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当ブログの当方視聴ドラマ感想は1~2本くらい。
録画視聴のため1日遅れのことが多いです!


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平 清盛 公式HP
平清盛 公式HP(広島放送局版)
平清盛 公式HP(神戸放送局版)
平清盛 公式HP(高松放送局版)



第15回「嵐の中の一門」

【あらすじ】

家盛(大東駿介)は、左大臣・頼長(山本耕史)の謀略にはまり、失意のうちに落馬して命を落とす。突然の訃報に信じられない清盛(松山ケンイチ)。冷たくなった家盛を前に、狂ったように泣く宗子(和久井映見)。忠正(豊原功補)は家盛が死んだのは全て清盛のせいだとつかみかかる。そんな中、忠盛(中井貴一)は、息子の死に揺らぐことはなかった。
忠盛は鳥羽院(三上博史)への忠誠を改めて誓い、高野山の宝塔再建を清盛の名代でおしすすめることを進言する。この大役を務めあげることが、我が子・家盛の供養だと考える忠盛だが、清盛は失意から立ち直らないまま、再建を進める。
やがて一年がたち、院号をうけて美福門院となった得子(松雪泰子)に呼ばれた忠盛は、この再建が落成のあかつきには、公卿の地位も夢ではないということをほのめかされる。高揚する忠盛。しかし、そのとき頼長が忠盛の前にあらわれ、家盛は全て自分を差し出し、自ら平氏一門を売ったのだと告白。忠盛の押さえていた感情が爆発する。

今日描きたかったのは↓このあたり?

(手元にある雑誌の特集から拾ったので
怪しすぎるかも・・)


1149年(久安5年)7/9 清盛、父・忠盛の代官として高野山大塔造営に登山
1149年(久安5年)8/3 藤原得子、女院宣下「美福門院」となる。

1150年(久安6年)1/4 近衛帝元服
1150年(久安6年)1/10 藤原多子 入内
1150年(久安6年)4/21 藤原呈子 入内


1149年(久安5年)西行、この年の前後、高野山に庵を結ぶ

やっぱちょっと時系列が乱れてる!
手元に年表ないと無理・・



ナレ(頼朝)「久安五年三月。平氏は鳥羽院の熊野詣の警護を務め、無事参詣を
 済ませた後、帰途についた」

@忠盛の館  

家盛の亡骸を前に、家中皆で涙涙涙・・・。そこに須磨に付き添われた宗子が
現れました。何が起きたのか「??」な表情の宗子が家盛の遺体の傍に・・。
もちろん、呼びかけても答えず。宗子は取り乱し「家盛!」と何度も名を呼んで
泣き崩れます。
そこに清盛と時子が現れます。清盛は家盛の亡骸を見ると膝から崩れ落ち、
這うようにして家盛の近くに行きます。震える手で家盛の体に触れようとすると・・

宗子「触るでない!家盛を触るでない」 怒りに満ちた目で清盛をにらみます。

家貞「北の方さま・・」 すると忠正が清盛に掴みかかり、放り投げます。

忠正「お前じゃ!お前がこの家に災いを持ち込んだ!お前が神輿に矢など射た
 ゆえ、家盛に神罰が降じたのじゃ!(止めに入った忠清を振り払い)
 お前が・・お前が・・死ねばよかったのじゃ!!!
 家盛のかわりにお前が死ねばよかったのじゃ!」

維綱、髷を切り落とし「家盛さま・・とこしえに維盛は家盛のおそばにおりまする」

皆の様子を見つつも清盛は何もいえずに呆然・・とするしかないのでした。

@清盛の館

盛国「秀子さまは親元にもどられるそうにございまする」
時子「左様か・・」
清盛が居ないので外を見ると雨の中、清盛が屋根の上に登り、びしょぬれ。

盛国「との・・何ゆえそのような・・」
頼盛「何をしておいでです!(時子をチラ見)どうも兄上はやることが
いちいち仰々しい(呆れ)」


頼盛「落馬の寸前、家盛の兄上は確かに呟かれてございます。(清盛を見て)
   『兄上』と・・」
清盛「・・・」
頼盛「思い違いをなさりませぬよう。正直に申しまして私は兄上が・・
  あなたが苦手です。騒々しく何かをしでかしてはそうしてくよくよと
  悩まれる。代わりに死ねばよかった・・とまでは思いませぬが家盛の兄上
  は、私にとってただ一人。父と母を同じくする心安い兄でした。
  家盛の兄上の最期の言葉を最期に伝えたかった相手にお知らせするは、
  私の務めにござりましょう」

