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当ブログの当方視聴ドラマ感想は1~2本くらい。
録画視聴のため1日遅れのことが多いです!


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平 清盛 公式HP
平清盛 公式HP(広島放送局版)
平清盛 公式HP(神戸放送局版)
平清盛 公式HP(高松放送局版)



第11回「もののけの涙」

【あらすじ】

得子(松雪泰子)の陰謀によって、崇徳(井浦新)は得子の子である近衛帝に譲位することになる。一方、平氏一門では皇后・得子に取り入るべきだという声が出るが、清盛(松山ケンイチ)は信じられる人など朝廷にはいないと反発、忠盛(中井貴一)は一門の結束が大切だと話す。そんな中、明子(加藤あい)が高熱で倒れる。物乞いから疫病をうつされ、治せる薬はないという。動転した清盛は、宋から薬を取り寄せよと盛国(上川隆也)に命ずるが・・・


今日描きたかったのは↓このあたり?

1140年(保延6年)崇徳帝に第一皇子・重仁親王が誕生

1141年(永治元年)鳥羽上皇、出家

1141年(永治元年)崇徳天皇譲位、近衛帝3歳で即位
1142年(康治元年)皇后・得子を呪詛したとして璋子が落飾

1144年(天養元年)平忠盛、六男・忠度誕生

1141年(永治元年)源義朝、三浦義明妹との間に長男・義平誕生
1143年(康治2年) 〃  波多野義通妹との間に次男・朝長誕生

1143年(康治2年)藤原忠通の四男・近衛基実誕生

1143年(康治2年)源義朝、相馬御厨に介入
1144年(天養元年)源義朝 大庭御厨濫行


やっぱちょっと時系列が乱れてる!
手元に年表ないと無理・・


「璋子をおしのけ権勢を我が物にしようとする得子。
究極の目的は国母・・つまり天皇の母となることでした。ついに
わが子躰仁を後継者に据えることに成功しました。次に狙うのは
崇徳帝を早々に退位させること。得子は新たな一手を企てるのでした」

ナレ(頼朝)「京随一のもののふといわれた佐藤義清の出家は人々の
心に少なからず波紋を生じさせた。」

@御所の庭・・璋子と堀河局が夜桜を眺めながら・・。

璋子「義清が私の罪深さを背負うて出家したようなものじゃ・・
  すまぬことをした・・・」
堀河局「それは違いまする。義清どのは璋子様によって知ったのです。
人が人を愛しく思うことの罪深さを・・。璋子様こそが身を捨てて
義清どのに教えたのです・・」
璋子「そうか・・」

@崇徳院御所 

清盛が崇徳院のところをたずねています。(清盛、相変わらず汚い・・
せめてもう少し綺麗にして参上すればいいのに・・)

清盛「身を捨つる 人はまことに 捨つるかは 捨てぬ人こそ 
   捨つるなりけれ・・
   義清が出家の折に詠んだ歌にございまする」
崇徳院「朕は義清だけが・・義清だけが心のよりどころだったのじゃ」
清盛「おそれながら、帝は鳥羽の院のお子にあらず白河院のお子におわす
   と伺っております」
教長「控えよ・・」
清盛「叔父子と呼ばれ鳥羽の院に疎まれておると・・」
教長「控えよと言うておる!」
清盛「この平清盛も同じにございまする・・」
崇徳院「??」
清盛「生まれ出でる前から実の父白河院に命を狙われ母は私の目の前で
   殺されました」
崇徳院「・・・」
清盛「されど物の怪のごときお方にいつまでも振り回されるのはごめん
  こうむりたく!この醜き世を私なりにおもしろぅ生きてまいる所存に
  ございまする」

ナレ(頼朝)「この年、崇徳帝に待望の皇子、重仁(しげひと)さまが
 お生まれになった。崇徳帝から鳥羽院へ初めての反撃の機会が
 生まれたのである・・」

@御所(内裏)

