならぬ・・ならぬ、ならぬっ!こたびの即位は取り消しじゃぁっ!
   今すぐ譲位せよ。朕は浅はかだった。帝は重仁じゃっ!」
後白河院「法皇よ・・」
鳥羽院「・・??」
後白河院「ここは私の世じゃ」 キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!

鳥羽院「(白河院「帝よ、ここはわしの世じゃ」がフラッシュバック)」

鳥羽院にとってはトラウマのごとき言葉。その言葉を吐いた人は白河院
ではないのに。後白河院にその幻影をみたのでしょうか・・

鳥羽院が苦しそうに胸を押さえて倒れてしまいます。得子が駆け寄る。
その様子を後白河院、成親が冷ややかに見つめ、信頼は薄ら笑いを浮かべる。
誰も心配しないんだけど? そこらに居た人鳥羽院の敵だけなのか。

@鳥羽院御所

清盛は鳥羽院御所に駆けつけています。鳥羽院は書き物中。

清盛「にわかにお倒れと伺い、平氏一門、ご心配申し上げておりまする」
鳥羽院「これはわが子なり」
清盛「お起きになって大事無いのでござりまするか?」
鳥羽院「上皇は朕や帝を殺したいほど憎んでおる。一朝ことあらば、武士が
 力を合わせ、御所を守るが良いっ!」
清盛「おことわりいたします。われらの武力、父と子の争い、さらに荒立て
  るためにあるのではござりませぬ。それよりも法皇さまの御心を
  上皇さまにお伝えなされませ・・」

鳥羽院、泣き出してしまいました・・。
清盛さんのお説教タイム~って感じのシーンだよこれ・・。

@崇徳院御所 清盛は崇徳院に謁見中です。

鳥羽院の書写した「法華七譬の『長者窮子』」を持って。

教長「法華七譬(ほっけしちひ)の『長者窮子(ちょうじゃぐうじ)』か」
清盛「無論・・上皇さまもご存知にござりましょう。ながらくわかれわかれ
   であった父と子が何十年の時を経て分かり合い「説是我子(とく これ
   わがこ)これはわが子であると。父が子に対して心よりの言葉を
   かけるというお話にござります。
   法皇さまは悔いておいでです。今こそ心より詫び、許しを乞い、
   上皇さまとまことの父子になりたいと毎日この写経を続けておいでに
   ござりました。
   「是はわが子也」法皇さまの心よりのお言葉にござります」

崇徳院はその写経の文字を眺めたあと、一思いに破り捨てました。
とても冷たい表情で・・。

@鳥羽院御所 鳥羽院は病臥中。枕辺には美福門院がついています。

ナレ(頼朝)「明けて保元元年。鳥羽院の病は悪化し、都では崇徳院挙兵
  のうわさがささやかれていた・・」

鳥羽院「朕が死んで後、何が起ころうとも朕が上皇にしてきたことへの
  報いじゃ・・」
得子「なりませぬ・・ご自分をせめては・・」
信西「左様。いまは悔いているときにはござりませぬ。治天の君として
   なすべきことをなさりませ」

信西さん、立ったまま鳥羽院見下ろして喋っちゃダメじゃん。
(治天の君として・・のところから座ったけど)
せめてにじりよって枕辺で喋らないと失礼というか無礼だと思うのだが・・。

ナレ(頼朝)「信西入道の進言により命が下された。戦が起こった際には
 鳥羽院をお守りすると誓えよ・・」

@清盛の館

鳥羽院からの「誓文」記入の沙汰が清盛のところにも伝えられました。
その報告は盛国から・・。清盛は「書かぬ」。

「平氏はその誓文に名は連ねない。上皇さまを追い詰めるのは諍いの元。
平氏はどちらにも味方せず、法皇さまと上皇さまの仲を取り持つ」と。

それを見た池禅尼が忠正に。「いざというときにはそなたが守ってくれ。
亡き殿の志を」と頼みます。

(殿はあぁ言ってるけど、もしものときはあなたが頼りだわ。って。
この台詞はのちに清盛の言うことに反し頼朝助命して!って言ったの
の伏線かな・・)