この頼盛って後の方で頼朝に寄って厚遇されるんだっけ。
清盛に対して複雑な思いを抱えているところを印象づけておくのか。


@鳥羽院御所

忠盛は清盛を伴い、鳥羽院御所を訪い、しばらく出仕しなかったことを謝罪。
鳥羽院は家盛の急逝を悼んで、しばらく休むようにと言います。
しかし、忠盛は一刻も早く務めに復帰して忠義を尽くすことが家盛の願いだと。
忠盛は財をなげうち、落雷炎上した高野山の大塔・金堂を建て直す大仕事を
引き受けます。
そしてその名代を清盛にして欲しいと願い出ます。清盛は納得のいかない表情。

@高野山

ナレ(頼朝)「七月九日。高野山の大塔造営の事始が行われ、清盛はその代官
として臨んだ」

盛国「ここに塔を建て直すのでございますか?」
清盛「ん~数年がかりとなろう。(草むらからがさがさ音。人の気配)
   ん・・何じゃ?坊主か・・」

現れたのは笠を被った僧。清盛の様子を伺う風、斧を手にしている様子。
清盛はとっさに青龍刀を抜きました。

西行「待て・・清盛・・」
清盛「は?」
西行「(笠を脱ぎ)私だ・・」(キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!西行さまぁぁぁ)
清盛「義清(のりきよぉ)!!」

清盛「坊主のクセに、武士のごとき殺気を漂わしおって」
盛国「姿は変わられてもやはり、義清さまにござりまするな」
西行「今は“西行(さいぎょう)”と名乗りまする」
清盛「ほぉぉ。いつからここに?」
西行「つい先だってにござりまする。長らく旅に出ておりましたゆえ」
清盛「旅?」
西行「陸奥の国まで」
清盛「かように遠くまで何の用があって?」
西行「“とりわきて こころも凍みて 冴えぞわたる 衣川見に来る今日しも”」
盛国「(うんうん頷く)」(意味わかってる?)
清盛「ん?」
西行「平泉にて詠んだ歌にござりまする。雪は降るわ嵐は激しいわで空はえらく
   荒れておりましたがはよ衣川が見とうて参りました。
   いやもう、心も凍る寒さにござりました」
清盛「はははははは。何をやって居るのじゃお前は。はるばる左様なところまで
   行き、震えながら歌を詠んで居るとは・・」
西行「ふふ(^-^)」
清盛「そのふわふわした風情、変わらぬのぅ」

そこに女たちが現れます。女たちは西行がお目当てのようで競い合うように
食材を差し出します。
(清盛、突き飛ばされてましたね^^; ここ、笑うところですかね)

清盛「なんじゃ!」と呆れてます。
西行「これはいつも痛み入りまする(合掌)」

盛国はめをぱちくりぱちくり。清盛も呆れ「まこと・・変わらぬ・・」

@清盛の館

時忠「やはりあの時、出て行けばよかったと思うておるのでしょ?」
時子「時忠・・」
時忠「家盛さまが死んだのは清盛さまのせいだってもっぱらのうわさですよ」
時子「つまらぬことを言うものではありませぬ」
時忠「あれのどこが「光る君」にございますか。」
時子「確かに、思い描いていた方と違います」
時忠「でしょ?」
時子「思うておったよりもずっとさびしいお方。誰よりも人恋しく生きて
   こられたお方。私は断じてお傍を離れはしませぬ」

時忠・・「でしょ?」って・・^^; 

ナレ(頼朝)「翌、久安六年一月四日。近衛帝が元服なされた。そのわずか
 数日の後に左大臣・頼長さまの養女・多子(まさるこ)さまが入内された」

忠通「一層華やかな入内となるよう意を尽くせよ」

ナレ(頼朝)「摂政・忠通さまはこれに警戒の年を募らせ、ご自分の養女、
呈子さまの入内に向けて動き始めた」

  「父上様、左大臣さまお見えにござりまする」

忠実「頼長の養子縁組を反故にしただけでは飽きたらぬか・・何度も申した
 はずじゃ。頼長に摂政の座を譲れ。」
頼長「祝いの品を・・」
忠通「結構!父上、かようなことでいちいち宇治から出てこられるは大儀に
  ござりましょう。おはなしはこれまで・・」

