さくらひより

兼好法師の顰みに倣って、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き綴ります。


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各種のメディアで「憲法」について語られる時、それは、日本の非武装化を定めた部分、いわゆる「九条」について語られることが大部分の様に思います。
実際、世の中を眺めてみると、「憲法を守れ!」と訴えている方々は、憲法改正と言うよりは「九条」の撤廃のみに反対している様に見えます。このことは、そのような方々がしばしば天皇の存在については否定的であることからも窺えます。天皇の地位は、憲法の冒頭に定められていると言うのに。

冷戦期を通して ――そして、恐らく今も―― 日本を守ってきたのはアメリカの軍事力であって、それは日本を非武装化する「平和憲法」と抱き合わせだった。
それを考えれば、「日本は平和憲法によって守られてきた」と言うのも間違いではないかもしれません。

けれど、その「平和」は、良くも悪くも、あくまで他国の都合で与えられたものであることも、失念してはならないことだと思います。
ありていに言えば、憲法九条とは、日本を他国 ――第二次世界大戦における連合軍、すなわち国連―― の軍事的コントロール下に置くための条項です。
第二次世界大戦終結後から冷戦期を通じて、極東アジアでの軍事バランス上、連合国の中でもアメリカが日本をコントロールし続けていたに過ぎません。歴史の流れがわずかに異なっていれば、それは中華民国、あるいは中華人民共和国であったかもしれませんし、ソヴィエト連邦であったかもしれません。事実として、日本の北部であった樺太・千島は、ソヴィエト連邦の軍事的コントロールに留まらず、政治的な支配をも受けています。それは、ソ連がロシアに変わった今もそのままです。

日本がなぜ非武装でいられたのか。
いわゆる「九条」を支持するにせよ、そうでないにせよ、このことは意識するべきではないでしょうか。
それをせずして、あくまでも「平和憲法を守れ!」と唱え続けるのは、欺瞞と言っても過言ではない様に思います。
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恋人のケータイ見たことある? ブログネタ:恋人のケータイ見たことある? 参加中

私はない派!



恋人であろうと、家族であろうと、勝手に見たりしません。

もし、私に未成年の子供がいれば、携帯電話だけでなく、ネットの閲覧履歴などの内容を確認することがあるかもしれません。未成年者を獲物と見ている犯罪者、及び犯罪者予備軍が存在することは事実であり、かつ、自分は未成年の子供に対しての保護責任があるからです。

幸いにも私は結婚した経験はなく、子供もいません。ですから、携帯電話を見る必要も、やはりありません。



ここで、私自身がつい最近経験した、いかにも危険そうな接触についてご紹介したいと思います。


私がそのメールを目にしたのは、ある日、Amebaの登録に使っているメールアドレスの着信をチェックをしていた時でした。


amabe1

From、つまり差出人名は「アメプロ」 アメロではありません。
更に、件名は「【Amabe】maiさんよりビグとも申請が届いております」 Amebaでもグともでもありません。

どう見ても偽物です。


普通ならこの時点で開封せず削除するのですけれど、敢えて開封し、内容をブログに書くことにしました。アメブロで活動している方への警告になればと思ったからです。
以下に、メールの内容を公開します


amabe2

maiさんよりビグとも申請が届いております。
内容はこちらからチェック


相変わらずビグともです。そして「こちら」の部分がリンクになっています。
更に、画面の下には広告に見せかけたリンクがあります。その文言は、スパムメールの件名としてこれまで幾度も見かけたものと同じです。なお、ここへ転載するとアメーバの健全な運営に支障を来しそうな文章ばかりですので、転載は控えます。

上記4つのリンク先を調べたところ、すべて同じサイトが指定されていました。
さすがに、実際にリンク先を閲覧するのは危険が大きすぎるので、その代わりにwhoisサービスを使い、リンク先サイトの正体を確認することにしました。
結果は、以下の通りです。


amabe3

tanisaki yaeko
981-2142 Province Miyagi Igu-gun Marumori-machi Iisen
02218151061
tanisaki1986@yahoo.co.jp


上に転載した登録者の情報は、ほぼ間違いなくデタラメだと思われます。本当に所在地が宮城県伊具郡丸森町であれば、電話番号は0224から始まる番号になるはずです。恐らく、何らかの不正な手段で取得した連絡先なのでしょう。

連絡先を偽らなければならない管理者の運営しているサーバに存在するサイトがどのようなものであるかは、実際に内容を確かめるまでもなく想像が付きます。いずれにせよ、まともなものでないことは確かです。


