発達障害。言われてイヤだった言葉

 

・「頑張れる?」

 

言われて嫌だし、確認されても困りますね。

 

頑張っているのに。

 

頑張っているように見えないの?

 

まだ頑張れと言うの?

 

そんなの確認してどうするんだよ?!

 

頑張れない人に見えているのか、根を挙げたように見えているのかな。

 

 

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発達障害あるある話。

 

・相手から手加減をされる

 

これは私の中の「発達障害あるある」です。

 

子供の頃、ゲームをしている時、

私は必ずと言っていいほど負けるので

相手が気を使って手加減してくれているのが分かります。

 

同級生と鬼ごっこの時は「お豆(捕まっても鬼にならない)」

扱いをされたこともありました。

 

※発達障害の特性は人それぞれで「発達障害あるある」に

当てはまらないこともあるので適当に読み流して下されば

と思います。

 

 

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発達障害あるある話。

 

・どんな服が似合うか分からない

(すべての当事者さんに当てはまるとは限らないですよ)

 

私はどんな服が似合うか分からないまま歳を重ねてしまいました・・・。

 

服の断捨離の時に夫に似合う服かに合わない服か

判断して貰い、似合わない服はリサイクルに出して処分

することにしました。

 

夫「真理子はフリルや花柄とか女性らしい服は似合わないよ。」

 

えーっ!私、花柄好きなんだけどな・・・。

 

私「どんな服が似合うと思う?」

 

夫「そうだな、スポーティーな恰好が似合うと思う。」

 

私「スポーティーな恰好?頭に鉢巻き付けて、タンクトップに

青の短パンが似合うんだね。」→冗談で言っている。

 

夫「そうそうそう(笑)。」→本気で受け取っていない。

 

スポーティーな恰好が似合うと知り、空前絶後の衝撃を受けました(笑)。

今度、鉢巻きとタンクトップと青の短パンを買ってきます(笑)。

 

 

 

 

 

 

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自宅は私の服で溢れていました。

 

オシャレに見せたい、センスよく見せたいと服をドンドン買っていました。

結局服の枚数が増えてもセンスがよくならないし、オシャレに見えないと

分かったからです。

 

センスなしとセンスありの中間、無難を目指すことにしました。

 

そして、服の断捨離。今ある服の数を数えて、紙に書いていきました。

すると、ブラウスが多いな、セーター14枚も要らないよね、と

いかに服を持ちすぎか感じることができました。

 

服をドンドン買う余り、自分がどんな服を持っているか把握していなくて

同じような服があるなと感じました。

 

同じような服は処分しました。

 

服の断捨離の参考に色々な断捨離のサイトを見て研究をしました。

 

ミニマリストみたく全部で30着は無理でした。

 

捨てても80着になってしまいました。

 

捨てていて気付いたのは今後は質が良くて長く着られる良い物を

買おうと思いました。安いからどドンドン買ったのがいけなかったと

気づきました。

 

そして、センスが良い人を目指すのではなく、

無難で周りから浮かない服装を目指すことにしました。

 

捨てれば捨てるほど、捨てるハードルが低くなるので

服はドンドン減っていきました。

 

クローゼットはスッキリしてきました。

 

まだまだ減らしていきたいので日にちが経ったら

捨てたいですね。

 

 

私は子供の頃、親に「お前は橋の下で捨てられたんだよ。」と

聞かされ、とてもショックを受けました。それと同時に

疑う事を一切しませんでした。

 

そして、納得したことがありました。

 

そうか。家族の中で邪魔者扱いされているのは私が

捨て子だからなんだ、と。

 

だから私にだけ暴力を振るうんだ。

 

親のタチの悪い冗談だと気付くにはある程度の時間がかかりました。

 

子供嫌いな親が捨て子を拾って世話するわけないじゃん。

 

学生時代、友人たちと休み時間に「親からお前は橋の下で拾った。」と

言われたことがあるか聞いてみたら大半が言われたことがあると

言っていました。

 

言われた子に共通するのはショックであり、悲しかった、と。

 

中には冗談が分からなくて家出をした子もいました。

(その子は発達障害っぽい子ではない)

 

「お前は捨て子だ。」という冗談は子供に言っても意味がなく、

傷付くだけなので冗談でも言わないで欲しいですね。

 

特に発達障害児には。私の子は定型発達ですが、

冗談でも言う気にはなれないですね。可愛い我が子を傷付ける

ような冗談は言いたくないですし。

 

 

 

 

 

私が小学生の時、いじめっ子の小学生Aがいました。

(性別を伏せる為に敬称略)

 

私の事が嫌いだと言いながら絡んで、虐めていました。

(嫌いなら関わらないか無視すればいいのにと思うのですが)

 

大人になってから知ったのですがAの家庭環境は

あまり良くなかったと知りました。

 

親からの愛情が足りないのか?

