昨日、軽い気持ちで書いたエントリに、ある役者の方のお名前を出したら、

その役者さんを貶めるつっまらない脊髄反射的コメントが山ほどついてました。


あたしもぜんぜんその役者さんのことをほめてないのにねぇ?

中身も読んでないのね。

一緒になって「そうですよね、ダメですよね」なんて言ってくれたら、

ぜんぜんあたしのなかの扱いちげーのに。


面倒だから丸ごと削除だじょ。


お馬鹿さんはPaboにでも入ってなさい。





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新聞の勧誘

新聞の勧誘さんが玄関先に来た。

下の息子が、あんまり確認しないままドアを開けてしまった(←あぶねー!)。

ありがちに、洗剤を置いていこうとする。

「いらないよ」と断ると、「置いていけって、所長さんに怒られるんです」とのこと。

かーいそうだな?とか思ってると、

自分は新聞奨学生なんだ、と話し出す。

実はうちの夫も新聞奨学生だったので(←苦労人なんです)、

ふむふむ、と聞いていると、ずるずるとそこから営業トークへ。

最初のつかみが、玄人ぽくって、変やな、とも思ってたんだけど、

そのへん研究したのかもしれないし、奨学生のニセモノとも判断できないけど。

「今すぐ新聞変えるってワケにもいかないでしょうから」

「半年後、いや、一年後に3ヶ月ほど取ってくれませんかね、うちの新聞」

頭を下げる下げる。

「サービスしますから」などと言う。

うちで今取っている地方紙は、もちろんいち早くベガルタの情報が載ることと、

スポンサードしてくれてることへのお礼ということもあって選んでいる。

そして、中途転入者で住み着こうという者にとっては、

地方紙はいい情報源だ。変える気はない。

しかも、半年先一年先に、きみのところの新聞が、どんな方向性の新聞であるかなんて、

今わからないし、説明しようともしてないじゃないか。

と、思ったところで、はた、と気が付いた。

あ、もしかして多くの方はすでに、新聞なんか読まないんだ。

わたしは、長くここを読んでくださってるひとならご存知かもしれないけれども、

新聞大好きだ。

こんなにコストパフォーマンスのいい活字媒体はほかにない。

朝早起きして、舐めるように見る。

欄外の書籍や雑誌の広告まで見る。

もしも、「新聞を読む人」への勧誘だったら、

勧誘員が持ってくるのは新聞の見本紙面とか、サンプル紙だろ?普通。

お菓子でも化粧品でも、まずサンプルでよさをわかってもらおうとするじゃないか。

ところが、持ってくるのは洗剤だ。

もし、勧誘員が、サンプル紙を持ってきたとしよう。

「これ、サンプルです。一度読んでみてください。」

「えー、読まないわよ。うちテレビ欄しか読まないもの。帰ってね。」

ってやりとり、容易に想像できる。

それを新聞社はもうわかってる。

だからこういう勧誘しかできない。

洗剤なら、「タダ大好き」な乞食連中は喜んで手を出すだろう、と思ってるんだ。

どれを読んでも一緒だ、ってものを作って売って、新聞社はそれでいいのかね。

読者層を、タダ大好きな乞食連中、と設定して、新聞はそれでシアワセなのか。

読まれているわけがないじゃないか、と思いながら営業するのか?

それは新聞の自虐的ありようだ。

それは新聞の精神的自殺だ。

そして、「タダ大好きな乞食」「どうせあなたも読んでるわけじゃないでしょ」と

みなされた勧誘を受けたことに、

あたしは少なからず立腹している。


・・・・・・・・・

ホントはどっかの「シンブン」に投書でもしてやりたいけど、

載るわけないやねwwwwなのでバカらしいのでしない。

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子どもの通う小学校のPTA人事のトラブルに巻き込まれて、

ひどい嫌味と悪意のつまった電話を食らう羽目になって、


凹んでました。


アディクションにスリップしちゃったり、

めちゃめちゃでした。


わけがわからなかったので情報収集して見えてきた学校の管理職(特に約一名の教務主任ね)の

無能ぶり、頭の悪さ、頭を下げられない人間の軽薄さ。


学校に協力することが、めぐりめぐって子どものためになるんだ、と思って、

時間と心をやりくりしてやってきましたが、

完全裏切られましたね。


今年の校長先生がかなり保護者や地域に顔を向けていると感じられる方なので

尚更なおさら

その教務主任のダメっぷりが。


てゆーか、

たとえ、

「管理職の先生にとっては、その学校で無難にすごして、
出世してくことが既に目的で、
保護者なんて無料の労働力くらいにしか思ってない。
保護者の意見なんて、握りつぶして平気だ」