@鳥羽院御所

義朝は「誓文」に署名。「下野守 源 義朝」。その帰り道・・
通清が待ち構えていました。

通清「お書きになったのですか?我ら源氏がお仕えする左大臣さまが
   この先いかなる立場になるやもしれぬというに・・」
義朝「下野守として当たり前の務めだ」
通清「若君はまこと強うなられた。されどそのお強さは、殿をお守りする
   ためではないのでござりまするな?
   若君はもう殿と道を同じくすることはないのでござりまするな?」
  
  (そういえば。義朝。東国へ下る時、「強くなって父上を守る」と
   言ってたよね・・時の流れは人の心を変える・・か。)

義朝「(冷たく)ない・・」
通清「ならば、通清はなにも申しますまい」(がっかり)
政清「父上っ!」
義朝「政清!まいるぞ・・(政清が来ないので)政清っっ!」
政清「殿に木登りを教えたは私にござります。されど今の殿の登り様、
   政清はついてゆけませぬ」(と去る)
義朝「・・・」

政清、離れてっちゃうの?

@清盛の館  

清盛が重盛、基盛に宋剣を振り見本を見せています。
そこに義朝がたずねてきました。

時子「との・・お客人にござります」
清盛「義朝・・どうしたのじゃ。お前が尋ねてくるなど天変地異の
   前触れか?」
時子「酒の支度をいたしましょう」
義朝「どうぞおかまいなきよう・・」
清盛「重盛、基盛」
重盛、基盛「はいっっ」
清盛「せがれたちじゃ・・」
重盛「重盛にござります」
基盛「基盛にござります」(二人を見つめる義朝。うらやましそうだ)

清盛「して・・何用じゃ」
義朝「御所へ・・誓いの文を書きに行ったゆえ寄っただけだ」
清盛「お前・・書いたのか?誓い文を」
義朝「貴様・・書いておらぬのか?」
清盛「当たり前じゃ。ただでさえ孤立無援の上皇さまをさらに追い詰め
   まいらせてみよ。世は根底より乱れるぞ」
義朝「乱れればよいではないか」
清盛「何だと?」
義朝「それでこそ、武士の働き甲斐があるというもの」
清盛「お前はおのれさえよければいいのか」
義朝「貴様こそ・・それでも武家の棟梁か?(と、「友切」を抜刀。刃先
   を向け)「友切」だ。源氏重代の太刀。源氏の家督を継ぐものの
   証だ。俺はこれを手に入れるためわが子を遣わし、弟を殺した」

清盛「お前・・(殴る)なんということを!」
義朝「源氏を率いるにはこの「友切」がなくてはならぬのだ」
清盛「だからというて・・身内を・・」
義朝「何が法皇さまと上皇さまの仲直りだ。もめさせておけばよい。
   戦になるならもってこい。それこそが武士にとって無二の機会だ」

清盛「そんな腐った土台の上に何が築けるというのだ?」
義朝「土台は当に腐っておる。腐ったものはどうあがこうと元には戻らぬ」
清盛「左様なことはないっ!」
義朝「ならば勝手にせよ。せいぜいお上親子の仲直りにうつつを抜かし、
   一門を滅ぼせばよい」(と去る)

清盛「・・・」

義朝の台詞、ぞくぞくっと来た。こういう感じは源氏だなぁってね^^;
「この太刀を手に入れるために弟を殺した」とかさらっと言ったりするし。
義朝、ぎらぎらしてていいよー!


@崇徳院御所。 美福門院得子がたずねてきます。

得子「私の亡き父は長く白河院にお仕えしておりました。
   その縁をたより・・私を時の帝・・そう・・あなた様に入内させよ
   うとお考えになったことがござります。
   それがかようなことになろうとは・・
   法皇さまを苦しめる方々を押しのけ、帝位につけたわが子躰仁は
   わずか十七歳ではかなくなりました。
   無理に帝としたことがそのお命を縮めたのやもしれぬ。
   法皇さまはもう長ぅはござりませぬ。
   どうか上皇さま。ご余生、悔いを残されませぬよう(涙)」