親の怒鳴り声(夫婦ケンカらしき声)が聞こえたり、

誰かを殴るような音が聞こえていたそうです。

 

余りにも音が響いていて うるさい余り、近所の人が引っ越して

いったとも聞きました。

 

個人的な意見ですが、家族が仲良くて家庭円満で愛されて育った人は

苛めをしないのではないかと思います。

 

虐めは加害者の心の寂しさや満たされない気持ちや不安や

怒りの現れかもしれませんね。

Aが今は穏やかに安定した環境で暮らしていることを祈りたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

いくら捨てても家が片付かない。

 

「あなたダメウーマン、じゃなくてダメヒューマン(ダメ人間)ね(笑)!」

(↑ブルゾン明菜/Desireヅラ(口紅付き)with男の子2男の子3

 

細胞レベルで捨てたいのだけれど、物が減らなくて

困っています。片付けられないなら捨ててしまえ、ホトトギス、という事で。

 

物が少なければ片付ける必要なし(多分)!(超極論)

 

旅先で購入した沢山のキーホルダー。

使わないし、眺めることもないし、年月が経って金属が変色してきたので

使っていないキーホルダーは処分しました。

 

あとは食玩やガチャチャのフィギュア。

 

どうしても残しておきたいものだけとっておくことにしました。

 

食玩やガチャガチャは今後欲しくても買うのを止めようと

思いました。

 

私たち夫婦は沖縄に行くのが好きで同じようなお土産物が

いくつもあり、少し残して処分をしました。

 

物がどれだけあるか把握できないのなら

買わないほうがいいと感じました。

 

旅先の楽しいテンションで買ったポーチや

革の敷物。使う機会がなくて20年以上。

何故かシミやカビが生えてきました・・・。

 

捨てました。

 

過去の使用期限切れパスポート2冊。

旅の記念に保存していたのですが、

見返してみたら、「無くても問題ないな。」ということで処分。

 

無くても生きていけるものは捨ててもいいと

思うけれど、捨てて後悔はしたくないですね。

 

あと、

保存状態が良い不用品はリサイクルショップで売りました。

 

靴はだいぶ減りました。

革靴4足、スニーカー4足。レインブーツ1足、

ハーフブーツ1足になりました。

これでも多いかもしれません。当面、靴は買わないことにしました。

 

ミニマリストを目指していないのですが、

物を少なくしてスッキリした家にしたいですね。

 

捨てられなかった物が捨てられた時は嬉しいし、

気分もスッキリ。自分に自信が付いた気分です。

 

 

赤ちゃんの頃から今までの写真、卒業アルバム、写真ネガ全て処分。

 

それは私の知人です。

 

アルバムはかさばるから、という事でした。

 

凄い思い切ったことをしたな、と思ったら

写真と卒業アルバムはデータ化したからとのことでした。

 

そういう方法で写真をコンパクトに整理する

方法があったのですね。

 

私は若気の至り写真やピンボケ写真やつまらない思い出を含む写真

を大量処分。そして、アルバム2冊も処分。ネガも処分。

(現像することはないでしょうし)

 

(処分した写真全部です。16センチ定規を置いてみました。

約11センチ分の厚さがありました。)

 

(デジカメが出る前は撮ってから確認が出来ないので

同じようなアングルの写真があったり、目をつぶってしまったり、

ピンボケがあったり・・・。)

 

(写真は何日かに分けてどれを捨てるか厳選して選びました。

厳選まで半月かかりました。)

 

 

卒業アルバムは幼稚園と小学校と専門学校のを

処分しました。

 

完全処分ではなく、自分が写っている写真を切り取って

アルバムに収めておきました。

 

写真や卒業アルバムを捨てる時は捨てて後悔しないだろうか。

まるで過去の自分が葬られたみたいで切なくなりました。

 

暗黒時代だらけの私ですが、過去の私自体は嫌いではないので

写真を捨てて私が私を否定しているような気分でした。

 

それなら捨てなきゃいいのにと

思われるかもしれませんが、子供が成長するにつれて

子供の荷物が増えてきたので捨てる覚悟をしました。

 

イザ捨ててみたらスッキリした気分でした。捨てて後悔は

ありませんでした。過去の写真が無くても生きていけると

感じました。

 

現像する時は写真をよく厳選してから

現像しないと写真だらけになるので

今後は選んで現像しようと思います。

 

これからは子供との楽しい思い出の写真や、

子供が愛されて育ったことが分かる写真を残して

愛情を繋いでいきたいですね。

 

 

 

 

私は子供時代、家にも学校にも居場所が無く

窮屈に過ごしていました。

 

子供だと学校や家庭という狭い社会から

抜け出すのは難しいと思います(あくまで私の感覚)。

 

大人であれば子供よりも居場所を探すことが出来ると

思うのですが、子供だと知識、判断力や経済力等色々と邪魔をして

居場所を探しにくいかもしれません。

 

なので、発達障害の有無関係無しに

虐待を受けている子、学校で居場所が無い子や

虐められている子共向けの施設(シェルター的な場所)が

あればと思います。

 

一時的に過ごせる場としても利用していいし、

勉強したり、遊ぶことが出来たり。

 

子供でも宿泊可能な施設(ショートステイでも良し)、

毒親から逃げる為の施設があればいいですね。

 

発達障害あるあるあるある話。

 

・幼児期あるある。「自分の持ち物と他人の持ち物の区別が付かない」

 

これは私のあるあるで全ての当事者さんに当てはまるとは限らないですよ。

 

幼稚園の時、みんな園指定のカバンだったので

自分のカバンと他人のカバンの区別が付かなくて

間違えて持って帰ったり、

 

 

私と同じ靴の子がいて間違えて履いて帰ったり・・・。

 

(カバンや靴に名前が書いてあっても間違えてしまう)