崇徳院は鳥羽院を内裏に呼んで
崇徳院は東宮となることに決まっていた躰仁・・ではなく自分の子である
重仁に帝の位を譲りたいと伝えます・・。が、鳥羽院は反論・・
「躰仁が次の帝になることが決まっております」
崇徳院は「躰仁は自分の養子だが腹違いの弟。血のつながりの薄きものに
は譲りたくない。上皇が叔父子の自分を忌み嫌うのとおなじじゃ。
自分はわが子の後ろ盾となり、自分の思う政がしたい・・」と言い出す。

その崇徳院の意向は忠通や得子にも伝わります。

忠通「女房ふぜいに産ませた子を帝にしようなどとこれでは何のために
  躰仁さまを中宮のご養子としたか・・わかりませぬ!」
得子「うろたえなさるな、関白どの・・おもしろうない男じゃのぅ」
忠通「??」
得子「虐げられし帝が初めて牙を剥かれたのじゃ。
   受けて立って差し上げねば無礼であろう・・」

得子のなかに計略ができてる?? 得子は崇徳院の元をたずねます。

得子「重仁さまを帝の座につける策がございまする・・まず早々に躰仁
   にご譲位なさってくださりませ」
崇徳院「・・」
教長「どういうことかとお尋ねでございます」
得子「東宮を躰仁と定めた上はまずは躰仁を帝にせねば
   中宮さまの父・関白さまが不快に思われましょう。
   院と関白、このお二人が手を組まれるようなこととなれば、
   帝には
そうなると大変なご迷惑にござりましょう。
教長「そなたがさようなことを案じるは解せぬ!との仰せにございます」
得子「私とて鬼でも蛇でもござりませぬ。院の長年の帝へのなさりよう
   にはこころをいためておりまする。
   血が繋がらぬとは申せ、院と帝は父と子。それが左様に憎みあう
   お姿、おいたわしゅうござりまする。
   そもそもなんで躰仁を帝の養子にしたとお思いですか。
   院による政とは父が子に変わって執り行うもの。
   弟君へのご譲位とならば、政がならぬゆえにござりましょう。


   【ナレ(頼朝)「崇徳帝はご養子とされた躰仁さまに譲位する。
    そうすれば院として政を行うことができる。
    重仁さまは躰仁さまの次の帝となればよい・・」】


  重仁さまはわたしがしかとお育ていたしまする。躰仁退位の後、帝
  となれまするように・・」

(ノベの赤字が削られ&頼朝のナレが入って余計「??」になっちゃった。
ナレの部分は要らなかったかも・・)

ナレ(頼朝)「得子さまのお申し出に崇徳帝のお心は揺れた。
 翌永治元年、12月7日、崇徳帝は皇太子躰仁さまに帝の座をお譲りに
 なった・・」

しかし、「譲位の宣命」には、崇徳院の養子となるはずの「躰仁」が
皇太弟のままであることが読み上げられる・・。

崇徳院「皇太弟と?弟に位を譲ると申したのか?子としてではなく・・
違う・・違う・・違う・・弟に譲ったのではない・・朕は政ができぬ!
たばかりよったな・・なりこぉぉぉ・・たばかりよったな!!」

ナレ(頼朝)「崇徳帝の踏みにじられた思いの上にわずか3歳の躰仁さま
が即位され、既に出家し法皇となられた鳥羽院が引き続き、治天の君とし
て政を行われることとなった・・すべては得子さまの思惑通りであった」


@忠盛の館。

1142年(康治元年)正月。忠盛の館では新年の宴の真っ最中。
平家の一門が一同に集まっている。皇后となった得子の話題やら、朝廷や
藤原摂関家の誰に取り入るかなどなどを家貞や家盛などがしている。
それをつまらなそーな清盛。
清盛は「王家にも摂関家にも信じられる人はいない。誰に取り入るかなど
話してもムダだ」「面白き道を選んで世を渡ればよい!」と言う。
そんな清盛を見て家盛は諭そうとし、けんかになってしまいます^^;