としても、だ。

斜に構えて申し上げれば、
たとえたとえ、それが本音だとしたって、
そうは思わせないでひとを動かすのが有能ってものよ。
それが出来てない時点で、教務主任は本当に無能。


もう既に憎しみ。

そこまで感じるほど、あたしは無理してきたのよ?

小学校の役員会は午後以降にあるから、低学年や幼稚園児だった子どもの

放課後の安心を犠牲にしてきたのよ?

預かり保育も持ち出しよ?

頼まれたから。

誰かがやらないと、と思って。


誰もやらなきゃいいんだわ。

てか、みんなが「できません」って言うしかないのよ。


PTA会費は、お布施にしてやるから。

馬鹿にするなよこん畜生。


ほんと、はらわた煮えました。

刃傷沙汰起こして、やつらの将来つぶしてやろうとすら一瞬思った。

(それやるとうちも共倒れだからできないけどさw)


ひとを動かすって、そんなに気楽じゃないものなのよ。

それがわかってないなんて、公立学校の教師ってお気楽様ね。

ううん、管理職におあがりになられる方の中に、

そういったおばかさんがおいでになるのかしらね?






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最悪っ!

イタ電。

しかもべったべたのやつかかってきた。

最悪。気分悪。


しかも、切った後、またかかってきた。

でなかったけど多分同一人物。


気持ち悪。

ってことは、電話番号わかってやがるってことで。


昨夜、深夜1時、間違い電話?がかかってきた。

留守番電話におまかせしたけど、

用件あったら、しかも深夜の電話なら、用件いれるよね。

だのに、無言でそいつは切れた。


今のそれと、関連が?

あー、気持ち悪いよ。


えーん。



追記:また、かかってきやがりました。

今日は早く帰宅してきた小学校六年生のムスコに電話にでてもらいました。

そしたらムスコ、名乗りやがった・・・_| ̄|○


で、すぐ切られたそうです。ビンゴだな。


てなことで、こういうイタ電対策ページ ありました(^-^)


イタ電かけてくるような、卑怯なやつの○○○なんか、腐って落ちればいいのだわ。

ここ を読んでいて、

「安晋会」ってなんだか


「安普請」


という言葉に似てるな、と思った。

ことに最初二文字が。


このリンク先の一連のことがほんとうかどうかはまだわからないことだけれど、

「すべての権力は腐敗する。絶対権力は絶対的に腐敗する」と

かつてアクトン卿が言ったことはほんとだな、なんて

最近の中国共産党の事件のニュースなど眺めながら思っていたわけで、

うちの国の権力者さんたちができれば腐敗してないことを

(もししてるんだったら、まだましなひとにさっさと交代して欲しいものだ)、

切に切に祈りつつ、

真相が明らかになることを願う一国民だったりするわけである。


愛国心、って、国を思うって、こういうことじゃねーの?