けれど、もし私がこの時、スマートフォンでメールチェックをしていたらどうなっていたか、と思います。
スマートフォンの小さな画面では、文字はよく見えません。余程注意していても、AmabeAmebaに、ビグともピグともに見えたことでしょう。
アメーバからのメールだと信じ込んで、リンクをクリックしてしまうことも、充分考えられます。



インターネットは、鍵のかかっていない家のようなものです。
大人も子供も、大部分の人はその危険性に気付くことなく、毎日過ごしています。
もし私が大切な人の携帯電話を確認するとしたら、それは、その人の安全を私が守らなければならない、と感じた時であろう、と思います。



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食の安全で心がけていること ブログネタ:食の安全で心がけていること 参加中


私もレイラさんと同じように、原材料表示は必ず確認するように心掛けています。
過剰な添加物は含まれていないか、アレルギー物質が含まれていないか…。
また、可能であるならば、メーカーの公式サイトで原材料の生産国も確認しています。喉元過ぎれば何とやら…で、もう気にしていない方も少なくないと思いますけれど、食べると危険なモノを平然と食品として出荷する国もありますから叫び
インターネットの無い時代であったなら、個々の消費者がそのような情報を入手するために払わなければならない労力は現在の比ではなかったでしょうし、それは情報を発信しようという意識のある企業側にとっても同じであったと思います。また、そもそも「公式サイトで情報を発信しているか否か」という点自体が、企業の意識を推し量る材料たり得ます。
こんな時にも、インターネットの恩恵を実感します。


一例として、私の好きな紅茶の話を挙げましょう。
輸入食料品店などで売られている有名ブランドの紅茶は、その大部分が複数の生産地の茶葉を混合して作られています。けれども、原材料表示に原産国名が表示されていないものも珍しくありません。例えば、「インド・スリランカ・その他」という様に。その他ってどこや!?とツッコミたくなります。


何年か前、クスミ の紅茶を買おうとしたことがありました。
現在ではどうなっているか知りませんけれど、私が手にした時には、どの商品もすべて一様に原産国を「インド・スリランカ・その他」と表示しており、確実に鵜呑みにでるものではありませんでした。なにしろ、ブレンドティーだけではなく、ダージリンやアッサムでさえ上記の表示がなされていたのですから…。
念のために書き添えておきますけれど、これらの紅茶は本来であればいずれもインドが原産国であるはずの紅茶です。勿論、内容物が本当にダージリンでありアッサムであるならば、ですけれどガーン


私はパッケージを棚に戻しました。
帰宅後、インターネットで公式サイトを確認してみましたけれど、国内販売元のサイトには記載がありませんでした。結局、フランス本国のメーカーサイトでブレンド内容と原産国を確認することになったのです。
外国語が理解できることと、インターネットが存在することのありがたみを強く感じました。

なお現在、私のインターネット環境からはフランス本国のサイトに接続できず、英語サイトへ飛ばされてしまいます。そして、英語サイトには日本国内販売元のサイトと同じくブレンド内容も原産国の表示も記載されていないことを付記しておきます。


最後に、良い例を挙げておきます。

牛乳と野菜ジュースは、私が買う数少ない「飲料」です。
このうち野菜ジュースについては、原材料となる野菜や果物の大部分が輸入品であろうと想像され、従ってその生産国も気になるところです。各種の統計資料などを参照すると、加工食品の原料として輸入される野菜や果物の生産国は、私が可能な限り避けたいと考えている国である恐れが少なからずあると予想されるからです。

調べてみたところ、伊藤園 は公式サイトで野菜ジュース製品の原材料について、すべての生産国を公開していることが判りました。
伊藤園は、消費者への情報公開という点で、意識の高い企業であると思います。私が避けたいと思っている国は産地に含まれていないことにも、個人的に好感を覚えました。


現在は、インターネットを利用すれば、きめ細かな情報を発信することも、受け取ることもできる時代です。

マスメディアによって報道される情報を受け容れるだけでなく、消費者自身が食の安全について意識し、考え、生産や流通に携わる企業に対して情報を求めてゆくことが必要だと思います。消費者の意識が高まり、積極的な情報公開が消費者の購買意欲に繋がるとなれば、それは必然的に企業側の意識を高めることになります。もし意識の低いままの企業があれば、消費者に背を向けられ、倒産するでしょうから。

資本主義社会において、「物を買う」という行為は、言わば選挙に等しい力を持ちます。消費者は、商品を買うことによって、それを生産した企業を「支持する」という投票しているのです。この結果、消費者に支持されない企業は消え、支持された企業が残ります。少なくともこの点において、資本主義は極めて民主的なシステムです。