そこに宗子、明子、秀子(家盛の妻)の三人がやってくる。
新年の挨拶の後、三人で楽を奏じます。

忠盛「それぞれがそれぞれの色を出し互いにたりないものを補い合い、
  高めあう。これこそが平家一門の追い求める姿じゃ」

家貞「との・・うまいこと言われすぎにございまする」
忠盛「ん・・そうか」


一方。時子さん・・縁側で源氏物語の朧月の段を諳んじてます。
「いと若ぅをかしげなる声の、なべての人とは聞こえぬ。
 『おぼろ月夜に似るものぞなき』とうち誦じてこなたざまには来るものか。
いとうれしくてふと袖をとらへたまふ・・。
『深き世の あはれを知るも 入る月の おぼろげならぬ 契りとぞ 思ふ』
視線の先にいるのは妹の「滋子」。
まだ三歳。姉の源氏物語よりも「瓶子」で遊ぶのが楽しいよう・・です。

そこに明子が現れて時子に頼みごと。「このたびやんごとなき姫様方に琵琶
をお教えするよう頼まれた。それを時子に手伝って欲しい・・」と。
しかし、時子は拒む。(「清盛の館で」というのが問題のようですねぇ)

しかし、数日後、時子は明子と並んで貴族の娘に手ほどき中。
その最中に清盛と盛国が現れる。明子は清盛に時子を紹介。時子は清盛を
覚えているのだが清盛の方は忘れているようです・・。
その席にいた娘ご(波子)を見とれていた盛国を見て明子はにっこり・・。

数日後、明子は清盛に「盛国に妻を・・」と持ちかけます。
清盛はその話を盛国にするのですが、当の本人はまだ妻子を背負う覚悟がない
と断ってしまうのです。。

そんな盛国に明子が・・直接問います。

明子「盛国・・」
盛国「は・・」
明子「そなた気にしておるのではないのか?元は漁師であることを・・」
盛国「波子さまはなのある家に仕えておられるとお見受けいたしました。
  私が粗相をいたせば殿に恥をかかせてしまいまする」
明子「盛国・・そなたは立派な武士じゃ。殿の計らいで武士の身分になった
   ことを片時も忘れず武芸にも学問にも励み、誰よりも殿を思ぅて
   殿に尽くしてくれておる。漁師の出であればこそそうなれたのでは
   ないか?」
盛国「・・・」
明子「どうか殿とわたくしにそなたの婚礼の支度を整えさせてはくれぬか
   盛国・・」
盛国「はい・・・北の方さま(と平伏)」
明子「(うん)」

そのやりとりをずっと見ていた清盛は明子に「琵琶のように決して目立た
ぬが家を支えてくれておる。そなたが居らねば俺は何もできぬ」
明子は嬉しそうに微笑んで琵琶を爪弾く・・・。


@相模国 波多野義通の館 宴会中???(参加している中には
三浦、上総なども居るようだね)手づかみで食したり豪快な宴^^;

三浦「との!波多野義通、お目通り願います!今宵の宴にこの館を
供したるものにございまする」
義朝「今宵のみか・・」
政清「殿はこの館がお気に召したようじゃ」
上総「あははははは」
波多野「どうぞ!献上仕りまする!」
義朝「(立ち上がって)みなのもの!これより波多野一族はわが家来ぞ!」
一同「ははぁ。。」
義朝「遠慮は要らぬ存分に飲め!」
一同「おぉ!」

なんか宴がすごく楽しそう~。忠盛の館の新年の宴の品のよさとの
コントラストがいい。こっちは豪快だけど^^; 
源氏はこうじゃないと~!!!