ハタとかウタとかそんなものは単に象徴にすぎないし、

シンボルに固執するようでは本質ははるか彼方のどっかだ。

めちゃめちゃ嫌いなんですよ。

大河ドラマのシーンで、


「子ができない奥方が、御家の跡継ぎのために

側室を殿にあてがって、自分は忍んで泣く」


みたいなシーン。


うっかりたった今、お風呂上りにそんなシーンちらっと見ちまって、

非常に気分が悪いです。


実際にそういうことは多々あったのだろうけど。

実際にそうであったなら、もっと淡々としていたものではないのかしら、とも思います。

いちいち泣いてちゃ権力者の奥方はつとまりますまい。


でも、ドラマではそこで泣かせて「夫婦愛」みたいなもんの矛盾で

視聴者を泣かせようとする。

それって、近代的夫婦観の価値観を引いてきたものでさぁ、もしかして変なことなんじゃないのかな、とも思う。


そんなのを見てあたしは、

あー奥方かわいそう・・・なんて一緒になって感動して泣いたりはしない。


逆に、そこで「側室を殿にあてがうよき妻」みたいな描かれ方は迷惑だろうな、なんて思う。


それが「良き妻」なんて演出がされてるのも気に入らない。


「良き妻」なんて、所詮、オトコにとっての都合のいい妻のことなんだな、と思う。


ものすごい健康でものすごい頑丈そうな女でついでにすごいシコメを、

「このおなごなら元気で立派な子どもをたんと産みそうです」

って、殿にあてがって、殿が嫌嫌御家のためにコトをなす、なんてエピソードだったら、

それはそれでものすごい容貌での差別が根っこにあるダークな笑いなんだけど、

うっぷんが晴れるような気がする。

いつもあてがわれるのは、楚々とした清純な美女に決まっているからな。

現時点でもうすでに、非表層化された容貌差別なんだけどな。


(夫から聞いたところ、今回の殿は、いたさなかったそうです。

風当たりは強いだろうけれども、その路線で殿頑張れ超頑張れ。

過去の過ちは今回だけは許してやる)


わたしの可愛い野生の姫 が、めでたい婚姻の前に、

脳味噌古生代の男性につまらないことを言われたらしい


細かいニュアンスはわからぬが、

要するに、「結婚したら女は仕事を辞めて夫のサポートに徹せよ」ということを言われたらしい。

(違ったらご注意くださいませい)


・・・・・・・余計なお世話だ。


たとえばうちなどは、夫婦揃って体が強くない。

てなことで、家庭内で分業するのは、いたしかたない部分があるなぁ、と最近悟ってきた。

わたしがしっかり働こうと思えば、知恵と工夫と精神力と助け合いを駆使しなければなるまい。

今現在はまだだめだろう。

ここでガマンするのが、わたしにとっては私自身の環境と健康と、夫の環境と健康を守ることと

心得ているつもり・・・ううう・・・つもりだ。

まあ、広義なら内助の功に入るかもね~wううう、無理やりw


しかしだ。

心から家事が好きで、心から有償労働が嫌いで、心から夫の陰に隠れて生きていきたい女・・・ではないものが、

「そういうものだ」ということだけで、

お仕事を辞めておうちのことだけやって「おかえりなさ~い」と夫だけ待つ女に

なれるだろうか?いやなれはすまい(←反語表現)。


それは、望まない以上、無理なんだよ。

無理が家庭にあったら、家庭はひずむ。

それは、内助の功のまったく反対の状況を生みはしないか?


それを望むか望まないかは、その女性と男性の関係性が決めることだ。

本来的には、女性自身が決めることだ。


(そして、経済力には権力が不可分でついてくるので、余程でないとその権力の不均衡が

家庭内に存在してしまうことは否めない。

平たく言えば、稼いでくる父ちゃんだけが、家庭内でエライひとになってしまう、という状態だ)


もうひとつ。

妻が夫のサポートをしようとする場合、妻は仕事を辞めるべきなのだろうか?

わたしはそうは思わない。

それは、「夫婦はお互い家事だって仕事だって助け合って分け合ってやっていくべきじゃない?」という

意見とはまたちょいと違っている。いや、できることならそうできれば申し分ないけどさ。


それは、「サポート」にナニが含まれるか、ということなんだ。

今、日本の経済は、不安定だ。

経済っつーか、雇用っつーか、なんつーか。

終身雇用制度は、その利点もまた揺り返しのように言われてきたけれども、

どうやら崩壊しそうな按配だ。

どんな大企業の、どんな出世ルートに乗っていても、

この企業で死ぬまで働いて、退職金もらって年金もらって幸せな老後~~~~♪なんてのは、

場合によってはあっさり裏切られる未来だってことを、みんな薄々感じているはずだ。

そう、夫に経済力の部分をまかせきってて、いいのか?ってことなんだ。


それは、夫の仕事や働きを信用してないってこととは違う。

リスクマネジメントだよ。

労働市場での価値は、労働を中断していた期間下がる。

それは男でも女でも同じことで、働き続けることは、

自分の経済力を絶えずブラッシュアップすることにほかならない。

夫の仕事が素晴らしくっても、働きがよくっても、

思いもよらない病気なんてどこにでも転がってるし、

組織のなかであおりをくらっちまうことだってあるはずだ。

そんなときに無敵の笑顔で、


「大丈夫。わたしがしばらくでも一生でも食べさせてあげられます。

ゆっくり次のことを考えましょ?」


って言ってあげられる妻君、内助の功って、こういうことじゃない?