(頼長の養子縁組反故・・これ説明ないよね・・忠通さん三男亡くしたあと
男子がいなかったので弟・頼長を養子にしてた。でも、近衛基実が生まれた
ということでその子に摂政を譲りたい・・。
だから頼長の養子縁組解消したんでしたっけ・・)

ナレ(頼朝)「摂関家のご兄弟の争いは激しさを増して行った・・」

@崇徳院御所

ナレ(頼朝)「一方、こちらには権力争いからもっとも遠いところにはじかれた
おふたりがともに暮らしておられた」

雅仁親王「音譜~われを頼めて来ぬ男、角三つ生ひたる鬼になれ~
  ははははは。これは上皇さま」
崇徳院「よい・・おもてを上げよ。我ら兄弟ではないか。摂政と左大臣が
   争うて娘を入内させて居るそうな」
雅仁親王「ほぅ・・それは存じません」
崇徳院「そなたは帝の座を望んだことはないのか?今の帝さえ、お生まれに
   ならなければ・・そなたとて・・」
雅仁親王「ははははは。まるでござりません。帝とならばこう日がら一日
  歌ぅてはおられますまい・・。
  音譜~われを頼めて来ぬ男、角三つ生ひたる鬼になれ・・」
崇徳院「いっそ・・そなたほどいさぎよければのぅ・・」

崇徳院と雅仁親王の同居生活。見られて良かった~^^;

あれ?近衛帝の元服のシーン、あるはずだったんじゃないの?カット?
期待してたのになぁ^^;

 
@清盛の館  

信西「これが当代切っての絵師、常明じゃ」
常明「(おじぎ)」
清盛「来て貰ったはほかでもない。高野山の金堂にお納めする曼荼羅を書いて
   欲しいのじゃ」
常明「身に余る誉れ、身命を賭してつとめまする」
清盛「信西どの・・痛み入る。よぅつれてきてくれた」
信西「なーに。雅仁さまが常明の絵を大層お好みゆえ、少しばかり見知って
   おったのじゃ」
清盛「あの風狂なお方が?」
信西「これ・・これ」
常明「(苦笑)」

盛国「との・・そろそろ刻限にござります」
清盛「すぐに参る。今日は家盛の一周忌にて。供養のため正倉院に愛用の品
を納めるのじゃ」

(このあと信西に断りを入れて席を立った・・んだよね?)

@忠盛の館

忠盛と家貞が家盛の一周忌に正倉院に愛用の品を納める支度をしている。
そこへ宗子が現れます。
宗子が手にしていたのは舞子の形見の鹿の角・・。

宗子「これもお納めになってくださりませ。この志のために家盛は死んだ
のですから:・・」
忠盛「それでそなたの気が済むならば好きにいたせ」

宗子は鹿の角をたたきつけ、忠盛に投げつけて何度も踏みつけました。

@清盛の館

盛国「との・・お客人にございます」
清盛「西行・・」
西行「(お辞儀)」
盛国「西行さま・・北の方さまにございまする」 
  (西行と時子、互いにお辞儀。会ったことないね。会ったのは明子とで)
清盛「どうしたのじゃ?」
西行「高野山宝塔勧進のため山を下りてまいりましたもので・・」
  (なんかここヘンだった。「高野山宝塔勧進」と一気に言わないで
   「高野山(一拍置いて)宝塔勧進」って言った。)

清盛「すまぬが西行、俺には宝塔再建の務めは叶わぬ・・」
西行「いかがなされました?」
清盛「今・・一門はひどい嵐のただ中に居る。そしてその嵐の元は俺なのじゃ。
   俺というよそ者が平氏の子となったときからこの嵐はまきおこっておった。
   家盛の亡骸に触れることも許されず、家盛の代わりに死ねばよかったとまで
   言われ、そんな俺がこの務めを果たしたとてどうして家盛が浮かばれよう」
時子「との・・」
西行「・・平泉にてあの寒さの中、あの吹雪の衣川を私は飽くことなく眺めて
   おりました。凍りそうな身と心を抱えて・・それでも目を離せなんだ。
   それはそこに何か美しきものが潜んでいたからにございましょう」
清盛「美しきもの?」
西行「(今ここで投げ出してしまえば、弟御が最期にお手前に伝えたかった
    ことは金輪際わからぬままでしょう)

   今はただ嵐の中に身をおきこの務めを一心に果たされよ。さすればきっと
   見られましょう。風雪を耐え忍んだものだけが見られる美しきものを。
   嵐の中の一門のためよそ者のお手前にしかできぬことがござります」

清盛「・・・」

清盛は西行の助言を思い出しながら、大塔再建に取り組んでいます。

@義朝の館・・だよね?