ナレ(頼朝)「この頃、父・義朝は東国武士の多くを配下に収めていた」

閨に波多野義通の妹・通子(みちこ)が。そこに義朝が着物を脱ぎ捨てる。
あらまぁまぁ。義朝パパったらもう!うきゃきゃ。(///∇//)(//・_・//)。

通子「波多野義通の妹・通子にござりまする。われら一族との縁、
深めていただきたく兄より申しつかって・・」
義朝「なにをしておる・・」


ナレ(頼朝)「・・ほどなくしてこの二人の間に私の腹違いの兄・朝長が
生まれることになる・・。前年にも同じく腹違いの兄・義平が生まれて
いたが、京に暮らすわが母、由良御前は無論知る由もなかった・・」


@為義の館  由良が訪れて為義をしかりつけて?いるのですぅ・・

由良「いったい・・お手前は何をなさっておいでじゃ。源氏の棟梁たる
お人がいつまでも位低く、検非違使で・・これといった手柄もたてずに
くすぶっておいでとは」
為義「だまらっしゃい!」
由良「・・」
為義「だまってきいておれば・・熱田の姫さまか内親王さまの女房か
 存ぜぬがそうずけずけ言われる筋合いはない!」
由良「・・・」
通清「との・・おなごの申すことですゆえ・・」
為義「おなごならおなごらしく口をつぐんでおれ!」
由良「もうしわけござりませぬ・・失礼なことを申しました。」
通清「・・・」
由良「私はただ・・お会いしとうて・・義朝どのにお会いしとうて(ノ_・。)」

為義さん、未来の嫁の涙におろおろ(苦笑)


ナレ(頼朝)「母は一途で・・そして報われぬ女性(ひと)であった」

@御所(内裏)

同年、1月19日、皇后となった得子は、璋子を排除するためにそばに
仕えている者にあらぬ罪(得子を呪詛した罪)を着せて土佐に流した。
得子は目配せをし、御影が人形を持ち出してきた。
(天児・・以前、璋子が得子に祝いの品で渡した産着が着せられており
あちこちに怪しげな呪詛の文字がびっしりと書かれている)
堀河局は反論しようとするが・・

璋子「堀河・・もうよい・・」
堀河局「されど・・」
璋子「陥れるのではない。救うてくださるのじゃ。鳥羽の法皇さまを
  きずつけ上皇さまをくるしめ・・義清を出家に追いやった・・
  私の愚かさを・・こうして突きつけてくださったのじゃ・・」

ナレ(頼朝)「この一月のち、待賢門院さまは堀河局らとともに髪を
   下ろされた・・。待賢門院璋子さまと鳥羽法皇・・
このお二方は心を通わせあうことのないままついに別れ別れとなられた」


清盛と明子は神社に行き、家族の平安と平家一門の繁栄を祈願。
その帰りみち・・神社の境内ちかくで倒れている乞食を見かねた明子は
薬をやるよう女房に言いつけ、その手を優しく握り励ました・・

このことが明子の命取りとなる病の原因だったのか・・??

その夜、明子が高熱を出し倒れてしまいます。薬師によると、明子の病
は「都ではやっている疫病」であり、死に至る病気なのだという。
薬師は近くに寄らないようにと清盛に言うのですが、清盛は興奮するだけ。
また「治す薬がない」という薬師・・。

清盛は「宋の薬を手に入れる」と無茶を言い出しその場から出て行きます。

清盛の前に明子の父・高階基章が現れ、「明子を清盛の妻にしてもらった
のに屋敷に病を持ち込んでしまい、申し訳ない」と詫びます。
すると明子の部屋から侍女があわただしく出入り。明子の熱が上がったという。
それを見た清盛は明子のもとへ行こうとするが基章にとめられる・・・。

時子が琵琶を抱え、清盛の館を訪れると庭で清次が泣いていて、兄の清太が
慰めている。時子の姿を見た清太まで泣き出してしまう。
部屋の奥から祈祷の声が聞こえる。

明子のそばに行けない清盛は、祈祷する僧らとともに自らも一心に祈る。
忠盛や宗子、家貞らがたずねてきたのだが清盛に声がかけられない。
そのときどこからか琵琶の音が聞こえてくる・・。

家貞「明子さま・・ではござりませぬ」

時子が爪弾いている(清太と清次は「母の音色とちがうぅ!」というが
時子は「これは明子さま直伝の音色だ」と言う)
その音色は熱に浮かされ、朦朧としている明子の耳にも届いているよう。