もちろん、様々な事情があるから、誰しもこう言えるわけじゃないし、

冒頭で申し上げたように、私自身もそんな妻ではない。

でも、それが出来る状況にあるのに、その状況を捨てっちまうのは、

長い目で見てあんまり賢い選択だとは思えないな。

そしてそれは反サポートにすら思える。



そういう脳味噌古生代、ジェンダーバイアスで亀甲縛りになってるような男性には、


「ええ、でも、わたしが正社員ででもいないと、3人でも4人でも安心して子ども産めませんからね。

経済的にも大変だし。少子化だと日本がタイヘンでしょ?」


な~んちゃって、コンサバな意見に刃を隠して返り討ちにするとか、


「そうですね。だけど、二馬力で稼いで、二馬力で消費しないと、

日本経済が停滞しますから。

守りに入ったらおしまいでしょう?」


とケムに巻くとか、・・・・・・なんて思いついたけど、

そもそもそんなくだらないことを言う男性なんて、

「だってキミ、女だろう?」

「育児には母親が・・・」

「そんなちゃらちゃら買い物をするために仕事をしてるのか?」

なんて、揚げ足取りおよび思考停止状態を自ら暴露するセリフを吐いて、

嵩にかかって自らの優位を、

自らの正当性を主張するに決まってるから、


相手にしないのが一番


だと思います。

くやしいけどね。


でも、あたしたちはひとりっきりで戦ってんじゃない。

なんて、フェミなセリフをひさしぶりに吐いてみたりするのだ。





*性被害のフラッシュバックなどがおきる可能性がある方は、

お読みにならないでください。どうぞご自分をお守りください。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060705-00000000-san-soci


昨日、トレス・ヤギ被告への判決が下りた。

無期懲役。



この事件は、最近になって、被害者のご家族が、実名と、実被害を明らかにしたことでも

非常に話題になっていて、被告へ極刑が言い渡されるかどうかが注目を浴びていた。


報道された実被害と、判決にいたる罪状「強制わいせつ致死」ということばに、

わたしは無反応ではいられなかった。


それを公表したご家族の方の勇気と、志にも、瞑目する思いだ。

(それが無関係なものたちの俗悪な好奇心をかきたてることも無論承知のことであろうに!)



世論がよっぽど被告の残虐さ・・・世論とはいえ、いわゆるマスコミか・・・を言い募るので、

わたしはてっきり極刑が下ることだろうと思っていた。

それが今後の犯罪の抑止力になれば、ご家族の志も実るというものだろうと。


そして、おさない子どもの力のなさゆえに、様々な被害を受けたまま

そのまま生き続けていられた幸運な(!)わたしたちの悔しさ、こころの傷、そんなものを、

わずかでもやわらげることになるだろうと。

(それは、成人した後であっても同じことではないか?)



ところが、その期待は外れた。


おのれへの仮想加害者として、誰かを血祭りに上げればスッとする、そういうことではないけれど

(加害者が、日本人でないことで様々言われることには少々うんざりだ)、

やはり、わたしたちの、あえて言う、わたしたちの、苦しみやそんなものはおろか、

わたしたちのひとりであった被害者のいのちすら、あたかも軽視されたかのようで、

わたしはニュースを知って、しばらく怒りでめまいがしたのだ。



くやしいくやしいくやしい。


わたしたちに、一体何が出来る?

何かしなくては、思いは自分の体から突き上げてくるようで。

そして、つきつめると、それは日本の「権力」ってものが、男権的であることの象徴にほかならず。

いや、そこまで考えると無力感にさいなまれるだけであるから考えないことにして。


わたしたちに一体何が出来る?

今、情報を受けるのみでなく、こうして発信する環境を得始めたわたしたちに!