@清盛の館  信西が訪ねてきています。

信西「まだ誓いの文を書いておらぬと聞く。何故じゃ?」
清盛「・・・」
信西「(うんうん)法皇さまははじめ、上皇さまの重祚すらお考えで
   あった。だがそれは世の更なる乱れの元ともなりかねぬ。
   さんざん迷われた末に、雅仁さまを帝にとご決断なされたのだ」
清盛「されど今はそれを悔いておられるっ!」
信西「つまりはそういうことじゃ。どなたが即位されようとお二人が
   仲たがいなさろうと仲直りなさろうと時はそちらに向って
   うねっておる」
清盛「そちらにとは?」
信西「すなわち天下大乱!誓いの文を書くも書かぬもそなた次第。
   ただ、そなたにとって最も守るべきものは何か。守りたいもの
   は何か。よーく考えて決めるが良い」
清盛「・・・?」
信西「(うん)」

清盛の脳裏に信西の言葉がリフレイン。
「そなたにとって守るべきものは・・・守りたいものは・・」
(悩んでます、悩んでます^^;)

時子「今日は残念にござりました。義朝さま、すぐにお帰りになって
   しまわれて・・。お優しそうなお方ですね」
清盛「優しいじゃと?どこを見て・・」
時子「優しげな目で重盛たちをみておりました。きっとあのお方にも大切な
   奥方さまやお子がおありなのでござりましょうね」

時子のこの言葉で悩んでた心のハンドルを切って「仲直りさせよう」
の気持ちは捨てたのかな・・

@鳥羽院御所 雨が激しく降り続いています。

ナレ(頼朝)「同年、七月二日。鳥羽院危篤の報せが都を駆け巡った」

得子が鳥羽院の病床へ駆けつける。「なりませぬ。ご病床のお傍には」
ととめる声をさえぎって。

@崇徳院御所 

鳥羽院危篤の知らせがこちらにも伝えられています。


@鳥羽院御所 門前。

崇徳院に乗った輿が到着。警固の武士が、輿に乗っているのが崇徳院だと
知るとざわつきだします。通していいものか惑っていると・・

「法皇さま仇する恐れのあるお方はお通しするわけには参りませぬ。
 お引取りください」

崇徳院「通せ。われは法皇さまの子ぞ。子が親の死に目に会うて何の
   障りがある?」

すると、清盛が進み出てきます。

崇徳院「安芸守、はやく法皇さまのもとに案内せい!」
清盛「(宋剣を抜いてつきつけ)少しばかり遅ぅござりました上皇さま。
    私には私の守るべきものがござります」
崇徳院「ちち・・うえ・・」

なんで剣、突きつけるんだろう?「??」だった。

教長が崇徳院に駆け寄ろうとするのですが・・。「来るでない」と言い
地面に崩れ落ちます。膝をつき嗚咽する崇徳院。。。
そこにちかづく一人の男・・頼長???
雨に打たれて立ち尽くす姿が美しかった。

ナレ(頼朝)「鳥羽院の崩御により、くすぶっていた火種。それぞれが
 炎を上げ、戦乱に巻き込んでいくこととなる・・」

菊の花に囲まれて永遠の眠りにつく鳥羽院。(菊の花って得子の代名詞。
最期まで鳥羽院は得子のものだったってこと?)

清盛の署名のされた「誓い文」を手に、冷笑する信西。(怖い・・黒いー)

ナレ(頼朝)「乱世を生きる武門の棟梁として清盛もついに情を捨て
  苦渋の決断をした。しかしそれは茨の道の入り口でもあった」

ラストの「鳥羽院の~」「乱世を~」の岡田君ナレ。トーン少し下げて
低~く語って欲しかった・・。(一発目見たときは感じなかったんだけ
ど複数回見ると、気になる。ナレとともに進行してる映像が映像だった
だけに・・)


あぁ、徐々に徐々に「保元の乱」に近づいてるなという感じはある。
清盛の変心がなんか唐突な感じがする。
刀つきつけられて、「おらには守るものがあるからね。いろいろと厄介
なあなた様にはやっぱりお味方できねぇし」って冷たく言われて。
崇徳院、唖然・・って感じでしょうか・・。
(それにしても、なんでこーゆーときに西行さまが居ないのだろう。
ごたごたしはじめてから崇徳院の前に西行さま現れてないよね。
来週お出ましになるようですが・・)
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