私は一消費者として、欲しいと思う商品を選ぶ権利を行使したいと思っています。そのためには、情報が必要です。「食」に限らず、これは大切なことではないでしょうか。



もう一つ、外食をしなくなった、と言うのもあります。
すべての飲食店従業員が、必ずしも衛生基準を理解し、かつ守っている、というわけではない、という現実を見れば、正直、足も遠のきます。彼らがTwitterでおもしろ半分に晒している写真の酷さは、私でさえ伝え知っています。真面目に取り組んでいる関係者の方々にはとんだ迷惑でしょうけれど。
また、外食で出される料理は、材料の原産地がどこかなどまるで判りませんから、やはり警戒せざるを得ません。こちらについても、原材料の産地表示を積極的にアピールしているリンガーハット のような企業もあるのですけれど…。

いずれにしても、安全であるかどうかを判断できる情報が欲しい、ということでまとめられそうです。

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いちばん好きな「茶」飲料 ブログネタ:いちばん好きな「茶」飲料 参加中


いわゆる「茶飲料」と呼ばれる商品、缶やペットボトルに入ったお茶の類は、もう何年も飲んでいないと思います。
外出していないことも理由ですけれど、まだ比較的健康で仕事に行っていた頃も、ペットボトルの飲料を購入するよりも水筒を持参するように心掛けていましたから。


これには経済的な理由もありましたけれど、それ以上に、ペットボトルの流通量を僅かでも減らしたい、と言う思いがあってのことでした。
ペットボトルの素材であるPET、すなわちポリエチレンテレフタレートは、他のプラスチックに比べて石油依存度が低い(PETボトル推進協議会のサイト より引用)とのことですけれど、石油を原料として製造される物質であるのは間違いなく、可能であれば節約すべきと考えるからです。このことは、原子力発電所の停止によって石油の需要が高まっている現在の日本においては、以前以上に重要な意味を持っていることだと思います。

さまざまな資源の節約という観点からは、ペットボトルに限らず、缶にも紙パックにもこのことは言えるでしょう。ですから、お茶の類はできるだけ飲料として購入せず、自宅で淹れることを心掛けています。


ただ、これについては次の様な思いもあります。
「大量のお茶を工場で一度に淹れて配送するのと、僅かのお茶を個人が一々淹れてその場で飲むのとでは、トータルでは前者のコストが安くなるのではないか?」
けれど、正直に申し上げて、この疑問を検証することは私の手に余る作業です。また、あくまで想像に過ぎませんけれど、上のような関係が成り立つのは、お茶の流通が国家規模で統制された社会のみではないかと思います。



さて、基本的に「茶飲料」は購入しない私ですけれど、好きなお茶はあります。
それは紅茶です。
いえ、言い直しましょうか。ミルクティーが好きですおうし座
文字通り、ミルクティーを飲まない日はありません。


ネットを初めとするさまざまなメディアを目にすると、日本の紅茶好きな方々の間では、ストレートティーやフレーバーティーが好まれる傾向があり、ミルクティーは一段低く見られているようです。
自分がマイノリティに属しているのはよくあることなので、それについては気にならないのですけれど、良質でミルクティ向きの茶葉に巡り会うのが難しいことだけは、常々残念に思っています。


こんな私と一緒に暮らしているせいでしょう、お姉さまもミルクティーがお好きです。
私と出会った頃は、紅茶なんてまったく関心のない方だったのですけれど。今では、まずい紅茶を淹れると突き返してくるほど、紅茶に煩くなってしまわれましたショック!

もっとも、こんなことを言うと、「何を言ってるの、こんな体にしたのは貴女でしょう」と言われてしまうのですけれどあせる


これなら、いつ『ローゼンメイデン』の真紅がやって来ても大丈夫…かもしれません。

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東京都知事選、原発が争点になるのは納得? ブログネタ:東京都知事選、原発が争点になるのは納得? 参加中


グレゴール・ザムザは、フランツ・カフカの小説『変身』の主人公です。

ある朝、目覚めた彼は、自らが奇怪な毒虫に変身していることを知り、愕然とします。

人ならざるものに変化してしまった彼でしたけれど、人間の心を失ったわけではありませんでした。それでも、その姿にふさわしく、いつかソファの下の薄暗がりを好み、顔を背けたくなる様な汚物を貪り食うようになってゆきます。



マスメディアでは、東京都知事選の争点として、原子力発電に対する是非が大きく取り上げられているようですね。
私は東京都民ではありませんけれど、結論から言えば、原子力発電に対する考え方の違いは今回の都知事選にとっての争点になり得ない、と考えています。