義朝は刀を手にし為義に一瞥して立ち去ろうとします。

為義「義朝、どこへいく?左大臣さまの警護をおおせつかっているのだぞ」
義朝「父上はあの日のことをお忘れか?摂関家に唆され平氏の棟梁を闇討ち
   しようとしたことを」
為義「・・・」
義朝「あんな目にあってもなお、摂関家に従う父上の気持ちがわかりませぬ」
由良「との・・」
政清「との・・」

このあとにあるんだよね。ムックにも「摂関家と密に関係を持とうとする
為義に対して義朝は武威で従わせてきたので政にのめりこむことを嫌って
いたのだ」ってあるけど、この場面にはないからカットされてるんだね。

通清「政清!常々お前がついており何じゃ?」
政清「申し訳ありませぬ。殿は東国武者を武威によりて従わせましたゆえ
   政にのめりこむのを好まれませぬ」
通清「それをお諌めするのがお前の務めであろう」
由良「殿は気位高いお方にござりまする。されど次なる源氏の棟梁として
   いずれ魑魅魍魎のごとき殿上の方々と相対するときにはあの気位の
   高さが仇となるやもしれませぬ。
   私はそれが気がかりでなりませぬ・・」


義朝「(ついて)来なくて良い!」(と立ち去ってしまいました)

(このシーンで赤子の泣き声が聞こえる・・。私の耳がヘン?なのかと思って
録画を見直したんだけど、やっぱり聞こえるんですよぅ。
この時点(久安6年/1150年)では頼朝・・じゃなくって鬼武者は赤子じゃな
い年頃・・。弟・希義はまだ生まれてない(1152年)し・・。誰だろ・・。)


義朝と為義のぎくしゃくに隠れてしまってるけど
義朝と由良、すこーしずつ齟齬が見えてきてるかな・・。よりによって
次のシーンでタイミングよく?常盤に会っちゃうなぁ・・。

@市井

そのまま町に出た義朝はどこかでもめている声を耳にする。

義朝「何事じゃ?」
茂貞「あぁ」
常盤「義朝さま・・」

常盤が貴族の家人ぽい人に絡まれていました。そこから逃げ出し義朝
に助けを求めました。よくよく話を聞くとこの家人は摂政の使いらしい。
まもなく入内になる呈子さまの雑仕女として、都中から見目麗しきおなご
を集めよとの仰せなのだという。
しかし、常盤本人は乗り気ではない。(なんで?行ったほうがいいんじゃね?
親が困ってるって言ってたし。って思うけどなぁ・・)

義朝「常盤・・そなたが呈子さまにお仕えすればてて御の暮らしもようなる。
母御の病もはよう治せよう・・親の役に立てるなら何より嬉しいことであろう」

義朝に説得され、呈子に仕えることを決める。

ナレ(頼朝)「常盤と呼ばれたそのお方は都中から集められた千人もの女たち
 の中で随一の美女に選ばれた・・
 美女たちを従えた呈子さまの入内は大層華やかで評判になったという。
 (ほどなくして呈子さまは多子さまに続いて中宮になられた) 」

常盤って「雑仕女」として入ったはず。呈子さまの入内の列に居るんだ?と
思ったが、忠通さん→頼長に
呈子のまわりに美女集めたよぉーの見せびらかしと誇示!だからいいのかな。

で。ナレですが。 「常盤どの<常盤と呼ばれたそのお方」
若干投げやりなのは・・やっぱりあれかな・・

義朝さん常盤にすごく優しいんだもん!「常盤ドキドキ」って呼び方とかさ。
由良さんにはそっけないのにね・・。
これ、のちの頼朝と義経の関係にも影響ある?
それよりか、常盤ってドラマのどのあたりまで出るんだろ・・。


呈子と多子、どちらが近衛帝の寵愛を得るかで忠通と頼長の立場が変わる。
美女たちを集めるということにより呈子に注目を集めて優位に立ったと得意
満面。多子を先に入内させていた頼長は忠通に怒りをたぎらせる。
(忠通の強みは美福門院を後ろ盾にしていること。美福門院は近衛帝生母)
の絵がないから分かりにくい^^;