うっすらと目を明けた明子に父・基章が声をかける(赤字。ノベにはある
けどドラマでは削られたね><)

基章「明子・・すまぬ・・なにもしてやれず・・すまぬ」
明子「なにをおっしゃいます。父上。父上がご祈願してくださったおかげで
   私はまこと幸せな一生にござりました」
基章「明子・・」
明子「どうか父上・・末永く達者で・・」


そして清盛がかけつける。(盛国が必死で止める。清盛は振り切って
明子の下へ・・)「一緒に海を見ると約束したではないか!」

明子「もう 見せていただきました。大きな船も海の景色も。殿の目に
  映っていたから・・殿の目に映る広くて面白き世を。
  ともに思い描くことができて明子は幸せにござりました・・」
清盛「明子・・」
明子「との・・どうか悲しまないで下さりませ」
清盛「明子・・明子・・明子・・・」

明子さん・・静かに逝きました・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

駆け出した清盛は荒れ狂う・・。祈祷の僧に掴みかかったり蹴りを入れたり。
「明子を生き返らせよ・・さもなくば生きてここから帰さぬ・・」

そんな清盛を必死の思いで諭したのは盛国・・。

盛国「との・・恨むならば、恨むならば宋の薬を求めることを許さぬ
法皇を恨みなされ。疫病をとめられぬ朝廷を恨みなされませ。
そして、みながすこやかに健やかに暮らせる世をとのがおつくりください
ませ!! それこそが北の方さまが夢見た景色に相違ござりませぬ」
清盛「(嗚咽・・)明子・・・」

縁側で(傍で眠り込んでた清太と清次、カワイイ~)時子が涙・・
忠盛、宗子、家盛らも悲しみに・・。

ナレ(頼朝)「琵琶の音の如く、つつましやかに清盛とその一党を
支えていた妻、明子の死は清盛を悲しませただけでなく
もののけの如く生きた白河院の血が清盛に流れていることを育ての父、
忠盛に否応なく思い出させた・・」


清盛の荒れ方、すごいな・・。でもこんなに思われてたら明子さんも
幸せだっただろうなって思うけどね。
(清盛が明子さんを見つめる時、幸せそうだったしね)


↑でピンク色にくくった頼朝君のナレなんだけど。一言感想をば!
(いろんな方のブログ拝見したのですが、玉木君ファンの方などは
×××シーンに狂喜乱舞~^^; ワタシは頼朝@岡田君ナレのテンションの方
が気になったけどねっ)

腹違いの兄二人の出生の経緯語ってるけど嫌そうな感じ(「この二人の」
「腹違いの」ってとこ)が出てた。
(これ成人した頼朝君が語ってるけど、腹違いの兄がいるのをいつの
時点で知ったんだろうってふと思ったわ)
でも腹違いの兄、義平・朝長のことに触れてこんな感じだと、
常盤御前登場、腹違いの弟・・ってなったら感情が迸るかな・・って
思ってしまう・・。

この時代は「一夫多妻が普通」の時代だったけど・・自分の産みの母
は父に尽くすけど、当の父の方はそんな母を「数居る女性のうちの
一人」(野望のための出世の道具?)としか見ていなくて。
出世が叶い、常盤が現れて。構われなくなったの見てたとか・・?
母を「一途で」「報われぬ人」って言ったのはそーゆーことかな。

その頼朝君、来週、誕生するか?さてどんなナレつけてくるかしら。
予告には出てきていなかったけど・・。ストーリーブックにはある。

今日の回で義平と朝長に触れたってことは、配役されるのかな・・。
誰が演じるのかちょっと楽しみ・・。


青字の忠盛の台詞は、イイナと思ったのよ。私の大ファンな
プロ野球チームの雰囲気っぽくって~あそこはどっちかっていうと
平家的かな・・。生え抜きも移籍組も外国人選手も仲良いもん。)
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