わたしは昔、フェミニストの端くれであった。

男女共同参画をアピールするポストカードをコンペで助成金もらってこさえ、

男女共同参画についての自治体が出す広報誌にイラストを描き、

別の自治体の出す広報誌では編集をやり、

男女共同参画についての模擬議会に参加して、

妊娠6ヶ月のハラを抱えて質問者なぞやったものであった。


で、学習を進めていくうちに、フェミはフェミでもそれぞれの立場があって、

フェミだから手を携えて共に進もう、というわけにはいかぬことに気がついたり、

学習を進めていけばいくほど自分自身の存在する環境にがっくりきたり、

フェミ、というコトバや概念を知らないはずのひとの方がよっぽどフェミ的に

軽々と自由自在に生きていることに自信を失ってみたり、

フェミ内のヒエラルキーにがっくりきたり、

フェミの象徴としてマスコミがたてまつりながら哂っているタレントまがいの

ひとの言動にくらくらしたり、

フェミ&ジェンダーイコール教育などへのバッシングにむかむかしたり、

そんなこんなで、現在はフェミのおちこぼれ、として生きている。



おちこぼれだから、日常ではもうあんまり男尊女卑に反応しないことにしている。

反応すると、自分が消耗するだけ、ということも多いからである。

しかし、こないだ、ひさびさに、

こいつはちょっとどうだろう、

と思うことに遭遇した。


それは少年サッカーの試合。うちのチームの相手チームには女子の選手がいた。

なかなかうまい。

うちのロナウジーニョ(w猛烈に上手い子がいるのよ。なのであたしは

おなかのなかでその子を「○○小のロナウジーニョ」と呼んでいる)とマッチアップだ!


そこに、その子のおかあさんが叫んだ!


「おんなになんか負けるな!」


「(  ゚ ▽ ゚ ;)(←これあたし)ハァ?イマ ナンテ・・・?」


おいおいおい、それ、差別してねぇ?

その子のきょうだいには女の子もいる。その子が同じ状況になったら、

「おとこになんか負けるな」と言うのかいあなたは?

言うならそりゃあたしゃなにも申しませんけど(いわないタイプなのは明白だから)。

逆に、自分の子が女の子で、逆にそういわれたらアタマにこないか?

アタマにこないとするなら、おんななら負けていいのか?おんなだからしょうがないのか?

そんなこたぁないだろう。体力的には男女の差ははっきりしているけれども、

少年サッカーについては個体差の方が大きいと理解されているからこそ、

少年サッカーには男女の区別がないのだろ?


ひっさびさに、ものすごい無意識の差別感覚を目の当たりにした。

まあ、スポーツ少年団ってのは、おとうさんは力仕事、おかあさんはお茶出しに炊き出し、

お茶を出すのもまず男様に差し上げてから、という、絵に描いたようなジェンダーの

見本市であるのだけれども。それにすこしでも順応しないと、わたしは居場所がないので、

頑張って順応してみせてるんだけど(なのでフェミとしては落ちこぼれる)。

うちの団、女の子の選手いないからなぁ。

親と一緒に見に来ている女のきょうだいはいるんだけど、サッカーしようとは言わないんだよなー。

それもどこかで、「サッカーは女の子のするもんじゃない」と思い込んでるふしもあるんだよなー。

子ども自身が。

それはとりもなおさず、その子どもの家族の持つ文化であるわけで。


それは生来の傾向ではなく、小学校の低学年にしてすでに学習された性差。


その、「おんなに負けるな」ってのも、そのおかあさんの生きる家族社会の文化。

そして、家族文化は家族単位で継承されていく。

そのひと自身がその文化で自分が女性であることを卑下して生きていきたいなら勝手にするといい。

だけど、これからのひとを、つぶすな。


あたしは、その試合の後、そっと相手チームの女の子に声をかけた。

「ナイスプレー。おんなとか関係ないから。負けんなよ。」

その子は、一瞬きょとん、としたけど、

ぺこん、とお辞儀して、にこん、と笑った。




ちなみに、その「おんなに負けるな」の発言元には、その旨の教育的指導wはしなかった。

残念ながら、話してわからない相手ってのはいるんだ。

わたしも自分の立場をあやうくする気にはなれなかったし。

そう。そもそもあたしはジェンダーにはまってないので、「かわりもの」なのであるからして。




吐き出してしまわなくて、よかった。

いっそ、ここに書いちゃえ、とかも思ったけど、

感情的なことは、一晩寝かせろ、という先人の教えにしたがって、よかった。


こらえ性のないワタシ。

こらえ性のない、対象者。いい加減にしやがれ。広島弁でおどすぞ。


眠れなかったり・・・・はしなかった。

PTSD持ちのくせに、不眠な夜はいままで数えるほどしかない。

しかも、該当するどの日も、夜半にはきっちり眠っている。


なんてたくましいワタシ。