@鳥羽院御所

ナレ(頼朝)「この頃、得子さまは院号宣下を受け「美福門院」と称されて
 居た」

美福門院がたのみとしていたのは忠盛。美福門院は財をなげうち普請する
忠盛を公卿に取り立てるべく鳥羽院に口ぞえをすると申し出ます。
「あと一息じゃ」と喜びを口にする忠盛。
そこに頼長がやってくる。

頼長「ちかごろ、美福門院さまの覚えめでたいようじゃな」
忠盛「身に余ることと存じております」
頼長「もう一年を過ぎたか。家盛が落命してから」
忠盛「先だっても一周忌の供養をしてまいりました」
頼長「私も残念でならぬ。まこと優れたおのこだった故とりわけ目をかけて
   おったのだが・・」
忠盛「ありがたきお言葉」
頼長「身の程をわきまえぬ野心を持つものは苦しみぬいて死ぬということよ」
忠盛&家貞「?」
頼長「知らず知らず、生まれあやしき兄への鬱憤がたまっておったのであろう。
   家盛が跡継ぎの器と少しばかりおだててやると何もかも差し出しおった。
   つまるところ平氏の足並みを乱したにすぎぬと気がついたようであった
   が、今更あとへはひけぬ。死ぬまで私に与するしかない。
   そう思い悩んでおったのであろうのぅ。
   返す返すも惜しまれる。家盛と私はすべてにおいてしかと結ばれた仲で
   あったゆえ・・何じゃ公春。死んだものの話ぞ
   私が父ならほめてやるがのぅ。家盛、あっぱれであった。さすが武士の子
   見事なる犬死じゃ・・」

去っていく頼長に怒りを抑えてにらみつける忠盛なのでしたが・・
キレちゃったかなぁ・・なんとなくそんな感じがする。

清盛の方は曼荼羅に彩色する常明を熱心に見入っています。
常明は清盛に筆を入れることを薦めます。
そして清盛が筆を取ったそのときに忠盛が現れて、曼荼羅製作を止めろといいます。
そして、家盛を殺したのは自分だと言い出します。
忠盛は「清盛がいたから何事にも耐えて、志を遂げるまでは宗子や家盛に無理を
強いても志を遂げられたらすべてが報われる」と信じていたのです。
しかし、頼長の話を聞いて、家盛が報われることはないと知ってしまった。

清盛は泣いている忠盛に話がそれだけならば帰って欲しいと言い、
また曼荼羅の彩色に取り掛かります。しかし忠盛は清盛を曼荼羅から引き離そ
うとします。しかし何度引き離されても清盛は曼荼羅の前に戻り、筆を入れ
ようとします。何度も引き離されたため、清盛の額に傷ができて血が流れる。

額から血を流しながら清盛は一心に曼荼羅に向います。額から流れる血が画具の
赤と交じり合って・・。
清盛は大日如来の唇に彩色。無我夢中で筆を走らせています。

いつの間にか夕日が落ちて、血曼荼羅に光が当り輝きを放っています。
そこに駆けつけた宗子はその絵を見て、家盛の声を聞きます・・。
宗子の表情がとても柔らかくなり、慈愛に満ちた表情に変わります。


ナレ(頼朝)「平氏一門が嵐を乗り越え、絆を強めた一方でわれら源氏一門の
絆を危うくする変事が起きようとしていた・・」

為義「ではものども・・参る!」

藤原摂関家の朱器台盤を忠通さまから奪って頼長さまのところに移した
事件かぁ。これは来週につづく・・かぁ。


西行さまの剃髪僧侶姿を拝めただけでおなかいっぱい^^;
一緒に見てたうちの親も「似合ってんじゃん!」って。ただアップになると
右のうなじあたりかな、境目がわかるね。アップはだめだー。
義清のときの華やかな感じが西行になると、一気に質素なイメージに変貌!
若干、汚れ・・も入り~のでしたが、いい恋の矢
清盛に対して物言いが丁寧になっていましたね。
「いかがなされました?」って。

(ラストに出てきた血曼荼羅。あれ大日如来ですよね。未&申年の守り神。
うちの父から曼荼羅って何?て以前きかれてて、これ!って教えた^^;)


****追記*** 大河ドラマとは関係ないのですけど、
「新撰組血風録」と「テンペスト」記事へのアクセスが増えてるのです。
これは去年のBS時代劇なんだけど、今年地上波で放送始まったからかな。
私も昨日、久しぶりに「新撰組血風録」見た。なんか新鮮だったなぁ。
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