私は、都知事選告示の当日、たまたま医療機関を受診するために外出していました。その道すがら、都知事選の告示を報じる電光ニュースを見たのですけれど、そこでは、次のように報じられていました、「細川氏、桝添氏、宇都宮氏などが立候補を表明」と。

マスメディアとしては ――少なくとも、中日新聞としては―― 細川、桝添、宇都宮の三氏が主要な立候補者であり、あとはいわゆる泡沫候補と言う扱いなのでしょう。そして、この三氏は、温度差こそあれ、全員がいわゆる脱原発派です。
意見が一致しているのに、それを争点として特定の候補者を選択することができるでしょうか。ビュリダンのロバならずとも、これは難題と言わざるを得ないでしょう。



私は、福島第一原子力発電所で事故が発生した平成二十三(2011)年から、福島県産の食材を積極的に購入するように心掛けてきました。我が家の主食であるお米も、ずっと福島県産のものを使っています。従って、かれこれ二年以上、毎日福島県産の食材を口にしていることになりますね。


いわゆる反原発を訴えて当選した参議院議員の山本太郎氏は、NHKのインタビューに対して、次のように発言しています。

1キロあたり100ベクレルは、放射性廃棄物と同等なんです。低レベル放射性廃棄物、それを国民に食べさせて、安全とする政府、国なんで、もう、話にならないんですよね。国民全員が低線量被曝しろっていう話なんですね。
(「山本太郎 当確でNHKインタビュー 7/21」 http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=KIBKQL6lwW0 )


山本氏の発言が正しいのであれば、私が毎日食べているお米は「放射能」にまみれたゴミ、と言うことになります。まさに、グレゴールが貪り食っていた汚物と同じです。


細川護熙氏は、「デモクラTV」(http://dmcr.tv/index.html)のインタビューに答えて、ロシアの国防軍が作成した極秘資料を目にして、フクシマの放射能によって北極海を初めとする各地で様々な生物が大量死していることを知った、と発言しています。上記サイトにて、動画の18:30付近より該当の発言を確認できます。

ロシア国防軍なる機関が作成した極秘の資料を、どこで、どのようにして閲覧したのかは判りませんけれど、それはこの際、不問に付します。更に付け加えるならば、ロシアには「国防省」はあっても「国防軍」という機関はないのですけれど、これも些末な問題でしょう。
けれど、この発言の内容が事実であれば、福島県から遠く離れた北極のシロクマやアザラシが死ぬくらいですから、毎日、まさに福島県で取れたお米を食べている私などは、そろそろ死んでもよさそうなものです。
幸いにも、今のところその様子はなく、こうしてブログを書いたりしています。

それとも、死こそ免れてはいるものの、私自身が気付かないうちに、放射能の影響で奇怪な怪物に変容しているのでしょうか。ちょうど、グレゴール・ザムザがそうなったように。
その恐れは皆無とは言えません。狂人は、自らが狂っているとは気付かないものだ、と言いますから。


私はかつて、アメリカの科学者が発表した言葉を引用して、次の様に書きました。

チェルノブイリが人々に与えた最悪の影響は、抑圧と恐怖だった。
我々には正しい情報がある。mSvを計ってどのように対応するか決めよう。
福島原発の被害は、最悪の場合でもコントロール可能で、地球的規模の災害にはならないだろう。
津波の被災者と、現場で作業にあたっている50人のために、みんなの力を合わせよう!


今も、この時と考えは変わっていません。
福島第一原子力発電所の事故は、原子力施設における事故の指標として用いられる「INES評価」により、最も深刻とされるレベル7とされました。それにも関わらず、現在のところ、放射線被曝によって亡くなった方は一人も出てはいません。

けれど、事故の直後から現在に至るまで、「放射能の恐怖」を煽り続けている人たちがいます。
そして、放射能への恐怖によって健康を損ない、あるいは命を落としている方 が、現実に出てしまっているのです。

本当に、今、日本を蝕んでいるのは、誰なのでしょうか。



『変身』では、グレゴールの家族たちは、虫に変身してしまった彼を疎んじ、その死をさえ望むようになります。
グレゴールは最終的に、家族のことを思い、自ら死を選びます。
その後、グレゴールの死に何の悲しみを示すことも無く、むしろ厄介事から解放されたとばかりに、楽しくピクニックへと出掛ける家族の姿を描いて、物語は終わります。
奇怪な虫に姿を変えたグレゴールと、外見は普通の人間であった家族たち。
本当に「人間らしい」のは、誰だったのでしょうか。



私は、グレゴール・ザムザになるのも悪くない、と思っています。

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